ヒュドラの毒牙 作:蛇好き
我に帰ったダイナは呆然としていた。
悪魔の実を食べて、そこからの記憶が飛んでいる。
しかし、眼前にあるのは崩壊した村と、ハゲ山。
海を見ると、プカプカと魚が浮いている。
後ろには、長細い物を引き摺ったような跡があった。
この惨劇は自分が起こしたという自覚があった。
ダイナにはそれしか考えることが出来ない。
ブー、と汽笛が鳴る。
海を見ると、海軍の定期巡視船だ。
ハゲあがった山、死んで浮く魚を見て、この島に出来る限りの速度でやって来る。
海賊の襲来を疑い、生存者がいないかを探しに来たのだろうとダイナは推測する。
隠れるべきか、素直に投降するべきか。
二つの選択肢が波のように押しては退いて、寄せては引いていく。
「探せ!」
残った家を。船を。
生きていてくれ、という一心でひたすらに探す海兵に隠れているの失礼だろう、と良心が痛んで、隠れる事を中止し、ハンズアップしながら、村のメインストリートに出た。
「生存者か!?」
「生存者だ!」
と、口々に騒ぎ立てるものだから、自分が犯人だなんて言えなかった。
保護された船の与えられた船室の中で、ダイナは考える。
――ここで告白をしたらすまきにされて海に投げ込まれるだろうか
ダイナにとって、能力者になった以上、それは絶対に避けたいことだった。
コンコン、と扉を優しく叩く音がする。
「船長が呼んでいます、案内しますので付いてきてください」
その海兵に付いていくと、他の扉とは明らかに特別なな、重厚ある扉に、表札として『船長室』とプレートが打たれていた。
「失礼します」
大袈裟にお辞儀をしているのを見て、ダイナもそれをぎこちなく真似る。
奥には窓とその手前に執務机。
その主は、威厳のあるヒゲを生やした、中年の男だった。
「こっちに来たまえ」
手招きをされたので、執務机の近くまで恐る恐る歩み寄り、緊張のため、背筋をピンと伸ばして直立不動を維持する。
「少し、席を外していてくれないか?」
ダイナを誘導した海兵に退室するよう促すと、一体、あの島でなにが起きた、と訊いた。
「あ、あのことですか」
「辛いなら、無理に話して貰わずとも構わないが」
「いえ、大丈夫です」
ダイナは数拍、間を開けてから、スピーカーの如く、淀みなく、あの忌まわしい出来事を語り始めた。
「島の海域が不漁になったんです。それでも僕たちは結構いい漁船を持って居たんでちょっと遠出したんで損害はなかったんですけど」
そこで嗚咽を溢したが、それを抑え込んで強引に続ける。
「それで、島民が僕らに恨みを持つようになって、そして。僕らの一家を殺しにきたんです」
すぅー、と息を吸う。この息ですべてを終わらせるように、全力で。
「多分ですけど、惨殺された死体が見つかったと思います。二人、男女で。それが僕の両親です。そして船に逃げ込んだら、悪魔の実が網にかかってたから、半ば賭けのつもりで食べて。そこから記憶がないんです」
「そうか」
「ただ、それでもあの悲劇は僕がやったんだと思います」
「あの状況下じゃああする他にないだろう。君のやった事は不問に問うことにするよ」
悲しそうにうつむいて、船長は唇を噛んだ。
「すまない、辛いことを思い出させてしまって」
「大丈夫です」
ダイナはどこかの虚空を見つめる。
「ところで、名前を聞いてなかったな。名前は?」
「ダイナ。家名はわかりません」
「へぇ。それとこの船は基地に向かう。引き取ってくれる親戚とかは?」
「特にいないです」
「じゃあ我々の基地で保護することになる、それでもいいかな?」
「平気です」
軽く息を吐いてから、
「話してくれてありがとう」
と、言って船室に戻るように指示した。
「失礼しました」
入室時にもしたように、大袈裟に頭を下げる。
心が晴れわたった。
ダイナはこの船に乗ることを了承されたのだ。
基地に保護される、というのは、暗に、雑用か、海兵見習いになるか、そのどちらかを選べと言われているのだ。
ダイナに勿論迷いはない。
海兵見習いになるのだ。