サイレンとアラートが鳴り響く施設から飛び出したエクセレン一同は、外で待機しつつ見張りをしていた少年達から報告を受ける。ギャラルホルンのグレイズ一機が赤い布を持って此方に接近し、ある程度の距離を取りつつ停止したとの事だった。双眼鏡を借りそれに覗き込んでみると確かにシールドに大きな赤い布を掛けて立っているグレイズが見える。緑系の機体に赤い布、そしてこの夕焼けというシチュエーションに思わずエクセレンは写真取りたいなぁと暢気な事を考えるのであった。
「ありゃ決闘の合図だな」
「決闘!?」
その布を持ったグレイズを見て、自分と同じくこのCGSに残った大人であり参番組の皆からおやっさんと呼ばれ慕われているメカニックのナディ・雪之丞・カッサパが少年達の疑問に答える。
『私はギャラルホルン実働部隊所属、クランク・ゼントである!!そちらの代表との一対一の勝負を望む!!』
「勝負ってマジかよ」
「厄祭戦の前は大概の揉め事は決闘で白黒つけてたらしいが……まさか本気でやってくる奴がいたとはな」
「昔はああやって恋人の座を争ったり、土地の権利を巡ったりしてたのよ。代理戦争、なんて言われたりもしてたわね」
決闘についての解説を聞きつつ少年達は思わずへぇ~と感心していた。今は廃れた古きよき時代にあった慣習、しかし300年前の決闘という方式を引っ張り出してそれを態々実行するなんて、今時そんな事をする物好きがいるとは思わなかった。雪之丞とエクセレンは呆れ半分関心半分というところであった。
『私が勝利したなら、そちらに鹵獲されたグレイズ。そしてクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡してもらう!!』
「お嬢さんを!?」
「まっそれしかないわよね」
グレイズのパイロットであるクランクの要求はある意味予想通りと言った所だ。此処にある物で価値がある物と言ったら三日月が仕留めて鹵獲したグレイズと、革命の乙女と言われ火星の独立運動のジャンヌ・ダルクとして祭り上げられているお嬢さん、クーデリアしかない。トドは賛成と言わんばかりにさっさと渡してしまおうと声を上げるが、クランクは更に言葉を続けた。
『勝負がつき、グレイズとクーデリアの引き渡しが無事済めば、そこから先は全て私が預かる。ギャラルホルンとCGSの因縁は、この場で断ち切ると約束しよう!』
「はぁ?何だその条件は、こっちに得しかねえようなもんだぞ」
「俺らが負けたとしてもあのおっさんが良いようにしてくれるって事か?」
此方にとっては旨すぎる条件にエクセレンは表情を険しくする。どう考えても罠としか考えられない。エクセレンは拡声器を借りて声を上げる。
「あ~あ~……その条件幾らなんでも此方に旨みがありすぎない?それに貴方にそんな力があるのかしら?」
『クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄とグレイズさえあれば、私は上と交渉する事が出来る。私としてもその施設への攻撃は不本意であった。故にこの命と引き換えとなったとしても、必ず交渉を実現させて見せる』
「……なんとも頭のお堅そうな発言です事、これは何言っても引きそうにないわね」
「でもどうします!?これじゃあクーデリアさんは!?」
「行きます!!」
皆が迷っている時に件の乙女、クーデリアが声を張り上げた。気丈ながらも強きに言葉を紡ぐ彼女は、何処となく戦う覚悟が滲み出しているようにも見える。
「私が行けば済む話なのでしょう、ならば無意味な戦いは避けるべきです」
「そ、そうだよな!!んじゃついでに金もがっぽりと貰えるように交渉を…」
「駄目だ。それじゃあ筋が通らねえ」
「ああっ!!?」
だがオルガはクーデリアを行かせる事に反対した。あのクランクという男の言葉が何処まで本当なのかも分からないし、仮に渡したとしても個々が無事であるという確証はない。元々ギャラルホルンからいきなり攻撃された身としては渡した後は皆殺しに遭うような気がしてならない。
「ならオルガ、如何するのかしら?」
「フッ決まってるぜ姉さん。あのおっさんとの勝負、受けるんだよ」
「そう来ると思ったわよ。それじゃあその役目私が貰っても良いかしら?大人同士は大人同士でって奴よ」
「んじゃ頼んますよ姉さん」
クランクへと了承の言葉を返すと、エクセレンは直ぐにヴァイスへと向かい始めた。周囲には戦いに向かおうとしている彼女を応援する少年達が集まっており声援が送られている。それに笑顔で答えつつヴァイスへと乗り込むと、大声を張り上げたオルガと目が合った。
「頼むぜ、姉さん!!」
「任せて了解よん、オルガ♪」
Vサインを返しながらヴァイスは空へと舞い上がり、グレイズの眼前へと降り立った。クランクは直接矛を交えたバルバトスが来ると思っていたのかヴァイスが来た事にやや驚いているように見えたが、直ぐにコクピットに戻っていった。
「んじゃま私がお相手させてもらうわねん」
『貴様も、子供なのか……?』
「あらやだ若いなんてお上手ねぇ♪言っとくけど私は一応成人してるから大人よ?」
『……そうか』
外部スピーカーから漏れるクランクの声には何処か安堵したような雰囲気が含まれていた。出来る事ならば子供と戦いたくないという思いを孕んでいるようだった。それを聞いてエクセレンは先程の条件にある意味納得した。彼は誠実で真面目で良い大人なのだと、あの条件も少年兵として戦っている子供を出来るだけ傷つけたくないという思いから出した答えのようなものなのだろう。
「さてと、私達が負けちゃった時の事は決めたけどこっちが勝った場合の事は一切言ってなかったわよね?それについては如何?」
『……私にそんな権限はない』
「真面目ねぇ……。んじゃま取り合えずそのグレイズを頂いちゃおうかしら♪それと貴方の身柄もね」
『良いだろう。勝敗の決定はどちらかの死亡、または行動不能で異議は無いか』
「ないわよ。さあやりましょうか」
ヴァイスは一歩引きつつも腰部に装備していた一本の剣の引き抜いた。基本射撃型のヴァイスだが、接近された時の事も考えて実体剣も装備されている。それを構えながら体勢を落とすヴァイスを見たクランクは、油断できない相手である事を実感しつつ斧と盾を構える。
『――――ギャラルホルン火星支部実働隊、クランク・ゼント!!』
「あっそっか。え~っと此処はおふざけは無しで。CGS壱軍兼参番組教官、エクセレン・ブロウニング!」
刹那の静寂、皆が教官であるエクセレンの勝利を願う中、機体のユニットが稼動しエネルギーを放出しつつ互いは今か今かと戦いの始まりの時を待つ。そして二人が同時に声を発するとグレイズとヴァイスは突進して行った。クランクは迫ってくるヴァイスの速度に驚きつつも防御の姿勢を取りながら斧を振るうが瞬間、視界から
「へぇっ~これでも結構近接の方も自信あるだけどやるわね。でも負けないのがこのエクセレンお姉様なのよ!」
『オオオオッッ!!!』
防御した直後に斧を振るうが、ヴァイスは即座に後退してそれを回避しつつ、回し蹴りで盾を押しのけてグレイズの体勢を崩そうとするが、グレイズはしっかりと踏ん張る。クランクは即座に出力を上げて盾を押し出した打撃に切り替え逆に体勢を崩そうとするが、その勢いを利用しつつ後方にバク宙をしながら距離を取ったヴァイスに驚きと感嘆の声しか出なかった。
『なんという操縦技術……!!』
「お褒め頂き感謝しちゃうわん♪」
『貴殿のような大人がいながら何故子供を戦わせる!!?』
「子供が戦うのは御気に召さないようね!!」
『ああ!!』
一気に接近しつつ斧を振り上げたグレイズに対応すべく一旦鞘にブレードを戻し、鞘でそれを受け止めるヴァイス。
『子供とは良く食べ良く学び良く遊び育つ!!そして夢を持ち、その夢が未来を作る!!それを戦わせるなど、私は認めない!!』
「貴方が良い大人って事が良く分かったわ。でもね……世界はそんなに優しくはないの!!」
クランクは良識を持った良い大人だ。彼にとって子供は大人の思惑で戦わされるような存在ではなく、大人が守り大人の背中を見て育つ存在だと思っている。それは正しい、だがそれはあくまで理想論にすぎない。現実問題としてそのように過ごせる子供達ばかりではない。生きる為に少年兵として生きる、ヒューマンデブリとして売り物にされる子供だっている。それが今ある世界の現実だ。
「貴方の思いはとても素晴らしい。でもそれだけじゃあ、あの子達は生きていけないのよ!!」
『だとしても……私は諦めたくなどない!!私がそうだと思っている限り、私はそれを貫き通す!!それが私の信条だからだ!!!』
一段と重くなってくる斧、それを受け止めるヴァイス。だがヴァイスも出力を上げていき徐々に斧を押し返していく。
「そう。なら私だってあの子達のお姉さんとして、あの子達を見守る義務があるのよねぇ……だからっ!!」
片手で鞘を保持したまま腰に下げていたオクスタンランチャーに手を伸ばし、その銃口をグレイズの頭部へと押し付けた。
「私がここで負けるなんて有り得ないのよ!!!」
トリガーを引くとグレイズの頭部が吹き飛ぶ。それによって一時的にセンサーがダウンするが、クランクは素早くサブにシステムを切り替えると後退しつつ盾を投げつけてヴァイスのブレードを弾き飛ばし、その隙を突かんと最大出力で此方に突貫してきた。
『うおおおおぉぉぉっっ!!!』
「この距離、貰ったわよ!!」
エクセレンは焦らずにそのまま機体を回転させるようにしながらオクスタンランチャーをグレイズの肩に突き刺すように構え、引き金を引いた。0距離から放たれた銃弾はグレイズの肩を吹き飛ばしながら機体を仰向けに倒した。そのままヴァイスはコクピットに銃口を突きつけるとクランクに告げた。
「私の勝ち、かしらね」
『……ああっそうだな。俺は敗者だ、好きにして構わない』
「そう。じゃあ取り敢えずは……」
エクセレンはオクスタンランチャーを空へと掲げるとそのまま一発発射し、高らかに宣言した。
「皆ぁぁ~お姉さん勝ったわよ~!!」
その宣言に皆は歓声を上げながらエクセレンの勝利を祝った。一人はエクセレンの戦いぶりに見惚れ、一人はエクセレンの強さに驚き、一人は確信していた勝利に笑った。
「決めたぜ……鉄華団。俺達の新しい名前だ」
「テッカ……鉄の火ですか?」
「いや……鉄の華だ。決して散らない鉄の華だ」