悪魔の妖刀   作:背番号88

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7話

 『地獄の塔(ヘル・タワー)』……それは、(先輩の脅迫手帳の力でもって)貸し切った東京タワーを使う入部試験兼トレーニング。

 簡単に言うと、階段上り競争。

 ただし、標高250mの階段で、これを用意された製氷(砂糖を混ぜて溶けやすくした)を炎天下の中、溶けないうちにゴールの特別展望台まで登り切る。それが合格条件だ。

 

 そして、各所に障害が敷かれている。

 

 第一関門『地獄の番犬』

 飢えた凶犬を相手に、砂糖入りの甘い氷を守る。

 

 第二関門『地獄の釜』

 中間地点の大展望台に仕掛けた、真夏日に暖房機でガンガンに温度を上げた密封空間。速く駆け抜けなければあっという間に氷が融ける。

 

 第三関門『地獄の番人(ガード)

 エレベーターの上に乗って上下移動する狙撃手(ヒル魔先輩)が撃ち込んでくる特性弾丸(海苔缶に入ってる、水分に接着すれば発熱する乾燥剤を詰めた弾)を躱す。

 

 足の速さでは負けるも、これは足の長さが有利に働く階段上り。加えて、ランナーを守るリードブロッカーをこなすタイトエンドとして氷が多量に詰まった袋を守りながら難所を走破できなくてはならないだろう。

 牙を剥いて迫るケルベロスを、警察犬の訓練のように腕を使って(または犠牲にして)制し、ヒル魔先輩の射撃から身を盾にして氷を入れる袋に当たら(ふれさ)せない。

 

 結果として、順当に長門村正はノーミス一着で『地獄の塔』をクリアした。かき氷を待っている栗田先輩に氷を届けると、ヒル魔先輩より“まだ元気が有り余っているようだから下で糞マネの手伝いをしてこい”とのお達しを受けた。

 

「ちきしょー! 長門に一着獲られたのかよ!」

 

「積み上げてきた基礎体力が違うからな。あと経験。中学時代に、ヒル魔先輩から散々無茶ぶりな試練を課されてきたし、こういうのには慣れている」

 

「ハハ……すごく大変だったんだね長門君」

 

 エレベーターで下まで降りるとちょうど、中間地点の大展望台に仕掛けられた『地獄の釜』であえなく氷を全て溶かされた太郎とアイシールド21(セナ)と行き会った。一着狙いだった太郎は悔しそうだが、きっと二度目はセナと一緒にゴールできるだろう。

 

「フゴゴー……」

 

「栗田先輩は上で待っている。早く氷を届けてやれ」

 

 それから入れ替わるように、第三難関『地獄の番人』で袋を撃たれてしまった大吉が階段から降りてきた。こちらもまた悔しそうだが、登り切るだろう。

 と、

 

「フン」

 

「ハ?」

「はぁ?」

「はぁああ!!?」

 

 どういうわけだか、この前の面接にはいなかったのにここにいる不良三兄弟。大吉に挑発されて、負けじと大量の氷を抱え込んで階段レースを追いかける。あの負けん気は中々面白い。

 

「長門君、悪いんだけどもう補充の氷が少なくなってきてるから、あそこの飲み屋さんから持ってきてもらえないかしら」

 

「うす、姉崎先輩」

 

 とマネージャーの姉崎先輩の指示で、東京タワーの近くにある、事前にヒル魔先輩が話を通した、店に伺うと、

 

「オネガイ、パスポート無いの警察に言うダメね! 何でもやりますから!」

 

 ……あの先輩はいったいどこまで支配圏を伸ばしているんだか。

 

 

「やってられるか!! 部員少ないから部費で豪遊できると思ったのに!」

「割に合わねーよ!」

「俺ももう帰ろうかな」

「こんなんぜってー無理だし」

 

 この『地獄の塔』、やってみると過酷な試練であるが、できないものではない。

 時間が経てば陽が落ちて気温も下がるし、氷の量を多くすればいつかは登り切ることも不可能ではないのだ。

 だから、この入部テストは、身体面ではなく、最後まで辞めないで続けられる根気があるか精神面を試すものだ。ミーハーな、またはうまい汁だけすすろうときた連中にはまず無理。

 

 下層の状況を報告しがてら上で様子を見に行ってもらった姉崎先輩によると走破したのは、長門も含めたアメフト部員4名とあの不良三兄弟だけ。

 他の入部希望者も続々とリタイアして、悪態を吐きながら帰っていく。

 残っているのは、この今回のテスト唯一の二年生……雪光学先輩だ。

 

「ひー……ひー……」

 

 氷を補充する直前でぶっ倒れてしまいそうだったので、製氷係・長門の後ろにジャージを敷いて作った場所に寝かせている。

 息苦しそうだった先輩は、数分で呼吸を落ち着けさせた。

 

「ありがとうござい、ます」

 

「いえ、それより先輩は大丈夫なんですか?」

 

「うん……。まだちょっとふらついてるけど、やれるよ」

 

 その肉体は、運動をしてきた人のものではない。それが気にかかって、つい長門は訊ねた。

 

「雪光先輩は、どうして、今回の入部テストを受けようとしたんですか?」

 

「この前の試合を見て、思ったんだ。アメフトをやってみたいって。小学校も中学も高校も塾のことしかない。来年になれば受験漬け……その前に一度でいい。僕だって一度くらいやりたいことに挑戦してみたい」

 

 これが最後のチャンス……そう語る雪光先輩は力なく笑う。

 

「でも、僕は君のように体力があるわけじゃないしね。生まれて初めて塾サボった甲斐なかったのかなあ……」

 

「……自分の能力を素直に認められる、それは良い事だと思います先輩」

 

 雪光先輩は自嘲するけど、周りが皆一年生の中ひとり二年生で冷やかされながら、そして、受かる可能性は低いと思っていながらも挑戦するこの人を、長門は笑わない。

 

「俺は見てきました。ガタイもなければ生まれついての才能もない、ガチで当たれば中堅の選手にもボロ負けするそんな肉体なのに、闘い方ひとつで才能有り余る生意気な後輩と張り合った男を」

 

 ヒル魔妖一という男は、綿密に計算して作戦を立てるも、そこに必ずデータ上には表れない気力も推し量る。そう、アメフトをするのは、機械ではなく人間なのだ。

 

「それと、ここにあるのは好きに使ってもいいんですよ」

 

「え?」

 

 これくらいの助言ならば問題ないだろう。と長門はサッと思いついた案を口にする。

 用意されているのは小袋と大袋、それと氷。

 

「第一関門に備えて、ケルベロスに予め与えるように氷を詰めた小袋を用意する。それに第三関門に備えて、番人から弾を撃たれても被害を一か所から全体に広めないように、ただ袋に詰めるのではなく、氷を詰めた小袋をいくつも用意してそれを一纏めに大きな袋に詰め込む」

 

「あ、なるほど……でも、いいのかなそれ?」

 

「問題ありません。提示されたのは氷を特別展望フロアまで持っていくことだけですから。アメフトは頭を使うスポーツでもあります。ルールの中で賢くやってやりましょう」

 

 創意工夫を凝らしても、先輩の身体能力では大量の氷を運ばなければ融けてしまうだろう。

 だけど、彼は俯きかけた顔を前に向けて、言った。

 

「ありがとう、絶対、入部テスト、受かってみせるよ、長門君」

 

「頑張ってください、雪光先輩」

 

 

 アメフト部の入部試験『地獄の塔』

 合格したのは、十文字一輝、黒木浩二、戸叶庄三……そして、雪光学の四名。

 

 

 ~~~

 

 

 新入部員が四人にちゃんとしたチーム同士の試合を見学させるという事で、泥門デビルバッツは東京都春大会の決勝を見に行くことに。

 ヒル魔先輩が呼んだタクシー(奴隷となった賊学のバイク)で、試合が行われている都立栄光グラウンドへ。

 その決勝の舞台にぶつかっているのは、王城ホワイトナイツと千石サムライズ……を準決勝で破った春大会のダークホース・西部ワイルドガンマンズだ。

 ちょうど前半が終わったハーフタイム中、点は20-7で、王城ホワイトナイツが負けているという試合展開。

 史上最強のラインバッカー・進清十郎を相手にリードをすることにセナたちも驚いている。そして、この立役者となっているのが、今ヒル魔先輩が読み上げる、

 

「鉄馬丈。40ヤード走5秒0。ベンチプレス115kg。だが、コイツがスゲーのは数字じゃねぇけどな」

 

 走行ルートを指示すれば、どう邪魔されようがそのレールを10cmとズレずに走るワイドレシーバー。まさに鉄の馬(アイアンホース)。誰も進路を変えられない汽車だ。

 

「走行ルート?」

 

「レシーバーがフォワードパスを受けるために走るコースのことだ。フェイント、フェイクを行うこともあるが、基本は全力疾走、方向転換もスピードを落とさずに走り切る、その決められたパターン。後衛の基礎だな」

「どの辺走るか決めとかないとパスできないからね」

「てめーらもルート覚えんだぞ」

 

 ヒル魔先輩がプリントアウトしたパスルート表を後衛の雪光先輩、太郎、一応主務のセナに渡す。

 アップ、フェード、ジグアウト、ロングポスト、コーナー、カムバック、ポスト、スクエアーイン、スクエアーアウト、フック、スラント、クロス、ヒッチ、スライスイン、クイックアウト、ルックイン……と計16種のコースパターンがプリントに書き込まれている。

 これに悲鳴を上げるアメフト新人の後衛陣に、栗田先輩がフォローを入れる。

 

「ぜ、全部覚えなくていいんだよ。2、3個得意なルート練習して……」

 

「でも、アイシールドさんや長門君は当然全部覚えてるんでしょうね……」

 

「そりゃまあ、ノートルダム大のエースと東日本最強のスーパールーキーだからなぁ」

 

「流石! よーし頑張ろ!」

 

 これにズキズキと胸を痛そうにするセナ。期待が重かろう。頑張れ。

 

「長門も覚えてんのか?」

 

「ああ。頭でというか、体に叩き込まれた」

 

 中学の部活でまともにパスを受けられたのは俺だけだったから、ほぼマンツーマンでヒル魔先輩のパスを受けていた。その際に当然ルートコースを練習している。

 

 そして、後半が始まる。

 王城にリードする西武のオフェンスフォーメーションは、レシーバー四人をばらけて配置する『ショットガン』だ。

 その名の通り、散弾銃の弾の如く、レシーバーを雨霰と発射する、完璧パス重視の作戦。

 ラインバッカーひとりで四人のレシーバーをカバーすることは流石にできない。しかし、パスを投げるクォーターバックはひとり。

 ボールを投げさせる前に潰す――そうしたい王城ディフェンスだが西部のクォーターバックがまた一筋縄ではいかない。

 

(モーションが速い!)

 

 “速い”とされるクォーターバックの投球速度は0.5秒。対して、西部のクォーターバックが両手を交差させて投げるそのモーションは0.2秒ほどか。つまり倍以上のスピードで投げているという事になる。

 如何に強力なタックルと言えども、標的に届かなければ無意味。この止める術のない弾丸パスは、さらに驚異の正確性をもって敵陣の急所を貫く。

 この『ショットガン』の威力を究極に高める、まさに絶技。

 

「“最速”の守備の鬼・進清十郎ですら止められない、まさに“神速”のパス。『早撃ちのキッド』の異名に違わぬ実力だ」

 

 そして、あれだけ思い切って全速で投げられるのもレシーバーの鉄馬丈が必ずコース通りに走るという信頼があってのものだろう。あれはレシーバーを探す時間すら必要としていない。

 この二人の連携は、強い。

 

「しかし、あまり弛んでもらっては困るな王城」

 

「え?」

 

「西部が強いのは認める。だからって手抜きをされては、こちらが弱いと思われる」

 

 いつもよりも不満顔で吐かれた長門の発言に、セナが何故かあわあわするもきちんと根拠はあるのだ。

 最初は油断大敵で隙をついたとはいえ、泥門も22-0で前半リードしていた。

 それに長門としては、なぜ、進清十郎がオフェンスに出ないのかが疑問だ。

 王城は泥門とは違って、人数不足に悩まされるチームではない。進清十郎を守備だけに使うのは惜しいし、両面で出られるだけの能力は持ち合わせているはずだ。

 それを出さないのは、まだチーム全体が練度不足なのだろうが、

 

「俺は進清十郎を『デス・クライム』の目標としている。だから、そう無様な試合を見せられては困る」

 

 このぼやいた長門の気配に反応したものがふたりいた。それは王城の進清十郎と、西部のまだ控えのランニングバック――

 

 

 ~~~

 

 

 王城対西部は、後半、王城が逆転。21-20で、王城ホワイトナイツが春大会を優勝した。

 しかしその試合内容は、大会を制したものとは言えず、西部のエースレシーバー・鉄馬丈が途中退場していなければ、ワイルドガンマンズが勝っていたかもしれない、と評されるというもの。

 

「西部ワイルドガンマンズ、か。これは東京都の秋季大会を勝ち抜くのも厳しそうだ」

 

 試合を見終わり、帰る前に何人かの面子がトイレ休憩に離れたのを待っていた時だった。

 突然、前から突っ込んでくる影。それはヘルメットを被っているが、今、試合が終わったばかりの西部のユニフォームを着ていた。

 そして、伸ばそうとするその手の先に狙い定まっているのは、長門が左手に持った、飲みかけのペットボトル。

 

「これは新しいご挨拶だな」

 

 相手が曲がり(カット)を切るよりも早く、その長い腕で押さえる『スティフアーム』。

 しかしその小柄な影は、まだ前に加速しようとする。それにも反応する長門は『スティフアーム』で袖を掴んだまま、そのままスピンしながら引っ張って、強引に流し切った。

 

「ふーん、テクニックもあるのか」

 

「そういうお前はスピードがあるな」

 

「自信はあったんだけど、流石は東日本のナンバーワンルーキーか」

 

 ボールを見立てたペットボトルを奪い取れなかった。ワイルドガンマンズの選手はヘルメットを取る。

 身長は、セナよりも少し高いくらいか。背番号は29番。確か控えでベンチにいたが、その走りの速さを見るにレベルの高い、おそらくはランニングバックあたりの選手だろう。

 と、そこで長門の横にいたセナがいきなり声を上げる。

 

「あ――!!! 陸……!?」

 

「セナ!」

 

 あの控えめな少年が人に指差して驚いている。見れば、あちらもセナの顔を指差して驚いていた。

 

「何だ、知り合いかセナ?」

 

「知り合いも何も、セナの兄貴だよ」

 

「何と、セナ、兄貴がいたのか?」

 

「いやいやいや、一人っ子だけど」

 

 首を傾げてると、今度はそのセナの横にいた姉崎先輩が反応。

 

「もしかして……()っくん!?」

 

「『陸っくん』は勘弁してよまも姉。もう子供じゃないんだからさ」

 

 “まも姉”、それは幼馴染のセナがよく呼ぶ姉崎先輩への愛称だ。その呼び名一つで親しい関係というのはわかる。

 姉崎先輩が“陸っくん”と旧交を温めている間に、セナが説明する。

 

「陸とは小学生のころ2週間だけ同じクラスでさ。走り方を教えてもらったんだ」

 

 要するに兄貴分、ということなのだろう。

 昔、荷物運びをやらされていた小早川セナに喧嘩の必勝法として大事な『スピード』の出る走法を教えたのだそうだ。

 親の転勤で引っ越してしまったけれど、セナにとって爆速ダッシュの師匠である。……もっとも走り方を教わっても、セナはずっとパシリをやっていたのだそうだが。

 

「6年ぶりだね、陸……」

 

「ああ。まさかセナが泥門のアメフト部にいるとはな。今まも姉から聞いたよ。主務で頑張ってるんだろ」

 

 再会を喜び合う両者。……だが、ここで除け者にされて許容できるほど長門は寛容ではない。

 

「で、いきなり俺に突っ込んで、実力試しか?」

 

「ああ。突然で悪かったな。でも、王城ホワイトナイツの進清十郎と互角に渡り合った東日本のナンバーワンルーキー・長門村正がどんなものか直に肌で体験して見たくてね」

 

 なるほど。セナと同級生だったという事は、同じ一年生、ルーキーだ。

 こちらにセナに向けるのとは違う、好戦的な笑みを向ける。これは腕試しでは出さなかった奥の手をまだ持っているのだろう。

 

「俺は、甲斐谷陸。西部ワイルドガンマンズのエースランナーになる男。そして、長門村正から東日本ナンバーワンルーキーの座を奪い取る者だ」

 

「……。ナンバーワン()()()()なんて称号、欲しければくれてやる」

 

 対して、長門も静かに、闘志を秘めた不敵な笑みを返す。

 

「俺が狙うのは、東日本ナンバーワン、だ――泥門デビルバッツを関東大会で優勝させて、そう呼ばれるプレイヤーになってみせないと、西で待ってるアイツと対峙するに相応しい格にはならないからな」

 

「ふーん……だけど関東を制してクリスマスボウルに行くのは西部ワイルドガンマンズだ」

 

 王城を追い詰めた春季大会のダークホース・西部ワイルドガンマンズ。

 改めて思う。これは、相当レベルの高い地区大会になりそうだ。

 

 

 ~~~

 

 

 賊学カメレオンズに勝利。

 これにより、一勝ごとにアメフト部の施設増築という校長先生との約束事で、今度は、ロッカールームが建設されることになった。

 

 しかし、以前の部室のような改装工事ではなく、一から建てるのだから時間がかかる。

 

「よし人海戦術だ。テメーらも働け! ちょうどトレーニングになんじゃねぇか土木作業。基礎体力の鍛錬だ!」

 

 というわけで、基礎練にもなって建設期間も短縮できる一石二鳥の土木工事体験が練習前に行われることになった。

 

 鉄石をいくつも積んだ手押し車や重たい鉄柱を運搬するパワーの鍛錬。

 セメントの袋を工事現場前にせっせと積んでいくスピードの鍛錬。

 コンクリートの土台作りにセメントを捏ねるスタミナの鍛錬。

 あとサボった不良をしばいてくれる老け顔な若旦那による性根の鍛錬もある。

 

「基礎って辛いね……」

「基礎も良いけど早く長門に競り勝てる必殺キャッチとかの練習してぇなー」

 

 キャーキャーと黄色い声援が飛び交うグラウンドのサッカー部を見て言うセナと太郎。

 憧れる気持ちもわからんでもないが、

 

「どれだけ策を練ろうが、最後にモノ言うのは基礎だぞ、二人とも」

 

 基礎を抜いたら、すぐダメになる。最後まで倒れないで立っていられるのは、基礎をしっかりとやり込んだ者だ。

 

「泥門デビルバッツは、ほぼ攻守両面でプレイしなければならない少人数のチームだ。他のチームよりも大変だし、最高のパフォーマンスを最後までやり通すには、基礎ができてないと無理だ」

 

「長門君……」

 

「少なくとも俺は基礎を怠ったやつに負ける気はしない」

 

 そして、サッカー部の活動が終わり、グラウンドが空いたところで、アメフトの練習が始まる。

 前衛(ライン)組は、栗田先輩を先生として、ブロックやタックルの練習を行う。

 後衛(バックス)組は、ヒル魔先輩を先生として、ランやパスの練習を行う。

 教官役で天国と地獄だが、どちらも教えるのは基礎である。

 ラインは“ランの時は前に出て道をこじ開ける”、“パスの時は後ろに下がって投げてを守る”ことを教えており、バックスはパスルートについて実践している。

 

「……お前はいかなくていいのか」

 

「俺はもっと基礎鍛錬を積みますよ。対決してみてわかりましたが、進清十郎とはまだまだ基礎力で負けています。あの試合、最後までやり合ったら先に潰れていたのは俺の方でした」

 

 それを遠目で眺めながら、長門は引き続き工事手伝いを行っている。

 

「それに、武蔵先輩だけ一年生の指導ができないんじゃあ寂しいでしょう?」

 

「……ふん。ふざけたことを抜かしてないで手を動かせ」

 

 アメフト部ロッカールーム建設を取り仕切る武蔵工務店・その老け顔の若旦那こと武蔵厳先輩の指示の下、長門は肉体労働に励んだ。

 

 

 こうして、重労働と基礎練のスパルタが行われて三週間後に完成したロッカールーム。

 全員分の個室が用意された立派な部屋にて、部員の皆にヒル魔先輩が何気なく重大発表をした。

 

「再来週の月刊アメフト杯に申し込んだぞ」

 

 

 ~~~

 

 

 関東大会の真っ最中に行われるアメリカへの挑戦。

 地区予選を勝ち抜けなかったチームに、本場のアメリカフットボールと対戦する、誰もが思う無謀。

 

 そんなことは企画したスポマガ社月刊アメフト編集部側にもわかっている。

 時期的に応募数が少ない中でくじ引きをした結果、当選したのは取られ易いよう大きな紙を応募用紙にした泥門デビルバッツ……だったのだが、編集長は抽選などやらせであり、最初から対戦校は用意していた。

 弱小校が日本代表ではみっともない。『ピラミッド(ライン)』で有名な重量級チーム・太陽スフィンクスならば、アメリカ人の体格に対抗できる、と。

 その不正な決定をサイトに載せたその直後、月刊アメフト部編集へ一報が届けられた。

 

『あー、月刊アメフト編集部? 話題のアイシールド21を取材したかぁないかね?』

 

 

「あー! 村正君じゃないか。今日はアイシールド21と一緒に?」

 

「はい、熊袋さん。先輩より彼の世話役をまかされて……ほら、海外暮らしで日本の環境に不慣れですから彼。その点、俺は知り合いがいますしね。ああ、顔出しNGでお願いしますね」

 

 話題の有名人のマネージャーのように月刊アメフト編集部に応対するは長門村正。

 ご近所さんでもある村正君に、アメフト専門ライター・熊袋記者は手を叩いて歓迎する。

 謎めいたアイシールド21に世間は注目が集まっているけれど、熊袋は長門村正が日本を背負う選手になると期待していた。

 

「………!」

 

「申し訳ありません。彼が少しトイレに行きたいと」

 

 アイシールド21の彼が何やら耳打ちすると、通訳のように村正君が言う。

 それで早速、アイシールド21はいなくなってしまったが、その代わりとしても十分な選手を取材するチャンスである。村正君は、娘のリコに取材を任せっぱなしになっていたが、熊袋自身も話を聞いてみたかったところだ。

 

「村正君、君にも色々と訊きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「ええ。構いませんよ、熊袋さん」

 

 

 しかし、このアイシールド21の緊急取材の翌日、とんでもない事件が発生した。

 

「メールできたぞ。“()()が月刊アメフト杯に出場決定”って。アメリカさんにも電話で挨拶しちゃったよ」

 

 そんなバカな!!

 しかし確かにメールを送っている。アメリカのNASA校にも『対戦相手は泥門』と既成事実が出来上がっている。

 どこで話がこじれたんだ!?

 

「……どういうことだ? 今日は月刊アメフト杯の打ち合わせではないのか? 余はそのつもりで来ているのだが」

 

 これにちょうどスポマガ社にきていた、太陽スフィンクスの選手たちが反応する。

 それにまた長門村正、栗田良寛を引き連れた泥門デビルバッツのヒル魔妖一があっけらかんと火種となるようなことを言う。

 

「いや出場すんのは泥門だ。テメーらはママんとこ帰んな」

「泥門なんて弱小が出て勝てる訳にーだろ!」

「日本の恥よ」

 

 太陽スフィンクスのラインマン・笠松新信とクォーターバック・原尾王成が言い返す。

 ヒル魔妖一は“しめた”と言わんばかりに口角を吊り上げて、

 

「ほほー! つまりテメーらは泥門(うち)より強いと?」

 

「当たりみーだ!!」

 

「なら試してみようじゃねーか。日本代表決定戦だ!!」

 

 売り言葉に買い言葉の応酬で、急遽、日本代表を賭けた泥門対太陽が決定した。

 

 

 ~~~

 

 

「すでにやる前から結果は知れてるようなものだ。泥門なんて弱小チームなど余らの相手にもならん。まあ、其方らのような下賤な連中に身の程を弁えさせるのも務めか」

 

「それはどうでしょうかね。太陽スフィンクスのプレイをみましたが、俺達はそう負けてないと思いますよ」

 

「なんだと?」

 

 ピクリと柳眉逆立てる原尾。それに気づきながらも長門の舌は、止まらない。止める気が、彼にはない。何故ならば、畏れる理由が、ないからだ。

 

「少なくとも王様気取りのあんたよりもうちの先輩の方が実力は上です」

 

 淡々と事実を告げるような文句に、原尾はブルブルと震え始めた。

 

「余に対してそのような口を……! 貴様、名を名乗れ!」

 

「泥門デビルバッツ一年生の長門村正です」

 

「一年だと……ああ、そういえば、長門村正というのには聞き覚えがある」

 

 顎に指をやりながら、見下すように原尾は、

 

「確か、“東日本ナンバーワンルーキー”などとそこなアメフト誌に書かれておったな。しかしどうやらそれは過大な評のようだ。くっ、何事も誇大に書いて世を騒がしたい、そんな低俗なものの記事なのだろうな」

 

「正直、俺もいきなり東日本ナンバーワンルーキーなどと取り上げられて驚いてもいるんですが……熊袋さんの目が曇っていないことを証明するために、その評に違わぬものと試合で見せますよ」

 

 独り言のような呟きだった。

 それが原尾には余計に、挑発的に聞こえた。

 

「……よかろう。身の程を弁える必要性を、たっぷりと試合で教えてやる。そうだな、10プレイ以内に泥門を戦意喪失させてな」

 

 そこで、それまで沈黙を保っていた大男、太陽スフィンクスのラインマン・番場衛。太陽スフィンクスが誇るこの日本屈指の重戦士が追従するように、重い口を開いて宣告する。

 

「10プレイは長すぎる。1プレイで十分だ」

 

 

 ~~~

 

 

「汝らに問う。朝は22本足、昼は22本足、夜も22本足。倒れる事なき11戦士。そのチームの名は?」

『――太陽スフィンクス!!』

 

 

 ~~~

 

 

 ライン。

 そこは地上で最も過酷な9m。チームの壁となる最強戦士、ラインマンたちの闘技場。

 彼らはボールに触れない。勝利への道を走るのは彼らではない。だが彼らこそ勝利への道を切り開くのだ。

 

 アメフトにおいて、勝敗の大きなカギを握るポジションであるライン。神奈川の強豪太陽スフィンクスは、ラインに超重量級選手をずらりと揃えた大型チームだ。

 スクワットの高校記録保持者である番場衛を中心とした屈強なライン陣は、不動の巨体で山形に壁を築き、中の王に指一本触れさせない。

 この彼らの姿は『ピラミッドライン』と呼ばれ、全国にその異名を轟かせている。

 

 県立太陽高校、通称砂漠グラウンドにて行われる、アメリカ戦出場権をかけた日本代表決定戦。

 太陽スフィンクスVS泥門デビルバッツの試合が始まる。

 

「SET! HUT!」

 

 先攻は、太陽。

 番場からスナップされたボールを受け取った太陽スフィンクスの司令塔・原尾は、王家の風格を漂わせる社長令息。そのパス成功率は、54%。

 

「この超ヘビー級ライン崩さなきゃ勝ち目はねぇんだ! 死ぬ気で突っ込め!」

 

 向こうの司令官・ヒル魔妖一が、泥門ライン陣を叱咤する。

 しかし、原尾は、まるで見せつけるかのように手に持ったボールを高々と掲げたまま、視線を走らせる。

 

「しーしし軽い軽い! やっぱてみーらチンカスだ!」

「クッソ……」

 

 パスの命とも言える、投手を守るためのパス壁。脆く壊れやすく、普通はもって3秒と言ったところだが、『ピラミッドライン』はモノが違う。番場、笠松らの強大な人間の壁を崩せるものなどどこにもいない。

 いつかレシーバーが空くのをゆるりと待って、パスを回すだけのこと。これぞ我が太陽スフィンクスの、無敵の攻撃パターン――

 

「ラインはパスを投げも捕りもできない。だが、パスを通すのはラインなのだ!」

 

 ライン勝負は太陽が圧倒して、泥門のラインマン5人全員を青天、仰向けにひっくり返した。

 それから余裕で投じた原尾からのパスをキャッチしたのは、太陽のフルバック・多古田雄高。

 

「よーし、独走! このまま――」

 

 ――その前に、それは一瞬で現れた。

 

 空手の達人が使える技術の中に、いつ間合いを詰めたか相手の感覚に察知させない『縮地』というものがある。

 通常踏み込む為には溜めがいる。後ろに体重をかけて、思い切り蹴るのが、キレのいいダッシュだが、それでは“起こり”が見えてしまう。

 その相手に気取られる溜めを作らずに重力を利用してスタートを切る。正確には重心から地面までの位置エネルギーを斜め下に解放して、前方への推力を得る。

 膝を抜く。ただつっかえを外すだけなので、極端に起こりがわかりにくく、これに地面を蹴る力をスムーズに加えたり、足を大きく開いたり、後ろ足を前に持ってくるだけでかなりの距離を稼げる。

 この重力利用による瞬間的な初動の速さは、侍なメジャーリーガーなどの一流スポーツ選手も行っている。

 

「ケケケケケ、そこは糞カタナの制空圏だ」

 

 原尾が“抜けた”と思って投げたレシーバーに、泥門のラインバッカー・長門は即座に追いついた。

 そして、貫いた。

 

 

「ぐがああああ!!」

 

 

 長門村正の『スピアタックル』。高身長・長腕脚な分、最後の一歩分の急加速は本家をも上回る、そして、指先一本でも止めてみせる力は、穂先に止まっただけでトンボを真っ二つにした切れ味を誇る。まさしく東国無双の“槍”、『蜻蛉切』。

 

『泥門ボール!』

 

 太陽ランナーが落としたボールを素早く、泥門セーフティに入っているアイシールド21が回収した。

 

 

 ~~~

 

 

「あれしきのタックルでボールを取り零しただと!? 何をしている! 手を抜いているのか!」

 

「む……無理です、俺。ボール、持ってられません」

 

 ガタガタと震える多古田。

 たった一度のタックルを食らっただけで、戦意喪失しかけるほどの威力に、番場は目を瞠る。

 今、この光景に静かに思い出すは、苦汁を舐めさせられた神奈川県の春大会決勝。

 第四クォーター途中、最後の最後に出場し、これまでの第一、二、三クォーターの倍以上の点を付けて太陽スフィンクスを圧倒した金剛阿含という存在。それが重なる。

 

 ドクン……。

 1プレイで思い知った。

 長門村正は、“東日本ナンバーワンルーキー”の記事は誇張でも何でもなく、紛れもない超人であると。

 

 

 ~~~

 

 

「後衛は俺達に任せて、ラインはガンガン太陽の『ピラミッドライン』に挑んでください」

 

「長門君……」

 

「栗田先輩、この3ヶ月後には、太陽を含む関東全チームを倒していくんです。それに、ここで全国屈指の太陽のラインに勝てば、大会で通用すると証明できます。大吉もここで押し合えてこそ、本物のラインマンだ」

 

「フゴッ」

 

「十文字、黒木、戸叶、お前らも負けっ放しは趣味じゃないんだろ?」

 

「ハッ! わかってんだよ、今度は俺達がアイツらの度肝を抜いてやる。あの地獄の特訓の成果を見せてやらあ!」

 

 やはり、この泥門対太陽戦は、ラインがカギとなる。前回試合した賊学とは格の違う『ピラミッドライン』を破らないとスフィンクスに勝利は難しい。

 しかし、開幕で青天を食らって呑まれかけたライン陣の目を覚まさせた。

 ヒル魔はこの勢いにさらに火を点けるよう激を飛ばす。

 

「今は青天上等だ! アホみてーにぶつかっていけ!」


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