遺跡の最奥部にある扉を開けそこにいたのは、メガネを掛けた痩せ型で黒髪の半透明の青年だった。
「えっと、あなたは?」
「僕の名前はアイド、アイド=ルオタ=セイルーンというものだ!」
「――え!?セイルーン?」
彼はセイルーンを名乗った。セイルーンを名乗れるのは王族のみと決まっているはず、なら彼は…
アメリアちゃんとグレイシアちゃんを見るときょとんとした顔をしている。
「そう、僕は大体今から五百年程前のセイルーン王族の末弟でね。とはいっても当時の王はお盛んでね。僕は十人兄弟の一番下で好き勝手やっていたのさ」
「え!?ってことは私達のご先祖様の一族ですか!?」
セイルーン姉妹はその言葉に驚いたのか、驚きのリアクションをする。というかグレイシアちゃんリアクション大きいな!
「へぇ、という事はセイルーンはまだ滅んでなかったんだねぇ、それは良かった。お隣のレティディウス公国が滅んだんで国が滅びるのは一瞬だと思ったものだけど、セイルーンは大丈夫だったみたいだね。なんでこの遺跡の探索に王族の少女がいるかは分からないけど、自分たちの王国が残っていると聞けば嬉しいものだね」
五百年前の人が幽霊?とはいえこんなところでまだ存在したいたのか…
「はい!質問です!」
アメリアちゃんが生徒が質問を申請する様に手を挙げた。
アイドさんは自分の一族の子孫を微笑ましげに見て応える。
「はい、どうぞ」
「アイドさんは五百年もここでずっとゴーストだったのですか?ゴーストの状態で自我が保てるとは思えないのですけど…」
「うん、いい質問だね。僕は魔導技術や魔道具の研究なんかを趣味でやっていてね。僕は心半ばで倒れる時に、このまま倒れ僕の生涯の目的が達成されないまま朽ちるのが悔しくてね、倒れる前に魂を保存する宝玉を使って自分自身の魂をそれに込めたんだ。この長期間自我を保ててるのは、この部屋に張ってある結界のおかげだね」
なるほど、周りを見てみると悪霊などを退ける聖なる結界が張り巡らされているのが解かる。
アメリアちゃんとグレイシアちゃんも流石巫女、言われて見れば結界を理解できたようだ。
「それで、アイドさんの生涯の目的とは?」
「うん、それはだね…まずこの箱の中身を見てくれ給え」
アイドさんは思念体で触れられないので、オレがアイドさんが指す箱を開ける。
そして箱から出てきたのは…
「――こ、これは!?」
中から出てきたのは、女性の服だ。それもただの服じゃない。
肩が露出したレオタードを基調に胸元に大きなリボン、スカートは一体化しておりその丈は非常に短くヒラヒラしている。腰の後ろ側にも大きなリボンが付いており、さらに付属した肘まである手袋の手首にもヒラヒラとしたリボンがある。それが白色を基調にしたものと黒色を基調にしたものがそれぞれ一着ずつ入っていた。
有り体に言うとアイドルの服であった。
よく見ると、箱には他にマイクらしき道具と歌詞カードらしきものも見える。
「これは…アイドル衣装か」
オレが小声で呟くと、それでも聞こえたのかアイドさんが凄まじい速度で反応する。
「――なに!?君は知っているのかね?アイドルを!もしかして今の世の中じゃ一般的に普及している文化なのかね!?」
――顔が近い!
実体があったら唾が飛ぶ勢いで、アイドさんが詰め寄る。
勿論普及などしていない、例によって前世の記憶からだ。
「い、いえ…古文書にそういう文化があったと書いてあったのをたまたま見たことがあるのです」
「そ、そうか、…さっきも言ったが僕は王族では継承権とも無縁の末弟だったこともあり、各地を旅して回ったものさ、ある地方で神に聖なる踊りを捧げるアイドルの文化が栄えていてね。僕はそれをみて感動したものさ!いや、感動なんて言葉じゃ表せられない!とにかくこの文化を世界に広めるべきだと思ったんだ!そして、その為にそこで見たアイドルの衣装や、演出用の魔法などを研究してセイルーン王国でもアイドルの文化を根付かせようと思い、研究していたのだ!だがしかし、心半ばで僕は病に倒れてしまった。その後はさっき言った様に魂を保存して僕の志を継いでくれる人を待っていたのさ」
そう語る彼の横顔はどこか寂しげだった。
こんな遺跡の奥で何百年も、来るかどうか分からない、人が来ても志を引き継いでくれるか分からない、そんな状況で待ち続けていたのか…
彼の話している言葉から感じる情熱は本物だ!彼の意志はこんなところで朽ち果てても良いものなのか?
否!誰かがその意志を引き継いでいかないと彼が余りにも浮かばれないじゃないか!
つまりだ…
「アイドさん!その志、オレが引き継ぎましょう!この遺跡に来たのも何かの縁。きっと神のお導きでしょう!」
――ルシファー様の声であたしは知らないわよと聞こえたが気のせいだろう――
「おお!本当ですか!?ありがとうございます!しかし…アイドルをしてくれる女の子はどうしましょう?当時もそれを探すのには苦労したのですが」
「なぁに」
オレはニヤリと笑い。
「ここに二人いるじゃないか!一族のご先祖様のお願いだし聞くのは当然だろう?」
「えええええええええ!?私達がやるんですか!?」
「あら、私は興味あるわ。大勢の前で聖なる舞と歌を披露するのでしょう?巫女の仕事としてはアリじゃない?」
「えぇ~…そうなのかなぁ?」
どうやらグレイシアちゃんは乗り気の様で、早速衣装を手に持って見ている。
「そうと決まれば、早速準備をしなければ…!多分フィル殿下ならご先祖様の一族の頼みと在らば乗ってくれるだろうから、会場は確保出来る…あとは舞台用の魔道具の修復と改良、これは自分がやればいい…後は二人の特訓か。アイドさん、歌や踊りは自分に案があるんですが…」
「ほう?……ふむふむ!おお!素晴らしい!是非これでいきましょう!」
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!なんか私達がやる事が決定みたいな感じになってる!?」
「あら、私は楽しみだわ?」
こうして、オレ達はアイドル普及計画練っていったのだった。
アイドル普及計画を練った後、遺跡からセイルーン・シティに戻りフィルさんや、関係各所との根回し、魔道具の開発、二人の歌と踊りの特訓などを行い、気づけば一ヶ月が過ぎていた。
そして、ついにその日が来た。
「ほ、本当にやるんですかぁ、プロデューサー?」
「ここまで来たら引き返せないだろ?見てごらん、会場にはもうこれだけの人が集まってるんだ、今更なしには出来ないよ。それにアメリアちゃんだって途中から結構ノリノリになってきたじゃないか?」
「それはそうですけどぉ…でも、うぅ直前になって緊張してきたんですよ!こんなに人が集まるなんて思わなくて」
そう、言った通り会場には既に人で一杯だ、正直これ程集まるとは思わなかった。
ちなみに、会場は聖なる歌と踊りを巫女が披露する、という名目で始めた事もあり神殿前の広場という一等地を確保出来た。
これだけの人が集まるのは物珍しさだけじゃないだろう。二人の人気もあってこそだと思う。
アメリアちゃんがプロデューサーとオレを呼んでいるのは、アイドルの管理と言えばプロデューサーの仕事と相場が決まってるからだ。そう
「ううっ!ついに僕の夢が叶う時が来たのか…ライさん!なんとお礼を言っていいか。僕は幸せすぎて今にも昇天してしまいそうだよ!」
「アイドさん、まだ始まってないです。その前に昇天したら折角準備してきたのに見られないですよ?」
「そうだね、これから始まるんだね…」
アイドさんがここにいるのは、アイドさんの魂を保存した魔道具を遺跡から運び込んだからだ。
彼の説得もあり、関係各所の信用を得、ここまでのスピードでコンサートの開催まで漕ぎつけたのだ。
どうやって彼が信用を得たかだが、彼が知っているセイルーン王家の隠し財宝の在り処を何箇所か提供したからだ。
「ついに始まるのね」
「姉さん、終始ノリノリでしたもんね」
ちなみに衣装だが、例の衣装を手直ししたものを着てもらっている。
アメリアちゃんが白、グレイシアちゃんが黒の衣装だ。
「皆様、会場の準備整いました。いつでもいけます」
そう告げるのは自ら会場設営の管理を買って出た執事のエドワードさんだ。
この計画を進めるにあたり、王宮内で真っ先に賛成に回ったのがエドワードさんだったのだ。
エドワードさんの王宮内での使用人ネットワークを利用しての根回しは本当に助かった。
彼がいなかったら、開催はあと一ヶ月は時を必要としたことだろう。
「二人共、今までの特訓通りにやれば大丈夫だ!」
「はい、私の歌と踊りを国民の皆に知らしめます」
「もう、私も覚悟を決めました!こうなったら巫女として頑張ります!」
二人はお互い頷き合い舞台裏から舞台へ出る。
ワァァァァァァァァァァァァァ!
観客達は二人の登場に注目し歓声を上げる。だが、二人が手を上げるとうって変わって観客は静まり返る。
「本日は私達セイルーン
「こんなに沢山の人が集まってくれるなんて思ってもみなかったわ」
「集まってくれた皆さんの熱気に負けないよう頑張ります!」
「一生懸命、歌い踊るから楽しんでいくといいわ!」
「「それではいきます、一曲目は」」
「「KUJIKENAIKARANE!」」
各所に設置した魔道具から音楽が流れ、光がアメリアちゃんとグレイシアちゃんに降り注ぐ。
そして二人が歌い始める、二人の歌と踊りは互いに左右でシンクロしており、完成度の高さを伺わせる。
二人に合わせて客席前列では、アイドさんが仕込んだエドワードさん配下の使用人達によるオタ芸が行われている。
「ほっほわあああああああああ」
舞台裏ではアイドさんが喜びの余り奇声を上げている。
歌は順調に進みそしてついに佳境に入る。
「狙い定めればたぶんPeace of mind to be♪」
わああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
パチパチパチパチパチパチパチパチ
物凄い完成と拍手で会場は埋め尽くされる。
オレ達スタッフはその反応に感動で胸が埋め尽くされる。
おお、これがアイドルをプロデュースするって事なんだな!
なんというか、やったんだなオレ達…!
その後も、盛り上がりは止まることなく最後の最後まで気を抜くことなく、アイドル二人はやり遂げるのだった。
コンサートは無事終わり、上気しやりきった顔の二人を迎える。
「二人共お疲れ様、本当に頑張ったね」
「はい、私最初は恥ずかしい気持ちが強かったんですけど、観客の皆さんがあんなに感動してくれるのを見て、夢を与えてるんだなぁって思うと、今回やって良かったと改めて思いました!」
「私も、こんな大勢の前で歌って踊るのがこんなに快感だなんて思ってもみなかったわ!次があったら是非ともやりたいわ。今度はもっと派手な衣装で」
良かった、二人共満足してくれているようだ。
特にアメリアちゃんは最初は難色を示していたから、悪いなって思ってたんだが、最終的に受け入れてくれたなら良かった。
チラと横を見るとアイドさんが感動の余り号泣している。
「アイドさん、色々ありましたが成功して良かったですね」
「は、はい~~~~っ、ぼ、僕の一生の夢が叶いました!これも、これもライさんの協力があったからです!本当にありがとうございました!」
「いえ、オレもアイドル二人をプロデュースするのは楽しかったですし、他にも協力してくださったフィル殿下やエドワードさん達がいたからです。それにアイドさんあなたも色々なアイドルの知識を提供してくれました。これは皆で掴んだ成功です!」
そう言うとアイドさんはまたも泣いてしまった。あまりの号泣に言葉を喋れなくなるくらいに。
何はともあれコンサートが成功して良かった!
その後、セイルーンから発祥したアイドル文化は聖なる巫女の踊りとして各地へ広がり、その後幾多の変節を経て一般大衆に受け入れられていくことになる。
アイドさんはその後成仏――することもなくセイルーンにてアイドル振興委員長として就任し、そのアイドルに対する熱中ぶりから、アイドルに対して熱中する人の事を彼の名前から、アイドルオタと呼ぶことになる。
ちなみに、このコンサートの事を聞いたルナちゃんが興味を持ち、リナちゃんやリアランサーのウエイトレス達を巻き込んで、「ゼフィーリア娘。」なるグループを結成することになるのだが、それはまた別の話である。
曲名やフレーズは大人の事情により、本来のものは使えないので。
誤字とかじゃありません。