ゴールデンウィークまで一週間を迎えようとしていたある日の事。それは突然のことだった。
「先輩! 旅行に行きましょう!」
「断る」
「それを断ります。てかまず話を聞いてください!」
放課後。奉仕部へ向かう途中の廊下で一色に捕まっていた。
「先輩はゴールデンウィーク暇ですよね? なので奉仕部の皆さんと私で旅行しましょう!」
「何でいきなり旅行なんだ?」
「そりゃあまあ思い出作りの一環です。と、言うのは建前で実は平塚先生から今年の一年生が行く校外学習の下見に行ってきてほしいとのことなんです。しかも先生からホテルのチケットまでもらいました」
じゃーんと効果音を口ずさみながら、四枚の紙きれを見せ付けてくる。
「これはもう行くしかないですよ、先輩」
「断る。ゴールデンウィークはすでに予定が入ってるんだ」
「へ?」
そう。ひと月前から未だに見終わっていない冬アニメの消化をしなきゃいけない。録画を見なきゃいけないフレンズなのだ。と、いうことでゴールデンウィークは一歩も家から出ない予定。
しかし目の前の後輩は見抜いているようで、
「小町ちゃんにお話したところ、テレビに録画されているアニメは全部消去したそうです」
絶句した。力が抜けて、鞄が肩から落ちていく。
ろ、録画を消した……色々ありすぎて、ほとんど見てなかったアニメ達を……ひと月も前から楽しみにしていたのに……ちなみに現実のアニメの時系列と原作最新刊が発行された時の時系列は違うだろ! と、突っ込み入れたい人もいるかもしれないがそういうメタ的な事はひとまず置いといて、だ。
「どこ行くんですか、先輩」
「今から家に帰る。いくら我が妹とはいえど、奴はとんでもないことをした」
「もう諦めましょうよ。往生際が悪いですよ」
そう言われると何も言えない。ま、まあDVD発売されたらレンタルするかもしれないし、ここは一つ大人になろうじゃないか。
「と、いうわけで私と旅行に行きましょう? 先輩」
「……はいはい」
「適当ですねぇ……とりあえず部室に行きましょうか」
そのまま俺の横に並ぶと二人で部室へと向かって行く。雪ノ下は先に来てるだろうし、由比ヶ浜も三年でクラス別れてから一緒に行く事はないから多分もう来てるだろう。
「うす」
「こんにちはー!」
扉を開けると二人の顔が見える。紅茶を飲んで、一息しているようだった。
「こんにちは、二人共」
「やっはろー。ヒッキー遅かったね」
「後ろの奴に捕まってな」
「先輩がさっさと旅行に行くって決めてくれれば済む話ですよ」
軽々しく言うけど旅行ってそんな簡単に決めれるもんだっけ? そう考えながらも席に座る。当然旅行というワードに二人は反応した。
「旅行とはどういうことかしら?」
「えーとヒッキーといろはちゃんが二人で行くの?」
「一色。説明」
「はーい」
一色も依頼席側の方の椅子に座るとこほんと咳払いをする。
「平塚先生から校外学習の下見に行ってほしいということでホテルのチケットもらったんですよね」
「へえー先生太っ腹じゃん!」
「本当なら友人誘って行く予定だったらしいですけど友人に彼氏が出来たことと先生がゴールデンウィークに新人研修の仕事が入って、行けなくなってしまったようで」
ああ……また一人孤独の存在になっていくのか。近いうちに愚痴を聞いてやらないと。
しかし先生というのはゴールデンウィークも仕事なのか。祝日も仕事なんてブラックな職業だよなぁ。まあそのブラックな体制はどうやら部活動にも影響している。現に校外学習の下見を休みの間に行けとか何というブラックな部活……いやこれ俺らの仕事じゃないんだけどな。
「で、チケットは四枚あるので奉仕部の皆さんと御一緒にどうかなって」
「でも先生は生徒会で行くからとそのチケットをくれたのでは?」
「いえいえ。奉仕部の皆さんと行くって言ったら了承してくれましたし。てか生徒会で行くよりも皆さんと一緒の方が楽しいですし」
生徒会長がそれ言っちゃう? 聞いたら反乱起きるぞ。何なら俺も加勢しちゃうぞ。まあこいつを生徒会長にしたのは少なからず俺も関わっているので手伝いに関しては甘いというか……いえ正直に言いますと単純にこの子を放っておけないので手伝ったりしています、はい。
何つーか最近一色が学内での小町的ポジションに近くなったというか……厄介な妹が二人になったというか……。
まあそんな風に見ているわけなのでお兄ちゃんは心配なのです。
「てなわけで雪ノ下先輩達も一緒に行きましょう」
そんなこんなでこうして旅行に行く事も嫌々ながらも結局押し切られてしまう。まあアニメ消された以上やることないしな。
しかしここで予想とは違う答えが返ってくる。
「せっかくのお誘いありがたいのだけど私、ゴールデンウィークは実家の用事があって……」
「ごめん……私も用事が」
申し訳なさそうに断る二人に一色は唖然としている。え? 君達これない……ってことは中止!?
「先輩、何で嬉しそうなんですか?」
「い、いやそんなことないぞ」
どうやら顔に出ていたらしい。一方の一色は完全に予定が崩れたことにショックを受けてるようだった。
「えー! お二人が来れなかったら私、先輩と二人きりですよ?」
「……ごめんなさい。なので今回の旅行は中止ね。あそこにいる犯罪者予備軍と旅行なんて行ったら、一色さんが無事で帰れないかもしれないし」
「そ、そうだよ! ヒッキーのことだから色々ヤバイよ!」
後半の批判に関しては具体性がないせいか余計傷つく。前半に関してはもう何も言わない。
「まあ中止だな。また今度で」
「いやこのチケット、ゴールデンウィークまでが期限なのでそれ過ぎたら使えないんですよ?」
「だったら日帰りで行けばいいだろ。無理に泊まる必要なんかない」
「……わかりました」
どうやら納得したようだが落ち込む様子は隠しきれず、立ち上がるととぼとぼと歩き出して、教室から出て行った。悲壮感が溢れすぎて、声もかけれない。
「いろはちゃん。落ち込んでたね」
「まあ仕方ないだろ。お前らが行けないんじゃ。俺と二人で行っても仕方ないしな」
むしろ高校生二人でホテルはさすがに先生に知られたら、色んな意味で殺されそうだ。
そうなる前に事前回避が出来てよかった。
「……まあ私としてはちょっと安心したけど、いろはちゃんの心境を考えるとねぇ」
「それに関しては私も同意見だけど比企谷君だから……」
二人は俺の方を見ながら、ため息を吐く。何だよ。何かまずいこと言ったか?
「いろはちゃん大丈夫かな」
「帰る前に様子を生徒会室へ寄ってみましょうか」
「そうだね……ヒッキーもだよ」
「ん」
鞄から本を取り出して、栞を挟んでいるページをめくる。
まあ可哀想だけど諦めてもらうしかないからな。つか先生。生徒にホテルのチケット渡すのはまずいと思うんだけど……その辺考えてないだろうなと思いながら、読書モードへスイッチを切り替える。
× × ×
しかし心配したのもつかの間。
「こんにちはー。じゃあ先輩借りていきますね、では」
「は?」
と、いきなり戻ってきた一色に無理矢理連れ出された。
雪ノ下も由比ヶ浜もぽかーんとしながら、俺が教室から出て行く様子を見送っていた。
「おい。いきなりなんだ?」
「ちょっとあの場では話しづらい事なんで。さて先輩」
「ん?」
「まだ私と旅行に行ってくれる気ありますか?」
まだ諦めてないのか、こいつ。大人しくしてたかと思えば。
「どうですか? 先輩」
「ま、まあそれなりに」
「なるほど……わかりました。じゃあ先輩行きましょう、旅行」
「は? いや行くってお前と俺しか」
「大丈夫です。実はですね、お二人ほど誘ってみたら、ご了承の返事を頂きましたので」
「……誰を呼んだんだ?」
こいつが誘うとしたら葉山くらいしか思い浮かばないのだがきっと違う。恐らく予想とは全く異なる人物を誘っていると俺の直感が言っている。
「当日の秘密ですかね? まあその前にわかると思いますけど」
「は?」
「じゃあ私は仕事あるので。当日もよろしくです、先輩」
そう言って、一色は生徒会室の方へと向かって行った。俺も教室へ戻ろうと振り返って、歩き出す。
うーん二人……小町かな。でも俺と葉山と一色と小町なんて組み合わせはどうも奇妙過ぎる。
「……ねえ」
「ん?」
後ろから声が聞こえたので、立ち止まり振り返ると見覚えのあるポニーテールがいた。いつもみたいな強気な態度ではなく、何故か顔を赤らめて緊張している川……いや大丈夫。川西沙希……ん? 確かサキサキ……あ、川崎だ。こないだ電話したのについ忘れるとか八幡、うっかり。
うわぁ……きめぇ。
「あの……ありがと」
「は?」
「旅行に誘ってくれて……ありがと」
「えーとごめん。旅行って……一色が?」
「あ、連絡をしてくれたのはね。でも私を誘おうって言ってくれたのあんたって聞いたから、その……」
そっぽを向きながらも何とか視線を合わせようとちらちらこちらを見てくる。まあ川崎か……物凄い意外な人物だったが話しやすい相手なので変に気を使う必要はないからいいほうか。
「まあ、なんだ。よろしく」
「う、うん。よろしくね」
そう言うと嬉しそうにようやく俺の顔を見てくる。こいつそんなに旅行行きたかったの?
それから川崎と別れ、教室へと戻ると雪ノ下に質問されたが旅行諦めてないことと俺と川崎が行く事をバラしてしまうと何かと面倒な事になりそうなので黙っておいた。できる男は先読みするものだからな。
こうして今日一日平穏に終わったのだった。
と、思っていたんだが。
「比企谷君、おかえりー!」
「お兄ちゃん、おかえりー!」
目を擦って、もう一度見る。……いやいるよな、やっぱり。
「すいません。家を間違いました」
「何言ってんの? ここが君の家じゃない」
「そうだよ。てかせっかく雪ノ下さんが来てくれたんだからちゃんと挨拶しなよ」
そう言われて、恐る恐る目の前の雪ノ下陽乃の方を向く。
「改めてこんばんは。ちょっと小町ちゃんに呼ばれてさ。さっきお話が終わったところ」
「小町が呼んだ?」
「うん。てかありがとね! 私を旅行に誘ってくれて」
は? い、今何とおっしゃいました?
「旅行に……誰と行くんですか?」
「比企谷君と一色ちゃんとあと……川崎さん? てか君が誘ってくれたんじゃん」
じっと視線を小町の方へと変えると、いたずらっぽく笑っている。そうか、全ての元凶はお前か……。
「じゃあもういい時間だから帰るね。小町ちゃんもわざわざ呼んでくれて、ありがと」
「いえいえ。兄が部活動で会えないので代わりに言うように頼まれただけですから」
思いっきり否定したかったが今更「何も言ってませんよ、俺」と、言ったところで引き下がる二人ではない。
「じゃあねー。比企谷君。旅行楽しみにしてるよ」
そう言って、雪ノ下さんが出て行き、玄関の扉がしまったのを確認して軽く一息吐いて――
「さて説明頂こうか」
「あいあいさー」
お前には話してもらわなきゃいけないことがたくさんあるぞ。
「エイプリルフールでさ、あの三人に電話やメールしたの覚えてる?」
「一応……それがどうしたんだ?」
ちなみに日曜にトリプルブッキングということで午前一色、夕方まで川崎、夜は雪ノ下さんと一日中付き合わされたあげく、個人的には色々と思い出したくないことが……あった。
「一色さんから『奉仕部の二人が来れなくなっちゃった』ってメールが来たから、小町があの二人を推薦してみたんですよ。そしたら、『何か面白そうですね。思い切って今回はその面子で行きましょう!』って来たから私が誘ってみた」
「おい……つか何で俺が誘ったことになってるんだ?」
「うーんそっちのほうがみんな嬉しいかなって。最初の好感度をあげる作戦だよ」
いや好感度よりも安心な休日のほうが欲しいんだけど。
「まあ決まっちゃったからゴールデンウィークはよろしくね、お兄ちゃん」
「そう言われてもなぁ……」
そんなわけで比企谷八幡、一色いろは、川崎沙希、雪ノ下陽乃という珍しすぎるある意味カオスなパーティーが発足された。
ゴールデンウィークまであと一週間弱。少なくとも楽しい旅行というより胃に穴があきそうな旅行になりそうで早くも不安だった。
「ところで小町。録画を消したことに関してはどう弁解するつもりだ?」
「いやーそれはー」
「なあ小町」
「お、お兄ちゃん。そんな怖い顔して近づいてくるのはやめて? ね? ね?」
その後小町の叫び声が家に響いたのだった。
何をしたかは少なくともここでは書けないのでご想像にお任せする。