悪魔の妖刀   作:背番号88

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49話

『今までにない

 ハイレベルな攻防戦でした! これまで死刑台の

 十三(13)階段へ

 対戦チームを送り込んできた王城に

 (9)死に一生でどうにか食らいついている泥門!

 ですが!

 王城を相手に一歩も引かず、

 城塞を打ち破るほどの破壊力を誇る泥門

 がこのまま

 ()されっ放しでいるとは思えません!

 (しん)生王城の『巨大弓』にはもはや

 (てき)なしと言えるくらいですが、

 まだまだ決着はわかりません。この

 (すさ)まじい決勝戦の後半戦は、今から20分後です!』

 

 ※簡単な前半ハイライトの説明は、一番左だけを読んでください。

 

 

 ~~~

 

 

 王城(われわれ)が、優勢だ。

 前半最後のボーナスキックを阻止されたが、それでも作戦通りの展開だった。

 ヒル魔がいなくなり、長門が代わりの指揮官となった泥門を、更に追い詰める結果となったはずだ。

 

 ……嫌な、予感がする。

 

 順調なはずなのに、頭の中で警報が鳴り止まない。

 選手たちが徹底的に体を休めたり、入念に陣形の確認をしたり、あとはドカ食いして燃料補給したり等、後半に向けての準備に時間を費やすハーフタイム。

 高見伊知郎は、控室へ入るや汗を拭う手間も省き、前半のリプレイ映像を見ていた。

 些細だが無視のできない悪寒の正体を、あらゆる角度から探る。だが、不定愁訴のように、なんとなく、としか言い表せないような、正体不明の不安感に振り回されるばかり。

 

「高見……さん?」

 

 一息吐くことすら惜しんで、気になる箇所を改める高見を、桜庭は心配そうに伺う。

 神経質な性格ではあるが、気にし過ぎではないかとも思う。

 現に高見さんの作戦、王城(おれたち)戦術(ちから)に、泥門は手も足も出なかった。

 

(ただ、気になる点があるとすれば、泥門は、あまり焦ってなかった)

 

 逆転され、悔しがってはいたが、そこに悲壮感の滲む動揺を桜庭は覚えなかった。重苦しい空気がないのだ。

 試合以外でも付き合いが多い顔なじみだから、一部を除いて腹芸など苦手というか無理な性格だと知っているし、だから、もっとこの状況がどうしようもないと悲嘆にくれるような素振りを見せてはこないことが気にならなかったと言えばウソになる。

 

 ただ、まだ彼らが試合を諦めていないからなのだろう、と思えば、それで納得してしまえるようなもの。

 泥門は、全国大会決勝への切符を争うに相応しい最強のチームだ。必ず、この決戦を戦い抜く。最後の最後まで勝ちに行くつもりのはずだ。

 ならば、王城も最後の最後まで気を抜かず、全力で迎え撃てばいい。

 

 でも。

 そう、自分が頭の片隅へ追いやった違和感が、高見さんの抱く悪寒と繋がっているのだとすれば――何かが水面下で、深く静かに進んでいるということに――

 

「心配するな、桜庭。お前は自分のプレイに全力で集中すればいい。あれこれと考えるのは俺の仕事だ」

 

 そんな声を掛けられずにいた桜庭の様子に気付いた高見が、ひとつ息を吐いてから、相方の中の迷いを払う。

 そう、あらゆる事態を想定するのは、指揮官である自身の仕事。だから、この不安もある種の職業病のようなものだ。

 ただ、それをチームにまで感染させてしまうのはいただけないし、勘、などという理屈にならないものに自縄自縛に陥るのはあってはならない。

 ……それに、自画自賛となるが、『巨大弓』と『ツインタワー剛弓』、そして、『射手座』は、無敵だ。攻略法など思いつくはずがない。

 

「泥門は、油断のならないチームだ。一度でも勢いづけば、逆転されることも起こりうる。だから、不安要素は徹底的に潰しておく必要がある。もちろん、俺の杞憂ならそれでいい」

 

 結局、試合映像を早送りで何度となく改めたが、何も見つけられなかった。

 

(ひとつ、思い当たる懸念と言えば……このハーフタイム、ヒル魔が動くはずだ。腕を怪我していても、頭は働く。この状況を打開する策を、チームに授けるだろう)

 

 自分(おれ)ならば、そうする。

 同類であるからこそ、あの油断のならない男の行動は予想できる。

 ヒル魔妖一は、どんな些細な勝機でも突いてくる。

 

 ならば、予測できるはずだ。

 この戦局、チェス盤を逆転させるように泥門側に立ち、ヒル魔妖一(高見伊知郎)が作戦を考えるとすれば……

 

 

 ~~~

 

 

 泥門デビルバッツは、大半がルーキーの、未完成のチームだ。

 この試合中でも成長する潜在能力がある。今は王城が優勢であっても、4点差などわずか1タッチダウンで覆せる点差。

 だからこそ、守備の王城の見せ所だ……!

 

「この中で、王城地獄の特訓を今まで一度でも逃げたり休んだりした奴は手を挙げろ」

 

 ハーフタイムの残り僅か。

 円陣を作って腰を下ろす教え子らへ、王城ホワイトナイツの監督、庄司軍平は、誰よりも厳しく鬼となって扱いた、これまでの過酷な練習を思い出させた上で、問う。

 

「ええ、高見さん??」

「中一の時にな」

 

 ほぼ全員が、手を挙げる。

 

「おそらく一日たりとも休まなかったのは、大田原さんただ一人です」

「ばっはっは! そうだっけか? 馬鹿は風邪もひかんからな!」

 

 進の発言の通り。

 ここにいる選手たちはほぼ全員一度は脱落したことがある(暴れて謹慎となった猪狩や、自動改札機を壊して飛行機に乗り遅れた進という例外はあるが)。

 

「だが、お前たち46人には、ひとつだけ共通点がある。――今、ここに残っているということだ」

 

 そう、脱落から這い上がってこれた、強者がここには集っていると庄司軍平は断言する。

 

「夢描き続けた歴史上最強の王城ホワイトナイツが、今、ここに立っている。入部104人中、耐え抜いたこの精鋭46人の絆で――最強の攻撃チーム、泥門デビルバッツに止めを刺してこい……!」

 

 そして、黄金世代でさえ届かなかった全国大会決勝(クリスマスボウル)へ――

 

 ・

 ・

 ・

 

「アメリカンフットボールは、勝たなくちゃ何も得られない世界だ」

 

 王城は、完成しているチームだ。全員が過酷なレギュラー争いを制した精鋭揃い。付け入る隙なんざ、微塵もない。

 それでも、泥門デビルバッツのトレーナーとして、誰よりも鬼となって扱いた、時には地獄を見せてきた酒寄溝六は、このチームに夢を賭けている。

 

「千石、柱谷、盤戸、巨深、西部、神龍寺、白秋……勝利でしか道が切り開けない世界で、あの王城との決戦の地に立つことができたお前たちは、強い」

 

 昨日のうちに、このフィールドへ決戦のための清めの酒を振る舞ってやった。後半が始まれば、俺達指導者がするべきことなど何もない。

 フィールドへ駆け出す彼らの背中を見送って、奮闘する姿を目を逸らさず見守ってやるだけだ。

 

「さあ、行ってこい。――最強の守備チーム、王城ホワイトナイツを食い破って、世紀の最終決戦を勝ってこい……!」

 

 ハーフタイム残り1分を切ったところで、フィールドへ現れた泥門の面々の誰もが、その顔に確かな覚悟を決めていた。

 

「作戦はすでに伝えた通りだ。俺達は頂点まで進み続けるためにすべきことは、もはや言うまでもないか」

 

 先頭を切る大黒柱が火付けとなる一言を発して、チームは勝利への咆哮を爆発させる。

 

 

「――ぶっ」『殺す!! YEAH―――!!』

 

 

 ~~~

 

 

 東京ドームの天井をぶち抜いてしまいそうな、『60ヤードマグナム』の超巨大キックで、後半戦が幕を開けた。

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、後半戦最初の王城の攻撃! 天下無双の騎士団は、再び破竹の快進撃を繰り出すか!?』

 

 

 13-9。

 1タッチダウンで逆転される点差だ。この攻撃権をものにして、追加点で突き放すことが理想だ。そのためにも、後半序盤から勢いづかせるため、この最初の攻撃は確実に決めたい。

 それに最適な攻撃は、泥門もわかってる。思い知っているはずだ。

 

(ヒル魔ならば、躊躇せずに奇襲()仕掛け(せめて)てくる……!)

 

 前半と同様、桜庭に対して、モン太と瀧の『ニッケル守備』を敷いている。泥門はここから更なる一手を打ってくるはずだ。

 その上で、王城の司令塔は、手の打ちようのない王道を選択した――

 

 

「『心臓バーーンプ』!!」

「かはっ!?」

 

 

 泥門が仕掛けたのは、『バンプ』。それも、急所を狙い、呼吸を乱す『心臓バンプ』。

 いきなり迫ってきた黒木の渾身の一打を、王城レシーバー・神前は諸にもらい、悶絶する。パスターゲットを1枚潰した。

 そして、桜庭には、モン太が仕掛け――躱された!

 

 

「うおおおお『バンプ』躱したっ!」

「桜庭、一気に出たーー!!」

 

 

 瀧がマークについているが、桜庭の方が速い。1対1では桜庭が間違いなく勝つ。そして、『射手座』には、最強最速の『巨大弓』が追走している。

 この状況、『剛弓(パス)』を放てば、100%決まる……!

 

 

「行くぞ、桜庭! 『射手座』――」

 

 

 ~~~

 

 

 閃光が、弾けた。

 

 

 ~~~

 

 

「なっ……!! セナが高見に『電撃突撃』――!!?」

 

 時代最強ランナー(アイシールド21)による最速の特攻。

 奇襲は、『バンプ』だけじゃなかった。むしろ、これが本命か。

 

 ヒル魔がいない今、最終防衛線(セーフティ)から小早川セナは動かせない。後ろのカバーがガラ空きとなれば、最悪、一発でタッチダウンが決まりかねない。

 ――だが、“だからこそ”、仕掛けるのが泥門だ。

 

「絶対に止めるんだ、『射手座』……!!」

 

 光速のスピードならば、『射手座』が放たれる前に、パス発射台を潰せる。最終防衛線の放棄というあり得ない大博打な戦術が意表を突く奇襲となる。

 そして、元より固定砲台にしかなれない鈍足の高見には、アイシールド21の突撃から躱す術は何もない――

 

「クッ、マズい……!!

 

 

 

 

 

 と、言うと思ったかい?」

 

 

 ~~~

 

 

 無音で、忍び入る。

 

 

 ~~~

 

 

「アイシールド21は、俺が止める!」

 

 

 最短距離(ルート)を、遮られた……!

 発射台を守る『パスプロテクション』に、王城のランニングバック、猫山が入っていた。アイシールド21の『電撃突撃』を、待ち構えていた。

 

 最終防衛線からの、『電撃突撃』。

 それは確かに意表を突けるだろうが、相手のクォーターバックまで距離がある。スピードで劣っていても、それだけの距離差(ハンデ)があれば、割って入れる。

 

 それに、前提からして、これは奇襲として成立などしていない。

 何故ならば、『バンプ』も、『電撃突撃』も、王城の指揮官は想定済みで、対策を施し、備えていたのだから。

 

「全部、高見さんの読み通りだ!」

 

 パワーで強引に押し勝つことはできない以上、壁に入った猫山を避けるには、迂回する別ルートに行かなければならない。

 だけど、そんな遠回りする余裕はない。高見は、もう投げ始めている。反応が速い……!

 

(それに、高い! 僕の背じゃ腕に届かない……!)

 

 投石機(カタパルト)の如きオーバースロー。

 投手を止める最も有効な手段である腕狙いだが、高見の長身長腕は、セナが全力で飛びつかなければ無理だし、溜めのいる全力跳躍(ジャンプ)を壁役の猫山が許すはずがない。

 

 

「高見さん! セナ君がいない今、ゴールラインまで誰もいない。キャッチからタッチダウンまで行けます……!!」

 

 

 よし、貰った……!

 

 奇襲は読まれていた時点で、失敗も同然。

 失敗した奇襲は、すなわち、失策だ。

 痛恨の失策をすれば、指揮官としての信頼は失墜する。

 そして、指揮官が信頼を得られないチームは、まとまりをなくして、烏合の衆と化す。そうなれば、最早王城の敵ではない。

 

 そう、ここでのタッチダウンは、1タッチダウン以上の点差をつけるだけじゃない。それ以上に相手の指揮官にして、泥門の中で最も警戒するエースを機能不能に追いやる。

 乾坤一擲の作戦だったが、それを相手に読まれて、一枚上を行かれた。前半以上に、指揮官としての格の差を決定づけるものになるだろう。泥門の命運はこれでおしまいだ。

 

 

「ダメーーー!!」

 

 

 泥門のチアリーダーから悲鳴が上がる。

 だが、もう遅い。

 この試合を決定づける一矢はもう放たれた――

 

 

 ~~~

 

 

 『射手座』が決まり、進のリードブロックを盾としながら、桜庭がタッチダウンを決めた。

 

 

 ~~~

 

 

 …………………………………………………………え?

 

 

 高速高弾道の『剛弓』、それをキャッチせんと天高く跳躍した桜庭だったが、来ない。予測地点が、外れた。いいや、そんなはずがない。相方のパスは、正確無比で、これまで狙ったポイントから外したことなんてなかった。

 

 

“無敵”な(斬れない)ものなんて存在しない。“無敵”などと過信した時点で、思考は停止している」

 

 

 『剛弓(パス)』は、『妖刀(ながと)』に斬られ(カットされ)ていた。

 

 

思考停止している(おどろいている)余裕などないぞ、泥門の作戦は、これで終わりではないからな」

 

 

 ハッと脳裏を過ったのは、前半のあのプレイ。

 ヒル魔の失投を長門がカットしたボールを、フォローしてみせたあの――

 

 

「なんで……カットで弾道がズレたのに、迷わず追えてるんだ……」

 

 

 モン太が、いた。

 

 

 ~~~

 

 

 空からハトのフンが降ってきた。

 はたしてそれは、不幸なのか?

 

「桜庭先輩、そりゃあ長門の凄さを俺はよく知ってるんスよ」

 

 共に戦うチームメイトとしてだけでなく、競い合うライバルとして。

 エースの座を欲して、幾度となく勝負し続け、幾度となく負け続けたから、よくわかる。

 桜庭春人が進清十郎を知るように、雷門太郎もその絶望しかけるほどの悔しさの分だけ長門村正を熟知して、信頼していた。

 

「この会場の全員が『剛弓(アレ)』が無敵だって思おうが、俺は、長門なら斬れるって、信じてたんスよ……!!」

 

 この関東大会決勝戦までの長門と二人での特訓。

 剛速球をキャッチする練習と並行して、長門がカットした零れ球をキャッチする練習をやってきた。

 才能がないと思い知っているからこそ、只管にやり続けて、手刀の角度で変化する零れ球の軌道、野球で例えるならイレギュラーバウンドな呼吸を心身に覚え込ませていたのだ。

 

 空からハトのフンが降ってきたとしても、頭上の電線にハトがとまっていることに気付けば、回避できたかもしれない。

 

 幸運とは、そうなることを想定していなければ、掴めない。

 それがありうると心構えができていたものと、そうでないものの動き出しは違う。周囲の状況を直感的に把握し、その可能性に全力で手を伸ばさんとするモン太だから、あの時、零れ球を拾うことができたし、この瞬間、誰よりも真っ先にキャッチに臨めている。

 

「っく、そ! それは、高見さんのパス(オレのボール)だ……!」

「いいや、違うス。桜庭先輩にしかキャッチできないパス(ツインタワーアロー)は、斬られた――つまり、長門に斬られた(オレの)ボールだ……!」

 

 千載一遇のチャンスを掴まんと、泥門のエースレシーバーはその手を伸ばす。

 

 まずい。

 ここでモン太にパスを捕られたら、流れは一気に泥門に――

 

 

 いいや、まだだ。

 

 まだ、王城には最強のエース、進清十郎がいる。

 

 

「ハアアア!? あの野郎、完璧先手取ったモン太のリードを、超速で一気に追いつこうとしてんのか!」

 

 

 跳躍してしまった桜庭は、零れ球に間に合わない。

 だけど、そのカバーに入っていた進ならば、反応できる。

 

「そうだ。こっちだって、信じてる! 進なら、必ず、高校最速のスピードで、追いつける……!!」

 

 桜庭は、最も進の凄さを知り、信頼している。

 この状況でも、進ならば、モン太のキャッチを阻止してくれるはずだと。

 

 

 ~~~

 

 

「いいや、当然、進清十郎の動きは想定している。だから、泥門のキーマンは、()()用意している」

 

 

 ~~~

 

 

「アハーハー、残念だけど、ムッシュー進。モン太のキャッチの邪魔はこのボクがさせないよ……!!」

 

 抑え、られた。

 元々、カバーのために追走していた進は、桜庭のパスキャッチ阻止をしてくる瀧に接近(マーク)していた。

 進でもこの状況は判断するのに動き出しは遅れており、そこへ、何ら迷いなく、こちらに密着してブロックしてきた瀧を進は躱せなかった。

 

(だが、力で強引に突破すれば――)

 

 ぐんにゃり、と突き出した進の腕に対し、無理に押し合わず、身体を逸らしながらも踏み止まる瀧。

 

 この瀧も、モン太と同様に、長門に挑み続けた。

 何度も何度も競り合いや押し合いしてれば、馬鹿でも覚えた。

 

「ムッシュー進。キミと押し合いとなれば、間違いなくボクは負けるだろうね。でも、このボクの柔軟性はちょっとやそっとじゃ倒せない……!!」

 

 相手を倒したり、相手に倒されないではなく、力で上回る相手であろうと柔軟に受けて、倒され難い壁になる身体の使い方を。

 

 この男、押し込んでいるのに、ブロックが剥がれない……!

 

 ブロックの“勝利”は押し勝つことだけじゃない。

 仲間の元へは死んでも行かせない。間に倒されようが身体を入れ続けることもまた、ブロックなのだ。

 

「兄さん! 負けるなーーー!!」

 

 押されてるのに張り付く、あの高校最強の選手に対して、張り合う兄の姿に、鈴音は無我夢中な声援を張り上げた。

 それが更なる粘りをもたらしたか、瀧は押し倒される最後の最後まで進の足止めに徹し続けた。

 

 

「キャッチMAーーX!!」

 

 

 瀧に押し勝ったが、進は出遅れた。致命的なまでに。

 着地後、桜庭も即座にボールを追いかけたが、全力跳躍の滞空時間の分だけ出遅れた。長身を限界まで伸ばしてもその手は、ボールへ飛びついたモン太の足先にも届かなかった。

 

 

『泥門! インターセプト成功!』

 

 

 ~~~

 

 

『モン太と瀧の『ニッケル守備』を桜庭春人に仕掛ける。だが、これは確実に決まる作戦とは言い難い』

 

 前半の作戦時間でのこと。

 長門君は、作戦とこれからの試合展開の予想をチームへ伝える。

 

『奪えるチャンスは、最初の一度きりだろう。高見伊知郎ならば、次で対処策を打つ。相方である桜庭春人へのパスを100%成功させるために、進清十郎あたりをフォローに回すだろうな』

 

『はあ!? もしそうなったら、手なんて付けられようがねーじゃねぇか!』

 

 想像するだけでも最悪だ。

 どちら一人を相手にするでも大変なのに、二人がコンビプレイを仕掛けてくることになったら、どうしようもない。

 

『モン太と瀧の二重マークに貼り付かせようが、『ツインタワー剛弓』には、物理的に届かない以上はどうしようもない。だから、着地で潰すしかないが、着地点を『巨大弓』が入る。

 だが、これは進清十郎の行動パターンをある程度固定したということになる』

 

 打つ手なし。絶望するしかない状況。

 でも、最悪の想定を、最大の好機と見なす姿勢に、ハッと切り替えさせられる。

 

『そして、『ニッケル守備』は、次の本命の布石。王城が二大エースを注ぎ込んだ最強の一手を狙い撃つために、モン太と瀧を、桜庭の前に配置する理由付けだ』

 

 王城が総力を挙げて繰り出す最強の攻撃を殺す作戦を語る長門君に、皆が固唾を呑む。

 

『俺が必ず、『剛弓』を斬って、モン太がキャッチするチャンスを作る。モン太は、チャンスを絶対にモノにしてくれ。そして、瀧は進清十郎の足止めだ。1秒でも抑えれば、お前の勝ちだ』

 

 モン太にはカットされたボールをキャッチ、瀧君にはあの進さんを相手にブロックするという無茶苦茶な要求だ。

 二人の表情が強張ってしまうのも無理はない。それを軽く笑い飛ばすように長門君は言う。

 

『お前ら二人は特に俺に勝負を挑んできたからな。相手が向こうのエースでもビビったりしないと踏んでいたんだが、違ったか? まあ、毎回ズタボロになるまで負け過ぎてるから負け犬根性でもついてしまうのはしょうがないとも思えるが、しかし、そうなると別の作戦を考えなければならないな』

 

 挑発気味なその発奮の仕方に、泥門でも特に負けず嫌いな二人が燃え上がらないわけがなかった。

 

『ンなわけねーだろ、長門! 確かに勝負の黒星はMAXかもしれねーけど、完全にエース争いを諦めたつもりはねぇからな!』

『そうさ! ボクはムッシュー長門に勝ってみせる男だからね! 負け犬になんてなるつもりはないさ!』

 

『だろうな。毎日毎日しつこいくらいに勝負を仕掛けてくるんだから、そんなに軟じゃないだろう。それに俺はお前らならできると決めてこの作戦を立てた。瀧のしつこいブロックには俺も手古摺るし、カットしたボールに反射的に動けるのはモン太くらいのもんだ』

 

『おうよ、大役MAXだけど、一発で決めてやんよ……!!』

『アハーハー! 任せてよ、ムッシュー進は必ずボクが抑えてみせるよ……!』

 

 キーマンの二人は了承した。

 そこで、長門君は、ひとつ呼吸を入れて、皆に告げる。

 

『しかし、肝心のチャンス作りができるかどうかはまだ自信がない。だから、今は作戦の成功率を上げるために、俺はこの前半は見に徹するつもりだが……そうなると、王城に逆転を許すことになる。高見伊知郎の性格ならば、こちらに攻撃権を渡さない時間ギリギリでタッチダウンを奪われるだろう』

 

 それだけに苦しい盤面なのだろう。

 ヒル魔さんが下がり、指揮権を預かった長門君が見出した勝ち筋は本当にか細いものなのだ。

 

『関東大会で最強の相手、王城ホワイトナイツの最強の攻撃が相手だ。この作戦は、前半を捨ててようやく、かけ金が足りるギャンブルだ。外せば破産は99%確定だ』

 

 あまりにリスクが大きい。作戦を行うためのコストも大きい。

 王城ホワイトナイツに勝つには、それだけのことが必要なのだ。

 ただ、セナも、皆も目指すべきモノは一緒だ。

 

 

『それでも、付き合ってくれるのなら――俺は日本一の選手として、この決戦を制し、夢の舞台への道を切り開く』

 

 

 それに、信じている。

 長門君ならきっとやってくれる、って。

 

『はっ、んなの、わざわざ訊く必要はねーだろ、長門』

『ん』

『だな』

『フゴ』

 

 十文字君、黒木君、戸叶君、それから小結君も揃って頷く。

 

『さっきのセリフをそのまま返すぜ、長門。俺はお前なら『剛弓』をぶった切れるって確信MAXで動く』

『ムッシュー長門、あそこまでカッコつけたのに、今更できないなんてアリエナイだろ?』

『どれだけ力になれるかわからないけど、全力でサポートするよ』

 

 モン太も、瀧君も、雪光さんも同意する。

 

『うん、僕も信じてるよ。峨王君に何度も倒されても信じてくれた長門君を信じないわけにはいかない』

『ヒル魔から指揮権を託されたのは、お前だ。だから、お前の作戦を信じて仕事をすればいい』

 

 栗田さんも、武蔵さんも、それにヒル魔さんだってきっと、支持するに違いない。

 

『僕は……ううん、僕達は、きっと道が切り開かれるって信じて、全力で走るよ』

 

 僕も気持ちはみんなと一緒だ。

 

『……ああ、そうだったな。散々ギャンブルを吹っ掛けるヒル魔先輩の影響からか、こういう一か八かの方が好みだったな、泥門デビルバッツは』

 

 そして、泥門デビルバッツの作戦は決まった。

 

 ハーフタイムで、進清十郎と、高見伊知郎のプレイを確認。

 『ツインタワー剛弓』は、攻略可能だ。

 固定砲台である高見はほぼ定位置から動かないこと、『ツインタワー剛弓』を捕れるパスターゲットは桜庭のみであること、『ニッケル守備』の対処のためのショートパスによりレシーバーの行動及び射程範囲が絞られていること、そして、弾速は上がってもパスの高度軌道は『エレベストパス』と同じ――高校最高の長門には守備範囲であること。

 パスコースとタイミングを計算し、反応速度を縮めれば、カットするのは決して無理な芸当ではない。

 更に雪光学より、最終防衛線を担うセーフティが持ち場を離れてしまった際に生まれる間隙――『速戦(オプション)ルート』を考察してもらい、桜庭の行動予測の精度を高めた。

 後は、『バンプ』で他のパスターゲットを潰し、セナの『電撃突撃』で、大量ヤード獲得をエサに桜庭を誘導しながら、高見伊知郎のパス判断時間は削る。

 

 ――『妖刀』が、高見―桜庭のホットラインを切断することのみに集中できる状況にした。届かないはずのあと10cm先を、仲間(チーム)の力を頼ることで近づけたのだ。

 

 

 ~~~

 

 

『な、なななななんと、進&桜庭の『射手座』が失墜! 泥門の逆襲が始まったかーー!!』

 

 

 無敵であり、王道の戦術の、上を行かれた。

 終わってから全容に気付くとは、何たる道化だ。掌の上だと高を括っていたが、実際に試合を支配していたのは、向こうだった。

 

「……狙っていたのか、長門」

 

「こちらが想定していたのは、『エレベストパス』だったが、想像を超えた作戦ではなかったからな」

 

 高見は、震えの抑えきれない声で問う。

 

(こちらに悟らせず、未来を見据えて布石は打たれていた。……恐ろしく緻密にデザインされてる……)

 

 モン太と瀧のダブルマークに進をブロックにつかせた。これで進の行動はある程度固定され、その分、長門はパスに意識を割ける。更にショートパスで、パスコースも限定される。つまり、パスコースもタイミングも計り易くなったということ。

 その上で、前半は見に徹した。

 虎視眈々と、高見伊知郎を視た。

 より深化させた集中力で、呼吸・心拍・汗・筋肉の収縮相手の全てを観て、高見がパスを出すよりも一歩速く、かつキャンセルできない瞬間に長門は動き出していた。

 

「『射手座』は、エース二人の力を最大限発揮させる、無駄のない戦術だった。だからこそ、読みやすい。予めこの展開は考えていた」

 

 過去に富士の樹海で、パンサーと対決した進は言った。

 ()()()()()()()()走りだからこそ、走行ルートが読めた、と。

 それは、戦術にも適用される。

 

(だが……! それにしても……! 当然、長門の位置取りは警戒していたし、速さもこれまでのプレイから十分把握していた。その差を縮める、一歩分速く動き出すために、あんな真似……仲間をああも信じ切るような作戦、“高見伊知郎(オレ)以上に冷静で気丈な指揮官(ひるま)”ならば考えを避けるはずで――)

 

 

 ~~~

 

 

「長門をヒル魔と重ねてみたらダメっちゅう話だよ」

 

 観客席、円子令司はぼやく。

 王城の指揮官、高見伊知郎を見やる。絶対的な才能がない凡人として、同じように嵌められた同類に共感はできてしまう。

 だが、違うのだ。

 

 攻撃と守備向きの性格があるように、指揮官にも大まかに二つのタイプがある。

 

 ヒル魔、高見らは言わば、策略型。事前の徹底した情報収集で補強した洞察力でもって、相手の戦術を何手先までも読み通して、1%も侮ることなく周到に作戦を組んだ上で仕留めるタイプだ。

 窮地においても自身の状況と相手の戦力を冷静に把握し、己の戦術理論でもって活路を見出す。

 

 これに対するのは、本能型だ。

 直感あるいは天性の才覚による危険を予知し、計算式の過程を省いて、即座に最適解を導き出せるタイプだ。

 言ってしまえば、野生児、勘で動ける人間であり、試合の要所要所で理解の範疇を超えたプレイをしてくる。

 

 長門村正は指揮官としては、どちらに分類されるか。

 

 準決勝の前半、ヒル魔が退場してからの白秋よりタッチダウンを奪って見せた作戦は、ヒル魔の戦術を彷彿とさせたものだった。

 だが、あの後の栗田頼みの特攻は、理論より直感を優先にして動いていた。

 

 その計算ミス、知略型にはありえない齟齬を、冷静に徹しきれないと見なすか、本能を信じ切っていたと見なすかで、長門の指揮官としてのタイプは判断がわかれる。

 

「確かに、ヒル魔の戦術理論(やりくち)を学習している。そこまでは、高見(おたく)予想(かんがえ)と一緒だけれど、長門はヒル魔とは違う。策略もできるけど、彼、本質的には本能型の人間でしょ」

 

 策で戦うしかない凡人とは違って、策を立てながらも勘で動くことができる……そう、金剛阿含やキッドのような知略型と本能型の両方を兼ね備えた天才の部類。

 そして、王城の進清十郎と同じ、困難であればあるほどに実力以上のものを発揮させてくる『進化する怪物』だ。計算を超えるくらいのことは平気でやらかす。

 

「そこのところを見誤ると痛い目を見るっちゅう話なわけだけど……“だからこそ、何もしない”、ヒル魔がいやらしい」

 

 

 ~~~

 

 

 つまり、これはヒル魔ではなく、長門の作戦だったとようやく理解する。

 

 

 “ケケケ、まんまと踊らされたな、糞メガネ”

 

 

 滑稽に、こちらを嘲笑う幻聴。

 何もしていない。何もしていないからこそ、かえって泥沼にはまった。

 『死んだ孔明生ける仲達を走らす』なんて譬えのように、ありもしない幻想に囚われて目を曇らせた指揮官は、正常な判断ができていなかった。

 長門の裏にはヒル魔の影があると疑ってかかっていたせいで、高見は見誤ってしまった。

 

 ドームが破裂せんばかりに歓声が沸いている。

 流れは、一気に泥門に持っていかれた。

 

(マズい。攻め手に転じた時の泥門は驚異的な爆発力を発揮してくる……!)

 

 

 ~~~

 

 

 チームにも“起こり”がある。

 1対1(ワンオンワン)の駆け引きを極めると“起こり”を察知し相手の動きを読む。読めば相手の技は通じずさらに返し技を繰り出せるようになる。

 その“起こり”を捉える感性を、『進化する怪物(ながとむらまさ)』は、指揮官の立ち位置を経たことにより意識が拡張(アップデート)されたことで、集団に対しても適応していた。すなわち、相手選手の表情や集団の重心などから相手の戦術を敏感に読み取る。

 

(全てを、視る。そう、視界をもっと広く、このフィールドの全てにまで澄み渡らせる)

 

 キッドやヒル魔でさえ数プレイの検証を要した王城ホワイトナイツのゾーンディフェンスの境目を、長門はプレイ開始前から直感的に見抜いた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 泥門デビルバッツが敷いた陣形は、白秋戦で披露したパス特化の『背水の陣(エンプティバックフィールド)』。

 その初手は――

 

 

『決まったーー!! 『デビルレーザーマグナム』!! 泥門、連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!!』

 

 

 空を裂く高校最速のロングパスを、掴み取るキャッチの達人。

 キャッチしたグローブとの摩擦で焦げた臭いがするほどの凄まじい球威を、モン太はがっしりと離さない。

 

 王城の『剛弓』に対する、泥門の『強装弾』。

 並の選手を寄せ付けない、パスカット不能のホットライン。

 

(でも、触れられないわけではない。キャッチは難しくても、カットならできる……!)

 

 2発も見れば、桜庭はその球質を知れる。目が慣れてきたのだ。

 もう怯まない。高校最速の球速も今ならば追える。

 

 ヒル魔妖一がいない今の泥門で、最強の飛び道具(パスプレイ)は、『デビルレーザーマグナム』。

 それを潰せれば、泥門の勢いは確実に半減するはずだ。

 

(『射手座』を奪われた流れを、俺が『強装弾』を阻止して引き戻す……!)

 

 高見伊知郎が、進清十郎が、己にパスを繋げるために全力で支援してくれた作戦を潰した泥門に対する、桜庭春人の逆襲が始まる。

 

 

「SET! HUT!」

 

 ボールがスナップされ、泥門のエースレシーバーのモン太はフィールドへ一気に駆け上がる。それをバック走でマークする桜庭。

 

「うおおおおお、ロングパスMAーーX!!」

 

 『デビルレーザーマグナム』は、高校最速のパスだ。

 だけど、そのモーションには溜めが必要。

 海老反りするほど大きく身を捩じる、全身の力で放ってくる投法は、それだけモーションが大きく、発射のタイミングがわかりやすい。

 どんなに速いパスだろうと、発射のタイミングさえわかれば、飛びつける……!

 

 

『おおっと長門君! ボールを構えた! またも必殺のパスが炸裂かーー!!』

 

 

 ――ここだ……!

 

 瞬間、桜庭はバック走から反転。モン太のマークから、全力でロングパスを追う体勢を整えた(瞬間、モン太はカットを切った)

 

 

 

 

 

「え」

 

 

 ~~~

 

 

 突然、後ろへ切り返したモン太へ、全く溜めを必要としない(ノーモーション)パスが投げられていた。

 

 

「シャァアア桜庭先輩、振り切りMAーーX!!」

 

 

 ~~~

 

 

 『強装弾』を警戒する桜庭は、バック走では追いつけないと判断し、パスモーションに入るや否や切り替えた。

 ――その瞬間に、『ワンインチ・パス』。

 キッドの『神速の早撃ち(クイック&ファイア)』の如く、発射のタイミングが速い、というより、予備動作を無くしたノーモーションパスだった。

 バック走から切り替わったタイミングを狙い撃たれた桜庭に、切り返したモン太のマークは敵わず、パスキャッチを許した。

 

 

「今のは桜庭の鬼失態ですね」

 

 観客席でそう酷評するのは、一休。

 関東最強のコーナーバックだと言われる細川一休には、今の桜庭の拙さがよく見えていた。

 

「いくらなんでも長門のパスに意識が行き過ぎスよ。肝心のマーク、それも俺と同じくらい鬼すげぇモン太を疎かにするなんてありえない」

 

 関東四強レシーバーであるモン太に、同じく関東四強レシーバーの桜庭をぶつけてきた王城守備。

 しかし、桜庭は本来攻撃職専門だった。

 キャッチ能力が高くても、コーナバックとしての対レシーバー守備の駆け引き(にらめっこ)の経験不足だった。

 だから、『デビルレーザーマグナム』を意識する余りに、モン太の動きを見落とした。波に乗り出した泥門に焦り過ぎて、睨めっこを早く逸らした。

 

「ああもう、集中がガタガタ。あれじゃあもう桜庭にモン太は止められないスね」

 

 一休の予言通り。

 続く、泥門のパスプレイ――『デビルレーザーマグナム』に、桜庭はまるで追いつけなかった。

 

 

 ~~~

 

 

 長門村正のパスは二段構えだった。

 超ハイスピードロングパスに、ノーモーションクイックパス。最速の球速と、最速の投球速度を使い分ける。

 

 ――まっすぐ! 全速力MAXで走る! そんで、桜庭先輩が我慢できねえで反転したら切り返す!

 

 もしも先にモン太がターンすれば、ボールはカットされる。桜庭の方が速く、長い手足による広い守備範囲があるのだから。

 

 空中戦じゃ負ける。

 でも、根競べ、睨み合い……そう、空中戦は、地上戦から始まっている……!

 

(ダメだ。ロングパスを守るなら、もう反転しないと追いつけない……! けど、反転した瞬間に切り返されたら、モン太に競り勝てない……!)

 

 桜庭には、モン太の癖などわからない。モン太は常に全力プレイでぶつかって来る。さっきの切り返しも間違いなく途中まで全力ダッシュだった。そこに遜色などないし、見分けがつくはずがない。

 普通に走れば桜庭の方が速くても、マークするためのバック走では、モン太の方が速い。一休のようにバック走で40ヤード走4秒9で駆け抜ける真似なんて無理である以上、このままでは振り切られることになる。

 

(どっちだ? どっちでくる……!?)

 

 迷う。

 迷う。

 迷う迷う迷う――

 桜庭の迷いが渦巻く様は、真正面のモン太の目からは明白であり、そんな中途半端な意思で挑む者を、『妖刀』のパスは寄せ付けない。

 野球で剛速球に目が慣れてきた打者に、緩い球(チェンジアップ)を挟む緩急でタイミングを外すように、桜庭は崩れた。

 

 

 ~~~

 

 

「うおおおお! なんだこりゃぁモン太が止まんねぇええええ!!」

『火が点いたようなモン太君の怒涛の快進撃ッッ!! 泥門、連続攻撃権獲得ーー!!』

 

 

「クソッ!」

 

 どっちともつかずに半端なまま躊躇して、転ぶように飛んだ。それでは掠りもしない手を、桜庭はフィールドにたたきつけた。

 『剛弓』の奪取に続いて、リズムを狂わせる最速のパスによるチェンジ・オブ・ペース。

 守備の穴として付け入られるプレッシャー。

 このままでは、本来の攻撃にまで引きずりかねない。心が折れないにしてもプレイに影響が出てくる。

 

 早急に手を打たなければならない、と進は思索する。

 一旦、桜庭をベンチに下げ、交代した井口をモン太のマークをさせるか。だが、それでも『強装弾』は止められないだろう。

 ならば、複数人でモン太を囲うか。『強装弾』のパスターゲットがモン太だけである以上、モン太を抑えれば、阻止できるはずだ。しかし、それで人数を割いた分、守備に穴が空く――それを、判断力に長け、『速戦ルート』を武器とする雪光学は逃したりはしないだろう。当然、長門も。

 それならば――

 

 

 ~~~

 

 

「囲まれたっ……これじゃ、パスなんて投げ込めねぇ……!」

 

 モン太にマークが二人。

 桜庭に、セーフティの中脇爽太をつかせた。桜庭に『デビルレーザーマグナム』の対応を任せて、『ワンインチ・パス』は中脇が担当すると役割分担を決めれば、迷いによる判断の遅滞もなくせる。

 

(だが、モン太に人数を割いた分、守備に隙ができる)

 

 泥門は後半から雪光を投入した。前半で王城の守備陣形を分析した雪光ならば、守備の隙へ『速戦ルート』で走り込める。

 

(ダメだ。全然走り込める隙なんて無い……!)

 

 

「甘いな。王城最強守備を舐めてもらっちゃあ困る」

 

 ラインバッカー、薬丸の完璧な密着マークで、雪光が抑えられた。もう一人、瀧もまた同様にコーナバックの艶島に張り付かれている。

 モン太に2人人数を割きながらも、王城の守備は泥門レシーバー全員に対応している。マークを外そうとレシーバー全員無我夢中で駆けるが、すぐには無理だった。

 そして――

 

 

『おおーーっと!! 進君が、パスの発射口、長門君を潰しに突っ込んできたーーっっ!!』

 

 栗田と黒木の間を強引にこじ開けた、『巨大矢』。

 パスターゲットが見つからないこの状況、『ワンインチ・パス』で躱せない。高校最速の守護神がその隙を与えない。

 

 

 ~~~

 

 

「あ゛~? 使えねぇザコに頼ったところで進を躱せると思ってたのかよ、甘ちゃんが」

 

 金剛阿含は、嗜虐的に嗤う。

 先程とは状況が違う。スピードで対抗できるチビカス(セナ)は、フォーメーションの配置的に距離がある。アレは間に合わない。『強装弾(パス)』も使えない。今度こそは逃げられない。

 

 さあ、どうする。

 ギリギリまで味方(ザコ)がマークを外す機を待つか、それとも進相手に強引に突き進んで一歩でも前進しようとするか。

 俺ならば、0.11秒の迷いもなく速攻で後者を選択するが、あの甘ちゃん野郎は――――動かない。

 

 

 ~~~

 

 

「ありゃあ、もうダメだね」

 

 キッドは、淡々と息を吐く。

 1秒の停止。

 対峙した相手だからわかる。それが致命的となる相手であると。

 既に高校最速の守護神の間合いに入った。あの死地からでは、たとえ0.1秒でパスが出せても間に合わない。

 パスという選択肢がなくなった以上、残るのは一つ。

 

 

 ~~~

 

 

(この男……)

 

 進清十郎は、注視しながら強敵手に目を瞠る。

 

 直前まで迫られても、構えに乱れはない。射程圏内で三叉槍の切先に狙い定められながら、自然体な姿勢だ。

 透けて視えるほどに目を凝らしても、どこか一点に力が入っているとは映らない。全身に力が入っているとも、全身に力が入っていないともとれる。

 一歩も動かず、パスを投げるもランで躱すもどうにでも変化できる用意があり、どこから攻めても遅滞なく即応される。そんな理のある気配を覚える。総じて、隙が無い。

 

 

「もう一度振り切りMAーーX!!」

 

 

 モン太が、カットを切った。種明かし上等な気合入れに、背後の状況を悟る。

 

 雷門が、うちの中脇との1対1の勝負に出たか……!

 

 中脇との競り合いとなれば、4:6で雷門太郎の方が優勢。桜庭をも圧倒するキャッチ力に、接戦を持ち込まれるのはマズい。

 0.1秒でも迅速に、パスの発射を阻止しなければ……!

 

 

 ――――ビリッ――――

 

 

 なに……?

 瞬間、ノイズが走った。

 長門村正に、不自然さはない。しかし、違和感(ズレ)を覚える。何なんだこれは一体――

 

「進! パスを投げる前に長門を潰すんだ!」

 

 高見の声に、意識を戻す進。

 小手先の技で凌げるほど、甘くはない。

 

 投手を潰すのに最も効果的なのは、発射口。

 身体を穿つタックルを決めようが、完全に倒すまでに時間がかかる。その僅かな間にパスを許してしまう。相手は、あの長門。己が認めた最強の強敵手。渾身のタックルを決めても、倒し切れずに前進する屈強な戦士だ。

 パス発射を阻止するには、全速力で接近し、発射口である右腕を狙い穿つ……!

 

 

 ~~~

 

 

 『妖刀』が、『三叉槍』と鍔競り合う。

 

 

 ~~~

 

 

「!!」

 

 火花散らすかのような衝突を会場が目撃する寸前、金剛阿含は視た。

 進が必殺のタックルに踏み切る前兆、グースステップを切った瞬間、長門がボールを左へ持ち替えた。

 発射口を狙うのを察知して、あえて右腕を狙わせる。

 そして、土壇場のボールハンドリングから返す刀で、右腕を狙った進のタックルを右手刀で払ったのだ。

 

 チッ、手の速い野郎だ。進の槍を完璧に横から超速でブッタ斬りやがった……!

 

 己を打倒した甘ちゃん(ながと)が、同格と認めた相手(しん)と渡り合うのは舌打ちを禁じ得ないほどに苛立つが、決して目は逸らさない。感情では揺らがない集中力で、決着を見る。

 

 だが、これで凌げるようなら、進とは去年のうちにケリはついている。

 

 

 ~~~

 

 

 そう来ると思っていたぞ、長門村正。

 

 居合い抜きの如く、静から動へ一息に振り抜かれた。

 刹那のうちにボールをスイッチして、超速のハンドスピードでカットする。綱渡りのような博打を平然と決めてくるが、それくらいは当然だと認識していた。

 この『三叉槍(うで)』を弾こうとするのも、想定していた。

 

「な――」

 

 『三叉槍』は、捻りながら突き出されていた。

 コークスクリュー気味に捩じり切られた腕が、側面へ一閃を狙い撃った手刀を巻き込む。断ち切るような鋭い衝撃を受け流しながら、『三叉槍』は真っ向へ突き進んだ。

 そう、これは、かつて長門が阿含を仕留めた攻防一体の必殺のカウンター――『蜻蛉切(スピア)タックル・廻』と同じだ。

 

 

 ――『光速トライデントタックル・廻』……!!

 

 

 螺旋の一突きは、『妖刀』の一振りをいなして、更に加速した。長門の右半身を穿った衝撃音が後から聞こえるほど尋常ではない速度。

 

 その光景を目の当たりにしたほとんどの者が、決着を見た。

 アレをまともに食らっては耐えようがない。この勝負、やはり進清十郎が上回った。

 

 

 ――いや、まだだ。

   この男の目は、死んでいない。

 

 

 会心の手応えだった。これまでにないほどに。

 しかし、その一撃をもらいながらも、倒れない。大きく体勢は崩れてはいても、倒し切れていない……!

 

 

 ~~~

 

 

『アメフトの本場だからって、俺以外に倒されるんじゃないぞ』

 

 

 101戦目の誓いと共に、別れの日に交わした、ある種の呪いめいたあの言葉。

 

 ノートルダム大付属ミドルスクールで嫉妬したチームメイトから私刑(リンチ)を受けてた時、俺は倒れなかった。

 たとえ遥か彼方に離れていようとも、最大の強敵手(ムラマサ)以外の相手に容易く屈する、そんな無様を晒すことなどありえないからだ。

 

 アメフトは倒れたらゲームが終わる。

 フィールドに膝をつかなければ、負けにはならない。

 だから、俺は“決して倒れない選手”であろうとした。

 

 身体能力で劣ろうとも、不屈の精神で限界を超えんとした。

 大和魂。結局は気合や根性。精神的なものだが、きっと己との誓いを守ってくれていると信じていたから、俺もそれに全力で応えた。

 

 

「だから、村正。俺は、俺以外の相手に君が倒されるところなど見たくはないよ」

 

 

 ~~~

 

 

「誰だろうと、お前が相手だろうと、倒れる気など毛頭ないぞ、猛……!」

 

 

 その時、進清十郎は視た。

 長門村正の後背に、帝王……時代最強走者(アイシールド21)幻像(イメージ)を。

 

 悟る。この男は頑健な肉体だけではない、肉体を凌駕するほどの不屈な精神がある。槍にその身を貫かれようが、戦場に背中をつけることを拒絶する。

 その源は、最大の強敵手と互いに背負(のろ)い合った誓いなのだろう。

 

 流石だ。

 闘争の最中に、これほど尊敬した相手は他にいなかった。

 それでもこれで終わりだ。倒し切れずとも、長門村正にはもう何もできない――

 

 

「そして、何を勝った気でいる進清十郎――勝つのは俺達だぞ……!」

 

 

 その時、もう一本の『妖刀』が振り切られた。

 

 

 ~~~

 

 

 ――長門が左手で、ボールを投げた。

 

 乱れのない回転、綺麗な放物線を描く、普通に右で投げるのとほとんど遜色のないパス。

 

 金剛阿含の脳裏に不意にも過った。

 チビカス(セナ)に『電撃突撃』された愚兄(うんすい)が咄嗟にやった、左からのパス。

 

「あの甘ちゃん野郎が……っ」

 

 隠し持っていたその『二刀流』が、活路を切り開く。

 

 

 ~~~

 

 

 これが、狙いか……!

 

 発射口の右腕を狙うこちらに、左手へボールをスイッチして、フリーとなった右手で押さえる。

 それだけではない。一撃必殺のタックルをもらいながらも、己が強靭な心身で耐え抜き、左腕でパスを投げる。それが長門村正が見出した活路。他の誰にもできない、この男にしかできない、肉を斬らせて骨を断つを地で行く起死回生の一手だった。

 

 右は囮としながら、左こそが本命。

 あの刹那に走った違和感(ノイズ)の正体に今更気づく。

 あの時の長門は、一歩も動かず――に見えたが、上半身の姿勢はそのままにしながらの半歩の後退で、左半身から右半身に密やかにスイッチ――左投げの体勢を整えていたのだ。

 

 

「もう一度言うぞ、進清十郎。勝つのは、()()だ」

 

 

 そして、ボールの行方を目で追えばそこに、時代最強走者(アイシールド21)がいた。

 

 

 ~~~

 

 

『アイシールド21にボールが渡ったーー!』

 

 高校最速の守護神も最前線へ飛び出してしまっている。

 フィールドを捻じ伏せる快速に追いつける相手は、いない。

 

 

「アイシールド21だっ! 戻れっ! 止めろーー!!」

 

 

 王城の守備は、進清十郎に頼り切りではない。

 全員が各々の判断で動ける、咄嗟の事態にもすぐに動けるよう鍛錬を積んできた。

 だけど、邪魔が入る。

 

 

「ブロックMAーーX!」

「アハーハー! ブロック大活躍さ!」

「セナ君の元へは行かせない!」

 

 

 密着マークを張り付かせていたレシーバー陣が、身体で遮る。

 その0.1秒の隙が、光速の世界では致命的だった。

 

(行ける……!! ゴールまで……!!)

 

 爆走。

 王城の陣中を瞬く間に駆け抜ける黄金の脚。

 

 

「待ちやがれ、オラアアアアアア!!」

「バッハーッ! 行かせんぞおおお!!」

 

 

 それを追わんとする猪狩と大田原。

 

 

「はっ! テメェが待ちやがれ、猪狩……っ!」

「フゴッ! いかせ、ない……っ!」

 

 

 そうはさせまいと割って入る十文字と小結。

 狂犬の乱打を喧嘩で鍛え上げた手腕で捌く十文字と、その身を呈して剛腕からセナを庇う小結。

 

 あの進の『光速トライデントタックル・廻』を食らいながらもパスを出した、泥門のエースの姿を見たのだ。

 俺達だって、そう簡単にやられてたまるか……っ!

 

 

『独走ォーー! これがアイシールド21っ!! 独走ォォーーーー!!!』

 

 

 そして、アイシールド越しの視界に、ゴールラインをついに捉えた。

 

 

「そうはさせるか、アイシールド21……っ!」

 

 

 ~~~

 

 

 中央に進先輩が陣取っている限り、王城は決して大崩れしない。

 だけど、長門の相手は、進先輩でなければ務まらないだろう。悔しいが、アイツは別格だ。

 他の先輩方は、泥門のそれぞれのパスターゲットのマークに入る。そして、自分は、万が一の代役(ほけん)を任された。

 

 

『長門に『電撃突撃』を仕掛ける。守備に穴を開けるが、そのカバーはお前に任せた、角屋敷』

 

 

 ずっとその背中を見てきた、同じポジションを担うものとして、憧れてきた先輩から託された。

 だったら、どんな無理だって、自分にできる精一杯で役目を務め果たして見せる……っ!

 

(速い……っ! ちょっとでも目を離せば、一気に置き去りにされる!)

「中脇先輩は右へ回って! 釣目先輩は左から入ってください!」

 

 最終防衛線(セーフティ)寄りに待ち構えていたおかげで、幅広く戦況は視れている。距離があるおかげでアイシールド21の爆走も目で追えている。皆、粘り強いブロックに遭いながらも、自分の拙い指示に従って、『ランフォース』を築こうとしてくれている。ボールキャリアーの走路を押さえて、こちらの前に誘導するように動いてくれている。

 

 それでも包囲網は不完全で、このままでは迷路の出口を押さえに行くよりも速く、アイシールド21に逃げられてしまう。

 でも、足りない速さを、120%に加速させる術はある。

 

「頭で動きはわかってるのに、一度も成功したことがない……けど、ここで成長しなくていつするんだ俺っ!」

 

 キッカーに専念する具志堅先輩に代わって、王城のレギュラーメンバーに選ばれたのは、ルーキーの成長性を見込まれているからだ。

 その期待に応えたい。

 茶土の岩重ガンジョー、西部の甲斐谷陸を止められず、先輩方の脚を引っ張ってきて、それでもレギュラーから外さずに試合に出し続けてくれる監督や皆に、自分の全力で応えるんだ……っ!

 

 

 ~~~

 

 

 タッチダウンを、獲れる。

 包囲されているけれど、完全に逃げ道を封鎖される前に突破できる。光輝く道はゴールラインより先へ続いている。

 

 でも、臆病者(ビビリ)恐怖(センサー)が反応する。

 

 何に? 進さんは、長門君に『電撃突撃』して、間に合わないはずだ。

 それなら、何に……?

 

 

 ~~~

 

 

 進清十郎は、王城の守備陣の中で、小早川セナ(アイシールド21)を止められる可能性があるものとして、角屋敷吉海の名を挙げた。

 

 これまで、小早川セナは、それなりに経験を積んだものと戦ってきた。

 だが、実戦経験の乏しい者が追いつめられた時に見せる、驚異的な力を突き付けられた経験はない。皮肉なことに小早川セナ自身はそういう力を発揮して戦ってきた。

 なまじ経験を積み、相手のルートを予測して動く習慣が身についてきている者にとって、計算外の成長速度――唐突に覚醒してくる相手はやりにくいことこの上ない。

 

 実力では及ばない相手でも、想像以上の爆発力を発揮すれば、十分にジャイアントキリングだって起こりうるはずだ。

 

 

 ~~~

 

 

「え」

 

 セナは、視た。

 目前の相手の動きが、進のそれと重なるのを。

 

 

 ~~~

 

 

「―――」

 

 その時、角屋敷の中で、ギアが噛み合った音がした。

 

 一連の動きが理想(イメージ)通りにいかずにズレてしまったものが、この土壇場に整ったような、感覚。

 グースステップからの、特攻。

 馬力性能以上に飛ばす超加速の体験にも戸惑わず、狙い澄ませた一撃を相手に見舞う。

 

 

 ――『トライデントタックル』……ッ!!

 

 

 限界を突破した(120%の)スピードは、想定を超えた。

 1秒あれば切り抜けられたルートが、断頭台が待ち構える死地となる。

 

 これなら、届く……!

 

 そして、アイシールド21を、この(うで)で刺し穿った――

 

 

 ~~~

 

 

『回し受け、腕の扱いは覚えてきたが、基本的に拳の突き(パンチ)に対する対処で、棒立ちのまま受け身であるのは避けた方がいい。下がって距離を置くか、逆に距離を詰めるかをするべきだ』

 

 まもりお姉ちゃんの監修のもとでの護身術講座(という体で、ハンドテクニックの練習)で、長門君が言っていたことを思い出す。

 

『拳の突きというのは、インパクトの瞬間に体重が乗るように放たれる。ならば、相手の拳に体重が乗り切る前に自ら迎えに行って勢いを殺すのもアリだ。ヒットしようがそれは会心とは遠い』

 

 逃げられない状況下だった場合、『スピアタックル(パンチ)』の対処で効果的なのは、威力が最大になる間合いとタイミングを外すこと。

 

 それなら……っ!

 

 角屋敷のモーションは、再現度高く進清十郎をトレースしていた。

 だからこそ、速度に差はあれども、決勝前の甲斐谷陸との特訓で身体に叩き込んできた、グースステップという『トライデントタックル』の兆候から突撃のタイミングは計れた。その超加速にも、慣れていた。

 

 だから、もうほとんど反射的に飛び出していたのだ。確実に先手を取れるスピードで。

 

 ――『デビルスタンガン』!

 

 

 な……!?

 シールドバッシュが、トライデントを押さえる。

 アイシールド21を捉えたはずなのに、突き出した右腕は伸び切れていない。

 自ら受けに行くような刹那の前進に、角屋敷は間合いを詰められ、タイミングを外された。

 

 ダメだ……っ! これじゃあ、決まらない……っ!

 

 威力=スピード×パワーの計算式が成り立つならば、スピードを殺せば威力も死ぬ。

 腕力の足りなさを力の扱いの巧みさで補ってきた角屋敷であるからこそ、手応えから自分の当たりが不十分だと覚った。

 

 

「こらえたっ!」

 

 

 完全に『トライデントタックル』の威力を殺し切ったわけではない。小盾(うで)で受けても身軽なセナは体勢を崩す。でも、倒れない。

 

 体が折れそうだ――でも、こんなとこで倒れるもんか!

 

 無茶なことをしたって思ってる。でも、踏ん張る。フィールドを踏み締める。一歩でも前へ踏み込んでいく。何故ならば自分は、アイシールド21なんだから――

 

 

『本物のアイシールド21は、絶対に倒れない走りをしていた』

 

 

 ボディバランスを鍛える特訓は、特に積んできた。本物の、倒れないアイシールド21になるために。

 

 

 ――『デビルライトハリケーン』!!

 

 

 悪魔の羽ばたきが暴風を呼ぶ。

 予想を超えた成長速度(スピード)を発揮した角屋敷と、予想を追い越した成長速度(スピード)を魅せるセナが交差し――その身にタックルを受けた上で、強引にスピンでいなして抜き去った。

 

 

 畜生……っ!

 

 悔しいが、認めざるを得ない。

 体格は互角で、腕力はこちらが上だったはずなのに、重みが違った。自分にはない覚悟があった。

 そう、小早川セナも、進先輩と同じ、エースなんだと思い知った。

 

 

『タッチダーーーウン!! 泥門デビルバッツ、逆転ーー!!』

 

 

 ~~~

 

 

 武蔵のボーナスキックが決まり、13-16。

 一タッチダウン(6点差)以上の差をつけるつもりだった後半で、逆転を許してしまった。

 敵戦力を見誤った作戦の失敗から始まった泥門デビルバッツの逆襲は留まることを知らない。

 

「しかし、問題ない。ほんの一時的なものだ」

 

 逆転はされたが、3点差だ。キック一本で同点に追いつけて、タッチダウンすれば逆転できる。まだ慌てるような状況じゃない。攻撃を確実に決めて接戦に持ち込んでいけば、泥門の最強攻撃をどこかで必ず止められるはずだ。

 

「相手の手の内は知れた。もう二度と『射手座』を落とさせる作戦は立てない」

 

 指揮官、高見伊知郎の宣誓に意識を切り替えた王城ホワイトナイツが出陣する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~

 

 

「次の攻撃の算段を立ててるとは、弛んでるじゃないか? 攻撃と守備だけがアメフトじゃないぜ」

 

 

 ~~~

 

 

 泥門のキックオフ。

 キッカー武蔵がセットされたボールへ蹴り込――――まず、空振りした。

 

「!?」

 

 武蔵が蹴り出す方向とは逆へ蹴り飛ばされた。武蔵のフェイントから間髪入れず、駆け込んだ長門によって。

 

 

 ~~~

 

 

 突然、時間の流れが遅くなったような、緩やかな放物線を呆然と見やる。

 

 愕然と。

 いつのまにか開いた口を、ゆっくりと閉じ、息を呑む。

 

「ね、ねぇ、コータロー! アレってまるでコータローの……」

「すげぇ。マジですげぇ長門! アイツ畜生、あんなスマートなキックまでできたのかよ……!」

 

 脱帽、としか言いようがない。

 東京地区No.1キッカーである佐々木コータローの目からでも、完璧なフォームだった。

 ライバルの武蔵を差し置いて、キックプレイをこなしても文句など出ないほどに。

 

 

 ~~~

 

 

 尊敬できる相手の技を貪欲に吸収しようとする、『進化する怪物』。

 地区大会で対戦し、東西交流戦では共闘した盤戸スパイダーズの佐々木コータローを手本とした正確無比のキック。

 けれど、長門をしても、東京No,1キッカーという超一流にして、オンリーワンの技量を完全に模倣するには、とてもじゃないが時間が足らない。そもそも本職のキッカーがいる以上はその必要性も薄いだろう。

 だが、覚えておいて無駄にはならない。精度に関しては不安のあるキッカーには難しい芸当もカバーできるのだから。

 

(緩やかなキックはそれだけ天候に左右されやすい。それを狙ったポイントに落とすには、何千と蹴り込んだ経験則で風を読む佐々木コータローでなければ無理だ)

 

 だけど、関東大会決勝の試合会場は、東京ドーム。

 風に流される心配のない屋内。この限定的な条件下ならば、『妖刀』の右脚にNo,1キッカー(佐々木コータロー)が宿る。

 そして、繊細なタッチで足先に乗せて掬い上げるように蹴り出されたボールは宙へ。

 

「まさか――」

 

 武蔵の長距離砲をブラフとした、長門のキックプレイという、これまでに披露されなかった隠し玉。

 一度限り、この場限りで最大限の威力を発揮する、スペシャルプレイ。

 

 

「っ! 上がれーーっ!! 『オンサイドキック』だっ!!」

 

 

 『オンサイドキック』の可能性は当然考慮にいれていた。

 ただし、それは泥門のキッカーである武蔵が決めるのを想定したものであって、『60ヤードマグナム』の直前まで本気で蹴り込む迫力が、虚を突く。

 

(知ってたはずなのに……長門のポテンシャルならば、これくらいのキックはやれても不思議ではないくらい……)

 

 これが、ヒル魔妖一と長門村正の違いなのだ。

 相手の心理を読んで裏を掻くヒル魔に、圧倒的なセンスで想像を超えてくる長門。こちらの計算を軽く上回る底知れぬ傑物。

 想定外の事態に、王城は出遅れた。それでも立ち直りは速い。全員が事態を悟るや否や全速で駆け出していた。

 

 これに対し、泥門の進行は僅かの遅滞もない。

 どこにボールが落ちるのか、既にわかっているからこその初動の速さ。予め役割は定められているのだから、全員の決断決行に迷いなどない。

 

「ハ! 奇襲成功ってとこだな」

 

 王城が泡を食ってるが、その空気に触発されてこちらまで熱くなるのは格好が悪い。そう、こっちはクレバーに、確実に抑えるべきところを抑える。

 三兄弟の中で最も重量のある戸叶が向かった先には、重装歩兵。

 後衛並のスピードで動ける大田原の相手は、栗田では間に合わないからこそ、戸叶が行く。一人では絶対に無理だとわかっていながら。

 

「そこをどけーーいっ!!」

「あんたの相手は二人がかりだっ! オッサン!」

「オッサンじゃねぇよ。行くぞ!」

 

 大田原にぶつかっていったのは、戸叶と、キックフェイントからの流れで駆け出していた武蔵。

 ベンチプレス145kg・体重131kgの大田原 対 ベンチプレス85kg・体重74kgの戸叶とベンチプレス90kg・体重77kgの武蔵。合算すれば、大田原を上回るタッグ。

 凄まじい衝突音が起こったが、それでも二人は吹っ飛ばされずに踏ん張り切った。

 他の面々も、王城の妨害に全力を尽くしている。

 そして、この男もまた全速で駆ける。

 

「アイシールド21……っ!」

 

 最速の進清十郎を抑えに向かうのは、同じく最速のアイシールド21。

 たとえ0.2秒しか稼げないとしても、この一瞬は黄金にも勝る価値がある。

 

「行って、モン太……っ!」

 

 

 ~~~

 

 

 くそっ、出遅れた……っ!

 

 攻撃(つぎ)に、意識が行っていた。

 守備での失態を挽回する、『ツインタワー剛弓(高見さんのパス)』を奪わせないことばかり頭が占めていて、桜庭は現実を直視できていなかった。

 

 ここで、泥門に攻撃権を奪われるのは、マズい。

 点の奪い合いとなっている展開で、1タッチダウン以上の点差をつけられるのはそれだけで詰みになりかねないのだ。

 後悔なんて、してる暇はないんだ……!

 

「うおおおおお!!」

 

 我武者羅にボールを追う。

 お世話になった芸能プロダクションへの義理でかろうじて取り繕っていたアイドルという体裁をかなぐり捨てた、必死の形相。

 ボールを、捕る。獲る。奪る。それ以外は眼中にない。たとえ歯が欠けようが関係ない。キャッチしてこそ、この胸を焦がしてくる飢餓感は満たされる。

 絶対にボールをトる……!!

 

 

 ――それは対面の男も同じ。

 

 

「ボールは、渡さねぇ……!」

 

 凄まじい気迫MAXだ。

 今の桜庭先輩には、向けられただけでビビっちまうようなモンを纏っている。

 だけど、怯んでなんかやるか。キャッチに全てを賭ける執念で、負けてなんかやらない。

 一か八か、勝負に出るっきゃねぇ……!

 

 

 ――『デビルバックファイア』……!!

 

 

 背面、捕り……!?

 

 真っ直ぐボールの行方を視界にとらえられる桜庭と、視界外の頭上にボールがあるモン太。互いの距離が同じこの状況で有利となるのは、確実にボールを追えている桜庭だ。

 だから、振り向く余裕も捨てて、全力でキャッチ力を炸裂させる勝負に出たモン太。

 

 

「馬鹿な。キックボールなんだぞ!? 狙ってできることじゃない……!」

 

 

 観客の一人が思わず叫ぶ。

 雷門太郎が、背面捕りの必殺技を得意としていても、それはパスだからだ。

 狙いがコントロールされたボールだから、最低限度の情報でボールを捕らえられるのだ。

 それをキックボールで実行するなんて……

 

 

 そんなことくらい、モン太だってわかる。

 普通に投げてもノーコンの自分が言っても説得力はないかもしれないが、パスでやるよりキックで狙ったところに送るのは難しいことくらいわかってるつもりだ。

 だけど、それよりもわかってることがある。

 

 

『いいか。俺はこの地点にボールを『オンサイドキック』する』

 

 

 長門はやるといったことは、絶対にやるヤツだ。

 

 作戦会議で長門は示した。

 泥門(おれたち)のエースが、最強のライバルが、そこに蹴るんだって言うんなら、俺はそれを全力で信じるまでだ。他の皆もそれを信じて、そこまでの最短距離(ルート)を切り開いたんだから、俺はその先へ振り向かずに走るんだ。

 

 全身全力と、MAXの信頼を上乗せ(ベット)して、勝負に挑む……!

 

 

 ~~~

 

 

 もはやチキンレースなど成立しない。

 お互いにボールへの執念がこの身の大事さを軽く超越している。

 ブレーキではなく、アクセルを踏み込んだ両雄が、正面衝突(クラッシュ)

 その片方の手に、ボールはキャッチされていた。

 

 

 ~~~

 

 

 すげえッスよ桜庭先輩。

 皆の力があっても、一か八かの賭けに出なきゃ、絶対に勝てなかった――

 

 

『泥門ボォォーーール!!』

 

 

 ~~~

 

 

 流れは、完全に泥門だ。

 『オンサイドキック』の成功は、一気にこの試合を決めかねないものだった。

 

 庄司監督は、タイムアウトを取った。

 集った選手たちに顔を上げていられるものはほとんどいない。

 

「………」

 

 庄司監督は、何も言わない。いつもの一喝すらない。

 重苦しい沈黙はますます空気を沈んだものにしていく。

 

 

「切り替えましょう」

 

 

 砕けんばかりに握り締めたその手が物語っている。

 この男こそチームの誰よりも、悔やんでいるはずだ。

 この男こそチームの誰よりも、己を責めているはずだ。

 己が認めた強敵手に、気が弛んだ隙を突かれたなど、あまりに不甲斐ない真似を晒してしまったと自分自身に怒っているはずなのだ。

 だが、そんな事情など一切合切呑み込んだ。

 

 猛省など、試合が終わった後でもできる。

 今、何よりも大事なのは、この決戦に勝つことだ。

 

「試合はまだ、終わっていません」

 

 進の言葉に、俯いていた面々も顔を上げる。

 誰よりも失態を苛んでいる王城ホワイトナイツのエースが、そう言うのだ。

 自分を恥じてばかりでなんていられないはずだ。

 

 先に言われてしまったな、と高見は口の中で呟く。

 そんな苦笑も一瞬で、指揮官としてあるべき振る舞い、冷静で気丈な仮面を被り直す。

 

「そうだ。まだ後半は始まったばかり。試合は終わっていない。逆転のチャンスは必ずある」

 

 そう断言した。

 この言葉には、ただ励ますだけのものには宿らない確かな説得力がこもっていた。

 

「今の『オンサイドキック』でわかったことがある。泥門はやはり不安材料を抱えている」

 

 もはや侮りはするまい。

 そんな相手だからこそ、確信できる。

 あの場面で『オンサイドキック』を選択した――こちらに付け入る隙があったのだとしても、長門は勝負を急いた。焦っていた、とも言い換えられる。

 『あそこで、攻撃権を奪わなければマズい』と長門の直感が働いたのだとすれば、高見の推測は間違いではない。

 

「泥門は……――」

 

 高見はその不安材料はチームメイトへ説く。

 一縷の望みなのかもしれないが、この決戦に勝ち目はまだあると皆へ伝える。さらに、これからの作戦の詳細を詰め、全員の意思が統一された時、残された時間はほとんどなくなっていた。

 

 だが、それでいい。

 今更、監督からの助言など必要はあるまい。『弛んでいる!』とわざわざ喝を入れてやるまでもなく、チームは自省し、自ら打開策を考えて実行しようとしている。

 一指導者として、それができるだけの強いチームを作り上げたのだと庄司軍平は誰よりも自負している。

 

「さあ、行ってこい」

 

 言うべきことは、それだけでいいのだ。


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