「そういう訳でプロデューサーを辞めることになった」
「わかった、死ぬね」
「そうですか、死にます」
「お前ら笑えない冗談やめろよ」
「そっちこそ、笑えない冗談なんだけど」
今日も今日で、プロデューサーと担当アイドルである加蓮達はいつもの喫茶店でサボタージュである。
営業に行くと見せかけて、サボる。
会社内にいたら嫌でも事務仕事だったり、他のプロデューサーと交流しなくてはならないので、外に逃げるしかない。
一応、最低限の挨拶回りと営業もしてきたので文句は言われないだろう。
熱意あるプロデューサーが聞いたらはっ倒したくなる発言だが、やる気がないものはやる気がない。
もっとも、出会ったら仕事や付き合いに色々と面倒くさいことに巻き込まれそうなアイドルが今日はプロダクションに出勤しているというのもあるけれど。
「だって、今日は日野が来てる……」
「プロデューサー、苦手ですよね、茜さんのこと」
「会社にいたら無理、無理無理無理……死ぬ、死ぬ。遭遇したら橘を囮にして逃げるわ」
「プロデューサーさんの家にお呼び頂けるなら幾らでも囮になりますよ。それと、ありすと呼んで下さい」
「私は合鍵が欲しいな~。これで、いつでも看病してもらえるねっ」
「ぶっ飛ばすぞ、お前ら」
日野茜。熱血王道のパッションアイドルである。
今日は事務所に来るとの情報を事前に双葉杏から聞いていなければ死んでいる所だった。
最終手段のトイレに引きこもりを使うのはできれば避けておきたい。
その手段は他なる厄介なアイドル数名に使いたいのだ。
「熱血で仕事にも積極的。常に全力でポジティブシンキング」
「改めて、プロデューサーさんが苦手な要素勢揃いだね」
貧弱で仕事にも消極的。常に手を抜いてネガティブシンキング。
プロデューサーからすると非常に勘弁願いたい存在である。
できることならば、ずっと目を背けていたいが、出会ってしまったらそうもいかない。
「それに、日野は真っ直ぐだから無理。あのまっすぐな目に耐えられない。
眩しいわ、ああいうスタンスは。傍から見ると俺の方が冴えないクソッタレ野郎だしな」
「重症だね。茜ちゃん、話してみると意外といけるって」
「いけねーよ、バーカ。俺からすると眩しすぎてまともに見れないレベルだぞ、日野は。
お前達のようなひねくれているアイドルと一緒にするなよ。日野茜は純真無垢なんだからな」
「この人、地味に酷いこと言ってますね……」
「大概、プロデューサーさんもひねくれているよねぇ」
人懐っこい彼女は邪険に扱っても大型犬のように擦り寄ってくる。
そうなると冷たくあしらうこともできず、ずるずると彼女のペースに乗せられてしまうのだ。
担当アイドルでないことが唯一の救いだが、それはそれとしてめんどくさい。
故に、彼女がプロダクションに来ている時、プロデューサーはなるべく外周りをすることにしている。
「まあ、何だかんだでまだ辞めないんだけどな。辞める時は何も言わず、忍者のように消えるから」
「そうだね、辞める時は私達のお婿さんだもんね。消えないように網を張らないと」
「プロデューサー共有計画の完遂に至った時は、辞めてもいいですよ」
「もう深くは聞かないが、不穏な計画を立てるのはやめろよな」
これ以上、茜のことについて考えると自分がみっともない存在だと再確認してしまうので思考を無理矢理に打ち切った。
幸いなことに、この二人はひねくれ者オブひねくれ者なので心がざわつかない。
お世話好きだったり、ポジティブ系だったり。
アイドルの中でも鬼門となる少女がそれなりにいるだけに、プロデューサーの胃痛は留まることを知らない。
「やっぱり、双葉を呼び寄せて、合法的にサボる手段を増やすしかないな」
「それは無理でしょ。杏ちゃんの担当、真面目で責任感強いし。
自分でしっかり育成するんだ~って燃えてるところをこの前見たよ」
「うわぁ、双葉の引きつった笑みが目に浮かぶ」
「まあ、そんな感じでプロデューサーさんの所には送らないでしょ」
その中でも胃に優しいアイドルが転がり込んでくるといいが、そうもうまくいくはずもなく。
結局は現状維持でのらりくらりとやっていくしかない。
担当アイドル達のマジ告白を躱すのは大変だが、割り切ると楽なものだ。
「世知辛いわぁ~。なぁ、俺の代わりに仕事をしてくれるアイドルを知らないか」
「婚姻届に判を押してくれたら教えてもいいよ」
「橘の場合は笑って流せるけど、お前のは流せねぇよ。まあ、無理だよなー」
程よい距離を弁えてくれればなおいいが、これ以上の贅沢は言えない。
彼女達のおかげでプロデューサーという職業がクビにならないのだから、本来は感謝すべきなのである。
頭ではそう理解しているが、トンチキ告白を何度も受ける内に素直に感謝も言えなくなってしまった。
「それにしても、隙あらば告白の流れに持っていくの、本当よくないと思うぞ。貞操観念ガバガバ過ぎるわ」
「これぐらいしないと、プロデューサーさんが取られちゃいそうで。私はいつでもそういうの、オーケーだよ?」
「俺はノーだから。お前に手を出すほど、性欲に塗り潰されてないから」
にっこりと満面スマイルを浮かべる加蓮は相変わらず可愛らしいが、この笑みに騙されたら一生モノになってしまうので断固拒否である。
「ちぇーっ、今なら制服女子がお買い得なのになぁ。
なんと、プロデューサーさん限定でタダだよぉ? ちなみに、クーリングオフは不可だけどねっ」
ちなみに今日の加蓮達の服装は学校の制服姿だ。
学校帰り、二人で合流してプロデューサーがサボっている喫茶店へと殴り込みをかけてきたのだ。
せっかくの一人タイムを邪魔されたのは悲しいことだが、この憩いの喫茶店の存在は彼の担当アイドル全員にバレバレなので何も言えない。
「ったく。そういや、さっきから黙ってるけど、どうした橘。いつもなら相乗りして私も私もと来るはずなのに」
いつものことなので、もう慣れた。そう自分に言い聞かせて黙りこくっているありすへと視線を向ける。
指を顎に当てて考えるポーズを取っている少女はこうなると厄介だ。
また変な理論を頭の中で構築していることに違いない。
「ありすです。前から不思議に思っているのですが、こんなにも積極的に慕われているのにどうして手を出さないんですか」
「はっはっはっ」
「なんですか、その心の底から馬鹿にした笑い声は」
「実際馬鹿にしているからな。お前はアホなのか、いやアホなんだけどさ」
その質問は加蓮から何度もされたものだ。その度にアホバカ連呼して否定したものだが、まさかありすからも出るなんて。
「さっきも言っただろ。そこまで性欲ギットギトでないからな。
つーか、北条はともかく、お前はもっとアウトだから。手を出したら社会的にも駄目だから」
「確かに、プロデューサーが言う通りです。アイドルとプロデューサー、関係を持つことにリスクはあります」
「リスクしかねーよ。タッチした瞬間牢獄決定だよ」
快楽に流されない。それはアイドルのプロデューサーをしている以上は必須スキルである。
どれだけ好みの担当アイドルが割り振られようとも、恋愛という面倒くさい間柄が挟まったらろくなことがない。
パパラッチだったり、クビだったり、バッシングだったり。
考えるだけでも頭が痛くなってることが多く待ち受けているのだから。
「では、同年代、もしくは年上。数歳程度の年下。二十代のアイドルから迫られた場合――どうでしょうか」
「どうもしないから」
「好き好き大好き愛してるオーラをぶつけられてもですか」
「ハニトラを疑っちゃうわ」
「改めて、想定以上のヘタレですね。タチバナストラテジーでもここまで酷いとは思いませんでした」
やれやれと溜息をつかれる筋合いは欠片もないはずなのに。
というかタチバナストラテジーってなんだよ、横文字を並べやがって。
指摘したら涙目になってしまうので言わないが、ありすもヘタレ具合で言うと結構なものである。
「うるせぇうるせぇ。黙らっしゃい。俺だって昔はなぁ」
「そういう台詞を吐き捨てる人は大抵三下小物だよね」
「病院にぶち込むぞ、北条」
「ぶち込まれたら毎日お見舞いに来てくれるんでしょ? ならいいかなぁ」
「…………まーな」
「私達の出会いも病院だったしね。思い出の場所ってやつ?」
「薬品臭い所をそんな笑顔で思い出って言われてもな……」
基本的にプロデューサー、担当アイドル含めてヘタレな部分はとことんヘタレである。
それは此処にいない他の担当アイドルも同じことが言える。
「ああ、そういえば。話は変わるけど、莉嘉ちゃんから伝言。『兄くんたまには実家に帰ってきてねっ☆』だって。
この前一緒に仕事した時に念押しの伝言を頼まれたんだ」
「あいつも諦めが悪いなぁ。絶対帰らねえから安心しとけ。それと、実家じゃねぇよって伝言しといてくれ」
「え~……また長話に付き合う事になるの、嫌だよ? たまには顔を見せてあげなよ。美嘉はともかく莉嘉ちゃんはさぁ」
もっとも、プロデューサーの場合、ヘタレな部分は遺伝的なものも含まれるだろう。
現に従姉妹である城ヶ崎姉妹も多少なりとも似通った所がある。
加えて、元担当アイドルとプロデューサー。評判になるぐらい、仲が良かった時期もあった。
「美嘉の目が光ってる内は無理だろ。あいつと遭遇したらお前、洒落にならないぞ。会ったら殺し合いしそうなぐらい険悪なんだし」
「…………ま、仕方ないか。リスクが大き過ぎるもんね。とりあえず、莉嘉ちゃんだけは気にしてないってことは覚えておいた方がいいよ」
「できたら、な」
かつては仲のいい三人組だった。
笑顔があった、夢があった、煌めきがあった、未来があった。
ずっと一緒にいようと誓った、三人でトップアイドルの舞台へと行こうと語り合った。
それを、プロデューサーは壊した。修復不可能なまでに、三人はバラバラになった。
あれから時間が経ち、あの日々を言葉に出せるようになった。
もう、涙は流さなくなった。わかっていたことだ。きっと、心のどこかが、磨耗してしまったのだろう。
かつては、泣くことができたのに。今はもう、そんなことすらできない。
仕方がない。そう言い切るのは簡単だが、そんな一言で片付けられる程、安い関係ではなかったはずだ。
「最悪な別れ方をしておいて今更だろう」
「まあ、私達が強く言えることじゃないからね。とりあえず、何かあったら受け止めるぐらいはするからさ」
「バーカ。年下のお前らにそんな役割を押し付けられるかよ」
ずっと、気が済むまで。
憎まれ続けることを、プロデューサーは選んだ。
それが、弱くて浅ましい屑にできるただ一つの償いだった。
「ったく、辛気臭くなっちまったな。とりあえず、今は――」
二度と戻らない日常。今もまだ残っている日常。
御伽噺の主人公のようにハッピーエンドを掴めない自分が、憎らしい。
これ以上考えても戯言以上にはならない。
「――最低限、お前らのプロデュースをするだけだよ」
歯車のように。今は淡々と仕事をこなす。
それ以外、プロデューサーにやるべきことはない。
プロデューサーは笑った。他にどうすることもできない自分を戒めるように。
唇を歪めて、強がる為だけに笑った。
【城ヶ崎美嘉】
プロデューサーの従姉妹であり、元担当アイドル。
現状、語るべきことはそれ以外にない。
【城ヶ崎莉嘉】
プロデューサーの従姉妹であり、元担当アイドル。
最悪な別れ方をしたものの、そこまで引きずってはいない。
かつての夢はプロデューサーの下でトップアイドル。今の夢はもう一度三人で笑い合えるようになること。
叶わない夢を、一人で追い続けている。
【日野茜】
パッション溢れる熱血王道系アイドル。
愛らしい笑顔、前向きなメンタル、誰とでも仲良くなれる人懐っこさ。
全てが眩しくて、プロデューサーはまともに相対できない。