バーテックスは敵である   作:日々はじめ

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第一章 鷲尾須美は勇者である
第1話 バーテックス


 我が目覚めたときそこは【火の海】であった。比喩ではあるが比喩ではない。燃え盛る炎を目にし頭の中に浮かぶ一つの意識を思い浮かべる。

 

 ーーーコワセ。コワセ。コワセ。ニクキシンジュヲコワセ。

 

 宙を泳ぐ化け物の中、明らかに異常な姿をしたソレはただポツンと立ち機械的な声でこう言った。

 

 『コワス』と。

 

 腰に携えた白刀を掲げ、刃に写る自身の姿を確認する。

 白。

 ソレを表す言葉。空に浮かぶ化け物たちと同じ色。しかし、姿は何かを模倣したと思える。

 不意に、気配が体の全身を駆け巡る。震えが止まらない。

 ナンダコレハ?

 頭の中を疑問と応答で支配する。しかし、答えは掴めない。

 だが、本能が告げている。

 闘いだ、と。

 

 『ーーー』

 

 本能の赴くがままに二足で駆ける。目の前の壁を通るとそこには【樹海】があった。

 コワセ。

 再度、命令が下される。何も思うことはなく目的地へと走る。

 すると、いつの間にか自身の体は右へと傾いていた。

 疑問に思う前に一つの矢が通り抜けていく。

 直感で交わした矢の元手を見据えると、我と同じ姿をしたモノ達がいた。

 

 人は、ソレを勇者といい。

 勇者は、ワレラをバーテックスという。

 

 ■■■

 

 あれから、どれぐらいの月日が経ったのだろうか。あのときの勇者たちに負わされた傷は未だに癒えない。左腕も失い、片方の視力は奪われた。

 ほかのバーテクッスたちは回復するのだが何故か我だけ回復しない。

 

 あいつらとの戦いは今でも思い出せる。一人は、遠距離。一人は、援護。一人は接近戦。多様であるが息がとても合っていた。剣を交わせば矢に撃ち抜かれ、矢を交わせば切り裂かれ、攻撃すると、弾かれる。

 あのときに抱いた感情が楽しいというのに気が付いたのはあいつらが3人とも命を失ってからだ。

 気が付けば死んでいた。おそらくほかのバーテクッスにやられたのだろう。

 だが、解せぬ。

 我と同等以上にやりあったあいつらが死ぬという事実が受け入れられない。

 その時から我は外れていた。

 

 あいつらが教えてくれた世界を我はいつの間にか好きになっていた。

 たった数日間言葉を交えた時からその世界に興味を抱いてしまった時点で我はバーテクッスという枠から外れてしまったのだ。

 その頃から頭の中に反芻していた言葉は徐々に消えていった。

 

 『アぁ、まタカ』

 

 ほかのバーテックスがまた動き出す様をみて呟く。

 3体動きだすのを見て、少しだけこの先の戦いに興味が湧いた。

 

 『イッテみるカ』

 

 右手で2本の刀を手に取る。一本は白く美しい刀。もう一本はアイツラの一人が使っていた黒い刀。

 腰に指しゆっくりと歩く。見馴れた神樹の結界のなか激しい音がぶつかっているところを見る。

 3人の勇者だ。年は幼く、まだ未熟。しかし、伸び代の見えない才能の塊だった。

 

 似ているな。

 戦い方を見てそう思った。遠距離、接近戦、援護。かつての勇者と同じだった。

 戦い方もとても似ている。いかに支え合いながら、いかに効率的に。

 

 だが、甘い。

 

 二人の勇者がバーテックスの尾に弾かれ身を血で汚す。

 残ったもう一人の勇者はその二人を連れて安全なところまで避難した。

 

 『さァ、どうすル』

 

 と、言ってもこの場合の選択肢は一つしかない。

 両手に剣をもった勇者が決意に秘めた表情で敵を睨み付ける。

 

 「随分前に進んでくれたけどなぁ……こっから先はーーー通さないッ!!」

 

 突撃。最善で最悪の選択肢を選らば是るを得なかった勇者をみて教えてもらった笑みが溢れる。

 

 『ククッ……。あァ、いい。そノ目、そノ姿勢。ーーーほんとによく似ているではないか』

 

 流暢に喋るその姿をみるものは必ず額に汗を流すだろう。

 それこそが合図。血を血で洗う合図。

 

 原初のバーテックスの戦いの意思表明なのだから。

 

 ■■■

 

 「銀……」

 「ミノさん……」 

 

 意識が戻った二人の勇者は、一人で3体のバーテックスに挑んだ三ノ輪銀の元へと向かっていた。

 その姿は満身創痍。子供のパンチでもやられてしまいそうなものだった。

 けれど、進む。

 進んだ先にあの人がいるから。

 霞む視界のその先にシルエットが浮かび上がると自然と二人に笑みが溢れた。

 二人して顔を会わせると歩く速さをあげる。

 

 『遅かったな』

 

 

 耳に届いたその声の圧力で呼吸が苦しくなる。

 なぜだ、何故いる。

 二人の勇者、鷲尾須美、乃木園子は困惑する。

 そして、絶望する。

 

 明らかに異常な人型のバーテックスの刀で深々と突き刺さられている三ノ輪銀の姿があったのだから。

 

 「うわぁぁぁぁああ!!!」

 『ほぅ……』

 

 園子が残りある体力を使い武器を向け、仕掛けてくる。

 その目尻にたまる涙を見てやはりか……と一人で納得する。

 易々と黒い刀でいなし腹に蹴りを喰らわせる。

 

 「ぐっ…ぁ……」

 「大丈夫!?」

 

 バーテックスは黒い刀をしまい銀に突き刺していた白い刀を抜き、血を振り払う。

 駆け寄った勇者と苦しげにこちらを睨み付ける勇者。

 その姿をみて笑いが込み上げてきた。

 

 「ッ!!何を笑っている!!ーーーよくも銀を……!」

 『いや、何。気に触ったら謝ろう。しかし、血は争えないのだなと思うと面白くてな。鷲尾、乃木、貴様らは三ノ輪に守ってもらった。その結果がこれだ』

 「なんで私たちの名前を……」

 『ーーー少し、喋りすぎたか。いいか、一つだけ良いことを教えてやる真実というのは時に残酷だ。それだけは覚えておけ』

 「ま、待て!」

 

 鷲尾のものは力量の差を理解し、手を出しては来なかった、か。まぁ、あれだけこちらに戦意がないとわかればそれも必然か。そして、乃木のものは些か冷静さを欠いてはいるが伸び代は最も高いな。

 しかし、これからどうするか。あの二人の勇者からはかなり距離を取れた。

 まぁ、アイツラの教えに従うならば

 『成せば大抵なんとかなる』って言ったところか。

 

 ■■■

 

 「ぅ……ひっぐ……」

 「銀……な、んで……」

 

 今しがた去っていった銀を殺したバーテックスは何故か自ら撤退した。その異様さ、姿、言葉を操る事実に気がつくには余りにも友人の死のショックが大きかった。

 

 樹海が解ける感覚に教われて二人は遠く、あのバーテックスが去っていった方向を眺めて下唇を噛む。

 

 何処かでこう言われた気がした。

 

 強さは常に犠牲の上に成り立っている、と。

 

 いつもの場所に戻されると大赦の人間が三ノ輪銀の死体をみて、ただ平然とーーー祀っていった。

 その時二人は気付いた。気付いてしまった。

 私たちは勇者だから待遇がよくなっている訳ではない。

 

 ただ、祀られているだけだと。

 

 「銀……」

 「ミノさん……」

 

 命の灯火が消えた友人を見て、また涙が頬を伝う。

 彼女が守ろうとした家族、友人、そして須美と園子。彼女がどういった思いで散っていったかわからないけど彼女は守ったのだ。大切なものを。

 

 「ーーー神樹様のお役目で死んだんだ。とても名誉なことじゃないか」

 

 違う。

 

 「彼女も最後に親孝行ができてきっと嬉しいだろう」

 

 違う!皆知った口を利いて、何も知らないで、全てを押し付けて!!銀は……。

 

 「わっしー……?」

 「そのっち……ごめんなさい。少し考え事してて……」

 「ううん、無理もないよ……私だって……ぅぐ……」

 

 園子が袖で頬を拭う。

 それに釣られそうになるがなんとか留まる。

 

 「……銀なら、立ち止まらない。そうだよね、そのっち」

 「うん、ミノさんはすっごくつよいから……!」

 

 だったら、やることはひとつ。お役目を果たして銀が守りたかったものを守る。

 それが新たに課せられたお役目だから。

 その前に一つ報告しなければいけないことがある。あの時は別のことで気を取られていたけどあの新種のバーテックスだ。

 最も信用できる大赦の人間である先生へのもとへ向かう。

 

 「どうしましたか?告別式を終わりましたよ?」

 「実は、報告したいことがあって……。新種のバーテックスのことです」

 

 新種のバーテックス、といった瞬間顔の表情が代わり直ぐ様大赦の人間としての顔となる。

 

 「詳しく教えてください」

 「はい。そのバーテックスの身長は175cmほどの人型でした。目の部分となるところの片側に傷があり片腕もありませんでした。全身白色で所々赤い線が入っていてまるで鎧を来た人間でした」

 「それでね、すっごく強いの……。私なんて直ぐに返り討ちにされちゃった」

 「ーーー武器は?見ましたか?」

 

 先生の口調が歯切れの悪いものとなる。

 

 「武器ですか?確か、白い刀と黒い刀を片手で器用に扱っていました」

 「!?」

 

 そう言うと先生の表情が驚きに染まる。そして血の気が引くように真っ青になっていく。

 

 「知って、いるんですね……」

 「えぇ……。ここで話すわけにもいきません。こちらへ」

 

 そう促されてついていくと人気が全くないところまで来た。

 

 「そのバーテックスは原初のバーテックスです」

 「原初のバーテックス?」

 

 園子が聞き返すが当たり前だ。そんなことは須美は一切聞かされていないのだ。

 

 「えぇ。勇者システムが確立したときの初代勇者たちがやっとの思いで傷を負わせ撃退に成功したバーテックスです。それ以来姿を表さなかったため倒れたかと考えられていました」

 

 先生の口から放たれた初代勇者という単語で須美と園子は震える。

 初代勇者は最優の勇者といわれるぐらいに強かった。その勇者達をもってしても撃退にやっとの思いで成功するぐらいの相手だったのだから。

 

 「ーーーこれは極秘事項なのですが初代勇者は3人。性はそれぞれ鷲尾、乃木、三ノ輪です」

 

 追い討ちを駆けるような事実に口が震える。

 では何か、あのバーテックスは私たちに対して何かしらの感情を抱いて接触を図ってきたというのか。

 

 口から漏れでたらしいのか先生が言った。

 

 「わかりません……。あのバーテックスには誰かから知識を与えられている説もあるのでただの興味本意ということもあります。ただ、今後も戦いになる可能性も頭に入れておいてください」

 

 ■■■

 

 「わっしー……強くならなきゃね……」

 

 車のなかで園子が呟く。

 須美は小さく頷く。その拍子に手元に雫が滴った。

 

 2人は勇者だ。

 いいや、3人は勇者だ。

 まだ小学生だけど、立派な人間だ。

 では、問おう。

 

 君は友を無くしたらどうするだろうか。

 

 

 車のなかで大きな泣くじゃくる声が響き渡るが、外の雨の音で消えていった。

 

 

 


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