学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
俺がまた別の作品でアスタリスクの二次創作を書けばいいんじゃん!!
「……二人とも、遅い」
プロキオンドーム控え室。むっつりとした表情で紗夜は呟く。凜堂とユリスが応援に来てくれるというので二人の到着を待っているのだが、試合開始寸前まで控え室のドアが開く事はなかった。もう、これ以上待っていたら試合に間に合わないだろう。
「何かあったんでしょうか?」
不機嫌そうな紗夜とは対照的に綺凛は不安そうな表情を浮べているが、そこに落胆の色があることは否めなかった。
「……まぁいい。話は後でみっちりと聞かせてもらう。行こう、綺凛」
「はい。本当にどうしたんだろう……」
二人がソファから立ち上がると、紗夜の携帯端末に連絡が入った。相手は凜堂だ。紗夜は空間ウィンドウを開き、その後ろから綺凛が覗き込む。
『サーヤか? 悪ぃ、ちっとばかし遅くなるから控え室の方には行けそうに無い! 試合には間に合うはずだ! リンにも伝えといてくれ!』
『すまない! 厄介ごとに巻き込まれてしまってな』
空間ウィンドウの中に凜堂とユリスの顔がアップで表示される。凜堂は走っている最中のようで、かなり息が荒かった。
「……もう試合始まる。間に合うの?」
『絶対に間に合わせる! じゃ、切るぞ!』
それだけ言って、凜堂は一方的に通話を切る。もしもし? と言ってみるも返事は無かった。
「凜堂先輩とユリス先輩、来てくれるんですね」
さっきまでの浮かない表情から一転、綺凛は顔を輝かせる。その一方、紗夜は何やら考え事をしていた。
「どうかしたんですか、紗夜さん?」
「……いや。ただ、さっきの凜堂とリースフェルトの距離が妙に近かったような気が……」
言われてみれば確かに。綺凛も紗夜と一緒になって考え込む。空間ウィンドウに映っていたのは数秒程度だったし、詳しい説明が無かったので二人がどのような状況にあるかは分からない。ただ、二人の距離が妙に近かったのは事実だ。それこそ、キス出来そうなくらいに。
「……この件に関しては後で凜堂に聞かなきゃいけない、絶対に」
「そう、ですね」
この時、この場に第三者がいたら二人の背後に仁王が立っているように見えただろう。真実を問うためにも、さっさと試合を終わらせねばならない。
「行こう、綺凛」
「はい!」
と、威勢よく返事をしたはいいものの、基本的に小動物のように小心な綺凛。入場ゲートを潜るや、二人を出迎えた光の乱舞と大歓声。そして妙にテンションの高い実況の声に完全に萎縮してしまう。そんな相方を安心させるように紗夜は小さな背中を軽く叩いた。
「……大丈夫、別に取って食われる訳じゃないんだし」
「さ、紗夜さんは緊張してないんですか? 大勢の人に見られてるのに」
「……問題ない。ただ、目の前の相手を倒して勝つ。それだけ」
マイペース、それでいてストイックな口調で紗夜は断言する。気負いも何もあったものじゃない姿に綺凛は羨ましさを覚えた。
『そしてぇー! ここで登場しますは星導館学園旧序列一位刀藤綺凛選手とそのパートナー、沙々宮紗夜選手だぁ!』
相変わらずテンションフォルティッシモな実況のお姉さん。
『刀藤選手といえば若干十三歳にも関わらず、入学から一ヶ月で序列一位の座に上り詰めた超新星! 先日の決闘でその座を高良選手に明け渡したことになりますが、実力は折り紙つき! たった一本の刀で『
『ナナやん、それ多分相方の沙々宮選手のほうやで。刀藤選手はあの小リスみたいにオドオドしとるほうや』
『え、マジすか? じゃあ、あれで高等部? ……あー、こほん。これは大変失礼しました』
『だから資料はちゃんと見ときって言うたやん』
実況と解説の個性的なやり取りに会場が爆笑の渦に包まれる。一方、紗夜はすこぶる不愉快そうに眉根を寄せていた。フォローすべきか否か綺凛は迷ったが、自分が言っても火に油を注ぐことになるだけだろう、と愛想笑いを浮べる事しか出来なかった。
「……この鬱憤はあいつ等で晴らす」
ステージの反対側に立つ、禿頭の男子と長髪の青年を睨みながら紗夜は物騒な事を呟く。相手にしてみれば、いい迷惑だろう。
相手側の学生が胸に着けている校章は『黄龍』。即ち、界龍第七学院の生徒だということを示していた。
界龍はアスタリスクの中でも特殊な学園であり、その特徴は大きく二つに分けられる。一つは星仙術と呼ばれる独自の
ガラードワースで剣技が正道とされているのと同じ様に、徒手空拳の武術が界龍の代名詞とされている。界龍内部では様々な流派がありその中には武器を扱うものもある。だが、界龍といえば何かと言う質問があれば、無手の高度な戦闘技術がまず上げられるだろう。
実際、
現に二人が相対している界龍のペアも、片方は青龍刀型の
「どちらもリスト外ですが、かなりの実力者みたいです」
六学園の中で最大の規模を誇る界龍は
「……まぁ、どうとでもなる。気楽に行こう」
のんびりとした様子で紗夜は煌式武装を取り出し、慣れた手つきでそれを展開させる。
それが紗夜の手元に現れると、観客席から大きなざわめきが聞こえてきた。紗夜が構えた銃、と呼ぶにはそれは余りにも大きすぎた。大きく太く重く、そして口径がでかかった。それは正にキャノン砲だった。
事実、無骨で重厚なフォルムをしたその銃は紗夜の身長と同じくらいの大きさをしている。お人形のような容姿を持った紗夜がそれを構えている様はかなりの衝撃度を持っていた。
「えっと、それは確か……」
「三十四式波動重砲アークヴァンデルス改」
紗夜の使用する銃器の数は十数種類あり、綺凛もそれを一通り見せてもらっている。タッグを組む以上当然の事だが、綺凛は紗夜が銃器を取り出すたびに度肝を抜かれていた。
「……それで、どっちにする?」
「え? あぁ、そうですね。私はどちらでも」
「なら、私はあの髪が無い方をやる」
あれは髪が無いんじゃなくて剃ってるだけなんじゃ、と思わずフォローを入れてしまいそうになる綺凛だった。気を取り直し、綺凛は長髪の青年へと視線を向ける。肩から力を抜き、千羽切を握る手に力を込めたその時。
「サーヤ! リン! 頑張れよ~!!」
「こんな所で負けたら承知せんぞ!!」
大歓声を押しのけるほどの声援が二人に届く。声の方を見ると、星導館の観戦用ブースに二人の人影が見えた。凜堂とユリスだ。
凜堂はぶんぶんと音がするほど両腕を振り、二人に応援の声を送っていた。ここまで全力疾走してきたらしく、息も荒く額には汗が浮かんでいる。
彼の傍らには腕を組んだユリスが立っていた。口調こそ厳しいが、そこには二人を激励しようとする思いやり、二人が負けるはずはないという信頼が込められている。彼女も凜堂同様に顔を赤くしているが、特に汗をかいたりしているわけではない。凜堂とはまた別の理由があるようだ。
「凜堂先輩! ユリス先輩!」
「……遅い」
二人に気付くと、綺凛は喜色満面の笑みで手を振った。一方、紗夜は文句を言ってはいるが、その顔はどこか嬉しそうだった。
『お~っと、ここで高良選手とリースフェルト選手の声援が刀藤選手と沙々宮選手に送られました! 両選手、テンション爆上げ状態です!』
『渾名で呼んだのを見るに、高良選手は刀藤選手と仲がいいみたいっすね。生徒会長のエンフィールド女史に二つ名付けてもらったり、セメント対応で有名だったリースフェルト選手とタッグを組むとかどういう交友関係してるんすかね?』
実況と解説の声を聞き流し、二人は改めて相手と相対する。凜堂とユリスがこの試合を見ている。それだけでも負ける気は全くしなかった。
「『
試合開始の宣言と同時に綺凛は飛び出し、長髪の青年との間合いを一気に詰めた。『
綺凛の突撃を予期していたようで、長髪の青年は拳を突き出して綺凛を迎え撃つ。界龍の代名詞と言うだけあり、鋭い一撃だ。しかし、遅すぎる。綺凛は左手に握った、鞘に入れたままの千羽切でその拳を真横に弾いた。
想像通り、重い一打だった。星辰力を込めた打撃は恐ろしい威力を秘めている。無手のため、攻防に移る動きにも隙が無い。
だが、それだけだ。雲のように変化するあの動きに比べれば。暴風雨の如き連撃を叩き込んでくるあの苛烈さに比べれば。高良凜堂に比べれば程遠い。
長髪の青年は両腕をクロスさせ、胸元を防ぐ体勢に入ろうとする。それよりも先に綺凛は千羽切を閃かせた。長髪の青年が防御を完成させるよりも早く、拳を払いのけた勢いのまま全身を回転させて抜き放った刀を真横に薙ぐ。
校章を斬った感触が得物を通して伝わってきた。一瞬、遅れて青年の敗北が告げられる。
「くっ……」
「ありがとうございました」
膝を折る青年に礼儀正しく一礼し、綺凛は千羽切を鞘へと戻した。実況の興奮した声が耳に飛び込んでくる。
『速ぁい! 流石は『疾風刃雷』! その二つ名は伊達ではなかった! 一瞬の攻防を制し、勝利したのは刀藤選手だぁ!! というか実況させてください!』
『ナナやん、文句言うとる暇あったらこっち見てみぃ! 沙々宮選手の方も凄いことになっとるで!』
解説の声に綺凛は紗夜へと視線を向けた。紗夜が負けるとは微塵も思っていなかったし、目の前には想像通りの光景が広がっている……今だにその光景に慣れることは出来ないが。
『おぉっと、本当だ! こっちはこっちで凄いことになってます! 私、武装が銃だったので沙々宮選手を後衛担当だと思っていたのですが、思いっきり白兵戦でぶつかり合っています!』
実況の言うとおり、紗夜は巨大な銃を片手に禿頭の青年と近接戦闘を演じていた。禿頭の青年が振るう青龍刀をアークヴァンデルス改で捌き、隙を突いて鈍器のようにアークヴァンデルス改を叩きつける。小柄な紗夜が巨大な銃器を振り回すその光景は驚愕を通り越し、シュールとしか表現の仕様が無かった。
その動きに特色は無く、凜堂同様に我流の動きだということが分かる。だが、技術の高さと練度は並みの者の比ではない。
「ちぃっ!」
青龍刀とアークヴァンデルス改が激しく火花を散らす。禿頭の青年は矢継ぎ早に攻めているが、紗夜は青年の連撃をいつもの無表情で受け流していた。一見、禿頭の青年が一方的に攻撃を仕掛けているように見えるが、実際は紗夜が青年を精神的に追い込んでいた。
いくら斬撃を放っても、紗夜とアークヴァンデルス改の防御は揺るがない。それどころか、アークヴァンデルス改のマナダイトから光が放たれ始めていた。それは最初、微々たる物だったが、今は誰が見ても分かるほどに輝いている。
その現象の意味するところを分かっているようで、禿頭の青年の顔に焦りが浮かぶ。猛烈な勢いで紗夜を攻め立てるが、紗夜の防御を突き崩すことは出来なかった。
マナダイトの光が最高潮に達したその瞬間、紗夜が攻勢に移る。青年の手から青龍刀を弾き飛ばし、アークヴァンデルス改の銃口を青年の腹部へと向けた。鈍器としてではなく、本来の機能を使うために。
「……どーん」
「っ!」
ドーム全体を揺らすほどの衝撃が走り、観客達の歓声を掻き消すような銃声が響いた。かと思えば、ステージの端まで吹き飛ばされた青年が防護障壁に叩きつけられる。身動ぎ一つせず、ずるずると地面に滑り落ちた。腹部から煙が漂っている。
「だ、大丈夫かな?」
綺凛はピクリとも動かない青年を見ながら心配そうに呟いた。紗夜が扱う武器はどれもが常識を超えた威力を有している。普通に喰らっても一溜まりも無いのに、それをゼロ距離から撃ち込まれたら……。
「
勝利宣言がされる中、紗夜は身震いしている綺凛へと右手を突き出し、親指を上げて見せた。そして観戦用ブースに向き直り、ちょっと自慢げな顔でVサインを作る。
「……勝利」
彼女にVサインを送られた相手はというと、
『いたぞ、あそこだ! 捕まえろぉ!!』
『おいおい、またかよ。いい加減しつけぇぞ、
『えぇい、他にやる事があるだろうに! 逃げるぞ、凜堂!』
『だぁー、何でこうなんだよ! サーヤ、リン、後でな!!』
諸々の都合により何も見てなかった。Vサインを作ったまま固まる紗夜。
「……くすん」
今度は綺凛が紗夜の背中を叩いてあげる番だった。
控え室にはシャワーも完備されている。数人が同時に使っても大丈夫なように、シャワールームはかなり広い作りになっていた。チーム戦の『
無事に試合を終え、紗夜と綺凛はそこで汗を流している最中だった。
「ただ単に銃が硬いというわけじゃないんですか?」
「……そう。ロボス遷移方式で得られるエネルギーは高出力だけど、安定性に欠ける。そのままにしてると砲身自体がもたない。だから出力の一部をエネルギーフィールドに転用して」
「出力を押さえ込んでいるんですね」
二人は話しながらそれぞれ頭や体を洗っていた。
「だからあんな風に煌式武装とやり合っても銃が壊れなかったんですね」
それにしたって、銃器でクローズコンバットをするなんて普通、誰も思いつかないだろう。
「……凜堂は普通じゃなかったから、ただ撃ってるだけじゃ修行相手になれなかった」
綺凛の思ってることを察したのか、紗夜は少しだけ懐かしそうに言った。子供の頃、凜堂の修行に付き合っていたら、自然と身についていた技術らしい。
「紗夜さんも凜堂先輩みたいに我流なんですよね?」
「どこかで武術を学んでる暇なんて無かった。そうしている間に凜堂は遥か先に行っちゃうから」
置いていかれないようにするため、必死で付いて行った。対等な存在として凜堂を支えたかったから。その一念だけでこれ程の技術を会得した紗夜に綺凛は尊敬の念を覚える。同時にこれだけ想える相手と早くに出会えた紗夜を羨ましいと思った。
「……それにしても凜堂達、遅い」
「そうですね……誰かに追いかけられてたみたいですけど」
まだ凜堂達は控え室に来ていない。誰だか知らないが、二人を追いかけている連中は相当しつこいようだ。まぁ、だからこうやって汗を流すことが出来たのだから結果オーライだ。この後の予定は無いのだし、のんびりしながら待てばいい。
「そろそろあがる」
ぶるぶると全身を震わせて紗夜は全身の水を払う。ずぶ濡れになった犬のような動きだ。
「紗夜さん、ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますよ」
「……」
綺凛がバスタオルを渡そうとするが、バスタオルを無視して紗夜は綺凛のある一点を見ていた。じっと、まじまじと、穴が開くほど綺凛の胸部を。
「な、何ですか? 目が怖いですよ、紗夜さん」
反射的に綺凛は胸元を両腕でガードする。紗夜の目が光ったと思えば、両腕のガードを掻い潜るようにして綺凛の胸へと手を伸ばしていた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げるも、綺凛はしっかりと紗夜の手を防ぐ。
「むむむ」
「な、何をするんですか……!?」
紗夜の突拍子も無い行動に目を白黒させながら綺凛は後ずさっていく。逃がすものかと、紗夜もじりじりと近づいていった。その様は網へと魚を追い込む猟師のようだ。紗夜の巧みな誘導に綺凛は逃げ場を失う。気が付けば、壁際へと追い詰められていた。
「……その胸で凜堂を惑わしたのか」
「何の話ですか!?」
瞳に嫉妬の炎を燃やしながら紗夜は高速で手を繰り出す。必死で迫ってくる紗夜の手を捌く綺凛。遠目から見てみれば高度な組み手に見えなくも無いが、その実態は凄まじくアホらしかった。
近接でのやり取りは綺凛に軍配が上がる。結局、紗夜は綺凛の胸部に触れなかった。
「……慈悲があるのなら少しで良いから私に分けて欲しい」
「そんなこと言われても……」
そもそも、バストを分ける方法などあるのだろうか。いや、ないだろう。例え、『
綺凛が困ったように体にバスタオルを巻くと、唐突に空間ウィンドウが開いた。控え室のインターホンからの映像だ。映像は一方通行なので、相手には音声のみが届いている。
『悪ぃ、遅くなった! サーヤ、リン、いるか?』
『警備隊め、あそこまでしつこいとは……いくら『星武祭』開催期間中だからとはいえ、気を張りすぎだろう。目撃者が私達は無関係だと証言してくれなければどうなっていたか』
肩を大きく上下させた凜堂とユリスの姿が空間ウィンドウに映し出された。紆余曲折あったようだが、とりあえず控え室に来れるくらいには事態が落ち着いたようだ。
既に二人に入出許可は出されているが、シャワールームを使っているためそれも無効化されている。
「すみません、お二人とも、申し訳ないのですが、少しだけ待って」
「……やっと来た」
流石にバスタオル一枚の姿で出迎えるわけにはいかないと綺凛は二人に呼びかけるが、それを無視して紗夜が呼び出した空間コンソールを操作して扉のロックを解除した。
「え?」
開くドア。入ってくる二人の来訪者。
「遅くなって悪かったな。でも、試合には間に合ったし勘弁して……」
「うむ。まずは初戦突破おめでとうと言って……」
控え室入り口で仲良く固まる凜堂とユリス。それはシャワールームから出ようとしていた綺凛も同じだった。ただ一人、紗夜だけ平然とした顔で二人へと歩み寄り、胸を張って伝えたかった事を言葉にする。
「……勝った」
その後、ユリスが紗夜に小一時間ほど説教するも、試合直前の通話で凜堂と距離が近かったのは何故だという反撃にたじたじになったのは余談だ。
ども、北斗七星です。前書きに関しては気にしないで下さい。深夜のテンションで頭がおかしくなってました。
ふと、この小説のお気に入り数を見てみたのですが、何か60近く増えててびっくりしてます。え、何これギャグ? と本気で思ってしまいました。
何はともあれ、色んな人に読んでもらえるのは嬉しい事です。では、次の話で。
次はユリスとレスターだ。頑張ろ。