一夏君が百夏ちゃんになってセシリアに憧れてそれを見た箒が成長するだけの話。

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女装男子、IS学園に入学す

 織斑千冬には、よくできた弟がいる。

 容姿端麗、性格も良し、おまけに姉想いで家事万能と非の打ち所がない。

 恋愛面に少々(・・)鈍感な部分を除けば、これ以上ないほどの優良物件だろう。

 名を、織斑一夏。

 しかし、彼には千冬にすら明かしていない秘密があった──

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──皆さんご入学おめでとうございます! このクラスの副担任になる山田真耶と言います。一年間よろしくお願いします」

『よろしくお願いしまーす』

 

 教室の壇上で挨拶した緑髪の副担任──真耶に、クラスの女子達は綺麗に声を揃えた。

 その様子に嬉しそうに頷くと、彼女は順々に自己紹介をするように指示していく。

 和やかに始まったHRを尻目に、一人の少女はものすごーく気まずい表情を浮かべていた。セミロングの黒髪を頻繁に撫でつけつつ、何故自分がここにいるのか自問自答。

 

 考えるまでもない。

 高校入学試験の時、道に迷った自分が不注意でISに触れてしまったからだ。

 それだけならば、見つかった管理人に怒られるだけだっただろう。しかし、本来絶対に起動するはずのないISを、何故か起動させてしまったのである。

 そう──()である織斑一夏が。

 

「はぁ……」

 

 彼女……いや、一夏は口の中でため息を漏らした。

 一夏には、千冬にも言っていない隠し事がある。

 端的に表すと、自分には女装趣味があった。小学四年生辺りから女装に目覚め始め、今ではかなり熟れた自負がある。

 

 男の自分がISを起動してしまった時。

 この事が見つかるとまずい、と直感的に理解した一夏は、管理人が来る前に常備しているカツラ等を使い、瞬く間に早着替えをして女装したのだ。

 間一髪誰にもバレる事もなかったのだが、自分が千冬の兄弟だと知られてしまい、あれよあれよという間にIS入学が決定したのである──女装したままで。

 ちなみに、戸籍云々の辺りは、千冬がなんとかしてくれたようだ。

 恐らく、ウサ耳科学者に頼ったのだろう。

 

 ──千冬姉どんな顔をするかなぁ。

 

 一夏自身に負い目があったため、IS起動後も千冬と顔を合わせられなかった。

 流石に軽蔑されるだろうか。弟に女装癖があったと知り、悲しむのではないだろうか。

 不安は尽きず、一夏の心境は曇り空だ。

 

 顔に憂いの色を宿していると、真耶に呼ばれたので顔を上げる。どうやら、次は自分が自己紹介するらしい。

 立ち上がって振り向き、おほんと咳払いを一つ。

 密かに練習していた声替えの状態を確かめた後、一夏は楚々な仕草で微笑む。

 

「織斑百夏です。好きなことは料理です。皆さん、よろしくお願いします」

「えっ、織斑?」

 

 一夏の苗字に反応したクラスメイト達。

 ご名答と淑やかに頷き、ぴんと指を立てて言葉を繋ぐ。

 

「察している人もいると思いますが、織斑千冬は私の姉です。自慢の姉なんですよ」

 

 最後は茶目っ気たっぷりに、一夏はウインクを飛ばした。

 女性の仕草を勉強しているうちに、こうした細やかな素振りに気を使うようになっているので、この程度の返しはお手の物だ。

 また、いつ家に帰ってくる千冬を察しても良いように、空気を読む事に関しても以前より長けるようになっていた。

 しかし、大勢の前で披露した事はなく、上手くいったか不安になってしまう。

 自然と生唾を飲み込んだ瞬間、教室内は黄色い歓声に包まれる。

 

「きゃー! 千冬様の妹よ!」

「清楚系美少女キタコレ!」

「姉×妹の禁断の姉妹愛……じゅるり」

「姉妹丼サイコー!」

「あ、あはは……」

 

 彼女達の言語がほとんど理解できなかったが、概ね受け入れられたようだ。

 苦笑いをしながら、内心でほっと胸を胸をなで下ろした。

 しかし、教室内に見慣れた空気を覚え、思わず顔が強ばってしまう。

 

「まったく……騒々しいな」

「あ、織斑先生!」

 

 今、真耶は一夏にとって馴染み深い名前を告げた。

 まさか……まさか、ここに彼女がいるのか。

 今の一夏がもっとも会いたくない──親愛なる姉が。

 

 ゆっくりと顔を動かすと、千冬の目とかち合う。

 彼女は出席簿片手に腕を組んでおり、傍目からでは呆れた表情を浮かべているようにしか見えない。

 しかし、長年一緒にいる一夏は、敏感に感じ取っていた。今の千冬の瞳の中に、色々と複雑な感情が渦巻いている、と。

 

 交わった視線は数瞬にも満たないだろう。

 直ぐに千冬の方から目を外し、クラスメイト達を鋭く睥睨。

 なにも言われなかったと安心した反面、千冬に拒絶されたのではないか、と一夏は下唇を噛んで俯いてしまう。

 そんな両者のやり取りは誰も知るはずがなく、千冬の登場により教室は盛り上がっていく。

 

「きゃああああああ! 千冬様よ!」

「ふぉぉぉ! 千冬様サイコー!」

「今日は徹夜じゃー!」

「静かにしろ」

 

 ピタリ、と。

 千冬がそう告げた瞬間、先ほどまでの喧騒が嘘のように消え失せた。圧倒的カリスマ性を見せた彼女に、真耶はキラキラとした眼差しを送っている。

 しかし、千冬はなんら気負う様子もなく、壇上に上がって口を開く。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。私の仕事は諸君を一年で使い物になるまで育てる事。私の言った事はよく聴き、よく理解しろ。できない者はできるまで指導する。逆らってもいいが、私の言う事には従え。以上だ」

 

 普通の人ならば、このような事を言われても納得できるはずがない。

 しかし、千冬は違う。

 彼女の発言には従わせるだけの実績があるし、なにより覇者としての貫禄があった。

 彼女に付いていけば間違いない、と本能で理解できるカリスマ性があるのだ。

 もちろん、この教室にいる彼女達も例外ではなく、むしろ頬を赤らめてバッチコイの構えだった。

 

 発狂寸前なほど喉を酷使するクラスメイト達に、嘆息してため息を零した千冬。彼女達の様子を尻目に、一夏は千冬がここにいる事実を噛み締めるのだった。

 すなわち、近いうちに家族会議があるという事を。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「……ちょっといいか?」

「うん?」

 

 クラスメイト達から質問攻め──主に、千冬に関して──にあっていた一夏は、掛けられた声に振り向く。

 そこには、なんとも形容し難い表情を浮かべる少女がいた。

 直ぐに誰か気がつき、一夏は柔らかく立ち上がる。

 

「ごめんね。ちょっと、この子とお話してくる」

「はーい! 後で千冬様について色々聞かせてね!」

「答えられる事ならね……じゃあ、行こっか」

「あ、ああ」

 

 面食らった様子の彼女を連れ、一夏達は屋上へと向かった。

 空は抜けるような青空で、見ていると自然と穏やかな気持ちにさせる。今にも小鳥のさえずりが聞こえそうで、ここで昼寝をしたら最高だろう。

 しかし、一夏達の間には、そんなプラス方面の雰囲気は微塵もない。

 気まずさから目を逸らす一夏に、ぎりっと歯を噛んでいる少女。

 嫌な静寂が満ちてから暫し、一夏は浅く呼吸を整えて口を開く。

 

「……箒、だよな?」

「ああ。やっぱり、一夏か?」

「そうだよ。箒は変わらないな」

 

 一夏の呟きには、どこか自嘲の意が含まれていた。

 自分の趣味が世間一般的ではないのは、十二分に理解している。理解しているからこそ、千冬から逃げていたのだから。

 当然、箒にも理解されないだろう。

 一夏の想像通り、彼女は様々な感情が入り交じった表情を浮かべている。

 

「……一夏は、女だったのか?」

「いや、違う。……箒だから言うけど、俺は女の子の格好をするのが好きなんだ」

「そう、なのか」

「ああ」

 

 それっきり、二人は口を閉ざす。

 再び重たい沈黙が訪れ、空模様に反してこの場は曇っていた。

 箒は拳を強く握り締めており、同時に目を伏せてなにかに耐えているようだ。

 無理もない。

 久しぶりに再会した幼馴染が、女の子の格好をしていたのだから。

 

 これは嫌われてしまったか、と一夏は既に諦めムードになってしまう。

 それも仕方ないか、と。

 長く感じた数分が過ぎた後、箒は目を上げて一夏を真っ直ぐ見つめる。

 芯のあった彼女の強い瞳は見る影もなく、左右に揺れていた。

 

「少し……考えさせてくれ」

「ああ、わかった」

 

 目を逸らした箒は、踵を返す。

 一夏がプレゼントしたリボンを揺らしながら、彼女は足早に屋上を去っていった。

 最後までその背を見送っていたのだが、箒のポニーテールが一夏を拒絶しているように見えた。

 

「はぁ……」

 

 色々と、積もる話はあった。箒が剣道大会を優勝した事を祝いたかったし、今までなにをしていたかも話したかった。

 しかし、それももう叶わない願いだろう。

 今は混乱しているだけで、冷静になったら話しかけようと思わなくなるだろうから。

 

「……よし! 俺も戻るか!」

 

 頬を叩いて気持ちを切り替え、気合い注入。

 頭を振った一夏は、チャイムが鳴らないうちに屋上を後にするのだった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 篠ノ之箒は、織斑一夏が好きだ。

 諸事情により別れてからも、この恋は募りに募っていた。いつ会えるか……いや、再び逢う事すらできないかもしれない。

 それでも箒にとって、一夏とは決して忘れる事のできない男であった。

 

 IS学園に入る事になり、また退屈な日常が来るのかと心を乾かせていた箒。クラスメイト達の自己紹介を聞き流しながら、ここにいない一夏に思いを馳せていた。

 しかし──ある少女の自己紹介によって、箒は意識を戻さざるを得なかった。

 

『──織斑百夏です』

 

 瞬間、箒の行動は早かった。

 聞き慣れない声でも、聞き覚えのない名前でも。

 箒は今話しているのが一夏だと、理性ではなく直感で判断したのだ。

 恋する乙女は理論を飛ばす。

 過程を無視して、望む未来を勝ち取るのである。

 

 ──一夏か!?

 

 喜色満面。

 普段の仏頂面が崩れるほど、箒は胸を高鳴らせていた。

 自然と目は愛する男を探すため動き、やがて一人の人物を補足する。

 しかし、同時に箒は愕然としてしまう。

 

 ──誰、だ?

 

 顔は似ている。

 箒の記憶にある面影とそっくりで、千冬の血を引いていると即座に頷ける。

 ならば、その人物は一夏なのか。

 本能は心の底から訴えている、あの人こそが織斑一夏だと。

 しかし、目に映る光景が箒の考えを否定していた。

 何故ならば──目の前にいるのは、女の子だったからだ。

 

「いち、か?」

 

 思わず呟きが漏れるが、箒には気にする余裕もない。

 そこらの女性より女性らしく、可愛らしい笑みで自己紹介している少女。同性の箒ですら、思わずトキメキそうだ。

 だが、箒が求めていたのは、彼女ではない。

 箒が欲しているのは男の織斑一夏であり、女の織斑百夏ではないのだ。

 

「しかし……」

 

 色々と腑に落ちない点が多い。

 こうなったら、もう直接聞くしかないだろう。

 恋愛脳を巡らせて結論づけた箒は、機を窺って休み時間になるのを待つのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 百夏ちゃんは一夏君だった。

 屋上から帰って授業を聞いていた箒は、内心で頭を抱えたい気持ちでいっぱいである。

 

 ──私がいなかった間になにがあったんだ!?

 

 一夏の趣味を否定するつもりはない。

 他人の趣味をどうこう言う権利はないし、なにより好きな人の趣味なのだ。

 好きな人が女装趣味……少し、箒の恋心がぐらついてしまう。

 まさか、好きな人と再会すると同時に、知られざる部分を知ってしまうとは。自分が主人公になったかのようだ。

 

「……」

 

 ちらりと、横目で一夏の様子を窺う。

 彼は真面目に授業を聞いており、その中性的な横顔が凛々しい。

 思わず胸をきゅんとさせた箒。頬を薄らと赤らめていると、一夏が化粧している事に気がつく。

 ……自分より、凄く女性らしい。

 

 ──なんだか、負けた気がする。

 

 気のせい、とも言い切れないが。

 男であるはずの一夏の方が可愛らしい事に、箒は複雑な心境だった。

 ともあれ、今の箒は脳のキャパシティがいっぱいいっぱいなのだ。

 

「どうすれば……」

 

 一夏が好きな気持ちは、ある。

 しかし、流石に女装趣味は予想外だ。

 

 どのような対応を取ればいいのだろうか、と頭を悩ませていると、箒の頭上に一人の小人が浮かび上がった。

 ウサ耳を生やした天使の格好をしており、どことなく顔がある人物に似ている気がする。

 

《なにを迷う必要があるのです、箒ちゃん。いっくんの趣味を受け入れるのも、良妻たる務めなのですよ》

「そ、そうなのか?」

 

 思わず納得しかけた箒だったが、反対の頭上にもう一人の小人が出現した。ウサ耳を生やした悪魔の格好をしており、ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべている。

 

《ちょーっと待とうか! 天使の束さんは大きなミスを犯しているよ!》

《むっ。この天才な束さんが間違いですか? 聞きましょうか、悪魔の束さん》

 

 目を据わらせた天使は、手に持つ矢を番えて悪魔に向ける。言外にくだらない事を告げたら殺す、といった意思表示がありありと現れていた。

 対して、悪魔は手中の三叉槍をバトンのようにくるくると回し、ビシッとポーズを決めて腕を振り上げる。

 

《──女の子のいっくんもいただけばいいんだよ!》

 

 瞬間、天使に雷撃が落ちたような衝撃が走ったのだろう。目を丸くして、ポロっと弓矢を手放したのだから。

 箒自身も、まさかの言葉に唖然としていた。

 二人から注目されている悪魔は、にんまりと笑って言葉を繋ぐ。

 

《女の子でも男の子でも関係ないんだよ。いっくんはいっくん。つまり、いっくんの全てを受け入れて、一緒にいただけばいいのさ! 一粒で二度美味しいとは、まさにこの事だよね!》

《くっ……さすが、天才な束さんだけはあります。箒ちゃん。いっくんを、受け入れるのです。そして、全てを愛するのです》

《束さん達は応援してるから!》

 

 慈愛の微笑みを向ける、天使と悪魔。

 二人から見つめられた箒は、すとんと胸に言葉が落ちていた。

 同時に、心の中が晴れ渡っていく。

 箒が好きになったのは、一夏が男だったからか?

 いや、違う。

 好きになった人が、一夏だったのだ。

 つまり、相手が一夏ならば、性別等些細な問題であろう。

 一夏が男であろうと、女であろうと。

 箒にとっては、一夏なのだから。

 

「……よし!」

《ぎゃー!?》

 

 ムカつく顔をしている天使と悪魔を握り潰した後、箒は密かに気合いを入れる。

 瞳にはメラメラと桃色の炎を燃やし、一夏の心を射止めんと笑う。

 幸いな事に、一夏は女の子だと思われている。つまり、この学園にライバルはいないという事だ。

 

 女の子同士で付き合うと噂になる──そんなの知った事か。

 この世の真理を得た箒は、そんな些事を気にしない。

 むしろ、外堀を埋めてやるという気概すらある。

 今の晴れやかな心に従えば、以前までの素直になれない自分の殻を破れる気がした。

 この瞬間、箒は一つ成長したのだった。

 

「待っていろ、一夏──」

 

 

 

 ──お前の全てを、私がいただく。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 箒からロックオンされたとは露知らず、一夏は一生懸命授業内容をメモしていた。電話帳と間違えて捨てかけた教科書を片手に、真耶の話を聞き取っていく。

 それから授業が何度か終わり、最後に真耶ではなく千冬が壇上に立つ。

 

「さて。今から来週末に行われるクラス対抗戦に出る代表を決めたいと思う」

 

 教室を見渡す千冬へと、元気よく何人ものクラスメイト達が手を挙げる。

 

「はいはい! 百夏ちゃんがいいと思います!」

「私も百夏ちゃんがいいと思います!」

「えっ?」

 

 まさか、自分が指名されるとは思わなかった。

 自分が男なら物珍しさからわかるが、今の自分はただの女の子(女装男子)だ。推薦させる理由が思い浮かばない。

 思わず小首を傾げていると、クラスメイト達が教えてくれる。

 

「千冬様の妹なら、きっとISもすっごく上手に使えるよね」

「そんな事ないけど……」

「ううん。私達より戦えると思う。みんなもそう思うよね?」

 

 一夏に説明していた少女が視線を巡らせると、うんうんと大きな頷きが返ってきた。

 ね、とウインクをした彼女に苦笑いしつつ、一夏はどう断ろうか考えていく。

 

 普通の女子ならば、小さい頃からISについて学んでいるだろう。しかし、一夏は男なので、ISに関してはズブの素人だ。

 このクラスの中では、もっとも戦力にならないであろう。

 

「──待ってくださいまし」

 

 どう断ろうか悩んでいた一夏の耳に、鈴の音が響き渡った。いや、それほどに可憐な声を、誰かが発したのだ。

 声のした方向へと目を動かすと、そこには綺麗に腕を伸ばした少女がいた。

 背筋は凛と伸び、緩やかに巻かれている髪は黄金色で波打っている。

 また、サファイア色の瞳は深く輝いており、彼女の芯に強い物があると窺える。

 明らかに外人である彼女──セシリアは、真っ直ぐと千冬を見つめていた。

 

「オルコットか。どういう意味だ?」

「言葉の通りの意味です。わたくしは、織斑百夏さんが代表になる事に反対ですわ」

「えー、なんで?」

 

 自分の意見を却下されたからだろう。軽い口調とは裏腹に、尋ねたクラスメイトの瞳は不満げだ。

 その他のほとんどのクラスメイト達も、セシリアに良い顔をしていない。

 

 ここで、普通の人なら尻込みしてしまうだろう。

 複数の人から向けられる非難の眼差し……しかし、セシリアは堂々と受け入れている。

 自分はなに一つ間違った事は言っていない、と自信満々に微笑んでいた。

 

 ゆっくりと立ち上がったセシリア。

 その仕草の節々に、高貴なオーラが漂う。

 長年の習慣で染み付いているのであろう、圧倒的優雅さ。

 この瞬間、セシリアはただ立ち上がっただけで、クラス中の空気を掌握していた。

 

「皆さんの考えは理解できますわ。初代ブリュンヒルデである織斑先生の妹である、織斑百夏さん。そのポテンシャルは、計り知れないでしょう」

「だったら──」

「ですが、それは言わばまだ開花していない蕾の状態。花の美しさを競い合うのに、蕾では採点できないですわよね?」

 

 セシリアに反論できないのか、声を上げていたクラスメイトは口を閉ざす。

 比喩的表現だったが、全員セシリアの真意を理解したのだろう。

 一夏にはクラス代表をやるほどの実力がない、と。

 次に、セシリアは胸に右手を添え、大きく胸を張る。

 

「今一度、自己紹介をしておきましょう。わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補性ですわ」

「……つまり!」

「そうですわ! 専用機を持たされているわたくしの強さは、もはや自明の理。よって、ここで進言いたします。物珍しさから推薦するのではなく、裏打ちされた実力であるこのわたくし──イギリス代表候補性であるセシリア・オルコットを推薦するのですわ!」

 

 そう断言すると、セシリアは教室内を見回す。

 誰もがセシリアに顔を向けており、ほとんどが納得の表情だ。

 

 掴みは良いと思ったのだろう。満足げに微笑んだ後、彼女は一夏の方に顔を向ける。

 

「織斑百夏さん。そういう事で、わたくしが代表でいいですわよね?」

「う、うん……」

「よろしい。では、織斑先生。クラスの意見も纏まりました。異論はないですよね?」

 

 不敬にすら感じる、セシリアの挑発的な言葉。

 やはり、内心では一夏が推薦された事が気に食わなかったのだろう。千冬を見つめる視線は強く、反論があるのなら言ってみろ、という顔をしていた。

 対して、腕を組んでいた千冬は、ふっと口角を上げて口を開く。

 

「話し合いで解決したのなら、問題ない。クラス代表は、オルコット。お前で決定だ」

「ありがとうございます」

 

 優雅に頭を下げたセシリアは、最後に髪を払って席につく。

 最後まで、気品を損なわない貴族的な少女だった。

 

 そんな彼女の凄さを噛み締めたのだろう。自然とクラスメイト達は手を叩き始め、セシリアの立ち回りに賞賛を示していく。

 

「凄かったよオルコットさん!」

「うんうん! なんか、きぞくーって感じでカッコよかった!」

「ふふん。当然ですわ。わたくしはセシリア・オルコットなのですから!」

 

 心なしかドヤ顔を披露しているセシリアは、満更でもないようだ。

 対して、一部始終を傍観していた一夏は、彼女を見て強く思う事があった。

 

 ──か、可愛い!

 

 常に漂っていた気品に、優雅さすら感じる仕草。

 全ての行動に上品さがあり、まさに貴族という言葉が似合う。

 女の子の行動を研究していた一夏にとって、セシリアは初めて見るタイプだった。

 自分を取り繕わず、自然体で余裕を見せ、そして行動で人を魅了する。

 端的に言うと、一夏はセシリアの在り方に憧れを持ったのだ。

 

 ──俺も、あれぐらい可愛くなれるかな?

 

 じっと見つめていると、不意にセシリアと目が合った。

 思わず顔を逸らしそうになる一夏を見て、彼女はふっと不敵な笑みを浮かべる。

 表情の意味はわからなかったが、もはや一夏からすれば、セシリアの挙動全てがカッコよく感じている。

 

 自然とキラキラした眼差しになっていると、すっとセシリアは目を逸らした。

 一夏も前を向いて千冬の話を聞きながら、内心である決意を固めていく。

 

 ──セシリアに弟子入りしよう!

 

 あの仕草や素振りを教えて貰えれば、今よりもっと女装が上手くいく気がする。

 箒に罪悪感はあるが、やはりこれはやめられないのだ。

 こうして、一夏の中でセシリアを師匠にする事が決まったのだった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 箒は、我が目を疑った。

 小学生の時から、唐変木を発動していた一夏。

 恐らく一生治らないだろうと、半ば諦めてすらいたあの一夏が。

 セシリアへと、熱い眼差しを送っているのだ。

 

 ──ど、どういう事だ!?

 

 今は前を向いているが、明らかに先ほどまで一夏はセシリアに夢中だった。現に今も、そわそわと落ち着かない様子を見せている。

 本人は隠しているつもりだろうが、一夏の事なら気配までわかる箒なら、彼がセシリアに注目しているのは一目瞭然だ。

 しかし、何故一夏がセシリアを熱心に見ていたのだろうか。

 ……心当たりは、ある。

 恋する乙女が稀によくしてしまう現象──一目惚れである。

 

「くっ……!」

 

 親指を唇に添えた箒は、目を伏せて思考を巡らせていく。

 よりにもよって一夏が、とは言わない。誰にだって、恋は平等に起こる現象である。

 一夏も例外ではなく、それが今だったというわけだ。

 理性面が冷静に結論を述べるが、それと感情面は別であろう。

 せっかく、殻を破って一夏に素直になろうと誓ったばかりなのに。

 何故、このタイミングでセシリアというライバルが。

 

 ──やはり、姉さんのせいなのか!

 

 どこかで、泣きながら否定するウサ耳科学者がいた気がした。

 しかし、先ほど箒の脳裏に現れた事といい、束がなにかをしたのではないか、と勘ぐりたくなってしまう。

 恋する乙女に理屈は通用しないのだ。

 

「どうする……」

 

 いや、考えは決まっていた。

 誰がいようと、箒がする行動はただ一つ。

 攻めて攻めて攻めまくり、一夏の全てを手にする事。

 セシリアが相手だろうと……いや、誰であろうと箒は逃げない。

 真正面から立ち向かって、この手で勝利を掴んでみせる。

 無言で拳を握り締め、宣戦布告としてセシリアを睨む。

 

 ──負けないからな!

 

 セシリアと箒の直線上にいるクラスメイト達が、なにやら怯えた表情で縮こまっていた。

 露骨に顔を背けており、少しでも箒の顔を視界に入れないようにしている。

 しかし、箒は意に介さず、ただただセシリアに圧力を飛ばしていく。

 

「……?」

 

 箒の想いが伝わったのだろう。不意にセシリアはこちらを向き、箒と目を合わす。

 彼女は戸惑った様子で見つめ返しており、暫し両者の間で変な空気が流れる。

 その面持ちを挑戦状と受け取った箒は、最後に波動を放つ。セシリアの顔が、益々困った風になった。

 

「おい」

 

 箒の席の前から、恐ろしい声が聞こえた。

 胡乱げに振り返った箒だったが、直ぐに表情を強ばらせてしまう。

 額に青筋を浮かべていた千冬が、仁王立ちしていたからだ。

 

「篠ノ之。なにをしていた?」

「……宣戦布告をしていました」

 

 箒の言葉の返事は、出席簿の振り下ろし。

 うずくまって頭を押さえながら、箒はセシリアに対してピンク色の闘志を燃やすのだった。

 お前には負けない、と。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 セシリアは、考えていた。

 血反吐を吐きながら手に入れた、代表候補性という地位。

 それに相応しい振る舞いを常に心がけ、それは今日だって変わらないはずだった。

 

 代表候補性としてクラス代表になり、クラスメイト達を引っ張る。それが専用機を与えられた自分の義務だと思っているし、なによりそれこそがセシリア・オルコットだとも考えていた。

 しかし、いざクラス代表を決める事になった時、千冬の妹だからという理由で、百夏が推薦されたのだ。

 

 認められなかった。

 自分は死ぬほど努力しているのに、ただの血縁だけで地位を手に入れるのが。

 だから、セシリアは真っ向から抗議して、クラスメイト達を説得した。

 幸いな事に、セシリアの考えを理解してくれた人ばかりだったので、大きな問題もなくクラス代表になる事に成功したのである。

 

 ──織斑さんはどう思っているのかしら?

 

 百夏にとっては、せっかく推薦されたのに、横からかっさらわれた気分だろう。

 先ほどは頷いてくれたが、冷静になったらセシリアを許せないのではないだろうか。

 自分のやった事は後悔していない。しかし、罪悪感もあるのは事実。

 自然と窺うような心境で、セシリアは百夏の方に目を向ける。

 何故か、キラキラした眼差しが返ってきた。

 

 ──な、なんですの?

 

 傍から見ても直ぐに察せられるほど、彼女の瞳には尊敬の念が色濃く含まれている。熱量すら感じる熱い視線に、セシリアは少し居心地が悪くなった。

 無理もない。

 良く思われていないと認識していた人物から、真逆の感情を向けられているのだから。

 原因を暫し考え、セシリアは日本で調べたある事柄に思い当たる。

 

 ──まさか、これが日本で有名な百合?

 

 日本でも活躍するために、セシリアは貪欲に知識を吸収していた。

 そんな中、使用人に集めさせていた情報に、ある言葉があったのだ。

 それが、百合。

 詳しくは使用人が教えてくれなかったが、どうやら女の子同士の友情を表しているらしい。

 

 ──つまり、織斑さんはわたくしとお友達に?

 

 今まで、セシリアに近づく人達は財産目当てばかりだった。

 欲に塗れた視線を長年見ていたからか、今の百夏が純粋な好意を向けていると直ぐに察せたのだ。

 

 嬉しい気持ちは、ある。

 しかし、セシリアはただの人間を友達とは認めない。

 なにかしら自分を納得できるような物を見せなければ、自分の友人にはしない。

 

「ふふっ」

 

 思わず笑みが漏れる。

 そうは考えていても、百夏なら直ぐに頭角を現すだろう。だから、彼女と友達になるのは間もないはずだ。

 未来に思いを馳せていると、不意に強い視線を感じ取る。その方向に目を向ければ、何故か睨む箒がいた。

 

「……?」

 

 睨まれるような覚えはない。

 困惑しているセシリアに、箒はじーっと熱い視線を送っている。

 とりあえず、理由を求むと視線に込めたのだが、殺気に近いほどの波動が返ってくる。

 

 ──日本の女性は野蛮ですわね。

 

 千冬に叩かれている箒を尻目に、セシリアは彼女に注意しようと考えた。

 なにが彼女を駆り立てているのかわからないが、触らぬ神に祟りなし、と。

 とりあえず、今の自分を高めようと気合いを入れ直すのだった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 こうして、三者三様の思惑が絡み合い、複雑になって……はいかない。

 貴族の立ち振る舞いに憧れた一夏と、ライバル出現に焦る箒。

 そして、二人等知らずとストイックに励むセシリア。

 これは、女装趣味のある男性が、女子校でバレないように暮らす物語である。

 

 

 

 

 




多分続かない。


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