「皮付きポテトと皮なしポテト、どっちも捨てがたいと思う」
「どっちでもいいからさっさと選べ」
「は? どっちでもいいとかありえないから。ポテト、舐めてるの?
いくらプロデューサーさんとはいえ、本気で怒るよ」
「本気の使い所間違えてんだろ、ポテトで使うなよ……」
何処であろうとも、軽口というのは変わらない。
プロデューサーと加蓮は今日はいつもの喫茶店ではなく、プロデューサーの運転する車内でブレイクタイムである。
何もない時ならば、馴染みの喫茶店でぐったりできるが、営業周りの合間となったらそうはいかない。
「ポテトだよ? 人生の全部を懸けても辿り着けないかもしれないんだよ?」
「そうかわかった、めんどくさいからもうなしで」
「あーっ、ごめんごめん」
適当にファーストフード店で加蓮の好きなジャンクフードもといハンバーガーとポテトを買おうという発案まではよかった。
そこからがすごく長いのだ。皮付きポテトか、皮なしポテトか。もとい、シューストリングカットか、ナチュラルカットか。
プロデューサーから見ると、どっちも芋なんだからそこまで変わりやしないと考えだが、加蓮からすると全く違うらしい。
確かに、姿形は違いがある。しかし、そこまで悩む程のものなのか。
運転席に座るプロデューサーの横で助手席に座っている加蓮の表情は引き締まっている。
うんうんと唸りながらポテトについて考える姿はアイドルをやっている時と遜色が無い程に真剣だ。
かれこれ三十分は悩んでいるのだ、いい加減面倒くさくなるのも仕方がないことだろう。
「もうここは第三者に決めてもらった方がすぱっといくだろ」
「む~仕方ないね~」
「という訳で出番だぞ、橘」
「何がという訳ですか。私を巻き込まないでくださいよ。後、ありすって呼んでくださいとこの前言ったはずです」
後部座席でタブレットをいじっている無愛想な少女――橘ありすは目を細めてこちらをじっとりと見つめてくる。
いかにもどうでもいいといった表情で顔を上げたありすの視線はまっすぐにプロデューサーへと向いている。
何故、自分に対してなのか。向けるべきは加蓮ではないのか。
「えー、ポテトの良さをわからないなんておかしいよぉ」
「カットの仕方、皮がついているか、芋の種類……色々と違いこそありますが、そこまで悩むものではないかと」
「そんなことないよ。ありすちゃんの苺と同じようなものだってー」
「そうですか。なら、悩むのも仕方がありませんね」
「仕方なくねーよ、どっちもアホかよ」
当然ながら、橘ありすもプロデューサーの担当アイドルだ。何故か知らないが、加蓮と同じく奇特にも担当としてご指名を続けているのである。
プロデューサーというものは担当アイドルを大抵複数持っている。
その中でも上位陣のプロデューサーはよく働き、よく担当する。今のプロデューサーからすると考えられないものだ。
熱意ありあり猫被り時代はそれなりに節操なく担当していたが、素を見せてからは放流したり新しい担当を増やさなかったりと絶賛サボり街道爆進中である。
「心外ですね。これでも学校の成績はいいんですよ」
「私は普通だけど、馬鹿ではないよ。少なくとも、赤点は取ったことないし」
「そういうアホではねーよ。お前ら、根がアホなんだよ」
「全く、担当アイドルのことをわかっていないんですか、プロデューサーは。
私も加蓮さんもこれでもアイドルとしての適性はクールですが」
「うんうん、私、クールクール」
「属性の割り振り、絶対間違ってるだろ……」
閑話休題、事務所に所属しているアイドルは三つの属性に分けられる。
キュート、クール、パッション。
大まかな分類ではあるが、プロデュースの参考になるように、とのことだ。
加蓮もありすも一応はクールなのだが、今となっては見る影もない。
最初の頃は両者共にクールもとい生意気でこんなにも感情的ではなかったが、いつのまにかにこうなってしまった。
「お前ら、初期の生意気さ何処にいった。まだ、あっちの方がクール臭するぞ」
「私、過去は振り返らない主義だから」
「過去よりも現在を大事にするべきかと思います」
「いいこと言ってる風だけど、お前らの生意気具合の被害者である俺は忘れねえからな」
「うっわぁ、目がマジだ」
「当時はまだ未熟でしたが、今は大丈夫です」
「橘、お前今も大丈夫とか言ってるけど、別の意味で大丈夫じゃないからな」
中間点というのがこいつらにないのかと問い詰めたくなるが、色々と疲れるので割愛する。
塩対応をしようが、平然と距離を縮めようとする少女達の恐ろしさは他のプロデューサーを見ているとよくわかる。
愛が重い。それは男からすると喜ばしいことなのかもしれないが、プロデューサーに限ってはそうではない。
自己評価がそこまで高くない身からすると、重くて潰れてしまいそうだ。
「…………むぅ」
「橘、橘、橘」
「わかってて連呼してますよね、プロデューサー」
「言っておくが、名前では呼ばんぞ。ちゃんと一線を引くって意味でもな」
「他のアイドルにお聞きすると、名前呼びされている人もいます、不合理です。
プロデューサーはもっと担当アイドルと絆を深めるべきかと思います」
「そうだそうだー」
「絆をパラメーターで表すと十分だろ。北条に至っては一日一回は告白してくるんだぞ?」
もう慣れてしまったからそこまで感じてはいないが、北条加蓮の愛は重い。
基本的に一日一回は告白してくるし、時には複数回にも及ぶ。
会えない日はLINEだったり電話だったりありとあらゆる手を使って想いを伝えてくるので辛い。
「やらないで後悔するよりはやって後悔しろって教えてくれたのはプロデューサーさんだし?」
「限度があるからな、お前。いい加減後悔しろよ、心折れろ」
「……ぐすん」
「嘘泣きかマジ泣きか見抜けるまでになった俺のことをもっと労れよ……」
舌打ちをして渋い表情をするアイドルなんて見たくなかった。
そんなアイドルに育てたのは自分だが、ここまで積極的になるとは思いもしなかった。
過去に戻れるなら当時の自分に対して、見通しが甘いと説教したくなる。
「橘はこんな奴になるんじゃないぞ。北条を反面教師にして、俺の胃に優しい女の子になってくれ」
「当然です。私はここまで重くありません。それはともかくとして私は加蓮さんよりも若いです。
お得ですよ、ずっとずっと思い続けますよ。幼妻計画もできますよ」
「………………うわ、重い。もう、手遅れじゃん」
プロデューサーという職業を、すごく辞めたくなった。
もっと手軽にビジネスライクな付き合い方をしてくれるアイドルはいないのか。
「そもそも、私達にウエディングドレスを着せてる時点でもうアウトだと思うけど。
あんな仕事を持ってくるなんて、もうそれ告白じゃない? と言うか告白だよね、やったぁ」
「それは仕事だし、仕方なくね? 一応、女の子の夢ってやつだろ、アレを着るの。
というか、俺が持ってきた仕事というより、お前らがノリノリで掴みにいった仕事だろ。さらっと捏造するな」
「仕事であっても、私達に着せたのはプロデューサーです。責任を取るしかないのでは?
私として一向に構いませんが、どうでしょうか」
「どうもしないから。というか、ウエディングドレスとか全く気にしてない奴もいるだろ。
森久保とかいつも通り逃げる気満々で安心するレベルだぞ」
プロデューサーからすると、ウエディングドレスを着た担当アイドルの目は本気だった。
冷や汗は出るし、いつもの積極性が倍増だし、胃薬が欠かせなかった。
加えて、仕事中なのでスーツを着ているからか、結婚式だねとマジトーンで囁く始末だ。
もう二度とこの仕事は取ってこないと誓った瞬間である。
「それに比べてお前らときたらなんだよ。待てますか幼女に激重ずっと一緒少女のコンビは。
苦虫を噛み潰す表情が素で出たわ」
「女の子なら普通普通」
「普通じゃねーよ。第一、ちゃんとお断りしただろ。もうすっぱり切り捨てて、ネクストステージにチャレンジしろよ。
ビジネスライクにいこうぜ、なぁ」
「やらないで後悔するよりはやって後悔しろって教えてくれたのはプロデューサーです」
「お前には教えてねぇよ、お願いだから胃痛の種を増やさないでくれ」
このやり取りも何回目になるだろうか。
正直、もうおなじみのやり取りと化している気がするので、深く考えたくない。
加蓮といい、ありすといい、男の趣味が悪い。
どちらも視野狭窄で周りが見えていないのか。
もっといい男もとい担当プロデューサーは腐る程いるというのに。
「それよりも、皮付きポテトと皮なしポテト。どっちにするか決まったか」
「両方は、駄目?」
「つまり、私達のどちらも娶るということですか、盲点でしたね」
「もう両方でいいわ……橘は次同じこと言ったら苺抜きな。俺の寿命が縮まるからな、本当に」
ひたすらに我が道を行くアイドル二人を見て、今日も溜息一つ。
胃に優しい担当アイドルを増やしてほしい。
もっとも、この二人をこんな有様にしたのは自分だから、何も言えないけれど。
【橘ありす】
苺大好き系アイドル。プロデューサーの担当アイドル中では頭脳派(自称)。
待てますかと遠回しの告白をするも、待つ訳ないだろと一刀両断される。
ひとまず、目下の目標は名前で呼んでもらうこと。
プロデューサーとの距離が縮まった一件は本人曰く語りきれないマイソロジー。
【森久保乃々】
逃げ出したい系アイドル。よく逃げ出すけれど、何だかんだで戻ってくる。
仕事に関しては常に後ろ向きなのに真面目にこなす。
仕事のやる気もなくゆるゆるなプロデューサーの担当になりたいが、なれない運命。