デュエルバンドなんてなかった。   作:融合好き

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アークソでモチベが下がり、リンクのせいで大好きな正規融合がお亡くなりになり、デュエルそのものからもすっかり離れてしまいました。

この作品についても、ぶっちゃけモチベがアレでエタってしまいましたが、というか割と黒歴史気味ですが、別に消すまでしなくてもいいんじゃね、って戻ってきた次第です。

伏線そのままに強引に畳んだ糞みたいな作品ですが、それでもよければ嗤ってやってください。


挑戦! タッグデュエル!

 

 

「よい、しょ…………」

 

 

未だ気絶しているアリトくんを右肩に担いで、その足のまま自宅に向かう。

 

体格は細くても、肉体は強靭で筋肉に塗れた彼を背負うのは中々に骨が要る作業だけど、何のことはない。この程度、さっきのデュエルに比べたら可愛いものだ。

 

 

「…………なぁーにやってるんだろうなぁ、私」

 

 

時折、ふと冷静になって後悔する。今更だとわかっていても、全てに納得済みで行動していても、私のこの行為が、周りを巻き込む恐れがあるのなら当然。

 

だけど、見過ごすことはできなかった。私は、特別だから。私がおかしいから。私の行動こそが唯一、この世界のシナリオに干渉できるのだと、実感していたからだ。

 

これはいわゆる強迫観念というやつなのだろうか。わからない。どうでもいい。だけど私は、確信を持ってしまったからには、そうしないわけにはいかなかったのだ。何故なら───

 

 

(───私には、それができるから。だから、しなくてはならない。なんて、本当に、馬鹿だなぁ、私は)

 

 

それか、盛大に自惚れてる。調子に乗っている。勘違いしてる。表現は、なんでもいいけれど───やっぱり、馬鹿をやってる、が一番しっくりくるかな、うん。

 

 

「…………まあ、いいや」

 

 

私の行動がどうあれ、良くも悪くもシナリオに影響を及ぼしてることは間違いない。気絶しているとはいえ、こうしてアリトくんも健在ではあるし、あの様子だとギラグさんの狙いだって多分こちらに変わることだろう。

 

全く、人質(・・)なんて、本当に馬鹿なことをした。唐突にベクターのこの後の行動を思い出さなければ、私がここまで矢面に立つつもりはなかったのに。

 

 

「そろそろ頃合いかな…………」

 

 

でも、やってしまったものは仕方ないと思考を切り捨て、Dパッドの通信機能を呼び起こし、一応時間を確認してから器用に目的の連絡先にコールする。凄まじくどうでもいいが、私は割と器用である。

 

 

「もしもし、さなぎです。ちょっといいかな? まだそっちにギラグってバリアンはいる?」

 

『さ、さなぎちゃん!? 大丈夫なのか!? アリトは、いや、アンタは無事なのか!?』

 

「まーまー落ち着いて落ち着いて。とりあえず無事だから。さっきのアレについても、今からちゃんと説明するよ。あのね───」

 

 

当然のように慌てふためく遊馬くんを宥め賺しながら、私はつい先ほどの私の行動の意を懇切丁寧に語りかける。

 

遊馬くん達を守るためにデュエルを挑んだこと。バリアンと一括りに自称していたからには彼らの仲間意識がかなり高いと踏んでこうしてアリトくんを人質にとったこと。それにより、遊馬くん達への刺客を減らす、乃至は全てこちらの方へと向ける目的があったこと、などと。

 

 

『…………じゃあ、アンタがああした理由は───』

 

「まあ、そういうことだね。と言っても、アリトくんを構えて動くな! とか言っただけだけど。

 

…………君みたいな良い子が、バリアンなんて不埒者と闘う必要はない。ああいう輩は、私みたいな大人に任せて───

 

『アンタだって、子どもじゃねぇのかよ! アンタは俺以上に、あいつらと闘う理由はないはずだ!』

 

…………」

 

 

───それは。

 

 

それは、違う。私は普通じゃない。少なくとも、自分で自分を子どもだと定義することは、私にはできない。私は、異端だから。

 

なのに、どうしてだろう。心が痛い。苦しい。彼に責められると、かつて私が本当に子どもだったあの頃がフラッシュバックする。

 

彼に叱られるのが怖い? 馬鹿な。そんな段階は、とうに過ぎ去っている。いくら肉体に引っ張られて多少精神が若くなってても、私は。

 

 

『アイドルだろうが何だろうが、俺からすれば何も変わらねぇ。アンタは子どもだ。俺と同じ、1人じゃ何もできないただの餓鬼でしかねぇ。

 

だけど、俺にはアストラルがいた。小鳥がいた。鉄男や委員長、徳之助にシャークも、アンタだってそうだ。俺はいつだって、1人じゃ何もできないままだった』

 

「…………」

 

『なぁ、何で何も言わなかったんだ? アンタが俺らのことを、俺のことを案じてくれたのはわかった。でも、なんで───』

 

「それを───それを、君が言うの? 九十九遊馬。貴方は、貴方は誰より、彼に体良く使われているのに」

 

『…………え?』

 

 

ぼそりと吐き捨てて、通話を切る。

 

これ以上を求めると、辛くなるのは自分だ。なら、事が終わるまではすっぱり諦めてしまった方がいい。

 

 

「…………」

 

 

わかっている。自分のこれが、単なる我儘だってことも。感謝されるどころか、恨みを買うだけの愚行だということも。

 

でも。

 

 

───彼はきっと、全員分の責任を抱え込もうとするだろう。

 

 

だけどそれは、純粋に彼の負担になる。

彼ならできるかもしれない。でも、だからこそ(・・・・・)私がやったのだ。

 

九十九遊馬の考えは正しい。私の考えは、きっと正しいとは言えない。でも。

 

彼が全てを知れば、彼はバリアンなんて不埒者の重みを背負うことになる。

 

何故なら彼は、主人公だから。そうなるだろうと、そうなってしまうことを、既に未来を定められてしまっているから。

 

でも、私は知っている。

 

私は、彼がそれで思い悩むことを知っている。

 

 

まだ悩むだけならいいだろう。しかしそれが彼の重荷となり、彼の側にいるあの男の悪意が絡みつき、その挙句それを利用しようとするものが現れれば、彼はきっとつぶれてしまう。

 

確かに彼は、きっとそれに耐えられる。だが、それは今ではない。

 

早すぎる決意は、いつか来るそのときに。だからこそ、蝶野さなぎは彼を守ると決めたのだ。

 

だからこれは私が飲み込む。だってこれは罪ではない。ただ、やらなくてはいけなかっただけのこと。

 

いつか彼が消化できることもあるだろう。

いつか全てを話せる日があるかもしれない。

だが今は駄目だ。それは彼に押し付けていいものではない。

 

誰か一人のモノになれない私では、彼の精神を癒すことはできないから。

 

私は彼を選択肢の前にすら立たせるべきではないと考えた。

 

だからその責任は私が取る。納得したことだ、理解していたことだ。だから問題なんて何もない。

 

私は彼が直ぐにそれを耐えられる人間になることを知っている。でも彼が今既にどれほどのものを抱えさせられているかを知っている。

 

これは正しいこと。これは間違ってはいない。これは間違いではないはず。

 

だから私は、何も気にしていない。

 

 

「そうだ。私はただ…………」

 

 

呟きが思わず漏れる。仕方ない。だってこんなの、誰にも相談できるわけがないのだから。それにそもそも、慰めだろうと説法だろうと受け入れられないことが決まっている。

 

だから勝手に全てを決めて、勝手に全てを終わらせて、だから何一つ、彼の責任なんてなくて、ただ、私が馬鹿をやってるだけで。

 

自分でそう決めたのだ。自分の責任は自分で取る。これが私の選択。

 

 

「…………嫌われちゃった、かな」

 

 

───けれど。少し、ほんの少しだけ、胸が痛い。

 

何故だろう。私は、精霊なんて見えないものに、存在を揺るがされるわけがないのに。

 

けれど、落ち込んではいられない。やらかしたことには、責任を持たなければならない。たとえ彼に見捨てられたとしても、単純に彼の身代わりになるだけならばむしろ好都合だ。

 

目元を拭い、いつのまにか止まっていた足に無理やり力を込めて前に進む。どうしてか、先程よりもアリトくんの重さが増した気がして、改めて彼を担ぎ直し、力強く大地を踏み出そうとしたその時、

 

 

「───ようやく、追いついたぜ」

 

「え───?」

 

 

聞き覚えのある声と共に、アリトくんを担いでいない方の手。左腕の手首を背後からがっしりと握り締められる。

 

それを行った人物の顔はと言えば、怒っているような、安心しているような、悲しんでいるような、喜んでいるような、そんな、なんとも言えない表情をしていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「遊馬くん………?」

 

 

縋るようなか細い声で、怯えたように彼女が振り返る。

 

時折ビクッと身体を揺らしながら恐る恐るこちらを眺めるその態度は、今までの彼女の態度からは想像もしていなかった姿だ。

 

いや、俺にそれを見せないように努めていただけで、彼女はいつも内心ではこうして怯えていたのかもしれない。俺が知らない何かを知ることで、その弊害に苛まれながら、笑顔の裏で葛藤しながら、俺にそれを悟られまいと気丈に振舞っていただけなのかもしれない。

 

ならば、その負担を彼女に背負わせたのは俺だ。彼女はさっき、俺のためと言った。彼女がどのように考えようとも、俺が動く理由なんて、それだけで十二分にある。

 

 

「…………アンタがアストラルを信用できないのはわかる。俺だって最初は、あんな幽霊みたいな奴のことなんて怪しくて、胡散臭くて、ナンバーズなんて説明受けても眉唾で、非協力的に要求を突っぱねたことだってある。いや、それは今でもそうだ。

 

あいつのことは信頼してるが、信用し過ぎるのもダメだと思ってる。俺があいつに対してどんなスタンスでいようと、アンタの立場からすれば、俺は確かにあいつに体良く利用されてるだけだからな」

 

「…………うん」

 

「でも、俺は違うだろう? 俺は利用されているだけ、そう言ったのは他ならぬアンタのはずだ。アストラルと俺は一心同体でも、間違いなく別個の存在なんだ。

 

なあ、俺はアンタから見て、そんなにも信用できないか? 信頼したくないのか? アンタがそんな泣きそうな顔で全てを背負おうとするほどに、アンタにとっての俺は頼りない存在なのか?」

 

「───それは」

 

 

バツの悪そうな顔で、俺から微妙に焦点をズラしてこちらを向いてる彼女を真正面からはっきりと見つめる。

 

何故か彼女が厚着をしていた上、アリトを担いで走ってたからか、その整った顔つきの化粧っ気のない肌にたらりと滑り落ちる汗が、上気した呼吸と相俟って妙に官能的だった。

 

しかし、それでも視線は逸らさない。向こうが惚けていても無視だ。こういう徳之助みたいな小難しい理屈で誤魔化すタイプは正攻法でねじ伏せるしかないのだから。

 

 

「…………」

 

 

しばらくじっと瞳を合わせていると、彼女が小さく喉を鳴らす。互いの息がかかるほどの至近距離だ。気づかないはずはない。それでも視線は変えない。目は泳ぎ、頰はやや赤く染まり、逃げようと抵抗してもそのままに。むしろ手に力を入れて、何が何でも主張を通さんと視線に意思を込める。

 

やがて根負けしたのか、いつのまにか顔を真っ赤に染め切った彼女が担いだままだったアリトを放り投げて両手のひらで顔を隠す。…………どうでもいいが、結構勢いよく放り捨てたように見えたけど、アリトは平気なんだろうか。地面に落ちた時「ヴッ」と呻いていたから、意識はあると思うけど。

 

 

「……………………ごめん。ちょっと待って。話すから。全部言うから。だからちょっと待って。ね?」

 

「あ、ああ…………」

 

 

顔を器用に隠したまま、妙な迫力と共に紡がれた言葉に押されて曖昧に相槌を打つ。

 

先程までの儚い表情とあまりに変化が激しくて動揺をしているんだろうか。少なくとも、元気にはなったみたいだ。

 

 

「…………ふーー。

 

よし、大丈夫。私はまだ、アイドルでいられる。だいじょうぶ、だいじょうぶ…………。

 

それで、信用できるか否か、って話だったね。

 

───ごめん、ちょっと無理かな。君の人格は文句なしに信用できるけど、ちょっと厳しい」

 

「な───」

 

 

 

流れ的に肯定が返ってくると思っていたので、まさかのはっきりした否定に素で驚いてしまった。

 

自然、反射的にその理由を問い詰める。そこまではっきり断言するなら、彼女なりのちゃんとした理由があるはずだと。しかし、その返ってきた台詞は、期待通りにその理由について回答したのと同時、俺にとってはあまりに衝撃的な内容だった。

 

 

「あの子、真月くん。彼は多分、バリアンだね。しかも、かなりの悪意を以て君を欺いている。

 

君が悪いって話じゃないけど、彼に現在進行形で騙されてる君の信用度は、お世辞にも高いとは言えないかな。少なくとも、今だけはね」

 

「な、んだって…………?」

 

 

真月がバリアン。

 

何を言っているのか、彼女は。あいつが、あのお人好しが、人を騙せるような根性を持っているわけがないのに。

 

 

「信じるか信じないかは勝手。………というか、君は信じなくてもいい。少なくとも、私はそうだと判断した。その結論に答えを出すまで、いや、出しても今の彼が君の仲間であることは変わりない。

 

でも、でも。彼をこのまま放置していれば、君はいずれ彼に裏切られる。これは確実。だから私は決断した。この選択が間違いじゃないと確信した。彼の奥底の思考が、私にとってあまりに見過ごせなかったから」

 

『…………根拠はあるのか?』

 

「そ、そうだ。なんでそんな───」

 

「残念だけど、はっきり『これだ』とは言えない。だから私は、私独自の手段でそれを暴こうと考えた。具体的にはアリトくんを皮切りに芋蔓式に人質を増やしていって、みたいな感じに。

 

もちろん、うまくいく保証なんてなかったけど…………」

 

「どうして…………」

 

 

何も相談を………いや、俺が信用できないから、なのか。真月に気取られるからと、彼女から見ての真月は、俺を巧みに騙している悪者で、俺はまんまとあいつに騙されているからと。

 

やっぱり色々言いたいことはあるが、彼女の主張は概ねわかった。割と突発的な犯行っぽいのが気にはなるが、彼女の目的も、理由もある程度理解した。でも。

 

 

「あいつは、真月は、バリアンなんかじゃねぇ。あいつは、人を騙すような奴じゃないんだ」

 

『…………これに関しては、私も同意見だ。私と彼は会話すら交わしていない間柄でしかないが、それでも彼の人柄は知っている』

 

「なんで、そう言えるの?」

 

「なんでって、そりゃ───」

 

 

少し考え、割と直ぐにその根拠に思い当たる。いや、根拠と言うには随分と弱いが、俺にとっては充分な判断材料だ。

 

 

「それは、あいつがヘタレだからだ!」

 

「あ───そ、そう。そうなんだ。へぇ」

 

『…………遊馬。それは流石に』

 

 

う、うるせぇ! 根拠なんかなくたって、あいつは俺の仲間なんだ! 仲間を信じて何が悪い!

 

 

「悪くはない。むしろいい。じゃなくて。───でも、それとこれとは話が別。

 

残念だけど、この件に関してはいつまでも平行線だね───」

 

「───ああ」

 

 

自然な流れで互いに深妙な雰囲気になり、視線を重ねる───が、直ぐに逸らされる。なんでだよ。

 

そんな俺の疑問には答えずに、彼女はそっぽを向いたまま、不思議とよく通る声で「でも」と区切り、このように述べた。

 

 

「とはいえ、私の推論はあくまで邪推で、彼のその裏切りが杞憂、もしくは単に君のためである可能性もある。だから、私の言葉を鵜呑みにするのも厳禁。だからこれは、参考までに。

 

ただ、とりあえず、アリトくんを利用するような真似はしないと約束する。不安はあるけど、それはそれ。君が嫌だと言うことを、君のためだと言い訳するのは筋が通らないから。

 

だけど私は、反省はしていない。必要だと思ったの。悪いとは思ってるけどね…………」

 

「あ、ああ………」

 

 

───わかるような、わからないような。

 

とは言っても、なんとなくなら理解した。要するにアレだ、彼女は非常に疑り深いのだ。あるいは、過保護であると言ってもいい。

 

そも本来なら、彼女が俺らの事情に首を突っ込む理由はない。それでも彼女が俺に付き合うのは、自惚れながら俺が彼女の友人であるからだろう。俺だって、鉄男や小鳥がナンバーズ絡みのトラブルに巻き込まれた時、その身を賭して戦いに挑んだ。今の彼女は、それと同じだ。

 

「だったら」、そんなことを思う。続く言葉は曖昧だけど、悪い意味には決してならない。もちろん、真月だって俺の友達であるからには、あいつが何らかの隠し事をしてようと、悪く言われることには思うところはある。でも、それでも。

 

 

「あ、それと最後に───」

 

「…………ん?」

 

 

ここでようやくいつもの調子を取り戻したのか、真っ直ぐにこちらを見つめて軽く声を鳴らす彼女の姿に内心で安堵する。

 

さっきまでの彼女は、いつか何処かに消え去ってしまうのではと危惧するほど危うい雰囲気だった。俺の行動がその陰りを取り払えたのなら、こんなに嬉しいことはない。

 

よっと、という掛け声と共に、軽々と彼女がアリトを背負い直す。自然と動作に目が釣られてその様子を微妙に見つめていると、朗らかながらも鋭く響く絶妙な声色で、貫ぬくように彼女は告げた。

 

 

「とりあえず、バリアンだから(・・・・・・・)、という見分け方はやめた方がいいよ。

 

バリアンにも、人間にも、アストラル世界やデュエルモンスターの世界にも、悪人もいれば、善人もいる。少なくとも、ここにいるアリトくんはバリアンだというレッテルだけで悪と断定していい人格をしていない」

 

 

でも、と続ける。自身の考えを押し付けるでなく、ひたすら俺に判断材料を与えるためだけに彼女は語る。

 

俺には致命的に欠けているもの。しかし、決して直ぐには補うことが不可能である、モノの見方というべき人生経験。

 

 

「逆に、善い人だからって、善いことをしているとは限らない。

 

私がアストラルくんに懸念しているのもそれでね───欲望を増幅させるとか一歩間違えば、いや普通に人生を台無しにできるモノを事実としてこの世界にばら撒いてしまった以上、どうにも穿った見方をする他ないんだ。

 

…………ごめんね。性格が悪くて」

 

『…………いや』

 

 

その言葉に、アストラルが鈍く反応し、しかし直ぐに言葉を濁し、そのままの状態で黙り込む。

 

この手の反応は、アストラルには珍しくない。アストラルは常日頃から自分で主張しているように頭は良いが、その反面頭でっかちな部分がある。ナンバーズ絡みの件では意外に声をよく荒げるし、ひどい時にはそのままダンマリを決め込んで呼びかけても反応がないなんてザラだ。

 

だけど、今回ばかりは気持ちもわかる。言葉を濁した理由も、言葉の途中で黙り込んだ理由にだって見当はつく。

 

 

(…………アストラルの、目的)

 

 

正直な話、俺にもさっぱりだ。それを知るための手段としてナンバーズを集めているのは知っているが、本人さえも理解してない動機なんて探りようがない。

 

でも、それこそ俺にはどう判断していいのか。あれこれ選択肢を用意して、必要とあらば即決で即座に行動を起こせる彼女が、今は少しばかり羨ましい。

 

しかし、俺がそんなことを思っていると、彼女は相変わらず妙に俺を見透かした態度で「違う違う」と嘯いて、

 

 

「嫌でもやらなければならない。そういう機を逃したらどれだけ後悔するか。それをただ知ってるだけだよ、私は。

 

以前にも、入院するより前に夢の国へ一度でも行っておけば、後から唐突に行きたくなって後悔するなんてことは───じゃなくて。

 

なんにせよ、しばらくはあっちの出方を見るしかないかな…………ギラグってバリアンも、あの問答で少しは動揺したっぽいし」

 

『あれは、動揺と言うより…………いや、やめておこう』

 

 

(…………出方を見る。本当に、それしかねぇのか?)

 

 

彼女からすればそうだろう。言ってはなんだが、本来こちらの事情とは無関係でしかないはずの彼女は、義理や人情以上の感情でこちらに関与する理由はない。

 

だが俺は違う。あいつらは、明確に俺を狙っている。また、ギラグの発言や服装を鑑みるに、学園に侵入かなんかをしてこちらの動向を見張ってた節がある。

 

俺が言うのもあれだが、あいつはあれだけ目立つ容姿だ。今まではバリアンが学園にいるだなんて想像もしてなかったから発想自体が浮かばなかったが、奴が学園に潜んでいると仮定すると、委員長辺りの人脈を利用して人海戦術なりなんなりで探し出すことも不可能だとは思えない。

 

…………卑怯な言い方だが、元より、選択権は俺にある。アストラルではなく、その大元のナンバーズを持っているこの俺に。

 

どうすればいいのか。どうやればいいのか。どのようなことができるのか。どんなことができそうなのか。

 

今の彼女は、全てを俺の意思に委ねている。自分の行動が過ちだと。それが最善であると、それこそが理想だと、俺自身が彼女にそう思わせてしまったから。

 

 

(…………バリアン、か)

 

 

バリアン。異世界から来たらしい、同じく異世界からやって来たアストラルのナンバーズを奪おうと目論む謎の集団。突如として現れたこの襲撃者に対し、俺は何の情報も持たない。何故ナンバーズを狙うのか。アストラルとの関係は。そもそもバリアン世界とは何か。謎だらけだ。

 

しかし、奴らとは話ができる。情報としては、それで十分だ。加えてどうやら互いの因縁も曖昧らしい。それで襲撃されるこちらとしてはたまったものじゃないが、今はそれが好都合だ。

 

困難ではあっても、不可能ではないのなら、挑まないのは心情に反する。常日頃から俺の掲げる目標。俺の意志。

 

 

 

「…………かっとビングだ、俺」

 

 

小さく口の中で呟かれたその言葉は、誰の耳にも届くことなく我が内にへと消え行く。

 

されど漲る決意を胸に秘め、俺は今後の可能性と、それが齎す未来を羨望し、自然と笑みが零れるのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

『…………それで、どうなったの?』

 

 

通信機(Dパッド)越しに紡がれる透き通るような声。デュエルモンスターズにおけるモンスターの鳴き声を代表とするあらゆる音声を世に抽出する高性能な機能が、彼女の言葉を忠実に再現する。

 

どうなった。端的だが、難しい質問だ。なにせここ数日の俺の日常は激動と言っても過言じゃなく、どうにも一言じゃ言い表わせないほど複雑なものだったのだから。

 

加えて、迂闊に吹聴してはいけない事柄も混ざっている。具体的には、真月の素性。でも正直、俺なんかの判断に委ねるより、腹をくくって話して彼女の意見を仰ぎたい気持ちもある。だけど俺は、その判断すらできやしない。何が正解で、何が間違いで。誰が味方で、誰が敵で。あるいは完全に無関係で。そんなことで悩むくらいなら、無闇にデュエルでも挑んだ方がまだマシだ。

 

 

「ああ、実は───」

 

 

しかし。

 

それでも俺は、伝えなくてはならない。おそらく誰よりも俺のことを案じ、らしくもない役目を引き受けようとした彼女へと。たとえそれが、アストラルにとっての不利益となる可能性があろうとも、彼の記憶が定かではない現状で、それを伝えない選択肢はあり得ない。

 

その方がいい、ではなく、俺がそうしたいから。どちらの考えも、俺は尊重したいと願っていればこそ。

 

 

『…………ちょっと確認するよ。遊馬くんは、ギラグって人と戦った。デュエルでどうにか襲撃を跳ね除けるも、アストラルくんはその戦いで疲弊、王の鍵の内部にて療養。

 

しかし、どうしてか内部では番人を名乗る者が待ち受けていて、これを打破すると、これまたどういうわけかアストラルくんが本来の目的を思い出す。まあ、話を聞く限りだと、ブラックミストが意図して隠していたっぽいから、そっちはいいや。

 

ヌメロンコード…………聞く限りだと、まんま伝説にあるアカシックレコードだね。この世の全ての情報が記されている記録媒体とかそんな概念上の。

 

カードとしての《アカシック・レコード》も大概だけど、そっちの厄さはそんなものとは比較にもならないかな。

 

となると、アストラルくんの目的はバリアンがそれを手に悪事を目論むのを防ぐこと。あるいは逆に、ヌメロンコードの力で何かを為すこと、といった感じ?

 

いやぁ、マジで何でもできそうだから、逆に何をするつもりかまるでわからないね!』

 

 

笑いごとじゃないけどね! と、彼女は自棄っぱちに笑う。空笑いではなく、本当に心底からどうしようもなくて笑っている辺り、俺が思う以上に事態が深刻なことが伺えた。

 

ヌメロンコード。俺もこの話を聞いた時は驚いたものだ。この世の全てを記したカード。世界を生み出したとかいうとんでもないモノ。そんなものが実在し、しかもアストラルがそれを狙っている。加えてバリアンの奴らもヌメロンコードを求めているとなると、どう転んでも厄介なことになるのが目に見えてる。

 

 

『この世界は一枚のカードから生まれた…………というより、この世界こそが一枚のカードである、なんて理論は哲学を齧ればいくつか見つけられるけど、そんなのが現存しているとなるとまずいね。

 

しかも、見つけ出すと来たかぁ…………何が目的なんだろ? まあ、彼自身もわかってないみたいだけど』

 

「さあな。あいつはいつも、あれこれ無駄に考えているから」

 

 

まずあり得ない話だが、仮にあいつが何かヌメロンコードに関する重大な事実を隠していたところで俺は驚かない。なにせ事が事だ。如何に相棒であろうと警戒しすぎて損になることはないと断言していい。

 

思えば、あいつは自身が消滅する危険を推してナンバーズなんかを集めているのだ。己が存在を賭ける価値のある何かを、あいつは持っているのだろう。

 

その目的が良いことなのか悪いことなのか、今の俺には判断ができない。だが俺は、あいつの人格を信じている。あいつが掲げる目的ではなく、あいつ自身の考えを。ならば俺は、進むだけだ。俺が求めるその道を。俺が辿るべき輝ける未来へと。

 

 

『…………えっと、遊馬くん?』

 

「ん? ───ああ、悪い、ちょっと…………」

 

 

似合わないことを考えていたからか。表情とかではなく、声だけで違和感を覚えるほどに上の空だったらしい。雰囲気を察して心配気に声をかけられる部分は流石だが、こちとら彼女との会話を流していたに等しいわけで、できれば無視して欲しかったのだが。

 

そんなわけで、とは違うが、空気を変えるために目の前に迫ったとある行事の話題を切り出してみる。本来ならば多忙な彼女にこの手の話題を繰り出すのは気がひけるが、今の彼女は療養中。あわよくば、という欲が出てきても仕方ない。

 

 

「そういえば、そろそろ俺らの学校で、学園祭をやるんだけど───」

 

『…………ん?』

 

 

しかし、意外にもその言葉に、怪訝な声で彼女は反応する。唐突な話題転換ではあっても、そんな過剰な反応をされることに心当たりがなくて、俺が一瞬言葉に詰まると、

 

 

『ああ、そういえば、そんな時期だっけ。そっか、そうだよね。今の私に、仕事のオファーとか来るわけないよね。

 

って、ごめんごめん。…………学園祭ねぇ。私も実は君の学校が母校なんだけど、私はほら、いっつもそれっぽい出し物でお茶を濁していたから、あんまり深い想い出はないんだよね』

 

 

朗らかに、そんなことを彼女は言う。俺の学校が母校だってのはどこかで聞いたような気はするが、続けた言葉は少し意外だ。アイドルなんてもんをやってる彼女のことだから、てっきり講堂を一日中借り切ってライブなんかをしててもおかしくはないのだが。

 

 

『チョコラテよりも甘いよ、遊馬くん。残念ながら、アイドルになるのにも、内申ってものはすっごく重要なんだ。特に私は中卒だからね。幸いにも成績は良かかったから今は高卒認定くらいは持ってるけど、最初は本当に色々と大変だったよ?

 

まあ、そんな無茶をしたのもその道を選んだのも私だから、後悔なんてしてないんだけどね』

 

「チョコ………?」

 

『買い被りすぎ、ってことだね。喫茶、お化け屋敷、あとは…………舞台劇だったかな。まあとにかく、君が想像したような大それたことはやってないよ。無駄に小賢しかったから、良くも悪くも「良い子ちゃん」だった。今思うとかなり勿体無かったな、とは思ってる。

 

あ、ちなみにチョコラテってのはアレだよ。飲み物。気にしないで。ちょっとふざけただけだから』

 

「へぇ…………」

 

 

 

意外ではあったが、別におかしなところはない。俺たちのクラスがやるのも喫茶店だったし、妥当すぎて逆に違和感を覚えるレベルだ。チョコラテってのに関しては…………後で小鳥に聞けばわかるか? まあ、どちらにしろ今はどうでもいい。

 

 

「それで、良ければ───」

 

『ほう。

 

うん、分かった。絶対に顔を出すから、その時はよろしく。……………………そういえば、確かだけどその学園祭、タッグデュエルの大会があったよね?』

 

「え?」

 

 

何故か感心したような声と、すぐさま継ぎ足される喰らいつくような声。

 

どうせならばと誘ったのはこちらだ。乗ってくれるのは素直に嬉しい。だがこうも何故、彼女は時折理解できない反応をするのか。小鳥やキャットちゃん、最近だと妹シャーもそうだったか。どうにも女性というものは難しい。小鳥に言わせれば「遊馬はデリカシーが〜〜」だ、そうだが、こんな微妙な雰囲気の差異にすら対応しなければならないのは、流石に無謀な試みであると言えるだろう。

 

結局、言及しようにも無意識のうちに萎縮して、それらしい会話を繰り広げる自分。これについては割と本気で困りものではあるが、周囲に相談できそうな人物もいないため(強いて言えば機械を介した先にいる彼女がそうだが、今は除外)、どうしようもなかったりする。

 

 

『大会っていうか、余興だね。プロのタッグデュエリストに挑めるとかそういうアレ。なんで学園祭でそんなのをやってるのかは謎だけど、見世物だと思えばまあ別に。

 

それでなんだけど、ついでだから、一緒に出ない? それに』

 

「…………へ?」

 

 

諸々の問題はこっちでどうにかするから、と続けて、妙に鋭く強調した語感で俺を貫く彼女。なにがなんだかわからないが、凄い迫力だ。何故だろうか。彼女の声色に、含むものなど見受けられないのに。

 

 

「まあ、別に構わねぇけど…………」

 

 

頭の中に色々な言葉が過ぎったが、結局俺は何も返せず、そう告げた。

 

後にして思えば、学園祭の存在さえ定かではなかったはずの彼女が、どうして不真面目とはいえ学園の生徒である俺でも知らなかったような大会の情報を知っていたのか。

 

女とはかくも美しく恐ろしい、とは誰の言葉だったか。それとも造語か。とにかく俺は迂闊にも、その発言の意を察することはできなかったのである。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「やっほー、遊馬くん!」

 

 

久方ぶりに出会った彼女は、妙に元気だった。いや、彼女が普段から明るいのは周知の事実だ。あれから彼女が身体を酷使するような賑やかな番組に出演するのは見たことがないが、ランクアップ云々の関係で時折デュエルの解説番組とかにひっそりと名を連ねたりで顔を見てたこともあって、身体がどうこう、という心配はしていない。

 

ならばどうして「妙に」などと、とは自分でも思うものの、結局はよくわからないでいる。どうしてか小鳥にそれを聞くのは気が引けたし、姉ちゃんはなんというかこういうことを聞ける感じじゃない。今にして思えば婆ちゃんに聞いてみるのが最適解であったんだろうが、それこそ後悔後先に立たずとなんとやら、だ。

 

 

「時間は? あ、自由時間なの? へぇ。

 

じゃあ、早速行こうか! あ、大丈夫大丈夫、場所は把握してるからね!」

 

 

エントリー制だから急がないと締め切られちゃう、などと宣い、そのままあれよこれよと手首を掴まれて連行され、気づけばそこはこの学園のグラウンド。贅沢なことに、このタッグデュエルは、そこらのドームにすら匹敵するこの広いグラウンド全てを利用して行われるらしい。

 

だがそれはそうと、彼女がこれまた妙に慌てているのはなんでだろうか。そういえばさっき真月にこのイベントのことを訪ねた時、なんとも言えない表情を浮かべていたが。

 

自然と前を向く。そこにいるのは、二人のデュエリスト。最近は隣にいる彼女の影響でデュエル番組を良く見ていたから顔も見覚えがある。名前こそは覚えてないが、宣伝されてたようにプロのデュエリストだ。

 

まだまだ若手の、しかし頂点にほど近いタッグデュエリスト。触れ込みとしては夫婦であることも相俟って抜群のコンビネーションを誇る、だったか。俺がタッグデュエルをしたのは数えるほどしかないが、それでもタッグデュエルの複雑さや難しさは身に染みている。故に、身構える。

 

 

「やぁ、ボーイ。自己紹介は必要かな?」

 

 

───が、意外にも。『プロ』などと言う厳格な肩書きに似合わない気安さと友好的な態度で声をかけられ、身体中に張り詰めていた緊張が緩やかに溶けていく。

 

声を掛けて来た青年に導かれるよう、互いに自己紹介を交わす。羽原プロ。名前はそれぞれ飛夫・海美。今回の大会は母校であるこの学校へのボランティアに仕事を混じえた余興で、しばらく休業することに対してのファンサービスとしてあるのだとか。

 

ファンサービスと聞くと何の変哲も無い言葉なはずなのにどうにも身体が身構えてしまうが、まあいい。なんか色々と突発的で正直展開についていけない面はあるが、せっかくの機会だ。傲慢な考えだが、プロを名乗るなら腕試しに持って来いだろう───

 

 

『───遊馬』

 

 

と、俺の思考がひと段落ついたその瞬間、まるで見計らったようなタイミングで中空より声が響く。

 

もちろん、幻聴などではない。およそ人間に出せるような声質もしてないし、出現位置から全体像、加えて所有する道具(※ナンバーズ)まで悪霊要素は満載だが、そうではなく。俺の側で脈絡もなく鳴り響く音といえば、彼以外にはあり得ない。

 

 

「なんだよ、アストラル」

 

『君が言っていた「約束」とは………彼女のことか?』

 

「はあ?」

 

 

何故かやや険しい顔を携え、糾弾するかの如く鋭い声を向ける彼。言われてみればアストラルに彼女との約束について話したことはなかったが、そもそも俺は小鳥たちとは違い、教室の設備等をやっていたおかげで当日のシフトは無く好きなだけ見て回っても構わないはずだし、何かを咎められる筋合いはないのだが。

 

むしろ、今までの流れで理解できなかったのか、と問い返す。別に不機嫌なわけじゃない。単純に気になったからだ。元々学園祭なんてもんにはカケラも興味を示さなかったクセに、今更何を、と。

 

 

『いや…………小鳥が少し、不憫に思ってな』

 

「小鳥? あいつはほら、午前中がシフトだからどうせ一緒に回れねぇだろ? まあ、せっかくの学園祭でってのはあるけど、それこそ気にしても仕方ねぇし」

 

『そういうことではないのだが…………ふむ』

 

「…………?」

 

 

どこか歯切れの悪い煮え切らない返答に、疑問符が浮かぶ───まあ、こういう時のこいつに話しかけても、どうせロクな返答は帰ってこない。どちらにせよ、今はこいつばかりに構ってる場合じゃない。ただでさえ不慣れなタッグデュエル、それもその最強格と闘うことになったのだ。相方が彼女ならばそうそう負けはないにせよ、今の俺の出せる全力で尽くさないと。

 

 

「しかし、驚いたわ───まさか、貴女がこんな大会に出たい、だなんて。しかも、あのWDCでの彼と一緒に」

 

「あはは…………ちょっと思うところがありまして。多分貴女は好奇心か何かでOK出してくれたんだと思いますけど、残念ながら私達はそういう関係ではありませんよ」

 

「まだ、でしょう? 隅に置けないわね。でも、大丈夫なの? ほら、アイドルとしては」

 

「心配ご無用───あのWDCから、良くも悪くも私のファンは私に“そういうの”をあんまり求めなくなりました。無論、無視できない程度には問題もありますが、それを踏まえてもこのデュエルには価値がある。

 

おそらく、このデュエルこそが、私と彼が何にも縛られず共に闘える最後の機会なので───何を言われても、誤魔化す算段はできています」

 

「…………へぇ。まあ、君がそういうのなら、私は何も言う気はないさ。君の申し出を受けたのだって、いちデュエリストとして君と闘いたかっただけだしね。

 

ただ───そうだね。君はどうやら、自分でその言い訳に納得してないみたいだけど?」

 

「…………む」

 

 

決意を固める俺をよそに、この舞台を俺に提供してくれた形になる三人が、何やら主語を欠く会話を繰り広げる。

 

言葉としては通じている。だが正直、俺には何を言っているのかさっぱりだ。どうやら三人の間では意思疎通ができているようだが、何が何やら。

 

でも、どうやら。彼女はまたもや俺のために何かをせんとしてくれているらしい。俺なんかのためにそこまでしてくれる。その事はひたすらに照れ臭いが、それ故に俺は、彼女の期待に応えなくては。

 

 

『…………遊馬。君はまず、あの会話の意を察することから始めた方がいい』

 

「ああ。だったら、デュエルが一番だな!」

 

『…………』

 

 

つい最近にあった、王の鍵の中にいた鎧の巨漢を思い出す。そうだ。何言ってんのかわかんねぇ奴は、まずデュエルでぶつかり合う! そうすればきっと、どんな誤解も行き違いも齟齬もあっさりとぶっ飛んで、これ以上なくわかりやすいシンプルなものに変わっちまうんだ。

 

 

「ボーイ。流石、デュエルカーニバルのチャンピオンだな。良い持論だ。

 

そうだ、たとえどんな思惑があるにせよ、デュエルをすれば全てが分かる。彼女の目的も、君たちの関係も、そしてその強さも。

 

本当、デュエルとは素晴らしいコミュニケーションツールだ───僕がプロを目指したのも…………って、これは関係無い話だったね」

 

「今の、微妙に気になる………」

 

「ふふっ。それこそ、デュエルで聞き出してみなさいな。幸いにも、舞台は整ってるしね…………っと、あんまり待たせるわけにもいかないわね」

 

 

多少強引なれど場を収め、静かにDゲイザーを装着する海美プロ。よく考えなくても、デュエル前に話しすぎ、ということだろう。俺にとっても彼女達にとっても時間は限られている。積もる話があるのなら祭の後で。それまではさあさご興じろ、というわけだ。

 

そうと決まれば、俺も彼女に倣うように無言でDゲイザーを装着。不思議なことにお決まりの合図は誰からでもなく、図らずもほぼ同じタイミングにて宣言された。

 

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

───いつからだろう。こんなにも、心がざわつくのは。

 

 

 

 

 

「先行は私だ。ドロー!

 

私は魔法カード、《バルーン・パーティ》を発動!

 

自分フィールドに、バルーントークンを2体特殊召喚!

 

そして、この2体をリリースして、アドバンス召喚!

 

来い!《超巨大飛行艇 ジャイアント・ヒンデンブルグ》!」

 

 

 

 

《バルーン・パーティ》

通常魔法

①:自分フィールド上に「バルーン・トークン」(水族・風・星1・攻/守0)2体を特殊召喚する。

このターン自分フィールド上のモンスターは攻撃できない。

 

 

 

《超巨大飛行艇 ジャイアント・ヒンデンブルグ》

効果モンスター

レベル10/風属性/機械族/攻撃力2900/守備力2000

①:自分フィールド上にこのカード以外の

レベル5以上のモンスターが召喚された時に発動する。

相手フィールド上のレベル9以下の攻撃表示モンスターの表示形式を守備表示にする。

 

 

 

 

 

 

───いつからだろう。一人の時、何となく寂しさを覚えたのは。

 

 

 

 

「更に、フィールド魔法、《氷山海》を発動。

 

フィールドにいる、守備モンスターの守備力は0になる。

 

カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

 

 

 

 

《氷山海(アイスバーグ・オーシャン)》

フィールド魔法

①:フィールド上に表側守備表示で存在するモンスターの守備力は0になる。

 

 

 

 

一体いつから。私はいつから、これほどまで。

 

いつからか私は、どうしようもなく燻っている。この感情は、果たして何なのか。本当のところは分かっているけど、それを口にすることはとんでもなく恐ろしい。理由もまあ、分かっている。分かってはいるのだ。目をそらしているだけで。

 

いつからだったか。いつからこんな、当たり前のことに───そう。

 

 

───いつからだろう。相手が初手にエクシーズをしないことに関して、疑問符が浮かぶようになったのは。

 

 

(なーんて、どうでもいいけどねぇ…………)

 

 

初手がフィールド魔法でなかったことにも若干の違和感を覚えつつ、山札からカードを一枚ドローする。

 

引いたカードは、《エクシーズ・ギフト》。流石に現段階では使えないが、可能性を広げるという意味では悪くないカードだ。

 

とはいえ、現時点で腐っているカードを抱えるのがアレなのは確か。幸いエクシーズモンスター2体なら出すのもそう難しくはないし、手札もそこそこ運が良い方。しかし、後々逆転の布石になり得るカードをあっさり使うというのも…………なーんかもにょるなぁ。

 

 

「私は手札から、《ギャラクシー・ワーム》を召喚。

 

召喚時に効果を発動。自分フィールドにモンスターがいない時、デッキからレベル3以下のギャラクシーモンスターを特殊召喚できる。

 

私はこの効果で、もう一体のギャラクシーワームを特殊召喚します」

 

「レベル3のモンスターが2体…………」

 

「私はレベル3、ギャラクシーワーム2体でオーバーレイ。

 

2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築。

 

戦場に倒れし騎士たちの魂よ。今こそ蘇り、闇を切り裂く光となれ。

 

エクシーズ召喚! 現れよ、ランク3!《幻影騎士団ブレイクソード》!」

 

 

 

 

 

《幻影騎士団ブレイクソード》

エクシーズ・効果モンスター

ランク3/闇属性/戦士族/攻2000/守1000

レベル3モンスター×2

①:1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、

自分及び相手フィールドのカードを1枚ずつ対象として発動できる。

そのカードを破壊する。

②:X召喚されたこのカードが破壊された場合、

自分の墓地の同じレベルの「幻影騎士団」モンスター2体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がる。

この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

 

 

バトルロイヤルルールでは、全てのプレイヤーが一巡目にはバトルを行えない。加えて、彼らのデッキは徹底したコンビデッキだったはず。ならば、この段階で片方の手を削る選択は、そう悪いものではないだろう。

 

彼らも彼らで、間違いなくトップクラスの決闘者───こんな稚拙な手、確実に防がれるだろうけど、それはそれで、次の手を打てばいい。

 

 

「ブレイクソード、効果発動!

 

オーバーレイユニットを一つ使って、互いのフィールドから一枚ずつを対象に発動、そのカードを破壊する!

 

対象は、ブレイクソードとヒンデンブルグ!」

 

「なるほど。しかし、まだまだ!

 

永続罠発動、《安全地帯》! ヒンデンブルグを選択し、対象モンスターを破壊から守る!」

 

 

 

 

《安全地帯》

永続罠

フィールドの表側攻撃表示モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、

その表側表示モンスターは、相手の効果の対象にならず、

戦闘及び相手の効果では破壊されず、相手に直接攻撃できない。

このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。

 

 

 

 

(《安全地帯》ね…………)

 

 

ジャンルは違えど巨大戦艦デッキ故に、そのカードを入れている可能性は考慮していた。が、実際に発動されると地味に困る。

 

ただでさえ安全地帯は強力だ。デッキタイプによっては、その一枚だけで戦況が停滞しかねない程に。まあ、彼のそれはあくまでエクシーズモンスターに繋ぐための防御札なんだろうけど。

 

 

「…………なら、私は手札から、《RUMー埋葬されし幻影騎士団》を発動。

 

このカードと、墓地に存在するブレイクソードを素材として、ランクが2つ上のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚する」

 

「墓地から、しかも2つもランクアップ…………!?」

 

 

 

 

《RUMー埋葬されし幻影騎士団(ベアリアル・ファントムナイツ)》

通常魔法

①:自分の墓地の「幻影騎士団」Xモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚し、

そのモンスターよりランクが2つ高いXモンスター1体を、

対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

さらにこのカードをこの効果で特殊召喚したモンスターの下に重ねてX素材とする。

 

 

 

 

お生憎だが、このカードは見た目以上に不便なモノだ。確かに一見、軽い条件で新たなエクシーズモンスターを呼び出せるようにも見えるだろう。しかし、実態はまるで違う。

 

具体的には、素材となり得るモンスターの数。本来の持ち主たるユートくんならともかく、あくまで遊戯王OCGを基盤とする私は違う。ブレイクソードかカーストジャベリンのどちらかしか素材にできないから、実質ランク4、5のモンスターしか出せないのだ。

 

と言っても、基本的に幻影騎士団以外では使い切りのブレイクソードを綺麗に再利用できるのも事実。出すモンスターは…………悩むがまあ、あのカードでいいだろう、うん。

 

 

「私はランク3のブレイクソードで、オーバーレイネットワークを再構築。

 

超然の鎧を纏い、世界を震撼させよ。ランクアップ・エクシーズチェンジ!

 

ランク5、《No.53 偽骸神 Heart-eartH》!」

 

 

 

 

《No.53 偽骸神 Heart-eartH》

エクシーズ・効果モンスター

ランク5/闇属性/悪魔族/攻 100/守 100

レベル5モンスター×3

①:1ターンに1度、このカードが攻撃対象に選択された時、

このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで

その攻撃モンスターの元々の攻撃力分アップする。

②:フィールド上のこのカードが破壊される場合、

代わりにこのカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事ができる。

③:エクシーズ素材の無いこのカードがカードの効果によって破壊された時、

墓地のこのカードをエクシーズ素材として、

エクストラデッキから「No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon」1体を

エクシーズ召喚扱いとして特殊召喚する。

 

 

 

 

 

 

「こいつは、フェイカーの…………」

 

 

一応、このカードでもリセットを試みたが、敢え無く失敗。やはりというか、流石に癖がありすぎて無理だったようだ。そもそもダークマター同様、全く状況再現なんてしてないし、この結果は妥当の極みであろう。それに成功したらしたで、そのカードを処理しないとあれだし。

 

だけど、あくまで壁として見るならば、このカードも悪くはない。カードの効果を確認できないこの世界ではオネスト効果はそれだけで初見殺しだし、まかり間違って原作ハートアースを再現できれば凶悪な制圧力を誇る。

 

 

(まあ、それだと本来の目的から外れるから、やらないけどね)

 

 

本来の目的。打算と言ってもいい。それこそが、私がこの舞台を組んだ理由。そして、私がいることによる弊害だ。

 

遊馬くんから、彼の道程について聞いた。ギラグさんが彼に挑んだ理由も、そのデュエルの推移についても。

 

それ自体に問題はない。強いて言えばそこに至るまでを止めることができなかったのが問題ではあるが、あの場でアリトをどうこうするのは流石に憚られたのでそれは仕方がない。仕方ないのです。

 

ならば何が問題か。決まっている、デュエルの中身だ。これもまた、私が彼のことを、彼の成長を、私の影響を軽く見ていた結果だと主張するように、それはあまりに看過できないものだったから。

 

 

(圧勝だったって…………エース召喚を妨害したって…………いや、妨害は立派な戦略だって教えたの私だけどさぁ…………なんかこう、ね?)

 

 

ざっくり聞いた内容は、もう少しなにか手心を、みたいなものだった。しかもどうやら、口八百で真月くんが巻き込まれないよう手を尽くしたみたいだし、ホント妙なところばかり成長している気がする。その割には真月くんの正体(バリアン警察)について知ってるフシがあったけど、そっちは多分彼がなんかしたんだろう、うん(思考放棄)

 

だけど正直、こんなとこばっかり参考にしないで欲しかった。なんだ、あれだ。手がけた子供が、いつのまにか夜遊びを覚えた、みたいな、なんとも言えない気分になる。しかもそれが、明らかに自分の所為だとわかれば尚更のこと。あれこれイベントの度に、自ら色々と考えることを推奨したのは自分だ。ならばこれは、明らかに私の失態。特に妨害に関しては私以外に心当たりがない。よって、こうなれば自分が、と、私がそう決意したのも、仕方ないことだろう。

 

…………まあ、よりにもよって『このデュエル』でそれを敢行しようというのは、多少の私情が混ざっているのだが、それはそれ。ぶっちゃけそっちは諦め気味とはいえ、それで努力をしないというのは何か違う気がするし。

 

 

「私はカードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

「ランク5で、攻撃力100を攻撃表示…………私のターン、ドロー!

 

私は手札から、《ラフト・パーティ》を発動! このターンのバトルを放棄して、フィールドにラフトトークン2体を特殊召喚する!

 

そして私も、この2体をリリースして、アドバンス召喚!《超巨大不沈客船エレガント・タイタニック》!」

 

 

 

 

 

 

《ラフト・パーティ》

通常魔法

①:自分フィールド上に「ラフト・トークン」(水族・水・星1・攻/守0)2体を特殊召喚する。

このターン自分フィールド上のモンスターは攻撃できない。

 

 

《超巨大不沈客船エレガント・タイタニック》

効果モンスター

レベル10/風属性/機械族/攻撃力2800/守備力2900

①:1ターンに1度、フィールド上に存在する表側守備表示モンスター1体を対象に発動できる。

そのモンスターを破壊し、コントローラーにその攻撃力の半分のダメージを与える。

 

 

 

 

 

 

(タイタニックにヒンデンブルグ…………言っては何だけど、沈みそう)

 

 

そもそも、この世界にはいわゆるカードの元ネタは存在しない。あくまてカードとは、精霊界に存在するモンスターの姿形を彫ったものだ。我々には精霊界を見通す力がないから精霊界であのモンスターがどんな運命を辿ったのかはわからないけれど、少なくとも勝手に不名誉なレッテルを貼られる筋合いはないはず。まあ、分かってても穿った目で見ちゃうんだけど。

 

 

『ヒンデンブルグの効果は、レベルを持たないハートアースには適応されない。尤も、元よりハートアースはカード効果を受け付けない効果を持つが…………』

 

「(いや、アストラルくん。このハートアース私のだから、完全耐性なんてないんだよね…………)」

 

『…………何?』

 

「私はレベル10のヒンデンブルグと、エレガントタイタニックをオーバーレイ。

 

2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!

 

天かける勇者と、海の王女が結ばれし時、大いなる世界の不思議が花開く。エクシーズ召喚! 現れよ、《超巨大空中宮殿ガンガリディア》!」

 

 

 

 

 

 

《超巨大空中宮殿ガンガリディア》

エクシーズ・効果モンスター

ランク10/風属性/機械族/攻 3400/守 3000

機械族レベル10モンスター×2

①:1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動する事ができる。

フィールド上に存在するモンスター1体を選択して破壊する。

その後、そのモンスターのコントローラーのライフポイントを半分にする。

 

 

 

 

 

「うわぁ…………」

 

 

やたらと広いグラウンドすら霞むレベルの、あまりに巨大な浮遊施設に目眩がする。しかもそれが相手のモンスターで、本来ならば私達にダメージを与える相手となれば更に、だ。

 

とはいえ、ナンバーズでもなければ私にダメージは来ないはずだし、舞台そのものもお遊びであるし、気負うことはない。遊馬くんだってこの程度のことなら日常茶飯事以前の常識だろう。

 

だからといって、大人しくダメージを受ける、というわけではないのだが。

 

 

「ガンガリディアの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使って、フィールドのモンスター1体を破壊する!

 

更にその後、コントローラーのライフを半分にできる、タイタニック・ダイブ!」

 

「ハートアースの効果発動!

 

このカードが破壊される場合、代わりにこのカードのオーバーレイユニット一つ一つを取り除くことができる」

 

「破壊耐性…………そしてその攻撃力ってことは、《ネコ耳族》のような効果かしら。

 

私もカードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

ガンガリディアを始めとする、○○した後に●●する、といった類の効果は、○○の効果が成功しないと●●の効果を使えない。加えて、○○の効果で破壊したモンスターが「△△された時▲▲できる」タイプの誘発即時効果を保有していた場合、●●の効果が挟まるためにタイミングを逃したりする。ただし、この世界では割とタイミング云々はガバガバなので、未だについうっかり間違えたりもするし、それで失態を犯したことも。まこと、遊戯王とは複雑なゲームである…………どうでもいいけど。

 

さて、遊馬くんはどう出るか。遊馬くんと言えばとりあえずホープホープだが、彼ら夫婦はプロとはいえ一般人。当然ながらナンバーズなんて危険なカードは使えないし(私のは危険じゃないからセーフ)、ホープに頼らない彼が果たしてどれだけ強いのか、単純に興味もある。

 

 

「俺は手札から、《二重魔法》を発動!

 

手札の《代償の宝札》をコストに、相手の墓地にある《ラフト・パーティ》を選択、そのカードを発動する!

 

俺はその効果で、フィールドにラフトトークン2体を特殊召喚!

 

更に代償の宝札の効果で、2枚ドロー!」

 

 

…………トークンの召喚?

 

というか二重魔法とはまた渋いカードを。いや遊馬くんが《チャウチャウちゃん》とか相手のカードに干渉するカードを入れてるのは知ってたけど、ここでトークンを出して来るとは流石に予想外だ。何をするんだろう?

 

 

「そして俺は、このトークン2体をリリースして、モンスターを裏守備でアドバンス召喚!

 

俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

「最上級モンスターのアドバンス召喚…………ボーイ、随分と珍しいことをしてくるんだな」

 

「流石はWDCのチャンピオン、かしら? 尤も、ガンガリディアは破壊効果を持ってる。ただ珍しいことをしただけなら、ダーリンのターンに敢え無く敗北だけど…………対策くらいはしているでしょうね」

 

(いやいや珍しいなんてものじゃないよ。最上級のアドバンスセットなんてまさかこの世界で見られると思わなかったし。なんだろう、あのカード。【遊馬】デッキにアドバンスセットするようなのいたっけ…………?)

 

 

混乱が脳を巡る。まさかこのエクシーズモンスター全盛期の世界で、私以外が全員最上級のアドバンス召喚をしてくるなんて予想外にも程がある。特にアドバンスセットなんか予想外も予想外で、なけなしの知恵で脳内のデータベースを漁ってもそれらしいモンスターをまるで思い出せない。これはひょっとして、かなりまずいのではなかろうか。

 

 

「私のターン、ドロー!

 

「この瞬間、罠カード《フォト・フレーム》を発動!

 

ダーリンのフィールドに残された安全地帯を選択し、このカードをそのカードと同じにする!」

 

 

 

 

《フォト・フレーム》

永続罠

永続罠

①:相手フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚を対象としてこのカードを発動できる。

発動後、このカードは対象のカードと同じ種類(魔法・罠)のカード及び同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

 

 

 

 

 

 

更には、どこかで見たような罠によってあの厄介な安全地帯さえも継承されてしまう。パートナーのカードを使い回すことを前提とした、応用力の高いカード。タッグデュエルの場合、「相手」を信頼した人物に委託できるとはいえ、あのように扱いが難しいカードを、よくもまあ。

 

 

「これは有り難い───メインフェイズ、私もガンガリディアのモンスター効果を発動! 対象は九十九遊馬くん、君のセットモンスターだ!」

 

「罠発動、《もの忘れ》!

 

効果を発動したフィールドのモンスター1体を対象に、その効果を無効にして、対象モンスターを守備表示にする!」

 

 

 

 

 

《もの忘れ》

通常罠

①:フィールド上に表側攻撃表示で存在する

モンスターの効果が発動した時に発動できる。

その発動した効果を無効にし、そのモンスターを表側守備表示にする。

 

 

 

 

 

「……いや、遊馬くん。《もの忘れ》は対象を取らないから……まあ、そのおかげで安全地帯を抜けられるんだけど」

 

『加えて、彼自身が発動したフィールド魔法、アイスバーグオーシャンの効果により、ガンガリディアの守備力は0となる。故に、理想的な妨害と言えるだろう。

 

尤も、遊馬がそこまで想定していたのか、というのは疑問だが』

 

「………あ、当たり前だろ!」

 

 

いや、これは流石に忘れていたな。アイスバーグオーシャンはともかくとして、安全地帯を前提として発動したなら「対象に」とか言わない。紛らわしいから。とはいえ、的確な対応であることに違いはない。偶然だろうと意図してだろうと、彼の行動に感謝こそすれ批判する謂れはないのだ。…………流石に、勘違いしたままだとあれだから指摘はするけど。

 

 

「やるな──だが、今はまだメインフェイズ1。となれば当然、私にはフィールドのモンスターの表示形式を変更する権利が残されている。

 

また、今のカードによって私たちのガンガリディアの守備力が0になったように、チェーンブロックを組まないこのフィールド魔法の効果は、ダメージ計算時にも問題なく適用される。つまり、仮に君のセットモンスターが万・億・兆単位の守備力を誇ろうと、このフィールドの前には無意味、というわけだ」

 

「チェーン……ブロック?」

 

『遊馬……』

 

 

効果がシンプルな程に強いのが、このゲームでの常識。たった一枚でふたつみっつよっついつつの効果を持つような便利カードが増えてきても《死者蘇生》が弱いと思う奴はいない。つまりはそういうこと。

 

今現在展開されてるフィールド魔法もその例に漏れず、場にあるだけで『守備力』という概念を帳消しにする効果を持っている。当然、このゲームはそれだけで有利不利が決まるような単純なものではないけれど、現状では間違いなく、それが彼の追い風になる───!

 

 

「私はガンガリディアを攻撃表示に変更し───バトル!

 

私はガンガリディアで、ボーイ、君のセットモンスターを攻撃!」

 

「なら───」

 

「この瞬間、ハートアースを対象に罠カード、《立ちはだかる強敵》を発動!

 

相手の攻撃宣言時、自分フィールドのモンスター1体を対象に発動し、このターン相手のモンスターは対象のモンスターにしか攻撃を行えず、また相手モンスターは全て攻撃宣言をしなくてはならない!

 

更に、ハートアースのモンスター効果も発動! 1ターンに一度、このカードが攻撃対象となった時、その攻撃力は攻撃モンスターの数値分アップする!」

 

「やはり、そういう効果か…………!

 

しかし、安全地帯をコピーした《フォト・フレーム》の効果により、私達のガンガリディアは戦闘破壊されない」 飛夫 LP 4000→3900

 

 

知ってるよ! ああもう、ほんとに厄介だなぁ、もう!

 

いや、本当に凶悪なカードだ──直接攻撃できない程度のデメリットで、あの効果は強力にすぎる。デッキによっては、あのカード1枚だけで戦況が停滞することもあるくらいだ。加えて、デメリットすら状況次第では防御に使えるとなると、わかりやすくパワーカードだと言える。

 

でも、凌いだ。未だにあのカードが何なのかはわからないけど、アドバンスセットなんて驚愕の戦法を取ったのだ。間違いなく何かがある。

 

───それが単なる買い被りに過ぎないことを私が知るのは、それから大体10分後のことである。

 

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

「私のターン───ドロー!」

 

 

引いたカードは………バリアンズフォース? こんなの───いや、そうだ。その手があった。バリアンズフォースの隠されたあの効果を発揮できれば………!

 

 

「私は《RUMーバリアンズ・フォース》を発動!

 

ハートアースを対象に、ランクが一つ高いカオスエクシーズモンスターをエクシーズ召喚する!

 

私はランク5のハートアースで、オーバーレイネットワークを再構築!

 

ランクアップ・エクシーズチェンジ!」

 

 

渦巻く混沌の水流を突き破り、バリアンの力を得て君臨せよ。私の持つ石板は何処からか取り出したまがい物でも、元よりそれは精霊の写し身。引き出す力はハリボテだろうと、ゲームにおいては一切の不足なし。

 

これは戦争ではない、決闘だ。更に言えば、闇のゲームじゃないのなら、生死を分ける必要すらもない。故に、よって、だからこそ、処理さえできれば問題など有りはしない。

 

 

「───現れよ、ランク6。《CNo.73 激瀧瀑神アビス・スープラ》!」

 

 

 

 

 

《CNo.73 激瀧瀑神アビス・スープラ》

エクシーズ・効果モンスター

ランク6/水属性/戦士族/攻3000/守2000

レベル6モンスター×3

①:自分フィールドのモンスターが相手モンスターと戦闘を行う

そのダメージ計算時に1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。

その自分のモンスターの攻撃力は、

そのダメージ計算時のみ戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。

②:このカードが「No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ」を

X素材としている場合、以下の効果を得る。

●このカードは効果では破壊されない。

 

 

 

 

 

突如としてフィールドを蹂躙する濁流。氷に覆われた海を軒並み自らが好む環境へと塗り替え君臨する暴力の化身。

 

アビス・スープラ。遊戯王ZEXALの世界においてもキーパーソンとして語られる神、その進化系。流石に来歴等の細かなアレは忘れてしまったが、少なくともこんなデュエルで召喚していいモンスターではない───否。

 

 

(タイミング云々とか、私が知るわけないよね☆)

 

 

実際問題、これに尽きる。責任を放棄する、と言えばいいのか。だがしかし、そもそも私にそんな意味不明な責任など存在しない。あくまであるのは、私の内の違和感だけだ。

 

───それを前提に動いてる時点で、確信犯だとは言ってはいけない。

 

 

『ランク6のカオスナンバーズ…………! だが───』

 

「それでも攻撃力は、あっちのが───」

 

「足りないね。素材一つを奪って火力を下げられるけど、それでもあと一歩が届かない。でも大丈夫。このカードは脳筋だけど、それ故に強い。

 

アビス・スープラの効果は、自身を含むフィールドのモンスターがバトルを行うダメージステップに一度、オーバーレイユニットを一つ使って、相手モンスターの攻撃力分だけそのモンスターの攻撃力をアップできる。

 

つまりはこのフィールド魔法と同じように、攻撃力の概念を消し飛ばす効果だね」

 

「やっぱりか。だけど、それだけではね」

 

 

それだけではない。いや、アビス・スープラとしての効果はそれまでだが、それだけでは終わらせない。

 

良くも悪くも『融通の効く』このタッグデュエルでは、たとえ旦那さんが倒れたところで残されたカードも引き継がれてしまうけど───これで、決める!

 

 

「私は手札の《エクシーズ・ギフト》を発動。フィールドに2体以上のエクシーズモンスターがいるので、2枚ドロー。

 

そしてフィールド魔法、《エクシーズ・テリトリー》を発動!」

 

 

 

 

《エクシーズ・テリトリー》

フィールド魔法

①:エクシーズモンスターがモンスターと戦闘を行うダメージ計算時のみ、

そのエクシーズモンスターの攻撃力・守備力は

そのランクの数×200ポイントアップする。

②:フィールド上のこのカードがカードの効果によって破壊される場合、

代わりに自分フィールド上のエクシーズ素材を1つ取り除く事ができる。

 

 

 

 

 

「エクシーズ・テリトリーはフィールド魔法。当然ながら、私達のモンスターにも影響を及ぼすカードだ。

 

加えて、我々の持つガンガリディアのランクは10。対する君のアビス・スープラは6。上昇値はそれぞれ2000に1200。本来なら、自らの首を絞めるカード…………だが」

 

「相手の攻撃力分だけ攻撃力を上昇させる効果を持つなら、相手の攻撃力がどうなろうと関係ない。

 

ただ一点───ダーリンのライフを削り切れる3900の数値にまで自身の攻撃力を上げる…………そうすれば」

 

「一気にこっちが有利になるってことか………!」

 

「ご名答───それでは、バトルフェイズ。

 

私はアビス・スープラで、超巨大空中宮殿ガンガリディアを攻撃!」

 

 

さて、これはどうかな?

 

正直に言えば、通る気はしない。諸共に倒すのならともかくとして、文字通り結ばれてしまった二人を引き裂く行為は、『運命』が多分に絡むこのゲームではとても難しい。

 

人間関係とは、フレーバーではないのだ。《ダイ・グレファー》をデッキに入れれば《荒野の女戦士》がフィールドにいる場合にほぼ確定でドローできるし、ドラゴンならサイバードラゴン相手にさえ出しゃばる《バスター・ブレイダー》なんて生半可な運命力では御すことすらできやしない。そんなものわけで、

 

 

「攻撃宣言時に罠発動、《エクシーズ・ムーブ》!

 

私のフィールドのガンガリディアをハニーのフィールドへと移し替え、バトルをスキップする!」

 

 

 

 

《エクシーズ・ムーブ》

通常罠

①:相手のバトルフェイズ中に発動できる。

自分フィールド上のモンスターエクシーズ1体のコントロールを相手プレイヤーに移し、

バトルフェイズを終了させる。

 

 

 

 

『パートナーへとコントロールを移し替えるカード───ここまで徹底しているとは………!』

 

「付け加えて、デッキの構成もかなり似通ってるっぽいねぇ。まあ当然だけど?

 

その点では、流石に私たちはどうしようもなかったかな…………だって遊馬くんのデッキ、自由だし。このコンビだって即興だしね」

 

 

本当、色々な意味で。そもそも彼のデッキは【ホープ】ですらない。ごった煮のモンスター達にホープがお気に入りとして君臨しているだけなのだから。

 

…………なお、最近の私のデッキも、分類を【RUM】に偏らせないと回りづらくなるという謎の障害が発生してたりする。好きだからいいけどね。

 

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………さて、と)

 

 

偶然であるが、お膳立ては整った。

 

既に素材が存在しないガンガリディア。有名無実化した超火力。不足し続けるリソース。ジリ貧で動かない戦況。

 

これでこの闘いが正真正銘の「お遊び」であるか否かが見極められる。ちょっとばかり特別な力を保有していても人間でしかない私には、彼女がここで洗脳されているのかどうかの判別もできやしない。

 

しかしそれでも私がいわゆる「原作」から外れた午前中までに彼らへと挑んだのは、もちろん神月アンナさんを避けるためもあるが、実際にはベクターがどこまで想定してるか見定めるため。

 

なにせ、遊馬くんが何故かギラグさんと彼のタッグを神回避したのにどういうわけかバリアン警察のことを存じてるのだ。これはもう、何が起きても彼のシナリオ通りにコトが進む可能性もあると思っていい。

 

彼の陰険さ。いや、その悪意がどこまで根深いのか。所詮は子ども用アニメでしかないこの世界の健全さを、こればかりは全面的に感謝する他ないのだ。

 

 

「───私はマジックカード、《RUMーバリアンズ・フォース》を発動!」

 

「なっ───」

 

『何!?』

 

「…………へぇ」

 

 

結果としては、ご覧の通り。何という周到さか。正直、割と見習いたい。いや本気で。これだけ臨機応変に対応できると仮定すれば、今後どれだけ有利に動けるか。少し考えただけで笑いが止まらない。笑いごとではないけどね!

 

 

「ちょ、ハニー、そのカードは彼女が…………いつの間にそのカードを?

 

それに、その額は一体───?」

 

「そう、もはや説明は不要ね───私はランク10のガンガリディアでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

 

唐突な闇落ちに困惑する飛夫さんと、それを意図して無視し愛の宮殿を暗黒の要塞へと塗り替える海美さん。そんな光景を見て私は、洗脳って誠に恐ろしいものだなぁ、なんて思いました、まる。(KONAMI感)

 

いや、私にそういうアレを無効化できるスキルがあって本当に助かった。デュエル中とかならまだいいけど、もしも舞台でああなったらと思うと…………なるべく早く助けてあげよう。一応、最大の目的も達したし。

 

 

「混沌より生まれしバリアンの力で、愛の宮殿が今、生まれ変わる!

 

現れよ、《CX 超巨大空中要塞バビロン》!!」

 

 

 

 

《CX 超巨大空中要塞バビロン》

エクシーズ・効果モンスター

ランク11/風属性/機械族/攻 3800/守 4000

レベル11モンスター×3

①:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、

その攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。

②:このカードが「超巨大空中宮殿ガンガリディア」を

ランクアップしてエクシーズ召喚に成功した場合、以下の効果を得る。

●1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動する事ができる。

このターン、このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 

 

 

 

風属性最大の守備力を誇り、その圧倒的な攻撃性能で敵を蹂躙する要塞、バビロン。ただでさえ弩級のモンスターを素材とする必要があり、加えてランクアップしてまで召喚しなくては最大限性能を発揮できないこのカードの奇襲性は前世ではかなり低かったが、それは同時に、それだけ出しにくいモンスターにもかかわらず警戒されていた証でもある。

 

【列車】相手ならば、いざという時の奇策としてこのカードの採用を検討する。幸い、ガンガリディアは列車では貴重なバック破りの手段だ。素材には事欠かない。それだけの価値が、このカードにはある。

 

当然、事故とは無縁なこの世界では尚更のこと。更に言えば、ぶっちゃけこっちのバリアンズフォースはエクシーズモンスターならどんなモンスターにも作用するから汎用性が段違いなので、その辺も───って、集中しないと。

 

 

「バリアンズ・フォースの効果を発動! 相手のモンスターエクシーズ一体のオーバーレイユニットを、全てバビロンへと移し替える! カオス・ドレイン!

 

───ふふ。これで自慢の効果も使えなくなったわね?」

 

「おまけに、攻撃力も下げられちまった…………」

 

「それだけじゃないわ───バビロンの効果発動!

 

このカードはカオスオーバーレイユニットを一つ使うことで、1ターンに2回攻撃することができる───マルチプル・ランチャー!」

 

 

禍々しいユニットが砲台に吸収されて、妖しい光がその中を満たす。カオス特有の紫の威光。はっきりと私にへと向けられる強大なそれは、ARヴィジョンと言えど私の恐怖を煽るには十分だった。

 

 

「バトル!

 

私は超巨大空中要塞バビロンで、アビススープラを攻撃! デステニー・バスター!」

 

「なら、私は破壊されるアビススープラを対象に───」

 

「いや、まだだ!

 

俺は罠カード、《聖なる鎧─ミラーメイル─》を発動!

 

攻撃対象になったアビススープラの攻撃力を、バビロンの数値と同じにする!」

 

 

 

 

《聖なる鎧─ミラーメイル─》

通常罠

①:自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが

攻撃対象に選択された時に発動する事ができる。

そのバトル中、攻撃対象となるモンスターの攻撃力は、

攻撃モンスターの攻撃力と同じになる。

 

 

 

 

 

「…………これは」

 

 

先程の意趣返しか。私を敢えて遮るように遊馬くんが自身の罠カードを発動させる。

 

果たして私のフィールドのアビススープラを彼にとっての「自分」のカードとして扱えるのかはさておき───これだと、

 

 

「いや、まだだ!

 

罠カード、《エクシーズ・コート》!このカードによって、バビロンは戦闘及びカード効果では破壊されない!」

 

「いや、それは…………」

 

 

無意味だ。バリアンズフォースのメタ効果を知らない旦那さんの行動はこれ以上なく正しい行為であるが、この場においては悪手であると断言せざるを得ない。

 

無駄とはいわない。何故ならその行為は尊いものだからだ。だがしかし、バリアンによる支配という名の洗脳は、彼らの絆さえも塗り替える卑劣なものなのだ。

 

 

『相打ち……たが、バビロンは発動した罠カードに守られ、ナンバーズも戦闘では───いや、バリアンズフォースの効果で特殊召喚したモンスターは、戦闘耐性を無効にできる』

 

(しかもこの場合、あくまで『戦闘破壊』に該当するから効果破壊耐性付与では守れない。そもそも私のナンバーズには戦闘耐性なんてないけれど、これはどっちにしても───)

 

 

 

凄惨。目の前で繰り広げられた光景は、この一言に尽きる。

 

ただでさえ広いこの学校のグラウンド。それを遥かに超える大きさの空中要塞。僅かに劣るものの人型としてはそこそこの巨躯であるアビススープラ。2体が宙空で激突し、相打つのだ。あくまでARヴィジョンに過ぎないと分かっていても、目の前でビル並みの建造物が爆散し、一切の動揺を示さない人間などいるのかどうか───

 

 

「っ───罠カード、《昇華螺旋》、発動!

 

破壊されたアビススープラをゲームから除外して、ランクが二つ上のエクシーズモンスターを特殊召喚する…………!

 

降臨せよ、我が魂! ランク8、《銀河眼の光波竜》!」

 

 

少なくとも、私はその例に漏れず、苦し紛れ───とは違えど、似たような感覚で縋るよう咄嗟に呼び出してしまったのは、我がエースである光波竜。バーンを与えるバビロンの効果は相打ちでは適用されない類。壁にしかならないし、無駄なダメージを受けてしまうことになるが、何はともあれ、これでこのターンはなんとか………。

 

 

「まだよ───速攻魔法、《エクシーズ・ダブル・バック》発動!

 

破壊されたバビロンともう一体…………ガンガリディアを選択し、それらのカードを墓地から復活させる!」

 

『なっ───!?』

 

 

 

 

 

《エクシーズ・ダブル・バック》

速攻魔法

①:自分フィールド上のエクシーズモンスターが破壊されたターン、

自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に発動できる。

自分の墓地から、そのターンに破壊されたエクシーズモンスター1体と、

そのモンスターの攻撃力以下のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターは次の自分のエンドフェイズ時に破壊される。

 

 

 

 

 

 

(ま、ずっ───)

 

 

私のライフは無傷だが、前世と違い、その数値は4000しかない。

 

フィールドにいる銀河眼の光波竜の攻撃力は3000。バビロンのバーン効果はランクアップとは無関係に発動するため、受ける最大ダメージの合計は3000に1600を加算した数値の半分である2300に、ガンガリディアの3400を合わせた5700。ワンショットには申し分ない数値だ。

 

一応、防ぐ術はある。あるが───いや。

 

 

(違う。忘れるな。私は彼を、彼のためにここにいるんだ)

 

 

勝つだけならば、きっと容易い。自慢じゃないが、今の私にはそれだけの力がある。

 

でも、勝つだけでは駄目なのだ。勝って次に繋げることができないと、あの陰湿なバリアンにいずれ嵌められてしまう。

 

彼に多少の実力がついたからと、放任するのは目覚めが悪い、どころじゃない。ならば、せめて、これだけは───絶対に。

 

 

「…………遊馬くん」

 

「どうした?」

 

「えっと───いや、うん。そうだね………ちょっとだけ、いいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「私ってば、これだけランクアップなんてものを便利に使ってるけどね───エクシーズモンスターってやっぱり、ランクアップが全てじゃないと思うんだ」

 

「…………え?」

 

 

ゆったりとした口調で、柔らかくいつものように朗らかに、しかしいつもとは微妙に異なる低めのトーンで彼女は語り出す。

 

いつかを思い出す。あれはそう───彼女の正体を疑っていたころ、WDCの時だったか。いや、未だに彼女の正体については謎が多く、極論彼女が本来は敵勢力だったとしても驚きこそすれ不思議ではないが。

 

 

「これはいつかシャークにも言ったけどね───進化なんて豪語しても、いや確かにそれは間違いではないんだけど、そうじゃない。

 

そもそもこのゲームは、エクシーズモンスターだけが全てじゃない。どれだけ優れた召喚を扱えても、どんなに強いモンスターを従えても。それだけに驕れば、そんな人ほど勝つべき時を見誤る。

 

運命の流れに敗北して、私のようになってしまう(・・・・・・・・・・・)

 

「……シャーク?」

 

 

どうしてここでシャークが出るのか。そもそもシャークと知り合いだったのか、などと考えている内にも会話は続く。否、勝手に進んでいく。

 

いつかのような、まるで他人に理解させる気のない発言。…………彼女が良く好んで使う、意地悪な言葉。彼女自身は「ミステリアス」だのと嘯いているが、違う。どうせ誰にも(・・・・・・)賛同されない(・・・・・・)からこそ───今にも溢れ出しそうな内心の涙を堪え、愚痴として世界に吐き捨てるのだ。

 

彼女は続ける。当然、言葉の意味は俺にも理解することはできない。それは、きっと、彼女以外には不可能なことなのだろう───それほどまでに、彼女と俺とは、致命的な部分を掛け違えてる。

 

 

「私は弱い。残念なことに私には、それをどうこうできる可能性がなかった(・・・・・・・・)。だから私は、ちょっとしたインチキで手に入れた手持ちのリソースを限界まで活用して、どうにか勝敗を誤魔化している。

 

私はできない。私には成し得ない。私では届かない───どうあっても異物でしかない私には、絶対に、絶対に、絶対に…………絶対に」

 

 

だけど。

 

私は知っている。貴方を知っている。九十九遊馬を知っている。貴方ではない誰かの、貴方達のあり得た未来を知っている。

 

私のような見苦しい再現(・・)なんかじゃなくて───光溢れる世界の創造(・・)を、君は可能としてみせる。君にはきっと、その力がある。

 

かつて私が欲しかったもの。いつか私が諦めたもの。そして私が得られない何かを、君は当たり前のように持っているんだ。

 

 

『…………それで、君は我々に何を求める?』

 

「何も。───ただ、私は信じてる。

 

他ならぬ君ならこんな茶番、きっと当たり前のように乗り越えるはずだって」

 

 

にっこりと笑う。完璧な笑顔。アイドルとしての彼女がよく魅せる、デュエリストではない一面。

 

それが悪い、とは言えない。ただ、もどかしい。だけど結局、何も言えない。贔屓目にも口が達者とは言えない自分には、気の利いた言葉など、出せるはずもないのだから。

 

 

「と、言っても。

 

───別に、私が負けるとか、そういうわけじゃないんだけどね?」

 

「あ、ああ…………」

 

 

唐突に自信満々な表情での勝利宣言…………とも違う。むしろこれは、自惚れだろうか。なにせこの発言は、この盤面からどうにかできることを断言しているに等しい。

 

そうなるとさっきの弱音はなんなんだ、って話になるが………彼女のことだからどうせまたいろんなことをごちゃごちゃと考えていつのまにか思考が一巡でもしたとかで、考えるだけ無駄だ。

 

前世云々から察していたが、こうして改めて見ると彼女には二面性が、はっきり言えば微かに躁鬱の気があるのがわかる。付き合わされる身からすれば堪ったものではないが、彼女も彼女でバリアンだの何だのとイベント目白押しで、ストレスやらが溜まっていたのだろう。きっと。

 

 

(アストラルも、たまにそういうとこあるよな…………変に頭が良いと、逆に何で物事を判断してるのかわかんねぇし)

 

 

加えて、アストラルの場合はもっとタチが悪い。あいつは思考が煮詰まると直ぐに黙り込んで答えを出すまで反応もしねぇから、唐突に出てきた結論に驚いて聞き直すことなんてザラだ。

 

とはいえ同時に、俺は決して、それらの行為を無下にはできない。何故ならそれはその悉くが、彼らなりの好意、俺への配慮から生じたもの。彼女風に言えば用意された舞台なのだ。彼女がどうして俺がこんな参加するかも定かではなかったはずのデュエルに潜む刺客について知っていたのは謎であるが、ここまで丁寧にお膳立てが整っているのなら、きっとこれは偶然じゃない。付け加えて、あの言い分。俺の推察が正しいのなら、彼女はこの場面においてもなお、一欠片も俺の敗北を疑ってはいないのだ。

 

 

(…………まあ多分、フォーカスフォースみたいな(未来視ができる)カードとかを持ってるんだろうな)

 

 

とりあえず今はそう仮定しているが、答え合わせをしてもどうせそれに似たようなものだろう。踊らされているようなそうでもないような微妙な気分ではあるのだが、こっちも口振りからしてフォーカスフォーカスの奴みたいに場合によっては「促す必要がある」程度の不確定な未来視ならば、俺にとっては割とどうでもいい。

 

そう、あれこれと考えを並べても、俺のすべきことはあまり変わらない。彼女が思い描く理想形───デュエリストならば誰もが求める勝利の栄光を目指して、漫然と突き進めばいいだけなのだから。

 

 

(…………でも、なぁ)

 

 

そこまで俺を買ってくれるのは嬉しい。嬉しいのだが───正直、今の手札じゃあ俺には何もできない。ここ最近では「ここぞ!」というデュエルにおいてこういう事故が発生したことはなかったのだが、当然あくまで気楽に腕試しを求めたこのデュエルはそのケースに含まれない。要するに、どうしようもない。

 

彼女がこの場をどう乗り切るつもりなのかはわからないが、プロたるあちらだって愚図ではない。むしろデュエルの腕自体は俺やアストラル、そして彼女をも超えているかもしれないのだ。そうなると当然、タッグデュエルのプロである女性が、その最重要とも言える「詰め」の後にみすみす隙を晒すわけもなく───。

 

 

「そろそろお話は終わりかしら?

 

全く───最後に貴女の本音でも聞けるのかと思っていたけど、頑固ね」

 

恋愛脳(スイーツ)………」

 

「何か言った? ───まあいいわ。

 

当然、バトルは続行。私はバビロンで、貴女の銀河眼の光波竜を攻撃!」

 

 

ボソッと、隣にいた俺が辛うじて聞こえるかどうかの小声で妙に薄ら寒いことを呟きつつ、割と惜しげに破壊されゆくギャラクシーアイズを見送る彼女。いつも飄々としてる印象のある彼女にしては珍しい反応だが、なんだかんだで彼女のギャラクシーアイズに関する思い入れは本物だ。あの場面では仕方ないとはいえ、みすみすエースを破壊されることに「良し」とする者は少ないだろう。つまりはそういうことだ。

 

 

「この瞬間、私はバビロンの効果を発動!

 

このカードが戦闘でモンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力の半分のダメージを与える!

 

───貴女の銀河眼の光波竜の攻撃力は3000。しかし、それに加えて、そのカードはランク8のモンスターエクシーズでもある」

 

『フィールド魔法《エクシーズ・テリトリー》の効果は、たとえバトルするモンスターエクシーズが守備表示となっていても問題なく作用する。

 

すなわち、この戦闘におけるギャラクシーアイズの攻撃力は4600。受けるダメージは、その半分』

 

「2300………!」

 

「っ…………」 さなぎ LP4000→1700

 

 

一気にライフを削られて身動ぐ彼女の姿を見て、焦りが生じる。しかし俺にはこの状況で、あの攻勢を防ぐカードなんて………!

 

 

「これで終わりね。私はガンガリディアで、貴女にダイレクトアタック!」

 

「まだ、終わらない!

罠発動! 《天使の涙》! 私の手札1枚を相手プレイヤーへと渡し、ライフを2000回復する!

 

っ、むぅ…………!」 さなぎ LP 1700→3700→300

 

 

 

 

《天使の涙》

通常罠

①:自分の手札を1枚選んで相手の手札に加える。

その後、自分は2000LP回復する。

 

 

 

 

 

 

(確かに、どうにか凌いだみてぇだけど…………)

 

 

確かに宣言した通り、「負け」にはなっていないのだが、これではもう終わったようなものだ。

 

彼女に残されたライフはわずか300。フィールドのカードだって全部出し尽くした。おまけに最後に残された手札さえ相手に渡しちまうのなら、いよいよ以って対抗する手段がなくなっちまう。

 

 

「遊馬くん…………これ。渡しておくね」

 

「ん? ───とと。って、これは………?」

 

 

手裏剣か何かのように正確なコントロールで投げ渡されたのは、彼女の手札に残された最後の一枚。意外なほど速い速度で飛来したそれを咄嗟に受け止めるも、思わず困惑の言葉を投げ返す。

 

そうだ。なんなのだ、このカードは。見たこともないと言えば彼女のカード全般がそうであるのだが、流石にこれは、予想外にも───

 

 

「まあ、ギリギリだけど、どうにか生き延びたね…………厳しいというか、私はもうアレだけど、これで羽原さんのリソースも使い切ったみたいだし、形勢そのものは見かけほど悪くはないはず───」

 

「───さて、それはどうかな?」

 

『…………何?』

 

 

しかし、たとえ俺に何があろうとも、時間とは誰にとっても等しく進み続ける。それは先程から動揺しつつも静かに状況を見守っていた旦那さんも同じこと。尤も、彼の場合、豹変した妻の態度についていけなかっただけのような気もするが。

 

だけど、何だ? バトルも既に終了したどころか、ディスクを見るに今はもうエンドフェイズ。海美さんからのエンド宣言こそまだなものの、ここで彼が何かをしたとして、それだけで状況を引っ掻き回せるとは到底思えないが───

 

 

「エンドフェイズに罠カード、《メタバース》を発動し、その効果でデッキからフィールド魔法、《オーバーレイ・ワールド》を発動。

 

このカードにより、フィールドのモンスターエクシーズはカード効果で破壊されず、エンドフェイズ、モンスターエクシーズをコントロールしていないプレイヤーは500のダメージを受けることになる」

 

「…………え?」

 

 

 

 

《メタバース》

通常罠

①:デッキからフィールド魔法カード1枚を選び、手札に加えるか自分フィールドに発動する。

 

 

《オーバーレイ・ワールド》

フィールド魔法

①:エンドフェイズ時に発動する。

Xモンスターをコントロールしていない

プレイヤーは500ポイントダメージを受ける。

②:フィールドゾーンにこのカードが表側表示で存在する限り、

フィールド上のXモンスターは魔法・罠・効果モンスターの効果では破壊されず、破壊されたXモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。

 

 

 

 

 

 

「油断………とは違うね。言うなれば失念か───経験不足、と言ってもいいのかもしれない。

 

とにかく、タッグデュエルでは、たとえ一瞬だろうとパートナーの存在を失念するのは厳禁だ。君のデュエルタクティクスそのものは私達を軽く凌駕しているのだろうけど…………タッグデュエル、という観点においてだけは、どうやら私に分があるようだね」

 

「───っ」

 

 

そうだった、と悔しそうに、やや恨めしげに彼女は旦那さんを見つめる。だが、無理もない。フェイカー戦での彼女の態度から察するに、彼女はタッグデュエルを数えるほどしかやってないはずだ。かくいう俺もそれは同様だし、となると彼が言う積み上げるべき経験などないに等しい。

 

当然ながら、タッグデュエルとは一人では絶対にできないものだ。そうなると多くの謎を抱える自称ミステリアスな彼女としては、そうでなくてもその道のプロとして君臨する彼らに敵う道理はない。

 

 

「いや、君たちの連携が悪い、と言ってるわけじゃないさ───おそらくは即興のコンビでそれほど庇い合いができるんだ。互いをしっかり尊重できるのなら、それだけで文句なしに合格さ。───でも」

 

 

庇い合い、では足りない。時にはパートナーを信頼し任せることにも大切───否、それこそが極意。相談が禁止されているタッグデュエルでその辺りの判断はとても難しい。しかし、決して不可能ではない。

 

 

「もちろん、私だってまだまだ未熟者だ───それでも私は、プロという肩書きを背負っている。

 

それに、ついうっかり忘れそうになったけど、私達は先達として後輩たちにその術を多少なりとも伝えるためにここにいる。だから、意地も出るさ」

 

 

尤も、ハニーがこれほどエキサイトするのは、流石に予想外だったけどね───そう告げて、鋭く彼は俺たちを射抜く。現在進行形で暴走している嫁さんとは違い、侮蔑の意思は驚くほど感じられない。つまりは宣言通り、ただの親切心からの忠告。

 

 

(…………凄えな、プロってのは)

 

 

自然と息を飲む。未だ「プロ意識」なんてものを与太以上に実感できていない俺でも、とにかく彼らが凄まじいことをやってることはわかる。さなぎちゃんにも通じるものを感じる、指導者(・・・)としての目線。それを、彼はこの異常事態においてなお、貫こうとしてるのだ。

 

 

(…………でも)

 

 

横目で「彼女」を見つめる。謎多きアイドル、蝶野さなぎ。バリアンとの闘いを前に、いつだってこの俺を導いてくれた女性。

 

それなりに理由はあるのだろう。打算があっても不思議じゃない。邪推を承知で言うのなら、ナンバーズの集うWDCで彼女に出会った時点で何か俺に計り知れない壮大な計画が始まったのかもしれない。でも。

 

でも、それでも。それでも俺は、彼女の方が、まだ。

 

 

「俺は、罠カード《罠蘇生》を発動!

 

ライフを半分支払い、相手の墓地から罠カードを除外! そしてこのカードを、その除外したカードと同じにする!

 

選択するカードは、《メタバース》だ!」 遊馬 LP4000→2000

 

「なっ………!?」

 

「え………それに、何の意味が───って、そうか。そういえば、今はまだ………」

 

 

 

 

 

《罠蘇生(トラップ・リボーン)》

通常罠

①:自分のライフポイントを半分払う事で、

相手の墓地の通常罠カード1枚を選択して除外する。

このカードの効果は、ゲームから除外したカードと同じになる。

 

 

 

 

幸いにも、いや、どんな運命の悪戯か。よりにもよって旦那さんがダメ押しとして発動したカードをこそが、ここで彼女を庇うための唯一の手段として存在した。ならば、このままお互いに庇い合うだけのデュエルをし続ければ、タッグとしては不出来なのだとしても、そうせずにはいられないのだ。

 

何故ならこのデュエルは、他でもない彼女に直接報いることができる、おそらくは最期の機会だから。

 

 

「きっと、アンタの言葉の方が、どうしようもなく正解に近いんだろうな。

 

…………でも、それでも今の俺は、こっちの方が正しいように思えてくる。

 

庇い合い? いいじゃねぇか。それってつまり、お互いに、庇うだけの価値があるってことだろ?」

 

「…………ほう」

 

「信じてもらえねぇかもしれないけど、俺はつい最近まで───いや、今でも正直俺は、大したことはないんじゃないかって思ってる。

 

実績として証明された今だって、ふとした時にあれは偶然だと、奇跡だったんだって思うことはある」

 

「遊馬くん………?」

 

 

ナンバーズ絡みの事件をきっかけに、俺の腕は間違いなく上がったはずだ。それはあの捻くれ者のアストラルだって認めるところではあるし、俺自身、多少なりともその自覚があるから。

 

けれども、今でも時々思うのだ。俺は今も、強くなってなんかいないんだって。ナンバーズの恩恵に預かっているだけで、俺自身の実力が成長したわけじゃないのだと。

 

偶然に偶然を重ねた奇跡の産物を、俺の実力なんだと勘違いしているだけかもしれないことを。

 

 

「まあ、それも含めて全部、俺の実力ってことなんだろうけど───それにしたって、俺は弱すぎた。

 

今時、モンスターエクシーズさえ使えない………それも、特に拘りだの何もなく、だ。そのくせ、取り立ててデュエルが上手いわけでもない、むしろそういうやつは苦手。そんなデュエリスト、とてもじゃないけど『強い』とは思えないだろ?」

 

「…………」

 

 

実際、アストラルと出会ったばかりの俺は、ずっとあいつに馬鹿にされっぱなしだった。あの時は気取っていたが、タクティクスだのなんだのはぶっちゃけ今でも良くわかっていない。しかし。

 

 

「けど───そんな俺が、俺なんかよりもずっと強烈で、見ていて本当にいろんな意味で圧倒されるやつより『強い』んだって。凄いって、そう言われたんだ。

 

だから、ってのは変だけど───俺にとっては、それだけでも十分だ」

 

 

よくわからない期待をされて、奇妙なほど認められてて、不思議なくらい評価される。友人とも微妙に異なる気がするこの複雑な関係を、言葉としてうまく表現するにはおそらく俺には足りないものが多すぎる。

 

だけど、それだけで、俺が動く理由にはなる。先程旦那さんが混乱しながらも妻をサポートしたのと同じ。理屈なんてなくても、理解なんてできなくても、そうしたいと思うだけの動機になる。できることをやりたいのに感情を理由に躊躇するのは、俺の心情からも外れた行為だ。

 

かっとビング…………いつか、頭でっかちな幽霊に一笑に付された単語。だけど最近は、語感だけで嗤われることもなくなった俺の信念。それを貫き通すまで、俺は絶対に諦められないから。

 

 

「ふん。泣かせるわね…………けど、それはあくまで、貴方の妄想。貴方はただ、これまでの印象から、彼女に対して都合の良い幻想を抱いているだけ。

 

ねえ、知ってる? そういうの、なんて言うか。それはね───」

 

 

 

 

 

───希望(・・)、って、そう言うのよ。

 

 

 

 

「希望…………?」

 

 

思わず、手の内にある彼女から託されたカードを見る。

 

希望。すなわちホープ。俺の欲望が具現化されたナンバーズ、それに記された単語。

 

思えば、どうして人の欲望を写し出されるカードに、このように前向きなカードが顕現したのかさえわからない。あまり思い出したくはないが、あの時の俺は大好きなデュエルで負けが込んだ挙句、大切なアクセサリーまでもシャークに壊されたりなんだので荒んでいたはずだ。なのに、何故。

 

 

(…………いや、そうだ。俺は、そんなことより)

 

 

深く深く、あの時の感情をこの身に浸す。もはや遠い出来事のような、しかしまだまだ最近のこと。あの時俺は、何を思った? そんなこと、今更思い返すまでもない。

 

 

 

 

(そんなことよりも、ずっと。モンスターエクシーズを使えることに対する喜びの方が───)

 

 

 

 

 

 

 

「───俺はデッキから、フィールド魔法《希望郷-オノマトピア-》を発動する」

 

 

 

 

《希望郷-オノマトピア-》

フィールド魔法

①:このカードがフィールドゾーンに存在する限り、

自分フィールドに「希望皇ホープ」モンスターが特殊召喚される度に、

このカードにかっとビングカウンターを1つ置く。

②:自分フィールドのモンスターの攻撃力・守備力は、

このカードのかっとビングカウンターの数×200ポイントアップする。

③:1ターンに1度、このカードのかっとビングカウンターを2つ取り除いて発動できる。

デッキから「ズババ」、「ガガガ」、「ゴゴゴ」、「ドドド」

モンスターの内いずれか1体を特殊召喚する。

 

 

 

 

「希望郷───皮肉のつもり?」

 

「いや。アンタが言ってる希望ってやつが、良い意味なんかじゃないってのは流石にわかる。

 

ただ、それ以上に俺は、希望って言葉の持つ力を信じてみたいだけだ」

 

「…………希望」

 

 

信じるものは救われる。などという迷信を、別に闇雲に信じ切ってるわけじゃない。俺が知るだけでも、これまで救えなかったもの、救われなかったことが無数にある。トロン然り、フェイカー然り。父ちゃん達のことだってそうだ。希望なんて、理想なんて、そもそも俺がどうにかできる範囲にはなかったのだから。

 

でも今は、今だけは違う。馬鹿な俺でも理解できるほど単純明快で、呆れるくらい簡単な答えが見えている。すなわちそれは、このデュエルに勝つこと。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

海美プロのエンド宣言に合わせ、デッキから新たにカードを呼び起こす。引いたカードは《エクシーズ・トレジャー》。理想的だ。ただでさえリソースが不足しがちな今、カードを新たに補充する魔法の存在は素直に有難い。

 

 

「俺はマジックカード、《エクシーズ・トレジャー》を発動!

 

フィールドのモンスターエクシーズ一体につき、カードを1枚ドローする!

 

続けて俺は、《シャッフル・リボーン》を発動! このカードは、自分の墓地からモンスターカード1枚を選択し、効果を無効にして特殊召喚できる!」

 

「だけど、どのモンスターを呼んでも、攻撃力はこちらの方が上!」

 

「わかってるさ!

 

俺が選択するのは、《銀河眼の光波竜》だ!」

 

「えっ………!?」

 

 

タッグデュエルだからこそ行える俺の選択に、これまでにないほど表情を崩して彼女は驚愕の顔を浮かべる。だが、今更何を驚いているのだ。こうでもしないと扱いに困るようなカードを渡してきたのは、他でもない彼女だろうに。

 

 

「更に俺は、セットしていた《ドドドガッサー》を反転召喚!

 

この瞬間、ドドドガッサーのリバース効果を発動! 相手フィールドのモンスターを2体破壊する!」

 

「まさか、通るとは思ってないでしょう?

 

───私は永続罠、《スキルドレイン》を発動」 海美 LP4000→3000

 

「───え」

 

 

 

 

 

《ドドドガッサー》

効果モンスター

星8/地属性/悪魔族/攻 0/守3000

①:リバース:相手フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する。

②:このカードが反転召喚に成功した時、このカードの攻撃力は

お互いのライフポイントの差分アップする。

 

 

 

《スキルドレイン》

永続罠

1000LPを払ってこのカードを発動できる。

①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、

フィールドの全ての表側表示モンスターの効果は無効化される。

 

 

 

 

『スキルドレインだと………!?』

 

「えっと、それは確か───」

 

 

デュエルモンスターズの中でも最高峰の影響力を誇る、モンスター効果に対するメタカード。確かに元々の攻撃力が馬鹿高い大型モンスター使いならば持っていても不思議じゃないが、まさかこんなタイミングで。

 

(…………いや)

 

こんなタイミングで、ではない。もう既に海美プロにとっては、この状況は詰めの段階に入っている。だってそうだろう。如何に洗脳されていても、世界で一番信頼できる男が後に控えているのだ。当然だ。

 

だけどそれは、俺だってそうだ。どうしてかは未だによくわからないけど、彼女は俺を信じて今を託してくれている。強迫観念はない。ただ、応えたい。だから俺は、この程度では屈しない。

 

 

「俺は手札から、ガンバラナイトを召喚し、それをトリガーにカゲトカゲを特殊召喚!

 

カゲトカゲはレベル4のモンスターを通常召喚した時、手札から特殊召喚できる!」

 

「レベル4のモンスターが、2体……ね」

 

 

そうだ。今更何かを言うまでもない。あまりにお馴染みなこの布陣。強いて言うなら隣にいる大型モンスター2体が違和感ではあるが、俺のやることには何も影響がないだろう。

 

 

「俺はレベル4、ガンバラナイトとカゲトカゲをオーバーレイ!

 

2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!」

 

 

現れろ、No. 39。俺の欲望、俺の願望、俺という人間の象徴。

 

どんなに愚直だと嗤われても、揺らぐことなき希望の星、不屈の精神。その名は。

 

 

「来い! 光の使者、希望皇ホープ!!」

 

「またしても、希望……」

 

「そうだ。そして、まだまだだ!

 

フィールド魔法、オノマトピアの効果を発動! ホープが召喚されるたびに、このカードにかっとビングカウンターを乗せ、そのカウンターの数かける200、俺のモンスターの攻撃力を上げる!」

 

「……でも、まだだ。まだ足りない。そうだろう?」

 

 

煽るように、茶化すように、あるいは励ますように。旦那さんが挑発的な口調で告げる。先人として期待しているのか、単純に俺が何をするのか興味があるのかはわからないが。

 

 

「俺はホープをエクシーズ素材として、カオスエクシーズチェンジ!

 

現れろ、《CNo.39》! 混沌を光に変える使者《希望皇ホープレイ》!」

 

 

 

 

《CNo.39 希望皇ホープレイ》

エクシーズ・効果モンスター

ランク4/光属性/戦士族/攻 2500/守 2000

光属性レベル4モンスター×3

①:自分のライフが1000ポイント以上の場合、このカードを破壊する。

②:自分フィールド上に存在する「No.39 希望皇ホープ」1体をこのカードのエクシーズ素材として、

このカードはエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。

この時、「No.39 希望皇ホープ」のエクシーズ素材をこのカードのエクシーズ素材とする事ができる。

③:このカードは「No.」と名のつくモンスター以外との戦闘では破壊されない。

④:このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動する事ができる。

エンドフェイズ時まで、このカードの攻撃力を500ポイントアップし、

相手モンスター1体の攻撃力を1000ポイントダウンする。

 

 

 

 

「ホープレイ……」

 

 

現れしは、彼女とは異なる進化を遂げた俺のナンバーズ、ホープレイ。本来ならデメリットにより自壊するこいつも、効果が無効になっているのなら破壊されることはない。尤も、最大の長所かつ一発逆転の強力な効果が使えなくなる上に、ホープ本来の守りさえ失ってしまう賭けではあるが、もはや安定を図るような段階ではないのだ。

 

 

「フィールド魔法、オノマトピアの第二の効果を発動!

 

このカードに付与されたかっとビングカウンターを二つ使い、デッキからガガガ・ドドド・ゴゴゴ・ズババと名のつくモンスターを特殊召喚できる! 来い、《ガガガシスター》!

 

この特殊召喚に成功したことで、ガガガシスターの効果を発動! デッキからガガガと名のつくカードを手札に加える!

 

俺が手札に加えるカードは、《ガガガボルト》だ!」

 

「無駄よ。永続罠《スキルドレイン》の効果で、全てのモンスター効果は封じられている。

 

《ガガガボルト》の効果で私のカードを破壊しようとしたのでしょうけど、それじゃあ───」

 

「まだ、まだだ!

 

オノマトピアをデッキに戻すことで、俺は墓地から、《シャッフル・リボーン》の更なる効果を発動!」

 

「───!」

 

 

 

 

 

《シャッフル・リボーン》

通常魔法

このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。

①:自分フィールドにモンスターが存在しない場合、

自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに除外される。

②:墓地のこのカードを除外し、自分フィールドのカード1枚を対象として発動できる。

そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし、

その後自分はデッキから1枚ドローする。

このターンのエンドフェイズに、自分の手札を1枚除外する。

 

 

 

 

 

 

きっとこれが、俺らにとってのラストドロー。確信がある。このドローをこそが、このデュエルの勝敗を決定づける一枚になると。

 

そしてそれは同時に。彼女が褒め称えて羨んだ俺の強さ、土壇場での底力………彼女風に言うのなら「運命力」とやらを、残酷にも彼女に見せつける行為でもある。

 

 

「…………俺が引いたカードは、通常魔法、《ガガガボルト》だ!」

 

「なっ───!」

 

「ほぅ………!」

 

「…………」

 

 

驚愕と、感嘆と、羨望の視線。誰がどの感情を持っているのかなんて、目を瞑っていてもわかる。俺自身、こんな土壇場も土壇場、最後の最後の悪運が多少強い程度を誇ったことはないのだけれど、思うところがまるでないといえばそれも嘘になる。

 

そも、俺は運命だのなんだのはあまり信じていない。だけど、カードに意思があるだろうことは否定しない。しかし結局、つまるところこの俺は、何もわかってないだけだ。

 

 

「そして───」

 

 

最後の詰めにと、手札のカードを使おうとして、言葉に詰まる。………言葉を掛けているわけではない。流石にこの場面でそんなくだらない洒落を言うつもりはない。もっと単純に、躊躇しているのだ。

 

 

(───俺なら、きっと)

 

 

できるはずだ。不可能ではないはずなのだ。他でもない彼女から、嫌な方向でのお墨付きを頂いたのだ。ホープレイや魔人、その他数多のサポートカードの存在からも、生み出すこと自体は不可能とは言えない。

 

デュエルモンスターズのカードには魂が宿る。与太話のようで誰もが信じて疑わないその言葉には、そう思わせるだけの実例がある。特殊カード変質論やそれこそカードの精霊などと呼び表される、摩訶不思議な事象が。

 

手の内の1枚、彼女から託されたカードをディスクに収め、発動する。あまりに特異で理解し難い、卓越した召喚を駆使する彼女でこそ扱えるだろうこのカードを。

 

 

「俺はマジックカード、《Xエクシーズ》を発動!

 

このカードの効果により、俺はレベル8のドドドガッサーと、ランク8の銀河眼の光波竜をオーバーレイ!」

 

「何っ………!?」

 

 

 

 

 

《X(クロス)エクシーズ》

通常魔法

①:自分フィールドに存在する、レベルとランクが等しいモンスター2体を選択して発動できる。

それらのモンスターをX素材として、その数値と同じランクを持つXモンスター1体をエクストラデッキからX召喚する。

 

 

 

 

 

 

 

「モンスターエクシーズと、それ以外のカードでエクシーズ召喚だって……!?」

 

(……しっかし、マジでなんなんだ。このカード。強いとか弱いとか以前に、普通はアド損、とやらじゃないのか………?)

 

 

ボードアドバンテージだの損失と利益だのといった「勝つための要素の一つ」は参考情報として習っているが、だからこそランクアップマジック同様に、コンボ前提のカードは扱いづらく感じてしまう。

 

とはいえ、デュエリストの大半はそういう単体で見たら役に立たないようで当人にとっては「これぞ」というカードを持っているのが普通で、かくいう俺だってそうだ。

 

………実のところ、あれだけ日頃から効率云々を説いているアストラルですら気づいていないこの矛盾も、あの病院で彼女に問われてから気づいたことではある。むしろ普通は疑問に思うことすらない当然のことだ。

 

そしてこれに気づく時点で、彼女は当たり前のようでいてどこかがズレている。あるいは外れている。根っこの部分で感じるこの違和感こそが、彼女の醸すあの不思議な雰囲気なのだろう。

 

 

「2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! クロス・エクシーズ召喚!」

 

 

だがしかし。だからこそ人々は、彼女に惹かれるのだ。そも偶像とは触れ難きモノ。ヒトにあってヒトに非ず、そういうもの。また俺は、それを理由に彼女を見限ることをしない。レッテルだけで存在を否定することは、きっと誰にとっても不幸な結末にしかならないから……だ、そうだ。

 

まあ俺も、アリトやギラグと触れ合った限りでは、それについては同意見である。

 

 

「広がる希望、重なる勇気が新たな軌跡を照らし出す! 現れろ、《No.38》!

 

《希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》!」

 

「なっ───!?」

 

 

 

 

 

 

《No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》

エクシーズ・効果モンスター

ランク8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

レベル8モンスター×2

①:このカードは「No.」と名のつくモンスター以外との戦闘では破壊されない。

②:相手モンスターの攻撃宣言時、このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動できる。

その攻撃対象をこのカードに変更する。

③:相手が魔法カードを発動した時に発動できる。

その魔法カードの効果を無効にして

その相手の魔法カードとこのカードをゲームから除外する。

この効果でゲームから除外されているこのカードがフィールド上に戻った時、

ゲームから除外されている相手の魔法カード1枚をこのカードの下に重ねてエクシーズ素材にできる。

④:フィールド上のモンスターエクシーズが破壊された時に発動する。

そのモンスターの元々の攻撃力をこのカードの攻撃力に加える。

また、この効果を発動したこのカードが破壊される時、

このカードの攻撃力をフィールド上のモンスターエクシーズ1体の攻撃力に加えることができる。

 

 

 

 

 

 

ナンバーズとは、人の心を写し出す鏡。故に、使用者の望むカタチに進化する。

 

暴力、堅実、補助、残虐、凌駕、優美、洗脳、圧制、破滅、懲罰、強奪、そして希望。多種多様な欲望。それらは決して良きものであると言えないけれど、それが示すことは即ち人の欲望の数だけこのカードは分岐する、あるいは変化を遂げるということ。

 

リセット、という概念についても俺には正直よくわからなかったが、つまるところはいつもと大して変わりない。その場の勢いで、突っ走るだけだ。

 

自分には不可能だと彼女は言った。だったら、そんな理不尽が不可能じゃない人種だっているわけだ。デュエルの才能とも違うであろう何らかの要素が、彼女には欠けているのだと。

 

彼女は俺を羨んだ。それは何故か、決まっている。俺にはきっと、それができるからだ。いや、俺だけじゃない。ある程度の力量を持つデュエリストなら、おそらくできるはず、なのだろう。

 

……あくまでこれは、願望に近い推測だ。実際にできる保証なんて、それこそ彼女が何故か俺に寄せてる期待以下の信憑性もない。しかし現実として、その希望はカタチを成した。なればこそ必ず、これは未来を切り開く鍵となる。

 

 

「───なんで。君が、そのカードを……」

 

「さあな。これもまた、可能性ってやつじゃないか?

 

───ここで俺は手札から《ガガガボルト》を発動し、スキルドレインを破壊。これにより、効果が無効になっていたホープレイのデメリットにより、ホープレイ自身も破壊される」

 

 

 

《ガガガボルト》

通常魔法

①:自分フィールド上に「ガガガ」と名のついた

モンスターが存在する場合に発動できる。

フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

 

 

 

「───ふん。かなり驚かされたけど、そっちの希望は随分と脆いのね。そんなんじゃ、私とダーリンは倒せないわよ?」

 

「いや、これでいい。

 

この瞬間、俺はタイタニックギャラクシーのモンスター効果を発動する!」

 

「っ───!」

 

 

羽原夫妻はプロとはいえ、どちらか片方だけでいいのなら、ホープレイの能力を駆使すれば倒せない相手ではない。だが違う。それでは足りない。それでは勝てない。勝てないのならば───言うまでもない。そのための布石は、既にフィールドに存在している。

 

 

「………タイタニック・ギャラクシーがフィールドに存在する時に他のエクシーズモンスターが破壊された場合、その攻撃力はタイタニック・ギャラクシーに引き継がれる………」

 

(………え?)

 

 

だが、どうして。ついさっき創り出したこのカードの効果を、他でもない彼女が知っているのか。今までも彼女の知識には驚かされてばっかりだったが、今回ばかりは絶句する他ない。

 

ここで「知識」という言葉から連想して突飛な心当たりが脳裏をよぎったが、すぐさま否定する。仮にそうだとするならば、あまりにもお粗末すぎる。

 

ならば何故───と考えて、諦める。いずれにせよ、今はどう足掻いてもそれを暴くことはできないのだ。それならば、疑念だけを胸の内に秘めて、今後を見据えた方が未来への糧になるだろう。

 

 

「……タイタニック・ギャラクシーの攻撃力は3000。それにホープレイの攻撃力を加えると合計は5500だ。

 

しかし、我々のライフは共に3000を超えている。3400のガンガリディアを破壊したところでが2100───尤も、モンスターが存在しない私を狙うというなら話は別だが、君の狙いはそうではないだろう?」

 

「ああ───バトルだ!

 

俺は攻撃力5500となったタイタニックギャラクシーで、超巨大空中要塞バビロンを攻撃!」

 

「っ──!」 海美 LP3000→1300

 

 

轟音、衝撃、閃光。あの空中要塞が破壊されるのはついさっきぶり2度目ではあるが、到底慣れるような気がしない。直ぐ隣に優雅な「元の姿」が並んでいれば尚更だ。

 

これでバリアンの象徴たるカオスエクシーズは粉砕した。だが、それだけでは終わらせない。彼女と共に、勝利を掴むためにも!

 

 

「ここで俺は永続罠、《オーバーレイ・アクセル》を発動!

 

このカードは───」

 

「モンスターエクシーズがモンスターを戦闘破壊した場合、素材1つと引き換えに連続して攻撃ができる。

 

ハニーのフィールドに残されたガンガリディアと君のタイタニックギャラクシーの差分は2100。加えて私のライフは3900にしてタイタニックギャラクシーの攻撃力は5500。つまり───」

 

「………まさか、こんな───!」

 

 

 

 

 

 

《オーバーレイ・アクセル》

永続罠

①:自分フィールド上のモンスターエクシーズ1体が戦闘によって相手モンスターを破壊した時、

そのモンスターエクシーズのエクシーズ素材1つを取り除いて発動できる。

そのモンスターエクシーズはもう1度続けて攻撃できる。

 

 

 

 

流石はプロデュエリスト。加えてランク10の大型モンスター使いともなれば、自身のデッキに役立ちそうなカードの効果は知っているか。いや、あの反応。もしかしなくてもこのカードが彼らのデッキに入ってる可能性が高い。………まあ、そんな意図せず手にしたアドバンテージも、もうすぐ意味のないものとなる。

 

 

「タイタニック・ギャラクシーのオーバーレイユニットは2つ。つまりこのカードは、あと2度のバトルができる!

 

行け、タイタニック・ギャラクシー! 破滅のタイタニック・バースト!」

 

「くっ……!!」飛夫 LP 3900→0

 

「きゃぁああああああ!!」 海美 LP 1300→0

 

 

仲良く2人で、2人の象徴たるガンガリディアと共に彼ら夫婦は吹き飛ばされる。

 

酷い言い方だが、敗北した姿だ。決してそれに俺が何かを思うことはないのだが───どうしてか、ほんの少しだけ羨ましい(・・・・)なんて感想が浮かび、自分でも困惑するのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「バリアン、ね。正直、信じられない話だけど───随分と、迷惑をかけちゃったみたいね」

 

「いえ、私としても、いい勉強になりましたから」

 

 

白熱したデュエルが明けて、既に祭りも後片付けの段階に移行した頃、夕陽の差し込む誰もいない校舎裏にて私は海美さんと語り合っていた。

 

内容は当然、あのデュエルについてのこと。原作では挑戦者も閑散とした時間帯に挑戦していたため事情についてもすぐに伝えられたのだろうけど、私達が彼女達と決闘したのはまだまだ祭りも佳境な昼ごろ。

 

そうなると必然、押し寄せる数多の挑戦者を裁かねばならない彼女達は、私達と悠長に話す時間なんてあるはずもなく───結果、後片付けに忙しい遊馬くんに代わり、私がこうして事情を話しているわけなのだけれど。

 

 

「そう? 貴女にしてみれば、私とのデュエルなんて───」

 

「いえ、本当に──学ばせていただきました」

 

 

遮るように断言する。これに関しては、紛うことなき私の本音だ。デュエリストとしても人としてもそれ以外にも、色々と学ぶことが多い闘いだった。

 

彼女達、偉大なる先人のおかげで、私もようやく道が見えてきた気がする。実際にはどうあれ、間違っても無益とは言えなかった。

 

 

「なんていうか、貴女も大変ね。他人事みたいで申し訳ないけど……」

 

「……望んでやっていることです。それに、報酬だってないわけじゃありませんから」

 

 

彼の助けになれる。私にとっては、それだけで十分だ。勝てないなんて分かっているけど。これだけ変わった世界なら、そう望まずにはいられないのだ。

 

それに、未来がどうかなんて、誰にもわかるはずがない。彼のように、カードのように、この世界そのもののように。些細なきっかけで、いくらでも変動する。

 

それはきっと、善いものばかりじゃないのだろう。何故なら私の介入は、完結した舞台劇に外から素人が割り込む行為となんら変わりはない。

 

如何に結果が良くなろうとも、壊すことには変わらない。だけどそれでも、否。その行為こそが、未来を切り開く礎となるのだ。

 

かっとビング───何事にも挑戦する諦めない心。それに伴う意思こそが、彼に惹かれた理由なのだから。

 

 

「……よし」

 

 

小さく呟いて、自然と手元を見つめる。そこに握られた一枚のカード。デュエルの後、彼に強引に渡された、あのデュエルでのフィニッシャー。

 

既知なれど未知でもあるこのカードこそは、私と彼の───いや、やめておこう。

 

 

「いい顔ね」

 

「……え?」

 

「貴女、とっても綺麗な顔をしているわ。あのデュエルの時みたいに、凛々しくて、苦悩して、謎めいて、だけど笑顔で。

 

正直、アイドルらしくはないなって思っていたけど───今の貴女は、それ以上に素敵よ」

 

「───」

 

 

アイドルらしくはない。その言葉は、アイドルである私には酷評のはずだ。生まれ変わって早16年、私はずっとアイドルになりたくて、偶像としての自分を壊さぬように生きてきた。前世で得たこの世界に対する絶大なアドバンテージすらかなぐり捨てて、燻る感情のまま駆け抜けてきたのに。

 

けれど、違ったのだろうか。おそらくはきっと、忘れもしないあの人のデュエルを見て、それまで必死に目を背けてきた「遊戯王」の世界に足を踏み入れると決めた瞬間から、私はきっと、決闘者として───。

 

 

「………まあ、いいか」

 

 

考えすぎて駄目になることは、文字通り死んでも治らなかった私の悪癖だ。そんな不毛な思考を繰り広げるくらいなら、何も考えないほうがまだマシだ。これもまた、私が彼から学んだこと。

 

 

「あら、存外、適当なのね。貴女はもっと、いい意味で狡猾だと思っていたのに」

 

「あ、いや、これは違っ──」

 

「まあいいわ。それで、これからどうするの?」

 

「え?」

 

「やりたいこと、見つけたんでしょう? なら、どうしたいの?」

 

 

私が浮かべることはない、浮かべることができないであろう慈しみに満ちた笑顔で、海美さんが柔らかく問う。

 

矛盾しているようだが、デバガメ感の溢れるいい笑顔だ。いいことを言っているようで、いや実際にいいことは言っているんだけどそれでもその実、こちらをからかうことが目的なのが見て取れる。

 

だが、しかし、まるで全然。逆らう気や誤魔化す気が一切起きないというのはどういうことなのだろうか。これが噂の、まるで意味がわからない、というやつなのだろうか。

 

 

「そうですね───」

 

 

結局、私は何も憚らずに明け透けに、次の目的を彼女に語る。あのデュエルで見出した「やりたいこと」とは少しだけ違うけど、この世界に足を踏み入れた私が、やっておかなきゃならないことを。

 

 

 

 

 

 

「ええと、海美さん。貴女は『Ⅳ』さんってプロデュエリスト、ご存知ですか?」

 

 

 

これは私が、どこにでもいる1人の決闘者になるまでの物語である。

 






お目汚し、失礼いたしました。多分ないですが、またいつか機会がありましたらよろしく。


もうアニメとかも見てないけど、融合やランクアップも出ないだろうからいいや。ではでは。

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