学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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黒幕登場

 壁の穴から顔を覗かせたのは予想通り、星導館学園の生徒会長であるクローディアだった。

 

「この施設は貴方方冒頭の十二人(ページ・ワン)に貸し出しているだけで、あくまで学園の設備である事をお忘れなく」

 

「……そんなことは承知している。これは事故だ。故意にやったわけではない」

 

「なら、結構」

 

 いいんだ、と凜堂は壁に出来た穴を一撫でする。この程度の損傷ならすぐにでも修理できるのだろう。

 

 ふと、凜堂は壁の外にクローディア以外の人間の気配を感じた。

 

「いや~、流石にぶったまげたね、カミラ。いきなり壁に人型の穴が出来ちゃうんだもん。うちも相当変わってるけど、やっぱり余所は余所でかなりぶっ飛んでるわね~」

 

「頼むからはしゃぐな、エルネスタ。これ以上、面倒をかけないでくれ」

 

 聞き覚えの無い、二人の女性の声。一同が顔を見合わせていると、クローディアとその連れが室内に入ってくる。やはりと言うべきか、その顔に見覚えは無かった。とは言っても、凜堂が星導館学園に来てからまだ一ヶ月も経ってないし、彼自身、人の顔を覚えるのはそこまで得意ではない。なので、見慣れない人物くらいいくらでもいる。

 

 だが、その二人組の纏っている制服にも見覚えが無かった。

 

「これはどういうことだ、クローディア?」

 

 訊ねるユリスの声は酷く冷めていた。見れば、レスターも警戒心を露にして身構えている。二人の敵意をさらっと受け流し、クローディアはポンと手を打った。

 

「あぁ、ご紹介がまだでしたね。こちらはアルルカント・アカデミーのカミラ・パレートさんとエルネスタ・キューネさんです」

 

「アルルカントだぁ?」

 

 眉を顰めながらも凜堂はユリスとレスターの態度に納得する。

 

 アルルカントはサイラスの一件の裏で糸を引いていたとされる学園だ。直接的な被害を受けた二人にとって、正しく仇敵と言えた。

 

「今度、我が学園とアルルカントが協同で新型の煌式武装(ルークス)を開発することになりまして。こちらのパレートさんはその計画の代表責任者なのですよ。今日は正式な契約を結ぶため、わざわざ当学園まで足を運んでいただいました」

 

 クローディアの紹介にどうも、と褐色の肌をした女性が申し訳程度に頭を下げる。クローディアに負けない抜群のプロポーションの持ち主だった。心なし、紗夜の目が険しい。切れ長の目と固く結ばれた口元。どことなく、冷たい印象を受ける。

 

「共同開発だと……ふん、そういうことか」

 

「あぁ~、それで話はついたって訳ね」

 

 ユリスは不愉快そうに、凜堂は割りとどうでも良さそうに一人納得していた。たまらず、レスターが口を開く。

 

「おいこら、お前等。そういうことってのは、つまりどういうことだ?」

 

「相変わらず察しが悪いな、お前は。こいつらはサイラスの一件の見返りみたいなものだ」

 

「見返り?」

 

「手前等がやったことは表に出さないでおいてやるから、代わりにそっちの技術寄越せやごるぁ、ってとこだろ」

 

 ユリスの説明を凜堂が締め括った。絶句するレスター。

 

「さて、何のことでしょう」

 

 その一方でクローディアは優雅に微笑んでいる。否定も肯定もしないが、状況を見るだけで答えは十分だった。

 

「まぁいい。あの一件の処分はお前に一任されてるから、私達がとやかく言う事ではない。その手の腹芸はお前の十八番だろうしな。しかし、分からん。何でそのアルルカントの関係者がここにいる?」

 

「それはですね」

 

「はいはーい。それはあたしが見たいからって言ったからだよ~ん」

 

 横からクローディアの言葉を遮り、ひょこひょこと手を挙げたのはもう一人のアルルカントの女子だった。エルネスタと呼ばれていた少女だ。カミラと比べ、随分と表情豊かだった。カミラと違い、制服の上から制服を羽織っている。カミラとの共通点として、こちらも胸の辺りの主張が激しかった。

 

 年齢は凜堂達と同じくらいだ。少なくとも、仕草を見て年上だとは思えなかった。

 

「いやー、私が無理言って頼んだんだよねー。私の人形ちゃん達を全部叩き斬ってくれた剣士君を一目見たくってさ」

 

「「「は?」」」

 

 エルネスタはにこにこと笑っているが、周囲の者達はとてもじゃないが笑うことなど出来なかった。

 

 ユリスとレスターはあんぐりと口を開け、声こそ出してないがカミラも「やってくれたな」と言いたげに額に手をやっている。クローディアですら驚いた様子で片手を口元に当てていた。

 

 まぁ、目の前で「自分が黒幕です」と言われ、驚くなという方が無理な話だ。

 

 ただ、凜堂はやっぱそうか、とだけ頷くだけだった。アルルカント関係者が事件の当事者である自分達の前に来ていた時点で、ある程度は予測していたらしい。別段、驚いた様子は無かった。

 

「そんで君が噂の剣士君だね? 成る程成る程~」

 

 そんな空気を一切無視し、エルネスタは凜堂の目の前に立った。じろじろと遠慮など皆無に凜堂を眺める。

 

「ん~、中々いいね~。それに察しもいいみたいだし、気に入ったよ」

 

 感心したように頷き、同じ様に彼女を観察していた凜堂にちょいちょいと手招きした。片手を口元に当て、凜堂に何かを伝えたそうだ。

 

 首を傾げながら凜堂が身を屈めると、エルネスタは目を猫のように細めながら耳打ちする。

 

「でも、次はそう上手くいかないぞ?」

 

(次、ね……)

 

 何があるのやら、と内心でため息を吐く凜堂の頬に何やら柔らかい感触。エルネスタの唇が凜堂の頬に触れていた。

 

「おろ?」

 

「なっ……!」

 

「……っ!」

 

「あらあら……」

 

 目を見開く凜堂。星導館の女性三人が目の色を変える。

 

「な、何をしている貴様!?」

 

「……泥棒猫、滅ぶべし。慈悲は無い」

 

 ユリスは細剣を抜きながら周囲に炎を踊らせ、紗夜はまだ展開していた煌式武装の砲口をエルネスタへと向けた。にゃはは、と笑いながらエルネスタは素早くカミラの後ろへと隠れる。

 

「怖いなー。そんな目くじら立てることもないじゃん。ちょっとした挨拶みたいなもんでしょ。こうなったのも何かの縁だし、過去は水に流して仲良くしようよー。あたしとしては剣士君だけじゃなくて、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』ともお近づきになりたいんだけど」

 

「生憎、私はサイラスの件を抜きにしても貴様等(アルルカント)が嫌いでな。ご免被る」

 

 確かにユリスの声に含まれている怒りはどこか根強さを感じさせた。仲良く云々はともかく、ユリスがこれ程までに嫌悪感を示すのも珍しい。何かしらの因縁があるのだろうか。

 

 と、考えに耽っている凜堂へとユリスは矛先を向ける。

 

「それにお前もお前だ、凜堂!」

 

「え、俺!?」

 

 予想外の怒声に凜堂は素っ頓狂な声を上げる。

 

「当たり前だ! そもそも、あの程度の動きをかわすことなどお前には造作も無いだろう! それが出来なかったということは、お前に油断があったからだ! 戦闘時以外にも気を張っておけといつも言っているだろう! それとも何か!? 頬にキスでもして欲しかったのか!?」

 

 前半はともかく、後半は完全な八つ当たりだ。凄い剣幕のユリスを凜堂はどうどうと動物のように宥める。

 

「落ち着けよ、ユーリ。まぁ、あれだ。別段、警戒する必要も無いだろ」

 

「何を言っている、こいつはあの事件の黒幕だぞ!?」

 

 だからこそだ、と凜堂は薄く笑ってみせる。

 

「あんながらくたをサイラスみたいな雑魚に与えて仕事させる、見る目なしの奴だぜ? 警戒する価値もねぇよ」

 

 今度こそ本当に空気が凍った。少なくとも、本人を前にして言っていい言葉では無い。へぇ、とエルネスタは面白そうに眉を持ち上げる。凜堂は剃刀のような笑みを崩さない。

 

「ほっほう。中々言ってくるね、剣士君」

 

「言うも何も、紛う事無き事実だぜ? フィクサー殿?」

 

 視線をぶつけ合わせる両者。どちらも笑みを浮かべているが、纏う空気はどんどん剣呑な物になっている。

 

「いい加減にしろ、エルネスタ」

 

 その雰囲気をぶち壊したのは黒幕の相方だった。カミラは握り締めた拳を容赦なくエルネスタの頭部へと振り下ろす。ゴッ、とかなり痛そうな音。んん~! と言葉にならない悲鳴を上げてエルネスタはその場に蹲った。

 

「……何すんのさカミラ! ここは普通あたしをフォローするところでしょ!?」

 

「フォローも何も、先に彼等を挑発するような真似をしたのは君だろう」

 

 涙目で抗議するエルネスタにカミラは疲れた様子で腰に手を当てる。どうやら、エルネスタに比べてカミラは真っ当な性格の持ち主らしい。その証拠に苦笑を浮かべながら凜堂へと頭を下げた。

 

「とまぁ、このエルネスタはご覧の通りの性格でね。代わりに私が謝ろう……それと、親切心で一つ警告しておこう」

 

 警告? と眉を顰める凜堂を真っ直ぐ見据える。そこにはさっきまで無かった、友人を侮辱された事への怒りが静かに燃え上がっていた。

 

「エルネスタを舐めない事だ。さもなくば、痛い目を見ることになるぞ」

 

「……そいつぁご丁寧に。わざわざどうも」

 

 仰々しく頭を下げる凜堂。ふと、カミラの視線が凜堂から紗夜、正確には彼女の持っている煌式武装へと移った。

 

「ほぅ、これは面白い。かなり個性的な煌式武装だね。コアにマナダイトを二つ……いや、三つか。強引に連結させて出力を無理矢理上げているようだが、何とも懐かしい設計思想だ」

 

 カミラの言葉に紗夜が珍しく驚いた表情を作る。

 

「……正解。何故、分かった?」

 

「分からない訳が無い。私の専門分野だからね。しかし言わせてもらえば、実用的な武装とは言い難い」

 

 紗夜の顔がピクリと動く。

 

「複数のコアを多重連結させるロボス遷移方式は十年以上も前に否定された不完全な技術だ。出力が安定しない上に使用者の負担が大きい。更に小型化することも困難。高出力を維持するため、過励万応現象を引き起こさなければならず、一回の攻撃ごとにインターバルが必要になる。これらの欠点が改善されてる訳でもない」

 

 滔々とカミラが語る内容は専門的過ぎて凜堂にはちんぷんかんぷんだった。かろうじて、紗夜の使っている武器がとんでもなくピーキーな性能のものだということは理解出来た。

 

(まぁ、そいつもそうか)

 

 凜堂は先ほどの紗夜の砲撃を思い出しながら頷く。あの威力の砲撃はそうほいほいと撃てるものではない。カミラも指摘している通り、使用者への負担が大きすぎる。

 

「……それは事実」

 

 紗夜は悔しそうに唇を噛み締めるも、真っ直ぐにカミラを睨み返した。

 

「それでも、お父さんの銃を侮辱することは許さない。撤回を要求する」

 

 お父さん? とカミラはまじまじと紗夜を見た。

 

「あぁ。君はもしかして沙々宮教授のご息女なのか?」

 

 その声には懐古と嘲りの響きがあった。

 

「だとしたら」

 

「尚のこと、撤回するわけにはいかないな」

 

 紗夜の視線がより一層険しいものになるが、カミラも一歩も引く気は無さそうだ。

 

「沙々宮教授はその異端さ故にアルルカントを、そして我等が『獅子派(フェロヴィアス)』を放逐された方だ。武器武装は力。そして力とは個人ではなく大衆にこそ与えられなければならない。それこそが『獅子派』の基本思想であり、私はその代表として彼の異端さを認めるわけにはいかない」

 

「……」

 

 さっきの凜堂とエルネスタよりも剣呑な空気が二人の間に流れていた。一触即発の空気が辺りに満ちるが、

 

「こほん」

 

 わざとらしくクローディアが咳払いをする。流石は生徒会長と言うべきか、タイミングはばっちりだった。

 

「お客人。そろそろ本題の方へ取り掛かりませんか?」

 

「……それもそうだ。失礼した」

 

 大きく息を吐きながらカミラは紗夜から視線を外し、くるりと背を向けた。

 

「待て。断固として撤回してもらう」

 

 紗夜の声に振り返ることなく、カミラはトレーニングルームから去っていった。

 

「ああなったら頑固だからねー、カミラ。ちょっとやそっとじゃ自分の意見を覆したりはしないよ」

 

 今まで面白そうに成り行きを見守っていたエルネスタがくすくす笑いながら紗夜を見る。

 

「どうしても認めさせるって言うなら、力尽くしかないだろうねー。ここのルールでさ」

 

「……つまり、決闘をしろと?」

 

「いやいや、カミラが受けるわけないでしょ」

 

 手を振るエルネスタ。

 

「でもさ、あたし達、今回の『鳳凰星武祭(フェニックス)』にエントリーしてるんだよね」

 

「『鳳凰星武祭』に?」

 

「そっちが決勝まで上がってくれば、嫌でもどこかで当たるでしょ」

 

 相変わらず楽しそうだが、冗談で言っているわけでもなさそうだ。

 

「エルネスタ、行くぞ」

 

「今行くー! そいじゃ皆さん、じゃーねー」

 

 入り口のほうから飛んできたカミラの声に応え、エルネスタはトレーニングルームを出て行く。

 

「何ともまぁ、ふざけた連中だ」

 

 暫く経って、ユリスはそれだけ呟いた。もう、怒る気力も無いようだ。

 

「しっかし、『鳳凰星武祭』に出るとか言ってたが本気か? あいつら、どう見ても研究クラスだと? 正気とは思えねぇな」

 

「研究クラス? 何ぞそれ?」

 

「……お前、純星煌式武装(オーガルクス)の時といい、本当に何も知らないんだな。アルルカントじゃ煌式武装なんかの研究開発を行なう学生と、実際に『星武祭(フェスタ)』で戦う学生に分かれてんだよ。普通、前者は実戦には出てこねぇ」

 

 凜堂の問いにレスターは呆れた表情を浮べるが、それでもちゃんと答えてくれた。確かにさっきの二人は星脈世代(ジェネステラ)だったが、立ち振る舞いからして戦うための修練をしているようには見えなかった。今まで研究一本で来たのだろう。

 

「そんな連中が何でまた?」

 

「……凜堂」

 

 凜堂が首を傾げていると、紗夜が服の裾を引っ張ってきた。

 

「あ、どしたサーヤ?」

 

「決めた。私も『鳳凰星武祭』に出る」

 

「『鳳凰星武祭』に? いや、そりゃ別にお前の勝手だけどよ。でも、サーヤ。お前、誰と出るんだ? 『鳳凰星武祭』はタッグ戦だぞ?」

 

「無論、凜堂と」

 

「なっ!?」

 

 さも当然と言わんばかりの紗夜の言葉に、少し離れた所に立っていたユリスが凄い勢いで振り返る。

 

「ふ、ふざけるな! こいつは私のパートナーだぞ!?」

 

 足早に凜堂に歩み寄り、右腕を掴んで引き寄せる。紗夜も負けじと凜堂の左腕に抱きついて引っ張り返した。

 

「……独り占めは禁止」

 

「あの、お二人さん。大岡裁きじゃないんだから、別に俺を引っ張り合わなくてもいででで!! 痛い痛い痛い! 洒落になってねぇ! マクフェイル、助けてくれ!」

 

「ふざけんな。何で俺様が」

 

 凜堂の救助を求める声をレスターは無情にも斬り捨てる。

 

「お前はさっきみたいにレスターと組んでればいいだろう!」

 

「やだ」

 

 即答とはこのことだ。

 

「俺だってご免だ! こんな味方ごと相手を吹き飛ばそうとする奴と組めるか! そもそも、俺だってもうタッグパートナーは決まってんだ!」

 

「……うん、そこは大事。私の攻撃をうまく避けれるのは凜堂しかいない」

 

「いや、そこはお前自身で改善しろサーヤ」

 

 凜堂、光速の突っ込み。

 

「大体、『鳳凰星武祭』へのエントリーは締め切られているぞ? どうやって出場するつもりだ?」

 

「むむ……それは由々しき事態」

 

 エントリーが既に終わってる時点で出場することは出来ない。流石に紗夜も凜堂の腕を放して考えこんだ。その隙にユリスは凜堂を自分の背後に回し、ガルルと威嚇し始める。

 

「まぁ、予備登録なら今からでも出来るがな。毎年、何組かは怪我とか色んな事情で出場できなくなるもんだし」

 

「よし。じゃあそれ」

 

 レスターの言葉に頷く紗夜。しかし、大きな問題が一つ。

 

「……で、パートナーは?」

 

「凜堂」

 

「却下だぁ!」

 

 再び二人の口論が始まった。

 

「……やれやれだぜ」

 

 二人の言い争いをBGMに凜堂は天井を見上げ、深々と息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……余り冷や冷やさせないでくれ、エルネスタ」

 

「ほぇー、何のこと?」

 

 無事に契約を終わらせ、星導館の校舎を出たカミラは前を歩いているエルネスタに非難の声を飛ばす。その割にはエルネスタはきょとんとした顔で振り返るが、その無邪気さに騙されるほど短い付き合いではない。

 

「先日の一件。それについて君が関与している事をわざわざ彼らにばらす必要はなかっただろう。あれでは無用な警戒心を抱かせることになる。こちらには何のメリットも無いぞ」

 

 カミラはトレーニングルームでのエルネスタの発言について言及しているのだ。

 

「いいんじゃん、別に。あれについては今回の契約で話はついてるんだし、今更星導館だって蒸し返したりはしないっしょ」

 

「星導館はな。しかし、それはあくまでアルルカントと星導館の間でのことだ。彼らにとってそのことは関係ないだろう」

 

 カミラの懸念ももっともだが、それでもエルネスタは大丈夫っしょー、と気楽そうに断言する。

 

「『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』も言ってたけど、この件は星導館の生徒会長さんが一任してるんでしょ? だったら、今更ぐちゃぐちゃ文句つけないだろうし、仮にそうなったとしても生徒会長さんがどうにかすると思うよん」

 

 確かに今回の契約は星導館にとってとても有利なものだ。学園の長であるクローディアがこれを逃すはずがない。事件の当事者から文句が出ても、口八丁でうまく丸め込むだろう。

 

「ま、何にせよ『獅子派(フェロヴィアス)』の協力には感謝してるよん。これは紛れも無い本心。新型煌式武装の技術提供なんて旨味がなきゃこんなに順調にいかなかっただろうしねー」

 

「実用化には難のある技術だったし、構わないさ。『彫刻派(ピグマリオン)』に貸しが出来たと思えば安上がりさ」

 

 カミラもまた本心を吐露する。

 

 あの技術は革新的だ。だが『獅子派』の、カミラの思想に沿ったものとは到底言えなかった。

 

 それこそ、紗夜の父、沙々宮創一の作った武器と同じカテゴリーに属するものだ。

 

「でもさ、そんなこと言うならカミラだって青髪の子を挑発してたじゃんか。珍しいね、ああいうカミラは」

 

「……あれは挑発ではなく率直な心情だ。そんなことより、準備のほうは進んでいるのだろうな」

 

「もちのろんさ。日和見してた『黒婦人派(ソネット)』と『思想派(ノトセラ)』もとりあえずは取り込めたし、これで『超人派(テノーリオ)』は動けない」

 

 何でもないことのようにエルネスタは言ってのける。議会は完全に抑えたということだ。

 

「……本当に抜け目が無い」

 

 カミラは目の前の少女と自身の歴然とした才能の差に小さく呟く。カミラ自身、己の才能を疑ったことは無い。それでも、この少女と並ぶと『差』というものをありありと思い知らされる。

 

六花園(りっかえん)会議のほうも生徒会長殿がうまいことやってくれたみたいだし、これで環境整備は整ったね。あとはうちの子たちの最終調整なんだけど」

 

 今まで顔を曇らせる事の無かったエルネスタの表情に初めて陰が差した。

 

「何か問題が?」

 

「うんとねー。駆動系についてはサイラス君の頑張りで万全なデータが取れてるんだけどねー。出力の方がまだ安定しないんだよね。目処はついてるけど、そこら辺でちょっと時間がかかるかも」

 

「彼も大人しくアルルカントに来てくれれば話は早かったんだがな」

 

「しゃあないっしょ。好き好んでアルルカントに来る魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)はいないよ。誰だってモルモットにはなりたくないって」

 

 あっけらかんと言い切れるエルネスタにカミラは苦笑を漏らす。

 

「だから騙して利用する、か?」

 

「そうよー。私は自分の夢を叶えるためならなんだってしちゃうよー」

 

 何時ものようにおちゃらけたような口調だが、その瞳の奥には危険すら感じさせる真剣さがあった。

 

「今回、彼らに会ったのもそのためか?」

 

 カミラの問いに頷くエルネスタ。

 

「うん。今回の『鳳凰星武祭』で最大の敵になるのはあの剣士君だと思う。だから、一度でいいから生で見たかったんだー」

 

「名前は高良凜堂と言ったな。確かにデータ上の数値はかなりのものだったが……」

 

 トレーニングルームで顔を合わせた少年のことを思い返す。エルネスタの黒幕発言にさして驚いた様子も無かったので、二人がアルルカントの関係者であると知った時点で察しはついていたのだろう。頭の回転の速さは相当なものだ。

 

 それに、エルネスタい対して言った台詞もある。警戒するに値しないと。彼女が何をしてきても、それを打ち破る自信があるのだろう。

 

 『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』という純星煌式武装(オーガルクス)の使い手でもある。飄々とした第一印象もあり、カミラは高良凜堂という人間を測りきれていなかった。

 

「もうちょいデータが欲しいなぁ……うん、欲しい」

 

 カミラに言うでもなく、エルネスタは一人コクコクと頷く。

 

「……まさか、また何か仕掛けるつもりじゃないだろうな?」

 

「んー、どうしよっかねー。調整中の人形ちゃんを出せるわけないし、他学園(よそ)へ手回しする時間も無い。星導館の中で上手いことやれればいいんだけど、サイラス君がいない今は無理かなー。そもそも、データ計測に必要な端末だって用意しなきゃだし……」

 

 ぶつぶつと呟き、考えを巡らせるエルネスタ。数秒して、何か妙案を思い出したのか顔を上げた。

 

「いや、その手があったか」

 

「何か思いついたようだな」

 

 カミラの声にエルネスタは満足そうに微笑む。

 

「ここのところ、『超人派』の連中が何かとうっさいじゃん? ほら、サイラス君の一件で私がアルルカントに損害を与えたって」

 

「自分達の失態を棚に上げてよくほざく」

 

 四年前の『超人派』がやらかした大失態に比べれば、エルネスタの失態などあってないようなものだ。

 

 そも、サイラスの一件は物体操作能力者が能力を発動させた際のデータを収集することが最大の目的であり、それについては完全に成功している。

 

 序に付け加えるなら、失敗の保証はカミラたち『獅子派』が請け負っている。『超人派』にとやかく言われる筋合いは一切無い。

 

「いやー、でもさ。そろそろ連中にも挽回のチャンスをあげてもいいと思うよ? そうすれば公平でしょ」

 

「……つまり、何をするんだ?」

 

「あたしが失敗した原因を『超人派』が排除するのに成功したら、それってイコール連中はうちより優れた研究結果を出したことになるじゃない?」

 

 カミラもエルネスタの言わんとしていることが見えてきた。

 

「そう言って、連中を焚きつけるわけか」

 

「一石二鳥になれば万々歳じゃん?」

 

 悪巧みする子供のようにエルネスタは目をキラキラと輝かせる。そんな友人の姿を見て、エルネスタはやれやれと肩を竦めた。

 

 今まで何度、この友人に振り回されてきたことか。

 

 そして、今まで何度、この友人に頼ってきたことか。

 

 友人としての気苦労は絶えない。だが、それくらいは甘んじて受けなければ、罰が当たるというものだ。




好きなイェーガーはジプシー・デンジャー。北斗七星です。

とりあえず、全部の話に改行入れました。確かにこっちのほうが読みやすい気がしないでもないような……。

にしても、今回のエルネスタとカミラの会話。書いておいてなんだけど、半分以上理解出来てない。『黒婦人派(ソネット)』とか『思想派(ノトセラ)』って何だ? それに『超人派(テノーリオ)』ってのも分からん。これから先が楽しみだ。

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