学校が終わり、今日も俺は買い物をしてから家に帰った。今日は奏は事務所にいる。晩飯の時間は奏に合わせるしかない。
それまでは俺の時間になる。とりあえず米だけ炊いた後に洗面所に向かい、洗濯機を回し、風呂掃除をして沸かした後、外に干してある洗濯物を回収して畳み、ようやく一息ついた。
「………ふぅ」
のんびりとテレビの前のソファーに座ってスマホをいじり始めた。
………これは、アレだな。俺ってこんなに無趣味な奴だったんだなと改めて思うわ。
いや、一人の時間ができるたびに思ってるんだけど、でも趣味を探す時間なんてないしなぁ。
……テレビでも見よう。そう思ってテレビをつけた。特に興味のあるものはやってない。というか何もやってない。退屈だ。
何か趣味を探さないと。………掃除しよう。なんか暇な時間って勿体無い気がするし。
いや、ダメだってだから。いつも無趣味過ぎて掃除してるから部屋綺麗過ぎるんだよ。文字通り埃一つ落ちてない。しかし、そうなると趣味が……。
…………なんで俺こんな事で悩んでんだろう。
「………はぁ」
まぁ良いか、趣味なんて無くても。
そのまましばらくテレビ見ながらボンヤリしてると、もう気が付けば9時を回っていた。
………そろそろ晩飯作らないと。奏も帰って来るし。そう思って台所に向かった。今日は刺身で良いかな、なんて思って冷蔵庫の中のマグロとかサーモンを切って皿に盛り付けてると、ガチャっと玄関の開く音がした。
「おかえりー」
「兄さん、ちょっと……」
「?」
ちょっと何だよ。来てくれって事か?顔を出すと、ズブ濡れの奏がいた。
「どうしたのそんなに汗かいて」
「そんなわけないでしょ?雨よ、雨。駅に着いたら急に降って来て……」
「折り畳みは?」
「忘れた」
あー、まぁ仕方ないか。
しかし、洗濯物先にしまっておいて良かったわ。すると、奏から「へくちっ」とくしゃみの音が聞こえた。自分の身体を抱いて鳥肌を立たせている。
「ちょっと待ってて、タオル持ってくる」
「え、ええ」
洗面所に入ってタオルを取って奏の頭に掛けた。
「ありが」
「動くな」
「へっ?」
頭に乗せたタオルで髪をわしゃわしゃと拭き始めた。
「にっ、兄さん⁉︎それくらい自分で出来るから……!」
「いいから動かないで」
よし、こんなものか。拭き終えるとタオルに頭を乗せたまま洗面所に戻った。
「身体は自分で拭いてね」
「わ、分かってるわよ!」
そんな怒らなくても。
続いて床にタオルを敷いて、洗面所までの道を作った。
「風呂そのまま入るでしょ?」
「そうするわ」
奏はそのままタオルの上を歩いて洗面所に入った。俺も床のタオルを回収しながら、念のため床を拭きつつ洗面所に入った。
直後、上半身裸の奏がなんかすごく驚いた時みたいな感じで俺を見て来たので、俺もびっくりしたしまった。
「えっ、何?」
「何?じゃないわよ!何で入って来てるの⁉︎」
「え?タオルと奏の服を洗濯しなきゃと思って」
「わ、私脱衣中なんだけど⁉︎」
「……兄妹で何言ってんの?昔はよく一緒にお風呂入ってたじゃん」
「子供の時の話でしょ⁉︎」
「ああ、あの時懐かしいなぁ。奏は甘えん坊だったから、よく俺の足の間に入って来」
「余計な事思い出さなくて良いの‼︎ていうかこの流れでよく思い出話が出来るわね⁉︎」
そんな顔を真っ赤にして怒らなくても……。
「分かったよ。見ないから風呂早く入れよ」
「出て行きなさいよ‼︎」
「ええ、なんでよ」
「見られたくないからよ‼︎」
「あーもう……分かったよ。あ、脱いだ物は洗濯機の中に入れちゃってね」
「指示してないで早く出て行きなさいよ‼︎」
「え、奏って指示されるの嫌いだったっけ?」
「会話を広げるなー‼︎」
なんかすごい怒られ釈然としなかったが、とりあえず従っておいた。
ー
奏が浴槽に入ったのを確認すると、再び洗面所に入って洗濯し始めた。
さて、飯の準備の続きに行こう。刺身を切って味噌汁を作った米を茶碗に盛って牛乳を注いで食卓に並べた。
で、ようやく奏が風呂から出て来た。何かを決意したような顔で。
「あ、来た。飯出来て……どうした?」
「……………」
聞き返すも返事はない。何、本当にどうしたの?と、思ったら、奏はニヤリと微笑みながら俺の目の前まで歩いて来た。ていうか、寝間着のボタンちゃんと上まで止まってないし。
「ねぇ、兄さん?」
「? 何?」
「本当に私の体を見て、何も感じないの?」
「は?」
言いながら、俺の隣で変にくっ付いてくる。何、キャバ嬢でも目指してんの?
で、腕に胸を押し当て、ボタンの空いた箇所から谷間を強調するようにくっつけて来た。
「こんな事されても?」
………耳だけ真っ赤にして何をしてるんだこの子は。
何だかよくわからないが、奏から腕を外すと胸元のボタンを止めた。
「………….へっ?」
「女の子がこんなはしたない格好をするんじゃありません」
「ーっ!」
「さ、それより飯にしよう」
ボタンを留め終えると、頭を軽くポンった叩いて席に着いた。
すると、奏は顔を真っ赤にしたままリビングから出て行った。
「お、おい奏?飯は良いの?」
「……いらない」
「なんでだよ。友達と食べて来たの?」
「…………食べてないけどいらない」
逃げるように奏は階段を上がった。いらないってわけにはいかんだろうに………。
仕方ないので、刺身を半分ずつ別の皿に盛り付け、米と味噌汁と刺身にラップを掛け、トレーに乗せた。小さい折り畳み式の机も取り出して二階に運び、奏の部屋の前に置いた。声は……かけないほうが良いか。
今日は一人飯だ。家で一人飯とか中々だねこれ。
ー
翌日、奏に今日は朝早いのか聞き損ねたため、一応早起きしておいた。
部屋を出て、ふと奏の部屋の前を見ると、トレーは無くなっていた。下に降りると、奏の姿はない。どうやら、昨日寝る前に食べたようだ。それなら良かった、飯を抜くのは健康に良くないからな。
とりあえず、朝飯の準備しておこう。そう思って台所に向かうと、「ありがと」と書かれている小さなメモ用紙が置かれていた。
それを何となくポケットにしまい、朝飯を作り始めた。今日は休日なので、弁当を作る必要はない。従って、普通の飯にできるが、奏が今日も仕事があるのなら、あまり重たい物は受け付けないだろう。
よし、担仔麺にしよう。確か、この前何となく作ろうと思って食材は揃えておいたはずだ。
「よし、やるかっ」
料理を開始した。しばらく調理してると、階段から誰か降りてくる足音が聞こえた。おそらく、奏だろう。
予想通り、奏の声が聞こえて来た。
「おはよう」
「おはよ。今日仕事は?」
「今日はオフよ」
ふーん、オフなんだ。じゃあ久々に奏はのんびり出来るわけか。
「朝飯まだ出来てないんだ、少し待ってて」
「はーい」
………寝起きの奏から、すぐに返事が返ってくる、だと?ふと奏を見ると、すで着替え終え、寝癖も直し、いつでも出られる状態だった。
「どうしたの?どっか出かけんの?」
「ええ」
「ふーん、誰と?友達?」
「兄さんと」
「へっ?」
「兄さんは今日、私と出掛けるの」
「初耳ですが。まぁ良いけど」
「よし、決まり」
何処か行きたい場所でもあるのかな。まぁ、そういう時便利だよな、兄って。奢らせられるし。幸い、無趣味を貫き通して来た俺は、小学生の頃からのお小遣いをほとんど使わずにとってあるし、金ならある。使う時といえば、奏と出掛ける時くらいだったもんな。
担仔麺が完成し、箸と一緒に机の上に運んだ。
「はい、お待ちどう」
「………何よこれ」
「担仔麺」
「た、たん………?」
「なんだっけな、確か台湾料理」
「ほんと、兄さんって何でも作れるのね」
「こんなの奏だって作れるよ。作り方さえ覚えればね」
「そ、そう………」
それより食べよう。いただきます、と挨拶してから麺を啜った。
うん、美味い。美味いのはいいんだけど、一つ問題がある。
「………担仔麺ってこんな味で良いの?」
「え?いや知らないけど」
食べたことないんだなぁ、本物を。ぬぅ、これで良いのか?なんか答えは出したのに正解かどうか分からない数学みたいで嫌……あ、いや数学の問題間違えたことないからそれは違うや。
「……今度、本物の担仔麺でも食べに行こうかな」
「いや、そこまで気になるの?」
「いや、何となくだけど」
しかし、担仔麺が食える飯屋なんてこの辺にあるのかな。探すのに骨が折れそうだ。
すると、奏が麺を啜りながら言った。
「……別に、これはこれで美味しいから、兄さんのタンソーメンって事で良いと思うけど」
「…………奏」
少し嬉しかったから、思わず「担仔麺な」というツッコミを入れ損ねてしまった。まぁ、そうだな。美味かったし、別にこれで良いか。
二人で朝食を終えると、奏と二人で出掛ける事になった。