プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty   作:悪役

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今回は先に言っておきます─────広義の砂糖ですぞ!(血の味がするが)


case4:共犯者

 

 

アドルフは屋上に繋がる階段の前で万が一にも人が来ないように見張っていた。

屋上には自分が仕えなけれないけなかった主と今、仕えている主がいる事を考えるとやはり少し考えてしまう。

 

 

 

アンジェ・レ・カレ

 

 

 

それは西側のスパイの少女の名前であり─────かつてこの国の姫の名を持っていた少女が名乗っていた名前である。

 

「…………」

 

視界が白黒の風景に染まる。

思考が自分に対しての憎悪で冷たくなる。

十年前の革命の日。

とある少女達は顔がそっくりであった事を利用して、立場を入れ替えていた。

無論、それは本当に立場を入れ替えようとしていたのではなく、単に街を見てみたいという王女であった少女の願望をただの少女であった子供が応えただけであった。

 

 

 

その結果、起きたのがとりかえ(チェンジリング)

 

 

「……………」

 

あの時、自分は王宮内にはいたが、姫様から目を離していた。

何故だったかは覚えていないが、次に姫様に出会ったのは衛兵に抱えられて、違う! 私は違う! 崖にシャーロットがいるの! と泣き叫んでいる少女の姿であった。

 

「…………………」

 

自己嫌悪からか、視界が赤く染まる。

無論、勝手なイメージである事は承知しているが、何度悔やんでも許す事が出来ない後悔の風景であった。

 

 

 

何故、自分はあの時の少女の叫びを信じてやれなかったのか。

何故、自分はあの時、直ぐに本当のシャーロット姫を探しに行かなかったのか。

何故、自分はあの時、目を離してしまったのか。

 

 

 

醜い自傷行為だ。

意味も価値も無い自虐だ。

これで満足するのは自分のみで少女が味わった地獄に対して唾を吐くような行為だ。

 

 

 

少女は言った。

 

ずっと守ってくれたと。

 

 

 

で? それで? その言葉を受けたお前はそうだったのか、と納得したのか? アドルフ・アンダーソン。

 

 

 

一切そんな事を思わな(・・・・・・・・・・)かった(・・・)

神様が許そうが、姫様が許そうが関係ない。

 

 

 

この罪は未来永劫、自分を許す事など無い

 

 

「───────アルフ?」

 

カチリ、と起動音のような音が脳内に響いた気がする。

一瞬で空想の世界から、現実の世界に呼び戻されるとそこには心配そうな顔でこちらの顔を見つめる姫様の姿があった。

 

「──────────ぁ」

 

脳が冷めるような感覚に襲われるが、しかししっかりと階段の前を陣取っている自分の姿を見る限り職務は全うしていたらしい。

思考が他に向こうが、姫様やベアトリス様以外の気配を見逃す程、軟に鍛えていないので大丈夫だったのだとは思うが、それでもぼうっとしていたのは大失態だ。

慌てて頭を下げようとするがその前に顔に手が触れられる。

 

「アルフ……………? どうしたの? ─────とても怖い顔をしていたわ」

 

こちらを気遣うという感情と表情を浮かべるのを真っ直ぐに見せられる。

だから、自分も直ぐに決して礼を失わないように添えられた手をゆっくり顔から離させる。

 

「いえ、何でもないです。少し集中し過ぎました」

 

直ぐに何時も通りの笑みを浮かべれていると思うが、流石に姫様の顔は硬いままだった。

この程度で騙される人では無いのは分かっているので直ぐに話題を変える事にする。

 

「シャ…………アンジェ…………様は? まだ屋上におらっしゃるのでしょうか?」

 

「…………アンジェが貴方と話がしたいそうよ」

 

「…………私と?」

 

全く納得がいかない顔のまま告げられる言葉に、自分も少女の表情を敢えて無視して告げられた言葉に反応する。

何故、自分が彼女に呼ばれるのかが本当に分からない。

接点自体があるのは理解しているが、当時の彼女からしたら周りに厄介な大人達と余り変わらない人間だったと思うのだが。

だが、呼ばれている以上、行かなければいかないだろう。

しかし、姫様一人で帰すわけにもいかないと思うが

 

「それくらいなら大丈夫よ。私だって一応、護身術程度には習っているのよ?」

 

「技に関してはともかく。姫様は性格的に余り向いてませんから心配です」

 

「ぅ」

 

姫様の運動神経は決して悪いわけでは無いのだが、事武術に関して言えば不敬を押して言わせて貰えるならば全く向いていない。

さもありなん。

誰かの為に戦うこの少女が誰かを傷付ける行為が向いているわけがないのだ。

 

「まぁ、何もかもされたら我々の立つ瀬がないのだから良い事ですが」

 

「…………アルフってここぞという時だけは強気よね」

 

「基本、貴女には負け続けなので偶には許して貰いたいと愚考しています」

 

「そうねぇ。一度くらい私もアルフが俺、とか砕けて喋る言葉を聞きたいのだけど」

 

何故知っている……………!?

 

周りに誰もいない時とか、敵対者とか、どうでもいい相手くらいにしか使わない口調や一人称を知られている事に心臓が飛び上がる。

そう思っているとやはり何時も通りとってもいい笑顔で

 

「私に隠し事が出来ると思っているの?」

 

最早汗を流す事しか出来ない事実。

やはり自分がこの人に勝てる日は来ないのだろうか…………

 

「だから一度素で私と話してみない?」

 

「その場合、そこの窓から飛び降りますので」

 

「…………3階だけど大怪我?」

 

「…………言った自分が言うのもなんですが無傷ですね」

 

うーーーーんと二人で唸る事になったが、むべなるかな。

とりあえずこのままではぐだってしまうし、アンジェ様を屋上に放置するのは良くないので、今回だけは姫様を一人で帰すしかない。

一応、姫様の周囲にはこんな風な事以外では衛兵が見張っているので問題は無いだろうと思われる。

本当ならせめてベアトリス様にお願いしたい所だがいないのだから仕方がない。

だから、そういう風に納得して上に上がろうとして

 

「────それで騙したつもり?」

 

と今は背中を向けた相手から声がかけられる。

強い言葉に勿論、自分もそんな事で騙せるなんて思っていない。

だから、自分はとっても卑怯で全く話が繋がっていない本音を告げた。

 

 

 

「──────私も、貴女の傍付でいられて不幸だなんて思った事がありませんよ」

 

 

 

「─────」

 

背後の息を呑む音を聞きながらアドルフはそのまま階段を上る。

そう、それは決して嘘でも少女の為に思っての誤魔化しを告げたわけではない、

どれだけ不運な事が起きたとしても、最低限少女の命を守られたという事だけは俺の中で一切揺るがぬ幸福の一つだ。

少女の言葉を借りるのならば、少女本人にも否定させない事実だ。

だからこそ、それを少女から探られたくないというだけで隠れ蓑のように扱う俺も卑怯でしかないな、と思った。

 

 

 

 

不意打ちで放たれた言葉に少しぐらついた思考を正しながらプリンセスは宣言通りに一人、帰宅する道を選んだ。

選んだけど、やっぱりそれだけで誤魔化される程、単純な女になったつもりはない。

 

 

 

この十年、誰が一番傍にいたと思うのだ。

 

 

だから少年の自己嫌悪の理由も少しくらいは知っている。

 

「もう…………」

 

別に貴方が悔やむ理由も苦しむ必要もない事柄だろうに。

確かに自分が最初は巻き込まれた人間であったという事は否定出来ない事実ではあるけど、途中からは自分の意志で選んだ道なのだ。

それを支えてくれた彼も知っている事なのに、何故か幸福な事は私に捧げてくれるのに苦しい事だけは自分で引き取るのだ。

 

「もしかして男の子って皆、こんな感じなのかしら………」

 

不器用というか格好つけというか。

女に対して責任を取らないと生きていけない生き物なんだろうか?

正直そこら辺、男性との付き合いは9割9分アルフとだけなので余り良く分からない事なのだが

 

「とりあえず…………明日、罰として揶揄いましょう」

 

勝手に人の事で苦しむお馬鹿さんにはこれくらいしても許されるだろう。

何時もやっているかもしれないけど、それはそれ。これはこれである。

そう言って笑いながら…………親友である彼女は一体、何を少年と会話しているのだろうかと今更疑問を抱くのであった。

 

 

 

 

 

アドルフは夕日が差す屋上で、少女が夕日を眺めているのを見て、少しだけ近付き、しかし直ぐに膝を着いて頭を下げる。

 

 

 

「…………お久しぶりで御座います─────シャーロット様」

 

 

その言葉に振り返る気配がするが、こちらは伏したまま。

顔を上げる気は無かった。

相手からしたらこちらは見捨てた人間の一人だ。

見捨てる前も、余り王女に対して特別何か出来たというわけでもない自分が易々と顔を上げていい存在ではないだろう。

こうして会話に呼び戻される方がおかしいのだ、と心に秘めていると

 

「…………アルフ。いえ、アドルフと言うべきね。正直、私は余り貴方の事を覚えていないわ」

 

その言葉に特に何も思う事は無かった。

さっきも言ったように当然だろうと思われるからだ。

こうして完璧なスパイになるに至った経歴を考えればシャーロット姫が自分の事を覚える余裕なんて無いだろうし、自分が彼女に特別覚えて貰えるような事をしていないのだから当然だ。

だけど

 

 

 

「──────プリンセスから聞いたわ。ずっと支えてくれたって」

 

 

思わずつい顔を上げてしまうが、銀髪の髪をした少女は無表情のまま、こちらを見ているのに気付いて慌てて顔を下げようとするが

 

「顔を上げて─────今の私はアンジェ─────貴方が頭を下げる相手はもう私じゃないわ」

 

その言葉の意味を理解出来ないわけではない。

それはある意味当然であり────やはり少し残念である事実でもあった。

 

「………戻って来る、おつもりはありませんか………?」

 

「…………」

 

帰って来たのは沈黙だった。

つまり、それが答えという事なのだろう。

少女の努力を知っている身として確かに突如また入れ替わると言われても複雑ではあるのだが。

 

「…………さっき、私はプリンセスに提案したの─────ここから逃げましょうって」

 

その言葉に、自分は告げた少女の鉄面皮が少し剥がれたような錯覚を得た。

告げた後でも少女の顔は変わらず無表情だが、目がまるで惑うように揺れるのを見て取れた。

 

「でもあの娘は駄目って─────壁を取り壊したい。そうすれば私達は一緒になれるって」

 

その答えには虚脱するような気分が込みあがった。

知っている。

自分も知っている。

少女がずっとそんな理由で国を変えたいと願い続けている事を。

辛い事に対してのその頑固っぷりを知っている身としてはやはり、という納得と諦めを覚えざるを得なかった。

 

「…………私はそんな風には考えられなかった。私はプリンセスを助けて逃げる事しか考えなかった──────もうこの国の第4王女はあの子よ」

 

「……………はっ」

 

その答えに頭を下げる。

そればかりは当事者としての考えがあるのだろう─────それに、自分も似たようなものだ。

本来ならば国と王家に身命を捧げなければいけない身が、もうたった一人しか考えられなくなった。

正直に言えば─────国についてなどもうどうでもいい。

 

「………私はこのままあの子の力になるつもりよ───あの子が望む限り、私は世界を騙す。貴方は?」

 

問われたのならば自分も答えるしかない。

無論、それに関してならば自分も迷うつもりはない。

 

 

 

 

「私もです─────姫様が望むというのならばあらゆる外道、外法は私が行います。姫様が今では満足出来ないというのならば邪魔となる因子を全て」

 

 

─────■し尽します

 

 

 

 

 

一陣の風と夕日が一瞬、少年の顔を隠すのをアンジェは見た。

正直に言えばそれは無意味な隠蔽ではあった。

夕日の光と風によって遮られても感じられる殺意の光をアンジェは確かに感じ取った。

別にそれで怯えてしまうような生易しい生き方をしてきたわけではないが、思わず隠し持っているピストルとCボールに手が向かうのは止められなかった。

でも、同時に納得もしていた。

 

 

 

ああ……………通りで見覚えが無くなったのね……………

 

 

記憶の劣化も勿論、原因の一つではあったけど、最大の要因はこれだろう。

 

 

 

私が人を騙す生き方を刻んだように、彼は一人を守る為に他を害する生き方を選んだのだ。

 

 

 

もうあの頃、無邪気に生きて、笑って、楽しんでいた私達はもうここには一人もいないのだ。

 

 

 

一人は嘘と死の世界で生きる事を選び、たった一人の為に世界を騙すスパイ。

一人は絢爛豪華と虚栄の世界で生きる事を選び、他の全てを救う為に自分と他者を騙すプリンセス。

一人は絢爛豪華の裏側で蔓延る殺意と欲の世界で、たった一人の為に他の全てを邪魔とする傍付。

誰も彼もが本当にどうしようもない生き方を選んだのだ。

その事にどうしようもない観念を覚えるが、その程度の感情ならば幾らでも制御できる。

それにやり方は違っても願う方向が同じならば遠慮はいらないという事になる。

 

 

 

 

故に、私はこの少年を最初に騙そ(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

「──────もしも、最悪の時が来たならば私はプリンセスを優先するわ」

 

 

こちらの言葉の意味を少年も理解したのだろう。

その言葉に即座に頷くが、それだけで許すつもりはない。

 

「その時は、私は遠慮なく、躊躇いなく、他の何が邪魔になっても切り捨てるし、見捨てるわ」

 

口に出して、言葉にすればそれは呪いとなる。

例えそれがその場から出た出任せであろうと勢いであってもだ。

現にプリンセスがそうだった。

私があの日、王女になって壁を壊したいというあの言葉を、少女は最後まで覚えてしまった(・・・・・・・)

そして今度はそれをこの少年に強要する。

酷い人間だ、と心の中で客観的な意見が出るが、良心なんて物はとうの昔に捨てた。

プリンセスが覚えていた時には動揺していた癖に、他人にそれを強要するのだ。

そこらの悪人と何が違うという。

だけど構わないと思う。

 

 

 

 

例えこの少年が少女の大切な者であったとしても、少女が傷付き、絶望に陥る未来の可能性を消せるのならば─────私はスパイ所か悪魔にでもなろう。

 

 

 

故に私は鉄面皮のまま少年に目で命じた。

 

 

 

─────プリンセスの為に死ね、と

 

 

 

その全てを理解しているであろう少年は下げていた顔をようやく上げた。

そしてそこに刻まれた表情は破顔であった(・・・・・・)

故に続いて出された言葉も表情に即した感情を灯しながら

 

 

 

「─────喜んで」

 

 

と告げた。

問われた事では無く、その裏の意味に対して少年は応じたのであった。

 

「──────」

 

自分がやろうとしていた事を考えれば最上級の返事であったが、それでもアンジェは沈黙した。

何故なら他人の為に命を差し出す事に喜ぶ人間なんてついさっき再会した友人以外には見た事がないからだ。

同時に理解も出来た。

その感情ならば理解も共感も出来る。

少年は全てを理解した上で少女の傍にいたのだ。

私が同じ立場でもそう返すかもしれない、と思うと彼女も随分と人たらしになったものだ、と場違いな感想を覚える。

でも、良かったと思える。

最初は男がプリンセスの傍にいるというのは友人として心配はしていたのだが、これならば任せられる。

 

 

 

先程、彼に誓わせた言葉は同時に自分に対しても有効だ。

 

 

もしも自分が少女の未来に危険を誘う事になるのならば、私ですら不要だ。

だけどそうなった場合はこの少年がいると思えば、ほっと出来る。

絶対に最悪が回避出来るなんて綺麗事は言わないが、少女を守る力が最後まで傍にいてくれるなら希望は持てる。

ほんの数分しか喋っていないのに、ここまで信用していいのか、とスパイの本能が囁くが問題ない。

この少年は自分の同類だ。

そういう意味ならば信用出来る。

だから、次に出た言葉はスパイとしてのアンジェではなく、プリンセスの友人としてのアンジェの言葉が素直に吐き出された。

 

 

 

 

 

 

「────貴方がプリンセスの傍にいて、良かったわ」

 

 

 

 




流石に今回の話で甘い話を作るのは不可能で御座ります(真顔)。

ともあれ、今回はアルフとアンジェの会話でしたが、この二人は正直似た者同士です。
集団よりも個人を優先し、プリンセスの幸福を第一とする所は特に。
違うとすれば他人を騙すか、害するかの違い位でしょう。まだ害するシーンが出ていない故にえっって思うかもしれませんがご容赦を。

さてでは次はベアト回……………と本当なら言わないといけないと思うのですが、次回はベアト回を飛ばしてちせ回なのです。

ベアトに対する虐めかとかじゃないですからね!? ただベアト回はリアルに介入する余地が無いんですよ。
色々考えはしたんですけど、正直オリジナルシーンを介入する余地も無し。
故に申し訳ありませんが、ベアト回は飛ばしてちせ回で行きます。

その後くらいに一回オリジナル話を入れられるかなって感じです。

では感想評価などよろしくお願い致します。

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