ヒュドラの毒牙   作:蛇好き

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#3 嵐

不穏な雲が天蓋を覆う。

 まもなく雷鳴が轟き、波が舟を呑み込む。

ダイナは必死に舟にしがみつき、海に投げ出されるのを防いでいたが、今にでも舟が転覆してもおかしくない。

 辛うじて、持ちこたえている、というような状態。

転覆するのも、最早時間の問題だ。

 

「とうちゃん、どうしよう?」

「余計な心配をするな。絶対助かる」

 

 強い言葉で断言する。

そんな中、一際大きな波がやってきた。

大波に揉まれて、舟が跳ねる。

水が舟の中に入ったので、急いでかきだす間にも、風と雨がひしひしと強くなっていることがわかった。

 絶えず波が押し寄せ、舟が揺れ続ける。

 考えろ、考えろ。ダイナは自分に言い聞かせる。

自分の知識を総動員しろ、知恵を働かせろ。そして生きろ。

 ――転生して数年で力尽きるのは御免だ。

そんな思いが彼を突き動かす。

 ――俺は海に出る、成し遂げなければ死ねない。

決意が、ダイナの感覚を鋭く。脳をより動かす。

今はすべてにおいての能力が一段階高まっている。

 見ろ、見ろ。

 ――今の天気の状況はどうだ、今、自分が助かるにはどうするべきか。

 自問自答を繰り返し、的確に答えを紡ぎ出す。

それはさながらジグソーパズルをすらすらと完成させていく様。

 最後の一片がピタリ、と収まってもなお、ダイナは不安を抱かずにはいられない。

 ――これで本当に合ってるのか、もしかしたらこれは最悪のシナリオを描くだけでは。

 まさに、負のスパイラルに陥ったところで、前世の記憶を思い出す。

 

『やらねぇで死ぬよりもやって死んだ方が、後悔は無ぇだろ』

 

いつそれを聞いたかもう忘れたが、それだけは明瞭に覚えている。

 ――どうせ死ぬならやって死のう。

その結論を得るまで、さほど時間を要する事はなかった。

 

「とうちゃん、こっち」

 

現在、進んでいる航路の港に戻るコースから東に逸れるように、指を差した。

 

「今日のラッキーボーイはお前だからな。よし! 賭けてみっか!」

 

精一杯、面舵にきって、急転換。

 揉まれる波の強さも、高さも変わらないが、助かる公算があるだけまだマシに思えてくる。

 一体、どれだけ進んだのだろうか。

本当は全く進んでいなくて、結局なにもしていない様にも、順調過ぎるくらいに進んでいたのかもしれない。

島の影も見えない、だだっ広い海上では確かめる術がない。

 今は、自分の計算を信じてひたすら進むしか道は残されていなかった。

 

 

 

 俄かに雨が弱くなる。風も止んで来て、雨で霞んでいた視界もクリアになった。

 そして、雷鳴の回数も減り、やがて、消えた。

 空が晴れわたるのに比例して、彼らの顔も晴れていく。

 

「おい! ここ俺らの住んでる島の隣だ!」

 

父親の顔がぱっと明るく咲いた。

 しかし、ダイナの住んでいる島は、まだ荒れ狂う嵐で覗く事が出来ない。

 

「とりあえず、嵐が止むまでこの島で休憩だな」

 

ゆっくりと島に向かい、砂浜で大の字に寝そべる。

 

「あは、あははは!」

 

意味もないのに笑える。

助かった事への安堵なのか、と自らの心中を模索するが、そうではなかった。

 安心、達成感。考えうる感情のいずれにも当てはまらない。

 そのうち、もうひとつの笑い声が重なる。

 

「よくやったよ、お前」

 

頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、照れるダイナ。

 

「とうちゃん嵐が消えていく」

「ああ、もうすぐ帰れるな」

 

ふと、上を見ると、日が傾きかけていた。

 

「やべぇ! 急いで帰らねぇとかあちゃんに怒られる!」

 

母親に怒られる事をなによりも畏れ、嫌う父親のことだ。

 きっとすぐに帰れる。命からがらの目に遭遇しても、いつもと変わらない父親の姿を見て、ある種の安心を覚えた。




今回「い抜き言葉」と「い」が付いている言葉がありますが、誤字ではありません。
あえて、キャラクターの言葉は崩してあります。

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