ドライ系プロデューサーとウエット系アイドル   作:呉出のん

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三船美優はめんどくさい

嗚呼、働きたくない。今では口癖になってしまったいつもの言葉を口から吐き捨ててプロデューサーは本日何度目かのグロッキー状態を態度で示した。

くるりとボールペンを回し、一息。頭に居座る睡魔は絶好調。机に置いてある缶コーヒーは15時で四本目だ。

いつもの喫茶店ではなく、事務室。今いる場所が仕事場というだけで普段のテンションを6割は削り取っている。

カフェイン程度では睡魔と倦怠感を倒すことなどできないのか、怨めしい。

こんなにも辛いなら、辞めてしまいたい。今すぐ布団に篭って眠りたい。

 

「そういう訳で帰ります」

「駄目です」

「だめぇ?」

「可愛く言っても、です」

 

ドラマの台本を読んでいる美優にやんわりと退路を絶たれ、プロデューサーは仕事に戻る。

何故、世間は仕事をしなくては生きていけないのか。どれだけ問いかけても、答えは返ってこない。仕事、NG。

この考えは双葉杏以外、わかってくれないのでなんとも辛いものだ。

 

「たまには早退してもいいと思うんですよね」

「この前、ニュージェネとトライアドが来るから早退しましたよね?」

「あれはノーカンです、ノーカン。

 というか、そんな状況で仕事なんてとできませんよ。体調悪化でぶっ倒れますよ?」

「ありすちゃんの時も同じ理由を使ったので、もう駄目です」

「仏の顔を無限大っていうじゃないですか」

「そんな諺はありません」

 

何故だか知らないが、加蓮だったり、ありすだったり。自分のことを友人や知り合いに紹介したいとよく言ってくるのだ。

当然、そんな如何にもめんどくさそうな案件に巻き込まれるのはごめんなので、うまく煙に巻いているけれど。

 

「……仕事の具合はどうです?」

「順調です。取ってこられた配役も入り込みやすく、上々な成果をあげれるかと思います」

「最初に出会った頃からすると考えられない自信ですね」

「プロデューサーさんがそう育ててくれたんです」

 

そんなことはない。三船美優が強くなったのはあくまで自身で勝ち取ったものだ。

プロデューサーなんて些細な要素に過ぎず、自らでなくとも、彼女はきっと成功していたはずだ。

その称賛を素直に受け止めるな。そうやって図に乗って痛い目を見た経験を思い出せ。

くつくつと笑い声をあげて、渋く表情を重くする。全くもってひねくれている。

 

「100歩譲ったとして。きっかけを与えたのは俺でも、そこからここまで来たのは貴女が頑張ったからです。

 北条も橘も、同じように」

 

きっと。もっと。彼女達を輝かせられる、幸せにできる、人間は存在する。

それはテレビに写るアイドルだったり。今も必死に仕事をしている他のプロデューサーだったり。アイドルの応援へと魂を注ぐファンだったり。

自分のように割り切りのよさと逃げ足の早さが取り柄の奴よりはよっぽどましだ。

 

「生憎と優秀とはかけ離れたプロデューサーなんで」

「それだけいつもの皮肉が言えるのでしたらまだ大丈夫ですね」

「皮肉を基準にしないでくださいよ」

「本当に疲れている時のプロデューサーさんはもっと酷いですから」

 

 とはいっても、何を言おうが無駄なことだ。

絶対の信頼。彼女から寄せられているのはそういう類のものであり、覆ることはよっぽどでない限りないだろう。

 

「信頼が重い」

「これくらい、普通です」

「チャイルドスモックを着せた人に寄せるものではないと思います」

 

以前の企画で何故か着せたチャイルドスモック。三船美優にチャイルドスモック。

それは傍から見るとミスマッチなのかもしれないが、違うそうじゃない。

大人である彼女が幼さの象徴であるチャイルドスモックを着用する。

加えてツインテールにしてアピールポイント倍増である。

この破壊力を前にして落ち着いていられるだろうか。いや、無理であろう。

 

「普通に断られるかと思いましたよ。何で乗るんですか」

「プロデューサーさんはああいったものが好みなのだと思いまして……」

「違います。あくまで戦略的なものです。

 艶麗さと幼さの合体で点数稼ぎしたかっただけですから」

「プロデューサーさんの為なら私は別に……」

「だから、違いますって」

 

決して、自らの好みは入っていない。

たぶん、めいびー、おそらくは。

プロデュースをする以上、公平な観点から的確な判断が必要なのだ。

それを個人的な好みで歪めるなんてもってのほかである。

 

「話は聞きました、チャイルドスモックなら私が適任ですね」

「プロデューサーさんが振り向いてくれるなら……!

 私は着たよ、チャイルドスモック!!」

「ほら来たよ、バカ二人が。まーためんどくさいことになってきた」

 

本日何度目かも数え切れない溜め息をつきながら、プロデューサーは二つのドヤ顔から目を逸らした。

チャイルドスモックを着用した担当アイドル二人がドアを勢い良く開けて、入り込んでくる。

本当に何だこれといいたい状況である。

 

「本来、大人である私が着るのは不本意ではありますが、この中では年齢的に一番適任です。

 仕方ありませんね、どうしてもと言われたら断れません」

「一言も着れとは言ってない」

「じょしこーこーせーにチャイルドスモックなんて、プロデューサーさんは変態だなぁ」

「じゃあ、脱げよ」

「ええっ、こんな事務所内でそんな……!」

「そこまでにしておけよ、北条。

 アイドルじゃなかったら、キレてるからな、お前」

 

大変めんどくさい二人を放置して、プロデューサーは美優の方に視線を向ける。

どうにかして収めるのを手伝って欲しい。

アイドルとプロデューサーたるもの、アイコンタクトぐらい当然できる。

 

「私も負けていられませんね……!

 急いで着てくるので待っていてください!」

「乗らないでください、これ以上収拾つかなくしてどうするんですか」

 

できるわけないだろう、クソッタレ。

吐き捨てた悪態を噛み締めつつ、プロデューサーはこのふざけた場を収拾するべく言葉をぺら回した。

 

 

 

 

 

 

「ーーで、その衣装はなんだ」

「チャイルドスモック」

「……質問が悪かったな。何で、着てる」

「衣装部屋でちょっと、ね」

「ちょっと、じゃねぇよ。お前、その服でここまで来たのかよ」

 

しれっと口を滑らせた加蓮に対して、もうどうにでもなれと言わんばかりに目を伏せる。

正直、アイドルの行動力を舐めていた。

 

「大丈夫、新田さんにも着せて囮にしたから、私達はまだ見られてないよ」

「お前、新田さんのチャイルドスモック姿とか色々とダメだろ……。

 新田さんが新たな世界を開いたらどうするんだよ」

「その時は担当のプロデューサーさんが何とかしてくれるって、たぶん」

「どうにもなんねぇよ。新田さんがこれを期にああいう服装にどはまりして幼児プレイを密かな趣味にしたら、俺は土下座して謝らなくちゃいけないからな」

 

もしも、そうなった時は本当にいたたまれない。

そういう楽しみは人の勝手ではあるが、の自らの担当アイドルが発端となったならば話は別である。

ただでさえ、肩身が狭いのにこれ以上狭くしてどうするというのだ。

 

「もう嫌だ、帰りたい。いや、辞めたい」

「病めたい、ですか?」

「黙れ、橘。お前もう一生橘呼びだからな」

「そんな……!」

 

何とかしなければ。このままでは非常に拙い。自分達が、新田美波幼児プレイのきっかけになることだけは避けたい。

願い、祈る。事態の悪化とならないことを切にーーーー!

 

「…………私の時と態度が違います」

 

プロデューサーの誤算は三船美優が拗ねたことだった。

何故か知らないが表情をむむむと鈍らせ、口を尖らせている。

 

「私にはそこまで必死になってくれませんでした」

「そりゃあ担当アイドルは融通がききますし。

 三船さんはあくまで仕事ですし」

「多くの人に見られました。辱しめを受けました」

「ついさっきまで、そんなに気にしてなかったじゃないですか」

「乙女心は変わりやすいんですよ?」

「乙女って年齢ではもう……すいません、そんな殺意の込められた目で見られると辛いです」

 

めんどくさい。口には決して出さないがめんどくさい。

何故、彼女の機嫌が悪くなったのか。

別に、新田美波のことを心配するのは当然のことだ。

他者がプロデュースするアイドルと身内のアイドル。拗れたら後々厄介になるのは前者だ。

身内なら、プロデューサーが幾らでも巻き返せるが、外部ならそうはいかない。

 

「わかってないなぁ、プロデューサーさんは。つまり、三船さんはね、もっと構われたいんだって。

 新田さんみたいに、あれこれと心配されたいんだよ」

「………………はぁ?」

 

こくこくと頷く美優を見て、プロデューサーの表情は益々怪訝なものへと変化していく。

別に、普段冷たくしている訳でもなし、そこまで気にするものなのか。

もうわからない、と加蓮達に目を合わせるが、賛同は得られない。

 

「俺にはあんまりわからんな」

「無頓着というか、冷たいというか。

プロデューサーさんはドライだからねぇ」

「気にかけてないって訳じゃないからな」

「そんなの、わかってるよ。それでも、もっと気にかけてもらいたいってのが乙女心ってやつ」

 

感覚の剥離が激しすぎる。

若年齢の少女と関わることの多いプロデューサーでも、わからないことはある。

干渉強めの関係なんて、きりがないというのに。

 

「橘、助けてくれ。報酬はありす呼び一週間」

「情けないですね、全く。しかし、その報酬は魅力的なので助けます」

「最後まで裏切らなかったら苺も付ける」

「銘柄は?」

「とちおとめ」

「乗りました」

 

こういうときは場をうやむやにして乗りきるに限る。

大抵は最後の辺りにはお互いに飽きてどうでもよくなってしまう。

下らないやり取り。取るに足らない時間。

かつてはもっと騒がしかった日常も、今では穏やかなものになってしまった。

後悔しようが、喪失は喪失のまま。

受け入れて前に進むしかない。

それで、いい。何も取り戻す必要なんてない。

微睡みのような日々をこれからも続けていく。

ただ、それだけだ。




【新田美波】
真面目すぎて逆に心配になる系アイドル。
崩れ落ちたらどこまでも落ちていきそうと心配されている。
新しい扉を開いたかどうかは不明。

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