プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty   作:悪役

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case3:あなたに幸福を

その後、アドルフは姫様が友達になろうとする不思議な少女が倒れこんで姫様のドレスを持っていたワインで汚したので一旦個室で着替えるのを入り口で見張っていた。

内部で色々と騒いでいるが、少しだけ衣擦れの音がした時は鼓膜を捨てようと思ったが、流石に耳から血が出ている人間が姫様達がいる個室の前で警護するのは無理がある故に我慢するしか無かった。

 

 

何故、俺は男として生まれてしまったのだ…………!!

 

 

女として生まれていれば鼓膜を捨てなくても良かったのに…………!! いや、だがしかし女性の体ではやはり姫様を守るのは身体能力的に難しいかもしれないのだろうか?

確かに姫様やベアトリス様を見ると途轍もなく華奢な体に思える。

男性の拳や蹴りを受ければ直ぐに折れるんじゃないか、と思うような見た目だ。

ならば男性であって良かったの方が多いか、と思い直す。

そう思っていると

 

 

「本当に失礼しました………!」

 

 

と一礼して出てくる少女が二人。

片方はさっき前に出ようとした自分に酔っ払って倒れこんできた赤みがかかった髪の色をした少女と件の銀髪の少女…………アンジェという名前の。

自分がいるのを見て、直ぐにペコリと赤みがかかった髪の少女は一礼し、銀髪の少女は本当に申し訳ない、という感じで一礼してくる。

それだけならばいいのだが、その手に姫様のドレスがあるのに気付くと少し目が細くなってしまう。

 

 

何故ならば最初からこの少女には違和感しか抱いていないからだ。

 

 

「…………君、確か、アンジェという名前でしたよね?」

 

「は、はい! こ、今回はま、本当に申し訳ありませんでした…………!」

 

 

本当に泣きそうな顔で謝って来る少女の態度にアドルフは噓を見つけることが出来なかった。

言動にも態度にも最初から今まで噓を見つけられなかった────けど(・・)

 

「…………君」

 

だからこそ、それを言おうとして

 

 

 

トントン、と背後から響く小さな音に遮られた。

 

 

「………………」

 

目だけで扉に振り返る。

扉はそれ以降無音。

つまり、これ以上は踏み込むな、と言うのか。

何故だ、と思うが、今この場で追及するわけにはいかなかったから、つまり俺の一人負けが決定されたのであった。

 

「……これ以降は気を付ける様にして下さい。姫様だから許されましたが、他の者にしたらどうなっていたか分からないですから」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

やはり嘘も悪意も感じれない。

気のせいではないのだとは思うが、ここまで見抜けなかったら自分の目を疑いそうになる。

だが、まぁ、それならもう一つの違和感なら聞いてもいいだろう。

 

「アンジェさん────貴女、どこかでお会いしましたか?」

 

そんな風に質問すると本当にキョトンとした顔でいいえ、と答えられてしまう。

その答えと顔にも噓が見受けられない。

自分も正直、記憶の中で当て嵌まる記憶が無いからじゃあ気のせいか、と思う所なのだが…………何故か納得がいかない。

いかない、がしかし余り引き止めるのも良くないので謝罪を一度してから二人を見送った。

二人の姿が消えた後、周りの気配も探った後に

 

「…………何故止めたのですか姫様」

 

「私が問題ないって思ったからよ」

 

扉一枚越しに姫様の気配と繋がりを感じながら何を馬鹿な、という感じで首を振る。

 

「問題大有りです────あのアンジェという少女、わざとですよ。ワインを溢したの」

 

余りにも自然であり、しかもドレスで足元が隠れていたが、それでもつんのめる姿勢に不信を覚えた。

常に警戒態勢でいようと思っていたのが幸いだった。

お陰で些細な演技を見逃さずに済んだ。

 

「ドレスを奪おうとしている程度ならまだいいですが、いや良くないですが、もしも何か大事に繋がるような─────」

 

「ねぇ、アルフ。アンジェっていう子に見覚えがあったの?」

 

こちらの言葉を切ってまで告げられた言葉に、少し眉を顰めるが

 

「……いや、多分気のせいだとは思うのですが…………」

 

確信は無いのだ。

いや、何か言い方はおかしいかもしれないが、見覚えは無いのに、見覚えがあるのだ。

いや、何かこれも違う気がする。

そう、見覚えが無い、というか────見覚えがある姿になる(・・・・・・・・・・)には欠けている(・・・・・・・)というか。

何か意味が分からない感覚にどう告げればいいかと言いあぐねていたら、小さな微笑の吐息がして

 

 

 

「─────貴方は何時も私達(・・)ですら忘れて置いていった私達(・・)を見つけるのね」

 

 

 

え? と思わず呟く。

何故なら本当に意味が分からなかったからだ。

私達? 達って誰だ? 俺が見つけた人はこの人しかいないはずなのに。話の流れから察するともう一人があのアンジェとかいう少女の事か?

確かに見覚えがあるにはあるが、それとて意味の分からない違和感があるからそう思うだけでやっぱりこちらの気のせいでしか無かったと思う所だ。

 

 

 

なのに…………それをどうしてそんなに嬉しそうに、しかしとても寂しそうな声音で告げるのだろうか?

 

 

 

だから、思わずそれを指摘しようとし

 

 

 

「アルフ─────始めるわ」

 

 

心臓が凍るような言葉が全ての思考と感情を停止させた。

 

 

始める

 

 

何を始めるのかも説明していない言葉が、逆にそうなのだと納得させた。

それはとても分かり切っていた可能性で、覚悟していなければいけない事で、だから自分も直ぐに覚悟は決まっていました、と返事をしなければいけない。

だから直ぐに息を吸って

 

 

「──────」

 

 

何も言えなかった。

息を吸い、口を開き、舌を動かそうとした時点で止まる。

何度も何かを言おうとして口を開こうとするのだが、何も言えなくなる。

それでも何かを言わなければいけないと思い、脳の反応に任せるると

 

「…………そう、ですか…………」

 

と余りにも弱弱しい言葉を吐いて死にたくなった。

ここで、強くはい、と言えないでいるなんて最早恥以外の何物でもない。

そうなると分かって身命を捧げたはずなのに、いざという時になったら弱気になるなぞゴミにも劣る。

だから、直ぐに訂正しようと無理矢理に息を吸っている間に小さな笑い声が扉越しに聞こえ

 

「ごめんなさいね、アルフ。何時も私は貴方の献身を裏切ってばっかり」

 

その言葉に思わず湧いた言葉は違う、だ。

姫様が謝る事なんて一つも無い。

謝るのはこちらの方なのだ。

貴女の道を支えると誓ったのに、守ると誓ったのに、何時も私は何の役にも立たない。

だから、それは違うのだ、と今度こそまともに動く口を動かそうとして

 

「駄目。ベアトがいるもの」

 

こちらの動きは全て読んでいるとばかりに結局全ての動きが止められた。

流れは確かに全て断ち切られた。

失敗したとしか言えない。

結局、何時も自分は姫様の大事な時に何も出来ないままだ。

無様という単語は自分の存在から生まれたのではないかと自嘲したくなる。

だが

 

 

「──────お願い、アルフ。今は支えて」

 

 

姫様にそう言われたら最早返す言葉は一つしか残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

そして全ての流れをアルフは他人事のように見届けた。

アンジェという少女とドロシーという少女が西側のスパイである事。

その上で手を取りたいと。

 

 

私は女王になりたいの、と。

 

 

当然、スパイの範疇を超えた申し出に向こうは出し渋る様子ではあったが、途中で自体が急変した。

 

 

共和国の外務員であるモーガン議員が狙撃されたのだ。

 

 

周りがパーティに遅れて登場したノルマンディー公の仕切りでボディチェックが始まる。

自分達、王族関係者には不躾なボディチェックはかからないが、そうしているとアンジェという少女がまるで別人格になったかのような強気の笑顔で鍵を取り出し、これを預かって欲しいとの事。

鍵の内容は知らないし、この二人がこの騒ぎの原因かと思うが、別にどうでもいい。

気にする事は取引成立は丘の上の青銅の鐘が鳴るという。

 

 

 

──────鳴らないで欲しいと切に願った。

 

 

鳴らなければもしもが起きるかもしれないとみっともなく思った。

何を馬鹿な、という思いと全くもってその通りだと相反する願いを心の中で葛藤させながら、しかし表情には一切出さない。

そうして暫く待つ内に

 

 

「そちらはご学友かな? シャーロット」

 

 

酷く重たい音が脳に響く。

友好そうな声音で、それで温かみを秘めているつもりなのかとつい言いたくなる音だ。

人の声のような形を出す機械を相手しているような感覚を得ながら姫様が挨拶するのに合わせて自分は顔を伏せておく。

 

 

ノルマンディー公

 

 

姫様との関係は一応親戚関係にあり、現内務卿。

内務省保安隊公安部を率い、諜報・公安・警察関係に強い影響力を持つお方だ、と頭の中で冷静にプロフィールを浮かべながら、酷く暗い顔をしている自分を自覚する。

何せ過去、何度も殺しに来た(・・・・・)相手と思わしき人だ。

殺す理由はあっても手を取り合う理由がこちらには一切無い。

無論、それらは本当に全く証拠を掴ませないものであったが、冤罪とは一度も思わなかった。

先程の挨拶に一切姫様に対して親戚と思うような色を載せない人など信じようと思う気が無かった。

だが、そうしている内に当然、アンジェとドロシーの存在に気付き、一応この場では友人扱いされている人間でも自分やベアトリス様と違って新顔の人相手に生温い事をする人では無い。

ドロシーが盾になるように先に検査を受け、遂にアンジェの番になる。

そうすればもう全てが台無しになる、と希望のような思いを抱(・・・・・・・・・・)いて(・・)

 

 

 

ゴーーン、と鐘の音がなった。

 

 

 

視界が真っ黒になるような感覚を得た後には何時の間にか姫様がノルマンディー公に帰宅の旨を告げていた為、自分もとりあえずの形で付き添い、そのまま帰ろうとする姫様の背中を追うように歩き出そうとして

 

「よくない顔をしているなアドルフ君」

 

とノルマンディー公に声を掛けられた。

 

「そうでしょうか? 体調の方は特に問題は無いのですが………しかしお気遣い有難くお受けします」

 

「ああ。君はシャーロットの大事な傍付だからね。彼女の為にも、余り無理をしない方がいい」

 

「はい」

 

在り来たりな言葉を受けながら、こちらは顔を下げる。

特に何も思う事は無い。

再び何かをしてくるというのならば命を賭けて殺し返してやる(・・・・・・・)と思うくらいだ。

だから、俺も今だけは心の底からの笑みを浮かべながら

 

「ノルマンディー公もご健勝を願っています」

 

 

よくない匂いがなさっ(・・・・・・・・・・)ていますが(・・・・・)

 

 

と小さく口の中でその言葉だけを転がして、そのまま失礼します、と告げて離れる。

 

 

 

 

 

ノルマンディー公は去っていく主従の姿を見ながら、最後まで態度を一切崩さない少年の姿に感情面では揺さぶられわしなかったが、向こうが一切抜け目のない態度を崩さなかった事に

 

 

「厄介なものだ……」

 

 

少年も、少女に対しての評価を小さく呟きながら、しかしやはり表情も語調も一切揺るがぬままノルマンディーはガゼルから全員のボディチェックが終わったという報告を受けた。

 

 

 

 

 

ベアトリスは先程の個室に姫様が椅子に深く座るのを見た。

だが、直ぐに私は姫様に近付いていく。

勿論、先程の事だ。

スパイと分かって近付いた事もだが、その取引内容も問題があったし、何よりも姫様の身にもしもの事があったならという想いが体を素直に動かす。

しかし、それを座った姫様が笑みで

 

「ベアト…………お願い。ちょっとベアトの紅茶を貰えるかしら?」

 

告げられた言葉に今はそんなの、と言いたげな表情に変えようとするが、その前に見てしまった。

 

 

 

姫様の表情がやり切ったという顔と同時にとてもお疲れな色を隠せていない事を

 

 

 

紅茶が欲しいというのは時間を置かせる言い訳ではなく、心底から落ち着く為の何かが欲しいのかもしれないと考えてしまった。

考えてしまったら私は姫様に対して何も言えなくなるのを分かっている。

同時に理解してしまう。

 

 

今、姫様が支えて欲しいと願う相手は私ではない事を。

 

 

「…………ッ」

 

流石に少し嫉妬の気持ちが湧かないとは言えなかった。

無論、二人の関係を考えれば私の方が新参者ではあるとは分かっている。

割って入ったという意味ではむしろ私の方である事は理解している。

それでもそう思ってしまうのが恥だと思う気持ちになる………………でも。

一度大きく深呼吸をして、直ぐに今まで思っていた気持ちを一度捨て去る。

自分が決して器用な性格でも力を持っているわけでは無いのだ。

だけど、その上で今、最も優先すべき事は何か。

 

 

 

決まっている(・・・・・・)姫様の事です(・・・・・・)

 

 

 

「────分かりました! 姫様、直ぐに入れて来るので少しお待ちください!」

 

ベアトリスは姫様に自分の心が思った通りの笑顔を浮かべて、一礼する。

そしてマナーから外れない程度に出来るだけ速足で部屋を出ようとする。

するとアドルフ様が扉を開けてくれる。

あんな話の後でも自分にもこんな風に丁寧に対応してくれる人にやっぱり少し嫉妬する心はあるけど

 

「あの…………アドルフ様」

 

「はい? 何でしょうかベアトリス様」

 

少し…………何時もに比べたらぎこちない表情に見えない事も無い顔を浮かべるアドルフ様に少しその事に安心を覚えながらも、しかしそんなのは全く外には出さないようにしながら深く一礼する。

 

 

 

「姫様の事、お願いします」

 

 

 

「──────」

 

息を呑む音が聞こえるが、敢えてベアトリスは不敬かもしれないが無視する事にした。

大丈夫だ、と信じる事にしたのだ。

だってこの人も何があっても最後にはきっと姫様の事を第一に考えて行動する人なんだと知っているから。

そう思い、アドルフ様にも笑顔を見せて、そのまま部屋の外を去っていく。

 

 

 

 

 

アドルフはかなり真剣にベアトリス様には勝てないな、という感慨を得ながら

 

「ベアトには悪い事をしたわね………」

 

と普段よりも小さく、弱弱しい笑顔を浮かべながら、先程よりも深く椅子の背に座り込むのを見て

 

「…………姫様?」

 

と思わず体調に問題が出たのではないかと思って近付くと姫様はねぇ、と前置きを置いて、右の手をひじ掛けから浮かせて

 

 

 

「お願い………………握ってくれないかしら……………」

 

 

と告げた。

え……………とは思うが、よく見れば姫様の手が小刻みにだが少し震えているのを見てしまった。

それに気付いて思わず姫様の顔を見ると少女の顔はさっきと変わらぬ笑みを浮かべてはいるが…………まるで冬の寒さに凍えているように見えてしまう。

何時の間にかロンググローブを外しているのに気付いて、素の手に触れるのに躊躇うが

 

「お願い……」

 

そう懇願されてしまったら自分にはどうしようもない。

そんな時では無いというのは承知しているが、心臓がさっきからちょっと無駄に鼓動するのを黙って置けと何度も心の中で呟きながら姫様の直ぐ傍に近付き、片膝を着きながら手を取ろうするのだが

 

「手袋取って」

 

ぐっ………と微妙に小さく唸るが、命じられたら仕方がない。

直ぐに手袋を取り、小さく迷いながらそれでも

 

「失礼します」

 

と囁いて手を取る。

彼女の手の平を己の手の平で支える形で触れるとその儚い手指からの印象以上に手先が凍え、そして震えるのを肌で実感し……………迷ったがもう片方の手で挟む様に少女の手の甲に乗せる。

すると即座に自分が乗せた手の平の更に上に姫様がもう一つの手を乗せて更に挟んできて思わず心臓が浮かぶが……………直ぐに少女の震えが未だに止まらない事を悟る。

 

「始めたわ」

 

こちらの手を握りしめながら、金の髪で目を隠して一言呟く。

始めた。

正しくその通りの言葉だ。

始めたし、始まってしまった。

 

「後悔もしていないし、間違っているなんて全く思わない」

 

「…………存じ上げております」

 

そうだ、少女はこの選択に後悔もしていなし間違っていると思ってはいないだろう。

今までがそれを証明している。

きっと少女は覚悟をしていたし、決意も持っている。

現状を正しく理解している。

 

 

 

でも、決意と覚悟を持っていても恐怖を抱かないわけでは無い事を俺は良く知っている。

 

 

あの時、自分が姫様の正体に気付いた時の少女の顔を覚えている。

当時、年も変わらず、顔も体も未だ男というには弱い姿をしていた自分に対してまるで死刑執行人が現れたというような恐怖しか浮かべられなかった少女の顔を忘れられるわけがない。

だから、思わず呟いた言葉は今の否定だった。

 

「…………私は、こんな日が来るかもしれないとは思っていても来ないでくれと常に願ってしました」

 

この日が来たら少女が恐怖を覚えながらも、覚悟と決意と、そして今まで培った嘘の顔で全てを乗り越える事を知っていたから。

だから、この今が永遠に続いてくれたら、少女は苦難の道を選べず、変化は無いかもしれないが、それでも幸福になれるかもしれない道があるかもしれないと思っていたから。

その事に少女はようやく少し顔を上げ、笑みを浮かべ

 

「知っていたわ……………だって貴方、何時も私を守ってくれていたもの」

 

「…………私は、一度も貴女を守れたと────」

 

「守ってくれたわ」

 

思わず顔を上げるとそこには先程よりも少し血の気が通い、何時もの笑みを取り戻した少女はこちらを真っすぐ見つめながら

 

 

 

「本当なら捨てなければいけない"私"を…………貴方が守ってくれたわ。誰にも忘れられ、自分でも忘れようとした"私"を貴方だけが守ってくれた──────誰にも、貴方にも否定させないわ」

 

 

 

「──────」

 

言葉遊びだと否定出来る言葉だとは思う。

少女がこんな風に言っても守れなかったと思う心を否定する事なんて未来永劫無い。

そもそも少女にこんな風に言わせている時点で既に駄目なのだ、と思っていると

 

 

「─────あまり俯いてばっかりだと勿体無いわね」

 

 

と急に立ち上がるから慌てて手を離そうとするのだが少女は無理矢理手を握るので一旦離すのを諦めて直ぐに立ち上がる。

姫様の顔を見るとさっきまでの弱弱しさはどこに行ったのか。

何時もの笑みと態度であり、何時の間にか手に感じ取れていた震えさえ無くなっていた。

やっぱり、あんまり自分は姫様の役に立っていないではないかと内心で自嘲しながら

 

「どうなされるのですか? 姫様? ご帰宅でもするので?」

 

「いいえ。折角ドレスを着ているのだから踊りたいわ」

 

そういうモノなのか、とは思うが、姫様が望むのならば別にいいかとは思う。

思うが

 

「ですが、先程の騒ぎでパーティは中断になっています。踊るのは少し難しいと思われますが……」

 

「何を言っているの? 貴方が踊るの」

 

「え?」

 

握られた両の手を今だけ忘れて少女の顔を見るが、少女はほら、と言いたげな顔でこちらに笑みを向けている。

何故、この少女は今、とってもいい笑顔で疑い0%なのだろうか。

 

「………姫様。御冗談がお上手になりましたね」

 

「私は本気よ?」

 

その目に本気の色が宿っているのを自分も笑顔で気付き────即座に両手を抜こうとするが、がっしりと捕まっている。

無理矢理抜こうとすれば姫様の手を傷付きかねないと思い、ふぬぅ、と顔を歪ませる。

 

「わ、私などと踊るよりも他の方と踊った方が姫様の益になるかと……」

 

「益、無益などで踊る相手なんて余り決めたくないわ─────それに、私は貴方と踊りたいと言っているのだけど? ア・ル・フ?」

 

最後にわざわざ一音ずつ自分の名を告げながら楽しそうに顔を近付けてくるから、この人、本当に本調子に戻っていると思いながら、背筋が結構本気でぞくぞくしてくる。

だが、ここで負けては何か、とにかくいけないので慌てて言い訳を作る。

 

「そ、それに、私は踊れませんよ?」

 

「あら? 私のダンスの練習相手になってくれたじゃない」

 

「最後に相手したのは7~8年前の頃ですし。それ以降はダンスの練習もそうですが誘ってくる相手なんていませんでしたよ………………」

 

これは噓偽りない事実だ。

確かに一時期姫様のダンスの練習相手になってはいたが本当にそれだけだ。

それ以降、社交の場で自分が誰かに誘われる事は無かったし、誘われたとしても姫様から離れるわけにはいかなかったから踊るつもりは無かった。

だから、もうダンスの技能なんて錆付いているし、知識も最低限のみで忘却したのが現状である。

 

「だから、私は踊れないのでこの話は無かった事に…………」

 

「そうねぇ………」

 

良しっ、と心の中でガッツポーズを取ろうとし……………何故か背筋のぞくぞくが止まらない事に気付いた。

理由は分かっている。

そうねぇ、と頷くような事を言っている少女が人を、否、自分を虐めようとする時によく浮かべる妖しい笑みを浮かべているからだ。

思わず再び両手を引っ張るのだが、やはり手に込められた力は一切衰えておらず、逃がす気が無いのが一目瞭然であった。

そしてやはり何時ものように花開くような笑顔をこちらに浮かべ

 

 

 

「じゃあ、ここで私と一緒に練習しましょ?」

 

 

などとのたまった。

冗談ですよね? と顔を引き攣らせながら目で語るが、姫様は冗談じゃないわよ? と首を傾げて答える。

ちくしょう、可愛いと思う思考を封印しながら、息を吸って

 

「お断りします!」

 

「だーーめ」

 

「何故に!?」

 

「じゃあ答えるから貴方もちゃんとした答えを言わないと逃がさないから」

 

思わず真顔になるが、姫様はころころと笑みを浮かべるだけ。

勝てない相手、弱点属性、姫様からは逃げられない、というフレーズが脳内に浮かび上がるがその間に一歩姫様が踏み込んで姫様の顔が後、一歩踏み込めばの距離まで近付き

 

 

 

「──────さっき言ったじゃない。私は、貴方と踊りたいのよ─────貴方だけと」

 

 

 

くらり、と本当に視界が揺れた。

顔に感じる熱気は熱か、熱だ、熱であって欲しい。切実に。

揺れる視界の中、気のせいか。少女の顔にも少し赤い色がついているように見え、それでも普段の笑みを浮かべながら

 

 

 

「じゃあ貴方の答えは?」

 

 

 

と訊ねられるのだから、とりあえず自分は一言心の中で呟いた。

 

 

卑怯だ、と。

 

 

 

プリンセスは個室とはいえ調度品もあってステップも満足にこなせない会場で二人だけのダンスを刻んでいた。

ただ、腰と肩に手を回し、小さくステップするだけの拙いダンスだがそれだけで満足していた。

しかし、目の前に映る少年が隠し切れない不満を浮かべていたので

 

「どうしたの? アルフ」

 

「いや、だって……………もうダンスは良いとしますが…………何故、自分が…………その──────女性役なんですか」

 

言われて改めて自分の肩を見るとそこには少年の手が乗っている。

確かに社交ダンスにおいては男性は右手を女性の腰に、左手を女性の手と合わせ、女性は左手を男性の肩に、右手は男性の手と合わせるのだが……………現状はその逆である。

その事にクスリ、と笑いつつ

 

「だって貴方、踊れないんでしょう? エスコートする技量が無いならこうするのがベストでしょう?」

 

「ですけど……それはそうですけど…………見られたら困りますよ…………」

 

ええ(・・)全くね(・・・)と思った言葉を微笑で断ち切る。

男性が女性の肩に手を置く意味を知らないのか、忘却したのかは知らないけど後で知ったら慌てるかしら、と微笑を深めながら足を止めない。

音楽も人もいない隔絶されたダンスパーティーを行う中、少年が唐突に口を開く。

 

 

 

「姫様は…………私が貴女を守って来たと言いますが…………仮に、仮にそうであったとしても─────貴女が幸福になってくれなければ…………」

 

 

 

意味がない────と少年は苦痛を我慢するような表情でそんな事を急に言った。

 

 

 

 

さっきからずっとそんな事を考えていたのだろう。

その献身には頭が下がる思いしかない。

でも、それは違うのだ。

だから、私は真っ向からその言葉を否定する。

 

 

「─────ずっと幸福(しあわせ)だったわ」

 

 

目を見開く少年に対して私は本気の眼差しとそれに沿う笑みを浮かべながらしっかりと本心を伝える。

 

 

「嘘じゃないし、貴方の為にとかそんな綺麗事で言っているんじゃないの。本当なの。ずっと私は幸福だった」

 

そうでしょう? 私。

 

 

「あの子が来るまでずっと一人でいるしかないと思っていた世界で貴方に見つけて貰った──────これがどんな奇蹟かなんて私でも分かるわ。これも貴方には否定させない」

 

 

自分を見つけてくれた人が最大の理解者であり、最大の支援者だなんてあの子以外にそんな奇蹟が起きるなんて普通では有り得ない。

貴方はそれだけしか出来なかったと卑下するけど、卑下しないで欲しいという想いを伝えたくて真っすぐ見る。

碧眼の瞳に自分がしっかりと貴方を見て、笑っている事に心の底から安堵しながら

 

 

 

「一人のままじゃ無かった。二人でいれた。そこから一人、増えて、今日、また一人と出会えた。貴方の言う通り、私は決して一人じゃなかった──────それでも最初にあの暗闇の中で手を握ってくれたのは貴方だったのよ? ほら、最初から今までずっと幸福でしょう?」

 

 

伝わって、と願う気持ちに、少年は少し目も心も迷いながら受け止め、しかしそれでもという感じで告げられた言葉は

 

 

 

「でしたら──────これから先、貴女を今以上に幸福にする為には…………私はどうすればいいのですか?」

 

 

ドクン、と心音が一つ高まる。

駄目、と思う気持ちが、言って良いの? という想いに塗り潰され、天秤が傾く。

酷い女だ、と微笑の裏側に隠しながら──────ギリギリ本心を隠した言葉を私は告げた。

 

 

 

「傍にいて欲しいの」

 

 

 

───ずっと。永遠に。

 

 

という想いを噛み締める事で封じる。

正直、もう遅いという感じはするけどそれでも完全に明確に言ってしまえば全てが台無しになるという勝手なラインがあるのでそこに触れていないと自分を誤魔化す。

だけど、漏れ出た熱意が伝わってしまったのか。少年は一瞬、本当に息を止め、しかし次の瞬間、本当に何もかもを忘れて言おうとする言葉を

 

 

「駄目。言わないで」

 

 

止める。

言わないで。

私が心の底から喜ぶ言葉は(・・・・・・・・・・)言わないで欲しい(・・・・・・・・)、と。

 

 

勝手な女だ

 

 

これだけ求めておきながら、いざという時になると振り払う。

悪女という言葉を誰かに当て嵌めろと言うのならば私は間違いなく自分を当て嵌めさせるだろう。

でも、そうしないといけないのだ。

ここで全てを放り投げるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「ごめんなさい…………私は何時も貴方から奪ってばっかりで………」

 

 

奪ってばっかりで与えることをしない女。

求めるだけ求めて、肝心要で責任を放棄する。

何時も私はそれを彼に強いる。

手を取って欲しいと、願いつつ本気で取ろうとしたら振り払う。

最低な女だ。

それを理解しているのに

 

 

「…………それでも貴方にいて欲しいの」

 

 

途轍もなく自分勝手な思いと都合を押し付ける事だけは躊躇わない自分に浅ましさを感じる。

少しの沈黙。

幻滅されたかと思うけど、ある意味今更ね、とも思っていると

 

 

 

「──────貴女は本当に卑怯だ」

 

 

そんな懐かしい言葉をはっきりとこちらに告げ、そして

 

 

 

 

「──────それで貴女が幸福になるのなら傍にいます」

 

 

 

そう、告げてくれた。

卑怯者の女め、と私も彼の言葉に同意する。

 

 

 

 

だってここで自分は本当に嬉しそうに笑うのだから少年は私に縛られるのだ、と知っているのだから

 

 

 

 




さぁ皆さん! 自分を火あぶりにしてぇぇぇえぇえぇぇええぇぇええぇ!!!(ガソリン浴びながら)


最早語る言葉が思いつかない……………


感想・評価など宜しくお願い致します。


ダンスのあれについては………どこぞの誰かがネタを囁いて出来た物です。気にしないでください。約束ですよ?

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