プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
アドルフは慎重に行動していた。
今、自分は学校の授業を終えて直ぐに街に出ている所だ。
超速攻で荷物を纏め、学校を出たつもりだが姫様の事だから遊び全分………意味の分からない造語だけど、何かそんな感じで付いてきそうである。
だから、今も自分についてきている気配が無いかずっと確認しているのだが、今の所は無い。
文武両道、才色兼備を地で行く姫様だがそこに一つ実はお茶目という属性を付けて、ようやく完成なのだ。
改めて考えると凄い。
それも、全て
「………………」
アドルフは努めて何も考えないようにしながらとりあえず目当ての場所─────服飾店に着いた。
実際特に何か特別な私用というわけではないのだ。
ただ外務卿主催のパーティに姫様が呼ばれた為、服を用意する…………というより新調しに来ただけなのだ。
前使っていた燕尾服の丈があわなくなってきたのだ。
「成長期って煩わしいな…………」
誰もいない時の独り言用の喋り方を漏らしながら、まぁ、仕方が無いと納得する。
背が高ければいざという時、姫様を庇う時に役立つだろうと思って、そのまま服飾店に入り
「うーーーーん、アルフには余りこんな厳めしいサングラスは合わないかしら…………あ、でも逆にそういうのがギャップになったりするのかも…………やっぱりベアトを連れてくるべきだったかしら…………」
静かに扉を閉めた。
どうやら自分もかなり疲れているらしい。
まさか男性用の服飾店に姫様が帽子と似合わないサングラスを付けて精一杯変装しましたみたいな感じで色んな物を見て回っているように見るとは。
うむ、だから逃げよう。
今なら不敬とか失礼とか思う前に疲労による幻覚で逃げ切れる。
一時間だと姫様の傍を離れ過ぎになるが、30分くらいならば問題無いだろう。
大体、今回はもう受け取りだけなのだから、服を貰えればいいのだ。
そう思って自然な笑みで離れようとし──────即座に少しだけ開かれた扉から手だけが出て、こちらの手を掴んだ。
「どこに行くのかしらアルフ?」
扉の隙間から見えるのはとっても素敵な笑みを浮かべている我が君。
余りに神々しさに逃げる事は不可能というのがよく分かって、こちらもとても綺麗な笑顔を浮かべれたと思う─────諦めの。
ただ一つだけやはり疑念に思ったので聞いてみた。
「どうやって先回りしたのですか?」
「ハックニーキャリッジを使ったの」
文明の利器か、とアドルフはとりあえず黙って腕に引き寄せられるままになる事にした。
日本ではこういう状況をマナイタのコイというのだったか。
とりあえず釣られた魚の気持ちをよく理解出来るようになった。
「結局付いてきたのですね姫様…………」
アドルフがこちらをジト目で恨めしそうに言うのをごめんなさいね、と言うもつい笑って答える。
「だって私用だなんて言っても貴方が私から離れるかもしれない事柄って言えば以前、使っていた燕尾服が丈が合わなくなってきたっていうのを思い出したんですもの」
「有難いですけど……………ただ受け取るだけでしたから姫様がわざわざ……………と言いたい所ですが本音はついでにお忍びがしたかったんですね?」
「ぅ」
既に受け取った服を試着して問題無いのを確認して店を出ている私達は人込みの中で男の子にジト目で見られるという体験をするプリンセスという何だが愉快な状況に陥っていた。
「姫様………」
呆れ果てたという感情をそのまま声に乗せてくるので思わず目を逸らし
「それよりも少し周りを見回ってみない? まだ日が落ちるには時間があるのだから勿体ないわ」
「いっそここでその帽子とサングラスを外させて貰っても宜しいでしょうか?」
ニコリと容赦のない事を普通に言う傍付にうぅ……と声を漏らす。
数秒そんな感じで対峙しているとアルフが溜息一つで
「…………また私が今回だけですよ、と言わないといけないのですか…………」
「────本当!? ありがとう、アルフ!」
即座に直ぐに手を取って喜びと感謝を告げる。
すると少年は少し頬を赤らめて
「だ、だからひ、……………お、お嬢様。余り直ぐ触れるのは止めてくださいっ」
「あら? どうしてかしら? 昔はよく手を掴んだり抱き合ったりもしていたじゃない? 髪だって梳かして貰ってたりもしていたじゃない?」
「手を掴んだり抱き合ったりはダンスや乗馬の練習とかですし、髪も今はベアトリス様に頼んでいるじゃないですか…………そういえばベアトリス様は?」
「撒いちゃった♪」
ベアトリスは校門で両手を校門に体を支える様にしながら荒げる息を抑え様と努力していた。
授業が終わり、姫様の教室に直ぐに向かう中、姫様と途中で会えたのに、何故かそのまま笑って逃げるから追いかけていたのだが、あっという間に逃げられてしまったからだ。
実に当たり前の事なのだが、姫様は文武両道。
そう、文武両道である。
つまり、当然、運動神経も並み以上であり、運動神経に特別秀でたわけではない私は置いてかれるのは当たり前の解答であった。
「ひ、姫様ぁ…………」
「後でベアトリス様には一言言って下さいね………」
アルフが空を見上げてまるでそこにベアトがいるみたいに切ない表情をするものだから、勿論、と言いつつ笑ってしまう。
「ベアトとは上手く付き合えていているわね」
「ええ、とっても身近に共通の話題があるので」
その言い方に思わずクスリと笑ってしまう。
直ぐに彼が何か? と問うので特別な事じゃないのだけどもと前置きしながら
「
「父が今の私を見れば殴り殺している気もしますが…………しかし、お嬢様が息詰まらない様にするのも一つの仕事だと思うようになったので」
それに関しては心底に感謝をしている。
もしもあのまま一人のままだったかと思うと今でも少し体が震えそうになるのだ。
本当にどうなっていたのか。
意外とどうにか出来ていたのかのかもしれないとも思えるようになったのは余裕が出来たのだろうか。それとも過去を美化しているだけか。
でも、例え出来ていたとしても、やはり今、こうして自然と話し合える相手がいるというのがどれだけ幸せな事か。
気付かれた時はとてつもない恐怖の化身のように見えた彼が今は私だけの
だから彼と出会い、私の事を気付いた事に関しては神様にずっと感謝している。
でもそれはそれとして
「────でも最近は貴方、私から一歩置くんだもの」
理由は理解してもそうはっきりと一歩を置かれたら女としては傷付くものである。
その事にうっ、と自覚はあったのか。少し呻くように声を漏らす。
「そうは言われましても…………あのですね、ひ……お嬢様。傍付である私が言うのもなんですが余り女性が男性に触れるのは感心できませんし、根も葉もない噂をされますよ」
「言いたい人には言わせておけばいいと思うわ」
「有名人程度ならばそれでいいのかもしれませんが、お嬢様は地位もある御方なのですよ。その…………スキャンダルのような事になったらどうするのですか」
後半は小さくこちらに呟く彼に、本当に終始こちらの心配をしてくれている事を改めて理解する。
その事は当然、有り難いのだけど、とは思うけど不意を突いて彼の耳元に口を近付けて
「────別に貴方となら構わないわよ?」
と小さく笑みを付けて言ってみた。
本日二度目の小悪魔姫様の出現にアドルフはとりあえず我慢した。
己………!!
思わず心の中では素で悪態をつくが、負けてはいけない。
今もクスリ、と小さく笑って吐息も耳に残す必殺技を行う姫様に対して男性代表として負けてはいけないのだ。
すると近くを歩いていた年配の女性が聞こえていたのか、こちらに振り向いて手を横に振って無理無理無理、とジェスチャーをするのはどういう意味だ。
そうしているとこっちに向いていたからか、前方不注意になっていた姫様に前から来た男性とかるくぶつかってしまい
「きゃっ……!」
体勢を崩して、と思う前に即座に腕を伸ばし、崩れようとして助けを求めるように伸ばした腕を掴み、即座に引っ張る。
腕、腰、足に姫様の重みが伝わってくるが、小柄な女性である事を考えても軽く感じる少女の軽さを計算に入れていなかった為、勢い余って
「────あ」
至近距離に姫様の顔を知覚し、更には密着する体温をリアルに感じ取ってしまった。
数秒程、きょとんとした顔を浮かべていた姫様は、流石にこれ程の距離は恥ずかしいのか少しずつ顔に赤色が付いていくのを察知して
「も、申し────」
訳ありません! と叫ぼうとしたら赤い顔のまま、しかし何時ものように稚気が籠められた笑みを浮かべ
「─────女の子に責任を取らせるつもり?」
思わず空を見上げるが、とりあえず英国男子として受け継がれた血が全く以てその通りだ、と同意している時点で負けな気がする。
だけど一つだけ天から見下ろしているかもしれない神様に愚痴りたい。
確かに自分がはっきりとした態度を取らないのは悪い事かもしれないが──────様々な意味で易々と触れてはいけない相手なのだ、という事は知って貰いたい、と
とりあえず自分に対しての言い訳として今は少女は姫様では無くお嬢様であり、先程のようにまた誰かとぶつかって少女の正体や怪我などをして貰ってはいけないのだ、という事にして────少し肘を曲げて少女に差し出す。
「拙いエスコート役ですが………今回だけですよ」
そう言うと姫様は嬉しそうに笑ってするりとこちらの肘に腕を絡めて
「喜んで」
と微笑んでくれるので、そう微笑んでくれるのならば自分がした事は間違っていないのだ、と思う事にした。
シャーロットは温もりを感じながら、しかし特別な事をするのではなくただ二人で街を歩くだけにした。
それだけで十分に幸福だったし、それだけで十分に夢が叶ったかのように思えたからだ。
まだ17しか生きていない小娘が何を満足しているのか、という感じだがいいのだ。
これでいい。
きっとこれで満足するべきなのだ。
それはきっと私にとっては
つい意地悪してしまうけど、私をエスコートしてくれる少年の態度は正しく現実と未来を見た上での態度なのだ。
だから、夢が現実になったかのような今の状況に──────嘘吐きの自分からついポロリと本音が出てしまった。
「────まるで夢のよう」
その儚い呟きを、アドルフは聞いてしまった。
「────」
夢のよう、と少女は呟いた。
少女の状況を考えれば、変な話だが、まるでそれこそ少女は童話のシンデレラのように今、この時間と状況こそが魔法にかけられたお姫様のような、と言わんばかりに少女はきっと誰にも聞かせるつもりが無かった言葉を漏らした。
夢のよう。
夢のよう。
夢のようだって?
こんな普通の街中で、自分のようなつまらない男と腕を組み、自分の姿と正体を偽り、
自分のような何も出来なかった無力な男一人を理解者にして、それだけでいいのだ、と少女は言うのか。
たった、たったそれだけの報酬でもう満足と少女に思わせて、俺はいいのか。
だから、まず少年はそれとなく近くにあった公園に向かった。
自然公園らしく緑豊かな場所で人影が無いわけでは無いが、上手い事、こちらの周りに人がいない状態になれたので、そこで一旦、少女の温もりを手放す。
あ………、と呟かれるが構わない。
その後に、自分は下が地面である事なぞ一切気にせずに、膝を着き、ようやく言いたい事を口に出す。
「姫様」
「……何? アルフ」
「───必ず、姫様の事を理解してくれる人が現れます」
水色の瞳が少し大きく広がる事自体が己の恥だ。
例えそれが仕方が無い事だったとしても、少女の味方になれる人を誰一人として作る事が出来なかったのだから。
でも、根拠がないわけじゃない。
「まず姫様にはベアトリス様がおらっしゃいます」
「…………でもベアトには」
「確かに言っていませんね」
そう、ベアトリス様には姫様の真実はおろか姫様が何を為そうとしているのかも未だ告げていない。
そういう意味ならば味方とは言えない、と思うのは無理はない。
が
「しかし、きっとベアトリス様は姫様が何を為そうと──────きっと姫様の絶対の味方になられると思います」
「それは…………」
「分かるのです」
きっとベアトリス様は何があっても姫様の為に生きようとするだろう、と。
常にあの小柄の少女のどこにあるのかと思われるような意志の熱量が、瞳から感じ取れるのだ。
だから、私はベアトリス様を心から敬服し─────感謝しているのだ。
ああ──────自分はこの人の
それでいい。
これから先の事を考えれば、少女の味方が一人であってはいけないのだ。
そのせいで自分が唯一でも特別でも無くなってもいい。
ただ、この少女がもう一人では無いと思い、そして幸福であってくれれば自分は路傍の石となって果てようが捨てられようがいいのだ。
だから
「こうして一人、姫様に味方が出来たのです────きっともっと増えますよ」
何より、と思い、一度深く周りの気配に注意を向ける。
近くに一切人がおらず、視線も感じない。
15秒程、深く調べても感じ取れずという結果が出、告げる。
「何よりも───
ここに誰かがいたとしても言葉の使い方がおかしいだろ、と指摘される文章を敢えて使う。
それで分かってくれると分かっているし、完全に口に出すわけにもいかない。
頭を下げているが故に少女がどんな表情を浮かべているかは分からない。
しかし、息を吸う音から何かを言うのは分かったからこちらも返す為の息を吸う。
「…………もういないかもしれないのに?」
「私があの後調べた事はご存知でしょう?」
「だとしても逃げちゃったかもしれないわ」
「だったらもう少し声色を低くしましょう、姫様」
「もう……………貴方はどうしてそこまで私を喜ばせてくれるの?」
「それは勿論─────仕事なので」
「嘘吐き」
笑って言われて、自分も思わず笑う。
全く以てその通りだ。
ここまで盛大に噓ばっかり言う人間が姫様の傍付だと知られたら世間はどんな風に非難してくれるか実に楽しみだ。
噓こそ最大の悪徳とよく言われているが、別に構わない。
もしも地獄に堕ちようが、煉獄で焼かれようが─────この御方が幸福になる道だけを俺は望む。
だから
「──────それまでは私が必ずお守りします、我が君よ」
プリンセスは、告げられた言葉にどう返すべきかを悩んだ。
内から燃え上がる様に吹き出る想いに、必死に蓋をしながら、どうすれば彼の献身に返す事が出来るかと思った。
でも、やはり上手い言い回しは思いつかなくて、と思うと何だか急にあの時の誓いを思い出す。
己の願いを告げた時も、少年は何時も通りこちらを案じて、そして最後には私の願いを支えると誓ってくれた。
その時も私は感極まって何か言おうと思ったのだが、特別な事を言えず、結局
「ありがとう…………アルフ」
そんな平凡な答えを、彼に告げたのであった。
たったそれだけの返答に、しかし少年は顔を上げる事無く、それで満足だと告げる様に不動。
だから、少女はその事実に、彼が今もそこにいるのだ、という事に
嗚呼、尊いな、と思った。
離れたくないと思う程に。
最早死すら生温い。さぁ、皆さん、遠慮なく殺すがよい─────自分を。
あぁーーーーーーーーーーー!!! 自分は何故プリプリだとこうなるのだぁあああああああああああああああああ!!!
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次回で原作第二話な感じです。
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