「えっ?ロンなんだって?」 作:マッスルゴナガル
「ハリー目を覚ますんだ!」
ロンはハリーの頬をひっぱたいた。
驚くほど熱い頬だった。
思いっきりひっぱたいてやったにも関わらずハリーは夢見心地で突っ立っている。
信じられない。
だってスネイプは女体化したと言っても本当に声と胸くらいしか変わってないのに、なんでハリーが恋になんて落ちる?
きっと悪い魔法をかけられてるんだ。そうに違いない。
「あいつはスネイプだぞ。ハリー!どうみても胸があるだけのスネイプだろうが!騙されるなよ!目を覚ませ!!」
「スネイプ♀だ」
「は?」
「スネイプはちゃんと女の子だ!!」
「?!?!」
「君こそ目を覚ませ!」
ハリーは思わぬ反撃を見せた。
跳ねるように立ち上がるとロンの肩をがっちり掴んでガクガクと揺さぶり血走った眼で睨みつけている。
「いいか、あのフレグランス!柔らかいローブ、萌え袖!ただでさえ女っぽかった要素を引き継ぎつつ、ヒールまで履いて背を高く見せ、いかり肩で歩き、低い声で説教するという女でありながらもとの男の姿になるような努力!」
ハリーの演説に人が集まり始めた。
「その有り様が健気な女の子にほかならないだろ!その仕草一つ一つに対して敬意を払えよ!」
「ハ、ハリー。ちょっと…声が…」
ロンは慌ててハリーを落ち着けようと手を振り払おうとした。しかしハリーの握力は凄まじかった。(クィディッチ選手はおしなべて握力が強い。箒に振り落とされないためだ)
「いいか、胸があるだけのスネイプなんて侮辱許さないぞ」
「わ、わかった。わかったよ…」
ロンは助けるようにハーマイオニーを見た。
しかしハーマイオニーはハリーの言葉に感銘を受けてるらしくウンウン頷いていた。
「ハリーの言う通りだわ」
「?!」
「私達、今のスネイプを受け入れるべきよ」
「来週には元に戻ってるよ」
「いくらなんでも一週間もあのまんまなんて変だわ。仮に事故ならとっくに癒師がどうにかしてるわ」
「スネイプは一生女の子…ってこと?」
ハリーが感情の汲み取れない声できいた。ハーマイオニーは無言で頷いた。
「マジかよ…」
野次馬たちもその言葉にざわめいた。
「グレンジャー、適当言うな」
マルフォイがぬっと群衆の中から出てきた。今回ばかりはマルフォイの介入が有難かった。
「憶測で決めつけるなんて下品だぞ。穢れた血め」
「なんで憶測なんて言うんだ!スネイプは女の子だろ?!」
ハリーは狂犬のようにマルフォイに詰め寄っていく。論点のずれたブチギレにさすがのマルフォイもたじろいだ。
「いや…そこじゃなくてだな」
「ハリー、落ち着いて!」
ハーマイオニーがハリーを押さえつける。マルフォイもクラッブ、ゴイルの壁の向こうに逃げてしまった。
「なんだよポッター!気でも狂ったのか?!」
「訂正しろ!」
「相手にしちゃだめ!」
その騒ぎに、魔法薬学の教室のドアが開いた。
「一体何を騒いでいる」
スネイプはものすごく怒っていた。ハリーはハッとして前髪なんて整えている。ロンはなんだかイラッとした。
「……またお前たちか」
スネイプは忌々しそうに呟いた。
「罰則だ、ポッター。ウィーズリー」
「えっ?!僕も?!」
「放課後教室に来い」
それだけ吐き捨ててスネイプは扉を閉めた。マルフォイのせせら笑いが聞こえた。
ハーマイオニーがやれやれとため息を付いていた。ハリーは深く息を吐いて頬をおさえていた。
ロンは理不尽さに打ちのめされて頭を抱えた。
「ロン、さっきはごめん」
「……いいよ」
ハリーはスネイプ以外の事では正気だった。
ロンはハリーと二人で地下に向かっていた。夕食のビーフシチューがどっしりと胃に残ってる気がした。
「それより…君、本当にスネイプに恋してるの?今まで散々嫌がらせされてたじゃないか」
「そう…なんだ。でも過去のことを思い出しても、今のスネイプを見たらスーッと消えてく感じがするんだ。慣れないヒールでコツコツ歩く姿とか、何かやたらきれいな指とかを見ると風船の空気みたいに何かが抜けてくんだよ」
「…」
ロンはハリーが何を言ってるのかよくわからなかった。やっぱり頭がやられてるんだ。そう思う事にした。
ハリーは髪の毛の癖をちょっと直してからスネイプの研究室の扉をノックした。
不機嫌そうな顔したスネイプが扉を開けて中に入る用に促した。たしかに、指はほっそりしていて女の人みたいだ。(現に女体化してるのだが)
「今日はこの大鍋を洗ってもらう。魔法無しでだ」
山になってる大鍋を見てロンはうんざりした。ハリーは嬉々としてたわしを持ってるがロンはとてもじゃないが掃除をする気になれなかった。
冷たい水を浴びすぎて、手の感覚がなくなってきた。
ロンはもやもやが頭に溜まって爆発しそうになった。そしてついにスネイプに話しかけた。
「あの、先生。どうしてもはっきりさせないんですが」
ロンの突然の質問にスネイプは眉をピクリと動かして視線だけ向けた。ロンは構わず続けた。
「先生は治らないんですか?つまり…ずっと女?」
ハリーが息を呑む音が聞こえた。
スネイプは魔法にかかったみたいに表情すら動かさない。
「……………」
スネイプとロンは見つめ合った。
たしかにハリーの言う通り、頬の輪郭は柔らかくなってるしまつげも長く生えている。目もなんだかキラキラしてて、ロンはなぜかビックウィジョンを思い出した。
「そうだ」
スネイプが視線を切って俯いた。
その一言には絶望がたっぷり詰まってて、それが溢れ出たみたいにスネイプの瞳から涙が一つこぼれた。
「我輩を治す手段はない」
「やったッ!!!」
「!!」
ハリーがガッツポーズした。ロンはドン引きしてハリーを見た。スネイプもゾッとした顔をしている。
「……ポッター貴様…」
スネイプが怒りながら唸った。
「あっ!違うんです!違うんです先生!」
ハリーはたわしを放り出して必死に弁明した。
「僕はただ…」
「出ていけ!さもなければ減点だ!」
スネイプは顔を真っ赤にして怒った。洗った大鍋が散らばって大きな音を立てた。
ハリーとロンは勢いに押されて研究室を追い出されてしまった。二人は呆然と扉の前で立ち尽くした。
「………ああ」
ハリーが吐息を漏らした。
「神よ……」
「…………………」
ロンはもう何も言えなかった。ただただ、スネイプが哀れでならなかった。
ハリーはその日以来狂ったようにスネイプに話しかけるようになった。
明らかにスネイプは嫌がっていたが、ハリーはつかれた様にアプローチし続けていた。
ハーマイオニーはそんなハリーに対して肯定的だった。
「あのね…」
スネイプがようやく夕食の席に出てこれるようになり、スネイプ♀が当たり前のようになった頃、ハーマイオニーが意味深につぶやいた。
「女の子って本当に大変なのよ」
ハリーがスネイプに惚れてるらしいということはあっという間にみんなに知られ、いつからか応援されるようになっていた。
ハリーは魔法薬学の成績をぐんぐん上げて、ついにハーマイオニーを抜いた。
「先生!」
しかしそれでもスネイプは冷たかった。
「ポッター、いい加減にしろ!」
そしてついにスネイプに限界が来た。
「我輩に恨みでもあるのか」
「違います。先生、僕は…」
「気味が悪い」
スネイプはバッサリと言い捨てた。そして死刑宣告のようにある事実を告げる。
「我輩は、貴様の父親にまるで野ねずみのように扱われた。お前たちが無邪気に餌として殺すあれだ。我輩は、」スネイプは喉をつまらせながら言った。
「父親そっくりのお前を見ると吐き気がする!」
そしてハリーの持っていた瓶を叩き捨て走り去ってしまう。
ハリーは呆然と立ち尽くした。
いつまでもいつまでも立ち尽くした。
「ハリー、どうしたんじゃ?なぜ突然校長室に…」
ダンブルドアは校長室の前で座り込んでいたハリーに紅茶を出してやった。
ハリーは震える手でカップを掴んでちゅるちゅると飲んだ。
「ダンブルドア先生がスネイプ先生をあんなふうにしたんですか」
「……」
「なんで…なんで…」
「ハリー…これが唯一の手段だったのじゃ」
「なんの手段です?」
「スネイプ先生を女にすることで全員の生存フラグが立つのじゃ」
「は?」
「ハリー。スネイプ先生のどこに魅力を感じる?」
「そうですね。立ち居振る舞い…」
「それじゃよ。その立ち居振る舞いは男だったときと変化しているじゃろうか?」
「いいえ…ほとんどしてないと思います」
「その通り」
ダンブルドアはやさしくハリーの肩に手をおいた。
「つまり、スネイプ先生は何ら変わってない。偏見を持って見ては歪んでしまう。そういうことを言いたかったんじゃよ」
「上手くまとめましたね」
しかしハリーはなるほどと納得してしまった。そして同時に自分を恥じた。
「僕は何か、はじめからスネイプ先生が嫌いでした…」
「セブルスの君に対する態度は褒められたものではなかった」
「でもスネイプ♀を見て、手のひらを返してしまいました。視点を変えることでなんだかとても魅力的に見えて…」
「ある日突然目覚めたようになる。そういう事は人生で多々あることじゃよ」
「僕は恥ずかしい…」
ハリーは顔を手で覆った。
「スネイプ先生の良さに気づかなかった自分が、恥ずかしい!おっぱいに目がくらんで立場を変えた自分が恥ずかしい!!」
泣き崩れたハリーにダンブルドアは優しく手を差し伸べた。その手には甘い匂いのする魔法薬が握られていた。
「ハリー…嘘だろ…」
ロンはあんぐり口を開けた。顎が外れたかと思った。
とにかくわけのわからないことが続いていることだけわかった。
「なんで君まで女になってるんだよ…!」
「僕、今までおかしかったろ」
ハリーは淡々と、長い癖っ毛を手でいじりながら言った。
ハリーは赤みがかった癖毛をしていた。男の子だったときと全然違う。額の傷と眼鏡くらいしか一致してない。
いつか見たハリーのお母さんそっくりだった!
「異性だから先生を好きになったんじゃないって、わかってほしくて」
「ええ……」
「それじゃあ僕、先生のところに行くから!」
ハリーはズボンのまんまかけていった。トビ色の瞳はキラキラしていた。
ロンはヘナヘナという座り込み、その後ぐったり寝込んでしまった。
「先生!」
「ッ…?!」
「先生、僕ハリー・ポッター。ポッターです!昨日のことを謝りたくて」
スネイプは細く開けたドアの隙間から恐る恐るでてきた。
「リリー…」
小さくつぶやく先生に、ハリーは縋り付いた。
「先生、僕先生が異性だから好きになったんじゃないんです!僕…」
「リリーッ!」
スネイプは突然ハリーに抱きついた。
ハリーは目を白黒させながらスネイプのぬくもりを感じた。肩に落ちる涙の暖かさを感じながら、わけもわからず背中をさすり続けた。
こうしてハッピーエンドがおとずれた。
ハリーがあの時スネイプが泣いた理由を知るのはヴォルデモートを倒したあとで、その頃には二人はすっかり一緒に暮らしてなんやかんやでシリウスとも和解していたり色々書くべきことはあるのだがそれはまた別のお話。
おわり