プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty   作:悪役

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case22:選んだ人

 

 

 

 

 

ふと──────目を覚ました。

 

 

 

「………………あ、ぅ………………」

 

 

唐突に浮かび上がった意識は泡のように不確かだ。

開かれた瞳が、一瞬で光に焼かれ、思わず、手で顔を覆おうして

 

 

 

「──────」

 

 

今までの記憶が再生される。

唐突に再生された記憶はフラッシュバックに近くて、暴力的な再認はこれから自分が何をするべきかを無理矢理刻み込んだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

立ち上がろうとすると体は何故かベルトに巻かれていたが…………………右手だけは空いていたので、何とか拘束していたベルトを全部解除した。

 

 

 

「………………っ」

 

 

それだけで視界が揺れ、脇腹が痛む。

意識は取り戻しても、肉体は一切回復されていない。

精々、腹を少し塗ったくらいだ。

激しく動けば、簡単に開きかねない気配がする。

 

 

 

 

「………………刺されて、二日か、三日くらいか……………………?」

 

 

外の窓を見ると、夜に包まれているようだ。

雨も止んでいるみたいだから、日付が違う事だけは確かだろう。

吐き出した言葉も嗄れ声であるのを見ると、そんな感じなのだろう。

どこかの病院にいるようだが、どうやらこの病室にはタイミングか何かは知らないが、丁度誰もいないようだ。

 

 

 

「………………」

 

 

アドルフは拘束されていなかった右手を見る。

特に何か負傷だったり、感覚が曖昧になっているというわけではないのだが………………不思議と温かいと感じるという事は、恐らくさっきまでお人好しな少女がいたのだと思う。

あんな暴言を吐いた傍付き如きに、本当に──────らしい事をしている、と苦笑して、立ち上がる。

 

 

 

足は震え、手には力が入らず、刺された箇所は嫌に引き攣り、視界は揺れに揺れる。

 

 

 

最悪でしかないコンディションだ。

このまま動くだけで自殺行為だし──────今から刺した犯人に会いに行こうとしているのだから自殺を通り越した馬鹿でしかないだろう。

いや、それ以上に………………きっとあの少女は俺が何もしなくても自滅する。

肉体は痩せこけ、意識はちぐはぐ、更には麻薬によって全身を腐らされている。

だから、自分が何をしようが、あるいは何もしなくても少女に待っているのは自滅でしかないのは分かっている。

分かっているけど………………

 

 

 

 

「──────"彼女"を見捨てた責任は、取らないと」

 

 

 

これはアルビオン王国の事情だとか、傍付きだとか、姫様とか一切関係なく、己が選んで決めて背負った罪だ。

だったら、背負いに行かないと姫様の傍にいるなんて我慢出来ないし──────ナタリーに告げた言葉が全て嘘になる。

ナタリーをただの可哀そうで哀れな女にするくらいならば、まだアドルフが見る目も性格も屑なゴミである事の方が幾分かマシだ。

だから、どんなに辛くても歩かなくてはいけない。

 

 

 

 

自分は欠陥品だが……………………終わらぬ(やみ)がある事は知っていても、止まない雨は無い事くらいは知っているのだから

 

 

 

 

 

 

そうして、ある少女が少年の為に濡れタオルを用意しようとして席を離れていた僅か数分の間に、少年の姿は消えていた。

当然、その少女は顔を真っ青にしながら──────馬鹿、と叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

揺れる世界と肉体を抱えながら、アドルフは歩いていた。

 

 

 

「──────」

 

 

意識は半ば靄がかかり、思考は空回りを続ける。

一歩歩む事に、何かがごっそりと落ちていくような感覚に、流石に苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 

何て馬鹿らしい……………………あれだけ姫様以外で動かぬ、と決めていた癖に、こんな無駄に切り捨てた人の為に動くなんて──────

 

 

姫様と長い事一緒にいたから、つい情でも湧いたか。

それとも、あんな変な妄想でも見たから、つい感傷的になってしまったか。

それとも、今更真人間にでもなれるとでも思ったか。

それとも、実は単にやられたからやり返さねばならない、という憎しみか。

 

 

 

──────どれも違う。

 

 

これは単なるケジメの問題だ。

自分がしでかした事の責任を取るだけだ。

そこらの子供でもしている事をしているだけだ。

だから、そんな綺麗な理由なんてない。

あるわけがない。

 

 

 

 

「本当に?」

 

 

唐突に己の心に答える言葉があったから、見上げるとそこにはナタリーがいた。

 

 

 

「………………」

 

 

無論、これは単なる妄想だ。

現実を無駄に歪めて、自分を救ったつもりになろうとする酷く下らない自慰行為だ。

だから、俺は努めて無視して、前に出る。

当然、その行為は彼女の空想の体を貫いて前に出る……………………が、当然、空想故に少女はそんなの気にせずに口を動かす。

 

 

 

 

「ずっとずっとアドルフは苦しんできたわ……………………見ていたし、感じていた」

 

 

 

うるさい、黙れ、喋るな。

ナタリーの声と姿を使って、冒涜するなアドルフ・アンダーソン。

そんないらない脳みそを使うくらいならば、余計な箇所は破裂すればいい。

 

 

 

 

 

「だから、もういいの。足を止めて、引き返して………………だって、貴方は、私を振ったんだから。それなら、最後まであのプリンセスの為に生きてよ………………!!」

 

 

 

はっ、とアドルフは己を嘲笑った。

何て醜い言葉だ。

本物のナタリーの最後の言葉はあれだけ綺麗だったというのに、自分が投影するナタリーの言葉の醜さと来たら、実にこの上ない。

献身的に見えて、自己愛の塊。

他人を気遣うように言い訳をしてから、本心である欲望に忠実でいようとしている。

 

 

 

 

実に汚い────────────よくもまぁ、これで姫様にばれないものだ

 

 

 

 

まぁ、あの人は単に夢に向かって一直線中だから、脇目を見る余裕がないのだろう、と苦笑する。

しかし、まぁ、欲望に忠実である自分がよくもまぁ、どうでもいい相手の為に動いているのやら、と思い

 

 

 

 

"だって──────勝ち目を得れたんだもの。嬉しくなっていいでしょ?"

 

 

 

そんな戯言を思い出した。

 

 

 

「はっ……………………」

 

 

ああ、そうだな。きっとそうだったのだろう。

俺は確かに君を愛する事は出来なかった。

愛しているのは別にいたから。

その事についてだけは、例え地獄に落ちても変わる事のない選択だろう。

だけど──────姫様を除いたら、彼女だけが俺を受け入れてくれた。

 

 

 

 

醜さと欠陥を剥き出しにして接していた俺を、それでもいい、と振り返ってくれた人はナタリーだけだった。

 

 

 

女として愛する事は出来なかったけど…………………人としては大事にしたいと思えたのだ。

無論、それは最早叶わない願いだ。

助ける事ではなく見捨てる事を選んだアドルフは未来永劫呪われるし、呪い続ける。

だから、せめてその呪いと恨みを受け入れる事が彼女への義理であり──────感謝だ。

 

 

 

「ああ、全く……………………」

 

 

そんな結論から、口から漏れる言葉はどうしようもなく情けない音で

 

 

 

「─────どうしてこうも、縁が無いのやら」

 

 

 

と、己の生涯に対する愚痴を漏らし──────殺人鬼に落ちた少女は最後に言っていた約束の地。

 

 

 

ナタリーが死んだあの自然公園に辿り着いた。

 

 

 

「………………」

 

 

約束の場所、と言った。

後にも先にもナタリーと自分が約束した場所はこの場所以外は無かった。

それをどこまで信じていいのかは分からないが、ここが外れならば、流石にどうしようもない。

だから、自分は自然公園の林の奥地。

人目も無く、星の明かりも届かぬ、暗い森のような場所。

 

 

 

 

そこに、人殺しの妖精が踊っていた

 

 

 

「Alas, my love, you do me wrong To cast me off discourteously」

 

 

妖精は美しく歌っていた。

曲はグリーンスリーブス。

それを悟り、アドルフは思わず笑うしかなかった。

実に皮肉が効いている。

何せ、人を殺す妖精が血に濡れながら、愛を歌いながら、裏切りを謳っているのだ。

 

 

 

 

「For I have loved you well and long Delighting in your company.」

 

 

 

そうだ。それでいい。

君にはそれを歌い上げる資格がある。

君にはそれを謳って、俺を弾劾する必要がある。

 

 

 

 

そしてアドルフ・アンダーソン

 

お前には愛を歌う妖精を。

 

 

 

 

現在ですら血によって地に落ちている妖精を──────更に地獄に堕とす義務がある。

 

 

 

だから、アドルフはその神秘的な光景を、躊躇う事無く、無粋な足音で踏み躙った。

即座に歌は途切れ、世界から踏み外れつつあった場所は、あっという間に狂気のステージへと変わる。

振り返った歌姫は、一瞬、殺意に支配されながら……………………しかし、俺を認識した瞬間、まるで花びらくような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ああ………………あぁ…………………あぁ──────アルフ! 来てくれたのね? 愛してくれるのね? 愛されてくれるのね!?」

 

 

途端に溢れる愛の叫び。

盲目的とはよく言うが…………………その盲目さも、あらゆる全てを無視出来るほどになってしまったのならば、最早盲目なんて言葉では表現出来ない。

ナルシストを語るようで嫌だが…………………少女には真実、アドルフという人間しかないのだ。

他の世界が見えないのではなく、アドルフという人間が彼女の世界なのだ。

故に少女の世界は最初から破滅が前提になっている。

だって、アドルフはそれと同じことをナタリーにもしたのだ。

あれから時間が経ったとはいえ、想いが変わる事は無かった。

 

 

 

「ぁ…………大丈夫、大丈夫、大丈夫よ!? 待たされても全然平気! 貴方の為なら私は何分何時間、何日何年待たされてもずっと待てるわ! だって、もうこれから先、私達は永遠なんだもの! 終わらないの! 続くの! 一緒であり続けるんですもの! だからいいの! 私──────貴方と一緒にいれたら、それだけで幸せだから!!!」

 

 

 

故に少女が愛を叫ぶほど、アドルフにとってはナイフよりも苦痛であった。

彼女の言葉に比べれば、脇腹の痛み何て可愛いモノだ。

狂気に侵された言葉だとか、麻薬患者による盲目痴愚な愛であったとしても………………アドルフからしたら過大評価の勿体ない言葉であった。

だから、加害者といえど思わず嘆かずにいられない──────また一人の少女の人生(アイ)を自分は否定しなければいけない。

元から地獄に落ちる事が決定されている身とはいえ……………………何でその顔の女の子は男を見る目が無いんだ、と思い──────決別を告げた。

 

 

 

 

 

「いや──────君は結局、最後まで俺の事をアルフと告げなかったよ」

 

 

 

 

ピタリと少女の想いが止まった。

笑みを引き攣らせ、瞳は震えている。

俺はそれを苦笑して見ながら

 

 

 

 

「正確には君じゃないが……………………ナタリーは確かに呼んでいいかとは聞いてきたが、俺が拒否したら、素直にアドルフと呼ぶだけだったよ」

 

 

 

思えば、聞く事だけはしたが、実際は余りアルフと呼ぶ気は無かったのではないか、と思う。

そもそもアルフ、という名前を呟いたとき、少女の声と表情には色々と不満があった。

理由は分からないが、まぁ、結局、彼女はそれ以降、アルフという渾名を使う事も無ければ、話題にも出さなかった。

しかし、そんな言葉に、ナタリーと同じ顔をした少女は違う、と言うように顔を振り

 

 

 

 

「何を言っているの……………………? アルフ? 私はナタリー。貴方を愛してるのよ? どうして、それを分かってくれないの………………? ねぇ…………ねぇねぇねぇねぇ………………ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!! どうして!!! どうして私を分かってくれないの!? どうして私を疑うの!! どうしてぇ!! 私の愛を受け止めてくれないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!?」

 

 

 

瓦解していく精神を見せつけられる。

その崩壊していく姿に、同情する資格が無いと分かっていても、少女の嘆きを刻まれてしまう。

が、敢えてそれを無視して──────彼女の傷口に抉りこんだ。

 

 

 

 

「簡単だ────────────俺はとうにナタリー。君を振ったし…………………そして、俺は君の事なんて知らない(・・・・・・・・・・)。そうだろ? ────────ナタリーの妹さん」

 

 

 

酷く当たり前の事であった。

死人は蘇らない。

死んだ後に出てくるモノは三文小説のグールか、別の誰かだ。

前者だったら怪物だし、後者なら当たり前だが別人だ。

そして、ここは現実。

 

 

 

 

人間(モンスター)はありえど、空想(モンスター)は有り得ない。

 

 

 

なら、後は簡単だ。

ナタリーには妹がいた。

似ている姿は血縁関係だからだ。

ただ、自分の事を知っている事と愛している事、そしてナタリーとあの時殺した暗殺者くらいしか知らないこの場所を知っているのは謎だが………………流石に全てを読み解く力は俺にはない。

分かるのは、ナタリーの妹であった少女は人生を転落させ…………………麻薬に溺れ、そしてクソみたいな男に呪って、呪われてしまったという事だ。

そして、名探偵というには余りにも杜撰な真実の解答に────────────当然だが、殺人鬼は知った事では無かった。

 

 

 

 

「知らない。知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!!!! どうして愛してくれないのぉぉぉぉぉ!! 愛を頂戴! 愛を渡して!? 愛を!! 愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛をぉぉぉぉう!! 愛を寄越してぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

少女は真実と思われる言葉など一切聞き入れるつもりもなければ、受け入れるつもりもなかった。

少女にあるのは愛を求め、そして愛を奪う事。

他の事など知らない。

それが一秒後の死であったとしても、些事だ。

必要なのは愛を受け取ってくれるという事実。

愛されているという事実。

分かり切っていた。

 

 

 

これはミステリーではない。

 

 

犯人を突き止めたら、めでたし、で終わる物語ではなく

 

 

 

恋する少女の人生を悲劇で幕引くだけの物語だ。

 

 

 

 

だから、俺は、────────────少女に死ね、とほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

「──────君にあげる、愛を、俺は持っていない」

 

 

 

その一言で少女の世界は滅んだ。

焼ききれた思考と澱んだ理性が即座に殺意を燃やした。

この状況で悲哀など思い浮かべたら、心が死ぬと肉体が理解したが故に起きた自衛行動。

ナイフを構え、振り上げ、こちらに走ってくる。

そして、そのまま振り下ろして、肉体のどこかに突き刺せば、今の自分には十分な致命傷になるんだろうな、と他人事のように思う。

 

 

 

 

────────────つい、そのナイフに惹かれる。

 

 

 

そのまま何もせずに死を迎えれば、とてつもなく楽になるのではないか、という欲望。

嗚呼…………それは何て幸福だろう。

もう何も苦しまなくていいのだ。

 

 

ずっと呼吸をするのがしんどかった。

 

手足を動かす事に、どうしようもない罪悪感が付き纏った。

 

自分の事で生きるのが、本当に辛かった。

 

 

このナイフを受け入れれば、それから解放されるのだ、と思えば、死神の鎌というよりも天使の指先にも思える。

そう。受け入れれば全てを終わらせれるが────────────

 

 

 

"アルフ"

 

 

 

唇を噛み締める。

最早、その名は呪いに等しい執着であった。

肉体は勝手に力を振り絞り、脇を支えていた手は何時の間にか拳を握り、足は一歩前へと踏み出す。

 

 

 

 

ずっと一緒にいてくれる? と無邪気に、美しく微笑む少女を、少年は裏切れなかった。

 

 

 

故に結末は幕引きの拳に。

 

 

 

 

 

 

破滅を約束された少女の愛という悲劇は、今、閉幕した。

 

 

 

 

「──────」

 

 

交差する体。

ナイフは空振り、自身の拳は少女の体を潰した。

傍目からは抱き合うような姿勢になっていると思うが、前もどっかの日本人相手に似たような事をしたな、と何となく思い出した。

最もあの時程、タイミングや力は使えなかったし、使う必要が無かった。

少女の体は健康的な、というには余りにも程遠い骨と皮のような体に、麻薬という毒で腐らせてしまっている。

重傷患者で、何時もの手袋を持っていない自分の拳ですら、容易く中身を粉砕出来る程に、少女の肉体は既に壊れていたのだ。

 

 

 

「こびゅ……………………?」

 

 

少女の口から漏れる潰れた吐息は、まるで知らない単語を聞いた子供のような愛らしさすら感じ────────────そのまま崩れ落ちた。

ずるり、と己の体から離れて落ちていく少女。

力も光も一気に失われながら……………………少女は最後にこちらに手を伸ばした。

俺に手を伸ばし、瞳には俺の姿を刻む。

 

 

 

 

────────────何てお笑い種。

少女を殺す死神が俺だったが……………………ここまで壊れた少女に残るのも、ゴミのような死神だけであったのだ。

 

 

 

手を伸ばす少女に手を差し出すことも出来た。

だけど、俺は結局、最後まで手を伸ばさず……………………地面に落ちた少女を見届けた。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

あっという間に少女は死んだ。

血に濡れ、くすんだ金髪で顔を隠し、ひしゃげ、腐った体を姉と同じ場所に横たえて、死んだ。

 

 

 

 

「………………俺、誰を殺したんだろうか…………………?」

 

 

 

近くにあった木に背を預け、そのままずり落ちる。

言葉通り、俺は今、誰を殺したのだろうか?

ナタリーの妹を殺したのか。

それとも妹に憑りついた恋と憎悪を殺したのか。

 

 

 

「はは……………………」

 

 

一体、何を言っているんだ俺は。

たかが、この程度で心を乱すなんておかしいだろ?

なら、藤堂いずなの時にも同じように心を乱すべきだろ? 

 

 

 

 

…………………狙いがプリンセスではなく自分だっただけでここまで死にたくなるだなんて…………………

 

 

 

「──────」

 

 

くらり、と視界と頭が揺れる。

気が付くと押さえていた腹からは少し血が垂れていた。

何時から開いていたのか。

漏れ出る血液はそう多いというわけではないが、当然、このまま放っておいたら出血大量で死ぬだろう。

それも悪くないな、と本気で思いながら……………………アドルフは立ち上がった。

 

 

 

 

死んでいい理由なら幾らでもある。

 

 

数え上げれば両手の指程度では足りないくらい、アドルフが死んでいい理由はある。

だから、これは酷く単純な話し。

 

 

 

 

死んでいい大量の理由が、死にたくないたった一つの理由に負けただけだ。

 

 

 

自分の生き汚さを感じながら、少女に背を向ける。

そのまま歩き去ろうと思って──────────そういえば、この少女と、そして少女の姉にずっと言い忘れていた言葉を思い出した。

 

 

 

 

「………………来世があるなら、もう俺みたいな屑のような男に出会わないようにな」

 

 

 

そうすれば、幾らでも幸せになれただろうから、と思い、歩き出し

 

 

 

 

 

「──────いいえ。何度生まれ変わっても、私、貴方に恋するわ」

 

 

 

 

振り返る。

驚愕に瞳を広げた、その先には先程と変わらない少女の死体が倒れているだけであった。

生き返ったわけでも無ければ、別の場所に人がいるわけではない。

幻聴だ、と思う。

現実的に考えれば、頭がイカレタ自分が自分の為に勝手に脳が呟いた、と思える言葉であった。

だが、一つだけ変化があったのだ。

少女の顔はさっきまで己の髪で隠れていたのに、何時の間にか顔が露出していたのだ。

 

 

 

 

その顔はとっても満足するかのように、あるいは諦めない、とでも言いたげに笑っていた。

 

 

 

酷くどこかで見たような顔だった。

だから、思わず、苦笑する。

 

 

 

 

「勘弁してくれよ……………………君を振るのは、本気で辛いんだから……………………」

 

 

 

この君がナタリーか、あるいはその妹を指し示して言ったのか、アドルフにも正直分からなかった。

でも、やっぱりどっちであっても一緒なのかもしれない。

 

 

 

 

こんな欠陥品に対して、諦めない、なんて言うのは君達くらいだったから。

 

 

 

でも、だからこそ、アドルフも自嘲しながら

 

 

 

 

「でも、すまない────────────俺、姫様が好きなんだ」

 

 

 

例え、それが永遠に得る事が出来ない結末であったとしても、少女を愛しいと思って君を振った以上、それだけは変えれないし、変えるつもりもない。

だけど…………………あの時言えなかった、もう一つの言葉で、その幻聴に報いよう。

 

 

 

 

「──────ありがとう。こんな俺を、愛してくれて」

 

 

 

上手く笑えただろうか、と思い、もう少女から目を離す。

もう少女の事を思い出すことも許されない自分だが……………………たった一つだけ、願う事だけを許して欲しい。

 

 

 

 

 

どうか少女たちの旅立つ先が……………………安らかである事を

 

 

 

罪も罰も俺が持っていく。

だから、確かな愛で生きた少女も、盲目のまま、しかし揺るがなかった少女にも安らぎの世界を与えて欲しい、と。

そんな風に祈り……………………アドルフは歩き去った。

 

 

 

 

 

己が生きるたいと思える場所に帰る為に

 

 

 

 

 

 




上手い事で来たので更新ーーー。


まぁ、今回は色々と罪深い事もあったし、特に珍しくないトリックも明かしましたが、本文でもあったように、ミステリーの話ではないのです。
謎を解決すれば、押並べて解決解決、とは行かず、幕を閉じなければならない。

ちなみにここまでアドルフが追い詰められているのは、自分の問題ですからね。
これがもしもただ、姫様を狙った攻撃ならば、特に迷わずに殺していたでしょうね。


ナタリーもこの妹も、自分だけを見ていたから、人間として苦しまなきゃいけなかった。



まだ、この章は一話ありますので、もう少しお付き合い下さい。



感想・評価など宜しくお願い致します。


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