四月一日。
今年もついにこの日がやってきた。一年で唯一嘘をついてもいい日、エイプリルフール。
が、今日は土曜日なので学校はお休み。わざわざ嘘をつくために外に出るのもめんどいし、それにそろそろ……。
「お兄ちゃんいるー?」
「何だー?」
「あのさ……話があるんだけど」
そら来た。立ち上がって部屋の扉を開けると小町が立っていたので中に入れると床に座ってこっちを見上げるように見てくる。
今年のお題は何なのか。
「あのねお兄ちゃん。私……バイト始めることにしたんだ」
「そうか。まあ頑張れよ。店長にセクハラされたり、時間外労働求められたらすぐに言うんだぞ。お兄ちゃんが監督署に電話してやるからな」
「それくらい自分でやるよ……。さてお兄ちゃん」
「何だ?」
「この話……どっちでしょう?」
そう、これは俺達兄妹で毎年行っている嘘か本当かを極めるゲームで、もし見破れば今日一日相手に対して一つだけ命令できる権利を持つ(金銭にダメージがない程度に)。
去年は見事俺が小町の嘘を見破り、夕食を豚骨ラーメンに変えてもらった。今年はラノベの新刊を買ってもらう予定でいる。
さて小町がバイト……ね。まあ学校が始まってないし、そもそもうちは小町に甘いからバイトする必要がないので答えは簡単に導き出された。
「嘘だな」
「嘘……でいいんだね?」
「ああ。さあ答えを言え」
ようやく最新刊を買える。今月のお小遣いが入るまでは少し厳しかったからな。
が、その期待は一瞬で消えた。
「残念、本当でした」
「はあ!? まだ四月一日だぞ。バイトできるわけが」
「もう一度思い返してごらん」
思い返せって……バイトを始めることにしたんだ。バイトを始めること……ああっ!
「その顔は気付いたようだね。そうだよ、バイトを始めることにしたとは言ったけどバイトを始めたとは言ってないからあくまでまだバイトをしようと思っている段階なんだ」
「汚ねえぞ! こんなの引っかけだろ!」
「嘘はついてないんだよ?」
くそおおおお。笑顔で俺を見つめてくる妹は完全に勝ち誇っている様子だった。ああやられた。そんな引っかけがあるなんてな。
「さてお兄ちゃん。今日は小町の言うことを聞いてもらいます」
「ああわかったよ。早く言え。ただしあんまり高くないものにしてくれよ」
「何か買ってもらおうとは思ってないよー。とりあえずお兄ちゃんこの中から三枚引いて」
そう言って6枚の紙きれを取り出した。なんだこりゃ?
不審に思いながらも言われるがままに三枚引いてみる。すると紙の裏側に名前が書いてある。
「いろはさん、陽乃さん、沙希さん.……って何これ?」
「はい! 決まりました。とりあえず今からその三人にメールでいいので聞いてほしいことがあるのです!」
「いや全員メアド知らないんだけど……」
「じゃあラインのIDとかは?」
「……一色だけなら」
「沙希さんと陽乃さんのは私が何とか手に入れるからとりあえずお兄ちゃん」
こほんと咳をして、小町は高らかに宣言した。
「今から三人をデートに誘ってみてください!」
「えーと……嫌だ」
「お兄ちゃんルール覚えてるよね?」
はあ……仕方ない。何でこんなゲームを思いついてしまったのだろう。
携帯を取り出してラインを開くとちょうどこないだIDを交換した一色を名前検索して表示させる。
「で、どんなふうに送ればいいんだ?」
「普通に今度デートに行こうよでいいんじゃないの?」
そんなんすぐに見破られるに決まってるだろ。まあしばらくはこれで笑われるに決まってるな。仕方ない、諦めて送ろう。
『いきなりごめん。来週の日曜とか暇か?』
「あ、ちゃんとデートって単語入れてね」
『いきなりごめん。来週の日曜とか暇か? 暇ならデート行かないか?』
うわあ……さすがにこれは俺でもドン引きの誘い文句だわ。こんなんで引っかかる奴いないだろ。
「見してー……うん! はい送信―」
「ああああああ! お前何してんだ!?」
「だってお兄ちゃんのことだから文面とか直してたらいつまで経っても送れないでしょ?」
いやそうだけどさ……。
するとまだ一分も経っていないのに携帯が鳴った。
『……ヘ? 先輩寝ぼけてるんですか? それともエイプリルフールの嘘とかですか? いやさすがにそういうのを利用して誘ってくるのはNGなので今度学校で会った時に自分の口で言って下さい。ごめんなさい』
「だってよ」
「ほら返信しないと」
「もういいだろ……」
言われながらも素直に返信文を書いちゃう俺も妹に甘いなー。
『いや普通にお前と遊ぼうと思ったんだけど』
今度は真っ先に既読がついて返事が返ってくる。
『ええええええええ!? なら行きましょう、先輩。先輩がそんなに私と遊びたいなら仕方ないですねーいろはちゃんが先輩の為にデートに付き合ってあ・げ・ま・す。時間や場所とかは今度会う時に教えてくださいねー』
「やったね! お兄ちゃん」
「俺の休みが……」
何でこんな簡単に騙されるんだよ。いや待て。これは俺が騙されているという可能性もありえなくはないだろうか?
とりあえず返事を送ろうとするともう一通来てた。
『ち・な・み・に。私も先輩とまたデートしたいと思ってたので嬉しいです! あ、この事は奉仕部の二人には内緒ですからね?』
何か嘘って言いにくいし、俺を騙してるとも思えなくもない文面だし。どっちにせよ来週の日曜は予定を空けないと。
「あ、お兄ちゃん。今、大志君から沙希さんのアドレス教えてもらったからさっそく送ってみてよ!」
「とりあえずあとで大志のアドレスは消させてもらうぞ」
小町の携帯を借りて、送られてきたアドレスを自分の携帯に打ち込むとさっそく文面を考える。川崎だろ……あいつならこういうのすぐに気付いて、『くだらないからこういうのやめてくんない?』とか言ってきそうだし、さっさと終わらせよう。
『うす、比企谷だ。兄の方だけど。あのさ来週の日曜暇か? もし暇ならデートに行きたいんだけどどうだ?』
「送信と」
「今回は恥ずかしがらないんだね」
「まあ川崎だからすぐに気付くだろ」
それからしばらくして携帯が鳴った。意外と携帯見るのに時間かかったようだな。さてさて、どんな非難をしてくれることやら。
『え? 私と? えーと……あんたが行きたいなら私は構わないけど。てかもしよかったらだけど昼ごはん食べに来ない? その後デートに行くのは』
何で誘ったのに誘い返してるんだよ。騙されてんなよ。
「沙希さんやるなー。まさかご飯に誘うとはね」
「いやこれどうすんだよ」
「とりあえず行きますって言えば? さすがに断ったら可哀想だし、アドレス教えてくれた大志君にも申し訳ないし」
大志のことはともかくさすがにこれ断るのはな……。
『わかった。じゃあ来週の日曜のお昼な』
「なんか俺がこんな文送るの間違ってる……」
「何言ってるの?」
まさか川崎が騙されるなんて想像してなかったし……。しかも何か文面から嬉しそうな感じが伝わってくるんだけど……。
再び携帯が鳴る。
『ありがと。楽しみにしてるからね。ちなみに好きなものとかある? できればその……好きなもの食べさせてあげたいし。これからも』
えーと……なんか突っ込みたいけどあとで突っ込もう。
これでようやく二人まで終わった。これが嘘だとバレた日にはあいつら俺を殺しに来るんじゃないのか。少なくともそれに雪ノ下と由比ヶ浜も加わって、地獄絵図になるのは言うまでもない。
「うーん雪乃さんから連絡来ないな。お兄ちゃん本当に陽乃さんのアドレスもラインも知らないの?」
「知らねえよ」
「そっか……あ! 電話番号は?」
「……知ってるけど」
「よし! じゃあ最後は思い切って電話でいってみよー!」
おー!と元気よく握った拳をあげる小町。いや一番無理だろ。
「なあやっぱりこの人じゃなくて他の人にできないか?」
「だーめー! それともお兄ちゃんは小町との約束を破るの?」
女の子の上目使いはよくないと思うんですよね、はい。そんなわけで電話帳から雪ノ下陽乃を見つけ、着信ボタンを押す。
すぐにがちゃって音と共に繋がった。
『もしもし? 雪ノ下さん?』
『ひゃっはろー! 比企谷君から電話なんて珍しいね。お姉さんの声が聴きたくなったか! このこの!』
『はあ……まあそういうことで。雪ノ下さん、来週の日曜お暇ですか?』
『来週の日曜? 多分予定ないけど何でー? もしかしてデートのお誘い?』
『あ、はい。そうなんですけど』
返事は返ってこず、無言が続いた。あれ? これひょっとしてまずいんじゃね?
が、そう考えていると再び電話口から声が聞こえる。
『もしかしてエイプリルフールの嘘かな? お姉さんを騙そうとするなんてよくないなー』
やはりバレてるか。でもここは諦めずに。
『いや普通に雪ノ下さんと遊びに行きたかったんですけど……駄目ですか?』
『……ううん。なーんだ! ごめんね、疑って! ははは、そっかーお姉さんとデート行きたいのか! なら行こう! うん! なんなら明日の日曜でもいいんだけど』
『あ、ありがとうございます。でも明日は用事あって……』
もちろん用事はない。苦し紛れの本物の嘘だ。
『そうなの? じゃあ今日は?』
あ、あれ? なんか様子がおかしいような…...。
『今日……ですか?』
『うん! だって比企谷君の声聞いたら会いたくなっちゃって! 駄目かな?』
えええええええ! 今日一番で騙されてる人かもしれないぞ、この人!
『は、はあ……お気持ちはありがたいんですけどすいません』
『そ、そっか……じゃあ日曜までお預けだね』
『は、はい』
『でも楽しみに待ってるからね! ちゃんと私をエスコートしてよ? 八幡』
『わかりました……自信ないですけど』
『弱音は吐かない! じゃあね。当日は……期待していくから』
電話は切れて、耳元から下ろしてため息を吐く。
「何か凄いことになったね……」
「ああ……どうすんだ、これ」
「まあなるようになるでしょ。てかお兄ちゃんいいの?」
「何がだ?」
「いやだって全部日曜日にしてたけど」
あ……もうだめだ、これ。
「小町……来週の日曜が過ぎる時には俺はもういないかもしれない」
「あー……まあ頑張ってね」
はははと笑う小町。いや君のせいだからね?
「まあでも小町の大好きなお兄ちゃんだから大丈夫だよ」
「もうエイプリルフールの嘘は勘弁してくれ」
「……本当なんだけどなー」
「……へ?」
「てなわけでもう一回お兄ちゃんには言うことを聞いてもらいまーす!」
はい? いやてか待て。
「もう一回やっただろ!」
「誰も一回しか駄目なんて言ってないよ?」
油断してる時にやってくるとは……。
「ああっ! もういい! 何でも言いやがれ!」
「そう。じゃあね……」
そう言って小町はにこっと笑って、願いを口にする。
「明日はお兄ちゃんとデートしたいな!」