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少し目を離した隙に気が付けば三ケタ……いったい何が……
学校の授業が全て終わった夕暮れの教室から、グラウンドを眺めて少しの寂しさを感じていた。
その窓から見えるグラウンドでは数名の少年がゴールネットに向かってボールを蹴っている。
その中には、隆弘とその兄が混じっていて、二人は楽しそうに笑っていた。
元々あれほどまでに仲の良かった兄弟をブレインバーストが歪めてしまっていたのだろう。
(これが一番良かったんだよね……)
記憶が無くなっても、隆弘とは友達のままだ。
だが、親友と言えるかは微妙な溝が出来てしまった。彼との友情はその殆どを向こう側での事だ。
彼は変わらずに話してくれるが、どこか会話にもズレが生じるし、彼自身兄と同じでサッカーをひたすらにやるようになった。
大切な友達だが、もう、あれほど仲が良くなる事は無いと思う。
それは純粋に趣味の違いもあるし、僕には後ろめたい気持ちがあるのだと思う。
(助けられなかった。彼との約束を破ってしまった……)
怒りのままに相手を倒し、ポイント全損に追い込んだ。
それは誰にも知られていない事であるが、ずっと僕の心にシコリを作っていた。
精神的な一助として、全力で走れるブレインバーストを捨てる事は出来ないが、誰かと戦うと言う事は出来ない。
最低限ポイントを補充するためにエネミーを倒して回る以外はもう、この力は行使しないだろう。
「さってと、明日の為に今日は帰って寝ようかな」
そんな中、僕は現実世界でも未だ走り続けている。
足が使えないなら手を使えばいい。まるで子供の「ご飯が無ければお菓子を」な理屈だが、僕は子供だから問題なし。
と言うか、現に車椅子を使った競技はしっかりと存在するのだ。
僕は今からそれに向けて競技用の車いすまで手に入れて練習をしている。
そして明日は、ちょっとした刺激を得る為に、僕と同い年くらいの少年少女たちの陸上大会を見に行くのだ。
元々走るだけでなく走っている姿を見る事も好きだった。
近くで陸上競技が行われれば欠かさずに見に行くほどの熱中ぶりである。
「じゃぁな。相棒」
それは一人だけが知る決別。
遠くに見える同い年の少年を見て、僕は告げる。
そして、今日から僕はカラカラと車輪を回し一人で帰路に着く。
「がんばれええええーーーー!!」
「一番取れよおお!」
そこには熱気が満ちていた。
陸上の大会で、既に下でスタンバイをしている数名の少年達。
もっとも、一番熱くなっているのは選手では無く、観客席の父兄たちなのは、この手の大会の習わしのような物だ。
「さて、『ダイレクト・リンク』」
昼の休憩時間。
昼ご飯を食べた後、周りは友達、親などと会話をしているが、僕は一人で来たためこの時間はあまり居心地はよくない。なので、この試合会場のローカルネットにフルダイブを行い、時間を潰す事にした。
ダイブした先はメルヘンチックな森の中。市や、国が公開しているようなローカルネットは大体が同じ様なエディタである。
僕はその中を白いウサギで、瞳の色だけを薄い青に変更したコミカルな姿で歩く。
「試合の時は見てるのは楽しいんだけど、この時間は如何もなぁ……」
そこは見回しても、人は疎らで人口密度は現実の会場と9:1位だろう。
それでもこの空間に人がいると言うのは、流石はネットワーク世代と言うべきだ。
「……ん?なんだろ?」
その密度が低い中で、視線の端で何かが横切るのを捉えた。
光に反射して白く煌めく毛をしている何かの動物のようだったが、大きさは実物大の人のようでもあった。
丁度現実の僕と同じくらいの身長であるので、出場選手なのかもしれない。
何故だか解らないがその後ろ姿が気になった。
それはこの空間で急いでいたからなのか、そのアバターが他と少しいじり方に念を入れていたからなのか、もしかしたら微かに見えたその切羽詰った横顔が気になっただけなのかもしれない。
「行って見るかな……」
表に出ていないだけで隆弘の事を引きずっているんだろう。
そのせいか、どうも人恋しくなっているのかもしれない。
ウサギらしくテチテチと小さな歩幅で人影が消えて行った区画に入る。
「確か、こっちだと……」
しばらく進むと、森がだんだんと暗くなっていく。おそらくこのローカル・ネットの端が近いのだと思われる。
この明るい森の中で、好んで暗い場所を目指す人間は少ないだろう。お蔭で探していた人物はすぐに見つける事が出来た。
体育座りをして小さくなっている後姿を見つけて近づいて行く。
近づいてみて初めて分かった事だが、その毛は白ではなく銀色のアバターで頭の上に綺麗な三角の耳が付いており、その手足には愛らしい肉球グローブが装着されていて、その背中からはゆらゆらと尻尾が揺れていた。
ここまで来た以上、何もしないで帰ると言うのは論外である。
とにかく僕は話しかけてみる事にした。
「こんにちわ、猫さん。こんな所で何をしてるの?」
「ふぇ?」
今日は私のやっていた陸上の大会の日だ。
その日にはもちろん仲良しの幼馴染も応援に来てくれる!ママなんて張り切っちゃって、お昼ご飯に重箱を用意するからって言っていた。
私はそれに呆れながら、期待されていると気を引き締めて行かなくちゃと心に強く言い聞かす。
みんな口々に言ってくれる。
「チユなら絶対一番だ!」「チーちゃんなら大丈夫だよ!」「親戚のみんなに自慢しちゃうから!」
嬉しかった。
応援してくれているのはママや幼馴染だけじゃない、学校の先生は大会での監督だし、選手に成れなかった生徒も何人もいる。
そんなみんなも言ってくれる。
「出れない私たちの代わりに勝ってね!」「いつも通りやればお前なら勝てる。頑張れよ!」
だから私は勝たなくちゃいけない。
応援してくれた人たち全員に、いつも通りの満面の笑みで返して、私は午前の部で走った。
結果はあまり芳しくなかったが、何とか決勝にコマを進める事が出来た。
だけど、だんだん不安が募り始めてきた。
勝たなくちゃ。期待されてるんだ。
ハルが聞けばチユのくせにって驚くだろうけど、私だっていろいろ考えるんだ。
そんな気持ちで迎えたお昼御飯も、なんだか喉を通らなくて、あまりおいしく感じなかった。
自分がこんなに緊張するなんて思わなかった。
「どうしたのチユリ?あんまり食べてないじゃない」
ママが心配そうに私に話しかけてくる。
「ううん。大丈夫だよママ。わ、私ちょっとお手洗いに行ってくるね」
ママたちに何でもないように笑いながらその場から離れてる。
心臓がドキドキいってる。気持ち悪くもなってきた。
こんなんじゃまともに走れないや。
私は少しでも気持ちを落ち着かせようと一人になろうとしたが、周りからの声が大きくて、なかなか落ち着いて過ごすことが出来なかった。
だから私は、この会場のローカルネットに接続して、人が居ない所に行くことにした。
でも、そこにもやはり人はいて、必然的に私は誰もいないであろう隅の方へと向かう事になる。
「なにやってんだろ、私……」
体育座りになりながら、小さな声でつぶやいた。
何故か瞳に涙が堪った気がした。鼻の奥がツーンとした嫌な感覚もして、現実の私は涙を流しているのだろうと他人事のように思ってしまった。
その時私は出会った……
「こんにちわ、猫さん。こんな所で何をしてるの?」
「ふぇ?」
真っ白な毛をしたウサギさん。
優し気な雰囲気を伝えてくるような薄い青い瞳が私に微笑みを浮かべていた。
「う、ううん、何でもないです。た、ただこっちに何があるのかなぁ~って」
私は何時ものように、陽気な笑みを浮かべて何事も無いように笑った。
「うそでしょ?」
「え……?」
男の子なのか女の子なのか解らない声色で、しかし表情は先程から変わらない笑みで私の言葉を否定した。
「猫さんの顔を見て思い出したけど、猫さん、さっき走ってた子だよね?とっても頑張ってた」
「う、うん」
「その時も、今もだけど、君とっても辛そうだよ?」
「そんなこと――――」
無いと言おうとした。
でも、私はそこで言葉を詰まらせた。
なんで?辛くない、だってみんなが応援してくれて―――――
「応援とか……」
「ッ!?」
「応援とか期待ってさ、力になる事の方が多いけど場合によっては重すぎるって事があるんだよね。一人になりたかったのかな?」
言われて初めて自分が感じているこの気持ち悪さを理解した。
でも、それが解っているのならなぜ話しかけて来たんだろう?理解したら余計に一人になりたくなってきた。
幸いまだ出番まで時間はあるのだから、そっとしておいてほしい。
「でもさ、一人になっても解決しないんだよね。そういう緊張とか、圧迫とかって」
何が言いたいのか解らない。
だから私は押し黙った。次に言われる言葉に備えて。
「まぁ、そう言ったストレスって友達とか、知り合いには話し辛いけど、僕じゃ助けになれないかな?」
初めて会った人に悩みを打ち明けるなんて出来る筈が無い。
そう思っていた筈なのに、いつの間にか私はぽつぽつと話し始めていた。
その愛らしい姿から、家にあるぬいぐるみに話しかけるような感覚だったのかもしれないが、一番の理由はたぶんこの人の口振りが私と同じ体験をしたかのように聞こえたからだと思う。
彼(?)と並んで座り、しばらくして話し終えると、彼は私に向かって変わらない笑みで話しかけた。
「良い家族、それに友達じゃないか」
「うん、私の大切な人たちだよ」
そう、別に私はみんなの事を嫌いな訳じゃない。むしろ大好きだ。
だからなおさら――――
「なおさら、楽しまなくちゃね?」
「え?」
「走る事、好きなんでしょ?」
「うん……」
顔を伏せながら私は答えた。
「みんなが応援するのはさ。きっと、君の楽しく走る所を見たいからなんだよ」
「そうかな……」
「もちろん!それに……」
「なに?」
今まで話していて初めて言葉を躊躇っているふうに感じた。
「僕も、君が楽しそうに走ってるのが見てみたいんだ」
照れているのか、小さな手でその可愛らしい頬を掻いていた。こんな人形があったらお持ち帰りしたい。
その愛らしい動きと今まで相談に乗ってくれていた大人びた印象とのギャップで私はつい笑いを吹き出してしまった。
彼はそれを咎める事無く、不思議そうに首を傾げるだけだった。
それがまた私のツボに入ってしまって、しばらく笑い続けた。
「あはははっ!あ~、面白かった~」
「ん?良かったね?」
「うん!そうだよね、私は楽しかったから走ってるんだもん。それにプレッシャーで落ち込むなんて私らしくもない!」
やる気出てきた!こうなったら全力で楽しんでやるんだから!
そうと決まったらここで暗くなっていてもしょうがないよね。
「それじゃウサさん。相談のってくれてありがとう!お礼は試合で見せてあげるんだから!」
「うん、頑張ってね、猫さん。猫さんも行くみたいだし、それじゃ僕も落ちるね?」
「あ!ちょっと待って!」
「ん?何?」
「ここで名前を聞くのはマナー違反だから聞かないけど……。試合が終わったら、また会ってくれないですか?」
「そう、だね……。うん、いいよ。それじゃ、終わったらまたここで良いかな?」
「うん!ありがと!走りでお礼するって言ったけど、ちゃんとしたお礼もその時に言うからね!ちゃんと来てよ?」
「もちろんだよ。それじゃ、がんばって」
私はその場からすぐにリンクアウトした。
そして徐に立ち上がり、ママたちが待っている場所まで走っていく。
さぁ!頑張るぞッ!
「さて、頑張ってね猫さん」
現実に戻り、本日最後のレースを観戦する。
そしてレーンの三列目には猫さん、選手の紹介によれば倉嶋千百合と呼ばれる少女の姿があった。
だが、僕は変わらず猫さんと呼ぶことにした。
やはり一方的に知っていると言うのは両方にとってあまりよろしくない。試合が終わった後、もう一度会う約束もしている。名前はその時にでも言っておこう。
「ヨーーーイッ!」
パンっ!と言う軽い音と共に、五人の少女たちは一斉に走り出した。
心配していた少女の顔には真剣でありながら笑みもあり、見ていて安心できる試合だった。
そしてその顔は、走りきるまで曇る事は無かった。
「ナイスランッ!」
一着にはなれなかったみたいだが、それでも入賞まで届いたのだ。
それだけでも十分な頑張りだ。僕は小さくその頑張りに声援を送った。
僕の声など聞こえてい無い筈だが、猫さんは観客席の方に向き直り大きく息を吸った。
「ウサさ―ーーーーんっ!!私ッ!楽しかったぁーーーーーッ!」
その奇行に周りの人たちは首を傾げている等をしていたが、僕は一人天を見上げて苦笑いを浮かべた。
そして授賞式になり、猫さんは一番小さな段に上り、賞状などを貰った。
そこまで見終わった僕はそそくさとその場を後にし、先程と同じ場所でまたネットに入る。
チユちゃんは陸上部だから小学生でも大会ぐらいあるだろうと書いてみた。
原作突入はもう少し。
それではお疲れ様でした!