プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
「─────様?」
唐突な言葉に、プリンセスは目が覚めたような感覚で、現在を知覚した。
「────────え?」
教室………………のようだ。
クイーンズ・メイフェア学校の教室の一つ。
授業が終わった直後なのか、クラスメイトは思い思いに動いている中、私は自分の席にポツンと座っていた。
でも、それを知ってもまるで実感が湧かない。
何故か私にはそれが映画で言えばコマが飛んだような感覚を得ていたからだ。
そんな違和感に苛まれる中、しかし、急に視界の中心に表れたベアトの顔が、こちらの思考をクールダウンさせてくれた。
「ど、どうしました? 何か、とても驚いた顔をなされていましたが……………」
「………………いえ、いいえ。何も、その、つい、ボーっとしちゃって。ごめんなさい、ベアト」
頭をもたげるような違和感を、しかしベアトには何故か告げる気が起きなくて、咄嗟に隠してしまう。
そうですか? とこちらの顔を見つつ、首を傾げる侍女の姿を見ながら、大丈夫と微笑みながら
「どうしたの? ベアト。またその子がボーっとした?」
と、自然な装いでアンジェがこちらに向かって歩いてきた。
それに、苦笑いを浮かべながら─────また強烈な違和感が発生する。
アンジェの姿には別に特に不審な姿は無い。
姿格好には何もおかしな所もないし、間違いなくアンジェ本人だと断言出来る。
でも、何故か違和感は消えず、それが表情に出ていたのか、アンジェはこちらの顔を見て──────
「どうしたの? その顔──────
「────────」
脳裏に突き立てられるような言葉を受け、しかし、プリンセスはああ、何だと苦笑する。
何ともまぁ、典型的且つ、浅ましいモノを見ているのだ、と思うが、覚めない以上、仕方がない。
だから、私は苦笑のまま、何も思う事はなく
「何でもないわ…………シャーロット」
と、返した。
その言葉に、形作られた二人は、まるで本物のような表情を浮かべて、変なアンジェ、と笑った。
本当では得られない事が、まるでここでしか受け取れないみたいな光景に、流石に少し─────嫌気が差した。
嫌気の中、しかしふと、周りを見回した。
そこは当然、当たり前の教室の風景で、クラスメイトの姿しか見えない。
この二人がどういうロールなのかは知らないが、クラスメイトだとするのならばここにいる、という事は解るが……………探しても、"彼"の姿はどこにも無かった。
─────それがとても寂しかった。
それから私はアンジェとベアトと共に、遊んだ。
買い食いをしたり、服飾店で服を着たり、アクセサリーショップでアクセサリーを見たりして、楽しんだ……………と思う。
断言出来ないのはやはり自分の感覚が甘く、また時の流れや行動が速かったり、ぶつ切りである為だろう。今だって何時の間にか喫茶店の外の椅子で紅茶を飲んでいるが、何時のまにこの店に入って、紅茶を頼み、そしてアンジェとベアトと別れたのやら。
まぁ、もうネタを隠す必要も無いからはっきり口に出そう。
「───────変な所が曖昧な"夢"ね」
夢
勿論、寝ている時に見る夢だ。
だからこそ、アンジェは私の事をアンジェと呼び────笑う。
この調子だと、もしかしたら私はプリンセスではなく─────更には壁も無いアルビオン王国なのかもしれない。
まぁ、それは何とも
「───────都合のいいユメね」
と、私は笑い
「───────そしてとっても淡いユメね」
と返される言葉があった。
声がした方を向くと、そこには何時の間に座っていたのか。
一人の少女が紅茶を飲んで座っていた。
誰、と言うまでもなかった。
何故ならその顔も姿も余りにも見慣れていて、同時に目の前で見るのは鏡以外では初めての事。
「──────驚いたわ。もう、ここまで来たら喜劇ね」
「そうね。とは言っても─────滑稽さは得れても、笑いを取れるかは謎ね」
そう言って、私は曖昧な笑みを浮かべ─────向こうの私は透き通った笑みを浮かべた。
自分と対話する自分なんて、夢じゃ無ければ頭が狂ったとしか言えない状態を、心底馬鹿みたい、と思って受け入れる。
だって、夢なんだから法則もルールもあるはずがない。
それに同じ顔をした人間と喋るのは慣れているのだから、そういう意味では余り驚く事ではない。
「夢を夢として自覚したまま、私と話し合うなんて十分に起きたら皆に伝えられる笑い話だと私は思うけど?」
「ドロシーさん辺りは笑ってくれるかしらね─────でも、どうだった? "アンジェ"? 貴女が夢見た世界は」
姫様でもプリンセスでもなく、アンジェ、と私を呼ぶ私………………途轍もなくややこしいので暫定的に敢えて少女の事をプリンセスと呼称する事にする。
プリンセスの笑みは最初と同じで透明な笑みだ。
私の顔なのに、何を考えているのか一切分からない。
夢の中なのに、どうして一番ディテールに拘っているのが、自分の形をした夢なのかしら、と思いつつ
「そうね……………確かに素敵ね。これが夢じゃなかったら、もっと素敵だったのでしょうけど」
「
それでも、続きを見るのならば、二人共会えるかもしれないけどね、とプリンセスは紅茶を飲む。
そう、と私は余り興味なく返事をする。
だって意味もない仮定だ。
再び同じ夢を見るのも天文学的確率だが、見た所で起きれば消える雪のような世界を、何度繰り返した所で得れる事がないものをどう扱えというのだろうか。
それに、と思う。
さっきからプリンセスが意図的に避けている存在。
ドロシーさんとちせさんについては言及しながら、敢えて外し、それでいて今の所遭遇していない一人の傍付の存在の事。
夢だから、意味ないけど、とは思うけど、中々起きないから仕方くなく、暇を潰すという意味で訊ねてみた。
「アルフは? アルフとも会えるのかしら?」
どうせ夢だと言うならば、やっぱり彼とも会いたい。
その程度の希望のつもりで言って見たのだが、プリンセスはああ、と透明な笑みを浮かべたまま
「彼には会えないわ」
完全な否定の言葉を吐いた。
夢にしては明確な形に残りそうな言葉を言われ、思わず眉をひそめる。
「どうして?」
「だってそうでしょう? アルフと会うにはシャーロットがプリンセスであり、そして貴女とシャーロットが入れ替わる事によって初めて貴女は彼に会うことが出来るの」
確かに、それはその通りだが、夢に通りを説かれるなんて、それこそ喜劇以外の何物でもない。
嫌な夢を見てしまった、と少し嫌気が差す中、でも、いいじゃない? とプリンセスがわざとらしく立ち上がり、初めて少し夢らしくない、普通の笑みを浮かべて
「その代り、ここは貴女の望みが叶った世界なんだから。貴女はシャーロットとベアトと一緒に学校生活を楽しみ合い、心底から笑い合える。それでいて民は壁に悩まされる事なく、貴族主義の弊害さえ取り除かれた世界。誰もが笑い合って、誰もが幸福でいられる
照明を当てられたヒロインのように私に演説をするプリンセスを見る。
しかし、私にはヒロインというより道化の振る舞いにしか見えず、持っていた紅茶を置き─────大いに不満がある事を告げる。
「───────でもアルフがいない。たった一つでも、欠けている以上、理想郷には程遠いわ」
詰まらない夢。早く目覚めて欲しい。
何が理想郷だ。
夢である以上、崩れ落ちるのもそうだが、少年がいない世界を指差して完璧な世界とは笑わせる。
理想を謳うならば、せめてここにアルフを連れて来て、そして幸福に生きる少年の姿を見させるくらい出来ずに、何が理想だ。
だから、本当に下らない夢、と思って、付き合うのは止めて、覚めるまでボーっとしておこうか、と思って、
「───────それはおかしいわアンジェ。だって貴女は彼じゃなくてこちらを選んだじゃない」
思わず、私の形をした少女の方に視線を向ける。
プリンセスは先程までの笑みを完全に消した無表情で、まるでこちらの言葉を間違いの解答だと叱り付ける教師のような形で
「貴女は危険で、難しくて、都合のいいユメを成就させる事を優先した。彼の事だけを夢見るのじゃなくて、彼を己の夢に巻き込むのを選んだ──────矛盾よアンジェ。貴女は彼よりも国と約束を選んだのに、どうしてそれが叶った世界で彼を望むの?」
指摘される言葉に、私は確かに苦虫を嚙み潰したような顔をした。
確かにプリンセスが言っている言葉は間違いではない。
何一つとして誤りもなく、受け止めなければいけない事実を身に刻みながら、しかし
「それは両立が出来る矛盾よ。私が何よりも望んだ
そうだ。
幸福な世界だからこそ、大事な人がそこで幸せでいて欲しいと願う。
むしろ、それこそが私が望んだ事であり、夢見た世界だ。
独善的で、自分勝手な事だろうが、それを指摘され、弾劾されようが、その事については過去何回も悩み、しかし、それでもやると決めた事だから、何を言われても揺るぐ気はないつもりだ。
だから、夢の言葉なぞ気にする事ではない、と思い
「───────いいえ、おかしいわ」
だからこそ、まだ何かを言うのか、と若干敵意が籠った瞳を自分の鏡に向ける。
しかし、そんな事は何の障害でも無いという風に、私の姿をしたユメは弾劾を続けた。
「確かに私は会えないとは言ったわ──────でも、別にいないとは言って無いでしょう? つまり、彼もこの幸福な世界を甘受しているはずよ。なら、貴女の言う、大事な人だからこそ幸福な世界で暮らして欲しいっていう願いは叶っている状態よ」
「────────」
一瞬、プリンセスの言葉に飲み込まれる。
だけど、直ぐにかっ、となって立ち上がり
「でも! そんなのは幻じゃない!!? この幸福な世界も! 貴女も! そして今、ここで怒っている私も!! 起きれば全部消えるだけの夢!! 意味も価値も残りはしない場所で、そんな事を喋っても意味がないじゃない!!」
何て馬鹿らしい。
夢に怒りだすなんて、笑い話になるのかどうかも妖しくなってきた。
たかが夢だ。
起きれば消え、記憶に残るかどうかも怪しいうたかた。
目の前の自分の姿をした少女の言葉なんか、どうせ夢なんだから、で無視すればいい事だ。
こうして反応している私こそが一番馬鹿らしい、と思いつつ、怒りの感情を消せないまま睨む。
しかし、プリンセスはこちらの言葉と怒りに、ゆっくりと首を傾げ
「───────じゃあ
「…………………え?」
と疑問を呟いた時には世界は一変していた。
唐突に私は大量の民がいる広場に立っていた。
人々は不思議なくらいの熱気と熱狂でこちらを讃えるかのように叫んでいる。
何故? と思いながら、周りを見て見ると自分は広場の中心の木で組まれた足場に立っていた。
それ自体は別にどうでもいいのだが、問題はその上にある最も印象的な道具が問題であった。
木で編まれながらも、そこに吊るされた武骨で鋭い刃──────ギロチンと呼ばれる処刑道具であった。
勿論、別に私がそこに固定されているというわけでは無かった。
しかし、だからいいという事にはならなかった。
何故ならば、まるで私の代わりと言わんばかりに首を固定され、ギロチンによる処刑を待つだけの姿勢となった誰かがいたから。
「───────いや……………」
待って。お願いだから、これは違うと言って欲しい。
服装は簡素な物だから見覚えが無いし、顔所か髪すら見えないから、上手く個人を確定するのは難しい─────────けど、その背中は余りにも見覚えがあり過ぎる形だった。
「さぁ、ここで選択」
ふわり、とまるで空から現れたような唐突さで、プリンセスが現れる。
その場所はギロチンの刃を固定する為のロープが張られた場所。
そんな場所で、私の姿をしたユメは周りを示すかのように腕を開きながら──────片方の手にはナイフが握られていた。
途轍もなく冷たい汗が、背筋に流れたような気がした。
「ここは貴女が遂に夢を叶えてめでたしめでたしの大団円を迎える手前の場。しかし、ここで貴女は決断しないといけない。ここで を処刑しないといけなくなったのです。罪は貴女の代わりに国家反逆罪を背負ったから。それはとても賢明で正しい判断─────だって貴女はこれからのアルビオン王国の未来を受け持つ王女。だから、代わりにどうでもいい誰かが罪を背負って、誰も彼もの幸福の礎になるの。法外な奇跡だと思わない? たった一人の命で、貴女は夢も未来も得れるのだもの──────どっちを選ぶ?」
クスリとプリンセスは笑う。
私は何も笑えない。
別に私とて全てが綺麗事で叶えられるとは思ってもいない。
実際、十兵衛の事件では日本の暗殺者が死ぬ所を見たし、あれを他の誰かが殺したから自分は手を汚していない、と思うような卑怯者になったつもりもない。
だから、確かにそれが人一人の命で総てを叶えられるのならば、正しく法外だろう。
聞き逃したでは済まない名前だと思うのは、今、目の前のギロチンに固定された背が、背が、背が──────ずっと見て来た背だと記憶が告げているから。
かちかちかち、とどこかから音が聞こえる。
それが自分の歯の音だと気付く事が出来ないまま、私は顔を砕こうとするかのように手で抑えながら、やめて、と声にならない音を口から漏らした。
しかし、それを嘲笑うかのようにプリンセスはとっても綺麗な笑みを浮かべて
「ほら──────貴女の夢が叶った」
ロープ、が、切断
ギロチン、が、まるで、時が、動き出した、かのように、揺らぎ
刃は、一直線、に、落ち
ぶちり、とナニカが千切れる音がした
「────────────────!!!!!」
脳まで引き千切りかねない音を、口から吐き出した。
夢の中だからか、そんな感触はしないまま、だけど、漏れた絶叫が周りの人達を止めた。
しかし、そのせいで千切れたナニカが地面を転ぶ音が良く聞こえてしまい、それをかき消すように口からは絶叫を、手は耳を頭ごと潰すように押すのだが、まるで耳に直接こびり付くような音は掻き消えなかった。
そして、また、プリンセスの声も、するりと潜り込んだ。
「おめでとう、
大 団 円
この結末を、ハッピーエンドだ、と誰に憚る事無く宣言するユメに───────一瞬で頭が焼き切れた。
「──────────違う!! こんなの、私が望んだユメじゃない!!」
そうだ。こんな光景何て、一欠けらも望んだ事が無い世界だ。
私は、ただ、王国の人達が少しでも平等で、己の生まれた地に、誰に憚る事無く帰る事が出来て─────そして、そんな場所で大事な人達が笑って幸福に暮らして欲しいと願っただけだ。
断じてこんな形を夢見たわけじゃない。
それに
「ご都合主義よこんな物は!! 私の大事な人が一人死ぬ事で誰も彼もが上手く行くなんて
こんな形で果たせるような現実なはずがない、と私は叫ぶ。
大体、国家反逆罪を彼に押し付けるなんて事がおかしい。
そんな形になってしまって彼に押し付ける位なら私が絶対に止めるし、ギロチンも己が受ける。
彼に全てを押し付ける筈がない。
そうして砕けそうになる心を、絶対にそうはならない、という否定で立て直そうとして
「あらそう? ──────そんなに言い訳が出来ない形が良かったかしら」
コツン、とプリンセスの足音が脳に染み渡る様に反響したかと思ったら、再び風景は一変していた。
「……………え?」
今度はどこかは分からないが……………どこかの脇道だろうか。
少なくとも大きな道ではなく、少し寂れたような家に囲まれた道を、私は覚えも無いのに走っていた。
そんな意味不明な状態だけど、それでも一つ大きく安心する事があった。
それは走る己を守る様に、私の手を握りながら、前を走る少年の背があったからだ。
「…………あ」
これが夢であると分かっていても、恐ろしい程の安堵と幸福であった。
だから、夢であると分かっている癖につい、アルフと呼びかけようとして
「さて、今回はさっきのが夢を叶えた後の事後処理なら、今回は夢を叶える一歩手前」
最早、忌々しさすら感じる自分の声と姿が、まるで幽霊のように走っている私達の横を、平行して浮かんでいた。
思いっきり私はそれを睨むのだが、睨まれる側は特に気にせず
「壁の粉砕は当然として、これまでの社会制度を保っていた人達は一網打尽。後は貴女が現女王の元に無事に辿り着けばめでたしめでたし。どう? 今度はさっきよりは現実的でしょう?」
それがどうした。
いいから、早く目覚めて、と思うが、未だ目覚める気配がない。
こんな悪趣味な夢を見るなんて、と自分に悪態をつきたくなるが、やはりプリンセスの言葉は止まらない。
「勿論、ベアトやドロシーさん。ちせさんやアンジェは今もどこかで貴女を助ける為に東奔西走中─────じゃあ、ここで分岐点」
何を、という疑問を、金属製の音が連続で構えられる音で意識を前に集中させられた。
目の前には何時の間にか現れた黒服の、それらしい人達が、ライフルを構えてこちらを狙っていた。
夢だからか、余り敵の顔や表情がはっきりと見えないが、それでもこちらを殺そうとしているくらいは勿論、分かる。
「だからこそ、それを妨害する追手が最後の最後に現れました」
酷く悪趣味な展開だ。
流石に、ここまでされて、言われれば次の展開は読める。
つまり、このまま無駄死にするか、彼を犠牲にするか。
どちらかを決めろ、と言うのだろう。
下らない選択肢だ。
何故なら選ぶまでもない。
先程のプリンセスの言葉を信じるならば、もう革命は一歩手前という状況だ。
ならば、私が欠けても最悪、アンジェがいる。
そして当然、彼が残る。
何も不安に思う事もない。
だから、当然の選択肢を選ぼうと口を開き────────ユメの口が先を告げた。
「そうなった場合──────
今までの質問を裏切るような問いに、私は答えられなかった。
何故ならその前に、私は繋いでいた手を離され、そのまま力づく横に、路地の方に押されていたから。
勿論、それを行ったのは私でも無ければ敵でも無かった。
だから、それをした人は一人しか無く─────
離れた手。
遠ざかる背中が、視界からきえていくのをスローモーションで見てしまった。
「まっ─────」
何もかもを置いていくように疾走する少年に、必死に手指と声を伸ばそうするが、彼は余りにも速く──────そして聞きたくもない発砲音は私が地面に尻餅をつくよりも速かった。
「あ………あ、あぁ……………」
それだけで何も聞こえなくなった
耳が痛くなるほどの静寂。
結果がどうなったかなんて、頭を使わなくても理解出来る。
だけど、それをどうしても認められなくて、もつれる足を必死に動かして、路地から元の場所に出る。
そこには幾つもの死体が転がっていた。
全員が全員、殴られた様な感じで転び、凹み、血を吐いていた。
だけど、そんな事はどうでも良くて、ただ彼が無事である姿を見たくて──────当然のように壁に寄りかかって倒れている少年の姿を見つけてしまった。
「────────」
何時もの服を赤く染め、体には幾つもの丸い穴を開けながら、少年は死んでいた。
「…………………」
ふらり、と手が伸びる。
思考はほつれ、感情は取りこぼし、心が砕け散るような中、瞳に映る自分の手は勝手に少年の顔を挟む様に伸び──────触れても何の反応も帰って来ない事に絶望した。
「
背後から
呆然としている私はその言葉に───────否定の感情が一切湧きあがらなかった。
だって知っている。
私は知っている。
もしも同じような状況にあった場合、彼は間違いなく同じことをして、上手く行って生きるか、死ぬかのどちらかを選ぶ、と。
そうして何時も私を優先してくれる。
そうして何時も私の願いを叶えてくれる。
そうして何時も私の事を助けてくれる。
余りにも何時も通りで─────そして余りにも当然な結果であった。
「どうして泣くの?」
指摘されてようやく零れる物がある事を知るが、構ってはいられなかった。
ただ、私は震える両手で彼の体を抱きしめるだけ。
抱き返す事もなければ、何時も暖かった体が冷たくなっている事が痛かった。
「貴女は何時もユメを優先するのに、そして彼は何時もそんな勝手な貴女を優先してくれるのに」
彼の重たくなった手を無理矢理持ち上げ、私の頬にくっ付ける様にするが、彼はやっぱり何も返してくれない。
言葉も反応も、温もりさえも。
「ねぇ」
そうして、私は見上げる。
そこには
「───────貴女は結局何を望みたいの?」
──────これで良かったのだ、ととても満足そうに笑う彼の死に顔を見て、私は最後に泣き笑いのような歪んだ顔を作ったのを、虚ろとなった彼の瞳に映るのを見て──────全てが暗闇に帰った。
「───────っあ」
唐突に瞳が開かれる。
視界に入るのは何時もの部屋の天井。
己の部屋で、自分は起きただけだ、という現実は直ぐに受け止めるが、息を荒げ、汗をかいている身体のせいで上手い事体を制御できていない。
必死の思いで上体を起こす。
布団が上半身が滑り落ちた途端に、ぶるりと体が震える。
汗が冷えたからだ、と思い、自分の体を抱きしめる様に腕を回し、そのまま膝を立てる。
最悪な夢だ。
支離滅裂で無茶苦茶で…………その癖、確かに真実を貫いているのだから。
全ての内容を詳細に覚えているわけでは無いが……………最後に見た少年の顔だけは覚えている。
とても満足そうな顔。
あんな道半ばで、先の幸福もあったはずなのに、まるでこれこそが至上の結末、と言わんばかりの安らかな顔。
「いや……………」
そんな顔を浮かべないで。
そんな事を思わないで。
どうして貴方は私を憎まないの。
どうして貴方は私を肯定するの。
「私は……………何時も、貴方から奪ってばっかりなのに…………」
思考が全く纏まらない中、ひたすらネガティブに陥る中、ずっと目を逸らしていた事実に直面する。
これが、ただの自己嫌悪である事も分かっているし、被害妄想に入っている事は承知している。
それでも思わずにはいられなかったのだ。
"私が貴方の
そんなどうしようもない被害妄想を。
今回はシリアスです。
前々から言っていた、いわゆる姫様、原作回帰、つまり意識改革編です。
まぁ、うちでの言い訳、もとい設定を語るのならば、こちらは国の王女やアンジェとの約束もそうですが、少女としての己も浮き彫りになっている姫様なのです。
一人でいたはずの原作に、誰かがいたから、支えの代わりに少しだけ人間的に弱さを得ている姫様。
勿論、それ自体が罪だとかそんな事は絶対ないのです。
ただ、姫様の状況がそれを許さないからこそ苦悩している、という事になっているのです。
ですが、それだけで終わらせない! 終わらせませんぞ!!
というわけで次回もお楽しみにしていただければ幸いです。。
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