プライアム・シティを出て三ヶ月程、セイルーンに入ってからなら五ヶ月程経った。
俺はセイルーン・シティを目指して、道中の村に寄り道しつつ進み各地の名産品や、名物料理を食べながらの道程だ。
セイルーンは内陸部なので、魚料理などは川魚を使った料理くらいしかない。
なので、基本は肉料理がメインだ。
誰が言ったか知らないが、セイルーンと言ったら肉料理らしい。
セイルーンの特産のセイルーン牛のステーキ。
これは美味かった。
サーロインはきめ細かく柔らかい肉質で、焼き方がいいのだろう1cmより少し厚めの大きさのステーキは肉汁が逃げておらず、噛み付いた瞬間大した力を入れずに噛み切れ、ジューシーな旨みが口全体に広がった。
噛んだ肉は柔らかく、安物の肉にありがちな硬さは一切なく、その旨みだけが舌に伝わりそのまま溶けるように消えていった。
というか肉なのに溶けるってどういうことよ。
まあともかく美味かった。
セイルーン牛を使ったローストビーフサンドもあり、これもサーロインとはまた違った肉の旨みを感じさせた。
他にもセイルーン地方の地鶏セイルーンシャモの焼き鳥などは、今まで食べたどんな鳥よりも美味しかった。
特にこの鳥は砂肝が格別に美味しく、つい砂肝だけ10人前とか頼んでしまったりもした。
セイルーンは内陸部にあるだけあって、香辛料を使った料理も多い。
鶏肉や、牛肉にもふんだん香辛料が使われていた。
セイルーンの土地が肥沃なのは大きく知られていることだが、この神封じの結界内部の香辛料の生産の半分はこのセイルーン産だというのだ。
その香辛料とその香辛料を惜しげもなく使った美味しい牛や鶏。
肉料理といったらセイルーンというのはちゃんとした理由があるからなのだ。
しかし、美味しい料理を出す店だけではない、ある村でクッソ不味い料理を出す店があったのだ。
その店ではドラゴン料理が名物だと言うので、頼んだのだが激マズ、店主の話によると新鮮な食材がないからだと言っていたが…
元々、ドラゴン肉は地中で半年から数年寝かせて毒抜きと熟成を行ってから使う食材だ。
なので、食材が原因で不味い料理なんて出来るはずないのだが…
本当にドラゴン料理だったのだろうか…
怖くて確認はしていないが。
次の日、ゼフィール・シティに戻り口直しにリアランサーでドラゴンステーキを食べに行ったのは言うまでもない。
やはり、ドラゴンのステーキに関してはリアランサーが一番である。
と、基本的に料理を食べてばっかの道中だが、各地の料理の食べ歩きも旅の醍醐味。
というかそれも当初からの旅の目的の一つでもある。
白魔術の習得はセイルーン・シティに着いてからだ。
そのセイルーン・シティなのだが、もう少しで到着する。
本来、セイルーン・シティまでは普通に向かえばもっと早く着いていてもおかしくないが、俺の場合各地の料理を巡ったり、これが明らかに一番の原因だが3日に一度屋敷に転移で戻っているので旅の進行は自然とのんびりとしたものになる。
まあ、急ぐ旅でもないしゆっくりまったり旅をするのが楽しいのだ。
そういえば、道中すれ違った金髪の剣士がいたのだが、すれ違っただけだが相当な実力を持った剣士だというのが解った。
恐らく、向こうもこちらの実力に気づいていただろう。
佇まいに隙がなく、背中に剣、ブレストアーマーを着込んでいる見た目から恐らく旅の傭兵と思われる。
まあ、特に謂れもなく用もあるわけでもないのでそのまま通り過ぎていった訳だが。
今思えば、立ち止まって名前くらい聞いておけば良かったかな?
何やら思いつめた顔をしていたし…
さて、そんなこんなを考えていたらセイルーン・シティが見えてきた。
丁度、ここは丘になっておりセイルーン・シティが一望出来た。
セイルーン・シティは前にも説明したが、街全体が魔法陣の形をしており、ここから見える町並みは非常に区画整理されているように見える。
これが有名な白魔術都市セイルーン・シティか、確かに街全体に強力な結界が張られている。
この街の結界は白魔術の強化の他、魔族の力を抑える効力がある。
亜魔族くらいなら、存在することも難しいだろう。
とはいえ、純魔族ともなると多少力が落ちるくらいの効果しかない。
それでも人間が魔族に対抗出来る様になるだけ、十分な効力らしい。
この街なら、俺がまだ習得していない、
セイルーン・シティに入った俺は、まず宿屋を取る。
基本的に3日に一回は屋敷に転移で戻るので、戻るまでの日数しか取らない。
さて、この街でも転移用の魔法陣を設置する為に拠点が欲しいのだが…
流石にゼフィーリアの拠点程の屋敷はいらない。
郊外にある普通の一戸建で十分だ。
何故郊外かと言うと、先程も説明した通りこの街には結界が施されている。
この結界が転移魔法に干渉してしまうのだ、なので街中には設置出来ないのだ。
まあ、拠点のことは後で考えることにしよう。
ということで、まずは街中の散策だ。
街中を歩くとそこそこの人が並んだ出店があった。
興味を持って向かってみると、これは…
「おばちゃん、一つ貰えるかな」
「あいよ!セイルーン・シティ名物、ソフトクリーム!おまちどうさま」
そう、ソフトクリームである。
この世界に来てからソフトクリームを見るのは始めてだ。
つか、この世界にも氷菓子あったのね。
ソフトクリームの出てきた機械を見てみると、どうやら氷の精霊魔術を応用した魔道具の様だ。
これなら、俺でも作れそうだなぁ、まあセイルーン名物って言ってたし下手に作って商売の邪魔するのも悪いから作らんけど。
俺はソフトクリームを食べてみる。
「お、美味い」
「でしょう!セイルーン乳牛の朝一番に絞った乳で作った新鮮なソフトクリームだからね!セイルーンにゃいくつもソフトクリームの店はあるけど、うちほどの店はなかなかないよ!」
ふ~ん、まあセールストークだからどこまで本当かわからないけど、まー美味いことは確かだ。
これならその自信も頷ける。
もう一度口に含む。
うん、美味い。
これはソフトクリームに使ってる牛乳自体が濃厚なんだな。
口に広がる甘さとそしてこの香りは…
この世界にもあったんだなぁバニラ。
この独特の甘みのある風味がバニラソフトクリームとして、アイスとしての品質を押し上げている。
気づけば、ソフトクリームを完食していた。
「おばちゃん、美味かったよ。また食べにくるよ」
「お、そうかい!兄さんなかなか男前だから次来たらおまけするよ!」
「はは、ありがとうございます」
おばちゃんに礼を言い街の散策を再開する。
すると、暫く歩くとなにやら特徴的な、それでいて懐かしさを感じる刺激のある香りが漂ってきた。
「っこの匂いは…!!」
俺は思わず、その匂いの方へ駆けていった。
そうしてその匂いの元へとたどり着く。
「この香りはこの店からか…」
俺は意を決して店の暖簾を潜る。
店に入り、席に着くと店の従業員がこちらへ来て話しかけてくる。
「お客様、ご注文は何にしましょうか?」
当然決まっている。
「この特徴的な匂いのする料理を!」
すると店員はニヤっと笑い。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そうして、店員は店の奥へと戻っていく。
そして、注文の品はまだか…この匂いの元はまだか…
街に着いてから減らしているお腹がグーグー五月蝿く鳴くが、この匂いを嗅いだらそれは仕方のないことだ。
それだけこの匂いは人間の食欲を刺激するのだ。
せいぜい料理を待つ時間なんて10分程度なのだが、その時間も数倍に感じる程待ち遠しく感じた。
そうして、その長くも短い待ち時間が過ぎた頃料理はやってきた。
従業員が料理を持ってこっちへやって来る。
「お待たせしました。本店自慢の香辛料を贅沢に使用した料理カルィーでございます」
「カルィー…」
そうして来た料理は、そう、正しく俺の期待していた通りのものだった。
そう、名前こそ少し違うもののこれは、これこそは…
――カレーだ!
俺には前世の記憶なんて「個」関するものは一切ない。
だが俺の知識の部分が、いや魂の部分がこの料理の味を覚えているのだ。
きっとこれがこれこそが我がソウルフードなのだと。
見た目は知識にあるカレーと変わりはない。
だが、カレーにはライスはなくナンに似たパンがセットに付いていた。
贅沢を言えばカレーライスの方が好きなのだが、インドカレーのスタイルもそれはそれで好きだ。
俺は、深めの皿に持ってあるカレー、いやカルィーをスプーンで掬い…
「いざ、実食!」
口へ放り込む。
!!!!!!!
――その時、俺の中で何かが弾けた。
「うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおお!!!!」
口からは光が溢れその奔流は正にリナちゃんの
これぞ、これこそが我が魂が求めていた味。
口のなかで数多くの香辛料のピリっとした辛さ。
複数の野菜が溶け込んでおり、味に深みを与えている。
これは玉ねぎに、生姜、ニンニク、トマト、数種類の果物も隠し味で入っている。
美味い、とにかくスプーンが止まらない!
「ふぅ…………ご馳走様でした!」
気づけば完食!
カレーはナンに似たパンで拭っており、綺麗な白い色を見せている。
「ご満足頂けたようで、ありがとうございます」
ふと、いつの間にか先程の従業員の人がいた。
「ええ、最高の味でした」
「ありがとうございます、これほど熱中して食されたのはお客様が初めてです」
「はい、故郷と言っていいかはわかりませんが、これと同じ料理があったのです。エルメキアやゼフィーリアを旅してきましたが、この料理に出会ったのは初めてです」
従業員の人は少し考え込み――
「ワタクシ、この店の店主のジェフと申します。実はこの料理、我が家に伝わる料理に関する古文書を蔵から発見しまして、その古文書を解読しレシピを再現したのがこのカルィーになります」
古文書――
この世界は余りにも食材が前世の世界と似か寄り過ぎている。
このカレーに関してもそうだ。
もしかしたら、俺の魂が世界の狭間を漂っていたように、知識のみが流れてくる事もあるかもしれない。
カレーのレシピも
危険な呪文や武器、兵器などの知識はない方がいいが、こういう知識だったらどんどん流れて来てくれればいいな。
「そうですか…実は我が故郷ではこの料理はカレー、もしくはカリーと呼ばれてました。名前が近い所から見ると起源は近いのかもしれないですね」
「ほほう、そうなのですか!それは実に興味深いですね」
「はい、故郷では白い穀物、米、もしくはライスと言うものを炊いたものにカレーをかけるものが一般的でして、カレーライスと呼んでました」
ジェフさんは顎に手を当て少し考え――
「もしかしたら知っている穀物に同じものがあるかもしれません」
「本当ですか!!」
「ええ、確か少数生産している農家があるはずです」
おお!カレーライスがこの世界で食べられるかもしれない。
「もし、それが米ならカレーとの相性は最高の筈です」
「そうですか!是非研究してみたいと思います」
「もし俺で手伝える事があったなら手伝いますよ!」
「おお!では……」
その後、意気投合した俺とジェフさんは話し込み、ジェフさんに至っては早くも店じまいし、俺とともに料理の研究を始めるのだった。
この世界で絶対にカレーライスを食べてやるぞ!
飯回
カレー美味し