悪魔の妖刀   作:背番号88

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本日二話目。


41話

「タイムアウトーー!!」

 

 血相を変えて、酒奇溝六が審判に願い出る。

 

 峨王と幾度となくぶつかり合って、後十字靱帯へのダメージが蓄積されていた。それが待ち望んでいた栗田の完全復活で、つい、緊張の糸が緩んでしまった。

 

(立ち、上がらねば……! まだ、白秋にとどめを刺し切れていない……!)

 

 峨王は前衛で栗田が抑えるにして白秋の攻撃力を半減させているのだとしても、後衛から全体指揮する中核が必要だ。実質的にも、精神的にも長門村正は泥門守備の支柱である。

 ここで、白秋の攻撃を完封できれば、試合の流れは完全に泥門が支配できる。この局面で、膝をついているわけにはいかない。こんな屈する姿を見せるなど、チーム全体の士気に影響するのだから。

 

 

「ケケケ、フィールドに小銭でも落ちていたか、糞カタナ」

 

 

 セナらが心配して長門に駆け寄る中で、その声は聴こえた。

 

 まさか……!

 いや、この声は間違いなく――

 

「ヒル魔、先輩……」

 

 

 泥門の全員がその方角を見た。

 そこには、両腕に包帯を巻いた、悪魔の司令塔が笑っていた。

 

「ヒル魔さん……!」

「戻ってきやがった……!!」

「ヒル魔ぁああああ――って、ヒキャアアアアア!!!」

 

 なんか、顔面真っ赤に流血塗れで。

 感動の対面だというのに、一気にホラー展開で栗田たちは絶叫を上げる。それを助長するかのように、ゆらぁ、とまるでゾンビのように振る舞うヒル魔。

 

「ケケケ、泣いて喜べ! 地獄の1mm手前から戻ってきてやったぞ糞原始人」

 

 その様相に、“あれ? あんな激しく流血してたっけ……?”と頬を引きつらせる白秋の面々。

 当然、そんなことはない。

 その顔面にべとべとに塗られてるのは、ケチャップ(栗田持参の調味料のひとつ)である。

 

「12点差つけてんのか。まあまあ良くやってるじゃねーか。――()()()()()()()のようだがな」

 

「最悪の一歩手前、って……?」

 

「テメーらまで峨王に壊されて、クリスマスボウルの夢終わってるっつうケースだ。――はしゃぎ過ぎて折れやがったら承知しねぇって言ったはずだぞ糞カタナ」

 

 じろりと長門を睨むヒル魔。

 長門も、ふらふらとしながらも自力で立ち上がり、ぎろりとヒル魔を睨み返す。

 

「ここに鏡がないのが残念だ、ヒル魔先輩。ハーフタイムも姉崎先輩に看護されていたというのに、どうしてフィールドに戻ってきた。パスを投げれるかも怪しい。それもハロウィンでもないのに“仮装”に気合を入れて。一体どっちがはしゃいでいるというんだ」

 

「はっ! よちよちであんよも一苦労なテメェよりは百万倍マシだ。――とっととフィールドを出ろ。俺と交代だ。赤子みてぇに駄々こねてねぇで、糞アル中の介護でも受けやがれ糞カタナ」

 

 バチバチと挑発じみた応酬をする先輩後輩。チームメイトであるというのにどちらも容赦のないやり取りだった。

 これには、セナも首を扇風機みたいに(それも光速4秒2で左右に振る)してあわあわとしている。他の面子も割って入るのにも腰が引ける。

 と。

 

「そうだよ、長門君。無理をするのはダメだ」

 

 ひょいと長門の身柄が抱き上げられる。

 軽々と長身長門を抱えるのは、栗田の大きな腕。

 

「大変なことをさせてごめんね、長門君。でも、もう大丈夫だから……ヒル魔は、僕が必ず護る。日本最強ラインの峨王君に勝ってね……!」

 

「栗田先輩……」

 

 大きく吸って吐く。深呼吸した長門は、栗田の言葉に反論も抵抗もしなかった。

 優しき信頼感(リーダーシップ)を纏う栗田だからこその説得。これに便乗して他のチームメイトも次々に声をかける。

 

「はァアア、ったくよぉ。長門がいなけりゃ何にもできないとか思ってにーだろうな?」

「見損なってもらっちゃあ困るよムッシュー長門!」

「ベンチにすっこんでいろ長門。関東大会前、テメーとセナとデブが関西の連中とやり合ってる間に俺らも戦ってきてんだよ」

「フゴッ!」

「ったく、このチームは馬鹿野郎ばかりだ」

 

 正直言って、不安がないわけではなかったが、長門は大きく溜息を吐くようにうなづいた。

 

 で。

 

「つーわけで――ケルベロス、新しい玩具だ!」

 

「は?」

 

 ぽーい、とベンチに寝転んでる(狂)犬の前に放られたのは、人形と思しきもの。

 それにはなんか顔の当たりに、長門(じぶん)の写真と思しきものが貼られていてガブリメギャグシャアアアアアア!!

 

「うごおおおおおっ!?!?」

「な、長門君!?」

 

 エサかと思って条件反射的にケルベロスが齧り付いた途端、長門の全身に激痛が走った。

 抵抗のしようなどなかった。峨王を相手にした時以上にどうしようもない圧殺感。なんかもう寝耳に水どころか、熟睡中に鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の拷問にはめられたかのような、悪戯(ドッキリ)の限度を超えた、致死量過ぎる不意打ち。

 

「あ、あの長門が絶叫MAXとか、どうなってんだ??」

「あの人形って、まさか藁人形のような……」

「『妖刀』だとか言われてるけど、呪われてんな、長門」

 

 現在、ガブガブと玩具にされているのは、岡婦長手製の藁人形である。聞き分けのよろしくない対長門村正鎮圧用にヒル魔が用意していたのである。

 ちーん、とあまりの激痛(呪い)に失神した長門は、チームメイトに“お大事に、つか、本当に大丈夫なんだろうか?”と思われながらそのまま担架で運ばれていった。

 

 

 ~~~

 

 

 両腕に、包帯――

 峨王曰く、ヒル魔妖一の右の上腕骨は捉えた。だが、左腕に関する手応えは不明。

 

 左腕は、わざと巻いてんのか……??

 意図が読めない。やり難い。長門の方はこっちの想像を超えてくるから対処しようがないが、ヒル魔は籠の中のリンゴに一個だけ毒リンゴを混ぜてくるような不安を植え付けてくる。いやらしい。

 峨王に殺された投手は、9割方動けないはず。

 ヒル魔に残されている武器(カード)は、虚言(ハッタリ)詐欺(ペテン)

 それならば……直接けりをつけに行く。

 

 

『強引に破った! マルコ、中央突破ーーっっ!! っと、これはマルコ君! ヒル魔君に突っ込んでいくーー!』

 

 

 潰す。

 今度こそ、ヒル魔を二度と再起できないまでに!

 余計なハッタリにこちらが惑わされる前に、直接体当たりを食らわせる。

 

「破壊は、絶対だ!」

 

 長門は、戦線離脱。ここで復活したヒル魔にとどめを刺せば、今度こそ泥門は終わりだ。

 破壊は峨王だけの専売特許ではない。マルコ自身の手でヒル魔を破壊する。

 

 

 ~~~

 

 

「ケケケ、テメーのそのシンプル過ぎて屁が洩れる理屈、嫌いじゃねぇ」

 

 ただひとつ。

 忘れてんな、糞睫毛。

 

 その理屈は――テメーにも返ってくるってこった。

 

 破壊は、白秋ダイナソーズだけの専売特許ではない。

 

 

 ~~~

 

 

「泥門の(ライン)は栗田のデブだけじゃねぇ!!」

 

 斜め前にいた白秋の壁をこちら側へ引き寄せて請け負い、隣のコイツから相手を外す。

 テクニックタイプのラインである十文字の連携ブロック技『十文字(クロス)スタンツ』――!

 そして、十文字と守備を交差させて入れ替わるのは、小回りの利く豆タンク。

 

 

(こいつは、小結……!? なんでこんなところに――)

「フゴオオオオ!!」

 

 

 ヒル魔妖一(じぶんじしん)をエサにして、誘い出したことを真横から猪突猛進のタックル。腰に重い一撃が決まり、ヒル魔に触れることもできずマルコは倒された。

 

 

『白秋、3ヤード前進!』

 

 

 ほとんど前進できず、ヒル魔妖一を潰せず、疑惑判定のまま。

 

 

 ~~~

 

 

「……でも、怪我してるヒル魔さんの弱点突くなら、何で直接ヒル魔さんとこにロングパス投げ込まないんだろ……?」

「意外と紳士なのかなマルコ君! 怪我してる選手は狙わないっていうさ」

 

「ケケケケケ!」

 

 セナと瀧の推理を思い切り笑うヒル魔。

 

「んなもん紳士でもなんでもねぇただの馬鹿だ。んなタマなわきゃねーだろ、あの糞睫毛が」

 

 早々に投げ込めない。

 ヒル魔妖一という男がただそこで立ってるだけで。

 腕の具合がどうかなんて、結局のところ分からないのだ。

 そんな怪我前提で甘いパス投げて奪られるほど、バカな話はない。

 

 

 ~~~

 

 

(それでも、長門がいない今、泥門の守備に隙は大きい。石丸とことかなんて狙い目で――)

 

 と今度はパスを投げようとしたマルコ――に伸びる包帯だらけの右腕。

 

「って何この人、思っくそ折れてる腕で突っ込んできてんの!!?」

 

 『電撃突撃(ブリッツ)』……!!

 なんと腕が折れてる(はずの)ヒル魔がその腕でタックルを仕掛けてきた。できっこない。

 

(つっても、こんなギリギリゴール前でタックルなんて下手すりゃ自殺点になるし、黙って喰らうわけにもいかないっしょっちゅう話……!!)

 

 全部わかってて利用できるものは何でも利用してくる。全くもっていやらしい相手だヒル魔妖一……!!

 

 

『ここはマルコ君、素早くボールを投げ捨てて回避! 白秋、パス失敗――!!』

 

 

 そう、ヒル魔が本当にプレイできるかどうかなど関係ない。

 何をしでかすかわからないからこそ、何もしなくても価値がある。

 フィールドに立っているだけで呪いを放つ、“悪魔の巨象”だ……!!

 

 

 ~~~

 

 

「……しょうがない。三ツ井ちゃ…先輩。――パントキック一発、ヒル魔んとこに叩き込んでみて欲しいな」

 

 

 ~~~

 

 

 白秋は攻撃権を放棄して、パントキックを選択。

 しかし、キッカー・三ツ井により蹴り飛ばされたボールは、なんとヒル魔妖一の元へ。

 

 わかってる、(それ)が糞睫毛の狙いだってのは……!

 このパントキックは、最後の悪足搔き、陣地回復のためじゃあない。

 

 この腕が使い物にならないことを確認するためのもの。“悪魔の()像”を暴き立てるためのものだ。

 キックされたボールは、安定した綺麗なジャイロ回転を描くパスとは違って、激しい縦回転でキャッチがし辛い。しかし、着弾地点が間近のところに飛んできたボールをそれでもキャッチできないというのは、キャッチに不安があるということに他ならない。

 ここでこのイージーボールを見逃せば、円子令司は、所詮は虚仮脅しとほぼ断定する。

 

 ――だからこそ、捕る。

 

 

 ~~~

 

 

 捕っちゃダメ……!

 姉崎まもりは、声に出さずにそう願う。

 ……しかし、彼はそれを破るだろう。

 

『試合になんて出られるわけないでしょこんな腕で! 私は――』

『第三問』

 

 絶対反対、と言い切る前に、突き付けられた問いかけ。

 

『……? 三? 問……???』

 

『骨折ったまま試合続けるアメフトバカがNFL(プロ)じゃよくいる。――〇か×か?』

 

 唐突に彼の口から出たのは、そんな〇×問題。

 彼は、正論を無視する相手ではないけど、無茶苦茶で強引。ここで迂闊な答えをすれば、その揚げ足を取って丸め込んでくる。卑怯なくらいに口が巧い。だから、こっちは微塵もそんな隙は与えない。

 

『……そんなの、ここで〇って答えたら、試合に出るって言うんでしょヒル魔君は』

 

 ならば、答えは、×――

 

『ブブー。俺の勝ちだ。――()()通り従順に働け』

 

 …………あ。

 

 彼が持ち出してきたのは、本当に最初、私がマネージャーとして入った時の、やりとり。

 上級問題を三問。全問正解できれば二度と皆をイジメない。

 ただし、一つでも間違えれば労働力として従順に働くこと。

 ……けど、それはラスト一問で有耶無耶に流されていた。

 

『……馬鹿じゃないの。そんな昔のこと……』

 

『約束は守りやがれ。ギチギチにテーピングで固めろ糞マネ』

 

 本当に卑怯だ。

 どこまでも自分に都合のいいことばっかで、勝手だ。

 そんなに、勝ちたいの。

 ……ううん、そうじゃない。

 彼は、勝ってその先にあるモノだけを目指している――

 

 

『ケケケ、俺も約束守らなきゃなんねぇんだよ。

 出れるか出れないかじゃねぇ。――出るしかねぇんだ。

 全員でクリスマスボウルに行く為にはな……!!』

 

 

 ~~~

 

 

 高く放物線を描いて、落ちてくる。

 パスよりも重く来るキックボールを、両腕で、受け、止める……!

 

 ――っっっ!!?

 

 意識が飛ぶ――激痛。

 右腕の、骨ん中からハンマーで殴ってきやがる。

 

 だが、欠片もそれを顔に出すな。

 笑え。

 『ケケケ、まんまと騙されやがって、俺は全然平気だ糞睫毛(マルコ)

 『イージーボールをプレゼントしたことを後悔しやがれ』

 って、敵の失策を嘲笑ってやれ。

 そうすりゃ、“虚像”は“巨象”のままであれる。

 

 

「おいおいおいおいおーいマルコ! あいつの腕峨王に折られてんじゃないのーー!!?」

 

「のはずだっちゅう話なんだけどね……」

 

 

 さあ、走れ!

 とことんビビらせろ!

 まだ糞睫毛は疑っていやがる。ここで痛みに蹲ってるなんて様を晒せば、このキャッチの効果も半減だ。

 だから、動け俺の身体! ここでよちよち歩きなんざしたら糞カタナのことを笑えねぇぞ――

 

 

 ヒル魔妖一が、不敵に、笑いながら一歩を踏み出そうとしたとき――それは来た。

 

 

 ~~~

 

 

 僕は頭良くないし、何も考えられない。

 ただ、それでも今何をすべきなのかはわかる。

 ヒル魔さんを助けに行く。

 

「――セナ!!!」

 

 まもりお姉ちゃんのあの顔。アレは知ってる。昔からずっと僕に向けられていた、ひどく心配させてしまった時のものだった。

 そう、だからきっと、ヒル魔さんは無茶して試合に出てるに違いないんだ。

 

 なら僕が、遠かろうが何だろうが、そのボールを代わりに運ぶ!!

 

 

 ~~~

 

 

 糞チビ……!

 俺が指示する前に、自分で動き出してやがった……!

 

 はっ! 痛みになんかで思考を鈍らせてんじゃねぇぞ頭中の糞ギア回せ! 0.2秒で考えろ! この糞チビの機転を、最大限に活かせる策を――

 

 

「固まれーーっ!! セナ、モン太、瀧、俺の4人だ!!」

 

 

 ヒル魔の指示(こえ)に既に集っていたセナに続き、モン太と瀧も駆けつける。

 その間にも、キャッチしたボールを奪いに白秋が迫ってくるが、呼ばれなかった面子も意を酌んで動き出してる。

 これこそが泥門の強み。練習量を積み重ねてきたからこそ、この土壇場で動ける。そして、持っているこのカードの力が10%しかなくても――カードの切り方で120%にする……!

 

 

「ふんぬらばーっ!!」

「GYYAAAAAA!!」

 

 

 峨王を、栗田が阻む。己のパワーこそが最強だと全力でぶつかっていく。

 峨王の在り方を見て、栗田もまた芽生えた。

 一流のスポーツ選手に絶対必要な、自分が一番になってやるという煮え滾る野心が。

 その果敢な姿勢が、峨王の破壊を相殺している。

 

 

 そして、四人は、集う。

 ヒル魔が持つボールが、駆けつけた三人の身体で目隠しされる。

 

 

 ――くっちゃべって説明してるヒマはねぇ。

   流れで理解しやがれテメーら。

   今から1秒後に、俺ら四人の中の一人にボールを託す。

 

 ――ウッス、分かるっスよヒル魔先輩。

   他の三人は囮ってことっスね……!

 

 ――四人ともボールを持ってるフリして散り散りでゴールラインに一直線。

 

 ――今度四人で会うときはタッチダウンの後でだね……!

   グッドラックみんな……!!

 

 

 そして、四方に散った。誰がボールを持ってるのかわからぬまま。

 

 

 ――『殺人蜂(キラー・ホーネット)』……!!!

 

 

 ~~~

 

 

 誰がボールを持っているのか、わからない。

 普通の考えならば、ボールキャリアーは最も足の速いランニングバック・セナだろう。

 しかし、ヒル魔妖一。

 “だからこそ行く”とそんな普通の考えを裏切る策を、躊躇なく実行に移せる悪魔。

 

 故に、白秋ダイナソーズは、迷う。

 この0.1秒の逡巡を、走り抜けるアイシールド21。

 

 これは、ヒル魔さんが右腕(いのち)懸けで獲ったボール(チャンス)

 絶対に、タッチダウンを決める――!

 

 セナはヒル魔からボールを受け取る際に気付いた。小刻みに震える右腕に。

 そこに走り抜けている激痛を、無駄にしない。その共振を、走りの原動力に加算させる!

 

「止めろっ! 止めろォオーーー!!」

 

「しゃあああ! 光速4秒2!!」

「もう誰も止められねぇええ!!」

 

 一歩で遅れてしまった白秋の守備は、止められない。

 雨は止み、ぬかるんだグラウンドのコンディションも良くなってきた。走り易い。今日一番の疾走を発揮するアイシールド21。

 

 

「ケケケ、まだひとり、しつこい野郎が残ってんだろ」

 

 

 そう、絶対にボールから視線を切らない。

 『殺人蜂』のトリックプレイにも誘われず、回り込んだ円子令司。

 『スクリューバイト』という攻守逆転する必殺の顎を持つ肉食竜が、セナの前に立つ最後の難関。

 

 ダメだやっぱり……! マルコ君はフェイントにはかからない。

 『デビルバットゴースト』のステップを踏み込むが、全く釣られない……!

 

 

 ~~~

 

 

『来たァアアア、セナVSマルコ!! 両軍エースの一騎討ちーっ!!』

 

 

 デビルバット号に備え付けられたベッドに横になり、トレーナーの溝六から治療を受けていた長門は聴こえてきたその実況にふと笑う。

 

 

「行け、セナ。お前が進化させたその走りを見せてやれ」

 

 

 ~~~

 

 

 どっちに抜いてくる? 右か左か、それとも上か――

 

 小早川セナのランの情報記録は収集し、研究してきた。

 あの放映はされていない東西交流戦での記録も当然得ている(もっともそれはどちらかと言えば関西(帝黒学園)のを目的としていたが)。

 

 読み切ってみせる。そして、奪ってやる。

 『スクリューバイト』

 ボールの動きのみに集中し、回転してボールを掻き出すストリッピング。手に持つボールに腕を差し込み、自身の体を回転させる力と速度でもって、一瞬で奪い取るこの技は、アイシールド21を倒すために編み出したもの。

 生憎と長門によって通用しないことが実証されてしまったが、それでも、この腕力(わざ)は本物だ。

 

(ここでボールを奪ってタッチダウンを決められれば、まだ白秋の勝ち目はある!)

 

 追加点を入れられると、残り時間から絶望的。しかし、ここで逆にこちらがタッチダウンを決められれば、逆転の目が出てくる。一気に流れを白秋へと持っていける。

 

(っ! ボールが左に流れた――!)

 

 獲る!

 狙った標的(ボール)へ眼光を光らせた肉食竜が噛みつく。

 

 

 ~~~

 

 

 ――風は速くなければどちらに廻るのかが見える。

   だが、速い風はその軌道を見せない。

 

 

 完全光速の世界を刺し貫いてくる三つ又の槍に勝つには、僕もその限界速度を超える。

 回転部分までも40ヤード走4秒2では、足りない。

 旋風が、進さんの目にも映らぬくらい、物凄く速くなければ、きっと見切られる。

 

 だから、全身で。自分が最も得意だった走り方を、更に安定感の増したステップワークと、全身運動で一気に――

 

「セナーー!」

 

 そう、この前、鈴音が披露してくれた、スケートジャンプの中で半回転多いアクセルジャンプのように、回転力を弾けさせる!

 

 

 ボールは左へ流れている。そのまま右へスピンムーブする未来予測を瞬時に立てた――だが、セナのステップはその逆の左へ行こうとしている。

 まるで、打つ瞬間に、腰を逆回転させるツイスト打法のように、上半身と下半身の捻りを逆になっていた。

 

 そして、この真逆の捻じり込んだ“旋風”を、直前で解放する。

 

「な――――」

 

 半回転からの逆回転。

 ボールの動きが予測を外れて、見失う。

 

 これは、回転部分のチェンジ・オブ・ペース。捻じった輪ゴムが戻るのと同じ要領で、捻った体の捻じり戻しの勢いで回転速度が増す、120%の加速旋回だった。

 

 

 ――『デビルライトハリケーンA(アクセル)』!!

 

 

 その旋風は、暴風。

 軌道は読めず、迂闊に触れれば弾かれる嵐の走法が、肉食竜の目を晦ませて撥ね退けた。

 

 

 なん、ちゅう走りだよ。ったく、(こっち)のアイシールド21も本物だったか……

 

 

 ~~~

 

 

『タッチダーーーーゥン! 泥門、この試合を決定づける追加点を決めたのは、アイシールド21ーーッ!!』

 

 

 ~~~

 

 

 小早川、セナ……!

 

 進清十郎は、その走りを見て、笑みを浮かべた。

 あの重心移動の使い方にボディバランスは、長門村正が指導し、鍛え上げたものに違いない。奴は、アイシールド21は更に己の走りに磨きをかけてきたのだ。

 甲斐谷陸に『ロデオドライブ』の技術を教えてもらった自分のように。

 

 それでこそ、だ。

 曲がりながらも超加速する『トライデントタックル』に対し、回転が超加速する『デビルライトハリケーンA(アクセル)』。

 やはり、奴を捕まえるには、己もまた――その領域に踏み入らねばならないようだ。

 

 

 ~~~

 

 

 セナ……!

 

 甲斐谷陸は、目を大きく見張らせたまま、固まっていた。

 また、セナは強くなった。弟分だったころとは違う。ライバルとして、自分の前を行っている。そして、今、その差は離された。

 

 くそ……っ!

 セナ、それに大和らトップランナーたちから走者として取り残されているような錯覚に落ち、それはすぐに焦燥へ変わる。

 このままじゃあ、俺はあいつらが走ってる最前線に追いつけない。

 もっとこの走りを進化させなければ……

 

 

 ~~~

 

 

 43対24。

 もはやタッチダウン二本でも逆転できない点差。後半、もう時間もない。

 白秋ダイナソーズは、諦めず、その後の攻撃でタッチダウンを決めて、7点獲得。

 しかし、その後の泥門デビルバッツの攻撃。

 前半途中に出場し、雨の中の試合でスタミナが切れた雪光と交代する形で、長門が戦線復帰する。

 パスも満足に投げれない右腕だが左手でトスができるヒル魔を、補佐する形で入った第二の投手・長門。『デビル・ドラゴンフライ』でもって、泥門は攻め立てる。

 その投手タッグを潰さんと峨王が猛ったが、この二人の前には栗田。

 泥門最強の守護神は、日本最強の破壊神と真っ向からぶつかり合った。

 

「――やがて、時が経ち。

   俺がお前のように月日を積み、力を上げたその時、今度こそお前を殺す為、再びお前に挑もう。

   お前の勝ちだ栗田。そして、泥門の精気滾る男共よ」

 

 最後の栗田との鬩ぎ合い。

 その最中に、峨王は己の骨肉が断末魔のような軋みを上げるのを聴いた。

 長門村正、小結大吉、そして、栗田良寛とひとりで戦い続けたその負荷、身体の限界を超えていたのだ。

 そして、試合が終了したとき、峨王力哉はフィールドでしばらく仰向けに倒れたままだった。

 

 

『試合終了ーー!! 泥門50対白秋31!! 新鋭チーム同士による決戦を制したのは、悪魔の蝙蝠!! 泥門デビルバッツ、決勝戦進出です!!』

 

 

 ~~~

 

 

 負けた。

 完敗、だ。

 こんな頂点の舞台に立つ前の道半ばで、白秋ダイナソーズは終わった。

 

「……おしまい、っちゅう話。できれば、傍に来ないでくれるとありがたい」

 

 帰りの引率は天狗先輩にお願いし、如月に付き添ってもらいながら峨王は病院へ搬送。

 一先ずやることをしてから、ひとりロッカールーム。誰も来ないはずのここに、彼女は何も言わずに入ってくる。こっちのことなんかお構いなしに。

 

「相変わらず、俺のリクエストはクールに無視、と……」

 

 『必ずクリスマスボウルで優勝して、俺が氷室先輩に勝利の朝日を見してあげますよ……!』

 関西のことを知らなかった井の中の蛙が格好つけたその約束。その時、彼女は微笑んだ。悲し気に。

 その顔に滲んだ悲嘆の意味を後になって知り、今、実感している。

 

「これで氷室丸子(マリア)は卒業……約束は、パー」

 

 『優勝する。どんな手を使っても』――そう決めて

 『これがあなたの勝ち方なのね』――と、彼女は俺を見下げ果てた。

 大事な人のために、大事な人に嫌われて、別れて、そして、今日、終わった。

 

「全部手に入れるために全部失った。……何がしたかったっちゅう話だよ」

 

 もう、頭は真っ白だ。

 泣くにも泣けない。あの時、悲観論者(ペシミスト)にも、夢想家(ドリーマー)にもならないと誓った俺に泣く理由など持ち合わせていない。

 

()()()()()()。ただ、それだけでしょう」

 

 そんな、何も見えなくなった俺に、彼女の声はよく聞こえた。

 それまで、黙って泣き言にも愚痴にもならない呟きを聴いててくれた彼女は、はらり、と涙を零す。乾き切ったまま燃え尽きた馬鹿な男の代わりに流すように。

 

「あなたは他の誰よりもアメフト選手だもの」

 

「……優しいね。あんなに嫌ってたくせに」

 

「心底、あなたのやり方を否定していたなら、マネージャーなんてとっくに辞めてる」

 

 そうは思わなかったの? と言われて、ガックリと肩を落としてしまう。

 彼女の何も言わぬ献身さに、それに勘付けない間抜けな男に呆れて。

 

「あ~、それは気付かなかった……」

 

「狡賢いくせに、そういうとこだけ馬鹿なのね、本当に……」

 

 本当、彼女の言う通り、大事な人の機微にも疎くなるくらい、俺は、アメリカンフットボールに夢中だった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「けど、女性に手を挙げて反省しない人と縒りを戻すつもりはないわよマルコ」

 

「こりゃまたお厳しい。ああ、わかってるちゅう話だよマリア。ちゃんとお詫びはもう用意してる。明日には届くんじゃないかな」

 

 

 ~~~

 

 

 白秋戦の翌日の朝。

 

「と、とととととというわけでですね! 白秋の円子令司さんから謝罪に世界的に有名な某テーマパークの特別優待ペアチケット(『お隣さんと是非ご一緒に』とメモ付き)を頂きまして! む、むら、むらむらむらむらままさ君、どうでしょうかっ?」

 

「どうどう落ち着け、リコ。セリフがカミカミ過ぎて欲求不満っぽくなってるし、頭がアフロっているぞ」

 

 峨王乱入で傷物にされた(と言ってももう治ってる)リコへ、お詫びの品として千葉県にある有名なテーマパークのペアチケットが贈られた。

 女子高生には、現生の慰謝料よりは喜ばれるだろう。しかし、てっきりあの気障男のことだから花でも贈ってくるのかと思っていたのだが……

 とそんなどうでもいいことに思考を割くよりも、目の前のこと。

 とりあえず、遊びに誘ってくれているのだろうということは長門にもわかる。熊袋家には隣人として親しく、リコには色々とお世話になっている。それにちょうど長門も今週はヒマを持て余しそうだった。

 

「ああ、わかった。いいぞ、いついく? 今度の祭日でいいか?」

 

「いいんですか!? その、練習とかあったりは……」

 

「ああ、ヒル魔先輩に今週中は休養を取るようにと厳命されていてな」

 

 白秋戦での負傷である。峨王に利き腕をやられたヒル魔先輩も、治療……と呼んでいいのかはさておき、なんかセグウェイと酸素カプセルをドッキングさせたものを用意していた。自分の分も用意するかと訊かれたが、あれで生活する度胸は長門にはないので断った。

 何はともあれ、ヒル魔先輩は再来週の決勝戦までに怪我を治してくるだろう。絶対に。

 

「足、大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。日常生活は余裕だ。……ただ、怪我とは別なものに脅かされている」

 

 そう、言いつけを破って泥門高校のグラウンドに顔を出そうものなら、岡婦長特製の藁人形で呪いをかけると脅されてる。

 あの呪いの藁人形は反則。物理的に対処不能なもんだから脅迫手帳よりも質が悪い。本当に悪魔なんじゃないかあの先輩。いつか必ず藁人形を奪還しよう。

 

「……というわけで、練習には参加できん。まあ、俺も無理するつもりはないし、身体を鈍らせない程度の自主練は許可されている。……ただ、栗田先輩のところの孟蓮宗でお祓いしてもらうのを真剣に検討している」

 

「た、大変ですね……」

 

 というわけで、今日の長門は(改造)自転車通勤ではなく、のんびりと歩き。

 別の高校だが、リコもわざわざ付き合ってくれている。そして、二人の会話はやはり自然とそちらへと流れる。

 

「それで、村正君。来週の準決勝二回戦目――王城ホワイトナイツ対西部ワイルドガンマンズの試合、どう見てますか?」

 

 東京地区最強の矛と盾の争い。再来週の決勝戦でぶつかる相手が決まる試合だ。当然関心はある。

 秋季東京地区大会の成績で見れば、下馬評で有利なのは1位の王城ホワイトナイツ。

 しかし、春季東京地区大会の決勝では、西部ワイルドガンマンズは鉄馬丈さえ戦線離脱しなければ勝っていたという声も少なくない。

 そして、どちらも東京地区の代表で、どちらとも泥門デビルバッツは試合をしたことがある。

 

「そうだな……まず、ラインはほぼ互角だろう。

 王城、大田原誠が率いる城砦を思わせる堅固な鉄壁を崩すのは容易ではない。

 西部、バッファロー牛島が先頭を切る荒々しい暴れ牛の群れはそう易々とは止められない。

 どちらも、チームの特色がよく出ているライン陣だ」

 

「はい。私もそう思います。それでは、パスはどうですか?

 王城、誰にも触れられない最高(たかさ)を武器とする『エベレストパス』の桜庭選手!

 西部、誰にも止められない最強(パワー)を炸裂させる『アイアンホース』の鉄馬選手!

 どちらとも関東四強レシーバーのいるチーム。きっと壮絶なキャッチ合戦になると思ってます」

 

「それに、クォーターバックもな。

 西部の司令塔、キッドはヒル魔先輩を上回る神算のクォーターバック。この関東大会でもNo.1の投手だろう。実際に戦った所感でも、キッドの方が投手として金剛阿含よりも上だ。

 王城の司令塔、高見伊知郎は、油断ならない。多分、ヒル魔先輩に最も近い投手だろうな。ああいうタイプは勝つためにどんな策でも弄してくる。それにどうやら、王城にはとっておきの切り札を隠し持っているようだしな」

 

「はい、どちらとも一筋縄ではいかない選手です。村正君でしたら、どうしますか?」

 

「もし俺が崩すのなら、まずエースレシーバーを挫いておきたい」

 

「桜庭選手と鉄馬選手をですか?」

 

「ああ、どちらのクォーターバックも、エースレシーバーに特別思い入れが強い。手強い相手だがこのホットラインを断てれば、確実に計算を狂わせる。冷静沈着の指揮官を揺さぶるには、ここだ」

 

「なるほど。……では、ランはどうでしょう?」

 

「王城のエースランニングバック・猫山圭介の『無音走法(キャット・ラン)』は中々にしなやかな走りをしている。だが、西部のエースランニングバック・甲斐谷陸の方が速さも巧さも上だ。奴の『ロデオドライブ』は、関東大会でも最上位のランテクニックだろう。

 ――だが、王城には進清十郎がいる。甲斐谷陸は確かに全国屈指の走者だが、進清十郎は高校最強のラインバッカーだ。

 一回戦で茶土の岩重ガンジョーのパワーランを刺し貫いた『トライデントタックル』。アレに捉えられれば終わりだ。なにせ、猛でさえ抑えたんだからな。スピードで躱すにも進清十郎の方が甲斐谷陸よりも速い。……抜くのは相当に厳しい」

 

「つまり、王城の方が、優勢だと、長門君は見ているんですね?」

 

「そうなるな。進清十郎を中核に据えた今の王城は、歴代の中で最高の守備力を誇っている。それを破るには『ショットガン』のパスだけでは抑え込まれる。ランが武器として機能しなければ、キッドと言えども作戦を組み立てるのは難しいだろう」

 

「――言ってくれるじゃないか、長門」

 

 え……? とリコが振り向くと、そこにウエスタン調の“派手シブ”スタイルの制服の男子生徒。

 

「せ、西部ワイルドガンマンズの甲斐谷陸選手!?」

 

「いきなり驚かせて悪かった。楽しい会話の邪魔したくはなかったけど、黙って聴いてられる内容じゃなかったんでね」

 

「なんだ、甲斐谷陸。俺に用なんだろう?」

 

 まさか西部高校の通学路で迷子になったわけではあるまい。おそらくは、セナか姉崎先輩にでもこちらの住所等を教えてもらったのだろう。

 それで、一週間後に王城戦を控えている西部の選手が、こんな遅刻するような真似までして急いて現れた理由は何なのか。

 

「ああ、長門。……勝手なのはわかってる。けど、こっちも時間がない」

 

 次の瞬間、長門は驚きに目を瞠った。

 なんと、あの甲斐谷陸が、こちらに深く頭を下げたのだ。

 

 

「長門、頼む! 俺の『ロデオドライブ・スタンピード』を完成させるために、あんたの技を学びたい。この一週間、俺に付き合ってほしい!」

 

 

 ~~~

 

 

 深夜。西部高校の近場にあるダーツバー『WEST』。

 ここには時々、如何にも訳ありの客が来ることはあったが、セグウェイに載せて酸素カプセルごと堂々来店してきた珍客は店主も初めての経験だった。

 なにあれ? と唖然。

 そして、その移動式改造酸素カプセルと同行していた男子高校生は、折角だからと何となしにダーツを投げてて、的のど真ん中に命中――し、続けて第二投第三投と前のダーツの尻に刺さって、三本の(ダーツ)が縦に連なるという珍現象。

 なにあれ? と唖然。

 後日、あれが夢じゃないかと疑った店主は二人の顔写真を載せたWANTEDの張り紙(目撃者にはダーツ券1億枚進呈)を店内に張ることにした。

 

 ・

 ・

 ・

 

「……で、いいのかい。彼、うちの陸の独断に付き合わせちゃって」

 

「んなとこまで干渉する気はねーよ。勝手して怪我しやがったら糞人形をケルベロスの玩具にしてやるが、まァ、そこまで馬鹿じゃねぇ。それに、あの糞カタナはどんな経験値でも無駄にはしねー性質だからな」

 

 放任しているような発言だが、信頼、しているのだろう。決して、単に泥門(チーム)の不利になるような真似はしない。必ず何かしらは得てくると。

 陸の行動には驚かされたが、向こうが納得しているのであればそう問題とすることではない。

 それで、ヒル魔は一枚の封筒をテーブルに滑らせた(カプセルに備え付けたロボットアームで器用に)。

 

 中身を拝見すると入っているのは、得点ボードを写した一枚の写真。見るに、王城ホワイトナイツ対王城大シルバーナイツの練習試合記録だ。

 王城大シルバーナイツ……つまりは、王城高校OBのアメフトチーム。あの“黄金世代”と謳われた先代の王城に対して、第一ゲームで3点取られているが、その後は零封に抑えている。しかも、着実に点を積み重ねてだ。

 

(なるほど、ね……)

 

 まったく、こんな門外秘の記録をどうやって引っ張ってきたのか。多分、この前の交流戦での合宿の時なんだろうなとは大体予想はついた。

 

「テメーもこれで王城の『巨大弓(バリスタ)』の大筋読めてきてんだろ」

 

「これまたご親切にねぇ。タダで情報をくれるなんて……まあ、うちが勝つにせよ負けるにせよ、いろいろ試させて様子を探れる人柱ってことかな」

 

「ケケケ、察しが早え」

 

 ヒル魔妖一という男が、何の見返りもなくこのような真似をするはずがない。作戦名だけはインタビューで公表されているが、関東大会一回戦では披露されなかった王城の秘策である『巨大弓』の推定を、確認させるために西部の司令塔(じぶん)にわざわざ情報を流した。

 

「……いや、これは誉めてんだけどもね。貪欲だねぇホント。ただ勝利だけだ」

 

 ヒル魔妖一だけではない。先日、泥門とぶつかった白秋の円子令司と峨王力哉もそうだった。きっと王城の高見伊知郎もそうなんだろう。

 そして、西部(うち)の陸も……

 

「春季大会決勝で、王城を、進を翻弄したくせに自信がねーのか?」

 

「春の頃とは違うよ。いや、春の時もギリギリだったけど、更に一段と完成されてきてるよホント」

 

「ケケケ、昔、No.1争いの重圧に潰された武者小路紫苑さまには、もうそんな執念もねえってか?」

 

「……いや、悲しいかな。ヒル魔氏の思惑通りに踊らされることになっちゃうのかね」

 

 『ならなきゃ一番に――絶対、一番に……!!』と武者小路紫苑(かこのじぶん)に戻るのではない。

 名を捨てたキッド(いまのじぶん)が欲している、彼らのために、勝利を。

 

 鉄馬は、我武者羅にキャッチに臨む雷門太郎というライバルにあてられて、闘いの愉しみや勝利への野心が芽生えた。

 そして、陸。

 あの我流で己の走法を編み出した彼が、地区大会準決勝で泥門に負けた泥門のエースである最強のライバル(ながとむらまさ)に、頭を下げて教えを請うた。

 誇り高い後輩が、チームを勝たせるために、自分のプライドを擲ったのだ。……それを無駄にはさせたくないと思う。

 他のチームメイトも、泥門への雪辱戦に燃えている。行かせてやりたい、泥門戦の待つ決勝に。

 そのために、準決勝の王城戦で勝つためには、西部は更に攻撃的にいかなければならないだろう。

 

 春季大会。進清十郎の『スピアタックル』を紙一重で凌いだ早撃ち。

 それと同じく。

 この関東大会、更なる進化を遂げた進清十郎の『トライデントタックル』よりも速く早撃ちを決めにいく。

 ――たった一度でも遅れれば、三つ又の槍に貫かれることになろうとも。

 

 

「それで、泥門(おたく)の、秘策の情報は教えてくれないのかい」

 

「ケケケ、決勝まで来たら見せてやるよ。試合でな」

 


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