悪魔の妖刀   作:背番号88

43 / 55
43話

 試合終了を告げる審判の笛が響いた時、陸は跪くように俯き、その前には屹然と立ちはだかる進さんの背中がある。

 

 小早川セナは、息を呑む。手汗を握り締めっ放しだった拳の強張りを解くのに一分少々の時間を要した。

 

 前半は、まだ、善戦していたと思う。

 あの王城の守備からタッチダウンを一本奪った西部の攻撃は凄かった。

 だけど、あのキッドさんでも()()()()では、戦術の幅も狭まり、段々と失速していく。

 そして、後半――桜庭さんが両面でディフェンスに参加。鉄馬さんのマークについてから、西部の攻撃の勢いはがた落ちした。

 王城の『エベレストパス』と『巨大弓』による波状攻撃を、西部は止められず、そして、点を獲るごとに王城の守備もまた勢いが増す。

 そして、その攻めの姿勢で圧倒し、後半、タッチダウンもキックも一本も許さず王城は西部を零封した。

 

「甲斐谷陸に対応してカットを切るとき、減速するどころか加速している。この試合の終盤まで一切緩まない。……非の打ちどころがないな、あれは」

 

 目を細める長門君の呟きに、同意して頷く。

 すごい、何よりもすごかったのは、やっぱり進さんだ……!

 見れば見るほど、完璧。

 『ロデオドライブ・スタンピード』でモーションそのままに高速で後ろに下がった陸、その間合いを刹那に潰しに来る進さんの『光速トライデントタックル』。逃げ切れなかった。陸は、この試合、進さんを一度も抜くことができなかった。

 

「進清十郎の片腕で刺せる腕力(パワー)()高校最速の超加速(スピード)――甲斐谷陸のランテクニックでも逃れられない、まさしく必中の槍だ」

 

 スピードにパワーにテクニック、総合力では足元にも及ばない。

 でも、ただ一か所で闘える――触れもしないスピードには、どんなパワーも通じない。それが、僕と、陸の唯一の武器。

 だけど、それでも逃れられない三つ又の矛! 長門君が称するように、光速の世界を貫く進さんの槍は必中である。

 そんなの、勝ち目がなかった……!!

 

「畜生……っ! 俺がもっと……っ! もっと強ければ……っ! キッドさんたちは負けてなかったのに! 西部は最強だったのに……っ!」

 

 陸……。

 己こそが最強のエースランニングバックだと自ら吼える陸は、それだけの重責を自らに課し、それを果たせなかった今の自分があまりに不甲斐ないと。悔しいと。

 アメリカンフットボールに“負けたけどよくやった”なんて敢闘賞はない。今の陸にどんな言葉をかけたって慰めにしかならないし、意味もないのだ。

 キッドさんは何も言わずテンガロハットを項垂れる陸の頭に被せ、鉄馬さんが立ち竦んだまま動けないでいる陸を引っ張って、退場する。

 

 西部ワイルドガンマンズ、関東大会準決勝、敗退。

 そして、王城ホワイトナイツ、決勝進出。泥門デビルバッツと、東京ドームで『クリスマスボウル』を賭けた決戦を競うのは、歴代最強の無敵城塞。

 

 

 ~~~

 

 

「よーーく絞って貼り付けとけ! 今から決戦の瞬間までずっと――授業中も風呂ん時も寝る時もその通気性最悪の濡れマスク付きだ!

 王城が進と桜庭を両面で出してくんなら、スタミナが尽きた方が負けんのは間違いねぇ! 結局は勝負を決めんのは基礎体力だ!」

 

 王城対西部の準決勝の翌日より、トレーナー溝六が王城戦にまで泥門に課したのは、びしょ濡れマスクトレーニング。

 酸素を薄くして高地トレーニングと同じようなスタミナアップ効果があるともいわれているが、科学的な根拠はない。

 少なくとも重い荷物を下ろした時に一時的に体が軽くなるみたいな、そんな一日限定のドーピング効果はある心肺機能養成ギプス。

 

 

「ボケっとしてんじゃねぇぞ、糞チビ! テメーには特別にマンツーマンコーチも用意してんだからとっとと来やがれ!」

 

 

 慣れないマスクに悪戦苦闘しながらのランニングから泥門高校のグラウンドに戻ったセナを出迎えたのは、もう流石に見慣れた移動式(セグウェイ)酸素カプセル。そこに棺桶に閉じ込められていても妖気を駄々洩れさせる吸血鬼の如く、邪気を放っているヒル魔に呼ばれ、慌てて駆けつけて、気づく。

 カプセルが影となって校門からは見えなかったが、そこにいたのは……

 

「りっくん……?」

 

 自転車で先導していた敏腕マネージャーで、セナの幼馴染の姉崎まもりがその名を口にする。

 弾痕をイメージしたデザインの、西部ワイルドガンマンズのユニフォームを着こんで万全の状態でグラウンドに待ち構えていたのは、陸だった。

 

「え、どうして、陸がここに……?」

 

「泥門……長門には一週間付き合ってもらった借りがある」

 

 リハビリという体で、長門が皆とは別メニューで練習していたのは周知されており、それに陸と付き合っていたというのはセナも話に聞いていた。

 

「それをセナ――お前に返せと言われた」

 

 セナは、ヒル魔を見る。

 長門はここにはいない、ランニングの道中で別れて、モン太を連れてグラウンドとは別の場所へ向かっていった。

 それで話をつけたのだと思われるヒル魔は、セナに向けてお馴染みの哄笑(ケケケ)を返す。既に言うべきことは言っている。

 “マンツーマンコーチ”――あの進の『トライデントタックル』と同じ走法(パーツ)が組み込まれる『ロデオドライブ』の使い手である甲斐谷陸と、実戦的に限界突破(120%)の超加速に慣れさせる。

 ――それが攻略の鍵となるはずだ。

 

 でも……とセナは思ってしまう。

 敗戦直後で、立ち直れていないのにこちらに付き合わせていいのか。あのフィールドで見せた悔し涙を思い返し、セナの中でためらいの気持ちが膨らむ。

 そんな弟分の心情を、表情から察した陸は腰に手を当てて言う。

 

「礼はいらないし、余計な気遣いも不要だセナ。……決勝で泥門と西部、一緒に戦うって約束守れなかった償いでもあるんだからな」

 

「陸……。――うん、わかった」

 

 悪いのは、自分。そう言い切る陸に、セナは喉元辺りにまでこみ上げたものを、腹の底へと飲み込んだ。

 何よりも“勝つ”ためには、陸の協力が必要だとわかったから。

 

「ああ、それでいい――」

 

 この時、ふと、幼き日の師弟関係が蘇る。

 過去(むかし)を重ねるセピア色の残光のようなそれはほんの一瞬で、現在(いま)に塗り替えられた。

 セナは、いじめっ子との衝突を避けるためじゃあない、最強の相手(ライバル)に挑むために、(つよ)くなろうとしている。そんな雄の顔をしている。

 かつて、スピードこそが最も大事であるとセナに説いた。だが、先日の試合でその信じたスピードで太刀打ちできなくて、己の信条を揺るがされた。今だって無理をして立ち上がっているようなものだ。誇り高いだけに、打ち砕かれた自信を取り戻すのには時間が必要、一日二日じゃどうしたって無理だ。

 しかし、だ。

 あのスピードだけでは太刀打ちできないと知ったはずであろうに、その雲の上の超人に挑もうとしているかつての弟分、そして、今のライバルがいるのだ。

 既に前へ走り出している姿勢に、足を止めてしまった甲斐谷陸は感化され、触発される。

 きっとキッドさんは再点火する自分に期待して、泥門に行くことを勧めてくれたんだろうと陸は思えた。

 

(セナ……お前なら、俺が越えられなかった先へ――)

 

 

 ~~~

 

 

 夜空に映える満月。

 それを掴まんとばかりに全身を伸ばして頭上へ突き上げた両手は、ついに、捕らえた。

 

「よーし、桜庭!!」

 

 パスを投げてくれた高見さんから歓喜の声が。

 そう。

 捕った……進よりも上で、初めて捕ったのだ……!!

 

 桜庭春人は、己の成長を実感するよう、成果たるボールをまた強く両腕で抱く。

 

 ――初めて入部した時から、誰もが進を別格視した。

 自分と比べることなど烏滸がましいとすら思われていたはずだ。

 それでも、桜庭はずっと追い続けている。

 反吐を吐きながら、苦しみながら、自分でも抜けぬことなど分かっているのに、だ。

 それでも、神龍寺ナーガの金剛雲水が天才の弟という存在に、凡人の限界だと自分に見切りをつけようにはならなかった。

 そんな現実を冷静に受け入れられるほど賢くは生きられなかった。

 

「ああ、今の高さならば、俺の指先もかすらない……!」

 

 それはついには、絶対的なエースだった進でも届かぬ高みへ指をかけた。

 そして、準決勝、同じ四強レシーバーとされた鉄馬丈との、密着しながらの競り合いにもくらいついて、キャッチをしてきた。高さで勝っていても、肉体の強さでキャッチの競り合いを持ち込まれたあの勝負は、中々にいいポジションで思い切りジャンプすることは叶わなかった。

 それでも、我武者羅にぶつかり、キャッチ勝負を互角以上に渡り合った。

 

 強くなっている。

 王城のエースだと言われるくらいに。

 

 ――だが、追い続けたその背中の先にもまだ壁があった。

 

「でも……長門が相手なら、奪われていた」

 

 上には上がいる。

 これから挑む、登り詰める先には、既にクリスマスボウル進出を決めている帝黒アレキサンダーズの日本一の跳躍力を持つ超人・本庄鷹と、その本庄鷹と交流戦で激しい空中戦(デットヒート)を演じた泥門デビルバッツの長門村正がいる。

 どちらとも一年生であるが、進にも匹敵する天賦の超人。避けて通れない、最強にして最高の存在(かべ)

 

「……ああ、長門村正ならば今の高さに届いていた」

 

 進でさえも、己にはない高さがある、と認めている。

 『エベレストパス』が最頂のパスキャッチだと騒がれているが、実際のところは次点。

 進が高校最()の男ならば、長門は高校最()の男。守備範囲は常人のそれをはるかに超え、生半可な攻めは逆に危険である。

 

 高見伊知郎もまたその脅威度は身をもって知っている。

 

 進と同じ、努力する天才。

 一人一芸を極める特化型の選手が大半の泥門の中で、唯一の万能選手。

 ポーカーで言うならなんにでも役を組み合わせられるジョーカーのワイルドカード。このカードを手札に揃えているのが、トリックスター・ヒル魔妖一なのだから、微塵も油断などできやしない。

 関東最強のオフェンス力を誇る西部ワイルドガンマンズの火力は凄まじかったが、泥門デビルバッツもまた関東最強の矛だと言えるチームに違いなく、特にランプレイの破壊力……峨王力哉を倒した栗田良寛、進と同じ高校最速の小早川セナ(アイシールド21)、最強のリードブロッカーの長門村正を揃えた強力な役作りは、西部戦と同等以上の厳しさが予想される。

 故に、桜庭は目指すのだ。更なる(つよ)さを。

 

「……長門は泥門の守備の中核。『巨大弓(しん)』を警戒しなければならない以上、桜庭とマッチアップさせる余裕はないはずだ」

 

「だとしても、俺は負けたくないんです、高見さん」

 

 だから、完成させましょう。

 『エベレストパス』を超える『エベレストパス』――それは、高い塔から塔へと放たれる矢のように、高層高速弾道で突き抜ける『ツインタワー剛弓(アロー)』。

 高さに加えて速さを兼ね備えたパスを実戦投入するには、まだ練度不足。

 だから、こうして居残り練習で桜庭はパスを要求してくる。

 

 この姿勢に、ふっと高見は、微かに笑う。

 確信する。あの合宿で進を追って折れかけた相棒は、もう、きっと挫けはしない。

 

 王城の監督、庄司軍平は評価する。

 桜庭春人は王城で最も強い心――折りたくても折れない野心を持っている。そう、強いからこそもがくのだ……!

 

 

(それに、泥門は長門だけじゃない。モン太がいる。細川一休に勝ち、如月ヒロミを降した俺と同じ四強レシーバーが……!)

 

 桜庭春人は、決してその存在を侮らない。

 長門村正という脅威と比較して、最初、細川一休はそれを取るに足らないと見下したが、桜庭は、侮りはしない。いいや、長門にも匹敵する脅威だとみなしている。

 

 進清十郎がいた桜庭春人のように。

 金剛阿含がいた金剛雲水のように。

 雷門太郎には常に長門村正を意識せずにはいられなかったはずだ。

 それでも尚、“身近な最強”に挑み続けるその愚者に共感を抱き、その泥まみれの強さを認めている。

 だから、勝ちたい。モン太にも……!!

 

 

 ~~~

 

 

 先輩の脅迫手帳(せっとく)で借りた、市民体育館。

 貸し切ったコート一面を利用するのは、びしょ濡れの覆面をつけた二人。

 

 顔全体を覆うフルフェイスの覆面は、マスクとは違って、もはや仮装(コスプレ)。虎マスクの伝説的なレスラーだって、日常生活では普通であれただろうに。しかし悲しいことに、罰ゲームでもないのにこれを一週間被り続けなければならない。破れば(藁人形を)地獄の番犬(ケルベロス)の玩具にすると悪魔な先輩から呪い(おどし)をかけられている。

 とはいえ、今の二人はそんな人目を気にする余裕はないし、勝つためには見た目などどうとでもいい程に貪欲であれる面子である。

 びしょ濡れの覆面は、単に息苦しいだけでなく、視野も狭めている。視界を狭めることで、視覚ではなくそれ以外の五感に頼る比率が大きくなるだろう。チームの中でも特に勘という部分に秀でた野性的な二人のそれを更に尖らせるための特訓。

 

 悪魔の蝙蝠(デビルバット)を模したマスクを被った長身の男――長門のすぐ目前には、バレーボールで使うネットが張ってある。桜庭春人の到達点(エベレストパス)を想定している高さで。

 そして、向かいのサーブのラインの左右中央と三か所に設置された発射機。3台のいずれかからランダムでアメフトボールを射出するように設定されている。

 

「――!」

 

 左側の射出機からボールが放たれた。

 覆面で狭まった視界の外――死角から飛んできたボールはネットの上を超えて――

 それを、ボールの発射を聴覚で察知し、ほぼ反射的に動いていた長門が、その腕を伸ばして、ボールに、触れた。そう、中央に陣取りながら、左右へ散らされる、それも半端な跳躍では届かない高軌道に、届いた。

 

 指先まで伸ばした手刀(パスカット)にボールの軌道が、変わる。

 野球に例えるのならば、イレギュラーバウンド。普通のパスとは違って、軌道予測などできないそれに、キングコングの覆面装着の小男――モン太は飛びつこうとしていた。

 そう、長門が動く前から、ボールが弾かれることを前提にモン太はポジション取りしていた。

 

 長門なら、アレは届くと信じていた……!

 その背を見続けたモン太には、たとえ百人が無理だと思われようが疑いを挟まない。できて当然だ。何故なら、長門は最強MAXの、チームメイトにして、ライバル――!

 

「……っ!」

 

 弾かれる、とは読めても、弾かれた先を読むのは至難。

 しかし、アメフトのボールは野球のとは違って楕円形でバウンドは不規則。ギリギリで弾かれ、空中で激しくブレるボールは、容易にはキャッチはできない。

 そう、この暴れるボールの呼吸を、直感で、嗅ぎ分ければ――

 

 

『モン太、桜庭春人はお前よりも速く、強く、そして、高い。細川一休と同じく、総合的に上回る選手だ』

 

 

 指先も掠らないあの高さは、真っ当にやればキャッチ勝負にすら持ち込ませない。

 そして、あの準決勝、鉄馬先輩とも競り合いながらもキャッチを決めていた。

 キャッチにかける執念もまた強い。たとえ乱戦に持ち込めても、桜庭先輩からボールを奪うには、絶好のポジション取りをしなければならない。

 桜庭先輩よりも早く弾道を読み切り、桜庭先輩よりも早くボールに飛びつく。

 だから、長門が高弾道を叩き落としたそのボールを真っ先に向かっていけるようになる。その為の練習。

 常人なら何て無茶苦茶な、と机上の空論も同然の無理を、本気で成そうとしている。

 

 背面キャッチ(バックファイア)のように長門の動きは、見えなくても見えているまでのレベルになった。

 そして、その手刀に当たって弾かれる(バウンドする)行く先を、経験則からなるこのキャッチバカの嗅覚が追う!

 

「ムキャアアア――!!」

 

 決勝は、東京ドーム。

 本庄さんがずっと試合してきたグラウンドで闘う。何よりもクリスマスボウルを賭けた決勝。今まで以上に気合が入っている。

 

「掴んでやる絶対! キャッチNo,1を! クリスマスボウルの切符を!」

 

 

 ~~~

 

 

 選手たちは、全員がやるべきことをしている。

 ならば、自分もまた、やれる事は、何でもやる。

 

 東京ドーム。

 やっているのは野球の試合か。

 だが、失礼なのは承知して、見ているのはプロ野球選手のプレイというより、グラウンド。駆ける選手のスパイクに蹴られる土飛沫から、その質をつぶさに見極めようとする。

 他にも天井、屋外の試合と違って、東京ドームの天蓋にボールは融ける。弾道を見誤ることもあり得る。これも注意させなければなるまい。

 そして、この独特の空気。

 東京ドームは屋根を膨らませるために、加圧送風ファンによって絶えずドーム内に空気を送り込んで、外部よりも物理的に気圧を高くしている。山頂とはまた違った環境だ。

 それは些細な違いなのだろうが、やはり選手たちには伝える。僅かな弛みも許さぬために。

 

 

「やっぱり、お前もここ来てやがったか」

 

「溝六……!」

 

 

 試合観戦などそっちのけで東京ドームを視察していた庄司軍平は、その昔なじみの戦友・酒奇溝六の声にハッとする。

 

「今さら決戦会場の下見なんざどうなるもんでもあるめえによ。お互い遠足前のガキみてぇだな」

 

「どこに持っとったんだその量」

 

 ゴロゴロと辺りに空になった濁酒の瓶を転がして、なんともまあ気ままにしている。

 だが、焦点に当てているのはこちらと同じ。酔っていてもその目の鋭さに濁りはない。

 

「……皮肉なもんだ。まさか関東大会の決勝、『全国大会決勝(クリスマスボウル)』への切符をかけて、お前と敵として闘うことになるとはな」

 

「ああ……『二本刀』とまで呼ばれて……人生のすべてを注いで目指したてっぺんには辿り着けなかった」

 

 漢であれば誰しもが抱く、頂点でありたい願望。それを叶えられなかった二人の胸に焦げ付いているのは、やはり無念だろう。

 この疼きはどうあったって消えやしない。

 だから、思う。

 

「……何としても勝たしてやりてえ……俺らが叶えられなかった頂点への夢を、ヒル魔栗田武蔵に潰えさせたくはねぇのよ……!」

 

「それは俺も同じだ。高見らは皆最期のチャンス。夢半ばで終わらせるわけにはいかん」

 

 だが。

 必ずどちらかが。

 散る。

 

「やっぱり、随分と入れ込んでるな庄司よ。僅か数cm足りなくて終わっちまった俺らにとって、長身ってのは喉から手が出るほど欲しい才能だ。だから、長身の桜庭をモノになんのを辛抱強く待ったお前の気持ち、よくわかる」

 

「それはお前もだろう溝六。小早川セナしかり、泥門の後衛は、其々の個性を武器とするように鍛え上げている。とても過半数がアメフトを初めて一年足らずだとは思えん程にな。だが、見違えるほど成長したのは桜庭だけではない。大田原のスピードアップによる新生ラインもだ。猪狩も加えたうちのラインは、守りに縮こまるものではない」

 

「ガハハハ、そいつは泥門も同じよ! 三兄弟に小結……優等生ラインとは口が裂けても言えねぇ連中だが、あの喧嘩根性があるヤツぁ必ず育つのよ。奴らが加わったことで一番成長したのは栗田だ。仲間が増えるほど心が強くなるバカなんだよアイツは。そして、峨王との闘いでこれまでの栗田には足りなかった殺意も持つようになった。もはや栗田の相手は俺じゃあ務まらねぇ」

 

「やはりライン戦も一筋縄ではいかん勝負になるな」

 

「まあそして、なんつってもだ。チームの大黒柱(エース)となってんのは、お互いの最高傑作……!」

 

「ああ……先程のセリフを、こちらも返そう。お前は誰よりも長身の長門という逸材を望んでいた」

 

「ああ、ありゃあ一目惚れだ。長身だけじゃねえ、最強のライバルに絶対に勝ちてえっていう負けず嫌いの闘争心を目の奥にぎらつかせてやがった。だから、俺は長門を日本一の選手にするために恨まれんのも覚悟して誰よりも鬼になった」

 

「こちらもだ。進には俺のすべてを叩き込んだ。彼奴の飽くなき向上心は留まることはない」

 

 お互い、思うものは同じ。

 王城ホワイトナイツ対泥門デビルバッツの『全国大会決勝』を賭けた関東大会決勝は、きっと世紀の最終決戦となるだろう。

 

 

 ~~~

 

 

「いよいよ、だな」

「うん、ムサシ。このマスクも辛かったけど、ついに外すってなると寂しくなるよね!」

「フゴッ!」

「いや寂しかねーよ」

「ひたすらウザかった」

「つか、長門とモン太と一緒に歩くのはこっちも恥ずかしかった」

「アハーハー僕もこのオシャレアイテムとなったマスクを外すときとなると感慨深くなるよ」

「えっ……? なんか紋様が書かれてるけど、それって口が当たる側でしょ? これじゃあ見えないんじゃ……」

「見えるよホラ! 僕からね!」

「馬鹿だ馬鹿がいるぞ!」

「でも、決勝戦でも変わらないよなこの感じ……なんかこう、血が冷たくなるっていうかさ」

「いつもそのセリフを言いますよね石丸先輩は」

「マスク外した途端にギャーギャーと騒いでんじゃねぇぞテメーら。これから、決戦だ。――って、なんで始まる前から泣いてやがんだこの糞デブ!!」

「ご、ごごめん~~! なんか、試合前なのにもう感極まっちゃって!」

 

「おう! そんじゃ、先頭は頼んだぜ、セナ!」

 

 

 ~~~

 

 

『クリスマスボウル出場を賭けた運命の決戦! まずは泥門デビルバッツの入場です!!』

 

 

 濛々とドライアイスが噴き上げる出場ゲートからフィールドへ飛び出したのは、そのヘルメットには、時代最強ランナーの証たるアイシールドがついている。

 

 

『先陣を切るのはやはりこの選手! 光速のランニングバック、アイシールド21! 小早川瀬那!!』

 

 

 東京ドームという大舞台を最初に駆け抜けたヒーロー(セナ)に、大歓声が沸く。泥門デビルバッツのチアリーダーの瀧鈴音からも今日一番のエールが贈られた。観客席にはこれまで戦ってきたライバルたち――筧、水町、陸ら――も揃っており、彼らもまたこれまでのフィールドをその脚で捻じ伏せてきた光速ランニングバックの到来に手を振り上げて応じた。

 

 

『さぁ続けて、泥門デビルバッツのメンバー入場―――!!』

 

 

 そして、泥門デビルバッツの選手が続々と現れる。

 

 

『栗田良寛! 最強パワー勝負で峨王力哉を降した巨大不沈艦!』

 

 

 白煙に浮かび上がる巨影。それは泥門最強の守護神。この登場に、観客席から真っ先に歓喜の雄叫びを上げるのは、白秋ダイナソーズの破壊神・峨王。己を打倒したライバルなのだ。栗田に期待をするのは、峨王だけではない。ラインマンの在り方を教え導いた柱谷ディアーズの山本鬼平も腕を組みながら指二本立てて無言の声援を送る。

 

 

『雷門太郎! 関東大会四強レシーバーに名を連ねるキャッチの達人!!』

 

 

 白煙から飛び出してきたその影は、天高く指を突き上げた。“四強”から“No.1”をもぎ取ることの決意表明。これに反応するのは、神龍寺ナーガの細川一休で、再戦を果たせなかった西部ワイルドガンマンズの鉄馬丈は、何も言わず、ただ大きく、汽笛のように鼻息をは鳴らした。

 

 

『瀧ジェントル夏彦バカ!!』

 

「アリエナイィィィ!!」

 

 

 本人と周りから希望が出ていた『ジェントル』と『バカ』の二つを融合させた紹介文。何気にひどいアナウンサー。けれど、この試合がTVに中継される決勝戦を、遠い、テキサスのビーチから視聴するサイモンら『TOO TA TTOO』のメンバーは、瀧の姿がアップになった画面に向かってありったけの声援を送った。

 

 

『その頭脳で勝利の方程式を導き出す、光学迷彩(ステルス)レシーバー・雪光学!』

 

 

 文系出身の影の薄い雪光学は、今や大勢の人から注目される選手となった。その中には教育に厳しかった母親もおり、部活動で功績を収めるのは就職に大変有利だと説かれた彼女は、息子に精一杯の活躍を望んでいる。

 

 

『そして、純白のドライアイスをドス黒い妖気へと染め上げるはご存知、地獄の司令塔・ヒル魔妖一!!』

 

 

 悪魔。今や全国中がその男へ抱くであろうイメージ。ヒル魔妖一は絶えない哄笑を浮かべながら、この“殺し合いの場(フィールド)”へと踏み入れる。……その腕に包帯を巻いたまま。

 白秋戦で峨王にやられた怪我は治っていないのか? あれはそう思わせるための偽装? いいや、ヒル魔妖一ならば、そう思考を誘導させるための細工かもしれない。

 試合が始まる前から揺さぶりかける。全ては勝利するために何でもするし、何なら己の負傷した事実さえも利用しよう。転んでもただでは起きない。それがこの男のやり方(スタイル)なのだ。

 その小賢しさに、チームとは離れて個人(ひとり)で観戦にしてきていた金剛阿含は舌打ちする。

 

 

『悪魔を護る魔界の番人たち! まずは三倍パワーを炸裂させる強力豆タンク・小結大吉!!』

 

 

 師匠である栗田を追う小兵・小結大吉。峨王を一度は吹き飛ばしたその突破力は、瞬間的ならば栗田以上の破壊力とも評価され、そして、その力は太陽スフィンクスの番場衛も認めるところ。

 

『バランス&テクニック! 十文字一輝!』

『スピード&闘争心! 黒木浩二!』

『パワー&ハード! 戸叶庄三!』

 

 十文字、黒木、戸叶――切っても切れない腐れ縁の悪友三人一緒に現れた。もう彼らを不良選手などとバカにする者はいない。長い付き合いからなる息の合った連携を武器として、数多のラインマンとのファイトを繰り広げてきた彼らは、一端の強者となっていた。

 

 

『特大キック60ヤードマグナム! 武蔵厳!!』

 

 

 『ウソだけどな』と紹介文にぼやきながら登場する武蔵。だが、そのキック力は本物。東京地区ベストキッカーに選出された盤戸スパイダーズの佐々木コータローは、ライバルと認めたキッカーの到来に、気合いを入れて櫛を入れる。

 

 

『地味石丸!』

 

 

 それから、陸上部石丸哲生を筆頭とした助っ人軍団、山岡、佐竹、重左武も入場。

 

 そして、トリを飾るのはこの男。

 ドライアイスの煙幕が一刀両断と斬り払われたかのように、一掃されてその姿があらわとなる。

 

 

『泥門最後を飾るのは、もうひとりのパーフェクトオールラウンダー! 泥門最強のワイルドカード・長門村正―――!!!』

 

 

 ~~~

 

 

 一足早く、先週に関西(こちら)の決勝が終わったため、この東京ドームへ花梨に同行することができた。

 『全国大会決勝』で当たる相手が決まる決戦だ。どちらも強い。帝黒アレキサンダーズが、関西大会決勝で当たったチームよりも確実に上であろう。

 そして、チームのどちらにも自分に劣らぬ実力者がいる。

 

「確かに、王城の進氏は、この日本で最も“ペンタゴン”に近い選手だろうね」

 

 先週の試合で、自分(やまと)と小早川セナに並ぶ高校最速の座に返り咲いた高校最強のラインバッカー。その実力は、交流戦で体感した。ベンチプレス140kgのパワーを加味すれば、総合的な身体能力は、あちらの方が上なのだろう。彼を抜き去ることは、“時代最強ランナー(アイシールド21)”でも至難だ。

 事前の情報収集でも、最警戒選手に挙げられている。

 

「だけど、村正――我が最大のライバルであるならば、あの時の約束を果たすために、勝ち上がってこい……!!」

 

 

 ~~~

 

 

 フィールドに選手が揃った。

 長門がチームメイトが集う円陣に加わった時、十文字が口を開いた。

 

「はっ! 王城が決勝まで来てくれて良かったぜ。この大会で唯一負けっ放しの相手だからよ。クリスマスボウルに行く前にリベンジして借りの清算しておかないとな……!」

 

『うん(おうよ)……!!』

 

 

 小早川セナは、春で王城に初めての敗北を思い知らされてから、アメリカンフットボールに本気で取り組むようになった。

 ずっと。

 ずっと目指してきた。

 進さんがいたから、勝ちたいと思った。

 ずっと何でも逃げてたのに、こんなに怖いアメフトってスポーツで本気で勝ちたいって思った。

 

 全てはあの日から。

 故に泥門は、他のどのチームより王城に感謝しているし、他のどのチームより王城に勝ちたいと思っている……!!

 

 相手が今大会の本命であろうと気負う者はいない。

 そして、宣戦布告を言い放つ。

 

「ケケケ、テメーら、マスク外したばっかで体軽いうちに一発目からガンガンかましてくぞ!」

 

 

 ~~~

 

 

「おっしゃああああ! この決勝もぶちかましてやんぜオラァ!」

「ちょ、待てって猪狩。今、鍵開けるから……――」

「オラァアアア!!」

 

 高まるボルテージは、泥門だけではない。

 最も好戦的な猪狩は、角屋敷がカギを外す前に、自ら鎖の拘束を解き放つ。暴れ狂う新生王城の新入ラインマンは、関東大会決勝においても猛っている。西部戦以上に燃え上がっているだろう。

 それを、鎮める一声。

 

「おぅ、時間だ。早くしろ猪狩!」

「ウッス!」

 

 それを発するのは、大田原。普段はおちゃらけてる王城の主将が、いつになく真剣な面持ちで試合に臨んでいる。『あんな、ホントにマジ顔な大田原さん見たの初めてだ……』と桜庭が驚くほどに。

 

 そして、眼鏡の位置を直しながら、高見は言う。

 

「まず、勘違いしている者がいるかもしれないから、訂正しておこうか。

 ――俺達は、泥門デビルバッツに、()()()()()()()()()()()

 

 え? と猫山が、その発言の意図を探ろうと高見をより注視する。

 

「春季も秋季も、地区大会では泥門との試合は不完全燃焼で終わっている」

 

 春季大会の時は、追い詰められたが、長門村正が途中欠場した。

 秋季大会の時は、そもそも互いに手の内を隠し、長門村正は出場しなかった。

 これで勝ったと喜べるほど、王城のプライドは安くはない。

 何よりも、大事なのは、『全国大会決勝』行きを賭けたこの一戦で勝つこと。それまでの戦績など、ここで負けてしまえば何の価値もない。

 

「はい、泥門デビルバッツは、大会最強の強敵手(ライバル)です」

 

 僅かの弛みも許されない、と高見の言葉に、進も頷く。

 一回戦で神龍寺ナーガを破り、準決勝で白秋ダイナソーズとの激戦を制した。今、対峙するのは何の実績のなかった新興チームなどではない。泥門デビルバッツは、この関東大会で最強のチームだ。

 全員の意志が統一されて、表情が一段と引き締め直されたところで、高見は号令をかける。

 

「さあ締めていこう。どちらが勝つにせよ。王と悪魔が交わす最期のセレモニーだ……!」

 

 

 ~~~

 

 

「――騎士の誇りにかけて勝利を誓う。

   そう我々は、敵と戦いに来たのではない。

   倒しに来たんだ!」

 

 

 ~~~

 

 

「――俺らは敵を倒しに来たんじゃねぇ。

   殺しに来たんだ!

 

 

 ~~~

 

 

 

『ぶっ、こ……ろす! Yeah!』

王国に栄光あれ(Glory on the Kingdom)!』

 

 

 

 ~~~

 

 

 この戦いの勝者が、あのクリスマスボウルへと出場する。

 大会史上最も熾烈な群雄割拠を制しここまで勝ち残った最強の二チーム。

 

 最後に改めて君たちに告げよう。

 

 ここで負ければ初戦敗退と何も変わりはしない。

 敗者に言い訳はない。正義はただ一つ!! 勝て!!!

 

 全国高等学校アメリカンフットボール選手権関東大会決勝(ファイナル)!!

 

 試合開始―――!!!

 

 

 ~~~

 

 

 コイントスの結果、前半か後半かのボール選択権が与えられたのは、泥門。

 当然、泥門デビルバッツは、先攻を選ぶ。

 

 そして、キックオフされたボールは――――ヒル魔の元へ!

 

 

「くっ……! キックボールがこっちに飛んできてるっつうのに、複雑骨折した右腕が今になって疼きやがった!」

 

 

 王城がキックボールを飛ばしてくるのは、十中八九でヒル魔妖一のいるところだと予想していた。

 通常ならば、キックオフのボールなどどこに飛んでくるのかわからない。

 だが、王城にはまず確認したいことがあった。

 

 “悪魔の巨像”であるのか、“悪魔の虚像”であるかだ。

 

 右腕に包帯を巻いて堂々と出場しているヒル魔妖一。

 その怪我が本当であるかどうかで、泥門の攻めのパターンは大きく変わってくるのだ。

 故に、偽情報(ハッタリ)を噛まされて、ヒル魔の術中に嵌められる可能性を潰しておくために、キックボールはヒル魔を狙うだろう。

 ――それを泥門は読んでいた。ヒル魔妖一をエサにして、動き出している。

 

「だが、この試合……負けられねぇ! 病気の妹と約束したんだ……!! 腕が折れようが捕ってやるぜっ!」

 

「……ヒル魔先輩、演るだけ演っておきたいのはわかっていますが、いくら何でもキャラが別人過ぎますよ。というか、妹がいたんですか? 初耳なんですが」

 

 キックされた直後に、ヒル魔の元へ動き出していた長門。

 包帯ギブスで固められた右腕を抱え込んで、熱血ドラマを始めている先輩を他所にボールを普通にキャッチ。

 ――そして、集う。

 

 小早川セナが。

 石丸哲生が。

 長門村正と同じように、ヒル魔妖一の元へと駆け付けていた。

 

「!!」

 

 泥門デビルバッツで、脚の速いトップスリー+ヒル魔が密集し、四方を囲われボールが隠される。

 

「これ……って、まさか……!」

「白秋戦に見せた――」

 

 

 ――『殺人蜂(キラーホーネット)』!!

 

 

 試合開始直後に、いきなりの奇策中の奇策を仕掛けてきた泥門。

 

「さァーて、楽しいクイズの時間だ。誰がボール持ってっかな!??」

 

 ボールキャリアーは、ヒル魔、長門、セナ、石丸のうちの誰か。

 四択を迫られた王城の守備陣に、0.1秒の迷いが生じる。――そして、泥門は迷いなく其々の相手についた。

 

 70番の渡辺頼広には小結大吉がスピードを使ってタックルを仕掛け。

 素早く躱そうとしてくる25番の井口広之、15番の釣目忠士、92番の上村直樹を、戸叶、黒木、十文字がその穴のない連携で囲んで対応。

 『不良殺法』こと『ブル&シャーク』を得意とする22番の艶島林太郎には、柔軟な粘り腰で崩し難い瀧が組み付く。

 

 そして、猛突進する重装歩兵の前に、不動の山の如く立ちはだかるのは、泥門の守護神。

 

 

「ばっはっは! 栗田ァ! 今日こそ春大会でお前に負けた借りを返してやる!」

「止める……! 勝って皆でクリスマスボウルに行くんだ……!!」

 

 

 前衛にはあり得ない全速力からの衝突は、その威力を数倍に引き上げる。

 この大田原誠のチャージを食らえば、大事な仲間たちが危ない。――故に、護る為に栗田良寛が食い止める。絶対の安定感を誇る『不沈立ち』でその勢いを真っ向から受け止めて挫き、そして、大田原の闘志を跳ね返さんとする栗田の殺意がそのパワーを数倍に高める。

 

 そして、事前の打ち合わせ通りに、走路は確保された。

 前衛が身体を張って切り開いた隙間を4人は駆け抜ける。

 

 

「王城舐めんじゃねぇぞオラァアアア! 『殺人蜂(そいつ)』はミーティングん時、白秋戦のビデオで見てんだよォオオオ!」

 

 

 猛り吼える猪狩。

 白秋ダイナソーズは、ヒル魔妖一の術中にかく乱されて、判断が遅れてしまったが、結局、ボールを運んだのは、アイシールド21。光速ラニングバックの小早川セナだった。

 いくら奇策で虚を突いてこようが、そいつ以外じゃあ王城は抜けねぇ!

 そう判断すると行動は速い。単純思考であるが、猪狩は真っ先に、セナへ迫る。

 ――ただ、前回のとは違う点がある。

 

 

「待て猪狩! ボールを運んでいるのは小早川セナじゃない!」

 

 

 セナは、肝心なボールを持っていなかった。

 ベンチ外からの高見の声に、しかしそう簡単に止まらない。“ボールゲット”とロックオンしてしまっている猪狩は乱打を叩き込もうとしたが、それは割って入った手に、キャッチ、される。

 

「暴れん坊MAXだが、長門のより大雑把なんだよ!」

 

 雷門太郎だ。

 激情のままに猛烈に振るわれた猪狩の両拳(グー)を、モン太の両掌(パー)が捕まえる。猪狩のよりも鋭く速く重い拳打(バンプ)との格闘戦を繰り広げているモン太からすれば、乱雑なだけのそれは容易に見切れる。キャッチした猪狩の拳を離さず、しかし、地力でモン太を上回る猪狩は強引に押し込もうとする。

 そんな怒涛の力押しに大きく背中を反らせて堪えるモン太に、襲われたときは『ひいいいい!?』と悲鳴を上げていたセナだったが、すぐに猪狩に飛び掛かった。二人で足し算してもベンチプレス記録では及ばぬ相手だが全霊でぶつかっていく。

 

 

 で、正解のボールキャリアーは、その逆サイドを駆け抜けていた。

 

 

「ボールを持っているのは長門だ!」

 

 

 白秋戦の時にはなかった、もう一つの選択肢。

 それは、春季大会でもいきなり王城の守備のほとんどを独力で抜き去った、長門村正。

 

 

「うおおおおお! 止まらねぇええええ!」

 

 

 カットステップとクロスオーバーステップを激しく刻むその走りは、最高速では及ばないものの、帝黒アレキサンダーズの大和猛の走法を再現している。

 

 ――進先輩の教えを思い出せ!

 

 35番の薬丸を抜き去った長門の前を、角屋敷が塞ぎにかかる。

 

 ランナーの足や頭の動きに釣られるな。

 体の中心線だけに集中しろ。相手よりも先に動かず、引き付けてから跳べ。

 

 ブレーキのかからない悪魔の曲がり(カット)、『デビルバットゴースト』の攻略法。

 白秋の円子令司も実践していた技巧。敵の頭や目線のみを追えば、必ずフェイントに釣られる。だから、腹やボールに焦点を当てる。

 集中しろ。

 相手の方が、速く、巧く、強かろうが、この腕一本――進先輩を真似した『スピアタックル』で捕まえられれば、僅かにでもその体勢を崩せる。

 

 ――長門の体勢が、右へ流れた。

 

 その瞬間を逃さなかった角屋敷は、予測した進行方向先へ片腕を思い切り伸ばす。

 ――だが、右へ傾いていた体勢で、前へ伸ばした足が左へスライドされた。

 

「な……っ!?」

 

 まるで後出しジャンケンのように、こちらが動き出したのを見て、その手を変えてきた。

 そして、体勢を傾けさせたままだが、膝を曲げずに真っ直ぐ伸ばした足は、グーステップ――『ロデオドライブ』の前動作。角屋敷吉海が動き出したのとは逆方向へ、120%で加速するチェンジ・オブ・ペース。甲斐谷陸の走法を、己の血肉(はしり)に取り込んでいた長門の急転換急加速に、角屋敷は指一本と触れられずに抜き去られた。

 

 そして――ゴールラインまで、あと一人。

 

 

 ~~~

 

 

『攻撃の泥門VS守備の王城! 開幕から両チーム最強エースが激突――ッ!!』

 

 

 長門村正。

 生まれて初めて出会った、同類。金剛阿含とは違う、才能に奢らず努力で錬磨したその力は、己と同じものだ。

 だが、それ故に、負けられない。

 怠らず、弛まず、常に鍛錬を積み重ねてきた。その一年の差。この男が己と同類なればこそ、一年の差を覆させるわけにはいかない。

 恩師・庄司監督のご指導の正しさを証明するために。

 

 

 長門村正に、進清十郎の光速は抜けられない。

 甲斐谷陸と同じ40ヤード走4秒5のスピードでは、進清十郎の40ヤード走4秒2は抜くことができないのは、西部戦で見せられている。

 全てにおいて完璧。曲がりすら減速せず、120%の超加速で仕留めに来る高校最速のラインバッカーを、同じ光速の世界に達しないものには超えることはできない。

 

 ――『光速トライデントタックル』!!

 

 だから、スピードだけで勝負はしない。

 

 進が超加速のための前動作に入った時、長門は予備動作(おこり)もなく無拍子で迫った。

 アメリカンフットボールのプレイにはない、魚群が一斉にベクトルを変えてくるような日本武術の体技。

 その初動を気取られぬ前進で、機先を制する。

 

 ――『格闘(グラップラー)アーム』!!

 

 進が『光速トライデントタックル』を発動して超加速する直前に、逆に無拍子で制圧する。筧駿のハンドテクニックのように、トップスピードに勢いづく前に、ノータイムで、抑え込む。

 三つ又の矛と大太刀の鍔競り合いが、火花散る。

 腕の長さ(リーチ)も、腕力(パワー)も長門が上。力比べの土俵に持ち込めれば、押し込める。

 

 

「――進っ!」

 

 繰り出すつもりだった右腕の槍が、抑えられた。

 先手を取るつもりが、後手に回ったのはこちらの迂闊。だが、こちらの右腕を抑えられたが、向こうはボールを片手持ち。隙を晒している。逃さない。

 

 長門は片腕で右腕を抑えたが、それでもそれまでの勢いづいた進のスピードを零に殺し切れてはいない。止まらない。そして、長門に右腕を抑えられたまま、身を捩って、逆の左の槍を突き出す。

 

 

「――長門っ!」

 

 進清十郎がこの程度で止まらないのはわかっている。

 進清十郎が狙ってくるのを、抑えた手から伝わる微細な振動から感じていた。

 だから、長門村正の動きはまだ終わりでは(とまら)ない。

 

 半身捻りながら左腕を突き出してくるのに、合わせて、長門もまた後ろへ半歩跳んだ。『格闘アーム』の押さえも放してしまった。

 強引なブレーキをしたかと思えば、思い切りアクセルを踏み込もうとした瞬間に、半歩、下がられた進の体勢が僅かに(ゆら)ぐ。

 峨王力哉を技で倒した『蜘蛛の毒』とは違うが、同様に重心移動を制して相手の体を崩させる、押し相撲のような刹那の駆け引き。

 半歩の後退に、揺らいだ三つ又の切先。それに繋げて、半身捻りつつボールを持っている手の甲で槍の側面を弾き払いながらボールは離さない、『スクリューバイト』のようなスピンムーブと綱渡りなボールハンドリング。

 

 そして、突進をいなした長門は、最短最小限の走路で抜き去る『無重力の走り(パンサーラン)』――

 体を崩した進清十郎を、紙一重で、()()()()

 

(ここだ……っ!)

 

 ――交錯したとき、長門の身体が進の肩を擦り弾いた。

 

「っ!」

 

 カースタントなどで、走行車が進路先に停車している車両を撥ねる時、真正面からぶつかりに行くのではなく、車両の鼻先に当てていくのが上手い当て逃げだとされる。

 『黒豹』のように最小限で躱すのではなく、最小限で当たりに行く破壊的な走法(ラン)。ぐらついていた進の体勢をその追撃が完全に崩す。

 

 

 ~~~

 

 

『進清十郎を撥ね飛ばしたァァ! パーフェクトプレイヤー同士の頂上決戦は、長門村正に軍配ー!!!』

 

 

 『妖刀』は、只管に打ち込み、錬磨して刃を研ぐだけでなく、これまで戦ってきた相手の血肉によりその鋭さを増す。

 

 長門村正もまた、実感している。

 この男、進清十郎は、自分と同じだと。身体能力も、練習の密度も負けるつもりはない。しかし、一年、という差がある。

 

 けれど、長門には、その差を埋めるに足る、進清十郎にはない要因がある。

 

 “好敵手”という存在だ。

 それだけは、どんな優秀な指導者でも用意できない。鍛錬する中においても、常に対戦相手としてイメージが纏わりつくほど意識する強敵。

 進清十郎は、小早川セナという自分よりも速いランナーの存在に触発されて、自らもその光速の域に追い縋らんと、自らの壁を超えた。

 長門村正は、進清十郎と小早川セナの対決よりも以前からずっと、大和猛という存在を意識し続けた。

 それが長門村正にとって、進清十郎に勝っている点であり、経験値の差を埋めるに足るものだと自信をもって言えたものだった。

 

 

 ~~~

 

 

おおおおおおおお――!!!」

 

 

 ~~~

 

 

 どんなに過酷な鍛錬は課せても、“好敵手”までは庄司軍平は用意してやることはできなかった。

 

 進のような生真面目な男は、目指すものがあるほど強い。

 進に慢心はない。常に高みを目指している。だが、中学生にして最速で最強だった進と渡り合えるようなライバルが存在しないのもまた事実だ。

 同年代に金剛阿含がいたが、才に奢れる者では、進の好敵手足りえない。向き合うことで力を爆発させ、互いに互いを引きずり上げてどこまでも強くさせるそんな存在は、進にはいなかった。

 進は孤高だった。春季大会までは。

 

 あの試合、想定の中でしかなかった強敵手が、彗星のように現れてから、進は一段と己に厳しくなった。

 

 自分よりも速い相手。

 自分よりも強い相手。

 

 それは進の想定を超えるプレイをしてきた。

 

 

「ああ、それでこそだ」

 

 

 進が、笑った。

 アメリカンフットボールをしてきて、これほどの昂りは感じ得なかったというように。

 

 あんな闘志むき出しの咆哮を上げる進を、庄司軍平は初めて見た。

 あれは進の孤独を満たす、歓喜の表れなのだというのを誰よりも感じ取る。

 

 そうだ。

 進は、目指すものがあるほど強くなる。

 

 

 ~~~

 

 

 金剛阿含さえも撥ね飛ばされた長門村正の剛の走法(パワーラン)

 それを食らった進は、人工芝生を手袋が擦りながらも、地面についた手を突き上げた反動で、崩れた体勢を一気に立て直す。

 

 

「あ・の化けモン……!! 糞刀のぶちかましを貰いながら、こらえやがったっ!」

 

 

 長門は、前だ。

 王城の守備は追いつけず、独走状態に入った――だが、己ならば追いつける!

 

 

「ダメだ、やっぱり逃げられない……! 人間の限界速40ヤード走4秒2――光速の世界からは――!」

 

 

 アレが、甲斐谷陸が抜き去れなかった、史上最強のラインバッカー。

 二人にあった距離が詰められて、最後の120%の超加速『光速トライデントタックル』が、逃げる『妖刀』を捉えた。

 

 

「いいや、まだだ。捕まえた程度じゃあ止まらない。そうだろう? 村正」

 

 

 大和猛は知っている。我が最大のライバルは、三つ又の矛で串刺しにされてもその闘志は潰えないことを。

 

 

うおおおおおおおお――!!!」

 

 

 観客席からのライバルの視線(きたい)に応えるよう、その咆哮がフィールドを震撼させる。

 大和猛(さいじょうい)レベルを想定している長門は、ここでタックルに捕まえられることに驚きはない。

 

 

「進のタックルをもらいながら、まだ動くのか長門……!?」

 

 

 ゴールはまだ先にある。ならば、足を止めてはならない。

 肉体猛々しく。

 気力雄々しく。

 前へ――もっと前へ! 1mmでも前へ……!!

 

 

 ~~~

 

 

 

「「おおおおおおおお――!!!!!!」」

 

 

 

 ~~~

 

 

『す、すす凄まじい! 凄まじい攻防でした! キックオフからいきなりの両チーム最強同士の激突に、私の手はまだ震えっ放しです!』

 

 

 最強の矛と盾。

 ぶつかり合えば、果たしてどのような結末になるのか。

 そして、どちらが優れているのかという評価は一体どうくだすのか。

 

 3歩、で止まった。

 

 これを3歩まで進められた、と取るべきか、3歩しか進ませなかった、と取るべきかは人それぞれだろう。

 ただし、倒し切れなかった当人(ほこ)、止め切れなかった当人(たて)は、両者ともに決してこの結果に満足はしていない。

 妖刀に斬られながらも倒れない、三つ又の矛に貫かれても止まらない、この両者の闘争本能は、まだ火が点いたばかりだ。

 

 

 ~~~

 

 

 そして、泥門の攻撃が始まる。

 

 

「ヒル魔、包帯したまんまじゃにーか……!」

「不自然過ぎるだろ……」

「パス投げれんのか!?」

「いや投げれないんなら出てこないだろ流石に……」

 

 

 観客席からはちらほらと不安の声が上がる。

 それもそのはず。ヒル魔は依然と右腕に包帯を巻いたままなのだ。

 

「ケケケ、さァ~てお楽しみの泥門デビルバッツ攻撃シリーズ――てなわけだが、残念なことにこの腕じゃあ(タマ)は投げれねーからなァ……ここは“矢”でもぶっ放そうか」

 

 舞台役者のように、とても愉快に大袈裟に煽るよう口上を捲し立てる心理戦の魔術師が指示する布陣に、王城の高見はポーカーフェイスを崩して頬を引きつらせた。

 

 やや弧を描くライン。

 クォーターバック・ヒル魔の後ろには、ランニングバックに入った長門とセナが一直線に並んでいる。

 ――まるで、西部戦で披露された、弓と弦のような陣形。

 

 

『これはもしや泥門! 王城の新戦術『巨大弓(バリスタ)』を実行しようというのかーー!!?』

 

 

 そう、これは長門村正という名の『妖刀』を矢として装填した、『巨大弓(バリスタ)』である。

 新生王城の無敵城塞を、新生王城の革新戦術で打ち破ろうとする掟破りを大胆不敵に仕掛ける。

 

 

「ケケケ、ご期待にお応えして、泥門最初のプレイは、策もへったくれもないド直球勝負だ。テメーら無敵城塞に風穴をブチ開けてやる!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。