プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
今回は悪役としてもある意味ドッキドキな感じです。
あ、砂糖はきっと無いです。
──────まずクライ記憶があった。
闇 闇 闇
見渡す限り闇。
何も見えない、何も聞こえない。何も思えない。
そんな場所をまるで他人事のように
よく分からない。
意味が分からない。
意味を得れない。
意味を消失する。
何一つとして価値を見出せなければ、何一つとして意義を果たすことも出来ない暗闇の世界だった。
敢えて言うならば、ゴミ捨て場だ。
ここには何もないけど、無駄な物がある。
ただ、息をして、這いつくばって、酸素を消費しているだけの
価値なんて欠片もなく、命と呼ぶには呼吸しているだけの物だ。
だけど、よく理解できない。
知らない
認識でない以上、もうこれはアドルフの記憶ではなく、■■■■の記憶だ。
だから、今も、まるでとんでもなく古い映画を見ている感覚しかなく──────
感想もまた、どうでもいいとしか思えなかった。
例え、それが、どれ程の絶望に溺れ死んだ■■■■の記憶であったとしても、アドルフからしたら、どっかの日本の侍以上にどうでも良いモノでしかなかった。
アドルフは不思議な生き物を見ていた。
不思議な生き物は少女の形で、その形は本来、自分が仕えるべきシャーロット姫と同じ姿をした、しかし別の人間であった。
それに対してアドルフは最初は特にどうでもいい人間であると思っていた。
大事なのは本物であるシャーロット姫であり、流れで身代わりのような役目になったとはいえ、もしも本物が見つかった時、少年はこの少女を■すつもりであった。
しかし、そんな想像は吐き気を堪え、死の恐怖に震えても、逃げる事だけはしない少女を見ていると想像は破棄され、次第に理解できない生物に見えてきたのだ。
だから、一度聞いてみた。
どうしてそんなに頑張るのですか、と
それに対して、
友達を信じているから
その言葉を聞いてアドルフは特に感じない──────はずだったのに、何故か自分の両の手を見つめていた。
人■っこい■の■遣いが聞こえる。
手■は■物。
そして、そのまま──────
現実に帰還する。
アドルフの視線は特に変わらず、手袋に包まれた自分の両の手だ。
特に何かが変わる事は無い。
だけど………………何故だろうか。
今は何故か───────────途轍もなく汚らしいものにしか見えなかった
「と、唐突に申し訳ないのですけど!! ──────私、貴方の事が好きです!! け、結婚を前提につ、付き合ってください!!」
アドルフは流石に人生において全く聞いたことがない単語の羅列に、機械的でいる事が出来ずに、思わず、そんな法螺を言い放った少女に顔を向けていた。
容姿は金髪を肩の辺りに遊ばせ、瞳の色は姫様のサファイアとは違ってアンバーに近い瞳に強さと同時に少女特有の柔らかさと、告白によって揺れる弱さという矛盾を併せ持っている。
その上で姫様のような華奢というと語弊があるが、それとはまた違う整った顔を赤面させて、震えて──────でも、しっかりとこちらを見ていた。
まぁ、これも正直な感想なのだが……………発言内容には流石に本気で驚いたが──────欠片も興味を覚えることは無かった。
無論、可愛らしい少女なのだろう、とは思った。
学校一というと大袈裟になるのだろうけど、少なくともまぁ、恋人にするなら、というような容姿をしているのだろうとは思う。
でも、
なら、例えどれ程容姿が優れていようと何であろうともアドルフからしたら有象無象の一人でしかない。
故に自分は衝撃から取り戻した肉体を操って笑みを浮かべ
──────残念ながら興味ありません
と断った。
実に時間の無駄であった、と思った。
「………………ぁ…………嬉しい………………」
姫様とはまた違う美しい金髪を雨に濡らし、アンバーの瞳から光が消えそうになる中、少女は血に濡れた腹から片手を放して、俺の顔に触れた。
最早、短時間しかない持たない命と体で、少女は微笑んで俺を見る。
まるでそこに光があるとでも言いたげな仕草に、俺は思わず、何故、と問うた。
言ってから息をする事すら辛い少女に対して無理を言った、と後悔するが、しかし少女は微笑んだまま
「だって……………貴方、泣いている………………」
とそんな事をのたまった。
断言しよう。俺は泣いてなどいなかった、と。
強がりではない。
何故なら、自分は言われて直ぐに確認したからだ。
そして瞳には涙はついていなかった。
あるとすれば、強く降り出した雨くらいであった。
だから、俺は少女にとっては意味がないだろうが、それでも告げた。
泣いてなんかいない。ただの雨だ、と
なのに、少女はいいえ、と告げるように小さく首を振って
「だって……………わたしを……………慈しんで、る………………」
慈しむ。
適当な言葉だと思った。
そんな感情、己にはない。
あったとしてもそれは姫様に向けるものであって、少女の愛を否定した自分が彼女に向ける資格はないものだ。
彼女を刺した人間と彼女を見捨てた俺
一体、どこに違いがあるというのだ。
なのに、そんな仕打ちをした人間を慈しむ? ふざけている、と思った。
だから、アドルフは少女の言葉を否定しようとして────────────何故か口が動かなかった。
そんな、余りにも煮え切らない態度なのに少女は満足しているという死に顔を作るように微笑み
「良かった………………私………………最後に………………貴方の
そんな事を勝手に呟いて、少女は逝った。
酷く勝手な死に様だった。
人には喪失を押し付けておきながら、少女は最後に勝手に何かを得て、逝ってしまったのだ。
酷く勝手な
そして俺は────────────
俺は────────────
俺は────────────?
「………………ん」
アドルフはベッドで汗だくになっている自分を認識した。
間違い無く、己の部屋であり………………明らかに朝の時間を過ぎている事を体内時計が教えた。
「うぅ………………」
窓から見える外は暗い。
夜になっているわけではなく、単に天気が悪いのだろう。
もしかしたら雨が降っているかもしれない。
だけど、そんな事は関係ない。
天気が良かろうが悪かろうが、自分は姫様の傍付きなのだから。
だから、ベッドから起き上がろうと、膝を立て
「………………?」
そのまま体を横倒しにしてしまった。
何やっているんだ俺、と思いつつ、両の手をベッドにつけて起き上がろうとするのだが、やけに関節が痛む。
「………………」
視界が歪む。
頭が重い。
体に力が入らない。
まるで重りを飲み込んだような感覚に、首を傾げて──────ようやく気付いた。
自分は今、風邪をひいているのだと
「………………ばかみたい」
思わず、自分を罵ってみるが、言葉にすら力が入らないので自己嫌悪すら出来ない。
熱のせいで汗だくになっている体を再び倒して、アドルフは思う。
今の自分に名前があるとすれば二酸化炭素製造機だな、と
「まだアドルフの風邪、治らないのかい?」
ドロシーは何時もの場所に集まっているチーム白鳩のメンバーで欠けている男の名を出して、話しの切り出しにした。
あの風邪なんて機能にありませんが? とでも言いたげな男が、既に一週間寝込んでいる。
ここまで悪質な風邪は余りないが、まぁ、そういう事もあるのだろうと思う。
「まぁーた随分と拗らせたね………………まぁ、風邪は別に本人のせいじゃないんだけどね」
私達はスパイだが、体調不良の人間をわざわざ利用して、失敗の可能性を高める程、余裕が無いわけではない。
それに、症状としても中々しんどいらしく、ベアトが許可を取って男子寮に少しだけ看病しているくらいだ。
ちなみに、そこでベアトなのか、と思われるが
「姫様は大事なお体です! なので、アドルフ様の事はお任せください」
と、ベアトリスが面会拒絶してしまい、結果としてプリンセスが段々としおれていった。
現に今も、問題なさそうに紅茶を飲んでいるが、中身がない上にカップが逆さになっているのだが、この一週間じゃよくある事なので、もう誰もツッコまなくなっていた。
しかし、三日前にさらりとアンジェからCボールをスって、空から行こうとした時には流石にどっちにツッコめばいいのかわからなくなったが。
私の相棒はプリンセス相手にのみポンコツである。
いや、もしかしたらプリンセスがアンジェ特攻なのかもしれんが。
まぁ、幸い、任務も入らなかった為、問題は無かったのである。
これで、もしも任務があってプリンセスを危ない場所に連れて行ったら、後日殺されかねないしなぁ、と冗談ではなくリアルに未来が読み取れる。
「しっかしまぁ」
まさかあのデート発言から、次の日にここまであの馬鹿がぶっ倒れるとは。
多少、興味はありはしたが、流石にそこまで野暮じゃない。
ベアトリスは大分気にしているようだったが、ちせは無関心………………というか別に悪い事ではなかろうという感じ。
アンジェは相変わらずのポーカーフェイスだったが………………アンジェはアンジェでプリンセスには無駄に甘い感じがあるので、はてさて、という所。
まぁ、別にデートがどうであったかは聞く気はない。
ただ、アドルフは今日も風邪で休みで、今、ベアトが看病に行こうとしている、という事だけである。
「………………ねぇ、ベアト? その、今日はやっぱり私──────」
「絶対駄目です」
神速の断絶が、ちせの居合のように抜き放たれる。
その速度の切れ味にちせが見事と呟く中、プリンセスは一瞬、石化したかのように硬直するが、しかしその程度では乙女心は止まらない、と言うべきか。
プリンセスは直ぐに復活し
「で、でも。ほら? もう一週間よ? 大事な傍付きを見るのも王女の役──────」
「その姫様がもしもそのまま風邪を引いたら公務の事もそうですが、何よりアドルフ様が心底後悔すると思います」
隙を生じぬ二段構えにプリンセスが大きく仰け反るのを見ると、この姫様、付き合いいいなぁ、と思ってしまうが、流石にもう慣れた。
「て、手洗いうがいしっかりして──────」
「しっかりしても、何をしても承服出来ません」
びしりと断言され、プリンセスはベアトの意地悪ぅ、と男ならば落ちかねない嘘泣きと仕草をするが、生憎、チーム白鳩における男性タイプはここにはいないので無意味である。
それにしても、今回のベアトはやけに手強いな、とは思うが、ベアトの言っている事は当然であり、大事な事だからだろう。
言い方を悪くして言うのならば、ただの傍付きのアドルフとプリンセスでは価値も違うしな、と思うが、まぁ、流石にそこまでこき下ろさなければいけない段階ではまだ無いだろう。
しゃあない、と思っているとはぁ、と小さな吐息を聞いて、おや、と吐息の方を見る。
「──────ベアト。私も手伝うわ」
相棒が読んでいた本を閉じて、唐突にそんな事を呟いたのだ。
任務優先の相棒が、やはりプリンセスと出会ってからやけに色々な意味で積極的になっているなぁ、とは思うが………………特にドロシーは上に報告する気は無かった。
裏切ったりしない限りドロシーはそこら辺を問い詰める気はさらさら無い。
確かに、私達はスパイ。
嘘を吐く生き物だ。
しかし、嘘を武器にしているとはいえ感情まで嘘だらけなわけではないのだ。
ここら辺、言ってしまうとコントロールに不信感持たれそうだから、言わないが、無感動で生きていくなんて嫌だし、それこそ面倒だ。
スパイである自分が嫌なわけではないが、人生を少しは楽しむ権利は私もそうだがアンジェや、ここにいるメンバーにはあっていいと思う。
それは勿論、プリンセスも、あの欠陥人間アドルフであってもだ。
「え? そ、それは嬉しいんですが………………唐突にどうしたんですアンジェさん?」
「私が手伝えば、プリンセスも余計に強く言えなくなるでしょ?」
裏切ったわね!? アンジェ! と何時の間にかハンカチを装備したプリンセスがボケなのかツッコみなのか分からない言葉を漏らしていたが、相棒はクールに無視した。
しかし、涙は自前とはあの娘、とんでもない演技派である。
「用意したら行くわ」
そう言って部屋から出ていくのを見るとお花摘みかねぇ、と思っているとプリンセスも暫く蹲っていたが、お花摘み行ってきます………………とプリンセスも部屋を出て行ったので、やれやれと思いつつ、私も何か本でも読もうかと思いながら
「一週間も風邪で休んでいたら、あのバーサク野郎からしたら、切腹モノなのかねぇ?」
そう言っていると
「日本では病は気から、という言葉があってな」
唐突に、手元にあるクッキーを咀嚼しながら、何時もの仏頂面でそんな事をちせが呟いた。
それに合わせて、首を無理矢理曲げて、ちせの話題に付き合う。
「気が弱っている人間ほど、病気になり易いって事かい?」
「うむ。無論、肉体面の問題もあろうが、肉体を操作するのが精神である以上、精神面の影響は肉体に出るというもの。実際、風邪の時程、気は弱くなるだろう」
「そりゃそうだが………あのアドルフが? 歩く鋼鉄のような奴が?」
「人間だ」
つい、ちせの方に顔を向けるが、ちせは特に表情を変えることなく、クッキーを食べるだけ。
だから、ドロシーも気にせずに、何かないかと思っていると新聞があったから、そういや今日は見てないな、と思って手に取る。
「人間か」
「人間だ──────あの男の世界が、プリンセスにのみ捧げられているだけのな」
あーーー、成程、つまり、あのデートの時にプリンセスから何かを言われたのではないか、という事か。
とんだ遠回りな表現もあったものだ、と苦笑して、新聞を広げてみると、一面にデカデカと乗っけられた言葉に思わず吐息を吐く。
「………………"ジャック・ザ・リッパー、宗旨を替えて復活か"ねぇ……………………」
ジャック・ザ・リッパー
この名はアルビオンにおいては壮大且つ恐怖の代名詞だろう。
曰く、正体不明のシリアルキラー。
何故か妊婦のみを狙い、儀式殺人でもしているのではないかと囁かれ、結局、最後まで正体不明のまま姿を消したアルビオンにおける恐怖劇。
そんな殺人鬼がまた再び現れたのではないか、という事件が起きているのだ。
ただし、対象は妊婦ではなく、特に何か特徴があるというわけではないらしい。
敢えて言うならば金髪の若い男という事だけだ。
そんなのアルビオンには腐るほどいるから、もてはやされているが、実行犯は別人だろうと思う。
「やれやれ」
殺人鬼なんてのは大抵、イカレか、行き詰った誰かがなったりするものだと思うが、ともあれ、スパイである私達には関係ない。
自分達は町や国を守るヒーローでもなければ、正義感溢れる人間でもないのだ。
そういった熱い生き方はヤードとかに頑張ってもらいたいと思う。
今、私達に何か関心があるとすれば、アドルフが何時になったら復活するやら、という事くらいだろう。
「アドルフ様ーー? 入りますよーー?」
ベアトがアドルフの部屋の扉をノックして、何も反応が帰ってこないから、ベアトが預かっている合鍵で部屋の扉が開くのを見届けるアンジェ──────の姿をしたプリンセスは内心でベアトに謝っていた。
ごめんねベアト……………………
ベアトが決して己を邪険にしているとか、アドルフと会わせたくないとか思っているわけではないのは分かっている。
本当に風邪の菌が移らないように、そしてその事をアルフが恥に思わないように心掛けているだけなのだという事くらいは分かっている。
だから、最初はベアトに任せていたのだが……………………流石に一週間もしたら心配の気持ちが強くなる。
終いには王族お抱えの医者でも呼ぼうかと思ってしまいそうなのだ。
だから、今、こうしてアンジェに協力して貰って、最低でも姿だけでも見ようというわけだ。
持つべきものは親友である。
そういうわけで一週間振りに、目に入れても痛くない傍付きを見ようと開かれた部屋を覗いてみると
ベッドから頭からずり落ちるように倒れている傍付きが発見された。
「アド──────!?」
叫ぼうとするベアトを条件反射で防ぐことが出来た自分を褒め称えたい。
とりあえず、冷静になる深呼吸を一回して
「騒いだら、迷惑だし、冷静さを失えば対処できないわ」
「は、はい!」
と、ベアトは落ち着いてくれたので、とりあえず駆け足で二人でアルフに近寄る。
見た感じ、確かに熱はあるし、意識はないようだが………………誰かに荒らされたとかそういう感じはしないのを見ると
「………………寝ぼけてベットからずり落ちた?」
「た、多分、そんな感じですね……………………」
ベアトの同意を得れた所で、二人で顔を合わせ………………とりあえずホッとした顔を見せないようにしながら、内心でホッとする。
いい事かどうかは知らないが、とりあえず動ける力はあるという事だ。
前向きにそう考えて、とりあえずベアトと協力してアルフをベッドに横倒らせる事に成功する。
細いのに、やっぱりベアトやアンジェとは違う重さを感じて、男の子なんだと思うのは流石に乙女思考かと内心で苦笑しておく。
とりあえず、寝かすことは成功したので、ベアトが水を持ってきますね、と外に出ていくのを見送った後、プリンセスは倒れているアドルフを診ていた。
一週間振りの彼の姿は、酷く弱弱しい姿であった。
「……………………」
そういえば、アドルフがこうして寝込んでいる姿は初めて見る。
逆に寝込んでいる所を看病された事はあるのだけど、弱った彼を見るのは新鮮と言うべきか、複雑と言うべきか。
何時も頼りになる姿ばかりを見ていたから、こうして弱っている所を見ると
母性本能が……………………!!
違う。
いや、そうだけど、今はそこら辺の冗談系は脳内の片隅にでも封じ込めておく。
そういう想いもあるけれど………………やはり、一番強い思いは、私は弱い彼もあんなに憤る彼も知らなかったのか、という不甲斐なさであった。
息を少し荒げて呼吸する少年の頬に手で触れる。
熱いのは当たり前だが、柔らかい。
当然だが、人の肌だ。
機械でもなければ、岩でも、鋼でもない。
人なのだ。
体調を崩すことなんて当たり前だし──────怒る事もある。
実に当たり前で──────そして見逃していた現実だ。
「どうしたものかしら…………」
前向きになっても中々難しい問題……………………だが、逃げるのは止めだ。
と格好よく思っていたのだが、向き合う本人がこうして倒られてしまったらどうしようもない。
私情的にもそうだが、それ以上に良くなってほしい、と思っていると
「……………………ぅ…………」
唐突にアルフの目が薄くだが開けられ、そしてほぼ前にいた私に視線が向いた。
「……………………」
うん、まぁ、顔を撫でられていたら、風邪であっても起きてしまう時は起きてしまうわよね、と冷静に納得する。
間違いなく、これは私が悪い。
いや、これが普段ならば遠慮なくからかうのだが、今は彼は風邪で且つ私はアンジェに変装しているという二重ドッキリだ。
冷静に考えれば、私は何をしているのだ、というレベルである。
そう思っていたが、目を開いても余りアルフの反応がない所を見ると寝惚けているのかしら? と思って、しかしどうすれば、と思っていると
「…………姫様…………?」
と、やはり一発で理解されてしまったか、と内心少し喜びながら、観念してええ、と頷こうと思ったが……………………よくよく見れば、少年の瞳は焦点が定まっていない。
こちらを見ながらも、その実、正しく認識出来ていない感じだ。
見えてはいても意識が定かではない。
つまり、やはり寝惚けているのだ、と思っているとノロノロとした動きで、アルフから手を刺し伸ばされる。
条件反射でその手を握ると、少年は酷く安心した顔になる。
酷く緩慢で、弱弱しい力でだが、まるで形を確かめるように握られている手からはみ出ている指で掻いている…………というより握ろうとしているのか。
くすぐったいが、そのままでいると
「────────────」
何か言おうとしたのか。
アルフは口を微かに動かし──────そのまま目を閉じた。
読唇術はスパイ活動として習ってはいるが、今のは既存の口の動きではない。
言葉にすらなりきれない余りにも小さな動きだ。
もしかしたら
「あの時言ってくれなかった言葉の続きかしら」
解って欲しいと思ったのか、解って欲しくないと叫びたかったのか。
どっちでもあるような気がするし、しっかりと答えが決まっているようにも思えて、当たり前の事かと思うが……………………冷静に考えようにも自分が掴んだ手を握り返しているアルフの手が離れない。
さっきは冗談で言ったが、流石にこのシチュエーションで母性本能を封じるのは中々に難しくないかしら皆様。
いや、皆様はいないのだけど。
もしかして、今、私はこの手を自分で離さなければいけない作業に入らなければいけないのだろうか。勿体ない。
ガッデムとは正しくこの事である。
いや、しかし、感情的な理由としてアルフは先程の苦しそうな顔が、マシになっているのだ。
つまり、手を繋いだままでいるのは仕方がない事ではないだろうかと思っていると
「お待たせしました。水を持って──────」
笑みで入ってきた侍女は笑みのまま固まった。
何で固まる? と思って首を傾げている間に気付いた。
そういえば、今、私はアンジェに変装しているのだ。
つまり、ベアトの目線からでは主の傍付きが、主が雇っているスパイの手を握って安心しているように見える、という事になる
ドラマが生まれそうねーーー、と思っているとベアトは顔を真っ赤にして、あわあわして
「ひ──────姫様には内緒にしますのでーーーーーーーーー!!!」
と、勢いよく叫んで、しかし扉は優しく閉めて、そのままドタバタと去っていくのを見るとこれは暫く帰って来ないわね、と思って、とりあえずカツラだけは外して、はぁ、と吐息を漏らす。
だけど、ベアトのあんな叫びを聞いても、起きることなく、且つ手を離さない少年の寝顔を見ていると得した気になるのは、欲が無さ過ぎるかと思う。
だから、少し素直になってみよう、と思って、手を握った姿勢で、顔をアルフの額に近付け──────そのまま口をつけた。
「ん……………………」
風邪が治るようにもそうだが…………………もしもあのまま私を嫌う事になったのだとしても、どうか
例え、憎まれることになっても、私が貴方を想う愛は永遠なのだという祈り
数秒ほどして、額から離れて、少し自分の頬が赤いのを自覚するともう、と片手で抑えておく。
そうしていると
「あら」
窓から光が生まれ、そして数秒後に少し大きな音が鳴るのを感じ取った。
雷だ。
そういえば、アルフが倒れるのと同時にこんな風に天気も悪くなったわね、と思い出す。
意外と晴れ男なのかしら、と他愛のない事を思いながら、少年が立ち上がる日を夢想する。
もしも、それが決別の日であったとしても──────やはり、倒れたままの姿は見ていたくないから
雨と雷で彩られる街の路地裏に、更に別のモノによって彩られた場所があった。
それは絶命の色で、命の色で──────出血というだけでは表現出来ない血によって象られた死の模様であった。
その中心には苦痛と悲痛をごちゃ混ぜにした死体が二つ重なっており、肉の塊はただひたすら刺した結果としか言えない様相であった。
顔も滅多刺しにされているせいで、血と脳漿が零れており、分かることがあるとすれば、死体二つには金髪の髪がついている、くらいだろう。
間違いなく、ここは殺人現場であり──────そこにはそれを証明するかのように殺人鬼がいた。
「あははははははははははは!!! はっ、は、あは、はははは……………………!!!」
殺人鬼はただ呵呵大笑していた。
泣くように笑い、笑うように泣いている姿は人からしたら、もしや逆に殺人現場に遭遇して気がふれただけの存在に見えかねないが、その手に持っている刃先が欠けたナイフと血に塗れ、赤黒く染め上がった血のドレスがそれを否定していた。
断言しよう。
ナイフを持った鬼は間違いなく加害者であり、どうしようもなく嗤っており──────そして本当に
そう
殺人鬼は今、この肉塊としか言えない死体を真実、世界を侵す程に愛していた──────
しかし、その愛は本当に突然に途切れた。
殺人鬼が首を傾げ──────顔を失いかねない程、刺された顔を掴んで顔を近づけたのだ。
じっくり、とまるで傷の経過を観察する医者のように見た後、
「……………………ちがぁう……………………」
と、殺人鬼はそのまま放り捨てた。
ぐしゃり、と力なく倒れる肉を見届ける気も無く、殺人鬼は立ち上がる。
「ああ…………………どこ…………………どこにいるの……………………? うぅん………………いいえ………そうね、そうよ…………諦めない、終わらない、きっと見つける、探し出す…………ええ、ええ、ええ! だって、愛しているもの! 愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛しているんだもの!! 貴方が欲しい! 貴方だけが欲しい!! その為なら何だって出来るの! 何をされてもいいの!!」
最早、誰に話すのではなく、己に刻むような言葉。
事実、殺人鬼は最早、誰も見ていない──────否、特定の誰かしか見ていない。
想い過ぎて呪いのようにしかなっていない愛だが……………………故にそれはどこまでも真摯で揺るがなかった。
だから、殺人鬼は一切、己を疑わずに、真実の愛を告げた。
「愛しているわ────────────
殺人鬼は…………否、金髪を胸の辺りまで靡かせ、アンバーの瞳を濁らせ、まるで神に誓うかのように空を見上げて、腕を広げる。
雨と雷をまるで祝福のように受け止めながら──────急激に震える。
「ぁ…………う、ぐっ…………」
手先が震える、頭が軋む、今にも胃の中にあるもの全てを吐き出しかねない苦痛を感じるのを悟り、殺人鬼であった少女は今こそ本当に被害者のように息を荒げ、喘ぐ己を自覚しながら、欠けたナイフを落として、ガリガリ、と体を削りながら、片方の手で懐から注射器を取り出し、手袋を力づくで剥がし、後は最早、経験と力で無理矢理腕に刺した。
「ぁあ…………」
それだけで、少女は再び殺人鬼に立ち返り、落ちたナイフを拾い、要らなくなった注射器を適当に捨てて、歩き出す。
大丈夫、きっと会える、という正しく恋に恋する乙女のような想いを抱きながら、少女は雨と雷に包まれている世界を歩いた。
そして世界はまるで、少女に味方するかのように闇で少女を覆い隠していた。
直ぐに会いに行くから、と闇の中でも少女は愛を囁いた。
はい、今回は悪役にして初のキャラですよ。
いやぁ、ちょっと今回も緊張します…………ともあれ、砂糖は無かったですねぇきっと、多分、メイビー。
まぁ、まだこの話のプロローグみたいなものなので、今回はあとがきは薄めに早めに更新させて貰いますね。
感想・評価などよろしくお願いいたします。
疑問などでもいいので来ていただければ幸いなので宜しくお願い致します。