悪魔の妖刀   作:背番号88

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48話

『1年1組長門村正君、1年1組長門村正君。学期末試験の自習をしてる暇があったら、可及的速やかにアメフト部の部室へお越しください。繰り返します。1年1組長門村正君――『ヒル魔君! 放送室を占拠して何をしてるの! 開けなさい!』――チッ、もう来やがった糞マネ! 俺は窓から脱出()るから、糞デブと糞ジジイは、あの小煩い小姑マネをここに止めろ! ンで、糞カタナは、とっとと部室に来やがれ、Ya――! Ha――…………』

 

 試合前のある日。

 関東大会の決勝まで1週間を切っているが、一学生として重要なイベントである学期末試験も近づいている。アメフト部の中でもあまり成績のよろしくない面子は、早々に見切りをつけたのか、まったく普段通りに部活に打ち込んではいるものの、長門は授業中真面目に勉学に励み、それなりに学業優秀な成績を修めている。

 ただ、この日、どういうわけか、1限から4限まで予定されていた授業が担当の教諭の私事により急遽自習となったと朝のHRで担任から聴かされていた(この担任が1限の教科担当だったはずだ)。

 それでその担任の先生が顔に滴る冷や汗をハンカチで拭いながら、こちらに矢鱈と意味ありげな目配せをするものだから、嫌な予感はしていた。

 そう、麻黄中学時代に多発していた、学校を牛耳る独裁者からの強制イベントの前兆とよく似ていたのだ。

 それで、案の定、1限の開始のチャイムが鳴るや否やに差し込まれたこの呼び出し放送。長門はやれやれと溜め息を吐いた。

 

(あれだけ好き勝手に部室を改築したり、個人的な地下武器庫まで造らせてるからな……校長先生の自費で)

 

 これくらいの勝手は通せてしまえるだろう、と納得できてしまう。

 そんな横暴に逆らえる勇者的な風紀委員・姉崎先輩がいるけれど、教師陣を従順な僕としてしまえる魔王の強権を抑えることはできないようだ。

 ただ、中学からの付き合いであの先輩は無駄なことはしない性格だと知っている。こちらの日常にまで不要な干渉はしてこなかったから、これには何かしらの意味がある。無意味な嫌がらせではないことは信じられる。

 そんなこんなで、クラスメイトの小結大吉ら、それから別のクラスのセナらからも心配そうに見送られながら、教室を出て廊下を進み、魔王城、もとい、アメフト部の部室へ向かった。

 

 運動部、というか、学校の部活には不要かつ不健全な賭博場(カジノ)的な要素(オプション)が盛り込まれてるアメフト部の部室へ入ると、姉崎先輩の追及を、ここにはいない先輩二人に阻ませて、先回りしていた棺桶……移動式(セグウェイ)酸素カプセルが待ち構えていた(あれでどうやって2階の放送室の窓から飛び降りれたのか。きっと無駄に多機能満載な作りをしているのだろうし、飛行機能があっても不思議ではないとは思うが)。

 照明の消された暗い部室の中へ踏み入ると、ガチャリと、閉めた部室の扉が勝手にカギが閉まった。

 長門も知らなかった部室の施錠機能。納得するまでは、逃がすつもりはないようだ。ここに駆け付けてくれるであろう勇者(姉崎先輩)の救援も望めない。

 

「それで、一体全体これはどういう真似だ、ヒル魔先輩」

 

「なに、可愛い可愛い後輩のお勉強の面倒を見てやろうと思ってなァ、ケケケ」

 

「こんな学校全体を巻き込む派手な真似をしてる時点で後輩への思いやりが0.1%の欠片もないのはわかってる。お優しいセリフをされると背中がむず痒くなるから、単刀直入に用件を述べてはくれないか」

 

「だから、特別授業だ。――アメフトのな」

 

 手前側の照明が点き、部室に置かれているテーブルの上が照らし出された。

 このアメフトのフィールド図が描かれたテーブルの上には、模型部に(徹夜で)作らせた各々の特徴を捉えた人形の駒が並べられていた。それも前に制作された泥門デビルバッツだけでなく、王城ホワイトナイツの分まで追加発注されている。

 

「決勝の王城戦、いざとなったら、糞カタナ、テメーが二代目のクォーターバックだ。だが、白秋の時のように土壇場で指揮を任せて通用するような相手じゃねーだろうからな」

 

 続いて、部室奥の照明も点灯。

 それまで陰となって見えにくかった酸素カプセルの中には、長門の想像通り、悪魔な先輩のニヤリ顔があり……だが、なぜかツンツンにはねさせた髪をオールバックにかき上げており、眼鏡をかけている。

 どこか黒い雰囲気を漂わすその装いからは、何者かの影が見え隠れしており……

 

「というわけで、お優しい先輩である俺が仮想糞メガネ役をしてやる」

 

 改造酸素カプセルから出てきたロボットアームが詰まむのは、王城のコマで、その眼鏡を矢鱈とクイクイさせてる。

 なるほど、糞メガネ――高見伊知郎の物真似か。

 

「フフフ、お手並み拝見と行こうじゃないか、長門君」

 

アイシールド21(たける)のコスプレして取材した時と言い、モデル当人に全力で喧嘩を売るスタイルしかできないのかアンタの物真似は!」

 

「ま、この格好は単に演出だ。狡くて諦めの悪いトコが俺とそっくりな奴だからなァ。糞メガネが王城のコマをどう扱ってくるのか、その打ち筋を80%くらいはトレースできる」

 

 格好はふざけ半分だが、仮想の練習相手としては真面目にやるのだろう。

 机上の空論に過ぎない思考訓練でもやっておいた方が、対王城戦への備えになる。

 ……が、引っかかるものを覚える。

 

「ああ。ヒル魔先輩……アンタは、無駄なことはしない性格だ。特にアメフトに関しては。だから、これは必要だからしているんだろう。この、いざとなった時の備えが……」

 

 そのあたりのことは信頼している。

 己を一本の太刀として振るう、『妖刀』の主として認めている。

 だが、長門村正はこの行為の意図を問いただした。

 

「指揮官の代役がいるから、自分(テメェ)がその腕を折るほどの無茶がやれるって計算しているのか、それとも、無茶をする前に離脱できるって考えてるのか。どっちだ?」

 

 ヒル魔妖一を射貫く目は、視線を切らすのを許さぬ威があった。はぐらかして逃げるのを阻止する意が込められていた。

 数秒、睨み合う。

 けれど、意外にも、ヒル魔よりも先に長門は視線を伏せた。

 

「今、答えは聴かん。どうせアンタの口から出たものは何もかもが半信半疑だ。だから、行動で示せ」

 

「どこまでも生意気な野郎だ、糞カタナ。先輩の言うことには何でも服従しますって誓約書でも書かせりゃあ良かったか」

 

「従順な後輩として努めているつもりだが。こうして、授業を抜け出して、先輩のサボりに付き合っているんだからな」

 

 後で姉崎先輩にしかられるんだろうなぁ、とぼやきながら、長門は腰を下ろす。

 事あるごとに風紀委員の先輩からは『ヒル魔君の影響は受けないように!』と注意されてきたのだが、残念ながら手遅れである。

 

「ケケケ、やる気があるなら別に構わねぇが、ここで80%程度の糞メガネに手も足も出ないようじゃあ、心配で心配で腕を折ってもフィールドを降りる気はなくなっちまうかもしれねぇがなァ」

 

「それはないから安心しておけよ、先輩。俺は今度の王城戦を先輩たちの死に場所とするつもりはないし、何なら、100%のアンタ自身でも勝つ気だからな」

 

「やっぱり口が減らねぇ糞後輩だ、実にイジメ甲斐がある。これからピーピー泣かせんのが愉しみだ」

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔さんが下がり、代わりに長門君がチームの指揮を取る。

 これは初めてじゃない。準決勝の白秋戦でも指揮官として入っていた。セナだって、長門君には絶対の信頼を置いている。

 

 だけど、相手は、王城ホワイトナイツ。

 あの進さんや、高見さんが指揮する、黄金世代を超える歴代最強のチーム。

 セナ(ぼく)には彼らに対する作戦などとてもじゃないが思いつかない……!

 

(長門君……)

 

 作戦会議(ハドル)

 セナらが、この二代目指揮官からの第一声を、固唾を呑んで待つ中、注目を集める男は立てた人差し指を地面へ向け、

 

「戸叶、靴紐、解けそうだからちゃんと結び直しておけ」

 

「はぁ? って、な、マジか!?」

 

 何ら気負いなく指摘する長門。

 慌てて、靴紐を結び直す戸叶へ、ごくごく普通に、いつも通りに、声をかける

 

「ライン陣の中じゃ、戸叶が一番全体を見れている。ラインとして前に出ながらも、一歩引いた立ち位置から状況を把握しようとしている。だから、平常通りならこのくらいの見落としはしないはずだ。漫画で言えば、今の状況は絶賛大ピンチな展開なわけだが、そういうときこそ」

 

「クールに、ってか」

 

「正解」

 

 パチンと指を鳴らして、互いの人差し指を向け合い、ふと不敵に笑う二人。

 試合中、それもこの戦場の只中(フィールド)なのに、まるで部室で駄弁っているかのような、やりとり。

 

「黒木、コーナーバックに入ってくれ」

 

「おう、わかったぜ、長門」

 

「大変だろうが、ライン陣の中で最速のスピードで、前衛のラインをやりながら後衛のラインバッカーもこなしている黒木だ。それに、ゲーセンでの特訓では一番に『バンプ』のコツを掴んだそのセンス、ゲーセン界隈を鳴らしたその反射神経と集中力――言うなれば、『電脳のインパルス』という武器がある」

 

「うおっ! なんか格好ェ……! 次からはそう名乗らせてもらってもいいか長門!」

 

「異名で呼ばれたいのなら、簡単だ。試合に活躍すればいい。王城ワイドレシーバー、神前瞬のマッチアップを任せたぞ、黒木」

 

「神前って、確か、あの薔薇持ってるヤツか……――って、はああああああっ! なんで試合中に薔薇持ってんだよあの野郎!」

 

「あれは神前瞬のパフォーマンスだ。ベンチにギターを持ち込んだり、銃器をぶっ放したりする輩がいるんだから、あのくらい特段驚くことでもないだろう。ちなみに、あの薔薇は部費で購入してるものらしい」

 

「キザなナルシスト野郎の相手は任せとけ、この『電脳のインパルス』、黒木浩二にな!」

 

 何か途中から変な方向に燃え上がった黒木。

 三男、次男、と次に長門が視線を向けるのは三兄弟の長男。

 

「十文字」

 

「何だ、長門。俺にも何か言ってくれるのか」

 

「十文字が守備でマッチアップする安護田良則は、猪狩大吾とは違って、あまり前には出ようとはしない、守勢寄りの性格だ。重心崩しの『不良殺法』が通じにくいだろう。実際、向こうもそれを警戒している」

 

「ああ、わかってる。やりづれぇ野郎だ」

 

「だが、お前は泥門ライン陣の中で屈指の喧嘩師と同時に屈指の業師だ。不良としても、アメフト選手としても王城に負けるな」

 

「はっ、心配すんな。負ける気なんざ微塵もねぇよ!」

 

 長門の発破で、火が点いたように目をぎらつかせる十文字。

 

「十文字、黒木、戸叶、王城は組織力の高いチームだが、お前たちの連携もそれに負けていない。頼りにさせてもらう」

「「「おうっ!」」」

 

 長門村正から向けられた、一チームメイトとしての信頼に、三兄弟は異口同音に応えた。

 それからも、長門はみんなに声をかけた。

 

「大吉、お前が相手する鏡堂怜司は、長い手足を最大限に利用したプレイをしてくる選手だ。間合いに踏み込むのも大変だろうが、巨深の水町健悟という強敵手を倒したんだ。その爆発力で、これまでも幾度となく『ジャイアント・キリング』を達成してきた大吉にとっては、最早お得意様だろう?」

 

「フゴゴッ!(ああ! 見ていてくれ、友よ!)」

 

「栗田先輩、大田原誠を任せます。単純な力なら峨王力也の方が上ですが、大田原誠には三年主将としてのキャリアと数値化できない重みがある。ですが、それはこちらも同じ。白秋との一戦で、峨王力也を降した栗田先輩は、最強の守護神(ラインマン)だ。そして、前線の要が崩れぬ限り、王城が放つ『巨大弓』の勢いは確実に挫かれるはずです」

 

「うん! 大田原さんは僕に任せて長門君!」

 

「それで、武蔵先輩は、ヒル魔先輩の代わりに守備に入って、ラインバッカーを頼みます。栗田先輩の背中を支えて1秒でも前線の維持をしてください。ただ、あまり無理はしないように。優先すべきはキックの方なので、本業に支障が出そうならベンチで休んでもらっても構いません」

 

「わかった。が、余計な心配はするな。仕事はきっちりこなす」

 

「石丸先輩、コーナーバックからセーフティへポジション変更をお願いします。毎度毎度助っ人なのにほとんどアメフト部員みたいな扱いをしちゃってますが、頼りにさせてもらいます」

 

「うん、いいよいいよ」

 

「助かります。佐竹、山岡、重佐武も交代で出していくから、集中を切らさないでくれ」

 

「お、おう、緊張するけど」

「こんな大舞台で試合に出るとか、バスケの時にもないし」

「もー、めんどくさいなあ」

 

「泥門はほとんど両面でやってるから、試合終了までスタミナをもたせるには、助っ人の尽力が必要だ。一年生ながらもその身体能力とセンスで、二年先輩の助っ人候補を押し退けて、ヒル魔先輩がベンチ入りさせたお前らは確かな戦力として数えられる。だから、チアの声援に応える分くらいは頑張ってくれないか、佐竹、山岡。重佐武には、1プレイ毎にマンゴープリンをバケツサイズで報酬を出すぞ」

 

「そ、そうか! そうまで期待されてちゃあなあ……!」

「チアの娘たちにも応援してもらえるし……!」

「もー、しょうがないなあ」

 

「雪光先輩、姉崎先輩に代わって、撮影をお願いします」

 

「うん、わかった。任せて」

 

「特に、進清十郎のプレイとそれから……」

 

 チームのひとりひとりと言葉と視線を交わしながら指示を出すその姿勢からは、確かな展望(ビジョン)があることを伺わせた。

 

「……をピックアップして撮ってください。それで、雪光先輩なりの意見をつけてくれると助かります」

 

「どれだけ参考になるかわからないけど、必要だというのなら僕なりの全力で応えるよ、長門君」

 

「ありがとうございます。セナ、ヒル魔先輩が抜けた代わりに、石丸先輩が入るが、それでもセナへの分担が大きくなる。進清十郎のスピードに一番に対抗できるのは、セナだからな。1秒でも時間を稼いでくれれば必ず俺が追いつく」

 

「うん」

 

「だが、無理はするな。全速でいかなければならない場面もあるだろうが、ここでセナに抜けられたら、それこそ最終防衛線は崩壊する。無理だと判断したらタイムや交代を使う」

 

「う、うん」

 

「気負う必要はない。それよりヒル魔先輩みたいに変に誤魔化そうとするなよ。身体の基礎は確実に進清十郎の方が積んできている。競り合いながらとなれば、向こうの方が壊れにくいだろうし、先にガス欠になるのはセナの方だろう。それを弁えた上で、勝てる場面で、勝てる時に、勝てる勝負を挑みに行け」

 

「!」

 

「走りだけに限定すれば、セナの方が尖っている。お前が勝ちを狙えるなら、俺達は全力でその道を支援する」

 

「長門君……うんっ」

 

 相手は、最強の相手だ。

 それでもこちらには信じられる大黒柱がある。

 一丸となって、この二代目指揮官の作戦に従うことを決めている。

 ヒル魔妖一の戦線離脱からぐらつきかけていたチームの意思は、ここに固まる。

 立ち直ったことを察した長門は、一度何も言わず、チームの面々を見回して、

 

「……ヒル魔先輩は、このまま終わるようなタマじゃない。白秋戦でもそうだったからな。

 だが、出迎えるなら、王城の攻城兵器の一つでも攻略した方が格好がつくだろう?」

 

 皆の裡に火を点ける強気な発言。

 沸々とした空気を纏い始めるデビルバッツの面々に、長門は笑って応じる。どこまでも勝ちを狙いに行った悪魔の指揮官と同じように。

 

「軽くこれからの想定を話す前に、作戦のキーマンを指名しておこう」

 

 そして、長門は二人を指を差して、告げた。

 

「モン太、瀧、作戦のキーマンは、お前らだ」

 

 

 ~~~

 

 

「やはり泥門は長門が指揮を取るようですね、高見さん」

 

「ヒル魔の代わりができるのは泥門の中では、彼しかいないからね」

 

 ヒル魔と共にデビルバッツを創り上げた栗田良寛や武蔵厳がいるが、指揮官を務めるには能力も不足で、向いていない。

 チームを結束させるには、いついかなる時も冷静で気丈に振る舞える人材が必要だというのが、高見の持論だ。

 その点でも長門村正は一年生ながらも、指揮官を任せるに足る選手だ。

 

「実際、白秋戦で長門の指揮能力は確認できている。ヒル魔がフィールドを離れたからと言って、泥門は油断できる相手などではない」

 

 アメリカンフットボールは、激しい肉体接触のある競技だ。当然、怪我人も出てくる。

 その保険として、ヒル魔は、自分がいなくても指揮を任せられる長門に戦術的な指導も施しているのだろう。

 

「ヒル魔と同様に、長門もこちらに何らかの策を仕掛けてくる」

 

「それは間違いない。長門は、ヒル魔から戦術論理を学習(ラーニング)しているはずだ。だが、いくら天才であっても、長門は指揮官としては経験が浅いし、まだまだ甘い。ヒル魔と違って、粗が見える。冷静には徹し切れていないようだ」

 

 高見自身もヒル魔から指摘をされてしまったことだが、長門はそれ以上にチームメイトを過剰に信頼してしまっている。その過大評価は、指揮官としての目を曇らせる。

 あの白秋戦で、ヒル魔の退場から落ち込んだ栗田を信じ切ったまま、勝算の薄い博打に出ていた。

 その成果があって、峨王を打ち破るに至ったが、アレは指揮官としては随分と甘い決断、厳しく評価すれば落第だ。真に冷徹な指揮官であれば、神風特攻じみた戦法に見切りをつけて早々に切り替えるべきだった。

 

「この状況を打破するために、泥門は一か八かの賭けに出てくる可能性が高い」

 

 相手を天才だと、投手能力としても自分は劣ることを容認した上で、高見伊知郎はチームメイトへ弁舌を振るう。

 

「しかし、焦る必要などない」

 

 静かな言葉だがそこには絶対の自信が込められている。

 才能も能力もない自分が築いてきたモノは、それらなどでは漣ひとつとて立たせはしない、と確固たる事実として王城の指揮官は謡う。

 

「この局面、既に試合の詰み筋は見えている。我ら王城の勝利は揺るぎない。いくら仲間を信頼していようが、そんな甘い見通しなど通用させない。

 ――一先達者としてキャリアが違うことを彼に教えてあげよう」

 

 

 ~~~

 

 

「アハーハー! ボクと組めば100人力さ! このボクの高さでムッシュー桜庭を止めて、泥門エース争いに決着つけてみせるよ!!」

「ホントは俺一人だって……! 畜生絶対なんとかしてみせんだよ!!」

 

 ヒル魔妖一が抜けて、泥門の守備フォーメーションは変わった。

 桜庭春人の前に、もともとマークについていた雷門太郎に加えてもう一人、瀧夏彦がいた。

 泥門きっての目立ちたがり屋であり、事あるごとに張り合ってはパフォーマンスをかますこの二人は、まるで椅子取りゲームで競り合うように互いに押しやりながら、桜庭の前に立つ。

 

『なんと……二人がかりで桜庭君をマーク! あのモン太君と瀧君がコンビを組んだーっ!!』

『な……なんか、この二人、仲良くなさそうだけど、大丈夫なんでしょうか!??』

 

 解説も不安になるくらい、バチバチに譲る気のないモン太と瀧。

 桜庭とのキャッチ勝負を制してNo.1レシーバーを狙ってるモン太もだが、瀧も2対1は不本意ではある。

 とはいっても、文句があるのは、己の実力不足くらいであり、“キーマン”として、与えられたこの役割の重要性は理解している。自分たちの働きが、チームの命運を握っているというのなら、猶更、ちょっとの不満で投げ出すわけにはいかない。

 

「って、張り合ってる場合じゃねー! 高見先輩と桜庭先輩のコンビに勝つには、こっちもコンビで行くっきゃねぇんだ……!」

「わかってるよムッシューモン太、二人で止めよう『ツインタワー剛弓(アロー)』……!」

 

 

 早速、仕掛けてきたか、泥門……!

 

 プレイ開始と同時に走り出した桜庭の左右をモン太と瀧が挟みながら追走する。

 

 長門村正でさえパスカット不能の『ツインタワー剛弓』を阻止するために、王城のエースレシーバーの桜庭春人に対して、パス対策に特化した『ニッケル守備(ディフェンス)』で、長身の瀧を桜庭のカバーに加えた。

 

 悪くない手だ、と観客席の雲水は見る。

 ヒル魔妖一が抜けても、泥門は攻撃的に作戦を立てる。

 だが、やはり、リスクのある博打には違いなかった。

 

 

「なら話は早い。その瀧君の抜けた穴を――うちの高校No.1ランナーが、ランでブチ破らせてもらうまでだ……!!」

 

 割り振れる人員に限りがある以上、瀧が桜庭のマークで抜けた分、他に穴ができる。

 王城の指揮官は、それを見逃したりはせず、容赦なく突く。

 

「おおおおおおお!!」

 

 『巨大弓(バリスタ)』。

 発射される高校最強を冠するエースが、障害(ライン)を強引に押し通り、最難関たる強敵手を抑える。

 長門村正を相手にすれば、他にフォローなどできなくなるが、この男は泥門の守りの要。ゾーンを作り連携する王城とは違って、泥門は、個人個人の能力頼みの守備。長門やヒル魔が指示を出すことで点と点を結んで線とするようにまとめていたが、指揮官のフォローがなければ各々の判断で動いて複数人で囲うほどの組織的な練度はない。綻びが生じる。

 

 

 ――ここだ!

 進と長門の衝突に注目が集まる最中に、音もなく前に飛び出すのは、王城のランニングバック、猫山。

 

 猫山圭介は猫のように柔らかくしなやかな脚質を持ち、その柔軟性に富んだ発条は足音も殺す。始動(スタート)が覚られ難い『キャットラン』を武器に、1年生ながらに王城のランニングバックを任された期待の新人だ。

 

 同じランニングバックのポジションである3年の眉村小一を差し置いて、この攻撃チームのレギュラーに選ばれたのは、嬉しかったし、より一層の努力を己に誓った。守備チームで同級のラインバッカーの角屋敷と、共にこの王城ホワイトナイツに恥じないプレイをしようと励まし合ったりもした。

 

(だけど、俺はまだエースと呼ぶにはとても足らない。レギュラーに選ばれたことで満足していた……!)

 

 井の中の蛙だったのだ。

 強豪の王城のレギュラー争いを制した自分は、今度は試合での活躍を夢見た。できると思った。1年で小柄だけど、先輩達や庄司監督にも褒められた柔らかな脚の筋肉から繰り出す走りがあれば、そう、王城のランニングバックである自分なら、どんなチームが相手だってタッチダウンを決めて見せると信じていた。

 だけど、そんな望み通りにはならない。

 東京地区大会や、この関東大会で、同じ1年生のランニングバックである泥門の小早川セナ(アイシールド21)や西部の甲斐谷陸が台頭する中、猫山圭介は彼らとは違って、決してエースなどとは呼ばれなかった。

 

 高望みなのだろう。王城には絶対的なエースである進さんや、その進さんに追いすがりついには高さで圧倒できるようになった桜庭さんがいる。

 

 同じ王城1年で東京ベストイレブンに選出された渡辺ならばとにかく、大して目立った活躍もしていない自分は次期エースなどと名乗ることすらもおこがましい。

 

「それでも、俺が王城のランニングバックなんだ……! アイシールド21にだって、負けてられない……!」

 

 疾駆する猫山の前に、石丸。

 石丸哲生は、陸上部であるが、アメフト部の助っ人としては1年の頃から皆勤賞であり、泥門高校体育祭後に行われた陸上部最後の大会からは練習にも顔を出している。40ヤード走は4秒9と5秒の壁を切る。地味で目立たないが、ミスが少なく、常にベターなプレイをする。

 猫山とスピードで大差がなく、守備も堅実。体格差から強引に抜くことはかなわない。

 あの1年生ランニングバックの二人程、スピードもテクニックもなく、岬ウルブスの狼谷大牙のような長い脚もないし、茶土ストロングゴーレムの岩重ガンジョーのような頑健な肉体もない猫山は、このまま行けば、捕らえられる――

 

「へ……?」

 

 

 ~~~

 

 

 すり、抜けた……??

 

 (セナ)から見たその走りは、まるで石丸をすり抜けるように抜き去ったようだった。

 何かがセナの脳裏を掠めたが、その正体を考察する時間などない。相手は真っ直ぐゴールを狙っている。

 

 

「行け、圭介!」

 

 

 角屋敷の後押しを受けた猫山は、石丸に続いて、セナへ仕掛ける。

 

 アイシールド21は、進さんに認められた強敵手……!

 東京地区大会で攻撃チームのベストイレブンに選出され、その走りは、この関東大会において、No.1ランニングバックと称されるものだ。

 だけど、守備に関してはまだ隙がある。

 

 

 ~~~

 

 

(!? この、走りはもしかして……!)

 

 石丸の時を再現するように、セナもすり抜けられた。

 その疾走は、セナの記憶の中にあった……実際に抜き去られた“彼”のものと重なる。

 そう、これは、あの『無重力(パンサー)の走り』だ。

 

 

 ~~~

 

 

 柔軟な発条が軽やかなステップを生み、スピードを落とさない最小限の曲がり(カット)を可能とする。

 『黒豹』パトリック・スペンサーの、“生まれついての走者(ナチュラルボーンスプリンター)”である黒人のように選ばれた脚質あるものに許される疾走だ。

 猫山圭介に、『黒豹(パンサー)』レベルの走りはできないし、資質では劣る。だが、彼の猫足はそれに近づくことはできる。

 角屋敷に練習相手を付き合ってもらい、まだ完成とは言い難いが、それでも形ができてきた走りは、この関東大会でも通用する武器だった。

 

 

(よし! アイシールド21を抜いた……!)

 

 最終防衛線(セーフティ)の二人を突破した今、目の前はがら空きだ。

 このまま走って、ゴールラインまで行ける……!!

 

 目標(ゴール)を視野に捉えた猫山は、背中に迫る気配を察知するのが遅れた。

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔さんはいない……だから、僕が抜かれるわけにはいかない。

 なんとかしてでも、彼を止める……!

 

 驚いたが、一度は経験したことのある走り。抜かれても、立ち直るのが早く、パンサーに置き去りにされた時とは違って、追いつけた。

 

「猫山! 後ろ来てるぞ!」

 

 ハッとするが、遅い。

 40ヤード走4秒2の光速の脚から逃れられはしない。

 

 セナの渾身のタックルが、猫山を捕らえた。

 

 

 ~~~

 

 

「くそっ!」

 

 その悔しさを隠さず、グラウンドにぶつけるように吐き出す猫山。

 アイシールド21を抜いたその達成感に満足してしまった。気が弛んでしまった。ランニングバックならば、タッチダウンを決めるまでは、気を抜くべきではないというのに。

 油断(すき)を突かれ、結果、このチャンスに連続攻撃権獲得できず(10ヤードも稼げず)に終わってしまった。

 

「次こそ! 次こそは、タッチダウンを決めてやる……!」

 

 己の未熟さを歯噛みしているが、相手はあのアイシールド21。彼の圧倒的なスピードからは逃げようがないにしても、どうしようもないとは嘆か(あきらめ)ない。

 No.1を目指しているからだ。全力で。負けたくないからこそ、俯いてる暇なんかない。

 

「猫山……」

 

 そんな後輩に、触発された。

 先の長門との対決で、進の支援がありながらも、あのチャンスでボールを奪えなかったことに消沈したものがあったが、それは払拭される。彼の先輩として、燻っている真似はもうできない。

 

「高見さん」

 

 桜庭は、チームの指揮官のもとへ駆けつけ、進言する。

 

「その、俺、2人マークついててもいけますよなんとか――いや、いきます絶対! だから『ツインタワー剛弓』、投げ込んでください……!!」

 

 モン太と瀧の『ニッケル守備』。泥門は仕掛けてきている。

 だけど、自分は王城のエースだ。

 どんな策があろうと、それを跳ね除けられないでどうする。

 

「自分も同意見です」

 

 桜庭に同意するのは、もう一人のエース。

 

「ディフェンス2人程度、今の桜庭には問題にならない。そして、桜庭へのパスがあれば、猫山の走りも活きる」

 

「進……」

「進さん……」

 

 進の意見、それから、後輩たちの目……『俺はきっとやってやる!』と燃えるその眼差しを受け、高見は苦笑を漏らしながら、決断する。

 

「よし、行こう。どんな策を打とうが無関係、全てを無視して決める王道(ちから)があることを、泥門に見せつけてやろうじゃないか……!」

 

 

 ~~~

 

 

 ――全力で跳んでも指先すら掠らない、超高層高速の弾道。

 

 畜生……!

 

 桜庭先輩に高さでは超負けMAX。

 スピードでも敵わねえし、パワーだって負けてる。

 

「うおおおおお!!!」

 

 悔しいが、認めるしかない。『ツインタワー剛弓』に対抗するにはモン太一人では難題だと。

 だからこそ、瀧との『ニッケル守備』だ。

 

 

「アハーハー! 2対1でも臆さないとは勇敢だ、ムッシュー桜庭! だけど、このボクの『瀧ジェントルハンド』からは逃げられない……!」

 

 

 天高く頭上へ掲げた桜庭の両手のポケットが、ボールを捕らえた。

 その腕に絡みつく、瀧の右手。

 

 ――あれは、『プテラクロー(リーチ&プル)』……!

 

 資質的に適性のあったテクニックを長門が指導し、身に着けるに至った新たな瀧の必殺技。

 腕関節を360度回転させられる白秋の如月程ではないが、極めて柔軟な肉体を持つ瀧。彼の柔軟性を活かし、するりと隙間に滑り込ませる『リーチ&プル』で、桜庭の腕を捉える。

 

 キャッチしたはずのボールを払い落とされる。

 春大会に長門にやられた瞬間が桜庭の脳裏にフラッシュバックする。

 

 ――いや! やらせるものか……! もう二度と……!

 

 剥がれない……!?

 瀧は確かに桜庭の腕を抑えている。だけど、頑として両手はボールから離れない。

 敗北から這い上がってきた者として、二度も同じ技にしてやられてなるものかという意地があり、

 何よりも、このボールは……反吐を吐きながら、苦しみながらも共に高みを目指していける、最高の相棒(ベストパートナー)から桜庭(オレ)にパスされたモノだ。

 これは俺のボールだ。他の誰にも奪われてやるものか……!

 

 強引に瀧の腕を振り払い、桜庭はボールを確捕す――る前に、手が差し込まれる。

 

 

(いつの間に!? なんでこんなところに手が……――モン太!?)

 

 

 キャッチに己の全てを捧げ、幾万を超える反復練習の果てに雷門太郎の本能は、“キャッチしたボールを脇の下に抱え込む”というレシーバーとしての習性を熟知していた。

 

 『ツインタワー剛弓』のパスカットは望めない。

 だからこそ、虎視眈々と、キャッチされた後のボールに狙い定めていた。

 

 

『相手は、桜庭春人。モン太でもボールを奪える隙はほとんどないだろう。だったら、そのチャンスをこちらから作ればいい』

 

 

 瀧の『リーチ&プル』に堪えるも、一瞬、桜庭に隙が生じた。マークしているもう一人、モン太への警戒が薄れた。

 その瞬間に、潜り込む『猿の手(モンキーハンド)』――キャッチ力の一点突破で、神龍寺の一休からボールを奪取した、モン太の『ストリッピング』だ。

 

()ってやる! ()ってやるんだ! 俺がNo.1レシーバーになるんだ!」

 

 空中戦での乱闘。

 ボールの動きなんて目で追えるはずがないのに、右手は、確かにボールの縫い目を正確に捕まえていた。

 

「いいや! No.1レシーバーになるのは、俺だ! このボールは、誰にも渡さない!」

 

 

 ~~~

 

 

「「うおおおおおおお!!」」

 

 

 ~~~

 

 

 先にボールをキャッチしたのは、桜庭。

 だが、モン太のキャッチ力は関東四強レシーバーの中でも、最強。

 

(キャッチ力は、完全に超えていかれてる。だけど、俺の高さがあれば……――)

 

 互いに譲れぬ執念が、拮抗し、縺れ合ったまま、フィールドへ墜落した。

 

 

『王城ホワイトナイツ、パス成功! 4ヤード前進!』

 

 

 桜庭とモン太の両者ボールを捕まえたまま、桜庭の方が先に地面についたため、キャッチ及び転倒(ダウン)が成立した。

 

「キッショ……! また、鉄馬先輩の時と同じ……!」

 

 紙一重、だった。

 あとちょっとでボールを奪われるところだったが、運は王城に味方した。

 

(それでも、警戒はより強まったはずだ。桜庭春人(エース)でも、瀧とモン太の『ニッケル守備』との競り合いになったらヤバイと高見伊知郎は思ったはずだ)

 

 攻撃権(ボール)を奪取できれば、上々。

 それに失敗しても、確実に印象付けられる。

 初回の奇襲効果は薄れてしまうものの、警戒させられる。

 相手の主戦力のひとつである高見―桜庭のホットラインが、これで縮こまれば、王城の攻撃力は半減したも同然だ。

 

 

 ~~~

 

 

「なるほど。先程、長門が桜庭と進にパスを奪われかけた時と同じ……か。確かに有効だ。間違ってはいない。しかし、想定内だ。所詮、教科書通りの戦術では、王道には通用しないよ」

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT!」

 

 

 3回目の攻撃。

 王城が繰り出した攻撃は、再び、パスプレイ。

 

 

「桜庭に、超ショートパス……!」

 

 

 前回、あわやパスを奪取されたというのに、強気な攻め。

 だが、それは破れかぶれなどでは決してない。

 

「そうか、この短さでは、瀧が『リーチ&プル』を仕掛ける暇がない……!」

 

 観客席から王城の戦術を看破する雲水。

 それを、だが、と繋げる山本。

 

「長距離砲を捨てて、安全に細かく稼ぎに来やがったな……!」

 

 つまりは、『ニッケル守備』により、王城の攻撃は畏縮したとも言い換えられる。

 

 

 ~~~

 

 

「残念だが――王城の戦術は、そんな甘いプレイじゃない」

 

 

 ~~~

 

 

 空中戦を躱されても、着地後を狙う。

 

「止めんぞ、瀧!」

「ああ、二人がかりで挟めば……」

 

 瞬間、モン太と瀧が、貫かれた。

 光速の三叉槍――進清十郎に。

 

「なっ……」

「にぃーーーっ!!?」

 

 超速で桜庭のカバーに間に合う瞬足(スピード)と、二人まとめて押し込める腕力(パワー)

 屈強な前線(ライン)を力技で強行突破する『巨大弓』が、モン太と瀧に炸裂した。

 

 

『なんと……最頂の『ツインタワー剛弓』に、『巨大弓』の貫通力が合わさったーーっ!?』

 

 

 この王城エース二人によるコンビプレイは、まさに天空を射貫く巨大弓――『射手座(サジタリウス)』……!!!

 

 

 ~~~

 

 

『一緒にこのアメフト部に入ろうよ進! そのうち王城の二人のエースなんて呼ばれて……ハハハ、そんなんできたらカッコイイな~!』

 

 入部当初に夢見て、

 

『……ダメだ。進には追い付けない――』

 

 すぐに挫折して、夢破れかけ、

 

『諦めきれないんだよ! 俺だって、一流になりたい……!!』

 

 それでも、捨てきれなかった夢の構想が、今、実現する。

 

 

 ~~~

 

 

「このままサイドライン際抜けるぞ、進!!」

「ああ、二人がかりなら破れる……!!」

 

 進がマークしていた二人を抑え、そのまま桜庭がラン・アフター・キャッチ。

 独走する桜庭に、セーフティのアイシールド21が追いつき、タックルを決めるが、

 

「まだ、だっ……!!」

 

 止まんない……!? タックルを決めてるはずなのに……!?

 

 それは、進をも目を瞠る桜庭の粘り。

 長門が駆け付け、どうにか膝をつかせられたが、それでも余分に前進された。

 

 

『桜庭君と進君の無敵のコンビプレイ『射手座』で、王城ホワイトナイツ、連続攻撃権獲得(ファーストダーーゥン)!!』

『王城はもはや無敵城塞だけではありません! 誰にも止められない攻撃力を纏った無双騎士団……!!』

 

 

 これぞ、王道。

 無敵城塞から出撃した無双騎士団は、怒涛の快進撃を続けた。

 

 

「おおお、また桜庭に超ショートパス!」

 

 

 物理的に届きようのない『ツインタワー剛弓』。

 その唯一付け入られる着地の瞬間を狙っても、『巨大弓』に射貫かれる。

 

 

「うお今度は猫山にヒッチしたっ!」

 

 

 そして、無敵のパスが確立すれば、ランも活きる。

 

 

(よく見てる高見さん。桜庭さんに集中して、こっちはがら空きだ)

 

 

 死守せんとする泥門守備だが、審判からの“連続攻撃権獲得(ファーストダウン)”のコールは止まらない。

 そして……

 

 

『さあ、ゴールラインは目前! 前半残り時間13秒!!』

 

 

 高見伊知郎は、宣告する。

 

「タッチダウンが、前半のラストプレイになる。泥門にむざむざ反撃の時間(チャンス)は与えないよ」

 

 この距離は、『射手座』の間合いで、確実にタッチダウンを奪える。

 更に言えば、攻撃の進行度を、残り時間から調整し、この状況を作り上げていた。

 

「すべては、そちらの計算通り、か、高見伊知郎」

 

「君はよくやっていたよ。だが、たとえ、ここにヒル魔がいても結果は変わらない。王道とはそういうものだ、長門。如何に君が優秀でも、急場しのぎで対処できるほど、我々の戦術は甘くはない」

 

 

 ~~~

 

 

『ふぬーーーーら!!』『ばああああ!!!』

 

 栗田が押し込んだ突破口に、強引に割り込んだ長門、泥門屈指の体格とパワーを誇る二人が、ボーナスゲームのキックを阻止した。

 どうにか一矢を報いたが、タッチダウンは奪われ、9対13と王城に逆転された。

 

(みんな……)

 

 姉崎まもりは、不安げに胸元を握り締める。

 医務室に備え付けられたテレビから試合の状況は観ていたけれど、戦況は押されていて、相手に一枚上をいかれていた。

 

(でも、頑張っている。ヒル魔君が下がってからも、セナ達は必死に王城と戦っている)

 

 まだ望みがあるのだと思いたい。

 この状況を打破するためにも、復活が待たれている泥門の指揮官は、

 

「……………」

 

 寝ていた。

 顔にタオルを掛けられているので表情はわからないが、あのヒル魔妖一が大人しくしている。

 

 

 これは、医務室で待ち構えていた岡婦長の措置によるもの。

 不意打ちも同然に、ヒル魔が身構える前に仕掛けてきた岡婦長の手際は、姉崎も驚いたが、見たことがあるものだった。

 そう、あの合宿で。

 

『! 今の動き、まるで門伝桝乃先生のよう……!』

 

『あら、門伝先生を知っているの?』

 

 伊我保での合宿で、皆(ヒル魔を除く)がお世話になった門伝桝乃。

 知る人ぞ知るもので、患者を秒殺でスヤスヤ寝落ちさせてしまう神業的手腕から『ゴッドハンド』とも呼ばれている。

 その姉崎まもりでさえ会得できなかった技を、彼女、岡婦長は披露した。

 

『ええ、私も昔、門伝先生の世話になったことがあってね。弟子入りしてたのよ。中々に厳しい修行だったけれど、免許皆伝を認めてもらってね。今では私なりの工夫を加えているわ』

 

 と取り出した藁人形……の形をした小物入れにくるまれていた、釘……にも似た、細長い針を手に取り、ヒル魔の肩や腕へと刺していく。

 

『これから行うのは、鍼灸治療――に呪術的な要素を組み込んだ私オリジナルの施術よ』

 

 少し不安になるところもあるけれど、鍼灸治療は姉崎も知っている。

 新陳代謝を促進させるツボに針を刺し、自己治癒力を高める。きちんとした施術だ。

 

 魔法陣的なものが描かれたマットが敷かれていたり、周りを蝋燭や線香(リラックス効果のあるアロマの香り)が焚かれていたりして、何も知らないで見たら、悪魔召喚の儀式かなにかと誤解されそうだけど、彼女は立派な医療従事者であると姉崎は自身に言い聞かせる。

 

『……でも、どうしてあなたはここまでヒル魔君にしてくれるんですか?』

 

 気を取り直したところで、姉崎は問いかける。

 状況から岡婦長が、ヒル魔のために備えていてくれたと推察できる。しかし、わざわざそこまでする理由がわからない。

 

『もしかして、ヒル魔君。本当は腕が完治していないのに試合に出たからそれで心配して……』

 

『まず、ひとつ言っておくけれど、彼の腕が完治したという診断に間違いはないわ。一度患者として請け負った以上、本当に試合をできるコンディションでなければ、出場の許可は出さないし、無理に出ようものなら、呪っています』

 

 今も軽く診断したけど、肉体的には問題はないわね、と腕の治療に関するお墨付きをいただいた。

 だけど、明らかに彼のプレイは不調だった。

 相手選手のタックルを諸に受けて、それで治ったはずの怪我が再発してしまったのだろうか。

 

『ただ、腕の怪我は治っても、身体がまだ怪我をした時のことを覚えている』

 

 それは心理的な後遺症。

 腕を折られ、刻み込まれた恐怖や不安が『また再発したらどうする?』と騒ぎ立てて、疼くたびに脳裏をチラつくトラウマが無意識にセーブを働かせ、選手のパフォーマンスを低下させてしまうことはよくある話だ。

 

『本来であれば、そういったものを克服するためにもリハビリやある程度の期間を置いてほしかったのだけど、ほとんどぶっつけ本番で彼は試合に出た。まともにプレイできている方が驚きなのよ。普通はそうはいかないし、そう簡単に克服できるようなものじゃないの』

 

 姉崎もその話には同意するが、同時に腕を折っても試合に出たことを思えば、ヒル魔妖一ならばそれも不思議ではないと納得してしまう。

 ただ、それでも彼の肉体はあくまでも普通の人間。無理で誤魔化せるにも限度がある。

 たとえ岡婦長が手を尽くしたおかげで、腕を動かせるようにできたとしても、また再発する。これでは、意味がない。

 

『つまり、ヒル魔君は、この試合にはもう出られそうにない、ということですか』

 

『ええ、普通であれば、ね』

 

 岡婦長は目を細め、しみじみと語る。

 彼女の息子……岡左右魔(そうま)も、アメリカンフットボールの選手であり、クォーターバックだった。

 残念ながら、所属するチーム呪井オカルツは、東京地区大会を2回戦で敗退してしまったけれど、息子の試合にかける意気込みは見てきたし、負けた後の泣き顔も見た。

 だからこそ、望む。

 悔いが残る試合で終わり、後々の自身を恨み呪うようなことはないように、と。

 

『医は精神力。医者は怪我の治療の手助けはできるけれど、患者の身体を治すのは患者の身体自身、治したいという意思がなければ始まらない。終わった後で自分を呪うほど意味がないものはないのだから、悔いのないようにしたいのなら、今、自分を呪いなさい』

 

 ・

 ・

 ・

 

 そうして、今はしっかりと安静に休むようにと言いつけて、岡婦長が医務室を離れた後も、姉崎まもりはヒル魔を看護し続けた。

 ちょっとでも目を離せば、飛び出していくんじゃないかと思ったから。

 

 ……きっと、ヒル魔君は試合に出る。

 どんな無茶をしてでも、どんな結果になろうとも、絶対に出ようとする。

 

 準決勝で無理矢理に骨折した腕にテーピングを巻かされた前科があるのだ。

 アメリカでの合宿でも、身体を痛めていても決して表に出そうとしなかったし、きっと腕に力を入れるだけで激痛が走ろうが、“たかがその程度”で済ませてしまうに違いなくて、

 

(前半が終わって、試合は劣勢……。セナ達もヒル魔君の助けが欲しいはず)

 

 仲間達が夢のために血を流すような奮闘をしている。

 それを見殺しにしてしまえるような真似を、死んでもしない。

 ヒル魔妖一という人はそういうものだと理解している。

 だから、もはや確定事項。

 いくら自己を顧みない行為はやめてほしいと望もうが、そんなの無視して、戦場へ赴くのだ。

 

 

「ソワソワしてんじゃねぇぞ、糞マネ」

 

 

 俯き、膝の上に握り締めた拳を見てるしかない姉崎を、嗤う声。

 タオルケットを顔にかけて寝たままの姿勢だけど、彼女が抱く焦りや迷いを見ずともわかっているようで、声に呆れの色がありありとついていた。

 

「ヒル魔君! 起きてたの!?」

 

「試合中に眠るわけがねーだろうが、糞マネ。糞オカルトババアに絡まれんのが面倒だから、黙ってただけだ」

 

 彼をしても、あの独特な雰囲気を持つ婦長とはやり合うのは避けたいようだ。

 でも、その苦手な岡婦長がいなくなったタイミングで、声をかけてきたということは、医務室から脱出をする気なんじゃ……

 

「ンで、さっきから何か言いたげにして、何だ糞マネ。もしかして、トイレしたいのに言い出せないのか? だったら、チビる前にとっとと行きやがれ。こっちは休んでんのに、気が散る」

 

「違うわよ!」

 

 いきなりこのデリカシーのない発言に、説教したくなるが、そんな気を荒ぶらせては彼の十八番の口八丁でいいようにされてしまう。

 姉崎は一度……では治まらなかったので二、三度深呼吸して、気を深く鎮める。

 そこで、ふと気づく。

 今、“休んでいる”、と言った。こっそり抜け出そうとかそういう気配もない。

 

(ヒル魔君、焦ってない……?)

 

 いや、起きてたのなら、テレビの実況が聴こえていたはず。

 彼は学校の授業中では、右耳だけ聴いているだけ。手や目や左耳は常に内職に勤しんでいて、教師の話に割いている集中力は5%にも満たない。でも、成績は良いし、テストで赤点をとるようなこともない。おそらく、教師から指されても問題なく授業内容を回答できるだろう(彼を指名するような真似を教師がするとは思えないけど)。

 兎にも角にも、相手の弱みを特に聞き逃さない地獄耳ならば、当然のように試合の状況は把握している。

 それなのに、姉崎が抱く焦燥が共有できていない。

 

「……ねぇ、今、ちょうどハーフタイムだし、皆に突破口のアドバイスしたらどう? ヒル魔君なら、この劣勢をどうにかできる作戦を思いついているんじゃないの?」

 

「ハッ、わざわざそんなことをする必要がねぇな」

 

 試合に無理に出なくてもチームを支えることができる手助け。そんな姉崎の中の妥協点からの提案だったが、鼻で笑われた。

 その態度についカッとなった姉崎は責めるような口調で、

 

「セナ達はみんな頑張ってるのに、どうにかしてあげたいと思わないの……?」

 

「今の指揮官は、糞カタナだ。どうにかするのはアイツの仕事だ」

 

 あっさりと言い切った。

 

「ケケケ、もし“指揮官としてはヒル魔妖一(オレ)の劣化版でしかない”なんて糞メガネが油断し(かんがえ)てんなら、痛い目を見るだろうなァ。

 ――何せ、糞カタナは、俺や糞メガネとは根本的にタイプが違う」

 

 医務室に居ながらも、試合の全容は把握していた。泥門は策も通じずに王城に逆転されたこともわかっている。

 高見伊知郎が描いた図面通りに試合の展開が進んでいることは、その思考をトレースできるヒル魔には容易く予見できたことだ。

 だから、それらすべてを承知の上で、悪魔は嘲るのだ。

 

「無敵の王道? ハッ、笑わせやがる。この世に無敵なんてモンはねぇんだよ。そんなこと、糞カタナにだってわかってる」


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