ヒュドラの毒牙   作:蛇好き

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プロローグ

彼はゆっくりと起き上がった。

 うまく働かない頭とぼやけた視界に鞭を打って周囲を見回す。

 彼の視界に写るのは、白い空間。白、白、白。

全てのものが真っ白。

 

「病院、ではないみたいだな」

 

おぼろげな記憶を辿る。

 彼にとっての最後の記憶は、血の記憶。

生温い血の海で、もがき苦しみながら命の灯火が消えた、ということを理解していた。

 なのに彼には意識が存在している。

それはどうしてか。疑問が頭の中をぐるぐると回り始めた時、答えは突如として訪れた。

 

『そこの人間』

 

脳内に突然響いた、重厚な声。

 彼は驚いて、声の主を探すも、白い空間にポツリと自分が佇んでいるだけだった。

 

『そう焦らずともよい』

「は?」

 

と、彼は間抜けな声を発し、先程の声が、幻聴でなかったことに気付く。

 

「俺って、死んだはずだよな?」

『そうだな、貴様は死んだ』

「ここはどこだ?」

『生と死の狭間、といったところか』

「なぜここにいる?」

『貴様に詫びる為だ』

「理由は?」

『息子が罪を犯した』

 

ふっと、彼の脳内に記憶が浮かんだ。

 悪魔の実、特殊能力。

悪魔の実、という架空の産物が現実に現れた。

それを食べてしまった者は、カナヅチになる代わりに、特殊能力を得る。

そんな事が記憶の表層に上がると、水からブイが上がるように、死に際を思い出す。

 フワフワと浮遊するナイフが彼を刺す。

ドクドクと刺された箇所血が溢れて、彼の体を濡らした。

痛み、よりも、熱いという感覚に近かったか、それとも痛覚が既に彼のキャパシティをオーバーしていたか。

今となっては確かめる術はない。

 

『回想しているところすまないが、時間が少々足りん。手っ取り早く説明すると、悪魔の実を食べた能力者に通り魔殺人された、以上』

「マジかよ……」

『残念ながらマジだ』

「なんでここにいるんだよ」

『息子が遊び半分に下界を弄んだ、そのせいでバランスが崩れてしまい、貴様を下界から消さなければならない。丁度貴様が殺された。そこで貴様を下界から消す人間に選んだのだが、貴様には時間がたっぷり残っている、しかも息子からむしりとった年月の分も加算した寿命ぶんが貴様に残されている。転生するか、そのまま死ぬか』

「もちろん転生する」

『下界にはもう無理だ。不幸中の幸いというのか、私は創作を司る神。現実でなくとも物語の世界でも転生は可能だ』

 

彼は顎に手を当てて、少し考えた後でこう言った

 

「ONE PIECEで!」

『いいのか』

「俺って漁師の家系に産まれてさ、俺自身も漁師目指してたし」

『その表情を見る限り、悔いは無さそうだ』

 

彼の表情はこれから始まるであろうことに、目を輝かせていた。

 

『転生特典、とやらをつけてやる。下界での行い+詫びの気持ちを込めて五個、といったところか』

「それって多いのか?」

『二個は詫びのおまけで、もともとは三個。相当多い。

馬鹿正直な性格が窺える』

「そうか」

『早く決めろ』

 

急かすので、彼は数学の難問を解く時よりも速く頭を回転させる。

一つ、二つ、と順調に進んだ。

 三つ、四つと進むに連れて、どんどん思考は鈍くなり、遂に詰まってしまう。

 

『早くしろ、空間が崩壊しそうだ』

「崩壊したらどうなるんだ?」

『そうだな、魂が永遠に“無”をさまようだろうな』

 

彼の身体中を怖気が駆け抜けた。

 その恐怖からか、彼自身のスペックを越えた思考能力のおかげで、閃光が走り、五個目の特典をひらめく。

 

「三種の覇気の才能。身体能力の強化。武術の才能。頭脳の強化。ヒュドラの能力を持った悪魔の実を食べること」

『満足か?』

 

彼は満足そうに頷くと、薄く目を閉じた。

 

『それじゃあ、達者でな』

「さようなら」

『済まなかった』

 

神がその言葉をいい終えるが早いか、空間が崩壊を始めた。

 彼は崩れ行く空間を見ながら、今まで生きてきた世界とこれから生き抜くであろう世界に思いを馳せた。


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