悪魔の妖刀   作:背番号88

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更新、お待たせしました。
ちょくちょくと書き溜めていたものがある程度溜まったので投稿します。
大変な状況はまだ続いてますが、拙作が気休めとなれば幸いです。


44話

 ――鉄壁。

 東京地区代表に8人も選出された新生王城ホワイトナイツの守備陣で、高校最強の守護神(ラインバッカー)・進清十郎を中核に据えた守備力は全国屈指であり、準決勝の後半から桜庭春人が加わってからは、あの西部ワイルドガンマンズを完封している。

 如何なる攻撃をも寄せ付けないその有り様に、専門家たちからは鉄壁の城砦とも評している

 

 その鉄壁に、哄笑する悪魔は“巨大な矢”を向ける。

 

 間違いない。アレは、『巨大弓(バリスタ)』だ。

 

 ボールをスナップするセンター・栗田とボールを受け取るクォーターバック・ヒル魔が並ぶ中軸。

 その背後に続くようにセットする二人。

 長門村正とアイシールド21。

 王城は三叉槍(シン)を“巨大な矢”としていて、泥門は『妖刀』を代わりとしているが……その走者を背負う振る舞いには、既視感(デジャブ)さえ覚える程に遜色がない。

 

 だが。

 

 しかし。

 

 そうなると、黄金時代の王城守備陣を圧倒したのと同等の破壊力があるというのか……!?

 

 

「問題ない。泥門が――ヒル魔がこの手(バリスタ)を仕掛けてくるのは想定内だ」

 

 

 スタジアムに動揺の漣が広がっていく中で、ベンチでそう呟くのは、高見。

 ここで揺さぶられては、ヒル魔妖一の思う壺。そんなこと、わざわざ指摘するまでもない。

 泥門は、神龍寺ナーガとの試合で、『ドラゴンフライ』を仕掛けたという前科があるのだから。

 

 当然、守備(ディフェンス)チームは、実際に進を相手に『バリスタ』を受ける練習を積んできている。

 

「ばっはっは! 真似が好きのようだな、泥門! だが、その戦術は俺達には通用せんぞ!」

 

 解説役が驚いているようだが、王城の選手たちの動揺は、水面にほんのわずかに漣が立った程度ですぐ収まったことがベンチからでもわかった。そこへ主将である大田原が明るく盛り立てれば、真っ向から叩き潰してやるとばかりに目の色が変わる。

 下手に挑発をした結果、王城の意識はさらに強固となった。今更、心配など向けるべきではない。

 

 

 だから、高見が思索するのは更に先の事。

 

(俺とヒル魔は“同類”だ。どれだけ努力しても進や長門のような完璧超人には近づけない。だから、策を細緻に弄する)

 

 

 3度目のHATコールで、栗田からボールがスナップされた。

 同時、長門とアイシールド21が始動。ヒル魔からボールを受け取りに行く。

 

 

「予告通り! 泥門が『巨大弓』をぶっ放したぞーっ!」

 

 

 両陣営の境界線で爆ぜる衝突音。

 爆心地には、ラインの中核を担うセンター――

 

「ふんぬらばアアアア――!!!」

「ばぁ――はァ――――!!!」

 

 互いに容赦なし。

 がっぷり四つで競り合う栗田と大田原。

 

 栗田良寛は、準決勝で峨王力也との闘争の果てに、味方を守護するためならば敵を破壊する殺意を芽生えるに至った。

 ベンチプレス160kgのパワーがありながら、これまでの栗田には持ちえなかった真なるラインマンと呼ぶには足りなかったもの。それをついに備えた生粋の重戦士はその剛腕を容赦なく振るえるようになったのだ。

 この関東大会で最強のパワーを誇る峨王を打倒した今の栗田ならば、他のラインマンなど圧倒できる――

 

「ァアア! 栗田ァァァ!」

 

 倒し――切れない。

 どころか、ほんの僅かでも緩めれば圧倒されかねない、ギリギリの拮抗。

 

 大田原誠。

 王城ホワイトナイツの三年生選手にして、主将。

 彼は、馬鹿であり、難しいことはあまり考えられない。だから、こうであれというチームの方針を誰よりも愚直に守ってきた。

 ――glory(グローリー) on(オン) the() kingdam(キングダム)(王国に栄光あれ)

 試合前の号令をかける時、チームを率いる主将として大田原は唱えてきた。

 

 騎士の誇りに賭けて勝利を誓う。

 そう、我々は敵と戦いに来たのではない。

 ()()に来たんだ。

 

 自分は自他ともに認める馬鹿であるのだから、言ったことのみに専心する。

 相手を“倒す”ことだけを考え、必要以上に破壊するような真似は控えてきた。

 これまでの試合、最も強敵手と意識する栗田が殺意なくぶつかってくるのだから、それに合わせるように、大田原もまた制してきたのだ。

 そうそれだけの話。

 栗田のように性格が合わなかったから纏えなかったのではなく、不必要に纏うような行為は自粛していただけに過ぎない。

 故に今、全力でこちらを破壊しに来る栗田に触発されるよう、大田原もまた発露する。

 真なるラインマンとして、当然の如く御しているその『護る為の殺意』を。王城の騎士団長は、護るべき仲間を背負うほどに高まるその力を確かに纏っていた。

 

「地区大会での借りをまとめて返すぞ、栗田!」

 

 強い――ッ!

 数値上では峨王の方が上なのだろうが、大田原の腕には数値化できない、条理をも覆してくるモノが宿っている。

 ――けど、それはこっちも同じだ。

 

「倒すんだ! 勝ってみんなで全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くんだ……!」

 

 

 ――大田原……!

 鉄壁のライン陣をぶち抜かんと突貫する栗田。それを受けて立つ大田原。

 センター同士が鬩ぎ合う衝突を、更に後ろから後押しせんと長門が迫る。だが、突破口を塞ぐべく進がフォローに入る。

 高見伊知郎は、その戦況を、フィールドから観ていた。

 ベンチからでも仲間たちを支援できることはあるはずだ。攻撃専門チームで直接参加しているわけではないが、それでもやれることはすべてをやる。この王城の司令塔として、冷静に、外野からでも、外野だからこそ気づけるものを見落とさないように

 

 自分ならばこの局面でどう打つか。

 ヒル魔は、利き腕に包帯を巻いて、開幕のキックボールのキャッチを他人任せにした。あからさまなまでのアピール。それから『巨大弓』を宣告し、中央突破のランを仕掛けた。

 しかし、王城の守備はそれを許さない。泥門の『巨大弓』は突破できず――

 

(! あの泥門の壁の動き、さりげないが間違いない。パス壁だ……!!)

 

 突破できない、ではない、突破する気がないのだ。

 そして、『渡したフリ(ハンドオフフェイク)』はヒル魔の十八番。

 だとすれば、ボールを所有しているのは、アイシールド21ではない。

 

 チェス盤を逆転させるように、相手の言動を意識してなぞり、相手の視点になってモノを見れば、おのずと解は導き出せた。

 『巨大弓(バリスタ)』を印象付けての、パス。

 ヒル魔の策を察知した高見は、すぐさまその策を封じる一手を放つ。

 

 

「雷門太郎から目を離すな桜庭!」

 

 

 ~~~

 

 

 桜庭は、王城の守備では新参だ。

 オフェンスチームの選手であり、両面での試合は、まだ一試合の半分程度の経験しかない。

 だから、釣られかけていたが、全幅の信頼を寄せる先輩の指示(こえ)に立て直した。

 

 そうだ。

 俺がすべきは、泥門のエースレシーバー・モン太のマークだ。

 

 長門がブロックに参加している以上、泥門で最も警戒すべきレシーバーは、モン太。

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔妖一の思考をトレースできるのは、高見伊知郎だけではない。

 観客席からフィールドを俯瞰するこの男にもその狙いは看破できていた。

 だが、その策にはなくてはならない前提がある。

 

「たった2週間で完治してんのかっちゅう話だよ、ヒル魔」

 

 円子令司がぼやくように指摘するのはそれ。峨王が壊した右腕でパスを投げれるか否か。

 ちまちまとした小細工で僅かでもパスから気を逸らそうとしても、そのパスが投げられなかったら破綻するのだから。

 白秋との試合でも負傷退場してからのヒル魔は、まともなパスは投げられていなかった。

 

 

 峨王に破壊されたクォーターバックはたいていが全治一か月は見積もる怪我を負っていた。

 それを半分の期間で治すという無茶。普通に考えれば、ギリギリではなく、難しい、とその診察に立ち会った岡婦長は断ずる。

 

「もちろん酸素カプセルの効果は知っている。でもあれは民間療法。ナースとしては信用してないの」

 

 だから、一学生の身の安全を考慮すれば、試合の出場は認められない。

 だけど、あの戦場に立つのは、選手だ。

 自身の息子もまたその道を行く選手だったからこそ、その意志の強さを悟る。

 そして、医は精神力。

 

 死んでもクリスマスボウルを賭けたこの決勝までに治して闘うっていう、その想いの力で彼はあそこに立っている……!!

 

 

「YA―――HA―――!!」

 

 

 包帯を振り解きながら、その右腕が振るわれる。

 

 

 ~~~

 

 

「これはモン太への超ロングパス……!

 ヒル魔妖一、復活の超ロングパース!!」

 

 

 肩は、問題ない。

 コントロールも――――完璧、だ。

 

「しゃああ、捕れ猿!」

「モン太……!!」

 

 十文字とセナが見つめる先には、自身の限界点に投げ込まれたパスコースへ脇目も振らず一直線で駆けるモン太。

 

「ダッシュMAーーX!!」

 

 パスの種類関係なく、泥門のレシーバーはそのスパルタな要求に応えんといつだって全力疾走だ。

 そして、それに追走する桜庭の姿があった。

 

 先制パンチを成功させれば、チームは勢いづく。

 この関東大会では、試合の一番最初のプレイを自分のキャッチで決めて勝ってきたのだ。

 

「スタミナなんか温存しちゃいられねーんだ! マスク取って快調MAーーX!!」

 

 速い……!

 高見の指示があったがそれでも桜庭は意識の切り替えが一瞬遅れて、その一歩出遅れた隙にモン太はマークを振り切った。

 試合前から仕込み、仲間達がこのキャッチプレイのお膳立てをしてできたチャンス。このチャンスMAXをものにできなくてどうする!

 

 桜庭先輩と鉄馬先輩が、東京ベストレシーバーに選ばれた――自分(モン太)は東京ベストレシーバーに選ばれなかった。

 その時、やっぱり、悔しかった。

 地区大会決勝で泥門が王城に負けたのも悔しかった。

 その悔しさをここで晴らす。

 

 キャッチでは絶対負けられねえんス。

 東京ベストレシーバーは桜庭先輩に捕られちまったけど、この関東No.1レシーバーの座はこの俺の手でブン捕る!!

 

 

 ――『デビルバックファイア』!!!

 

 

 ヒル魔が投じたパスをモン太が背面捕り。

 確かにキャッチしたボールをモン太が抱え込

 

 

「桜庭ァアアア!!」

 

 

 ~~~

 

 

 全国大会決勝(クリスマスボウル)出場をかけた関東大会決勝。

 この大舞台で、今、四強時代となったレシーバーの中で、誰が一番か決まる。

 

 そんなの、桜庭が断・然No.1に決まってるやろ!

 

 

『俺は、決めたよ。虎吉の見たスーパーキャッチ、まぐれじゃなくしてみせる』

 

 

 あの宣言を、実現させてみせたのだ。

 昔のヘタレシーバーとはちゃう!

 今の桜庭はホンマもんの、自分が憧れた、エースや!

 

 観客席から誰よりも熱のこもった声援を送る車椅子の少年、虎吉のヒーローが雄々しく頂点を目指す姿を見た。

 

 

 ~~~

 

 

 絶対に超えられない天才(しん)が目の前に居続けるこの世界は、否が応でも自分が凡才なのだと突き付けてくる。

 皆のように別格視できればこんなことには悩まなかった。

 だけど、俺は現実を冷静に受け入れられるほど賢くなくて、ずっと追い続けた。反吐を吐きながら、苦しみながら、自分でも抜けないことなど分かっていながらも……!

 俺は、もがく。最後の最後まで、もがくんだ!

 

 

 自分の未熟さで、スタートが出遅れてしまい、キャッチを許してしまった。

 

 だが、まだだ。

 まだ、闘いは終わっちゃいない!

 

 

 ~~~

 

 

「っ……!!」

 

 パスをキャッチした。

 しかし、キャッチしたボールを抱え込む前に、腕を捕られた。

 

 それは、モン太が準決勝で白秋の如月にやられたプレイ。

 『プテラクロー(リーチ&プル)』だ。

 

 

「桜庭を甘くみたなヒル魔。奴は腕も(たか)いんだ……!!」

 

 

 ヒル魔妖一には計算外の、高見伊知郎には期待通りの、桜庭春人の高さ。

 

 桜庭は攻撃専門の選手。

 だから、この守備の技である『リーチ&プル』は習得する必要性は低い。

 だが、桜庭は、春大会に長門村正にボールを奪われたこのプレイが、脳裏に焼き付き、それを克服せんと研究や練習に励んでいた。

 そして、両面で出場してから守備の練習に参加するようになり、既に頭の中に吸収(インプット)されていた“高さ”を活かせるその技術を自分の武器としていた。

 

「はあああっ!」

「つぁっ……!」

 

 騎士の長剣(ロングソード)の一振りが、キャッチした片腕を断った。

 

 

『泥門、パス失敗――!!』

 

 

 ~~~

 

 

「桜庭あああ!!」

 

 桜庭コールの大歓声がドーム内に反響して響き渡る。

 フィールドに這いつくばる自分を見下ろす、今や巨人となったその男をモン太は改めて見る。 

 

「まずは俺の一勝だな、モン太」

 

 一休よりも遅い……けど、自分より速い脚。

 鉄馬よりも弱い……けど、自分より強い体。

 如月よりも固い……けど、自分より長い腕。

 そして、桜庭は群を抜いて高く、自分に劣らぬ強い執念があった。雷門太郎が東京地区や関東大会で対戦してきた中で最強の相手は、背面捕り(バックファイア)で目視しなくても背中に圧を感じていた。

 

「俺はこの試合で、関東最強レシーバーの称号を手に入れる」

 

 眼中にないとされた鉄馬や一休とは違い、最初っからバリバリMAXの闘志をぶつけてくる桜庭にモン太も真っ向から睨み返した。

 

「まだ試合は始まったばかりっスよ。東京ベストレシーバーは桜庭先輩に奪られちまったけど――今度は俺がNo.1レシーバーを獲るんスから……!!」

 

 

 ~~~

 

 

「進、空中(パス)は俺に任せてくれ。地上(ラン)を制圧すれば、泥門は完封できる」

 

「ああ、任せた桜庭」

 

 桜庭が甘かねえってこた分かってたがな……

 

 

「ナメんなよ、泥門!!!」

 

 

 怒号にも聴こえる大声を張り上げるのは、王城一年生選手の猪狩だ。

 いや、実際に怒っ(キレ)ている。

 猪狩は身内を馬鹿にされるのが許せなくて、アメリカンフットボールプレイヤーとなった。それだけに、ヒル魔のやり口が気に食わない。

 

「王城の『巨大弓(バリスタ)』のハッタリが王城守備(ディフェンス)に通用するわけがねーだろ!!!」

 

 王城ホワイトナイツが合宿でチーム力を底上げさせて、ようやくモノにした戦術。

 それを模倣するなどふざけるにもほどがある。

 

「ケケケ、別にハッタリじゃねぇぞ。泥門最強最高最速の面子でぶっこむ『悪魔の巨大弓(デビルバリスタ)』は王城の守備をブチ破るだけの破壊力があんだよ」

 

 そんな猪狩の猛る様を見て、ヒル魔は更に火に油でも注ぐように言い返す。

 

 

「糞デブが大田原をぶっ潰し、糞カタナが進をぶっ倒す。そうすりゃ、糞チビ――アイシールド21を止めることはできねぇ」

 

 

 その発言は、フィールドだけでなく観客席にまで伝播して、一瞬、スタジアムは静まりかえった(猪狩は狂犬の如く噛みつかんばかりだが、大田原に鎖で引っ張られて強引にお預け(ステイ))。

 

 観客の誰かがぼやく。

 またハッタリだ。

 峨王に勝利した栗田なら、確かに大田原を破れることに期待できる。

 アイシールド21の爆走は、王城の守備でも捕まえるのは至難である。

 

 だが、王城には誰もが認める完全無欠にして高校最強の選手がいる。

 泥門の長門もパーフェクトプレイヤーだと言われてはいるが、その評価には“もう一人の”という枕詞がつく。つまりは、進清十郎という存在の、後、だということを暗に示している。

 

「計算違いが過ぎるね。あまり大きな法螺を吹かない方がいいヒル魔。場が白ける。後輩に過分な期待を押し付けるのはよくないと思うが」

 

「この試合で進のNo.1プレイヤーの看板を奪う」

 

 高見がこの場の総意を代表するよう淡々と宣告するが、ヒル魔は尚も言い放つ。

 これは単なる挑発ではなく、ヒル魔の勝手な宣戦布告。

 打ち合わせなしに大言壮語を押し付けられた当人は、注目が集まる中で、はぁ、と深く嘆息。

 

「キッドの爪の垢を煎じて飲ましてやりたいが、そんなことをしたところで、ヒル魔先輩の口数は減らないんだろうなぁ」

 

「君もだいぶ振り回されているようだね」

 

「ええ、無茶ぶりは毎度のことです。ただまあ、()()()()()()()()()()()()()ご心配には及びません」

 

 高見にそう言い放って、長門は前を向く。()最強選手と真正面から対峙する。

 

「なるほど、その気がないようでもなさそうだ。

 ――進。誰が、そして、どのチームが最強なのかを、教えてやれ」

 

「はい」

 

 高見に応じるまでもなく、進は、最強の強敵手と見合っていた。

 

 

 ~~~

 

 

「来たぁああ長門っ!! ハッタリじゃねぇマジで『巨大矢(バリスタ)』!!」

 

 

 不良の界隈で『プリズンチェーン』だとか騒がれてきたが、猪狩大吾は自分から喧嘩を吹っ掛けるような真似はしていないと自負している。

 

『王城の新入生ナンパしに行こうぜ』

『可愛いのいんのかよ王城なんか』

 

 ――王城のどこがブサイクだらけだオラァ!!

 

 ただ、我慢できないことがひとつある。

 たとえ停学処分を受けることとなろうとも、頭は瞬間沸騰してそれを叩きのめす。

 

『王城アメフト部ってさ、黄金世代が抜けてカス化したんだって?』

 

 それは、身内を馬鹿にされることだ。

 それだけは何があっても許さない。身内のことは何よりも誇りと思うからこそ。

 だから、その発言には納得よりも戸惑いの方が大きかった。

 

 

『――長門村正は、進を相手するつもりでかかるんだ』

 

 

 試合前のミーティング、泥門の戦力分析には納得がいかなかった。

 いくら頭脳において何よりも信頼を置く高見さんの言うことでも、その評には頷けない。

 だって、進さんは最強だ。同じチームメイトとして、後輩として、彼が四六時中鍛錬を重ねてきたその姿を見てきたのだから。

 最強の進さんと同格と見るような真似は断固としてできなかった。

 確かに実力があるのは猪狩にもわかっている、周囲から散々その活躍のほどを聞かされれば猪狩だって認めざるを得ないが、それでも自分と同じ一年だ。

 だからこそ、猪狩は考える。

 皆が、自分が納得できるようなこと。

 言葉での説得はできない。自分にやれることは、ただただ力でぶちのめしてやるだけだ。そのつもりだった。

 そこへ更に許されざる行いを吹っ掛けられた。

 

 『巨大矢』まで真似しよ(やろ)うっつうなら、それをぶっ潰してやる!!

 

「オォラァアアア!!」

 

 狂戦士は吼える。

 誰よりも真っ先に、悪魔から放たれた巨大な矢(ながと)に向かっていく。

 

 腕が無数に見えるほどの速度で繰り出される乱打。

 アメリカンフットボールの経験はまだ浅いと言わざるを得ないが、不良界隈で磨かれた喧嘩殺法は西部の主将とも渡り合っていた――

 

 

 ~~~

 

 

 妖刀は、一振りで狂戦士を斬り伏せた。

 

 

 ~~~

 

 

「な、ン――だと――」

 

 

 すごい。

 すぐ後ろについていたセナからはよく見えていた。

 雄たけびを上げながら一直線で迫ってくる猪狩には、正直、悲鳴を上げたくなったけど、それを長門は微塵も臆せず、セナが悲鳴を上げる間もなく倒した。

 猪狩の乱打が、幼稚な駄々っ子パンチにしか見えないほど、鋭く、速く、強い一打で終わらせてしまった。

 呆気なく打倒された猪狩は、果たして理解できていただろうか。

 彼我の、隔絶としたその実力差を。

 

 

「止めろ大田原ァァ!」

 

 

 走路は真っ直ぐ、中央突破だ。当然その先にはラインの中核を担うセンター大田原が待ち受ける。

 その大きな右の剛腕を長門に突き出す。

 だがしかし。

 長門も、栗田も片手間で競り合える相手ではない。

 

「オオオオオ!!」

 

 大田原が長門を相手取ろうとしたところを押し込む栗田。すかさず王城ディフェンスラインを押し退け、強引な突破を試みる長門。猪狩が抜けて、前線を支える比重が増えた一年生ラインの渡辺頼弘にはその突破を阻止するのは重過ぎる。

 垣間見えた要所の目に切っ先が突き通されたよう、亀裂走った王城の鉄壁は、次の瞬間こじ開けられた。

 

 

「行かせるか――!」

 

 

 ラインの突破を許してしまった。

 だけど、これ以上は許さない。

 王城の守備陣は後衛もまた攻略至難。

 完璧に役割分担された完璧な連携で、侵入者を包囲して仕留める。

 ど真ん中をぶち抜いてきた『悪魔の巨大矢(デビル・バリスタ)』に迫る、3人のラインバッカー――一番に来たのは、一年の角屋敷。

 小柄ながらも体の使い方が巧みな彼のタックルは見かけ以上に重い。

 ラインを強引に突破した直後、体勢が完全でない長門へ繰り出す全身全霊の一突き(ワンハンドタックル)は、憧れの先輩である進清十郎の『スピアタックル』を模倣したものだ。

 ――それを太刀の如き長腕が制した。覆しようのない絶対の差を突き付けるように。

 

 くそ……っ!

 薙ぎ払われるように崩される角屋敷、彼もまた猪狩と同様に、進先輩から技を盗む長門村正のことを認め難い存在としていたが、その実力の程はきちんと認識していた。

 自分一人では敵わない。ここでタックルを仕掛けても、止められないことはわかっていた。

 でも、ここで自分を倒すことに意識を向ければ、続く一手からは逃れられないはずだ。

 

 

「まだだ――!」

 

 

 二人目のラインバッカー、二年生の薬丸恭平が仕掛ける。

 進清十郎に憧れて王城に入部した彼が、その跳躍力を活かして一つの技へと昇華した長距離タックルが『妖刀』に一撃を食らわせんとする。

 ――寸前で、遮られた。

 白の背番号41。

 味方である角屋敷の背中に。

 

 

王城の選手(かどやしき)を壁にしやがった!?」

 

 

 密集地の乱戦を突破したその直後を狙っているはずなのに、的確に対応された。

 頭で考えて動くというレベルではない。

 “視認して(みて)”、“思考して”(かんがえて)、“反応する(うごく)”。

 『神速のインパルス』はその処理速度が凄まじく速いが、長門のそれは並列処理、できることを一瞬で集約している。

 そう、視認しながら、思考しながら、反応している。本能のままに動きながら、理性的に処理する。

 角屋敷の『スピアタックル』を、長門は後出しでありながら先手を取ってくるハンドスピードの『不良殺法』でいなし、そのまま角屋敷の身体を追撃せんとする薬丸への壁となるように誘導していた。

 

 鉄壁の守りを一刀両断するリードブロック。

 悪魔から放たれた巨大な矢が、確かに騎士の防衛網を貫いた。

 

 

「だが、ここまで、か」

 

 

 ~~~

 

 

 長門村正は、王城の守備を大きく揺るがした。

 だが、崩壊していない。

 守備陣は、王城の中心にこの男がある限り、決して崩れはしない。

 

 その男が住む世界は、0.1秒が命取りとなる超速の時空。

 角屋敷と薬丸を相手取るのに、1秒程時間がかかってしまった長門には、対応が間に合わなかった。

 

 

「進!」

 

 

 進清十郎は、自分以外のラインバッカーが倒されながらも、身を呈して稼いだその僅かな時間(すき)も逃さなかった。

 長門村正とアイシールド21を両方相手取ることは、高校最強の男をしても難しい。

 だが、この瞬間、『妖刀』は光速の領域には追い付けない。

 

 

『ここでアイシールド21! 進選手と示し合わすように飛び出していたーー!!』

 

 

 そして、小早川セナ(アイシールド21)も光速の世界へ突入していた。

 これ以上、『妖刀』に護られていては、逃れられないと直感的に判断するや、即座に長門のリードブロックから前に飛び出す。

 

「行け、セナ。存分に高校最強(しんせいじゅうろう)に挑んで来い!」

「うん!」

 

 自分を追い抜く光の疾走、すれ違いざま、アイシールド越しにその横顔を垣間見た長門は、最後にその背中を押すように発破(こえ)をかけた。

 瞬間、4秒2の最高速に達する。

 状況に急かされてしまったこともあるが、それだけではない。進を真正面に視認した途端に、セナの脚が逸ってしまったせいもある。

 だって、どうしても、勝ち(ぬき)たい、原初に見定めた“(しん)”であるから。この時ばかりは、ビビりがちな心は、走者としての欲求に衝き動かされた。

 

 

 ~~~

 

 

「来る! いきなりの超必殺技――頂上決戦……!!」

 

 観客席から甲斐谷陸はその光景に目を見張った。

 試合はまだ序盤だというのに、互いに遠慮なしに全力をぶつけ合う。泥門も王城も、スタミナ配分なんて思惑から投げ捨ててる、全力で殴り合い、勝利することしか考えてなかった。

 

 

「進さん!!」

「行くぞ、アイシールド21……!!」

 

 

 チームのエースたるアイシールド21と進清十郎の決戦は、『攻撃の泥門 VS 守備の王城』を象徴するにふさわしい。

 高校最強に迫られながら、セナはこの刹那に好機を見出さんとする。

 

 長門君が広げてくれたスペース、進さんだけに脚を集中できるこの状況、勝負を挑むのに絶好の場面に違いない。

 この瞬間を逃せば、僕に勝ち目はない……!

 

『いいか、セナ。この走法には、一瞬だが独特のクセがある』

 

 事前に、『ロデオドライブ』、すなわち、『トライデントタックル』を仕掛けるタイミングを陸から教わっている。

 相手が仕掛けてくるその直前で、抜く。

 進清十郎の凄さはよく知っているつもりだ。たとえ一度抜けたとしてもすぐ切り返して追ってくるだろう。けど、『トライデントタックル』は、120%の超加速――だからこそ、切り返して追うのに、0.1秒、時間をロスしてしまう。

 その0.1秒が、光速の世界では致命傷。迫ってきても、同じ速度域、その差を縮めるには至らない。それがセナの見出した勝機、セナだけが実行できる進清十郎の攻略法――!

 

 

「……!!」

 

 上体が僅かに揺れた――グースステップの兆候。

 何度となく視てきたその次の瞬間に――――来る……!

 

 

 ――『デビルライトハリケーンA(アクセル)』!!

 

 

 右のスピンムーブを繰り出すように捻られた上半身、下半身はその逆を廻る。捻じれたゴムの反動で回転力が増すように、解き離れたその瞬間に全身の回転速度は120%に超加速する。

 脚だけでなく全身を振り絞ることでアイシールド21の回転(スピン)は光速を超える。暴風じみた走法は、あまりの速さに、狡猾なる恐竜(マルコ)でさえ行方を見失った。

 

 

 ――『トライデントタックル』!!

 

 

 槍は、捉えている。

 この嵐の走法を見切っている。

 

 

 決着は、瞬きの間に。

 騎士(しん)が放った雷霆(タックル)が、悪魔(セナ)の羽ばたきが起こした竜巻(カット)を貫き、霧散させた(しとめた)

 

 

 『デビルライトハリケーンA』が見破られてる……!?

 

 それだけではない。セナの予想を上回るほどに速い。

 最後の一歩の超加速、けれど、こちらもそれは同じはず。

 ならば、同じ速度域のはずで、しかし、三叉槍の突きは、確かにこちらより速かった。逃げ切れなかった。

 光速の世界の最中、アイシールド越しにそれは目に入った。進清十郎が、腕を突き出すその動作に大きく捻ることを加えていたのを。

 

(これは、長門君の『十文字槍タックル廻』と同じ……!?)

 

「そうだ。光速の世界に到達しても、同じ領域に踏み入ったに過ぎない。お前を捕らえるために、ほんの刹那でも更なる加速をする術を欲した。だから、俺よりも腕の扱いが巧み(うえ)な長門村正の技術を取り入れることで、『トライデントタックル』を全身全速で繰り出すよう磨き上げた」

 

 人間の限界値4秒2の脚による突撃だけでなく、槍の一突き(ハンドスピード)まで加速させる。

 長門村正は進清十郎の技を盗み、己がモノとした――ならば、その逆が禁じられているわけではない。

 進化する怪物は貪欲であり、それが己の成長に繋がるのであれば、強敵手の必殺技だろうと躊躇なく取り入れる。

 

 突き出された槍の側面を盾にした腕を(デビルスタンガンで)擦りながらも紙一重で滑らせるように、回転(スピン)が廻るはずだった。

 だが、その未来予想図の幻像を三叉槍の刺突は突き抜けた。

 

 

「勝負あった。俺の勝ちだ、アイシールド21……!!」

 

 

 そして、掠りもしないスピードには、いかなるパワーも通用しないが、掠る程度でもその三叉槍は敵を仕留めるに足る威力があった。

 

 

『止めたァアアアアア! 『トライデントタックル』炸裂ー!!!

 進清十郎、今ここに、高校最速の王座へ君臨だー!!』

 

 

 ~~~

 

 

「ばっはっは! 見たか泥門!! 桜庭の高さと進の速さ、王城最強タッグは完全無欠よ!」

「低くなってきました大田原さん」

 

 大田原が、右手で進を、左手で桜庭の肩をばっしばっしと叩きながら高らかに吼える(叩くたびに高さが武器の桜庭の長身がグラウンドに埋まりつつあるが)。

 実際、その発言に誇張はない。

 桜庭がディフェンスに加わった準決勝後半戦、全国でもトップクラスの火力を誇った西部ワイルドガンマンズを封殺しているのだから。

 

 

(セナの走りは、完璧だった。だが……)

 

 今のたった一度のプレイで、長門は分かった。

 研究してきたのは、長門自身の『十文字槍・廻』だけではないだろう。

 白秋戦で、マルコ相手に披露した、たった一度のプレイ。

 それから研究し尽くされてしまったのだ。小早川セナ(アイシールド21)が、進清十郎を抜き去るために昇華させたとっておきの必殺ランは、試合前からすでに、進清十郎に見切られていたのだ。

 

(いや……だが、何だこの悪寒は。まだ、“この程度では済まない”とでも警告するような予感は一体……)

 

 兎にも角にも、泥門デビルバッツが誇るパスとランの特攻隊長(エース)二人のプレイは、難攻不落の鉄壁を築く王城ホワイトナイツの二人の英雄(エース)にしてやられた。

 進も、桜庭も、セナとモン太を侮りはせず、得難い宿敵(ライバル)と認め、対策を積んできている。

 セナも、モン太もそれを改めて、身を以って知ったことだろう。

 ――だが、“この程度で済まない”はこちらも同じ。

 

 

「ボケッと見てんじゃねぇこの糞チビ共!」

 

 

 各々が挑むべき難敵に怯みかけていたところを発破かけるよう、セナとモン太の脳天にヘルメットを叩きこむのは我らが悪魔の司令塔。

 この先輩の頭の中は、可能と不可能は、きっちりと線引きがされている。

 つまりは、そこに見るからに邪悪な面相が浮かんでいるのなら、勝ち目は零ではなく。

 試合序盤で打ちひしがれてる暇など、ヒル魔妖一は与えない。

 

「ケケケ、問題ねぇよ。今の2回のプレイで()()()

 

 発破をかけようとした悪魔の指揮官へ、思わぬ進言がされたのはその時だった。

 

「ヒル魔さん、その……」

 

 

 ~~~

 

 

「雷門太郎しかり、小早川セナしかり、泥門の選手は、1人を除いて、皆凡才だ」

 

 観客席より、そう評するのは神龍寺の雲水。

 

「総合力で見れば、一休と阿含の方が上だ。だが……一点集中させた各々の得意技――その土俵に戦術的に引きずり込むことで格上の相手とも渡り合ってきた」

 

 故に、その土俵で勝てなかった意味は、大きい。

 どう足掻いても勝てないと思い知らせてくる天才というのは、最悪、こちらの戦意を根こそぎ挫いてくる。

 それを誰よりも凡才だと自認する雲水は知っているのだ。

 

 

 ~~~

 

 

「SET! ――HUT! ――HUT!」

 

 突貫する肉弾戦車(くりた)、追随する巨大矢(ながと)

 鉄壁城砦を爆破させたようにこじ開けたその隙間を、駆け抜けるアイシールド21。

 

 

『泥門、再び『巨大弓』による中央突破だーー!!』

 

 

 鉄壁の王城ラインを突破、後詰のラインバッカーも快刀乱麻と蹴散らし、十二分に走路は確保できている。

 この刹那、視界一面に走り抜ける光り輝く道筋(デイライト)は無数にあった。

 

 

 ――だけど、進清十郎との一対一が待ち受けていた。

 

 

 そうなるように誘導されていた。

 躱せない。逃げられない。この男を倒さ(ぬか)なければ前へは行けない。

 

 

 ~~~

 

 

 進さん……っ!

 

 対峙しただけで強張る。

 両肩に岩でも乗せられたかのような威圧感で、空気の重さが増した。先程、見事に仕留められたせいか、さらに酷くなっているような気すらある。

 

 準決勝で対決した、一部の隙もなかったマルコ君。

 それ以上だ。

 強引になど、絶対に躱せない。

 長槍の突きのように、一気に肉薄し、確実に隙を刺してくる。進さんの正確無比なタックル。

 

『進清十郎は、セナの走りを研究してきている。二度、同じ走りが通用する可能性は低いだろうな』

 

 長門君の分析は、きっと正しい。

 『デビルライトハリケーンA』は、白秋戦で一度見せたけれど、それだけでも進さんは見切ってきていた。

 それでも、僕は言ったのだ。

 もう一度、ランで勝負さ(いか)せてください、と。

 

 

「やーー! セナーー!!」

 

 

 鈴音の応援(チア)が後押しとなったようなタイミングで、仕掛けた。

 

 ――ここ、だ……!

 槍の切っ先、照準が合わされたと危機感を覚えた、そのタイミングに、踏み込む。

 さっきの『デビルライトハリケーンA』ではそこから反対側へ切り返す――僅かな(ため)を見せてしまうその一歩から、仕掛ける。

 

『猛がセナよりも多くゴースト(フェイント)を刻めるのは自分の走りに振り回されないだけの安定したボディバランスがあるからだ』

 

 あの関西代表との試合で、本物のアイシールド21(やまとたける)の走りは、脚だけでなく、全身で走ることを意識するきっかけとなった。

 既に人間の限界値にまで鍛え抜かれていた脚力よりも、ずっと伸びしろがあっただろう。

 その甲斐もあって、『デビルバットハリケーン』を『デビルライトハリケーンA』へと進化させられている。

 

 でも。

 まだ。

 

 進さんは、この走りでは抜けないかもしれない、なんて考えが根底にあったからこそ、そう、準決勝戦で見せられた『光速トライデントタックル』がその認識を強めたからこそ、満足なんてしなかった。

 

 ここだ……!

 

 前動作の踏み込みから、走路(レール)を切り替えた。一直線に向かってきた走りが、急変した。

 

 相手ディフェンスへ真っ直ぐ向かって走り、間合いに踏み込む瞬間に切れ込むと見せて、急に進路を変え、外に大きく回り込んでスピードで相手を躱すテクニック『スワープ』。

 走りの師である、甲斐谷陸が見つけ出した必殺ランだ。

 それを、スピンムーブをこなしながら、決める。

 

 

 ――『デビルライトハリケーンD(ドリフト)』!!

 

 

 スピードに乗っていればいるほど体が振り回されかねない走りだが、崩れない。この無茶が通る。地道にボディバランスを鍛えてきたからこそ成せる走法。

 前方への促進力(ベクトル)を瞬間的に回転力に変換しているため、全体としてのスピードを落とさずに行える。

 そう、光速の世界(4秒2)のままに――

 

 触れもしないスピード、それが僕たちの武器なんだ……!

 

 小早川セナの走りと、甲斐谷陸の走りの融合。

 『デビルライトハリケーンA(アクセル)』をフェイントに陸から(まな)んだ『スワープ』で躱す、『デビルライトハリケーンD(ドリフト)』。

 二つの竜巻と化したゴースト(フェイント)を見せつける必殺ランは、相手に刹那の駆け引きを突き付ける。

 

 

 ~~~

 

 

 進は、目を瞠った。

 

 小早川セナ(アイシールド21)の疾走。

 A(アクセル)の印象があるからこそ、D(ドリフト)を見逃す。

 逆にD(ドリフト)を警戒すれば、見極めに時間を要してA(アクセル)に対応が出遅れてしまうだろう。

 そして、光速の世界は僅かな(0.1秒の)遅滞(まよい)があれば置いてかれる。

 速度だけでない、虚実の二択を迫る駆け引きも計上された、必殺ランとしてより高度に洗練されている。

 

 見事だ。

 称賛のできる走りだ。

 初見で対応するのは至難。

 ()()()()()()()()、抜かされていたやもしれない。

 

 これほど、とは……

 

 ドクン、と鼓動が鳴る。

 百の鍛錬では得られない、強敵手との一戦。

 驚くほど短時間で感覚が鋭く錬磨されていくのがわかる。

 普段はセーブしていた感覚がこじ開けられ、絞り尽される。強敵と争うこの一瞬に、自己の全てが解放される感覚。

 ギリギリの勝負というものが、どれほど人の実力を伸ばすのか、理解する。

 

 

 ――見える。透き通って見える。

 

 

 進清十郎は、骨格と筋肉で人を識別できる。透視能力でもあるみたいに、骨格や筋肉の状態が服の上からでも見て取れ、また筋肉の質から覆面選手(アイシールド21)の正体を一目で看破し得た。

 弛まぬ鍛錬をしてきた、肉体の動きを意識してきたからこそ得られた副産物のようなものだった。

 それが今、集中がより深い段階に入った眼力は、一切の不純を許さず、支配する領域をクリアに映していた。

 

 一流のランナーが光り輝く道筋を視るように、防具すら透過して相手の肉体の動き、そのすべてが見える。

 そして、それからその次の行動を予見することも可能であった。

 

 力の限りもがいて苦しんだからこそ辿り着いた領域(ゾーン)だった。

 

 全身で理解できる感度が格段に向上。敵味方の配置、視界から行動予測。

 これまで蓄積した全能力が、限界値に達してこそ視える世界に進の意識はあった。

 

 

 小早川セナ。

 生まれて初めて見る光速の走り。

 お前を倒すための、何十年のように長い半年だった。

 この永きに渡る闘いの全てに、今こそ決着をつけよう……!!

 

 

 二つの暴風と化した幽霊(ゴースト)を魅せるアイシールド21の走り。

 観客席からはその二つの竜巻に進の姿が飲まれたように見えたのかもしれない。

 

「え――」

 

 しかし、この眼を前に、そのような虚飾(ゴースト)は剝がれて消え去る。

 透き通る世界には、ただひとつ。己が全速で討つべき相手のみがある。

 

 

 ~~~

 

 

「かっ……あ゛……!!」

 

 呼吸ができなくなるほどの強烈な刺突《タックル》に、吹っ飛ばされた小柄な身体はフィールドを転々とする。

 

 

 ~~~

 

 

 まるで――敵わ――ない……

 

 僕の――たった一つの得意技。

 ずっとパシられて鍛えてきたすばしっこさ。

 それだけが取り柄だったのに。

 その『スピード』が、通用しない……!

 

 

《  ……  》

 

 

 仰向けに、東京ドームの天井を見上げるしかないその視界に、入り込んだ。

 

 

 《  ……こんなものなのか? お前の力は  》

 

 

 昔の、ううん、今だってビビりが治らない僕の目を、見下ろす、その目に、決して見下しの色なんてなく。

 進さんは、真正面から僕を認めて、真っ向から勝負を挑んできてくれるはずで。

 なのに、こんな幻聴がヘルメットの中を反響する。

 

 

 《  俺が最強の強敵手(ライバル)のひとりと認めた男は、こんな程度で終わる男だったのか?  》

 

 

 震えが、走った。

 臆した。臆してしまったけど、だけど、そんなんじゃない。

 彼の一瞥に、僕が恐れたのはそれじゃあない。

 

 

 『決勝で待つ』とそういって、その約束を果たしてくれたのに。

 

 『勝つんだ、進さんに――!』って、そう目標を立てたはずなのに。

 

 今、目の前が真っ暗になったように、それが叶うイメージが砕けてしまった。

 

 

「セナ……?」

 

 

 いつまでも立ち上がらない僕を助け起こしにきたのか、モン太が声をかける。

 けど、それに言葉を返す余裕なんてない。

 胸の奥からこみあげてくるものがいっぱいに占めて、声を発することもままならない。

 それでも抑えきれない情動は口以外から溢れていた。

 

「何だお前、泣いてんのか……?」

 

 モン太の指摘は、正しかった。

 僕の目には、確かに涙が流れている。

 だけど、これはそうじゃない。

 

「……違うよ。泣いてるんじゃない」

 

 万年ビビりの僕は、恐怖に涙目になることは多々あった。

 だけど、違う。違うんだ。

 僕は、今、泣いているんじゃない。

 怖くて怖くて、震えているんじゃない。

 

「どうすればいいか、わからなくなったんだ」

 

 そう、落胆、させてしまうのが怖いのだ。

 がっかりさせてしまうのが、どうしてもいやだったのだ。

 進さんは、僕を強敵手だと言ってくれた。認めてくれた。

 だから、世代最強ランナー(アイシールド21)なんて、今でも恐れ多いこの称号、進さんの前ではこれを名乗るに恥じない在り方でいたかった。

 なのに、このままだと、その期待を裏切ってしまう。

 

「それが、悔しくて、悔しくて……!!」

 

 

「………」

 

 モン太は思う。

 セナにとって、『スピード』は武器だ。自分にとっての『キャッチ』と同じ。

 自信が、あったはずだ。

 

 進清十郎との対決。

 他に邪魔の入らない、全力MAXで走れるチャンスだった。

 それでも抜けなかった。勝てなかった。

 

 圧倒的な相手というのは、対峙しただけでわかっちまうことがある。その存在がデカければデカいほど衝撃が大きい。戦う前から自信がへし折れちまうことだってあるだろう。

 アメフトをやってる今だって憧れてる本庄選手、その二世(むすこ)――本庄鷹のことを知った時、全部、『キャッチ』も含めて全部に負けてるって思った時、それは今のセナと同じように、とても、とてもとても悔しさMAXでたまらなかった。

 つまりは、この猿頭でもわかるくらいにセナは――

 

 

 ~~~

 

 

「泣いてんじゃねーか!」

 

「そそそうね」

 

「悔し涙じゃねーか!」

 

「そうとも言うね」

 

 黒木からも同意(ツッコミ)されて、無性に恥ずかしくなってきたセナはパパッと立ち上がり、悔し涙を拭った。

 だけど、その足取りは重いままで……

 

 

「起き上がれたんなら、早く来い。じゃないと、銃弾が飛んでくるぞ」

 

 

 ~~~

 

 

 進清十郎。

 なるほど、世間の評は正しい。

 『進化する天才』は、この試合の最中で早速、選手として、一段上の高みへ行ったのだ。

 これまでの試合記録など、過去のものとしてしまうほどに、進化していた。

 生中な小細工など、通用しないだろう。

 

 そのことは、対峙したセナが誰よりも痛感したはずだ。

 進清十郎という壁に、絶望しかけるほどに。

 

「長門、君……」

 

 未だに目の奥が揺らいでいるセナは、長門の姿を目にしただけで、びくりと跳ねた。

 

「ご、ごめん!」

 

「? なぜ謝る」

 

「折角、リードブロックして、道を切り開いてくれたのに、全然かなわなくて……」

 

 頭を下げるセナ。まるで俯くように。

 立ち上がれても、立ち直れてはいない。

 この決勝戦のために、自分の走りを追及して、通用すると自信がついてきただけに、落差のついた敗北感(ショック)は大きい。

 そして、モン太たちチームメイトや『走りたい』と進言した自分の意思を支持してくれた先輩たち、それに特訓に付き合ってくれた、信念を共有する幼馴染、彼らからの期待があった分だけ責任が重い、と感じてしまうだろう。

 それでも、長門は突きつける。

 ここで、あの相手を前にして、優しくするだけの余裕はないと知るだけに、容赦なく。

 

「セナとの対決がきっかけで、殻を破ったのだろうな。進清十郎は、成長した。

 ――これまでのセナの走りでは、とても抜けるイメージが湧かないほどに」

 

「っ……」

 

「だから、セナ、ここからは俺の前を出るな」

 

「おい長門! いくら何でもそりゃ言い過ぎんだろ!」

 

 黙ってられないとばかりにモン太が口をはさんできた。

 エースランニングバックに、お前の走りじゃ通用しないから引っ込んでいろ、とともとれる発言だ。チームに不和を招きかねないもので、すぐ訂正を求めるのも当然か。事実、長門もそれを否定する気はなかった。

 長門はモン太を睨みつけて、口を閉ざさせてから、続ける。

 

「少しでも目を離せば俯いてしまいそうなヤツにボールを運ばせるわけにはいかんだろう。それならば、俺自身がボールキャリアーとなった方がまだ勝算がある」

 

「ぼ、僕は……」

 

 セナの声が掠れる。

 まるで崖っぷちに立たされたかのように、切羽詰まった表情をより色濃くする。もはや誰の目からも隠し通すことなどできないくらいに露わとなった。

 

「安心しろ、セナ。俺の背中にいる限り、セナの身の安全は確保できる。

 まあ、進清十郎との対決は俺が引き受ける(うばう)ことになるだろうがな」

 

 優しい声音で、後半は嘲りを隠し味程度に匂わせて、そう提案する長門に、はっと顔を上げるセナ。

 

「そ、それは!」

 

「なんだ? 文句でもあるのか、セナ」

 

「っ、それ、だけは……!」

 

 言って、長門を見返す。睨むように。

 遠慮するのが当然とばかりに習慣づいている臆病者(セナ)が、びくつきながらも、目を逸らさず。

 

 譲れない、と。

 言外にその意を込めて。

 

「イヤ、だ。僕は、走る……戦い(はしり)たい……勝ち(はしり)たいんだ……!」|

 

 いや、裡に堪えきれないとばかりに言葉を漏らした。

 言ってしまった。

 胸が、鳴る。

 心臓が、跳ねる。

 とても冷静じゃなかった。頭の中では後悔ばかりが先走っている。それでも、身体は勝手に、吐いた弁が出戻りするのを拒否するかのように、ギュッと唇を噛んで閉口する。撤回はしないとの意思表示だけがある。

 

 真っ直ぐにそれを受け止めた長門は肩を落として嘆息し、合格だ、と笑みを浮かべた。

 掌返したような態度に呆気取られるセナへ、長門は語る。

 

「『フィールドでプレーする誰もが必ず一度や二度屈辱を味わう。打ちのめされたことのない選手など存在しない。

 ただ一流の選手はあらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうとするだろう。

 並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い。

 そして、敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである』

 と以前にセナに話したことがあったが、テキサス大フットボールコーチ、ダレル・ロイヤル氏の言葉、覚えているかセナ」

 

「う、うん」

 

 セナは頷く。

 春大会の後……王城戦で負けた後、まだ選手と主務を迷っていた自分が、ただ我武者羅に、雨の中でも構わず練習(ラダー)を始めたセナへ、同じく雨に濡れていた長門は声をかけた。

 今のように、打ちひしがれ、涙をこぼしていた自分へ。

 あの時に抱いた初心を掘り起こさせる言葉に繋げて、長門は言う。己の哲学を。

 

「目的を達成しようとするとき往々にして物事は予定通りにはいかないものだ。教科書に書かれている内容は机上の正解ではあるが、戦場の現実の前ではただの空論に過ぎない。

 それで、予定していた作戦が、台無しになった時、凡人はパニックになり、失敗の原因を探して右往左往とすることに時間を費やす。――それは、敗者の思考だ」

 

 勝者は、切り替える。

 

「勝つ為に特訓してきた努力がふいになろうが、固執はするな。それが思い通りの道筋でなかろうとも、目的さえ見失わなければ辿り着ける。

 いいか、セナ。

 進清十郎を相手するには、一流の選手でなければ困る。

 だが、それ以上の結果を求めるのなら、勝ちたいのなら、切り替えろ」

 

 長門の言葉に、ただただ頷くセナ。

 上下するヘルメット、付属するアイシールド面に突き付けるように指を当てて、長門は更に迫ってきた。

 

 

「俺に続いて唱えろ、セナ! 『勝つのは、俺だ』!」

「か、『勝つのは、俺だ』!」

 

 

 勢いのままに復唱を要求する、軍隊方式なやり方であっても、言質を取った長門は笑みを細めて、

 

「よし、宣言したな。

 宣言した以上は、セナ、一分一秒とて思考停止は許されないと思え。

 どうすれば進清十郎に勝てるかを自問自答し続け、そのための行動を常に心がけ、今度こそ勝てる作戦を再考しろ。

 進清十郎が成長したのならば、お前もこの戦いの中で進化するしかない」

 

 

 ~~~

 

 

「ええええええっ!?!?」

 

 なんて無茶な要求。

 強引に迫って言わせておいて、なんて理不尽なんだろうか。

 

 

「勝利MAXは、俺だーー!!」

「はっ、言われるまでもねぇよ! 勝つのは俺だ!」

「パーフェクトプレイヤーだろうが、負けっ放しは趣味じゃねぇ! 勝つために俺らも全部ぶつけんぞ!」

「勝ちに行くのは当然だろうが! 誰が相手だろうが突っ込むぜ、俺は!」

「ふごごーー!」

「アハーハー! 勝つのはボクだよ!」

 

 

 ああ、なんて嘆く時間なんてすぐ吹っ飛ばされる。

 モン太だけではない。心配して、いつの間にか駆け寄ってくれたみんなも同じようになんかノリノリでその決め文句を吼えていた。

 

「……お前らにまで、アイツのセリフを復唱要求したつもりはなかったんだがな……」

 

 長門君は、なんかやらかしてしまったとでもいうような感じで頭を押さえていたけど。

 

 だけど、おかげで、すっきりはした。

 結局のところ、それは正しく、そうしなければ、自分の目的は叶わないのだとわかったから。

 

 

「うん……勝つのは、僕だ」

 

 

 セナはもう一度、今度は自分の言葉で唱える。

 断固たる誓いの文句を。

 

 そして、泥門一年生全員が前を向いたところで、それらを率いる長門村正は促す。

 

 

「さあ、四回目の攻撃権(オフェンス)だ。――勝ちに行くぞ」

 

 

 ~~~

 

 

「いいのか、あれで」

 

「ああ」

 

 どうやら糞カタナ(ながと)の発破が効きすぎたようだ。

 相手に縮こまっちまうより何百倍もマシだが、一年共(+糞デブ(くりた))が掛かっちまっている。全員『俺が俺が』とこちらの目を覆いたくなるくらいあからさまにエゴが出ちまってる。

 頭に血が昇って、冷静さを失いかけてる、といった具合だ。

 次を失敗すれば、王城に攻撃権が渡っちまうという場面、強気になるのも大事だが、状況判断まで忘れては頭が痛い。失敗して相手に攻撃権が渡ってしまうリスクまで考慮に入れて、この四回目の作戦(プレイ)を決めるべきなのだ。

 そのあたりを危惧した糞ジジイ(ムサシ)が確認を取ってきたが、それはそれで構わないと判断した。

 どうせここで引くつもりなどないのだから。

 このボールを蹴り飛ばすことしか能のない糞ジジイは、相手ゴールラインギリギリにパントキックなんて器用な真似なんて苦手であるし、泥門デビルバッツの作戦は、大体が一か八かのギャンブルだ。

 それに、まだ手札(さく)もある。

 

「ケケケ、理屈に合わねぇ事が理屈になる。そういう時もあるってこった」

 

 ヒル魔妖一は諫めるようなことはしなかった。

 

「それに向こうもさっそく慣れねぇ挑発をしてきやがってるしな」

 

 こちらの宣告――宣戦布告はあちらにも届いていたようで、無言ながらも視線に帯びる圧の気配が増している。

 

「糞カタナ、糞ガキ共に火を点けた責任として、『妖刀(テメー)』をこき使っ(ぬい)てやるから、ブチ殺してこい……!!」


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