ヒュドラの毒牙 作:蛇好き
「海兵になる位、やってやろうじゃないの!」
借りた船室で宣言した。
ダイナしかいないこの空間では、聞くものが誰もいない。
それでも、言ってしまうのは、気持ちが高揚しているせいだ。
「しかし、海兵とはねぇ」
と、高揚を深呼吸で鎮め、呟いた。
ダイナの計画では、海賊か賞金稼ぎにでもなろう、と最初は思っていたのだけど、成り行きで海兵になる。
人生とは、おかしいものだ。と気付いた時には、人生の奇妙な奔流に流されている。
ここで人間に出来ることなんて、奔流で転覆しないように、耐え抜くしかない。
正義。それは大義名分を備えてしまえば、虐殺なんて『正義』の名の下に、平気で実行しそうな危うさを秘めていた。
特に、赤犬ことサカズキ。ダイナがONE PIECEのキャラクターの中でも圧倒的一位の座に君臨する嫌いなキャラクターだ。
「考えても始まらねぇよな」
ダイナは楽観的に考えた。
転生特典がある。普通に海軍やってれば死ぬことはないだろう、とダイナは信じたかった。
一つの夜を過ごし、二つ目の昼を乗り越えた所で遂に基地に到着した。
その頃には、すでに太陽が水平線に隠れ始めていた。
名残惜しそうに、ダイナは手を伸ばす。右も左もわからないこの場所で今、唯一理解できる物は太陽で、それがなくなると、精神がやられそうな気がしたからだ。
ただ、無情にも、太陽は沈んでいく。
やがて、最後の一片まで完全に水平線に潜ったら、ダイナの頬に、涙が伝っていた。
「おい! 新入り!」
先輩海兵がダイナの事を呼んだので、全力で返事をして、先輩海兵の元に走る。
「ボケッとつっ立ってねぇで荷物を降ろすのを手伝えよ!」
「はい!」
船に走り、荷物を持つダイナ。
「お、重っ……」
あまりの重さにダイナはたたらを踏み、海兵の一人とぶつかった。
「すみません!」
荷物を持ったまま謝る。海兵は全くの無反応。ダイナにはそれが許しか、許さないかを察する事が出来ない。
重すぎて、腕が痛くなってくる。その度に地面に荷物を降ろして、回復するのを待ってから、持ち上げて運ぶ。
その工程を幾度となく繰り返し、やっとのことで一個を倉庫に運ぶ。
ダイナがやっとの事で一個を運び終えた時には、既にすべての荷物を運び終わっていた。
支給された四畳ほどの部屋でダイナは眠り、そして起きた。
壁はコンクリートが剥き出しで窓の無い、簡素な部屋。
見れば、まるで独房に近い造りだ。
外からしか鍵の掛からないドアを見て、ダイナは独房であると確信する。
部屋が足りないからだ、と右から左に流し、ドアを開ける。
開けると、すぐ目の前に渡り廊下があり、本館の一階に繋がっている。
朝会があるというので、そこを通り、昨日に案内された、訓練場に向かう。
もう海兵が集まり始めていて、並びだしていた。
現在の最後尾に付き、開始を待った。
通告された時刻通りに開始された。
つつがなく終了し、訓練の時間になった。
ダイナは新兵として訓練に参加することになった。
内容は基礎体力作りと実戦。
基礎体力作りはランニング10キロと筋トレ。
これを二時間以内に完了しなければならない。
しかもこれはどんなに新兵であろうとベテランであろうとも、等しく与えられるメニューだ。
それを筋肉がないが、身体強化を以てしてもヘトヘトになるレベルのハードぶりだった。
こんなに疲労した状態で実戦なんてしたら、それこそ死んでしまう。
無情にも、ダイナの名が呼ばれ、訓練場にある四角のリングに上がる。
相手は若い海兵。ダイナを除いた中で、最も若い海兵だ。
細い体つきは無駄がなく、まさに動くための筋肉で占められている。
開始の合図で実戦が始まった。