悪魔の妖刀   作:背番号88

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42話

 全国アメフト選手権準決勝。

 王城VS西部戦開幕――!

 

 前回の泥門VS白秋戦とは打って変わって快晴。天候に左右されないとなれば、より明確に両者の実力によって勝敗が決するだろう。

 

 そして、この試合の勝者が、全国大会決勝(クリスマスボウル)進出をかけて、既に決勝へコマを進めた泥門と戦うことになる。

 当然、泥門デビルバッツも試合観戦に試合会場へ訪れていた……

 

「もうすぐ始まるよ王城対西部戦!」

「フゴッ!」

「勝った方と僕ら決勝で戦うんだもん! もうシッカリシッカリ見とかないとね!」

「フゴォーー!」

 

「目ェ怖っ」

 

 会場に入ると観客席には一足先に現地入りして席を確保していた栗田と小結がギンギンに目を血走らせていた。

 

「何時から見に来てたの栗田さんと小結君……」

「じゅ…10時!」

「朝10時!? 3時間も前からかよ!?」

 

「ううん、昨日の夜10時から」

 

「アハーハー、目つきがギンギン真剣だね! 僕も負けてられないな!」

「いや徹夜で充血だろ」

 

 徹夜明けで半日以上待機である。そりゃあ、目がギンギンに充血する。よく閉鎖しているであろう真夜中に会場入りができたと思う。

 何事にも力が入りすぎな師弟である。

 

「まあ、二人がこういう行動に出るのは読めたので、コンビニに立ち寄ってドリンク(2Lペットボトル)と軽食二人分(一人当たり大食漢換算で、実質十人分)を買ってきてあります」

 

「ありがとう長門君! 実は朝食を用意しておくのを忘れちゃってお腹ペコペコだったんだ」

「フゴフゴッ!」

 

「はぁ。観戦中にぶっ倒れないでくださいよ」

 

 大袋の買い物袋をそれぞれに渡す長門。

 ちなみに移動式改造酸素カプセル(ひるまよういち)の姿はない。白秋戦での怪我を診察するために病院へ行っている(酸素カプセルごと付き添いの武蔵が運転する軽トラに載せて)。とはいえ、抜け目のない先輩が、この機会を逃すはずがなく、会場のいたるところに協力(脅迫手帳)を取り付けた何人ものカメラマン。あと、泥門高校電気工学部作成のカメラ付きドローンが飛んでいるのを長門は見かけたが、突っ込まない。許可とか法律とかそういうのを気にしていたら、ヒル魔妖一の後輩はやっていけない。

 

 

『さていよいよ入場です! 王城ホワイトナイツVS西部ワイルドガンマーーンズ!』

 

 

 フィールドの両端に設置されたサボテンマンガンと白騎士の兜を模した入場ゲートから、両チームの選手が入場する。

 最初に現れるのは、西部だ。

 ガンマンスタイルのチアガールたちのGUNGUN! とモデルガンを手にしたノリのいいアップテンポな声援に迎えられながら選手が駆け抜けていく。

 

 

『まずは西部ワイルドガンマンズ! スピードテクニックの貴公子、甲斐谷陸――!!』

 

 

 陸……。

 先頭を切った幼馴染の兄貴分の登場に、セナは自然と拳を握る。

 一方で、甲斐谷はそちらへ振り向かず、フィールドに一番乗りする。その一直線に目指す走りからは彼のこの試合にかける意気込みが伝わってくる。

 

 

『重機関車、鉄馬丈――!』

 

 

 鉄馬先輩。

 不意に途中で、鉄馬は立ち止まり、目線だけ動かした。泥門の――モン太のいる方へ。

 指令ではなく、己の意志で。無言の意思表示(メッセージ)を、向けられたモン太は、しっかりとキャッチする。

 

 

『クォーターバックはもちろんこの人! 早撃ちキッド――!!』

 

 

 最後に出てきたのは、西部ワイルドガンマンズの司令塔。

 普段通りに、気負いなくフィールドに入る。表面上は。

 

 

『続いては、王城ホワイトナイツ!』

 

 

 そして、反対側の入場ゲートからも選手が現れ出す。

 ゲート前、左右に整列したチアリーダーの間を行くのは、関東大会の本命。

 

 

『まずは王城の司令塔、正確無比なる長身クォーターバック、高見伊知郎――!』

 

 

 高さと正確さ、優れたデータ分析を武器に、求められる役割をミスなくこなす堅実な頭脳。己の欠点を知り尽くし、それをカバーする努力を怠らない。天才たちに勝つ術を最後の最後まで模索するその姿勢は、ヒル魔と似ている。

 そして、高見の後に続くのは、彼と共に高き頂を目指すと誓った相方。

 

 

『未だ公式戦パスカット0のエベレストパス! 純白の若獅子、桜庭春人――!』

 

 

 その瞬間、ひときわ大きな歓声にフィールドが沸いた。

 一時期、プロダクションを辞め、頭を丸めたときにファンが離れたこともあったが、本当の実力を身に着けた桜庭は、そのプレイでもって前以上にファンを増やしていた。周りに持ちあげられるだけの虚構のヒーローから名実揃った真のヒーローとなったのだ。

 

「桜庭やーー! 関東レシーバー四天王の中でも最強、桜庭春人や!!」

 

 女性ファンの黄色い声援の中でも負けじと声を張り上げる車椅子の少年。山本鬼平が付き添っているその男の子は、虎吉。この会場で誰よりも桜庭春人(ヒーロー)の勇姿を望んでいる。

 

 

『そして……いよいよ登場です!!』

 

 

 来るぞ、進化する怪物が……!

 この男の到来に、アメフト関係者は誰しもが息を呑む。

 

 

『完全無欠の守護神、進清十郎――!!!』

 

 

 進清十郎。

 長門村正のライバル――大和猛にも引けを取らない、“高校最強”のラインバッカー。

 脚力、腕力、瞬発力、判断力……すべての能力が高校レベルをはるかに超越している、この関東大会で最も完成されたアメリカンフットボールプレイヤー。

 一回戦で当たった茶土ストロングゴーレムは相手にするには不足で、『トライデントタックル』という一端こそ見せたが、この男の()()を見ることは叶わなかった。

 だが、今回の西部ワイルドガンマンズ、東京地区最強の矛とも評価される火力、何より春季大会では苦汁を舐めさせられた強敵に対し、進清十郎はその力を発揮してくるだろう。

 

 

 進清十郎も決めている。あの春季大会決勝、己が認めた好敵手に、あの時のような無様を晒しはしない。

 神龍寺ナーガ、白秋ダイナソーズと、全力でぶつかり、そして、勝ってきた。どちらも優勝を狙えたチームで、トーナメントのくじ運がなかったとも言えるが、それだけ泥門デビルバッツはこちらに手札を明かしている。

 ならばこちらも手札の温存などという真似は控えるべきだ。西部ワイルドガンマンズもまた優勝を狙えるチームであるのだから。

 

「高見さん、西部はこれまでのチームとは違います。泥門を前に出し惜しみして勝てる相手ではありません」

 

「……わかってるさ、進。出し惜しみをする気はないよ。もう大体のところは目星がつけられているようだし。ミーティングで話し合った通りに、猪狩も投入する、そして――」

 

 ――『巨大弓(バリスタ)』を使う、と高見伊知郎は宣言した。

 

 

 ~~~

 

 

 試合が始まった。

 西部が先攻、王城が後攻。

 王城のキッカー・具志堅のキックでキックオフされたボールを、甲斐谷陸がキャッチ。

 

 西部は、この開幕キックリターンから狙いに行く。――だが、王城はそれを許さない。

 

 目標を逃さぬスナイパー、コーナーバック・艶島林太郎。

 インターセプトを得意とするコーナーバック・井口広之。

 決して穴を見逃さないセーフティ・釣目忠士。

 アメリカ武者修行を経験したセーフティ・中脇奏太。

 王城次世代の前衛の要、ディフェンスライン・渡辺頼広。

 ライフセイバーで『泳ぎ(スイム)』を磨いた、ディフェンスライン・上村直樹。

 

 それぞれが連携して、ボールキャリアーの走路を塞ぎ、追い詰めていく。

 その様は観客席から見るとよくわかる。セナも同じ状況となれば、見える光輝く走路はか細いものとなってるだろうというのは。

 それでも、陸は一瞬でも足止めしてくれる味方のブロックを使って、フィールドを切り込んでいく。

 

 

「あれじゃあ、陸の走れるルートがもうほとんどない……!」

「当然だ。あいつら全員、守備部門の東京地区ベストイレブン。そんな甘い守りをするはずがない」

 

 

 そして、来る。

 フィールドに立っていなくても想像できる。

 全身を固めたフルアーマーの重装歩兵が、猛スピードで迫ってくるその光景が。

 

 

『大田原君、一気に西部のブロックライン一層目をぶち破ったーっ!!』

 

 

 ベンチプレス記録145kgとパワーこそ栗田や峨王に劣るが、大田原の走力は40ヤード走5秒0と後衛並。茶土の岩重ガンジョーよりも速い、5秒の壁を切るスプリンターである大田原は、その巨体にはあり得ないスピードでもって激突時の威力を跳ね上げさせる。

 

「見てろ。ラインマンのパワーって奴はな。腕力だけじゃって奴はな。腕力マンがパワーって奴は……

 ん? ワンリョク……がなんだっけ? まあいい――」

 

 ……その理解力はとにかくとして、重心の据わった栗田とは違うタイプのライン。

 スピードに乗った大田原は、同じ東京地区ベストイレブンに選出された西部のガード・馬場山オグリを蹴散らしながら、陸に飛び掛からんとする。

 

 

『しかし、二層目――鉄馬君が、リードブロッカーとして立ちはだかるーっ!!』

 

 

 後衛だが、ベンチプレス記録115kgと前衛並のパワーに、鉄腕・鉄脚を誇るアイアンボディを有する鉄馬丈が、大田原を抑える盾となる。勢いのままに押し切られるが、確実にそのスピードにブレーキをかけた。

 すかさず、陸は大田原のチャージを躱す。

 

 だが、王城のラインには、まだもうひとりいる。

 

 

「そっちへ行ったぞ、猪狩!」

「ウッス大田原さん! ここは抜かせねぇぜ! なんつったってこの俺がいるからなオ゛ラァアアアア!!」

 

 

 それは、縛られた鎖から解き放たれた狂犬。

 大田原に続く、第二陣――この試合がデビューした猪狩大吾。

 ベンチプレス130kgで、40ヤード走5秒0と高いフィジカル能力を誇る王城の新星が、西部の新星である甲斐谷陸へ暴れ狂う連打を浴びせにかかる。

 

 

 ~~~

 

 

「あの野郎、猪狩……ってまさか、『プリズンチェーン』の猪狩……!?」

「あ゛あ゛っ!!」

 

「なんだ、何か知っているのか十文字」

 

「ああ、長門。俺らが中学ん時、地元で有名な『プリズンチェーン』っつうメチャメチャ喧嘩が強ぇ奴がいてよ。いっつも鎖ジャラジャラ鳴らしてすぐブチ切れるってんで誰も近寄んなかった。……いやでもまさか……」

「ハァアアァ!? んな凶悪なフリョーがアメフトなんかやってるわけねえだろうよ」

「黒木の言う通り。不良がアメフトとかわっけ分かんねえし」

 

「お前らも同じようなものだろうが……しかし、となると、猪狩大吾もまた似たタイプとなるのか」

 

 

 ~~~

 

 

 地元最強の不良であった猪狩大吾の荒々しい喧嘩殺法(プレイスタイル)

 守りなど知らぬ、全身でぶつかってくる攻めの姿勢。

 しかし、これに腰を引かせる選手は、西部にいない。逆に、それに食らいつかんばかりの闘志を放つ猛者が飛び出した。

 

 

「へっ! 王城にも随分と活きの良い野郎がいるじゃねぇかよォ!」

 

 

 鎖で縛っても抑えきれない凶暴な選手の前に立ちはだかったのは、同じく暴力的な香りの漂う選手。

 

「牛島さん!」

「行けっ! 陸! 俺はコイツをぶちのめす!」

 

「ぶちのめしてみやがれオォラァアアア!!」

 

 攻撃に防御ではなく、攻撃をぶつける“超攻撃至上主義”の爆腕猛牛――東京地区ベストイレブンに選出された、西部前衛の要・バッファロー牛島が、猪狩の連打を貰いながら構わず爆腕で薙ぎ払いにかかる。

 危険地帯を迂回した甲斐谷陸――に、飛び掛かる影。

 

 

「まだいやがったのかっ……!?」

 

 

 甲斐谷陸よりも少し大きい小兵は、角屋敷吉海。

 この関東大会に入ってレギュラー入りを果たした一年生ラインバッカーが、ボールキャリアーを潰しに行く。

 ――だが、『暴れ馬』は、隙を狙った程度で捉えられる相手ではない。

 

 

 ――『ロデオドライブ』!

 

 

 角屋敷が全身を伸ばして突き出した右腕で捕まえたと思ったのは、残像だった。

 『チェンジ・オブ・ペース』――一気に120%に達する甲斐谷陸の走法が、角屋敷を後背に置き去りとした。

 

(でも、これでいい)

 

 今、甲斐谷陸が進んでいった先には、断頭(ギロチン)台がある。自らその首を差し出すに等しい真似をしたのだ。

 甲斐谷陸も気づく。経験がある。あの東西交流戦、大阪代表――帝黒学園が仕掛けてきたものと同じだ。

 

 

「進さん!!」

 

「行くぞ、甲斐谷陸……!!」

 

 

 そう、王城は、『ランフォース』のように、個々に選手の相手をしながらも全体の布陣を意識して動き、ボールキャリアーの走路を進清十郎の前に来るように誘導していた。

 只管に積み上げた練習量が成せる連携だ。全員が全員の行動を予測でき、お互い(チーム)にとってベストの選択が即断できるように鍛え上げられている。ボールキャリアーがいかなる走路を選択しようとも、王城ディフェンスは一個の生物のように連動して陣を形成し、最強の守護神との一対一となる結末へと追い込む。

 

 

 来る!

 様子見などせず、一撃必殺の三つ又の槍を繰り出してくる!

 

 

 ――『トライデントタックル』!!

 

 

 ~~~

 

 

 ――『十文字槍(トライデント)タックル廻』!!

 

 

 奴が仕掛けてくる瞬間は、ようやく掴めてきた。

 その直前に『ロデオドライブ』のフェイントを切り込んでから、『スワープ』――投げ縄のように円を描いていく走りでもって、全速の槍を躱す。抜いた!

 

『これで、抜いたつもりか、甲斐谷?』

 

 走者殺し(エースキラー)の眼光が射貫く。

 

 猛烈な速度で突進して突きかかってきた“十文字槍”。中央の穂先(みぎ)を辛うじて躱せても、左右にも刃は揃えている。

 

 右へ逃げたが、急転換。右手右足の右半身を前に突き出した順突きの体勢――つまりはこちらを真っ直ぐに捉えた姿勢から、そのまま二本目(ひだり)の槍が繰り出された。

 

(俺のフェイントに全く引っかからずに、確実に動きを捉えてる。間合いに入ればどこへ逃げようと逃さず斬りかかってくる!)

 

 もしも逆に左へ避けても、即座にその長い腕(やり)を横薙ぎの手刀に移行する。

 突けば槍、払えば長刀、引けば鎌と言われる十文字槍の如く、全身をフル稼働させて臨機応変に対応してくる。

 こちらが全速で躱しに行く、弧を描くように、二の槍から離れようとする。だが、死角に潜り込もうが正確にこちらを捉えてくる野生染みた直感。それに俺と奴は、同じ40ヤード4秒5(スピード)。加えて、脚の長さ――奴が一歩で制圧する守備範囲から、単独で生還できた者は、大和猛(ひとり)だけだ。

 

『甲斐谷陸、お前には、テキサスでの合宿で、牧場を紹介してくれた一宿一飯の恩がある。その借りを返すためにも請け負ったが、()()()()()? これでは、“当て馬”で終わってしまうぞ』

 

 が、は……!?

 片腕で突き飛ばせる威力が、この身を貫通した。呼吸が止まる。慈悲の欠片もない。

 当然だ。

 時代最強ランナー(アイシールド21)のライバル。一走者としてその前に対峙するのなら、たとえそれが練習であろうと一片の容赦もしなかった。

 だが。

 だからこそ、望むところ。

 

 まだだ。まだこんなものじゃない……。

 

 息を整えるまで休まず、立ち上がって奴を睨む。

 

 奴――長門村正を抜けなければ、王城の進清十郎には敵わない。抜かなければならない。一度でも抜くことができないのなら、俺に“最強西部ワイルドガンマンズのランニングバック”を名乗る資格はない……!

 最強の目標(ライバル)に頭を下げて擲った元手(プライド)以上の、成果を勝ち取るためならば、俺は何度だって挑む……!

 

 

『……俺の技はもう教えた。それをどうモノにするかはお前次第だ、甲斐谷陸』

 

 

 ~~~

 

 

 ――『ローピング・ロデオドライブ』!!

 

 

 三つ又の槍を構えた――その寸前、甲斐谷陸の身体は反応した。

 

 俺は、その踏み込みを誰よりも知っている……!

 『トライデントタックル』は、『ロデオドライブ』の走法を取り入れて完成された技だ。だから、『ロデオドライブ』を知る甲斐谷陸には、120%の加速で詰めてくるタイミングが読めるというのは道理。

 暴れ馬は、弧を描く走法で、一気に迫る騎士の刺突を回避する。

 

 

「しゃあああっ! 躱したっ!」

 

 

 いいや、“トライデント”とは、“三つ又の矛”。

 左右に逃げ場は、ない……!!

 

 逃げる標的を追尾し、曲がりながら超加速する進。

 『トライデントタックル』は、120%の加速力による最速の一手で敵を仕留めるだけの技ではない。

 スピードで劣る以上、甲斐谷はその猛追から逃げ切れない!

 

 

 ~~~

 

 

『陸君のキックリターンで、35ヤード地点から西部の攻撃スタートです!』

 

 

 甲斐谷陸は、進清十郎に捕まり、倒された。

 120%の加速に、片腕で相手を仕留めるパワー。高校最強のラインバッカーの三つ又の矛は、暴れ馬を貫いた。

 

 

「ばっはっは! よくやった進! やっぱりお前を抜ける奴はおらんの! ん? どうした右手を見つめて? 手相占いでもしてるのか?」

 

「いえ……何でもありません、大田原さん」

 

 

 進は、受け皿のように開いた右手へ視線を落とす。

 甲斐谷陸は、倒した。捉えた。だが、この手応えは、決まっていない。会心というには外れている。

 甲斐谷陸の体軸へ狙い定めたはずなのに、タックルの芯がずれていた。そう、暴れ馬を三つ又の矛は貫いたが、急所ではなかったのだ。

 そして、それは、甲斐谷陸が、三つ又の矛を受けながらも脚を動かし続けていたからだ。

 これまで、大抵の選手は、進のタックルが決まれば、その威力に足が止まり、蹲る選手もいた。だが、甲斐谷陸は違った。

 岩のように鍛え上げられた肉体を持つ岩重ガンジョーですら耐え切れなかった刺突を、あの小柄な体格で受けながらまだ走れた。

 精神力でどうにかなるとは考えにくい。

 この“貫かれる感覚”に慣れていなければ、そのような芸当はできないはずだ。

 ……導き出されるのは、甲斐谷陸は、『トライデントタックル』を知っているということ。

 

 そして、己に近い完成度で『トライデントタックル』を行使できるのは、ただ一人。

 

 違和感の解に辿り着いた進は、右手を握り締めるや、観客席へと視線を向けた。

 

 

 ~~~

 

 

「もうこちらに勘付くか、進清十郎。だが、試合中に他所を気にする余裕はないと思うぞ。今、フィールドで対峙しているのは、“西部ワイルドガンマンズのエースランニングバック”だからな」

 

 

 ~~~

 

 

 西部ワイルドガンマンズの攻撃が始まった。

 フォーメーションは、『ショットガン』。クォーターバック・キッドの“早撃ち”を最大限に発揮する、西部のメインディッシュ。

 

「SET――HUT!」

 

 発射される四人の弾丸(ショットガン)

 

 

「行ったァァァァ! 全員レシーバー! こりゃ誰にパス行くか分かんねえ!!」

 

 

 刃牙僚介。

 (はざま)元次。

 波多六髏。

 そして、鉄馬丈。

 西部のレシーバーたちがそれぞれのパスルートを駆け抜ける。

 

「王城守備ナメんなよ!!!」

 

 同時に、動く。

 

 

『おぉおおー! 王城ホワイトナイツ!! 西部の『ショットガン』にも全く揺らがない!!』

 

 

 艶島林太郎。

 井口広之。

 薬丸恭平。

 そして、進清十郎。

 王城のディフェンスがそれぞれのマークにつく。

 

 

『レシーバー全員に完璧な密着マークっっ!!』

 

 

 エースレシーバー・鉄馬丈に、進清十郎が並走する。

 スピード、パワー共に王城が上。脚で振り切れないし、力で振り払うこともできない。

 進に張り付かれた鉄馬。これでは流石にパスを投げれないか。

 

 

「うおおおお猪狩ィィィィ! 西部のラインをぶっ倒したーーー!!」

 

 

 王城の猪狩の豪乱打が、肉弾勝負を好む生粋のタックラー・花田決進を打ち破った。

 

「オラァアアア――!!」

 

 技術のへったくれもない強引なプレイ。峨王力哉と近しい野生。ボール奪取以外のことなど頭にない単細胞は、それだけ即決即断ができ、敵を躊躇なく潰しに行く。興奮状態となればもはや声の制止だけでは止まらない。

 

 ――しかし、高校最強のラインバッカーですら捉えることが成し得なかった“神速の早撃ち”。

 

 

「うおおおお、パス決まった!! 速えええーーー!!」

 

 

 真正面に捉えたはずの猪狩ですら、瞬きの間にボールを見失った。

 0.2秒のパスモーション、普通のクォーターバックの倍以上に速いキッドの投球速度。王城ライン・猪狩を引き付けるスクリーンからのパスは、甲斐谷陸へ渡った。

 

「これ以上、進ませるか!」

 

 パスキャッチした陸へ、角屋敷が迫る。

 向こうはそのままランで切り込もうとしているみたいだが、フェイントをさせる余裕も与えない。一気に、行く。

 

 ――『スピアタックル』!!

 

 コイツ……っ!?

 憧れの先輩の、模倣。片腕を伸ばしてタックルを決めてくる角屋敷に、間合いを見誤った甲斐谷は捕まる。

 いや、それでも甲斐谷はほぼ同じ体格の角屋敷の片手突きに倒れるものか! と負けん気を奮起させた。だが、その右腕に押される圧は、重い。

 進清十郎以外に捕まる気などなかった甲斐谷陸は倒されて舌打ちをするものの、ボールは意地でも落とさなかった。

 

 

『角屋敷君のタックルが決まったー! しかし、西部、今のパスで5ヤード前進です!』

 

 

 ~~~

 

 

「よく見ておけお前ら。地区大会の決勝でも体験しただろうが王城の守備は、選手其々が決められたゾーンを担当し、役割分担して完璧な連携を取っている」

 

 長門の言葉に、セナは地区大会決勝のことを思い出す。そして、それを照らし合わせながら、あの時泥門が戦った王城の鉄壁の布陣を、観客席から俯瞰的する。

 

「戦うのだとすれば、ゾーンの継ぎ目だ。そこが王城守備の弱点」

 

 ふっと息を吐いて、半ば呆れた声音で、称賛を送る。

 

「流石はキッド。ヒル魔先輩でももう1、2手は要したところだが、もう王城の守備を読んでいる」

 

「えっ?」

 

 二回目の攻撃、パス失敗をしたが、三回目からパスが決まりだし、連続攻撃権を獲得する西部。

 

「王城は、進清十郎に鉄馬丈のマークを付かせ、その分だけ空く穴のフォローをあの背番号41(かどやしき)に任せているみたいだが、そこに綻びが生じている」

 

 それをキッドは逃さない。

 鉄壁の布陣に、僅かに見えた亀裂。一斉に散らばるレシーバーに流動させられる王城の守備陣を感覚的に把握しながら、直感的に最適解を導ける神算の思考力。

 頭の回転が早い、などというレベルではない。

 

「元の進清十郎を中核に据えた方が、布陣は安定するだろうが、それほどにキッド―鉄馬のホットラインを断ち切っておきたいのか。あの背番号41に期待をしているのか」

 

 ・

 ・

 ・

 

 それでも、新生王城の無敵城塞は、甘くはない。

 進に鉄馬を抑えられているせいか、攻撃に勢いの出ない西部。甲斐谷のランも角屋敷を相手したロスで進に追いつかれて、長距離を稼げない。

 そして、プレイの度、角屋敷吉海は甲斐谷陸の走りを追いながら、少しずつ鋭く速くなっていく。成長するルーキー――その姿に、目を細めたキッド。

 

 その後、ゴールラインまで残り20ヤードまで来たところで、西部は『ショットガン』ではなく、キックを選択した。

 

 

『入ったァァァァ!! 3対0! 先取点は、西部ワイルドガンマァァァンズッ!!』

 

 

 キッカー・佐保が確実にゴールを決めて、3点を獲得。

 今大会、王城ホワイトナイツの初失点だ。

 これに拳をきつく握りしめて不甲斐ないと悔しがるは、角屋敷。

 

「くっ! 俺がもっと進先輩のフォローができてれば……!」

 

「落ち着け、角屋敷、今獲られたのはあくまでキックの3点だ」

「ばっはっは! そうだ、新生王城攻撃! これからうちはタッチダウンで7点取りゃいいってことよ!」

 

 一年生を宥める最上級生の高見と大田原。

 主将と副将の王城の大黒柱を務める彼らは、有言実行。言葉で諭す慰めではない、行動でもって示す。

 

 

「さぁ、桜庭、二人で西部にお披露目してやろうじゃないか。パスカット不能、高校史上最長の『エベレストパス』を……!!」

 

 

 新生王城は、守備だけのチームではない。

 最高のパス攻撃。

 そして――

 

 

「進、行くぞ。『巨大弓(バリスタ)』でもって、何者にも止められない王城の攻撃を泥門の奴らにも教えてやろう」

 

 

 最強の槍を装填した、巨大な弓が、ついにそのヴェールを脱ぐ。

 

 

 ~~~

 

 

「来るぞ、新生王城の攻撃が……!」

 

 高校最強のラインバッカー・進清十郎が、王城の司令塔・高見伊知郎の後ろに控える。

 前衛(ライン)と投手は弓と弦、そして、強大な矢は、進清十郎。

 春季大会からその構想はあったが、全体的なチーム力の不足で実現ならなかった、進清十郎の攻撃参加。

 

 

「来たぁああ進っ!! いきなり中央突破!!」

 

 

 王城ランニングバック・猫山を背負い、リードブロックに入る進清十郎。

 

「おぉおおおおお――!!」

 

 そう、セナの盾として長門が先陣を切るように。

 

 これが……これがよォォ……! 進化する怪物か……??

 

 爆腕猛牛が、白馬を駆る騎士に蹴散らされる。

 西部の主将・バッファロー牛島が、巨大な弓から解き放たれた“()”に押し飛ばされた。

 ベンチプレス記録140kgの腕力に進清十郎の脚力(スピード)を掛け算するその突破力。それが峨王力哉の突進にも匹敵する破壊力か。

 

 弛まぬ鍛錬に裏打ちされた無敵の突破力……!!

 努力する天才を止めるものなどいない。来る、とわかっていてもどうしようもない。

 

 

『王城ホワイトナイツ、連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!!』

 

 

 そして、『巨大弓』だけではない。

 

 

『出たァァーー!! 『エベレストパス』!!』

 

 

 西部守備が触れることのできない高さ、そこは桜庭春人の聖域。

 無敵のランと最頂のパスが織り成す新生王城の攻撃。それは黄金世代――王城大シルバーナイツでも止められない破竹の進軍。

 

「地上を進が制し、空を長身の桜庭が制する――歴代王城の誰もが成し得なかった最強のタッグだ……!!」

 

 ヒル魔妖一のような奇手を打たない、キッドのような早撃ちもない、高見伊知郎は堅実に攻める。

 だが、それでいい。王城の攻撃はあくまで王道。すべてを蹴散らす天下無双の騎士団がここにある。

 

 

『キッカー・具志堅君のボーナスキックも決まり、7対3! 王城ホワイトナイツ、逆転!』

 

 

 止められない進と桜庭。隙のない戦術を組む高見。新生王城の破壊力は、西部を圧巻した。

 最終防衛線を任されていたセーフティでありながら、『巨大弓(しん)』の前にどうしようもなかった甲斐谷は、それでも、と立ち上がる。

 

「だったら、俺達も点を獲ればいいさ。王城の無敵城塞を破って……!」

 

 

 ~~~

 

 

「進清十郎が攻撃参加する『巨大弓』の威力は、攻撃だけで終わるものじゃない」

 

 革新されたのは、攻撃だけではない。守備の時もまた、その“()”は撃ち放たれた!

 

 

「来たー! 進の『電撃突撃(ブリッツ)』!」

 

 

 中央を破った大田原が開けたスペースを潜り抜けて飛び出す進。

 後方の守りを放棄する、ギャンブルディフェンス。西部のクォーターバック・キッドを直接潰しに行った。

 そう、王城から仕掛けてきた……!

 

「かっ……」

 

 春季大会では届かなかった矛先が、その身を捉えた。

 超加速して一気に間合いを潰し、一切減速しないまま全速力以上のスピードを乗せた片手突きを繰り出す進の『トライデントタックル』が、『クイック&ファイア』よりも速く、キッドを貫いた。

 

 

『な、なななんと!? 『神速の早撃ち』のキッド君が倒されたーー!!』

 

 

 地に背中をつけるのは関東大会で、初だ。

 地区大会の準決勝で、小結に一度だけサックを貰ったことがあったが、アレは鉄馬丈を長門に仕留められ、動揺したところを突いた不意打ち染みたもの。冷静であれば、ヒル魔妖一がいくら奇策を費やそうとも通用しないと諦めさせた選手だ。

 今、進清十郎は、真っ向から、キッドを、仕留めてみせた。

 チームの看板を背負う指揮官がやられたことに西部に走る動揺の程は計り知れず、試合を観戦していた泥門の面々も瞠目した。そして、王城は歓喜に沸く。この高校最強のラインバッカーが成したプレイは、春季大会で劣勢した印象を拭い去った。これはますます勢いづく。

 

「……なんか、今までの王城の守備と違う」

「セナ」

「地区大会の決勝のときは、すごく保守的で、すごく手堅い守備だったのに、今は、まるでヒル魔さんみたいに強気で……」

「そうだな。今の王城は、『巨大弓』で攻撃に力を割いた分、無敵の守備力は落ちるどころか、逆により強固となっている」

「そうか。王城は得点が期待できるようになったから、今の進君みたいにリスクを背負った強気のパス守備が実行できるようになったんだ」

「攻撃力のアップは、守備力のアップってことか……!」

 

 王城が、攻めの姿勢で、西部を上回っている。

 

 

「――SET! HUTHUT!」

 

 

 そして、二度目の『電撃突撃』を仕掛けた王城守備。先程のプレイがまぐれでないと証明しにいく。新生王城の守備にはもはや、『神速の早撃ち』さえ通用しないのだと、最強の矛と盾の勝負を決めにいった。

 

 ――『王城!』 『王城!』 『王城!』

 

 勢いづくチームの士気に大田原や猪狩らはますますチャージの激しさを増す。破られる西部の前衛。そして、撃ち放たれた矢のように一気に迫る最強の槍、進清十郎は、キッドを――西部に、この序盤から止めを刺しに行く。

 

 

 ~~~

 

 

 荒野の射撃手(ガンマン)を、騎士の槍は貫いた。

 

 

 ~~~

 

 

「――『ラフィングパサー』!」

 

 審判が、大きく腕を振りながら、その重い言葉を告げる。

 

「おー、痛い、ホントにね。……でも、そちらも痛い」

 

 進は、言葉を発することができなかった。

 見誤っていたこの男(キッド)を。肉を切らせて骨を断ちに行く、これほど多大なリスクのある博打を仕掛けてくるとは……!

 

「パスを投げ終えた選手に、タックルをしてはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 審判が、パスを投げる(うでをふる)……それは、投手に対する反則(ファウル)があったと示すジェスチャーだ。

 『ラフィングザパサー』。キッドが語った通り、投げ終えたクォーターバックに対して、ヒットをする行為は認められていない。

 危険行為として、ディフェンス側に“15ヤードの罰則”。

 

 

『な、なななななななんんとーー!?!? 王城、進君の反則!! そして、西部、鉄馬君へのパスを成功しております!!』

 

 

 更にパスが成功した場合は、その時点からさらに罰則が加算される。

 キッドが投げ終えていたパスは、鉄馬が確捕していた。

 

 

 ~~~

 

 

「タイムアーーゥト!!」

 

 王城の庄司監督が、仕切り直しを決断する。それほどの衝撃だったのだ。

 

「進さんが、反則をした……!?」

「いや、セナ、反則を取らされた、が正しいだろう。あのキッドによってな」

 

 やってくれるな、キッド……!

 長門も、キッドのプレイ、策謀に空恐ろしさを覚える。

 

 『巨大弓(バリスタ)』で守備に勢いが出る王城。それがより果敢に来ることが読めていたキッドは、その勢いづいたところを狙い撃ちした。

 

 そのためには、まず、進清十郎が『トライデントタックル』の最後の超加速に入った瞬間を、読み切る。

 それは、『ロデオドライブ』の技法を取り入れたそのタイミングを陸から聴いて、実際に練習をして測り取っていた。

 

 それで、その最後の超加速に突入した瞬間に、0.2秒のパスモーションを更に0.1秒縮めた()()()『神速の早撃ち』。

 その前のプレイで、『電撃突撃』を貰ったのも、その踏み込みを軽くするための布石だったと今ならわかる。

 

(まるで、ヒル魔先輩が西部戦でキッドに仕掛けた()()()()()()()落とし穴だな)

 

 『トライデントタックル』は、超加速で詰め寄り左右に逃げてもスピード落とさず曲がって刺し貫く、隙の無い先手必勝の必殺技のように思えたが、120%の限界を超える加速力、つまりは、100%の急ブレーキでも勢いを殺しきれないのだ。

 だが、進清十郎とてそれはわかっている。それでも、キッドがパスを放ったその瞬間(0.1秒)は、進でもどうしようもないタイミングだった。

 さらには、キッドはそんな刹那の中で、パスまで決めた。

 キッドにしてみれば、相手守備の陣形さえ確認できれば十分。――最強の相方である重機関車(レシーバー)・鉄馬が、必ずレール(ルート)通りに行く。それに、最強の守護神のマークも、こちらに『電撃突撃』を仕掛けさせて引き付けているのだ。

 

(進清十郎を嵌める。……こんな芸当、キッドにしかできない)

 

 相手の出を見てから抜いても間に合わせた神業のクイックドロウ。

 刹那に状況を完全に把握する神算の判断力。

 冷静に精確無比の射撃(カウンター)を決められる胆力。

 

 それらを持ち合わせるキッドだからこそ成功させられた。作戦がわかっていても他の誰にも実行不可能。

 

 そして、神速の早撃ちガンマンが轟かせたこの壊音の霹靂は、新生王城の無敵城塞を大きく揺るがした。

 

 

 ~~~

 

 

 進清十郎の存在は、王城ホワイトナイツの中でも大きい。誰もが進清十郎の存在を意識せずにはいられない。

 結果、それは全員の向上心の核となり、チーム全体の原動力となった。

 

 それだけに、進清十郎が反則を誘発されたとなれば、監督がいくら切り替えろと弁を振るっても否が応でも慎重となってしまう。キッドという存在を警戒して動きが鈍くなる。

 『巨大弓』で勢いづいた王城の守備の積極性が挫かれた。

 

 

『銃声が鳴り止みません西部ワイルドガンマンズ!! これはついに王城からタッチダウンを奪うかー!!』

 

 

 そして、西部は加速した。

 立ち直れずにプレイが縮こまる王城の守備から連続して攻撃を成功させる。

 

 ああ、やっぱりだ。

 甲斐谷陸は、確信した。

 進さんは高校最強のラインバッカーだ。――だが、それならキッドさんは高校最強のクォーターバックだ。

 

「そして、俺はその最強西部ワイルドガンマンズのランニングバックだ!」

 

 ゴール目前で、尊敬してやまない指揮官からボールを託された暴れ馬は猛る。

 このランプレイでタッチダウンを獲りにいく。

 

 『ショットガン』で散らされた守備網を切り込み、駆け抜ける甲斐谷陸を、王城は捉えられない。

 ――だが、それでも、この男が、最後に立ちはだかる。

 

「決勝で、泥門と戦うのは、俺達西部だ! 勝ってやる――絶対! 絶対に……!!」

 

 完全無欠の守護神――進清十郎を、走りで抜いた先にこそ、西部の勝利はある。

 

 スピード、パワー、テクニック、どれをとっても負けている。

 だが、この勝負だけは、何としてでも抜くんだ!

 

 

 ――『トライデントタックル』!!

 

 

 雲の上の超人。自分よりも速い相手が、全速力で仕留めにかかるという状況に、甲斐谷陸が見出した道は、ひとつ。

 

 180度後方……!!

 進が伸ばした腕の先から、甲斐谷陸が離れていく。

 カットバックだ。カットを切る直前の一瞬に入れる、グースステップが要訣である『ロデオドライブ』。その超加速する前動作として脚を伸ばした姿勢から、予想を裏切り、一歩分のバックステップを刻んだ。

 

 長門村正の走りを見てから、甲斐谷陸もスピードだけでなく、ボディバランスを鍛えた。

 多くのフェイント、無茶なステップを入れるにはそれが必要不可欠だと知った。

 

 そして、この一週間。

 バックカットとグースステップを同じモーションから激しく刻む走法へと進化させるに至った。

 

 これが、『ロデオドライブ・スタンピード』……!!

 まるで分身が幻視(みえ)るかのような、激しく前後するチェンジ・オブ・ペース。これに三つ又の矛が繰り出す間合いを、踏み誤らせた。

 『トライデントタックル』――『ロデオドライブ』の突入タイミングは誰よりも陸が知っている。このカットバックを見切りようのない、かつ、捕まる寸前の、ギリギリの瞬間に切り返した。

 

(それでも、向こうの方が最高速が勝ってる! 真っ直ぐ腕を伸ばせば届いてくる! だから、俺も――!)

 

 甲斐谷陸は後ろへ下がりながら、その腕を振るった。

 地区大会準決勝で争った小早川セナ(ライバル)のように。

 これまで、その腕を使ったプレイをしてこなかった甲斐谷陸が、手刀で槍の切先の側面を弾く。速度差はあっても同じ方向(ベクトル)で進んでいるため、三つ又の矛の刺突速度(スピード)は相対的に0に近くなる。確実に、狙える。

 甲斐谷陸の腕が、その超速の腕を横から叩いて――その瞬間にグーステップを切った。120%の超加速で、進を抜き去る――!

 

 

『トトトライデントタックルをかわしたァァ! パーフェクトプレイヤーとのランナー決戦を、ロデオドライブ・甲斐谷陸が制したー!!!』

 

 

 ~~~

 

 

『よく覚えておけ。スピードを上回る相手には、どんなパワーも通じないのだ……!』

 

 小学生の頃、誰とも深くは関わることのできなかった、ただ生真面目だけの自分に、厳し(ふか)く接してくれた。

 常に厳格。一時の弛みも許さぬ指導。全ては己のように夢半ばで散る想いをさせたくないが一心で、鬼となる。しかし、それを押し付けることが、間違っているのではないかと、恩師の口から洩れたことがあった。

 

 ――証明する。

 どんな過酷なトレーニングでも積み上げて糧としたその力でもって、監督の30年が正しかったのだ、と。

 

 だから、どんな相手にも手を抜かない。

 たとえ敵が新興のチームだろうと、驕ればいつか必ず足元をすくわれる。

 そんな弛んだ真似など、監督の指導を受けた自分がしてはならない。

 

 そう、自分の弛んだプレイでチームが失速してしまったというのならば、自分の全ての力を駆使して挽回しよう。

 

 

 ~~~

 

 

 行ける、と甲斐谷は思った。

 進清十郎を、完全に抜き去った。すぐ向こうは追いかけてくるだろう。

 それでも……40ヤード走4秒3のスピードは自分より速くても、この距離なら、ゴールまで間に合うはずだ。

 

(俺の……西部の、勝ちだ!)

 

 まだ試合は前半。だが、このタッチダウンはきっと自分たちに大きな勢いをもたらす。キッドの策から始まったこの勢いを決定づけるものにする。

 

 

 ぞくり、と背筋が震えた。

 

 

 背後に迫る重圧(ビハインドプレッシャー)が、甲斐谷陸を襲う。

 そう、小早川セナと決した瞬間に覚えた寒気――あの光速の世界の予感を、甲斐谷陸は思い出した。

 

 

 ~~~

 

 

「う、そ……」

 

 セナは、口を開けたまま呆然とした。

 陸が抜いたその瞬間から目を大きく瞠ったが、次の瞬間に起こったソレに愕然とした。

 

 あれだけの差があるのなら、陸が一歩間に合う……そう、セナも思っていたが、そのスピードはその予測を覆す。

 

 最高速4秒2――光速の世界に――進さんも、入ってきた……!!

 

 

 ~~~

 

 

 小早川セナに大和猛――光速のアイシールド21に打ち勝つには、己も光速の世界に入るしかない。

 それしか道はない、と進化する怪物は結論付けた。そして、その目標に向けて鍛え続けて、至る。

 

 

『止めたァアアアアア!! 『トライデントタックル』炸裂ー!!!』

 

 

 う、そだろ……。

 タッチダウンまで、届かなかった。

 倒された甲斐谷陸の前に、ゴールラインはあった。

 

 ベンチプレス140kgを記録するパワー、そして、40ヤード走記録……人間の限界値4秒2のスピード。

 努力するパーフェクトプレイヤー・進清十郎は、アイシールド21に奪われた“高校最速”の称号を取り戻した。


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