その日は朝から雨だった。もう何日も太陽を見ていない気がするが、昼間だというのに夕闇のように一段と暗かった。
「暴走?」
「そう。怪獣娘は心に孔が開くと、怪獣に心を支配されてしまうんだ。」
「怪獣娘が、怪獣になっちゃうのか。」
「そう、ソウルライザーはそうならないためのデバイスなんだ。」
「成程なぁ。」
今日はシンジとアギさんと2人で、GIRLSに呼び出しをくらった。待たされている間に、まだまだ足りない知識を補ってもらっている。
「でもアギさんたち、優しいからそんなイメージわかないな。暴走なんて。」
「そうとも言えないんだけどね・・・。」
「?」
「なんでもない、それにしても遅いね。」
話題を逸らすようにドアの方を見やるアギさん。シンジは顔に?を浮かべる。何か変なことを言っただろうか、と。
シンジの心で夢中になっているのは、幼馴染の黒田ミカヅキのことだ。ずっと小さい頃、人生の中で見てみればほんのわずかな時間ではあるが、たしかにあった記憶のひとかけら。それを無数の人々が行きかうコンクリートジャングルの中で拾い上げられたのは、奇跡と言ってもいいだろう。まあむしろ拾い上げられたというべきなんだろうけど。
「幸せだな・・・。」
「なに?」
「いやなんでもない。」
思わず声に出してしまっていた。聞かれたら恥ずかしいが、それは事実だった。ミカと再会してから、何もかもが変わった。とにかく、とても楽しいのだ。
今ある幸せは、ミカがくれた。僕は、ミカになにが出来るだろうか?それが今、シンジの悩ませていることであった。
これ以上他人の心に踏み込み夢ということは、それ相応の覚悟を強いられる。自分にそんな甲斐性があるのか?そこが目下の不安要素である。そして、そこばかりに目が行って、もっと大きな穴に目が行かない。
「お待たせですぅ。2人とも、今日の気分はどうですかぁ?」
「良くも悪くも、いつも通りです。」
「天気も悪いよ。」
「いつも通り、ですね。」
ピグモンさんは今日も可愛い。しかし今日は、いつも快晴のようにさんさんと明るいピグモンさんも少しだけ暗かった。否、真剣な表情だった。
「突然ですが、シンシン。あなたは、自分のお父さんの所在を知っていますか?」
「父の?いえ、知らないです。海外を転々としているとは聞いていましたが。」
「フリドニア、だっけ?」
「そのフリドニアが、最後に分かっている国です。他には何も。」
「そうですか、やはり・・・。では次に、あなたのお父さんの研究内容を知っていますか?」
「チョーさんが言うには、怪獣の研究をしていたとか。バディライザーもきっと、その産物なんだと思います。詳しい事はわからないですけど。」
「そう・・・ですか。」
一呼吸おいて、再びピグモンさんは切り出してきた。
「シンジさん、あなたは本当に、お父さんのことを知らないんですか?」
シンジは、少し答えることに息詰まった。自分が今質問されている内容ではなく、意図がわからなかった。アギラは事の成り行きを見ているしかなかった。
「知りません、全く。父の事で、何かあったんですか?」
「・・・。」
表情を落とし、少し考えたように瞼を閉じてから、まっすぐシンジの眼を見据え、はっきりとした声で言った。
「シンジさん、あなたのお父さんは、テロリストに加担していた可能性があります。」
なに?無意識にシンジは口走った。その声は暗雲立ち込める空が放つ稲光にかき消され、誰の気にも留めなかった。
「バディライザーのことを、ひいては開発者であるあなたのお父さんについて、色々と調べた結果、その可能性が浮き彫りとなってきました。」
「そのテロ組織『GSTE』は、怪獣娘を操り、暴走させて社会に混乱を招こうとする集団でした。」
「およそ5か月前、GSTEの活動拠点とされる国家『フリドニア共和国』は内乱で消滅し、その動乱の最中に組織そのものも壊滅したとされています。」
パッパッとスライドが表示され、ピグモンさんからかなりわかりやすい説明を口頭でも行われている。肝心のシンジの頭にそれらの情報は一切入ってこないが。
「ちょっ、ちょっと待って。」
つまり『やーいお前の父ちゃんテロリストー』ということである。テロリストと言っても全身緑色で、手に刀を持って、頭にウ〇コを乗っけているようなやつのことではない。
「はぁ・・・。」
「シンジさん・・・。」
「いや、大丈夫。どうせろくでもない人間だろうってわかってたから。それで、父は具体的にはどんなことを?」
「・・・この手の組織は、怪獣娘の誘拐、それも未覚醒の状態の少女たちを拉致し、洗脳あるいは人体実験が定石です。」
「誘拐・・・。」
どんなに恐ろしい事をやっていたのか。聞くだけでも嫌だし、それが事実であろうということがなお嫌だった。
「じゃあ・・・コレは?コレは一体、なんなの?」
「おそらく、それらの研究の末に作り出された、怪獣娘をコントロールする装置。そのプロトタイプです。」
手のひらに収まるぐらいの、ほんのちっぽけな発明が、多くの人々の運命を歪めさせ、そして狂わせていく。
「事実、先日のアギアギの急激なパワーアップ現象は、暴走に近い状態でもあったようなのです。」
「暴走・・・。」
「意図的に暴走させる仕組み、ってことか・・・。」
先ほど、暴走の事について聞いていたのでぞっとした。なにより、知らぬ間にその事態に片足突っ込んでいたアギさんの心情も穏やかではないだろう。
あまりの事実に、シンジは顔を覆った。血の気が引いていくのを感じた。
「シンジさん?!」「シンシン!」
「大丈夫・・・大丈夫・・・。」
ふっと、意識を失いかけて椅子から転げ落ちる。衝撃で机に乗っていたバディライザーも高い音を鳴らしながら、シンジの顔の前に落ちてきた。
目の前にあるこれが憎らしい。今、この場で、破壊してしまいたい衝動にすら駆られた。
「僕は・・・僕はどうしたらいい?」
バディライザーを拾い上げて、誰に言ったわけでもなく、呟いた。
「それは、シンジさんが決めてください。どうするかも、シンジさんの自由です。」
ああ、この人はこんなに険しい表情も出来るんだな。まあそれはそれとして。
『自由』と言う言葉は、簡単に口にできるほど自由なものでもない。押すか引くか、壊すのか守るのか、どの選択をとるのか自分で決めていいのが『自由』だ。だが、全ての選択には『責任』が伴う。
ちらり、と視線を隣に移してみる。不安げな表情の寝ぼけ眼がこちらを見返していた。
今の僕には、何ができる?この機械を、手足を動かすように扱えるわけでもない。怪獣娘たちを暴走させる危険性を孕んでいるのなら、なおのことだ。
答えは出ていた、話を聞いた時点で既に。
ゆっくりと、歩みを前に進めていくシンジを、ただただアギラは見ているしか出来なかった。
「・・・これを、預かっていてください。」
「・・・いいん、ですね?」
「僕より・・・うまく『扱う』ために、好きにしてください。」
「きっと、こいつには、僕の想像も付かないような、すごく大きな力があります。いいようにも、悪いようにも出来る、そんな力が。・・・僕には、無理だから。」
哀しみ、怒り、失意、様々な感情の言葉を綴って、シンジはとぼとぼと歩いて部屋を後にした。
「待って、シンジさん!」
「行かせてやれ。」
「レッドキングさん・・・。」
隣の部屋で聞いていたのか、いつの間にかレッドキングさんがそこにいた。
「今のアイツに必要なのは、一人で考える時間だろう。」
「ずっと、いたんですか。」
「ああ、もしもの時のためにな。・・・よく耐えられたな、ピグモン。」
バディライザーとカードホルダーを託されたピグモンをそっと撫でてやる。アギラが見てみれば、ピグモンは頬を紅潮させ、目に涙を浮かべていた。
「よくこんな辛い仕事を引き受けたな、大したもんだぜ。自分にも責任の一端があるってさ。」
「ふぇええ・・・雷怖いですぅ・・・。」
「そっちかよ!」
(ピグモンさん、天然だ。)
ぴええ、と泣きついてくるピグモンさんをレッドキングさんは優しく抱きとめた。アギラは一人、シンジを案じた。
そしてここにもう一人、姿を見せることはなけれども、このあまりにも若すぎる戦士の行く末を見守る者がいた。その背景に己の姿を見い出し、ならば自分に出来ることは何かと、自分に問いた。結果、今は彼と同じ雨に打たれている。
「僕は・・・どこに行けばいい・・・?」
頬を雨粒が伝った。
====☆====☆====☆====☆====☆====☆====
息が苦しい・・・ここは地獄か戦場か、様々な『針』がシンジの体を突き刺す。あの父の子として生まれたサガ、犠牲となった多くの人たちから向けられる怒声、そして周りの人々が離れていくという恐怖。今まで心の底で積もっていた恐れが、一切合切攻めてくる。
「頭痛い・・・。」
そのような夢を見るのは、決まって風邪をひいたときだ。どうやら昨日の雨に打たれすぎたらしい。家に帰ってきてからの記憶がない。
「お目覚めですか、シンジさま。朝食はいかがいたしましょうか?」
「・・・食欲ないや。」
「温かいスープなどはいかがでしょうか?」
「いらない・・・。」
そんな気分でもない。もうひと眠りしようと布団を被ると、黙ってチョーさんは出て行った。
(夢なんか見たくないな・・・。)
今の自分には、なにもかもから逃げ出して、惰眠を貪ることしか出来ない。どうにもならない、とも思いながら再び眠りに落ちる。せめて今日ぐらいはそっとしておいてほしい。明日には繋がらないだろうけども。
「こんにちはー!シンちゃんあーそーぼー!」
ドンドンドン!とけたたましく誰かが玄関を叩く音で目が覚めた。昼過ぎの事であった。
誰?というのは愚問だ。そんな呼び方をするのはこの世に一人しかおるまい。
(会いたくないな・・・。)
放っておけば気を利かせたチョーさんが対応してくれるだろうと思い、無視してもう一度目を閉じる。案の定、ミカの声はしばらくして聞こえなくなった。
やれやれと思ったその矢先に窓の外から声がする。
「シンちゃーん!腹を割って話そう!」
腹よりも先に頭が割れそうになった。まあこうなるわなとは予想していた。頭痛もそうだが眩暈もしてきた。
「おっはよーシンちゃん!元気ぃ?」
「・・・最悪。」
まだ雨降ってるのに、傘もささずに窓の外の木の枝からぶら下がっている幼馴染を見た。いつもと変わらぬ笑顔がそこにあって、知らない間にほんの少しだけ安堵していた。
「シンちゃん、今日来なかったね。」
「GIRLSは風邪で休んじゃいけないの?」
「だからって届け出もないのはいけないよぉ?」
「はぁ・・・。もうGIRLSには関われないんだよ。」
「・・・なんで?」
「それは・・・。」
言おうとして、ちょっと戸惑った。本当の事を言うべきか言うまいか。いっそ嫌われてしまった方が、ミカにも迷惑をかけないんじゃないだろうか。そんな考えが脳を巡って口から出そうになった時、先に相手から切り出してきた。
「聞いたよ、全部。アギちゃんやレッドちゃんから。」
「聞いてたのに、わざわざ来たの?」
「シンちゃんの口から聞きたかったから。シンちゃん、今嘘吐こうとしたでしょ。」
「それって超能力?」
「ううん、幼馴染の勘、かな。」
てっへへと舌を出して見せる。
「お父さんのことがどうとか、バディライザーがどうとか、関係ないよ。シンちゃんはシンちゃんだって。」
「・・・ミカなら、そう言うと思った。」
「ホント?私たち以心伝心だね!」
「なら、僕の辛さがわかる?たとえ関係ないんだとしても、それが父なんだって宿命が。」
あえて、意地悪な事を言ってみた。心がささくれまくってつい出てしまった。心中でしまったと思ったが、もう遅い。吐いた唾は呑めぬ。
「・・・ちょっとだけなら、わかるよ。どうしようもない、宿命って。」
「・・・。」
「ボクも同じだったから。」
「え?」
「・・・なんで自分が、とか。自分が何者なのか、とか。そんな事ばっかり考えてた時期が、ボクにもあったから。ずっと、『答え』が欲しかった。」
「・・・。」
「けど、その先の『自分が何をやりたいか』って、その答えを自分で出したんだ。大きな声で。その時、今の私が生まれたの。」
「自分が何を、やりたいか・・・。」
「その時まで、私たちは待ってるから。それだけ。風邪、早く治してね!またね!」
「うん、また・・・。」
バイバイ、と手を振って木から跳び移って行って、窓からはすぐに見えなくなった。今のシンジには見送るしか出来ない。
「寝るか・・・。」
と、再びベッドで横になろうとした時、テーブルの上に置いてある物体に気が付いた。栄養剤とスポーツドリンクだ。チョーさんが用意していたのだろう。とりあえずそれらを口に放り込んで眠った。
瞼の裏には、先ほどのミカの顔が写っていた。あの顔は、懐かしそうな、寂しそうな、複雑な感情がこもっているようだった。
(何がしたいか、か・・・。)
答えは既に持っている。その言葉を反芻して、今はただ眠る。
「・・・あの日も、雨が降っていた。どちらへ転ぶかはキミ次第だよ、濱堀シンジ君。」
青い傘を差した人影が、傘も差さずに走るゴモラの後ろ姿を見送りながら呟く。明日には雨も上がっていると願って。