「ぐっ……はぁ……っぁ……!」
口元から流れる血を袖で拭う。
目の前の3体のバーテックスは止まる気配はない。いや、寧ろ止まったほうが不自然である。
回りを見渡す。
そこは死屍累々、蠍の尾にやられた風先輩と射手座に右足を射ぬかれ蠍の尾に弾かれた樹ちゃん、それとは別に全身血だらけで伏している友奈ちゃん。
本来、勇者はバーテックスからの攻撃を精霊が防ぐはずなのだが何故か精霊たちが動かない。
守ることを放棄している。いや、何かに力を使っている。そう感じた。
「動けるのは私だけ……。ここは怖くても頑張りどころね……」
そう、いままともに動けるのは私だけ。
なら、私が守らなきゃいけない。皆を、日常を絶対に壊させたりしない。
3人を抱え安全なところへ運ぶ。こういう時触腕が思った以上に役立つ。
「東、郷さん……」
「友奈ちゃん達はここで休んでいて。私はあの3体を倒してくるから」
「そ、んな!無茶だよ、東郷さん!グ…ッ!」
苦しそうに血を吐く大事な大事な友達を見て余計に私の意思は固くなった。
こういう状況になったのは暗に私の攻撃のせいだ……。私の援護射撃が思った以上に相手に先手を与え続け味方に油断を与えてしまった。
慢心に溺れた私たちは蠍の尾に風先輩が弾かれた時、バラバラと崩れていった。
その結果がこれだ。
だから、私はいまから一人で敵に立ち向かう。
例え、どんな犠牲を払っても。
無論、死ぬ気はない。だから、私は短く言葉を発した。
「じゃあね、友奈ちゃん」
「東郷……さん……」
意識を失った友奈ちゃんの頭を一撫でする。
そして、もう振り返らない。
振り替えったら決意が揺らめくから。
だから、私は銃を構える。
強大な威力をもつ光線がバーテックス3体を襲った。
「さぁ、私を殺してみなさい!」
東郷三森は走りながら確かにそう叫んだ。
■■■
そして、時は勇者がバーテックスと交戦する少し前に遡る。
原初のバーテックスは呻くように言葉を発していた。
今、頭のなかはバーテックスの本能である神樹の破壊という命令で埋め尽くされている。
原初のバーテックスは1年前の高嶋友奈と接触したあとから時々このようなことに晒されていた。
(クッ…!この渦巻く本能…まずいな…)
静かに抵抗する原初のバーテックスは片手で握る刀を強く握る。
最初の頃は特に気にすることでもないのだが徐々にその洗脳する力が増してきていた。
原初のバーテックスとて元はバーテックスだ。枠組みから外れたとしてもそれは変わらない。
だから、抗うため自身に集中していたからこそソレは起こった。
精神世界。かつて高嶋友奈と出会った場所にいつの間にか来ていた。
目の前には5人の勇者らしき人物。
一人は心当たりがある。高嶋友奈だ。
苦しいなか精一杯自我を保ち問い掛ける。
『誰ダ…ッ。高嶋と、あトの奴ラハ……!』
「私の名前は乃木若葉。貴様を止めに来た」
「……郡千景」
「ふふん!土居球子だ!!」
「伊予島杏です。話は友奈さんから聞いております」
残りの4人が友奈達から聞いていた勇者か……。
なるほど、神樹に限りなく近い存在となった友奈だからこそ出来たことか。自身の記憶を媒体とし働きかける。
いわば模倣品。しかし、彼女の仲間に対する思いはあのときのひしひしと伝わってきた。それと神樹における【勇者の記録】の利用。過去の戦闘データを神樹から抜き取って利用したな……。だから、模倣品だとしても彼女らはオリジナルと言っても過言ではない。
だが、我を止めに来た?殺しにではなく?
「貴方の力は今の勇者達に必要なんです。原初のバーテックスさん、貴方のその本能を私たちが今から押さえます」
「高嶋さん……本当に殺さなくて良いの?」
「ぐんちゃん、手伝ってくれる?」
「……高嶋さんがそう言うなら」
そう言うと5人が戦闘体制にはいる。
やめてくれと口に出したかったがもう遅い。
勇者を殺す。その命令しかもう原初のバーテックスの頭の中に残っていないのだがら。
ゆらりと、体を動かし黒い刀を地面に突き刺し白い刀を向ける。
これは約数百年ぶりとなる【原初のバーテックス】としての戦いの始まりだ。
「来るぞ!」
乃木若葉は目の前まで接近して刀を降り下ろしたのを防ぐ。
その衝撃波で全員の表情がさらに引き締まる。
若葉が握る刀を徐々に倒し原初のバーテックスの刀をいなした。
若葉が一旦跳躍して距離をとると杏が弓を放つ。
「今です、タマっち先輩!」
「おう!いいぞ、あんず!!」
神【神屋楯比売】を宿した旋刃盤でその矢に気を取られて球子に気付いてない原初のバーテックスの背後から切りつけるーーーことは叶わず球子は反射的に旋刃盤を咄嗟に盾にする。
すると、強い衝撃が球子を襲った。
「ぐっーーー!」
「タマっち先輩!?」
原初のバーテックスはいつの間にか球子と同じ形状の、色は違うが旋刃盤を手にしそれで球子に攻撃をしていた。
若葉はソレを見て冷静に分析する。そして、とある結論に至り杏と顔を見合わした。
どうやら杏も同じことを考えていたらしい。
「まさかあの刀、いろんな武器に変わるのか」
「多分、おそらくそうでしょう。原初のバーテックスはバーテックスを創る。それは元を辿れば起源を作っているわけです。だから武器を変えることも可能なんでしょう。しかしーーー」
杏が最後の言葉を濁した。
それに対し若葉は首を傾げるが今は追求する暇などない。
「千景、友奈!」
「うん!」
千景はただ頷き、友奈は力強く返事をした。
相手が武器を変えるという事実に驚きはしたが、つまり変える暇など与えず攻撃しまくれば良い。
千景が正面からけしかける。
手に握るは大鎌【大葉刈】
命を刈り取る鎌は原初のバーテックスには届かない。
「クッ!」
同じ威力、同じ武器で威力を相殺されたことに千景の顔つきは歪む。
間髪入れず友奈が懐まで潜り込み手甲「天ノ逆手」で攻撃する。
原初のバーテックスはそれにも慌てることなく上へ飛び、かわす。
「喰らえーーーっ!」
そして、その飛んだ場所に乃木若葉が居た。
神器「生太刀」を持ち、初代勇者最強と謳われる攻撃力が原初のバーテックスに降りかかる。
だが、またもや届かない。
刀を空中にも関わらず身を捻って遣り過ごす。
そして、その捻りの回転を利用し、若葉の脇腹へ回し蹴りが炸裂した。
「ぐはっ!!」
「若葉ちゃん!?」
「乃木さん!!ーーーくっ!土居さん。お願いするわ!」
「ああ!タマに任せタマえ!!」
千景の声で球子が動き出す。
杏の援護射撃を大きく利用し立ち回る。
翻弄されているのか原初のバーテックスは動かない。
その間を利用して友奈と千景が若葉のもとへと駆け寄った。
「若葉ちゃん、大丈夫?」
「ああ、なんとかな。しかし、想像以上だぞ。あの強さ、生半可な攻撃やスピードだと全くもって通用しない」
「ーーー私が、やるわ」
若葉の俯き声に千景は呟いた。
精霊を憑依する、と。
「なっ!?千景、その意味をわかって言っているのか!?」
「ええ、ここで中途半端に終わったらそれこそ高嶋さんに申し訳ないもの」
精霊を憑依させる。
それは、初代勇者たちの切り札。
圧倒的力を一時的に手に入れることができるがその反面、精神的リスクを伴う危険な技だ。
だから、それをやると言った千景に二人は驚きを隠せない。
「ぐんちゃん!私、言ったよね。ここじゃ精霊を憑依させたら……」
「ええ、この神樹の奥深い所で精霊を憑依させたらそのリスクが顕著に現れる……。もしかしたら敵になるかもしれない」
千景は声のトーンを落としてそう言った。
この神樹の最深部と言われる所で精霊を憑依させたら精神面に大きな負のダメージが与えられる。
「けれど、私はもう弱いままの自分じゃ嫌なの」
「千景……」
若葉は、その時初代勇者として戦っていたときに散っていった千景の姿を思い出した。
二人はその首を縦に降る。
「よし、サポートは任せろ」
若葉がそう言って立ち上がると杏に作戦内容と指示を任せるよう伝えた。
「タマっち先輩!一度、引いて!!」
杏の声に球子が反応し、一度原初のバーテックスから距離を取る。
原初のバーテックスもまた突き刺した刀の方へと戻っていく。
そして、お互いに雰囲気が変わる。
「相手も本気を出してくるって訳か…」
「ごめんね、皆……。眠っていたのを起こしちゃって巻き込んで」
「高嶋さんがそれを気にする必要はないわ。私は高嶋さんに会えてとても嬉しいもの」
千景がそう言ったのには理由がある。
彼女らは西暦の時代。故に、本来はいない、死んだ人間たちだ。
そして、全員がそれを理解している。
だから、最初は皆が涙をした。特に球子と杏はすごいものだった。
そして、千景の生前の行為もまた覚えられている。
だからこそ、もう迷わない、間違いたくないからと千景は願い精霊の名を口にする。
「【七人御先】」
7人の大鎌を持った勇者が一体のバーテックスに挑む。
そして、どんな時代だろうと切り札をだし、精一杯もがいて戦うのは勇者だ。
だから、その結末はーーーとても残酷だった。
原初のバーテックスは白い刀を腰にしまい黒い刀を引き抜く。
すると、原初のバーテックスに変化が現れた。
黒い霧が全身を包む。
霧が晴れるとそこはーーー高嶋友奈と同じ姿をした原初のバーテックスがいた。
大鎌が首元に届く刹那、ピタリと止められたソレを原初のバーテックスは笑顔で返す。
「高嶋、さーーー」
「ぐんちゃん!!」
ズプリと、原初のバーテックスは何の迷いもなく郡千景の腹に深々と刀を突き刺した。
■■■
「はぁ……はぁ……」
切れる息に霞む視界。
けれど、足は止めるなと自分に言い聞かせる。
でも、もう限界だった。
「ごめんね……皆」
3体のバーテックスが東郷三森を襲った。
そこには、身体中から血を流している女の子の姿があった。
3体のバーテックスはそれをただの石ころのように見やり、止めを指すことなく進む。
そして、今まさに神樹に辿り着くという時に一丁の斧が目の前に投げ突き立てられた。
「ーーーアタシは今本当に怒っているぞ」
大赦から投入された、勇者。
三ノ輪銀が怒りの眼差しを向けていた。