悪魔の妖刀   作:背番号88

46 / 55
閑話‐3

「ふんぬらばーーっ!!」

 

 二人がかりの障害など、軽く圧倒するパワー。

 麻黄中デビルバッツがオフェンスに多用する常套手段。

 それは、パスプレイではない。

 二人がかりでも圧倒する重戦士・栗田良寛が突破口を強引に開く『爆破(ブラスト)』。

 

「小細工なしの中央突破か!」

 

 それでも、止める!

 壁二枚をこじ開けた栗田へ、長門がぶつかる。

 腕力も体重も長門よりも上。真ん中の密集地帯なら無敵の重戦士を倒すなど容易ではない。

 しかし、長門は知っている。そして、戦ってきた。“絶対に倒れないこと”を課した心身屈強なライバルと。

 

「おおおおおおお!」

 

 全速力からのぶちかまし。二枚の壁を破った直後の栗田を、ぐらつかせる程の威力。

 巨漢の胸元を押し上げる両腕が、メギィ、と唸るように軋み上げ、メリメリ、と地面を噛む脚の脹脛が膨れ上がる。

 初撃で重心を崩したところで、全身全霊で押し退ける。

 

「え……?」

 

 一瞬の浮遊感。ほんの0.1秒のことだが、栗田の足先が地面を離れた。

 ここしばらく米軍人を相手にぶつかってきた。その中には当然中学生の自分よりも屈強な相手がいたし、倒されもした。でも、自分よりも年下に押し退けられたのは、初めての経験だった。

 衝撃的な出来事だったが、呆けてる場合ではない。何故ならば、自分の後ろには護らなければならない存在がいる――

 

「糞デブをやりやがるとは、まァだ元気有り余ってやがんのか!!」

 

 最強の壁を破られたヒル魔。自身に長門村正を躱す術も力もない。逃げられない。だったら、逃げない。

 

「!!」

 

 その長身を前倒しにして最後の一歩で超加速する長門のタックルに、ヒル魔はなすすべもなく捕まり、倒された。直前の栗田相手で勢い削がれているが、それでもヒル魔の身体を軽く吹っ飛ばす。

 しかし、ヒル魔は、ボールを落とさなかった。直前まで長門に迫られたその時、ヒル魔は自分の身でなく、ボールを最優先で守った。全身を捨ててでも、ボールを奪われないと両腕で抱え込んだのだ。

 反射的な防衛本能を捻じ伏せるだけの精神力と覚悟がなければできない真似だ。

 まともな受け身が取れず、地面に叩きつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まってしまい、ガハゴホ、と咳き込むヒル魔だが、長門へ向ける眼光は衰えず。

 

 俺からボールを奪いたきゃ、もっと殺す気でやるんだな糞カタナ。

 

 どこまでも強気に、睨む。

 そして、この姿勢に、共鳴するかのように、2人の気迫も猛る。

 

 

 ~~~

 

 

『覚悟しときやがれ糞デブ。

 死んでも全国大会決勝に行く。

 途中で半端な真似しやがったら、ブチ殺すぞ……!』

 

 初めてヒル魔とアメフトをした米軍人との試合の後、ヒル魔と誓った。

 それは僕にとって何よりも大事なものだ。彼をどんな相手からだって守り切ってみせるとその時決めたんだ。

 

『味方を背負って一番前に立つ! それが(ライン)魂だぜ栗田!』

 

 尊敬する先輩・鬼兵がこの身に叩き込むように背中で示してくれた真の壁漢(ラインマン)の在り方。

 大事な仲間を護る為に、身体を張って戦う。倒されれば、後衛が危ない。だから、負けられない。負けちゃいけないんだ。

 

「ようやく火が点きやがったな栗田」

 

 武蔵は見た。その顔つきが変わったのを。

 その温厚な男は、スイッチが切り替わった途端、蒸気のような熱いオーラを放つ壁に激変する。

 

「あづぁああぁ!?」

 

 もはや壁二枚では止められない肉弾戦車。

 触れれば火傷するほどの沸騰した重圧は、見ただけで助っ人たちをビクゥ! と怯ませたほど。

 その熱気を真っ向から受けても竦まず、立ち向かうものが、ひとり。

 

 長門君!

 

 栗田は油断しない。そして躊躇わない。

 彼を怪我させたくない、と捨てきれなかった“優しさ”が隙となり、栗田は破れた。結果、それはヒル魔を倒された。

 そんな甘さを抱え込んでいては、護るべき者を護れない。障害であるならば、この(かいな)で掃わなければならない。

 

 先程、受けに回った栗田だったが、今度は自ら長門に迫る。

 

「それでも、あなたは甘いっ!!」

 

 ヒル魔妖一(ボールキャリアー)を視界から遮る巨体。ヒル魔を倒すには、この壁を除かなければならない。

 先程、自分にやられたように全身全霊でぶつかってくる栗田を前に、長門は手を伸ばす。

 ユニフォームの裾を掴まえながら、斜めに踏み込む。前傾した姿勢から相手の突出を予測し、その勢いを利用して崩しに行く、相手のパワーを御すテクニック『不良殺法(ブル&シャーク)』。

 

「ふぅぅぅううぬん!!」

 

 なに……!?

 長門の『不良殺法』は決まったはずなのに、栗田を倒し切れない。

 

 この技、鬼兵さんにやられたのと同じだ!

 

 業師に敗北した経験値が、栗田を踏み堪えさせた。

 力で上回っていようが、技で自分の力を制してくる相手は、初めてじゃない。

 不器用な自分にはない巧みなテクニックには感嘆するけど、それでも易々と倒されるわけにはいかない。自分がやられれば、またヒル魔がやられるのだから!

 

「らばあああああっ!!」

 

 長門は、自身の見込みが甘かったことを悟る。

 パワーがあるが、スピードがない。けれど、それはスピードがない分だけ重心が据わっているということ。そんな山のような安定感を崩すには、小手先の技では不足。

 

「ちっ!」

 

 それでも、崩した。

 そんな崩れた姿勢で我武者羅に振るわれた栗田の腕が、長門を突き飛ばす。

 躱し切れず、それでも倒れることは許さない。脚が地面を()み締め、堪え、そのジャイロセンサーでも搭載されてるかのような不屈の体幹が体勢を立て直す。

 

 

「赤チーム! 連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!」

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔の独走は阻止した。

 それでもボールを奪えず、着実に前進される。ランが来るとわかっていても、栗田の中央突破を止め切ることができないのだ。

 しかし、時間がかかる作戦だ。

 これがリードを奪えている状況であれば、問題ないが、この調子で攻めては確実に赤チームは時間が足らなくなる。

 

 

「テメェの出番だ、糞ジジイ!」

 

「33ヤードか。まぁ、入らねぇ距離じゃねぇな」

 

 

 麻黄デビルバッツの点取りパターン。

 それは、『爆破』で少しずつ前進して、ゴールまで近づけるところまでゴリ押しして――最後は、長距離砲(マグナム)・武蔵厳がぶっ放す大砲キックで仕上げる。

 

 

 ~~~

 

 

 栗田良寛の後ろでヒル魔妖一が膝をつき、キックティーを置く。そして、その奥には助走距離を取るキッカーの武蔵厳。

 フィールドゴールキックで決めに行くつもりだ。

 

 この距離ならば、届く!

 

 これまでの武蔵厳のキック飛距離を見れば、射程圏内だというのは長門もわかっている。

 コントロールこそ怪しいが、あのキック力はこの長距離を決められる可能性がある。

 

 ならば、キックそのものを撃たせない。

 

 長門村正のパワーボディ、スピード、跳躍力、高身長……これらの要素すべてが、キックを叩き潰すのに適している。

 栗田でさえ阻止し切れない長門の突進を、固定されたボールを蹴りに行くキッカーは逃げることはできない。

 

(最短距離で迫るには栗田良寛が立ちはだかるが、完全に弾かなくても構わない)

 

 特に長距離キックは、相手に急接近されるだけでも微妙に狂うもの。自身を潰しに来る相手選手のプレッシャーに、キッカーの足先はぶれてしまうのだ。

 キック力はあっても、キックコントロールのないノーコンキッカーならば、ゴールまでの視界を手のひらで遮るだけでも十分。

 

 

 ~~~

 

 

「――3秒だ。大変だろうが頼む、栗田。長門を3秒足止めしてくれ」

「うん、わかった! だから、ムサシも」

「ああ。俺がキックで風穴を開けてやる……!」

 

 

 ゴールには遠い。

 ゴールラインまで33ヤード。ポールまでとキックティーまでの距離足して、50ヤード程のキック。

 正直に言えば、五分五分。

 それでもここまで近づけたのは、栗田の奮闘と、ヒル魔の捨て身のおかげだ。

 長門に何度となく叩き潰されても、決してボールは手放さなかったヒル魔が、1ヤードでも前へとボールを運んだ。

 これを外せば、長門と真っ向から挑んだ二人のプレイが不意になっちまう。

 必ず、決める。

 

 

「おおおおおおお!」

 

 

 栗田がボールをスナップすると同時、迫る長門。

 ボールをセットするヒル魔、そこへ駆け出す武蔵。

 大声だけで恐怖させる威圧感を発しながら、長門がキッカーを潰しに来る。

 それはさせないとチームの守護神たるセンターの栗田が身を呈して阻む。

 それでも止まらない。

 ラインを突破する長門。

 既にボールへ足を振りかぶった武蔵。

 発射阻止は叶わないと覚る長門は、跳躍。キックボールを弾かんと手を伸ばす。

 武蔵が蹴ったボールは、長門の指先に当たり――

 

 

「ブチ破りやがれ!!」

 

 

 バゴンッッ!!!! と長門の手が弾かれた。

 なっ……!?

 前半、ヒル魔の投げるパスの一切を叩き落してきた長門だったが、当たったボールの感触はそれとはまるで違う。

 そう、ヒル魔のパスを銃弾にたとえるのならば、これは大砲だ。

 その威力は、長門の指先に掠られながらも、空を突き抜け――――ゴールポストまで届いた。

 

 

「Yaーー! Haーー! 見やがったか、糞カタナ! テメーの妨害なんざモノともしねぇ長距離砲! これが糞ジジイの『60ヤードマグナム』だ!」

 

 

 ったく、調子づいて勝手に後輩にホラ吹きやがって。

 60ヤードなんていくらなんでも無理だっつうのに。

 まぁ、いい。これで最初の失敗は挽回した。後輩に対し、少しは先輩らしい格好つけができただろう。

 

「やったねムサシ!」

「あぁ……。だが、まだ3点だ。勝つにはまだ仕事が残ってる」

 

 喜ぶ栗田に騒ぐヒル魔。そんな二人に倣うよう武蔵も笑みを長門へ向けた。

 

 

 ~~~

 

 

 素直に称賛するキックだった。

 あの長距離キックは、武蔵厳のキック力に、直前までプレッシャーをかけたのに微塵も揺るがなかった精神力があってのものだ。

 だが、個人で成立したものではない。

 渾身のキックを支える、ボールのスナップとボール立てもまた僅かの狂いも失敗につながる。

 3人の連携がなければ、このフィールドゴールは決まらなかった。

 

(……っ)

 

 キックに弾かれた手が痺れているが、長門は余韻を握り潰すよう無理やりに手のひらを閉じる。

 どうしてか。今のプレイに胸がざわついた。

 その原因が何なのかを自覚する前に、耳慣れてしまった哄笑が来た。

 

「ケケケ。そういや、完封にしやがるとかほざいてたっけなァ、糞カタナ。どうした、俺を黙らせるんじゃなかったのか?」

 

 ……はぁ、と溜息を吐く。

 こうも煽りに来なければ、こちらも相手の健闘を称えることくらいはしたというのに。挑発に余念のないヒル魔妖一のペースに乗るつもりはないとそっけなく長門は言い放つ。

 

「まだ19-3。調子づくには、まだ早いんじゃないか」

 

 

 ~~~

 

 そう、まだ十点以上の差がある。

 このリードを守り切れば、勝てるのだ。

 

 

「うおっ!? 眩しっ!?!?」

 

 

 助っ人たち素人集団にそんな手堅い試合運びができれば、の話だが。

 

 武蔵が天高く蹴り上げたボール。ちょうどその真下にいた助っ人は、最初、手を掲げ、キャッチ態勢を取った。

 だが、ボールが太陽の光の中に入った。見えなくなる。反射的に目を瞑ってしまい、防衛反応で掲げた手は頭部を守る。

 そして、ボールは落下地点にいる助っ人の手に弾かれた。

 

 まずい!

 

 こぼれ球が、黒チームのゴールラインを超えて、得点ゾーンへ転がっていく。

 楕円形のボールはバウンドが不規則で、長門から逃げるように離れていく。

 

 もし、黒チームに得点(エンド)ゾーンでボールを拾われればタッチダウン成立がしてしまう。

 そして、このままボールがフィールド外にこぼれ出てしまったら――

 

 

「ケケケ」

 

 

 転々とするボールを長門の視界から遮るのは、ヒル魔妖一。

 こぼれ球など無視して、長門の妨害に入った。

 

 そう来るか……!

 

 幸運にもボールは、ヒル魔に近い方へ転がっている。しかし、この程度の有利など長門ならば簡単に覆せる。高確率でボールを奪取しようとしたら、競り合いになる。そして、競り合いとなれば、ヒル魔は確実に負ける。

 

「だから、ボールなんざ無視だ。糞カタナを1秒足止めすりゃそれで十分なんだよ……!」

 

 舌打ちする。この男はつくづく嫌がらせに長けている。

 ヒル魔妖一のブロックなど鎧袖一触とばかりに破れる。だが、障害となり得なくても、ヒル魔はその身を呈して、こぼれ球(ボール)を長門から隠した。これではヒル魔の背後でボールが右左どちらへ行くのはわからない。長門はヒル魔を破った後に、ボールを探さなければならない。それが決定的なロスとなってしまう。

 長門を無視して、ボールの方へヒル魔が走っていれば、逡巡なくボールへ飛びつけただろうに。

 こんな予想できない偶然でありながら、瞬時に判断できる計算高さは、単純な能力値では測れない、計り知れないものだ。

 

 ヒル魔を駆け抜け様に斬り捨てるよう押し倒し、ボールの行方に目を走らせ、即座に飛びついた。

 が、伸ばした長門の手は届くことなく、ボールは得点ゾーンからフィールドの外へ出た。

 

 

「黒チーム、自殺点(セーフティー)!!」

 

 

 黒チームのこぼれ球が、ゴールラインを越えた状態でプレー停止となったため、黒チームの自殺点扱いとなり、赤チームに2点追加。

 さらに、赤チームボールでのスタートとなる。

 

 

 ~~~

 

 

 そして、赤チームの攻撃は、先程の繰り返し。

 センター栗田が先陣を切る中央突破で、少しずつ前進。そして、キッカー武蔵のフィールドゴールキックで点を取る。

 相手の狙いはあからさまであるのに、止めることができない。

 

 19-8。

 まだ、十点差はある。だが、長門は十点差あるものとは考えなくなった。

 気の弛みが自殺点の失態を招いた。大量のリードはチームに余裕を持たせるが、その余裕は油断ともなり得る。黒チームの助っ人らには後者に繋がった。キックボールのキャッチミスも適当な心構えだったからだ。

 

 キックボールは、確実に俺が捕る。

 

 長門は、最後方につく。ここからならば全体を把握できるし、こぼれ球があろうともフォローに間に合う。

 攻撃権を得た後は、点を奪い、この流れを断ち切る。

 

 

「ケケケ、糞カタナ。テメーにデビルバッツの戦術方針(ポリシー)を教えてやる。ブチ殺すか、ブチ殺されるか! 一か八かのギャンブルだ!」

 

 

 武蔵がボールを蹴り上げ――――ず、転がす。

 大砲キックを警戒していた黒チームは、虚を突かれた。

 

 『オンサイドキック』……!!!

 敵陣に蹴り飛ばすはずのキックオフを横に短く蹴って、相手が捕る前に自分たちでキックボールを強引に確保するプレイ。ただし、相手に捕られれば、自陣ゴール近くから攻撃を始められてしまう。一か八かのギャンブルだ。

 

「ボールを押さえろ! 上がれーっ!!」

 

 いち早くヒル魔の狙いに気付くが、一番奥にいたため、長門がボールを拾うには遠い。叱咤するが、空高くボールを打ち上げるものと思っていた黒チームの反応は鈍い。これでは早く前に行きたい長門には、助っ人たちは邪魔者でしかない。

 

「糞カタナが来る前に、死ぬ気でボール奪りに行きやがれ糞共!」

 

 対し、ヒル魔の恐喝で赤チームは必死にボールを追いに行く。

 黒チームもボールを拾おうとするが、栗田の突進に撥ね飛ばされ、イレギュラーバウンドするボールにヒル魔が飛びつく。

 

 

「赤チーム『オンサイドキック』成功! 赤チームボール!!」

 

 

 その後、攻撃権を獲得した赤チームは、フィールドゴールキックを成功させる。

 19-11。タッチダウン一本で追いつける点差まで迫った。

 

 

 ~~~

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息苦しい。

 前半、ヒル魔のパスに振り回され、後半、栗田と武蔵の相手で体力は削られている。

 それだけでは、ない。

 力はあるが鈍足のライン。

 キック力はあるが、ノーコンキッカー。

 頭の回転は速くても、身体能力に恵まれない司令塔。

 個々の能力は、欠点があるし、総合的には大したことがない。

 だが、この凸凹な三人が合致して、フィールドゴールキックを決める、その連携を直視する度に胸がざわつく。もはや無視できない。アレに自分はどうしようもなくイラついているのだと自覚する。

 そして、自身の(くろ)チームを見て、誰も頼れず、独りで戦うしかない現状に虚しささえ覚えてしまう。

 

「はっ……こんな無様で、アイツの前に立てるのか」

 

 決戦を誓ったライバルは独り、アメリカの、それも名門ノートルダム大付属でアメフトをしているというのに、アメフトを初めて一年足らずの助っ人頼みのチームに追い込まれる自分に苛立ちを覚える。

 

 俺は、勝つ。勝たなければならない。こんなところで負けるわけにはいかないんだ!

 

 

 ~~~

 

 

「さあって、もう一発『オンサイドキック』いくか!!」

 

 ヒル魔が高々と宣言する。

 フィールドの左側へと赤チームの面子を極端に寄らせるキックオフ陣形は、ヒル魔が予告した、左へと転がす『オンサイドキック』を予告させるもの。

 

 が、武蔵がボールを蹴る直前で、普通のキックオフ陣形に戻った。

 

 『オンサイドキック』の印象付けていたところで、大砲キックをぶちかます。普通ではないプレーだ。

 

「だが、アンタの手口はもうわかった」

 

 周囲が混乱する中で、ひとり、冷静に構えていた長門は、真っ直ぐに落下地点を目指し、ボールを確捕する。

 

 後半に入ってから、流れは向こうだ。それを一気にこちらに持ってくるには、点を取る。

 

 

「! 糞カタナ、狙ってやがる!」

 

 最奥のゴールを睨む眼光。

 

「糞野郎共! 糞カタナを止めに行け!」

 

 いち早く勘付いたヒル魔は、指示を飛ばす。

 初っ端に全員抜きを達成した長門ならば、やれる。 キックオフリターンタッチダウン。キックオフされたボールを、ゴールゾーンまで一気に運ぶビックプレイ。

 それをやられれば、こっちは終わりだ。残り時間からして、追いつくのがほぼ無理になる。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 動きが、鈍い。体が、重い。息が、苦しい。

 味方の援護は期待できない。3人抜き去ったが、ヒル魔はこちらの進行先を予測して助っ人たちを動かしている。不完全ながらも『ランフォース』を築いている。

 これ以上は、抜けない。だったら、強引にぶち抜く!

 

「怪我したくなければ、どけっ!!!!」

 

 目前の相手に鬼気迫る威圧と共に警告を飛ばす長門。

 一瞬、助っ人らの脳裏に大型バイクに撥ねられたように身体が吹き飛ばされるイメージが過った。

 でも、ダメだ。背後にはヒル魔。敵前逃亡なんて真似はできない。そんなことすれば後でどうなることか。

 結果、彼らは逃げることも迫ることもできず、案山子みたいに立ち呆ける。

 

「ひぃぃ~~~っ!?」

 

 ちっ! ぼさっと立ち竦みやがって!

 なんて無防備だ。こうなればこちらに当たってきてくれた方がマシだ。強引にぶち抜こうとすれば、彼らが危ない。

 “怪我をしたくない”、といった黒チームの面々。彼ら赤チームの助っ人だって同じだ。

 そんなアメフトをする“覚悟”のない連中に歯噛みした長門は、寸前で、ブレーキをかける。急転換。全速力の勢いを殺し、直角にカットした長門は大回りに助っ人を抜く――

 

 

「そこだ! ブッ潰せ糞デブ!」

「うおおおおお!!!」

 

 

 が、その先に、栗田がいた。パワーでは上回る相手が、曲がった直後の長門に体当たりをかました。

 緊急回避後で意識を割く余裕がなかった長門は栗田のぶちかましをまともに喰らい、大きく吹っ飛ばされた。

 

 

 ~~~

 

 

「あ……」

 

 長門君が、倒れた。

 自分と力勝負で真っ向から張り合える程の相手。だから、栗田は思い切りぶつかった。けど、その時の彼はこちらを意識してなくて、ほとんど不意打ちに決まってしまった。

 倒されて、動かない。

 すぐ溝六先生が駆け付け、様子を見てくれた。頭を打ってしまったか、気絶しているが、かろうじて意識があるようで、呻いている。おそらくしばらくすれば目を覚ますだろう。それまでは、ベンチで安静にさせておく。

 

「だ、大丈夫、長門君!? 先生、長門君は無事なんですか!?」

「落ち着け栗田。ちと意識を失ってるだけだ。防具も着込んでいるし、長門はこのくらいで壊れるタマじゃねぇよ」

「本当ですか! よかった……」

 

 ほっとする栗田へ、溝六は訊ねる。

 

「それで、試合はどうすんだ?」

「もちろん続行だ」

 

 答えたのは、ヒル魔だ。アメフトに負傷退場はままあることだ。だが、ひとりベンチに下がったところで、試合が終わるわけではない。

 

「で、でも、ヒル魔」

「余計なことを考えんじゃねェ糞デブ。俺達に情けなんざかける余裕はねェんだよ」

 

 そう、自分たちは負けている。ここまで追い詰めたのも素人らに足を引っ張られたり、幸運に助けられている部分が大きい。

 そんな相手に一片の情けをかければ、やられるのはこちらの方だ。

 ヒル魔からすれば、長門を戦闘不能にさせた栗田の活躍はよくやったと言えるもの。ただ、それは栗田の性分には合わない。

 

「でも……」

 

「勝ちたくねぇのか?」

「勝ちたいよ!」

 

 栗田とて、自分たちの“夢”を賭けたこの試合は負けられないものだってわかってる。

 

「だけど、長門君はまだ、全力でアメフトを楽しめてないんだ!」

 

 この試合は負けられない。けど、同時に楽しみだった。

 敵味方で別れるけど、すごい後輩と一緒にアメフトができるのだから。

 それなのに、彼は、ずっと苦しそうだった。

 

「わかるんだ。僕も一緒だから。長門君は、好きなんだ。大好きなんだ、アメフトが。なのに、楽しめていない。こんなんじゃダメだよ……! この前みたいに、またがっかりさせたくない! だって、皆でやるアメフトはすごく面白いはずなんだから……!!」

 

 入部を断られたとき、栗田は悲しくて、悔しくなった。

 初めての後輩に、あんな顔をさせてしまったことを。彼の中に、僅かにあった望み、期待に応えられなかった自分たちの不甲斐なさを。

 皆でやるアメフトを一人ぼっちでやる辛さを、誰よりも知っているはずなのに!

 栗田の訴えに、ヒル魔は黙って何も答えない。笑いもしない。

 

「『実力で、屈服させる』のが、この勝負の目的なんだろ? だったら、このまま勝ったところで意味がない」

 

 勝利にこだわるあまりに軽視してしまいそうな原点を、武蔵の言は振り返らせる。

 武蔵は、この二人とアメフトをやるのが面白いと思えたからこそ、デビルバッツに入ったのだ。

 頑固な俺を引き込んでおきながら、後輩ひとり納得させられないのか? という文句を懐かしみながら口にする。

 1対2となり、ヒル魔は舌打ちして、妥協案を告げる。

 

「……わかった、テメェら。だったら――」

 

 ・

 ・

 ・

 

 最後に、それでいいな、と視線を向ければ、栗田と武蔵は頷いた。

 

「こっちはテメェに容赦するつもりはねぇぞ。負けたくねぇなら、とっとと目覚めろ、糞カタナ」

 

 

 ~~~

 

 

『長門君、君は周りよりも力が強いからちゃんと手加減してあげないとダメだよ』

 

 アメフト(タッチフット)を始めたばかりの頃、練習相手の子を泣かせてしまった自分へ、指導役(コーチ)の大人が注意する。

 自分からすれば、十分、気を付けていたつもりだった。けど、自分が思ってる以上に、彼らの身体は弱かった。

 泣かせてしまった子へ謝るが、同時に窮屈だと感じてしまう。

 初めて見たあのアメフトの試合は、もっと全力でぶつかり合っていたのに、どうして我慢しなければならないのかと幼心に思っていた。

 

 でも、自分は一人ではなかった。

 

『村正、勝負だ!』

 

 自分の全力をぶつけても構わない相手。ライバルがいた。

 

『ああ、猛。今日は俺が勝つ!』

 

 アイツとなら、存分にアメフトができた。

 アイツの全力に受けて立てるのは自分だけで、自分の全力を叩き込めるのはアイツだけ。

 

 だから、思う。

 アイツがいなくなった日本で、自分はアメフトができるのだろうか。

 

 

 ~~~

 

 

「赤チーム『オンサイドキック』成功! 赤チームボール!!」

 

 

 目が、覚めた。

 ベンチに横たわっていた長門は上体を起こすと、寝起きの頭を軽く振る。それに、傍についていた溝六が気付く。

 

「目覚めたか、長門。栗田のぶちかましを食らって倒れちまったが、頭、ふらついたりしてねぇか?」

 

「はい……大丈夫です、心配をおかけしました、酒奇先生。それで試合は?」

 

「おう。お前さんが倒れてから、ヒル魔がタッチダウンを獲った。トライフォーポイントでもタッチダウンを取ったから、19-19の同点だな」

 

 戦況を聴き、時計を見て、ハッとした長門へ、『試合の時間も残りわずかだ』と溝六が教える。

 

 つまりは、次、点を取った方が勝ちだ。

 そして、今、『オンサイドキック』を成功させて、赤チームボール。

 

「さっきみたいに甘い真似をするようなら、負けちまうぞ」

 

 状況を理解した長門へ、しかと先の逡巡からの失態を見抜いていた溝六は宣告する。そして、願う。

 

「仲間ってのは、ヌルい馴れ合いでなれるモンじゃない。切磋琢磨して己をぶつけ合い出来るモノだと俺は思ってる。願わくば、長門もそうあってほしい」

 

「………俺は、アメフトができるんですか」

 

「おう、遠慮すんな。アイツらは先輩なんだからよ」

 

 だから、思い切りやんな、と溝六はその背中を押した。

 

「……酒奇先生、最後にもうひとつだけ教えてほしいんですが」

 

 

 ~~~

 

 

「長門君! 大丈夫なの!」

「ええ、栗田先輩、心配をおかけしました」

「うん、ごめんね長門君。思い切りぶつかっちゃって」

「謝らないでください、栗田先輩。試合で手を抜くような真似をする方が失礼です」

 

 やっぱり、来やがったな。

 このまま終わるような奴じゃない。

 それに、糞カタナを入部させることが今回の目的であるのに、これでは勝っても不完全燃焼になるところだった。

 

「ケケケ、わざわざ敗北するために無理して起き上がってこなくてもいいんだぞ糞カタナ」

 

「それはないですね。俺、勝つつもりなので」

 

 ん? と。

 その返答に、ヒル魔は引っ掛かりを覚えた。口調に角が取れている。刺々しい拒否感があったものが、さっぱりと消えている。一見すると腑抜けたようにも思えるが、戦意まで失っていないはずだ。

 

 ……なんだ、これは……?

 

 鬼気迫る怖さではない。直感的に危険だとシグナルが鳴っていても、どうとでもなると思えてしまう脅威レベル。

 いける、攻めろ! と果敢に吼える自分と、マズい、避けろ! と慎重に促す自分が同時に声を上げているというこれまでにない感覚。

 それ故に、迷わされる。

 改めて探りを入れるよう様子を窺い、気付く。

 

 長門は、笑っている。静かに。

 

 これまで、ヒル魔に対してはしかめた面しか表に出さなかったのに、笑みを浮かべている。この追い詰められている苦境の場面で、だ。

 

「なににやけてんだ? 追い詰められてビビっちまったのかァ?」

 

「久々に俺のアメフトをやれるかもしれない、と思えてついな」

 

 深呼吸。荒れていた呼吸をその一回ですべて飲み込む。

 顔には依然と笑みが。そして、その目には期待の色が垣間見えた。

 

「ああ」

 

 息を呑み込む。ヒル魔もまた笑って、言い放つ。

 

「最っ高に楽しませてやる。アメフトをな、糞カタナ!」

 

 

 ――ここだ。

 おそらくアメフト部の命運をかけた試合の最後の勝負所になる! そう直感したヒル魔はずっと温めてきた作戦(カード)を切る。

 

「SET! HUT! HUT! HUTッ!!」

 

 栗田からボールを受け取ったヒル魔は、ボールを抱え込まず、構える。後半に入ってから一度もしていないパス発射体勢。

 またフェイクか?

 いいや、前半とは一点違う。

 パスターゲットの中に、ひとり、前半には参加してなかったアメフト部が混じっている。

 

 この一発絶対に捕りこぼすんじゃねぇぞ、糞ジジイ!

 無茶な注文吹っ掛けやがる。だが、絶対に落とさねぇよ。投げてこい、ヒル魔!

 

 武蔵。

 アメフト部だが、不器用でキャッチもあまり得意ではなく、キックに専念させていた。

 でも、米軍基地の特別練習でパスを練習したヒル魔は、武蔵に基礎錬だけでなく、キャッチの練習をさせていた。キャッチ成功率は、フィールドゴールキックを決めるのよりも低いが、それでも他の助っ人連中にさせるより遥かにマシだ。

 こんな付け焼刃でキャッチを覚えた急造レシーバーへのパスプレイは、一か八かのギャンブルとなるだろうが、だからこそ、完璧に裏をかく作戦となる。

 前半、パス失敗を乱発させて体力削らせながら、更にそれを布石にする。結局、レシーバーはいないのだと思わせ、最後の最後の一本で、決める。

 そして、これが決まれば、この試合、勝ちだ。

 

 

 ――『デビルレーザー(バレット)』ッ!!

 

 

 ヒル魔妖一が投げ放つは、狙撃の如く、ピンポイントを撃ち抜くレーザーパス。

 射距離、弾速、弾道、それから、風向きと風速、ターゲットの移動速度まで含め、その全てを計算し尽くした時に初めて、弾丸(パス)は狙ったターゲットに吸い込まれる。

 空を裂くパスは、パスターゲットの武蔵が全力で走った先へ――

 

 

 ~~~

 

 

「アンタのパスはすべて潰す、と言ったはずだ」

 

 

 ~~~

 

 

 この一球のパスプレイの為に仕込みに仕込みを重ねてきた。

 前半丸々使って、パス失敗した印象をつけさせたはずだ。武蔵という急造レシーバーの存在も徹底して隠したはずだ。

 ――なのに、“パスが在り得る”と奴は判断していた。

 

 いいや。このパスの弾道は、奴の制空圏では届かないところを狙った。事前に奴の身体能力だけなく、性格や癖まで研究し、試合の最中もパスカットをさせながら守備範囲を見極めた。その守備範囲の10cm先を通るコースにヒル魔は『デビルレーザー弾』を放った。

 ……そう、“長門村正”を理解したつもり、だった。

 

「―――」

 

 ボールから指先が離れる瞬間に動き出していた。

 こちらのパスに反応して、迷いなく、パスコースへ駆ける。そして、()ぶ。

 指先が、届く。

 

 カットされる、と思った。

 

 指の腹に回転するボールが擦れて、勢いを殺す。柔らかな手首はボールを反発することなく受け、下から上へ撫でるように弾く。

 

 弾道(パスコース)が曲げられたかのように、真上にボールが飛ばされた。

 

 着地。して、跳躍。

 人の計算の斜め上を行く、高さと速さを兼ね備えたジャンプ力。それを連続で行使する。

 

 

 なんて奴だ、と溝六は瞠目する。

 俺たちが届かなかった10cm先を制しやがった!

 

 

 長門は無理やり真上に撥ね上げたボールを、誰の手の届かない高さで獲った。誰もがその孤高のキャッチを見上げるしかできなかった。

 

(ありえねぇ……!? 今日この日までの糞カタナに関する情報は集めるだけ集めた俺の想定の範囲内で、あんなふざけたプレイはできるはずがなかった! そんな不可能を可能にしやがるとは、この野郎、この試合で“進化”しやがったのか!)

 

 守備範囲外を通したパスに届くだけでもあり得ないのに、真上にカットしてから連続ジャンプでインターセプトを為すという離れ業は、ヒル魔の計算を上回る。

 なんて理不尽。どんなに考え尽くしても、想定を超えてしまう、進化する怪物が存在することをヒル魔は悟らされた。

 

 だが、呆けている余裕などない。

 長門は、二度の全力跳躍下からの着地直後から瞬時に全速力で駆け出している。

 

 試合の終盤で衰え知らずの強靭な足腰には、ヒル魔はもう妬む気持ちも芽生えない。

 今この瞬間、とにかくやるべきことはひとつ。

 怪物を止める。何としてでも。でなければ、俺達は負ける!

 そのために俺ができることは――

 

 

 ~~~

 

 

「ケケケ、逃げんのか、糞カタナ」

 

 

 ~~~

 

 

 いち早く反応したが、ヒル魔は長門の速度に追いつけない。

 そもそも足が動かなくなっている。全身に違和感、当然のことだ。栗田を壁にしたとはいえ長門相手に、強引なランプレイで挑み、何度も叩き潰されたのだ。ダメージをアドレナリンで騙してきたが、こんな時で切れやがった。

 糞……! それでも、諦めてたまるか……!

 

 

 ~~~

 

 

「フィールド上では容赦はしねぇとかほざきながら、ここで俺を避けるなんて、糞半端な真似で決着(ケリ)つける気か!」

 

 

 ~~~

 

 

 挑発。こんなの負け犬の遠吠えにも等しい愚行。そんなの相手にする必要もない。

 長門はスピードもパワーも駆け引きもヒル魔よりも上。前に立ちはだかっていても、たやすく抜かされてしまうだろう。

 それでも、ヒル魔は真正面の長門を睨んで、吼える。

 

 

 ~~~

 

 

「俺をブッ殺せねぇヤツが、本場の連中をブチ抜いて時代最強の称号(アイシールド21)を獲るかもしれねぇ大和猛に勝てんのか!」

 

 

 ~~~

 

 

 呼吸さえも放棄して吼えまくったせいで、頭がクラクラしてきた。

 腕を広げ大きく構えているが、張りぼてに過ぎず。ヒル魔は、強風に煽られただけで倒れてもおかしくない状態だった。

 

 そして――

 それは長門村正も承知の事だった。

 

 

「ハッ……本当に口が達者だ。だが、十球の制限があったが、パスキャッチができれば認めると言ったしな」

 

 

 先のパスキャッチ(インターセプト)は、長門としても紙一重であった。

 戦術では、一枚上手だと認めるが、そのプレイ自体に才能は感じられない。しかし、だからこそ、その泥臭い姿からは、アメフトに対する誠実さがよく伝わる。

 そして、そんな認めた相手の本気に応えるのは、全身全霊でぶつかる術しか長門は知らない。

 

 大和猛にしか抜かれなかった『妖刀』の矛先が、ヒル魔妖一に向けられた。

 

 

「ああ。お望み通りに、アンタをブチ殺す」

 

 

 ~~~

 

 

 ケケケ、挑発は成功……だが。

 体当たり(パワーラン)と正面衝突すれば……いや、そんな後のことなど、考えないッ!!

 最高に楽しませてやる、と言ったのだ。

 この試合で、コイツは、満足のいくアメフトができていなかった。パスも、ランも、キックも、ブロックも全部やっていても、それをアメフトなどとは思えない。

 

 むしろ、何でもできるから何でもやるのは非効率だとさえ思う。

 

 自分には才能がない。だからこそ、才能の無駄遣いは許せない。

 そう、アメリカンフットボールは、専門職が集ったスペシャルチームでやる競技だ。スピード、パワー、タクティクスがあっても、一人じゃあ爆発しない。

 それで個人技だけで勝たせては、その説得力は、弱者の戯言も同然の価値に暴落する。だから、相手が何だろうが駒ひとつ(ひとり)に何が何でも負けるわけにはいかない。

 

 生きるか死ぬか――いや、99%死ぬ――それでも、やってきたこのチャンスにヒル魔は手を伸ばした。

 

 

 ~~~

 

 

 長門村正の正面衝突。

 それに捨て身で腰にタックルを決めにいったヒル魔は、吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ばされながらも、右手で掴んだ。

 ユニフォームを。

 

「死んでも、離すかよ糞カタナ……ッ!!」

 

 あまりの衝撃に半ば意識が飛ばされ、身体がまともに動けない。

 それでも、ユニフォームを掴んだ感触だけは、手放さなかった。

 

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 

 長門は、止まらない。

 ヒル魔を引きずりながら、真っ直ぐゴールを目指し疾駆する。

 市中引き回しの刑のように地面に身体を擦らされる。咆哮だけで硬直してしまいそうな覇気に精神までも削られる。

 抵抗をやめ、手放せば、楽になれる、と誰かの声がささやく。

 

 ――そんなふざけた幻聴を、ヒル魔は噛み砕く。

 俺は本気でアメフトをやっている。

 『俺はやるだけやった』だの、『頑張った』だの言って、諦めて引退した野郎のようにはならない。

 

 半死半生でみっともなく、もはや意地だけでしがみつくヒル魔。

 それも長くはもたない。

 掴まえようが、強引に振り切る疾走。アメリカンフットボールの原点とも言えるプレイは、力のない凡人では止められない。

 ――それでも、ヒル魔が重しとなる分だけ速度(スピード)は落ちる。

 

 

「ったく、無茶ばっかしやがってこの馬鹿野郎!」

「ケケケ、来んのが遅ぇぞ、糞ジジイ」

 

 

 武蔵が、駆けつけた。

 こんな敗北必至の相手だろうが諦めてしまうような貧弱な奴じゃないのは重々に承知だ。

 ひとりで食らいついても勝てない。だから、待っていた。仲間が追いついてくるのに賭けたのだ。

 

「おおおおおおおおっ!!!!」

 

 な……っ!?

 武蔵も長門を掴まえる。だが、それでも止まらない。

 何たる馬力だ。二人がかりでも膝を屈さず、雄々しく吼えながら長門は前へ進む。

 ゴールラインは、もうすぐ目の前――

 

 

「構わず俺達ごとブッ潰せ、糞デブ!」

 

 

 ここで、99%死ぬだろうとヒル魔は悟っていた。

 そして、100%()()()が追いつくと信じていた。

 

 ヒル魔よりもガタイのいい武蔵にまでしがみつかれれば、止まらなくてもスピードも激減する。そう、鈍足の重戦士が間に合うくらいに。

 

 

「必殺――『栗ハンマー』!!」

 

 

 ドガシャア――――ッ!!!!

 長門を押さえるヒル魔と武蔵をも巻き込むボディプレス。

 

 ぐぬっ!?!?

 重量級ののしかかりに、ついに長門は膝を屈し、

 

 

「「「おおおおおおお!」」」

 

 

 地面(フィールド)に引き倒された。

 三人がかりで、長門村正の独走を阻止された時、試合終了を告げる笛の音が響いた。

 

 

 ~~~

 

 

 19-19。

 点数だけを見れば、引き分けだ。

 その結果を見て、長門は大きく息を吸う。勝てなかった悔しさを腹の底に深く静めるための儀式であるが、その何とも言えない味に歯噛みする。

 そんな癖を出すのは久しぶりで、つい頬が緩む。

 

 悔しいが……面白かった。

 

 その言葉を噛み締めると、歯車が、綺麗に噛み合ったのを自覚した。

 別に表面上に何か変化があったわけではない。それでも、これほど簡単に世界の色彩が変わったことに驚きを覚えると同時にすとんと納得する。

 

 

「――まだ、試合は終わってねーぞ、糞カタナ!」

 

 

 浸っているところに、威勢よく延長戦を望むのはやはりこの男。

 この試合一番の重傷者というか、ついさっきのプレイで最後まで離さなかった腕の骨を折ったのだ。それでも、徹底的に白黒つける。この姿勢には、助っ人連中もげんなりとしつつも逆らえず、アメフト部の二人もひとりは『もう流石に無理だよヒル魔ぁ~』と心配して慌てふためき、もうひとりは『腕一本折っちまってるのに……また後日に再戦とかじゃダメなのか?』と呆れつつも妥協案を出す。

 対して、長門もふっと笑みをこぼす。

 あれだけぶちのめしたのに、まだアメフトをやろうと誘うのか。

 

「アメリカンフットボールは、勝者が絶対だ。テメェを実力で屈服させる! こんな半端な結果を理由に逃がしたりはしねーぞ!」

 

「ああ、その意見には同意だ。こっちも引き分けは納得がいかない。

 

 

 

 

 

 だから、俺の負けでいい」

 

 長門がそう言った時、三人の顔が揃って、きょとんとした。

 白旗代わりに右手を振って、降参の意を示す長門に、訝しげにヒル魔は訊ねる。

 

「どういうつもりだ、糞カタナ」

 

「どういうつもりだ、とはこちらのセリフなんだが。――俺が気絶し()てる間、両チームの残りのタイムアウト全部使ったんだろ」

 

 長門が目覚めて、時計を確認した時、試合の開始時間から逆算すれば既に試合終了していたことに気付く。

 これはどういうことかと訊ねた溝六は答えてくれた。

 栗田と武蔵の意見に折れたヒル魔が渋々ながらもそんな似合わぬ真似をしたことを。それを聞いた時、長門は思わず笑ってしまった。

 

「そんな情けをかけられなければ、今頃、アメフト部の勝ちで決着がついていた」

 

 長門がいなければ、やる気のない黒チームなど簡単に逆転できただろうに、そのチャンスを逃したのだ。

 あちらもだいぶ運に助けられた点はあるが、試合内容まで加味すれば、長門の負けだ。

 

「僕たちの、勝ち……――と、ということは、長門君もアメフト部に!!」

 

「それはちょっと待ってください。その前に、けじめをつけたい」

 

 勝利、そして、新たな仲間の加入に喜びを爆発させようとした栗田に、長門は待ったをかける。

 

「え……長門君? どういうこと……?」

 

「俺を思いっきり殴ってください。なんなら銃弾でも構わない。清算をしておきたい」

 

「も、もしかして、ヒル魔を骨折させちゃったことを気にしてる? でも、あれは僕のせいでもあるし、これはアメフトなんだから! ヒル魔だって、骨を折ったことで長門君を恨んだりしないよ!」

 

 とフォローしてくれる栗田だが、長門は淡々と言う。

 

「俺はずっとアメフト部を侮辱していたんです。始めて一年足らずの連中が、全国大会決勝で優勝するという夢を持つなど、現実を見てない道楽だと切って捨てた……!」

 

 長門は、3人から目を逸らさず。

 その意を酌んだのは、武蔵。

 

「……そうか。それは侮辱だな。だったら、望み通り……――けじめつけてやるッッ!!」

 

 武蔵は胸倉を掴み上げると、長門の横面を拳骨(グー)で殴り抜いた。

 無抵抗だったが、長門を思い切り地面に叩きつけるほど、手加減なしに。

 

「なっ!? 長門君ッ!?」

 

 これに当然、慌てふためくのは栗田。

 だが、殴った当人も、殴られた当人も動じておらず。

 

「いてて……こんなキツいパンチは初めてだ」

 

「フン……。ガキでも容赦なく殺すかって勢いの鉄拳をいれる糞親父に叩き込まれちまったモンだからな」

 

「なるほど。予想以上の拳骨でしたが、我儘を聴いていただき、ありがとうございます、武蔵()()

 

 武蔵に腰を折って深く一礼をする長門。

 それから、栗田の方に向いて、同じく一礼。

 

「心配をおかけして、申し訳ありませんでした、栗田()()

 

「う、うん、長門君が無事ならいいんだけど……そっか、先輩かぁ。これで長門君の先輩になれたんだ! よぉおおおし! もっともぉぉおおっと、頑張るぞーー!!」

 

 そして――

 

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします、酒奇先生」

 

「おう、みっちりと扱いてやる。それと俺のことは溝六で構わねぇぞ」

 

 顧問の溝六にも挨拶する。

 嫌なものは最後に残しておきたいのか、はたまた意図的に無視されたのか。ここまで視線を合わせなかった最後のひとりとようやく対峙して、不敵な笑みを交わす。

 

「で、賭けはテメーの負けってことでいいんだな、糞カタナ」

 

「延長戦でも構わなかったんだが、これ以上、アンタをボロボロにするのは忍びなくてな」

 

「試合前にズタズタにしやがるとかほざいてなかったか?」

 

「どうして腕を折ってるのにここまで強気で出られるんだ?」

 

「ケケケ、吐いたツバは飲み込めねーぞ」

 

「ああ、だが、俺を使って勝ち抜けないようならそれは指揮官の責任になるな」

 

「糞生意気なこといいやがる。絶対服従のコマとして、存分にこき使いまくってやるから覚悟しやがれ、糞カタナ!」

 

「どんな無理難題でも投げてこい。猛がアメリカで最強の選手になるんだったら、俺は日本で最強の選手になってやる。

 だから、ヒル魔()()は、誰が相手だろうと俺が勝つと決めつけて作戦を立てればいい」

 

 そして、この日、デビルバッツに最強の切り札(ジョーカー)が加わった。

 

 

 ~~~

 

 

「……と、試合で負けを認めた……違うな、あの先輩たちとなら、アメフトが楽しめそうだと思えた俺は、アメフト部――チームデビルバッツに入った」

 

 長門は、入部の経緯、そして、泥門高校へ進学する理由をリコに語り終えた。

 

「それで、その先輩達を倒した、王城ホワイトナイツ――進清十郎」

 

 その時の目は、燃えているようにリコには見えた。

 きっとあの試合の終盤のときのような、“壁”に立ち向かう雄の目だ。

 

「今すぐにでも戦ってみたいが、プレイを見る限り向こうの方が上だ。だが、一年後、俺は進清十郎を倒す」

 

 ライバルとの誓い、そして、先輩らの夢。それら二つを叶えるには、必ずこの男が立ちはだかるに違いない。だから、倒さなければならない。

 そんな使命感と同時にこの“高校最強”の存在を教えてくれた先輩に感謝を覚えた。

 ありがたい。

 俺は、まだ日本(ここ)で目標にできる格上がいる、と。

 

「………………」

 

 その宣誓にリコは、何の反応もできなかった。声ひとつも漏らせないくらいに、息が詰まった。

 そんなリコの緊張を緩めるように、軽く口調を緩める。

 

「ま、呆れてモノが言えないのもしょうがない。何せ、既に“高校最強”を冠する進清十郎からは程遠い無名選手の言葉だからな。三歳児が将来は宇宙飛行士になるというのと大差がないし、笑ってくれても構わない」

 

「笑いませんよ! だって、私は知ってますから! 村正君がどれだけ頑張っているのか、ずっと見てきましたし……本気なことくらいわかります!」

 

 だって、私は、村正君のファン第一号なんだから。

 だから、書こう。この先、ついに試合に出るようなことがあれば、彼の凄さを世間(みんな)に思い知らせる特集記事を!

 よし。こうなったら、今日のことをしっかりと書き留めておかないと……! とリコが情報を整理しようとしたところで、はたと気付く。正しくは、思い出す。

 

 今、“自分の部屋で”、“夜”、“二人きり”だということを。

 

 あれ? こんなワードを取材記事に盛り込んじゃったらスキャンダルになっちゃったりしませんかね!?!?!?

 

「そうか。……うん、負けられない理由がまた一つ増えたな」

 

 頭からショートした煙のような蒸気を噴き上げてテンパるリコを他所に、再び進清十郎のプレイ集を見直す長門。

 この日から、いずれ必ず雌雄を決することを予感し、『妖刀』は更に研ぎ澄まされていく。

 

 

 ~~~

 

 

 0-99。

 泥門デビルバッツの初陣は、麻黄中時代の記録を大きく塗り替えるほど大敗した。

 

「この野郎、ホントにかけらも手ェ抜きやしねぇ」

 

 キック一本も決められなかった、鉄壁の守備。

 その黄金世代と謳われた王城ホワイトナイツの中核にあるのはやはりこの怪物。進清十郎。

 

「……敵が新興のチームだろうと驕ればいつか必ず足元をすくわれる」

 

 たとえば、触れもしない光速の男が相手では、すべてのパワーは封殺されてしまう。

 だから、進は如何なる相手にも油断なく、容赦しない。決して弛まない。

 

「進、それはいくらなんでも心配のし過ぎだ」

 

 しかし、そんな在り方を、こんな弱小チームにまで発揮するには、いささか張り詰め過ぎている、と黄金世代の主将・花田が口を挟んだ。

 

「今回は進の頼みだから、この春大会直前にも拘らず練習試合を受けたが、怪我をしたくなかったら身の程を弁えるんだな。進も、こんな雑魚、わざわざ相手にする価値などない。時間の無駄だ」

 

「ケケケ、なら、来年、進をブッ潰してやるよ」

 

「はっ! お前にゃ無理だ」

 

「俺じゃねェ。泥門デビルバッツのエースがやる」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。