「ヒッ、た、助け、」
斬る
「頼む! 殺さないでく」
斬る
「ぐ、あああぁァァ!!」
斬る
戦場に事の善悪無し。
幾多の村や島を滅ぼし、欲望のままに生きた悪党に慈悲などない。
貴様らの懺悔の言葉も言い訳も、聞く価値など無い。
故に、私は、ただ敵を斬り捨てるのみ。
「で、貴様は生き残った奴は斬れんと、そう言うわけじゃな?」
「ええ、その通りです。 戦場で極悪人に出会ったのなら迷いなく斬り捨てましょう。 なぜならそこは戦場。 生きるも死ぬも本人の腕次第。 自身の腕に自信があるから戦場にでてきたんでしょうから、殺しても問題はありません。 ですが、一度こちらが生殺与奪権を持ったならば、私はその命を斬り捨てることは出来ません。」
甲板上、こちらを見下ろすサカズキ大将の目を見て言い返します。
これだけは絶対に譲れません。
「大将が『海賊を許さない』という、譲れない信念を持つように、私も『一度捕まえたのなら、誰であろうと殺さない』という譲れない信念を持っているだけの事です。 気に入らないのなら私をこの船から下ろして貰って構いません。」
「その甘さが原因でこいつらがインペルダウンから脱獄し、あちこちで暴れ回ってもか?」
「その時は責任を取って、捕まえることなどせずに斬り捨ててみせましょう。」
我ながら随分と歪な信念を持ったと思いますね。
ですが、いくら歪だとしても、それが私の信念であることには変わりはありません。
だからこそ、私は信念を貫き通すのみ。
「…………チッ、おいそこの。 こいつ等を牢屋に連れて行け。」
「い、良いのですか? 大将。」
「この航海限りじゃ、構わん。 それとオキタ、この航海が終わったら船を降りろ。 儂と貴様では相性が悪い。」
「了解しました。 では、失礼します。」
そう言って私はその場を去りました。
「貴様等もとっとと持ち場に戻らんかぁ!!」
「「「「「は、はいぃ!!」」」」」
自分にあてがわれた部屋へと戻り、刀を鞘から抜きます。
軽く拭いたものの、やはり幾らか血痕が残っていました。
ス、と刀の峰に指を滑らせます。
特に意味はなく、ただ何となくそうしたかったからそうしただけ。
「何時までもこうしていては錆びてしまいますね。 早く拭き取らないと。」
自分に言い聞かせるように呟き、荷物の中から刀のメンテ用の道具を取り出します。
無心になって手入れを続けていれば、いつの間にか夜。
もう間もなく甲板上で人員の交代が始まるはず。
その間は完全に人が居なくなるわけではないが、少なくはなる。
「少し、夜風にでも当たりましょうか。」
そう言って手入れを終えた刀を鞘に戻し、部屋から出ました。
甲板上。
周囲は暗闇に覆われ、光源は船の窓やドアから漏れる人口の光と星と月の明かりのみ。
船が波を割って進む音だけが聞こえ、時々見張りの気配がするのみ。
今の私は風王結界を使って姿が見えなくなっているので誰にも気付かれることはありません。
ゆっくりと自分の手を見る。
実際のところ、初めて人を殺した。
戦闘中は余計なことは考える暇すら無いのでそのままにしていましたけど、正直辛い。
服も替え、体も洗ったのにあちこちに返り血がついてる気がして落ち着かない。
ハァ、覚悟はしていましたが、実際はこれだけキツいとは。
ですが、もう止まれない。
賽はとっくのとうに自分で投げましたからね。
「…………」
大丈夫、全ては私が決めたこと。
ならば後は進むのみ。
振り返っても、休んでもいい。
けれど、その歩みは決して途絶えさせるわけにはいかない。
そう決めたのだから。