ヒュドラの毒牙 作:蛇好き
そんな生活が一ヶ月続いた。
そして、今日ダイナにとって大きな変革の端緒が訪れようとしていた。
いつも通りの訓練で基礎体力作りが終わり、実戦形式の時間。
遂にダイナの番となり、リングに上がる。
これまで一ヶ月、ヒュドラの力を使って勝ち抜いてきた。それが評価されたのか、相手は海兵の中でも相当な立場に位置する人物だ。
鋭い開始の声。
それを聞いて、人蛇形態に変化しようとしたところに、
「悪魔の実の使用は禁止された」
と、審判役から注意が入る。
ダイナはそれに従い、人間形態で構える。
相手海兵のタックル。それを体をずらす事で回避する。
急ブレーキをかけた海兵がこちらに向き直り、すぐさま飛び膝蹴りを繰り出す。
隙の無さと技の鋭さに直撃する。吹き飛び、ロープに打ち付けられた。
ロープにもたれる。うまく力が入らない。
ゆっくりと海兵がダイナに歩いて近付く。ダイナには恐ろしい死神が這い寄るような恐怖を覚え、逃げようとしても海兵に逃げ場を塞ぎ、後ろはロープで逃げようがない。
腕を取って、極めた。
ダイナから悲鳴が上がりんそれを聞いた海兵は歪んだ笑みを浮かべ、さらにきつく極める。
いつまで極められていたのだろうか。
ダイナにとっては一時間のようにも十秒のようにも感じられた。
おもむろに極めていた腕を離すと、全体重を乗せて、鳩尾を思いきり踏みつける。何度も、何度も。
内臓を損傷したのか、やがて血を吐いた。肋骨が折れて、うまく呼吸が出来ない。もはやか細く息を漏らすだけの状態。
虫の息であるダイナ髪を掴んで立たせると、胴に手を回してクラッチし、ほぼ垂直な角度で、だめ押しとばかりにジャーマンスープレックス。
あまりの痛みでダイナが魚のようにビタビタ跳ねた。
海兵はバカにしたように鼻で笑うと、それに呼応して、他の海兵がけなすように笑った。
「ざまあみろ」
「いい気味だ」
「調子乗んな」
「死ね、ガキ」
正義の執行者らしからぬ罵声が飛び交う。
いままで溜まりに溜まったストレスの捌け口がダイナに向かっているのだ。
徐々に薄くなる意識の中で、ダイナはいつか復讐を誓うのだった。
目覚めた時には独房のような自室だった。
完全な蛇形態となって、体の再生を済ませる。
扉を確認すると、鍵が掛かっていて、名実ともに『独房』となっていた。
この状況にダイナは焦り、自分の行動を振り返る。
――俺が一体なにをしたというんだ?
思い当たる節は見つからない。仮に失敗をしても、謝罪し、挽回のために全力を尽くした。
にも関わらず、この仕打ちだ。
沸々と怒りが高まり、憎悪が心の底で煮える。
今は感情に任せて暴れた。ただひたすらに。
「ダイナ洗脳計画の経過はどうなっているんだ?」
円卓の会議だ。今回はあの四人に加え、一般海兵一人、電伝虫で会議に参加する二人の、七人で会議を行っている。
「本日、鞭を与えました。後に隊長の飴を使って、海軍の言いなりにする『駒』にする予定です」
強大な力を持つダイナ。その力を海軍が思うがままにコントロールする為に洗脳しよう、という計画だ。
すべての海賊を根絶やしにすること。それに洗脳したダイナを使う。
そうすれば、海軍――ひいては世界政府の権威を上げる事に繋がる。
「お前たちには期待している」
電伝虫から声が響き、五人の海兵が頭を下げる。
「ああ、もう我々は時間がない」
もうひとつの電伝虫から急かすような声を届かせる。
「ダイナを洗脳し終わった暁には海軍本部に送る事を約束します」
「頼んだ、この計画が成功するか否かで海軍の歴史が変わると言っても過言ではない。必ず成功させるように」
「御意」
五人が声を合わせると、電伝虫は満足そうな顔を中継して、切れた。