悪魔の妖刀 作:背番号88
パワーとスピード、そして、タクティスが大きな役割を果たすアメリカンフットボールでは時に独創的なフォーメーションが誕生する。
二人のクォーターバックを配置する『ドラゴンフライ』しかり。
それが効果的なものであれば、すぐ他所のチームが真似して瞬く間に広がり、その
TE OT OG C OG OT TE
WR WR
RB
QB
オフェンスのガードとタックルの間を広く開くことで、ディフェンスからは『タイトエンド・タックル・レシーバー』が左右に2隊と『2ガード・センター・クォーターバック・ランニングバック』の1隊の計三つのグループに分かれているように見えるだろう。
こういうのをスプレッドフォーメーションという。目新しいものではなく、昔から散見していたものだ。
それに千石大学の『二本刀』が新たな息吹を加えたのが、これだ。
現代のアメリカンフットボールでは、“広いスペースでプレーメーカーにボールを渡す”ことがオフェンスのゲームプランの大きな要素だと言われている。
ランニングバックであれ、レシーバーであれ、広いスペースの中で相手ディフェンスと1対1のマッチアップを作ることができれば、
通常、相手ディフェンスは、ボールキャリアーを複数人で囲うよう追い込み、誘導するよう守備位置を取る『ランフォース』でもって、如何に脚が速かろうと阻止してきた。
しかし、このフォーメーションは、ランニングバックの天敵たる『ランフォース』を実行不可能にしてしまう。
またオフェンススキルをもったタイトエンド・レシーバー・ランニングバックを三ヵ所に分散することで、それに対応するべくディフェンスも分散させてしまう。よって、ひとりの選手に複数人で当たるという事が難しくなってしまうのだ。
しかし反面、欠点も抱えている。オフェンスの要となる司令塔クォーターバックがラインの壁3人にしか守られないこと。これは余程センターラインがパワーあるものでなければパスリリースするための時間を稼ぐことはできず、クォーターバックを危険にさらしてしまう。
それから左右それぞれの分隊がスクリーンやリードをやれるだけの連携と判断力がなければオフェンスが上手く機能しなくなる。
このフォーメーションは、トリックプレーの域を出ない。
でも、これが奇策であっても使いようによっては大きな武器となる。
そう信じていた。
しかし、この自らの大学の名を冠して付ける
「……まあ、今の泥門デビルバッツでもこの先生が遺した幻のフォーメーションは実現不可能なんだがな」
ラインマンが5人。レシーバーが2人。タイトエンドが2人。クォーターバックが1人。ランニングバックが1人。
あの『デス・マーチ』の過酷な修練を共に乗り越えられるようなチームでなければできない。そして、自分以外にパスもブロックもこなせ、アメフトの戦術理解のあるタイトエンドがいなければ。比翼が片側だけが力強く羽ばたこうとも、飛行姿勢は安定せずに墜落してしまうのがオチだ。
自分ひとりが強くなってもダメなのだ。
「でも、先生と庄司監督、『二本刀』が思い描いた千石フォーメーション……いや、俺達の手で『
そのためにはまずチームを揃えなければ。
先生は借金でアメリカに逃げる際に、『優秀なタイトエンドを見つけてデビルバッツに送る』とも言っていたが、もう一年以上音信不通である。生きているのか死んでいるのかもわからない。ヒル魔先輩がその消息を今探しているそうなのだが……
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
先生が遺したアメフトの研究・鍛錬ノートを閉じると長門は玄関へ。
「こ、こここんばんは村正君! 今日もお夕飯作り過ぎちゃってお裾分けです!」
「落ち着けリコ。髪がアフロってるぞ」
「え、ああ~~~!?」
扉を開けると、視界いっぱいにボンバーヘッドなアフロが、いや、すぐに髪を手櫛で整えて元に戻った。
「今日も夕飯ありがとなリコ。自炊しなくちゃいけないから助かるよ」
「いえ、これくらい……お、お母さんが、作りすぎちゃっただけですから」
扉を開けると、そこにいたのは、お隣さんである。
父親の遺伝が濃い癖っ毛(興奮して空回ると何故かアフロになる)の少女、学校は違うが同じ高校一年生で自称『エブリタイムテンパリ娘』熊袋さん家のリコである。
中々の頑張り屋さんで、アフロが特徴的なお父さん、スポマガ社が発刊する月刊アメフトで編集する熊袋さんの下で
中学時代は無名だった長門村正が、あの王城戦の一戦だけで一躍“東日本ナンバーワンルーキー”などと称されるようになったのも、このバイト少女が書いた特集記事を父親が月刊アメフトに載せたからである。
それに情報通の彼女が教えてくれるアメフトの情報にはとても助かっている。プレイの解説も実に的を射ているし。それからこのように頻繁にお裾分けしてくれるので、現在一人暮らしをしている長門は生活面でも助けられている。
近所に同じ趣味の人がいるのはとてもいいものである。
「そういや今日発売の月刊アメフトが20周年で、本場アメリカのチームと親善試合『月刊アメフト
「確か、NASAエイリアンズになりそうだ、ってお父さんが言ってましたね」
NASAエイリアンズか!
「……これは、やってみたいな」
まだ人数が揃っていない泥門がやるのは無謀だろうが、本場の強豪校とやる経験値はデカいはず。ヒル魔先輩もこの話には乗ってきてくれるはずだ。
「じゃ、じゃあ……今日の村正君への取材ですが」
「おう。何でも聞いてくれ」
一つ情報を教えてもらう対価に、こちらも代わりに一つ取材を受けるのがご近所さんルールだ。
将来のための勉強で、好きな食べ物やアメフト以外の趣味だとかも根掘り葉掘りといろいろ訊かれた。要はインタビューの練習台である。
「泥門デビルバッツが、今週末に賊学カメレオンズと対校試合をすると小耳に挟んだんですけど。これは本当なんですか?」
「うん、そうだが。よく知ってるな」
アメフト関連の情報アンテナを高く張っている子である。
「はい! 特にチェックを入れてますから! 泥門デビルバッツには村正君がいますし……そ、それで、ご迷惑でなければ取材に行ってもよろしいですか!」
ぐいぐいと迫るリコ。段々と感情に比例して縮こまっていく髪がアフロになっていきそうになるが……
「いいんじゃないか。休日だし、風紀委員の姉崎先輩に話を通せば他校の生徒でも校庭に入っても問題ない。練習試合なんて書いても記事にならないと思うけど、こちらとしても客観的に試合分析できるリコに観戦してもらえるのはありがたいし。ああ、でも、たぶん俺は出ないと思うぞ」
「え」
この長門の最後の一言で、リコの縮れた髪質が真っ直ぐに。さらっと一気にストレートになった。
~~~
『Ya―――ha―――!
爆裂重大臨時ニュースだ! 今週土曜校庭でアメフト部の試合をやるぞ!
敵は賊学カメレオンズ、500万円を賭けた勝負だ!
今まで賊学連中に泣かされた諸君! 泥門デビルバッツがコテンパンにしてやるぜ!
入場無料! 見なきゃ男じゃねーー!!』
と対校試合が決まったその翌日に放送してから今週末。
バイクに乗って泥門高校へやって来た都立賊徒学園のアメフト部。
賊学カメレオンズの戦略は、相手の攻撃は全て後出しで潰す。敵に合わせて戦法を変えるのがカメレオン流。相手が一番得意にしているものを変幻自在に呑む、守備型のチーム。
今回の試合で、カメレオンズのエース葉柱ルイは、ラン対策に特化したディフェンスを敷いてくるだろう。
この前の王城戦、デビルバッツで唯一キャッチができたタイトエンドは、足の怪我?で試合を欠場しているし、大量のヤードを稼げる手段はアイシールド21のランしかないのだ。と見て。
(散々ヒル魔先輩も挑発したしな。何が何でもアイシールド21の爆走ランを阻まんと躍起になっているだろう。――だけど、今の泥門には俺以外にもパスキャッチできるワイドレシーバーがいる)
賊学は開幕キックオフで、キャッチの難しい、バウンドするグラウンダーの『スクイーブキック』を選択。楕円形のボールが不規則に跳ね、アイシールド21に捕らせず、泥門攻撃陣を混乱へと陥れる。その間に一気に敵陣に駆ける賊学守備陣が制圧……するはずであったが、
「なっ……俺の爆竹キックが!?」
一発ビシッとキャッチしてボール回収してみせたのは、新加入のレシーバー・雷門太郎。賊学の出鼻を挫いてみせた本日の秘密兵器はその後、アイシールド21・セナへトスしようとしたのだが、下投げなのに見当違いの方向にボールが……。
太郎は、ノーコンだった。本当にキャッチにすべてを割り振っている男である。
それでも相手の策を潰したことに変わりない。
「フシュー!?」
「フゴーッ!」
賊学の大型ラインマン・蛇井級太郎、身長184cm、体重120kgの二年生選手。鼻息荒い巨漢ガード相手にマッチアップするのは、泥門ラインで一番小さい小結大吉だ。賊学は王城戦の試合を見て、この低身長の大吉をラインの穴だと見て投入したんだろうが、その逆に重心の低さを武器とした立ち合いのロケットスタートを決めて、ヘビー級ラインマンを圧倒している。
「パス!? バカな……」
「球、速っ!!」
「味方も捕れねーよバーカ!」
エースラインバッカー・葉柱のカメレオンの舌のように長い腕も触れぬ、ヒル魔先輩のスパルタパス。――それを、太郎が捕ってみせた。
「努力マックスダーッシュ!!」
ランニングバックに守備を割り振っていて、まったくパスに無警戒なカメレオンズの守備。ノーマークだった太郎は、キャッチするとそのまま走って、相手ディフェンスに捕まるまで35ヤード
「次こそアイシールドのランが来る! ぶっ潰すんだよ!」
太郎のレシーバーの存在に関わらず、意固地になってランを潰そうとする葉柱ルイ。
そのカッカ頭に血が昇った様子を邪悪な悪魔の笑みで見つめるヒル魔先輩。
交錯したアイシールド21と、『ハンドオフフェイク(ボール渡したフリ)』を決めてから、また太郎へパスを決めて、タッチダウン。
「いいぞモン太ー!」
「モンモーン!」
「猿ーーっ!!」
「雷・門!」
歓声が湧く泥門校生。
いきなりタッチダウンする鮮烈なデビューを決め、太郎のキャッチは泥門の新しい武器だと知れ渡った。
でも、その後のトライフォーポイントの追加点のチャンスをキック失敗。攻撃権が相手に移って、賊学のオフェンス。止めることができず、お返しのタッチダウンを決められ、トライフォーポイントでキックを入れられてあっさり逆転を許す。
(やはりキッカーの差が大きい、か。……武蔵先輩)
それから、賊学ディフェンスは、今の泥門オフェンスにも対応する。
パスを捕れる80番の太郎に3人のマークを割り振って、残りは全員アイシールド21を潰す。
試合中でも敵に合わせて戦術を修正する。
……しかし、だ。
作戦を後出しにする戦法は間違ってはいないが、遅い。
こちらには“作戦を先読みした方が勝つ”を信条とする悪魔なクォーターバックがいる。
「行け陸上部!!」
アイシールド21で行くと見せかけて、完全ノーマークの陸上部の助っ人・石丸先輩の中央突破。
「今度こそ来たっ! あの地味な野郎はボール持っちゃいねぇ! アイシールドだっ!!」
アイシールド21で行くと見せかけて、自ら走る。
「テメー!! 勝負しやがれ!!」
「ケケケケ!!」
徹底的にチームのエースランナーを囮にする泥門デビルバッツ。
アイシールド21を封殺するつもりでいた賊学カメレオンズを完全におちょくっている。
(ヒル魔先輩相手に、後出し戦法が通じる方がおかしい。相手に合わせて弱点を突いてくるカメレオンズ……見方を変えれば、弱点克服するに良い試合相手を用意してくれるとも言える)
太郎は初の実戦を、大吉は背の高い相手を。あとセナは物騒な強面相手にビビらないように。そして、エースに頼らないオフェンス。
練習試合だ。ただ勝ちを狙うのではなく、経験値を得ることも目的とする。秋大会までに強くなるには多少無茶でも実戦の中で鍛え上げていくのが一番だ。
(ただひとつ怖いとすれば怪我か……。賊学は、反則スレスレのラフプレイ上等だからな)
~~~
「もう容赦しねえ。――潰せ」
20-16。
泥門優勢な試合展開だったが、賊学の喧嘩殺法にラインマンの助っ人3人が退場。
「ひぃいいぃい!? ボールもってないですよ! ホ、ホラ!」
エースランナー・アイシールド21も葉柱ルイ自らドツきかまして吹っ飛ばされた。こちらは負傷退場しなかった。
これもまた弱点を突かれた。試合規定人数ギリギリの少人数のチームだから3人も一気に抜かれるのは大変だ。この
「ふむ。おい、出番だぞ、三人」
「ハ?」
「はぁ!?」
「はぁぁあああ?」
「ははは、相変わらず仲が良いな。もしかして兄弟だったりするのか?」
『兄弟じゃねェ―――!』
試合をカメラで撮影していた長門と一緒のベンチに座っていた、あの時の不良三人組。部室を漁っているところを“アメフト部に戻ってきてくれた”と勘違いした栗田先輩に取っ捕まった。
「とにかく出番だ。餅は餅屋。不良の喧嘩相手なら得意だろ、お前ら」
「チッ」
「か~~、面倒くせ~」
「写真晒されるよりマシだろ!」
どうやらヒル魔先輩に何か弱みを握られてるようで、わりと素直に試合に出てくれるようだ。
よし。あとは――
「――アイシールド21! 葉柱ルイは、俺や進清十郎よりも怖いか?」
~~~
ベンチで足を怪我した(ことになっている)長門君。
今日は試合の撮影記録を取ったり、相手戦術を分析していたりと(主務希望で最初に入った自分よりも)スカウティングに精を出している。
王城戦では、長門君が途中退場してから、泥門はガタガタになってしまったけど、今日は違う。
そう、あの時とは違う。決勝で進さんと闘う、そのために他のチームに負けるわけにはいかないんだ。
「ああ。3人マークにつかれてっけど、たったひとりでも何にもさせてもらえねぇ長門とやるよりよっぽどマシだ」
「フゴッ! 強い相手と、戦ってきた!」
モン太、小結君、そして、僕も賊学よりももっと、ずっと凄い人達と対峙してきた。
不良が怖い。スポーツする目じゃなく、絶対痛めつけようとする葉柱さん。
だけど、違う。
全然、違う。あの周囲の空気にさえ圧を感じる進さんや長門君とは、世界が違う。
アメフトはビビらしたら勝ちだ……そうヒル魔さんは言う。
……そうだ、怖がっちゃ負けだ。
~~~
賊学のラフプレイを、交代した三兄弟のラインは慣れた感じで捌いて道を開けた。
小早川セナ――アイシールド21は、中央突破。すなわち賊学のエースラインバッカー葉柱ルイの真正面へ爆走する。
その恐怖を踏み締めた走りに、長門はその勝利を確信した。
「今度は骨ごとへし折って、最強は葉柱ルイだって体に叩き込んでやる!!」
いいや、逆だ。その走りに圧倒されるのは、葉柱ルイ。貴様だ。
そのリーチの長い手を伸ばしても届かぬ距離に、一瞬で曲がり切ってしまう黄金の脚。飛びついたはずの葉柱ルイはその指先すらも
「タッチダーゥン!!」
アイシールド21は相手エースを抜き去った後そのまま独走して、ゴールラインまで走破。
『うおおおお!!』
校舎が揺れるほどの大歓声が湧いた。
「すげーッ! 初めて生で見たよアイシールドの走り!」
「TVと迫力全然違うな!」
「何か一瞬でわかんなかった~~!」
「流石ノートルダム大!」
「ていうか誰? 2年生?」
「人間の走りじゃねー!」
しかし、この衝撃的な走りにもっとも驚愕させられたのは、観客の生徒たちではなく、真正面で目撃した葉柱ルイだろう。
勝負あったな。
撮影するカメラ映像、ズームアップした相手のエースの顔は、大きく目を見開いたまま固まり、冷や汗を垂らしている。
エース対決を制して、その後、デビルバッツがカメレオンズを圧倒する試合展開になった。
小結大吉を止められず、雷門太郎を捕らえられず、アイシールドを触れない賊学。そして、ここ
「ぐは!」
「うがぁ!!」
「こ……こんな、キチ――のか!?」
ただ一点。
代わったあの三兄弟は、喧嘩慣れしてラフプレイには強かったが、真っ当に押し合いになったらまるで歯が立たない。アメフトド素人だから仕方がないが、ぶっちゃけ脆い。おかげで、カバーに入った石丸先輩が潰され、ヒル魔先輩がパスできずに倒される。
相手に合わせて戦術を変えるカメレオンズはその穴を見逃さずに徹底的についてくるだろう。
(ヒル魔先輩は、センターライン以外は素人ラインでやってきたクォーターバック。過酷な環境でプレイしてきてサックへの対処に人一倍慣れているから心配いらないんだが……)
「だが、あまりタックルに潰される先輩を見るのは気持ちいいもんじゃないな」
すでに得るものは得たし、勝負はあった。――試合にケリをつけようか。
「姉崎先輩、カメラ頼みます」
「え、長門君?」
ガンッ! と地面に踵落としして、左足を固めた石膏を砕き割る。ジャージの下にはすでにユニフォームは着込んであったりする。
軽く跳んだり跳ねたりしてから、ストレッチして、ささっと早着替えで防具を着込む。
「試合勘を鈍らせたくないんで。俺も出してください。ぶっちゃけ、アメフトを見てたらアメフトがしたくなりました」
「糞カタナ……」
「長門君にも試合出てもらおうよ、ヒル魔」
温存できるものなら温存して、情報を隠匿しておきたいヒル魔先輩と、一緒にプレイしたい栗田先輩。
だけど、こちらも何もワガママだけで動いているのではない。
「それと、石丸先輩、鼻血が出て、試合させられません。あまり助っ人に無理をさせると今後の応援に差し支えますよ」
「ちっ……。ワンプレイだ。石丸が鼻血を止めるまでのワンプレイで決めてこい、糞カタナ」
「十分です、ヒル魔先輩」
~~~
80番のキャッチ、21番のランを止められない状況に、投入されるもう一枚のカード、88番長門村正。
月刊アメフトにて、最強のルーキーと紹介される、超人。
「あの野郎、ふざけやがって……っ!」
怪我のフリをして温存されていた……つまり、88番がいなくても賊学は倒せると思われていた。いや、試合にならないと思われていたのだ。
「ど、どうするんですか葉柱さん。アイツヤバいっす」
チームに動揺が走っている。
同じグラウンドに立てば、判るのだコイツらにも。怪物との圧倒的な力の差を。
「いや! 関係ねぇ!! 力の差があろうがなかろうが! 賊学なめさせんな!」
穴になっている三人のラインを狙う。そして、攻撃の起点であるクォータバックを潰す。さっきと変わらない。
「SET! HUT!」
泥門がボールをスナップした瞬間に、賊学ラインが突っ込んだ。
「てめーらんとこが壁の穴だ!」
狙うは、交代した三人のライン――
「穴ァ?」
「開けてやるよ」
しかしその穴は、落とし穴の罠に化けていた。
あっさりと盾として組付き合うこともなく、素通りさせた三人。
『この糞三兄弟! どうせ破られんなら、さっさと負けてやれ!』
これは、作戦通りの動きで、相手のラッシュを食らう前にヒル魔はパスを投げた『スクリーンパス』。
賊学の選手をわざと抜かした三人は別の場所に移動して、まだラインに残ってるブロッカーの相手をする。ラッシュに行った分だけ人数が抜けているため、ひとりに当たり複数でかかることができるのだ。この数的優位を作れれば、ド素人でも押し合いで圧倒できる。
「ケケケ、このバットをへし折るほどの直球ど真ん中の力勝負に合わせられる策なんざありゃしねぇよ」
そして、投げられたボールは石丸に代わって入った長門が捕っており、泥門ラインが空けた賊学ラインを、その力強い走りでもって、強引に押し通る!
来た――!
葉柱ルイの前に迫る88番。だが、
(あのアイシールドよりは遅ェ! どこを抜こうが俺の腕で捕まえてやる……!)
走る。真っ直ぐに。右にも左にもカットを切る気配はない。
(いや、まさかコイツ俺に向かって――!?)
――そう、これは直球の力勝負。
触れられないアイシールド21とは真逆の、触れた相手を撥ね飛ばす破壊的なラン。
「うっ……」
格闘球技アメリカンフットボールの原点である力で、潰す。
「アアアアアアアアアアアアアア――!?!?」
やる前にやる。
止めなければやられる。
我武者羅に葉柱は腕を伸ばす――そして、目が合った。恐ろしく冷ややかな視線と。
「その腕、進清十郎の『スピアタックル』より上かどうか一刀で確かめよう」
長い腕のリーチで機先を制し、相手をいなす『スティフアーム』は、元々ランするときのハンドテクニックだ。また長門村正は、進清十郎の片腕で相手を倒す『スピアタックル』が可能なほどにパワーがある。
そして、次は止めるのではなく倒す……そう長門村正が進清十郎の“槍”に対抗するべく、ステップインと同時に打つ体当たりの如き拳撃、ジョルトブローの技術も取り入れていた。全身の力と体重を篭めるため、威力が高く、当たればワンパンチノックダウンもありうる一撃、そして、伝統派空手による突きの多くは、そのジョルトブローに入る。
「お゛お゛お゛お゛!!」
障害として立ちはだかるのなら、仲間のために打ち倒す凶暴な戦士の意思に猛る。
クロスカウンターを決めるように、長門の太刀の如き長く引き締まった腕が走り抜け、葉柱の身体を手が撃ち抜いた、『ジョルトアーム』。
なん、つう力――
ドグシャア!!! とラインバッカー・葉柱ルイが白目を剥いて地に沈み、エースを一瞬の交錯で斬り捨てた『妖刀』はタッチダウンを決めた。
~~~
「葉柱さんが倒れたァァ!」
「おいおいマジかよ! 泡噴いてるぞ!?」
「た、担架だ担架!!」
意識が、遠い。そして、震えが、止まらない。
たった一撃で、骨の髄まで恐怖を刻み込むパワー。
対峙したくはない。88番……コイツにだけは喧嘩を吹っ掛けるなと本能がそう叫んでいる。
怖い、怖い……!
体格だって、実力だって、格が違う。
いや。
だからって、ここで舐められたままでいいはずがない! 試合途中で諦めるなんてダセェ真似、死んでもできるはずがねぇ!
「立っ、た……」
「だ……だ、大丈夫ですか葉柱さん。すぐに担架で運びま」
「いらねぇ」
「へ、いや、そんなふらついてる」
「うるせぇ! ブッ殺されてーのか! さっさとポジションにつけ! まだ試合は終わっちゃいねーぞ!」
怒鳴り散らして、連中を動かす。
そして、睨む。これまで会った中で、最強の敵を。
~~~
反則も辞さない不良……しかし、その何が何でも勝ってやるという姿勢は、似ていた。
自力で立ち上がり、震えながらもこちらを見てくる葉柱ルイを見て、長門は指揮官・ヒル魔に願い出る。
「……ヒル魔先輩、ワンプレイじゃなくて、最後まで出してくれませんか」
「アアん?」
「前言撤回ですが、全力で、相手をすべきです。あの男にこれ以上失礼な真似はできない」
「……はっ。最後まで手を抜くんじゃねぇぞ、糞カタナ」
「ありがとうございます」
その後、復活した葉柱ルイだが、やはり動きは鈍くなっており、長門が加入した泥門デビルバッツの、たとえ万全の状態であっても手に負えない攻撃力を前に大量の追加点を重ねていき、78-28と50点もの差をつけて、対校試合は泥門が圧勝した。
~~~
凄い、アメフト部……!
学校の図書室の窓から覗いていた賊学との対校試合。それに感動した。
2年生だけど、小一からずっと塾通いで運動部に入ったこともないけど、体格も良くないけど、やってみたい。
このままただ勉強だけで高校生活を終わらせるのはあまりにも寂しいし、最後の思い出が欲しい。もちろん、入るからには勝ちたい。チームのために何でもいいから何か役に立ちたい。
怖い賊学の主将を一撃で倒した長門村正君も凄かったけど、あんな小さい体でノートルダム大のヒーローになったアイシールドさんのプレイを見てたら、胸が熱くなって……。
きっとあの人はどんな困難にも恐れず立ち向かっていく勇気がある人なんだ。
僕もそれを見習いたい――!
~~~
賊徒学園に勝利。
賊学生の命とも言える改造バイクを解体してまでも金を毟り取ろうとするヒル魔先輩は、500万円に見合う労働を交換条件で葉柱ルイらカメレオンズの全員を奴隷と化した。葉柱ルイを最後のプレーまで容赦なく叩き潰した鬼が言えるセリフではないと思うが、先輩は悪魔である。
そして、宣伝効果のインパクトも凄まじく、翌日に開催した緊急入部募集してみたら、百人以上が集まった。栗田先輩が来てくれた入部希望者たちのためのお茶菓子にと思い切って買った雁屋シュークリーム百個が足らないくらいだ。
しかし、そんなアメフト部未曾有の大事件だったのだが、
「一緒にTVに映れるかもしれないし」
「アイシールドのサインが欲しいな」
「不良の番長をワンパンチで倒した姿に痺れました」
「アメフト部って部費多いし手下も多い。いやマジ尊敬してるヒル魔さんのおこぼれに俺預かりたいなー」
……面接して見れば、こちらが求める人材、すなわちアメフトというスポーツに本気になれるかが微妙なミーハー連中ばかり。これでは入部しても途中で退部するものも多いだろう。
「こりゃ入部テストだな」
ヒル魔先輩は決行する。
東京タワーを一日貸し切った入部テスト『