学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
『
「とりあえず、予選突破お疲れさんってとこだな」
「何を他人事のように言ってるんだお前は……それに、予選など前座に過ぎん。本番はこれからだ」
予選では有力選手同士がぶつからないよう、各ブロックに振り分けられている。実際、注目を集めているような選手が本戦へ辿り着くことは珍しくない。
だが、次の四回戦、即ち本戦からは有力選手がぶつかり合い、激しく戦うことになる。それは予選とは比べ物にならない苛烈なものとなるだろう。
「今回は番狂わせも無かったようだし、いずれの学園も予想通りの連中が本戦に上がってくるだろう。問題は組み合わせだな」
「発表は確か明日だよな? 流石にサーヤ達といきなりぶち当たるのは勘弁だぜ」
ステージから会見場に移動しながら二人は本戦のことを話していた。四回戦からはトーナメント表が改めて組み直される。これは予選のものとは違い、完全な抽選となっていた。明日は組み合わせの発表がある以外、何も無い。出場選手にとっては完全な休養日となる。
「沙々宮達もそうだが、アルルカントの人形とも当たりたくはないな。少しでも向こうの情報が欲しい」
紗夜と綺凛、アルディとリムシィ。いずれも、予選を突破し本戦に駒を進めている。
「他にも界龍の双子、ガラードワースの正騎士コンビも出来ればやり合いたくは無いな。それに……『
ユリスの声が真剣なものになる。イレーネの狙いは『鳳凰星武祭』で勝利する事ではなく、凜堂本人だ。何の目的があって凜堂を狙っているかは分からないが、碌なものでないことは確かだ。出来れば、他のペアと当たって早々に負けて欲しいというのが正直な感想だった。
「やりたくない奴ばっかだな。でも、本戦に出る以上、誰かと戦うことになるんだ。やるっきゃないだろ」
ユリスの懸念など露知らない様子で凜堂は言い切る。この楽天家め、とユリスは小さく毒づいた。だが、凜堂の言うとおりだ。二人も願いを叶えるために戦っている。勝って前に進む以外の道など初めから無い。
「しかし、吸血暴姫があそこまでの使い手だとは予想外だったぞ。正直、一対一では勝てる気がせんな……お前はどうだ?」
「能力を考えない接近戦なら勝てるな。問題はあの重力だよなぁ……マクフェイルとの試合を見る限り、対象座標に対して能力を発揮するタイプみたいだし、常に動き続けていればどうにか出来るか?」
先日の試合を見て分かった事だが、イレーネの体術は相当な物だ。天賦の才と言っても過言ではないが、凜堂の技はその上を行く。純粋な打ち合いであれば、イレーネを降す自信があった。やはり、ネックとなるのは『
「黒炉の魔剣がどこまで通じるかも問題だよな。ただの
どこまでやれるか、と凜堂は魔剣を収めたホルダーを一撫でする。この防御不可の一振りが後れを取るとは欠片も思ってはいないが、考えておくに越したことは無かった。
「覇潰の血鎌の能力は使用者にも影響を及ぼすようだ。近接戦となれば、向こうもそう易々と能力は使えないだろうが」
つまり、重力を発生させる場所を考えないと自分も潰されてしまう可能性があるということだ。流石に覇潰の血鎌本体はその影響を受けないようだが。
「やはり脅威となるのは妹だな。まさか
「同感。『
再生能力者とはその名の通り、自身の傷を回復することが出来る者のことだ。他人の傷を治せるという訳ではないが、かなり珍しい部類の能力だ。
「あれはかなりのものだぞ。傷の修復はおろか、姉に提供した血まで再生できるとなれば最高クラスだ。おそらく、四肢を失ったとしても問題なく再生できるだろう。あんな隠し玉があったとはな」
基本的に能力者は国家登録が義務付けられていて、その情報は全世界に公開、共有されている。無論、ユリスも国家登録をしている身だ。だが、世界には政府が機能してない国もあり、そういった国では登録に漏れがある場合がある。プリシラもその類だろう。
「覇潰の血鎌の欠点をこういった形で補うとはな。姉は適合率が高く、妹は燃費の悪さをフォロー出来る能力者。まるで、覇潰の血鎌を操るためにいるようなペアだな」
この二人が相手である場合、相手の消耗を待つという作戦は使えない。
「まぁいい。何にしても明日の組み合わせが発表されないと何も始まらん……あぁ、明日といえば凜堂。お前はどうするんだ?」
「暇だし、抽選会を見に行く」
本当に暇だな、というユリスの言葉に凜堂は肩を竦める。
「ロディアに誘われてな。会うの自体久しぶりだし、付き合おうかなと思って」
「……クローディアにか」
微かにユリスは表情を曇らせるが、私がとやかく言う事ではない、と顔を元に戻した。ユーリもどうよ? という凜堂の誘いを苦笑しながら断る。
「私の方は国許が少しうるさくてな。明日は諸々の連絡やら手続きを片付けるつもりだ」
「お姫様も大変だぁね」
組んだ両手を後頭部に当て、隣を歩くユリスを横目で見た。しかし、そこにいるはずの相棒の姿が無い。あり? と後ろを振り返ると、足を止めて考え事をするユリスがいた。
「どした、ユーリ?」
ユリスは無言で凜堂に歩み寄ると、念を押すように人差し指を突きつけた。
「わざわざ、言うことでも無いと思うが……くれぐれも面倒ごとに巻き込まれてくれるなよ?」
翌日、凜堂は組み合わせ抽選会を見るためにシリウスドームへとやって来ていた。
「お久しぶりです、凜堂。ようこそいらっしゃいました」
「おひさ~、ロディア」
ステージに近いが、一般の観客席から隔てられたブース席。各学園の生徒用ブース席でもないそこにクローディアはいた。
「こんなとこあったのか、初めて知ったぜ。他の生徒とかはここで見ないのか?」
凜堂は物珍しそうにブース内を見回す。広さはそれ程ではないが、席が少ないのでかなりゆったりとした作りになっている。更にこのブースにはクローディアと凜堂の二人しかいないので、広さも一入に感じられた。
「ここは星導館の生徒会専用ブースですから。生徒会メンバーと私が許可した人しか入ることは出来ません」
凜堂の問いに答えながらクローディアは席を勧める。凜堂が席に腰を下ろすと、クローディアはその隣に座って頭を下げた。
「まずは本戦出場おめでとうございます」
「そいつぁ、ご丁寧にどうも」
凜堂も馬鹿丁寧にお辞儀を返す。クスクス、と笑いながらクローディアは頭を上げた。
「本戦でも活躍を期待していますよ? ユリス共々、頑張ってください」
「ま、力の及ぶ範囲内で頑張るさね……一筋縄で行けそうにゃないけどな」
「それはそうでしょう。本戦に残った方々は皆、確かな実力を持っていますから……それでも、凜堂達と互角以上に戦えるタッグはそれほどいないと思いますよ? あくまで私見ですが」
だからこそ、この抽選が重要になってくる。責任重大です、とクローディアは微笑んだ。どこまで本気なのか、口調からも表情からも推し量る事は出来なかった。
「そういやロディア。お前さん、ここにいていいのか? 抽選のくじってお前が引くんだろ?」
確か、そういうことになっていたはずだ。こんな所でくっちゃべっている余裕などあるのだろうか。
「私達の出番は最後です。今はほら、お偉方が話してらっしゃいますから」
クローディアがステージを指し示す。そこでは運営委員と思しき人物が何やら熱弁を振るっていた。今大会の見解だとか、前大会と比較してどうなったかを説明している。ぶっちゃけ、真面目に聞いていると眠気を誘われる類の話だ。
「しっかし、今日も観客席は満席だなおい」
凜堂は視線をステージから観客席へと移す。試合の時と変わらない、満員御礼状態に見えた。無論、運営委員の話を聞きに来た訳ではない。彼らの目的も抽選会にある。
「さっきも言いましたが……こうして凜堂と二人きりになれたのは本当に久しぶりですね」
「あ~、確かに。前に会ったのも『鳳凰星武祭』の予選トーナメントの組み合わせを教えに来てくれた時だもんな」
その日以降、凜堂はクローディアと顔を合わせていなかった。それだけ、生徒会長の仕事が忙しかったという事だろう。
「いやぁ、お疲れ様です、生徒、会、ちょう……」
凜堂の労いの言葉が尻すぼみに小さくなっていく。クローディアとの距離が妙に近くなっているからだ。
「私、凜堂に会えない寂しさを我慢しながら仕事をしていたんですよ?」
「さ、さいでっか」
さりげない風を装って凜堂はクローディアから距離を取ろうとするが、それよりも早くクローディアが動いた。素早く凜堂の手を取り、白魚のような指を絡ませる。美しい外見とは裏腹に、その動きは獲物に襲い掛かる大蛇の様だった。
「私が働き詰めになっている間、ユリス達に凜堂を独占されていましたし……私、本当に寂しかったんです」
「そ、そっか。大変だったんだな」
逃がすつもりは無いと示すようににクローディアは豊満な肢体を凜堂に押し付ける。離れようにも、柔らかに、それでいて強靭に巻きついてくる彼女の指が許さない。振り解くなんて無体な事も出来ないので、凜堂はされるがままになっている。もう、互いの吐息を感じられるほど二人は密着していた。クローディアの体から放たれる、何とも言えない甘い匂いが凜堂の思考を鈍らせていく。
「……な、なぁ、ロディア。そんなこと言って、俺にどうして欲しいんだよ?」
少しの静寂の後、凜堂はしゃっきりしない頭を小さく振ってから訊ねた。その言葉を待っていた、と言わんばかりにクローディアの目が妖しく光る。
「難しいことを言うつもりはありません。ただ、幾ら自分で選んだ仕事とはいえ、頑張ったからには相応のご褒美が欲しくて。凜堂からそれをいただければと」
何だ、そんなことか、と凜堂は拍子抜けしたように息を漏らす。それくらい、お安い御用、と続けようとした所で凜堂は回らない頭ではたと考え込んだ。クローディアはご褒美という名目で、自分に何をさせるつもりなのかと。
何せ、頼み事の報酬に自分の体を出すような彼女だ。正直言って、何を要求されるか分かったものではない。軽はずみな発言は絶対に出来なかった。
クローディアの頑張りに報いたいと考える一方で、直感が危ないと警鐘を鳴らしている。どうすれば……と凜堂が人知れず葛藤しているその時、携帯端末の着信音が鳴り響いた。
「す、すまんロディア!」
降って湧いたチャンスに凜堂はクローディアから距離を取り、空間ウィンドウを呼び出す。映し出されたのは困り顔を通り越し、泣きそうになっている綺凛の顔だった。
『り、凜堂先輩~』
「ど、どしたリン? そんな泣きそうな顔して?」
何かしらのトラブルがあったのは確かだ。おろおろとしている綺凛をなだめ、凜堂は先を促す。幾分か落ち着きを取り戻した綺凛は事の次第を話し始めた。
『えっと、実は今日、紗夜さんと一緒に商業エリアに来てたのですけど……何時の間にか紗夜さんがどこかに消えちゃったんです……!』
「……続けろ」
ここまで聞いた時点で大体のことは把握できたが、一応話を最後まで聞くことに。
『それで私、紗夜さんの携帯端末に連絡してみたんです。そしたら「迷子になった」って。わ、私、どうしたらいいんでしょう!?』
「落ち着け、俺も探すの手伝うから。とにかく、そっちで合流するぞ。今いるのってどの辺りだ?」
「あ、ありがとうございます! えっと、ここは……」
綺凛と落ち合う場所を決め、通信を切る。待ち合わせ場所はシリウスドームからそう離れた場所ではないので、急げばすぐに着けるだろう。綺凛が余計に動き回る可能性は無いだろうから、合流は問題なく出来るはずだ。
「問題はサーヤのほうだよなぁ」
小学生時代の遠足で紗夜はジュースを買いに行くと言ったきり、一週間戻って来なかったことがある。捜索がされる中、紗夜は一週間後、大量の海産物と共にひょっこり帰ってきた。何をしていたか聞いてみると、海原に迷い出て困っていたところを心優しい猟師に助けられたらしい。
「流石にアスタリスクからは出てないよな? 出てないよね? 出てないでくれよ……!」
凜堂の声音が徐々に懇願調になっていく。
「って訳ですまん、ロディア。またこんど……」
「……」
クローディアに謝ろうと振り返り、凜堂は蛇に睨まれた蛙よろしく硬直した。クローディアが膨れっ面を作り、こちらを睨んでいたからだ。
「あ~……ロディアさん?」
凜堂が戸惑うのも無理は無い。何せ、こんな顔をするクローディアは初めて見たのだ。どう対応すればいいのか分からなかった。クローディアといえば、いつも冷静で笑顔でたおやかで……。
「……久しぶりに貴方とゆっくり話せると思ってたのに」
責める口調も年相応だった。
「本当に楽しみにしていたんですよ?」
「……面目、ない」
下手な言い訳をせず、凜堂はただ深々と頭を下げる。正直言って、楽しみにしていたのはクローディアの都合であって、凜堂には何ら関係のないことだ。こんな風に詰られる言われは無い。だが、そんなことは一切考えずに凜堂は真摯に頭を下げ続けた。
「埋め合わせは必ずする」
頭を上げずにそう言う。対して、クローディアは何も答えなかった。重苦しい沈黙が流れる。静寂を終わらせたのはクローディアのため息交じりの囁きだった。
「……これじゃ私が悪役ですね。顔を上げてください、凜堂」
頭を上げると、少し困った様子のクローディアと目が合う。
「ちょっとからかうだけのつもりでしたのに、そんな真剣に謝られては反応に困ってしまいます」
「いや、でも実際悪いの俺だしな」
「そう思っているのなら、私が満足できるご褒美を下さいな。それと、埋め合わせも楽しみにしています」
「ご褒美と埋め合わせって別勘定だったのね」
凜堂の言葉に小さく笑いながらクローディアは人差し指を顎に当てる。
「私、結構欲張りなんですよ。沙々宮さんを探すのでしょう? 早く行ってあげてください」
クローディアはドアを指差す。おう、と頷き凜堂はブースを出ようとするが、ふと足を止めてクローディアを振り返った。
「こんなこと言うのも失礼かもしれないけど、ロディアってあんな風に年相応の顔も出来るんだな。何ていうか、ちょっとビックリしたぜ。それと、可愛かった」
それだけ言い残し、今度こそ凜堂はドアを潜っていった。閉まったドアを見ながらクローディアは自身の顔に触れる。
「可愛かった、ですか……」
頭の中で凜堂の言葉を反芻する。そうしていると、自然に口元が綻んでいった。
「ふふ♪」
その笑顔は凜堂のいう、年相応の少女の笑顔だった。
「この辺りかねぇ?」
「多分、そうだと思います」
凜堂と綺凛はぐるりと周囲を見回す。位置的にはアスタリスク西部の商業エリアの外れあたり。紗夜に連絡を取り、得た情報でここまで来た。
「こっから先は手前で探すしかないか」
「です、ね」
紗夜にはくれぐれもその場から動かないよう言い含めておいた。だが、事態がこれ以上悪化しないという保障は無いので、急いで紗夜を見つけなければならない。
「手分けして探すぞ。俺はこっち、リンはあっち。何かあったら連絡してくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ、リン」
はい、と答えて通りの向こうに小走りしていく綺凛を見送り、凜堂も紗夜の探索を始める。再開発エリアが近い上にレヴォルフ黒学院がすぐ傍にあるためか、柄の悪い連中が多い。『
「頼むから問題起こすんじゃねぇぞ、サーヤ」
こんな所を女の子が一人歩いていればどうなるか、それは想像に難くない。綺凛の方はまず問題ないだろう。彼女をどうこう出来る実力者がごろごろ転がっている訳ないし、元序列一位として名実共に知れ渡っている。安易に喧嘩を売る馬鹿もいないだろうし、彼女自身、そうそう揉め事起こしたりはしないはずだ。となると、問題となるのは紗夜だった。
仮にどこかの馬鹿が紗夜にちょっかいをかけたら、当分の間、ベットの上で生活する事になるだろう。基本的に彼女は手加減という言葉を知らない。
「多分、どっかの大通りにいると思うんだが……とにかく、虱潰しに探すしかないか」
手近なところにある路地へと入る。湿った臭いが立ち込め、薄暗い。いて気持ちのいい場所でないためか、人気も殆ど無い。少し進んでもそれは変わらなかったので、凜堂は別の路地を探そうと回れ右する。
「……あん?」
そのまま路地を出ようとしたところで、路地の先で誰かが揉み合っているような声が聞こえた。
「おいおい、サーヤじゃねぇだろうな?」
喧騒の主たちに気付かれぬよう、足音を忍ばせて近づいていく。距離が縮まると、徐々に声が鮮明に聞こえてきた。
「やめ……ださい! 放し……!」
この時点で凜堂は確信する。この声の主は紗夜ではないと。もし、この先にいるのが紗夜だとすれば、抗議の声など上げずに相手をぶっ飛ばしているはずだ。だとすれば、関係のない揉め事に首を突っ込むのはよろしくない。頭では分かっているのだが、自然と体が動いていた。
気配を消し、建物の陰を覗く。一人の女の子を、複数の男が囲むという剣呑な光景があった。
(おいおい、面倒ごとは勘弁だぞ)
その上、その面子に見覚えがあったので、凜堂は心の中で小さくぼやいた。女の子はプリシラ・ウルサイス。男共のほうは先日、イレーネにこっ酷くぶちのめされた連中だ。一瞬で状況を把握し、凜堂は小さく嘆息する。
「あんまり騒ぐんじゃねぇよ。面倒ごとは嫌いなんだ」
「悪いのはお前の姉ちゃんなんだから、恨むなら俺達じゃなく姉ちゃんにしな」
「放して……ください!」
プリシラを囲む男の数は全部で五。この前の乱闘を見た感じ、凜堂なら例え五対一でも十分に渡り合える相手だ。だが、力技での解決は得策ではなかった。面倒ごとに首を突っ込んだ上に乱闘を起こしたとあっては、例え相手がこんな連中でもお咎めなしという訳にはいかないだろう。これが原因で『鳳凰星武祭』を失格になったらユリスに申し訳が立たない。
そう理解しているはずなのに、足は自然と前へと踏み出していた。
(えぇい! すまん、ユーリ!)
心の中でユリスに謝り、凜堂は偶然足下に転がっていた空き缶を蹴り飛ばした。飛んでいった空き缶が建物の壁にぶち当たり、けたたましい音が響く。男達は不意に起こった騒音にぎょっとしながら周囲に視線を走らせ、すぐ凜堂に気付いた。
「あぁ、なんだ手前は!?」
一人が短剣型の煌式武装を起動させる。予想以上にいい反応に凜堂は軽く感心するが、表情には欠片も出さずに軽薄な笑みを作った。
「へいへい、お兄さん達よぉ。お宅らがどんだけ女性に縁が無いか知らねぇが、ナンパするならもっとスマートにやれや。女の子ってなぁ手折るもんじゃなくて愛でるもんだぜ?」
「「「「「あぁん!?」」」」」」
とりあえず、舐め切った態度だということは伝わったようだ。一瞬で男達の目に殺意が浮かぶ。
「いきなり割り込んできた上に随分と舐めた口聞いてくれるじゃねぇか、兄ちゃんよぉ。あぁ!?」
「何だ? そうやって凄みゃ相手がビビると思ってんのか? お前等みたいなチンピラと一緒にしないでくれ」
へらへらと笑う凜堂の言動に一気に堪忍袋が切れたらしく、男達は次々に煌式武装を取り出していった。その内の一人が突然凜堂の顔を指差す。
「あぁ! こ、こいつ、『
「『双魔の切り札』ってことは、こいつが星導館の序列一位かよ!?」
「こんなへらへらした奴が?」
「あ~ら、俺ってば有名人。サインでもくれてやろうか?」
男達の間に戸惑いが生まれるも、それは一瞬だけだった。凜堂が序列一位と分かって怯むどころか、何か善からぬことを思いついたらしく口元に下卑た笑みを浮かべている。
「へっ、サインなんかいるかよ。そんな事より、いいのか『
男の口から出てきた台詞が余りにも予想通りだったので、凜堂は腹を抱えて哄笑した。
「はっはぁ! それで脅してるつもりかよ? そんなもん、ちゃんと考えてるに決まってるだろ。もうちっとお頭を使えって。そんなんだから五対一でもあいつに負けちまうんだよ……だろ、『
突如、凜堂の口から飛び出した名前に男達は目を飛び出さんばかりに開き、意識を周囲へと向ける。その一瞬を待っていた。その場から飛び出すや、凜堂は男達の間をすり抜けてプリシラの腕を掴み、路地の奥へと走っていく。
「こ、この野朗!?」
イレーネの姿などどこにもない。凜堂の言葉がブラフだと分かり、男達は顔を真っ赤にさせながら視線を路地奥へと向けた。既に二人は男達の手が届かない所まで逃げている。
「バイビー」
ヒラヒラと手を振る凜堂。ここまで虚仮にされて黙っていられるわけも無く、男達は怒声を上げて二人を追い始めた。
「ちょいと失礼、お嬢さん!」
「え? きゃっ!」
凜堂はひょいとプリシラを抱き上げると、路地を右に曲がった。それを見て、男達は内心でほくそ笑む。
「馬鹿が、そっちは少し行くと袋小路だ。おい、リーダーに連絡して何人か回してもらえ! 相手は星導館の序列一位だ、確実に潰すぞ!」
このまま袋小路に追い詰め、数の暴力に物言わせて凜堂をぶちのめすつもりのようだ。数分も走ると、袋小路が見えてきた。だが、そこにいるはずの凜堂とプリシラの姿が無い。
「おい、どこに消えやがった! 他に道はねぇはずだぞ!?」
「探せ! まだ近くにいるはずだ!」
路地でやかましく話し合う男達を建物の屋上から見下ろす人影が一つ。
「一生やってろ、バーカ」
冷ややかな笑みを浮かべながら来た道を戻っていく男達を見送る。男達が完全に見えなくなったところで振り返り、屋上にある給水タンクの陰に隠れたプリシラに声をかけた。
「おい、もう大丈夫だぜ」
恐る恐るプリシラは給水タンクの陰から顔を出す。
「あの人達は?」
「俺らを探してどっか行った。多分、屋上に駆け上がったなんて考えもしてないぜ。それはそうと大丈夫か?」
凜堂の問いに安堵の息を吐いていたプリシラは慌てて頭を下げた。
「あ、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました!」
「気にすんな、ただの成り行きだ。姉ちゃんに連絡した方がいいんじゃねぇか? 心配してるだろ」
「あ、はい」
プリシラはもう一度頭を下げると、携帯端末を取り出して操作し始めた。その間、凜堂はもう一度、下の路地を覗き込みに行く。男達は勿論、人っ子一人いなかった。
(静かだねぇ……)
ここまで何も無いと、逆に警戒してしまう。凜堂は無意識の内に軽く身構えていた。
「あの、高良さん?」
「ん? あぁ。姉ちゃんと連絡は取れたか?」
「はいっ、すぐに迎えに来てくれるそうです」
安心した表情を浮べてプリシラは頷く。そうかい、と凜堂もプリシラを安心させるように柔和な笑みを作った。ここまでのことをされたのだから、警備隊に連絡するのが自然だが、そうせずにあえて姉に連絡したということはそれなりの理由があるのだろう。少し気になったが、凜堂は何も言わなかった。
「んで、あの馬鹿共は何だ? 姉ちゃん絡み?」
こくりとプリシラは頷いて見せた。
「はい。あの人達は
「歓楽街?」
再開発エリアの一部にある、非合法な店が集まっている場所があるらしい。歓楽街というのはそこの通称だ。
「へぇ……そんな連中をあんな怒らせるなんて、お宅の姉ちゃん、一体何やらかしたのさ?」
「そ、それは……少し前に姉がカジノで大暴れしたらしくて。それも、経営が困難に成る程被害が壊滅的だったみたいで」
ほとんど消え入りそうな声でプリシラは原因を話した。そりゃ恨まれるわな、と凜堂も呆れ顔だ。大方、イレーネに報復しても返り討ちに会うだけなので、狙いをプリシラに変えたのだろう。
「で、でも誤解しないで下さい! 姉はちょっとがさつで乱暴で、短気な上に言葉よりも先に手が出ちゃいますけど、本当はすっごく優しい人なんです!」
両腕をぶんぶん振ってプリシラは熱弁する。その必死な姿は彼女の言葉が真実である事を信じさせるには十分なものだった。しかし、悲しいかな。
「すまん……全く説得力が無い」
「ですよね……」
そのことは重々承知しているようで、プリシラはず~ん、と重苦しい空気を纏いながら項垂れる。その姿に凜堂は一抹の罪悪感を覚えた。
「あぁ~、そういや自己紹介がまだだったな。もう知ってるかもしれないけど、俺は高良凜堂。よろしくな」
「あ、はい。私はプリシラ・ウルサイスです。先日は姉が失礼しました」
空気を変えるため、凜堂は自己紹介しながら手を差し出す。プリシラも凜堂の手を取り、丁寧に自分の名を伝えた。もっとも、互いに『鳳凰星武祭』の有力ペアの選手なので、知らない訳が無かった。
「本当はあれくらい、自分でどうにか出来るようにならなきゃ駄目なんでしょうけど……私は姉のように強くないので」
だろうな、と凜堂は心の中で呟く。プリシラは
「だったら、何で『鳳凰星武祭』に出たんだよ? いくら覇潰の血鎌の欠点を補うためでも、もっと他に方法あったんじゃないか?」
「それは……」
一瞬、二の足を踏むもプリシラは意を決して話そうとする。その時、
「……そこで何してやがる」
「……こいつぁまたおっかねぇ」
背後から叩きつけられる猛烈な殺気に苦笑しながら凜堂は振り返った。そこには覇潰の血鎌を手にしたイレーネが宙に浮かぶようにして立っていた。
六月中に三巻の内容終わらせたかったけど……難しいかなぁ。