悪魔の妖刀   作:背番号88

36 / 55
36話

 ――『高校生記者が突撃取材! INTERVIEW8』!

 月刊アメフトの編集者を父に持つバイト記者・熊袋リコの個人取材。

 彼女は今、お台場ヴィーナスフォートにあるカフェテリアに訪れた。

 取材である。取材であるが、インタビューをするのは、選手ではない。

 

「あ、氷室さん、ですよね? 白秋ダイナソーズのマネージャーの……」

 

 お堅い感じのする怜悧(クール)な美女。彼女は、白秋ダイナソーズのマネージャー・氷室丸子。先日、関東大会出場校のエースを対象とした取材の際に、案内してくれた縁で顔見知りだ。

 そして、今日、リコをここに呼び出した。

 

「わざわざごめんなさいね。席は取ってあるからここに座って……大事な話があるの」

 

「は、はい」

 

 なんだろう?

 太陽スフィンクスのピラミッドラインを瓦礫とした白秋ダイナソーズは今話題沸騰中のチーム。なのに、あまり情報が出回っていないので、リコが最も気になっている。この前取材したエース・マルコくんは個人的なことは答えてくれたけれどもチームについてはまったく教えてはくれなかった。

 だから、チームについて知りたいことは知りたいけれども、マネージャーである彼女はそれを教えてくれるとは、リコも思っていなかったが……話はその“思っていなかった”方向へと転がる。

 

「えと、今日はどうして私に……」

 

「あなたが、泥門のエースと個人的に親しいお付き合いしているって聞いてね。それで」

「ししししてませんよ! 長門君と付き合ってるとか!? ドコ情報ですかそれ!」

 

「いえ、そういう意味で言ったんじゃないんだけど」

 

 出だしからテンパって髪がアフロになりかけたリコに、氷室は微笑ましいものを見たかのように、クスリと少し表情を和らげる。

 リコ的に恥ずかしいけど、会話する緊張をいい感じに解してくれた。それに微笑むとやっぱり美人である。彼女の学年は三年生だと聞いていたけれど、年上の余裕があって憧れる。

 されども、お互いの距離感は縮まったが、まだ警戒感が抜け切れてない硬い声で、氷室は問う。

 

「……そういえば、彼、帝黒(おおさか)との交流戦で負けて以来、ハードなトレーニングをしているそうだけど」

 

 注文したコーヒーに視線を落とし、世間話のように切り出す。そうしながら真っ黒な液面を揺らしながら、過去に思いを馳せた。

 

 

『必ずクリスマスボウルで優勝して、俺が氷室先輩に勝利の朝日を見してあげますよ……!』

 

 

 そういった彼は、“頂点”の高みを知ってから変わった。

 夢を現実にする。必ず倒して優勝する。どんな手を使ってでも……!

 力を欲した。力に傾倒した。そして、全てを破壊する力を手に入れた

 

 そんな彼が変わった絶望――それを試合して体感した長門村正も力に囚われるようになったのか。

 氷室丸子が知りたいのはそこ。

 熊袋リコはこれに困ったように眉をハの字にして、溜息ひとつ。

 

「はい。大阪代表――帝黒学園の大和猛くんに負けた長門君は前以上に自分に対して厳しくなりました……この前、練習を窺った時も、練習が終わるまで私のことなんか気付かないくらい、他のことに目もくれないんです。最近はずっと鬼気迫っているってマネージャーのまもりさんから言われてます」

 

「心配、じゃない?」

 

「はい。自身の身体のことを大事にしてほしいです。……だけど、負けて悔しいのはそれだけ勝ちたかったってことですから! 次は絶対に俺が勝つ! 勝つのは俺だ! って長門君はすっごい燃えています! アメリカンフットボールプレイヤーはこうでないと」

 

 窺う氷室に、そう力いっぱいに込めて語るリコ。

 

「それに、長門君、楽しそうですから」

 

「楽しそう?」

 

「山登りをするなら、その過程の景色も楽しまないと勿体ないだろうって言っていました。きっと今は、泥門の人達と皆でクリスマスボウルを夢見てアメフトをしてるのがすっごく楽しいんだと思います」

 

 取材で語ってくれたその時の彼の横顔を脳内メモリでリフレインしたリコはテレテレと思い出し照れ笑いを浮かべて、そんな彼女に氷の美貌がまたクスリと緩む。

 

「アメフトが一番なのね。けど、それで傍で想っている娘に気付きもしないなんて、男の人って誰もバカなのかしら」

 

「いいいいえいえ! ですから長門君と特別な関係になりたいとか期待してたりしませんし、私はただ、アメフトをしてる長門君が見てるだけで十分ですから! それにこの前、まもりさんや鈴音さんの計らいで温泉街の出店を二人で見て回った時に、『頂点の絶景を拝んだ感想を、独占取材を受ける』って約束してくれて……」

 

「そう、あなたも大変ね」

 

 氷室は少し同情するよう呟く。

 彼女の惚気た話にお腹いっぱいで、昔を思い出せた気分だ。

 

 だけど……そういう所、失わないでほしいと思う。

 たとえこの先、何があっても――

 

(……いえ、手遅れとなってしまう前に、私が止める)

 

 その為に、彼女をここに呼び出したのだから。

 

「じゃあ、そろそろ本題に入らせてもらうわ」

 

 雰囲気を氷上の女帝のものとした氷室に、リコはゴクリと息を呑む。

 

「まず、マルコにも峨王にも内緒で熊袋さんとコンタクトを取ったの」

 

「へ?」

 

 勝手にこんな、外に情報を流出するような真似したのが知られたら、彼は許すだろうか。

 いいえ、たとえ許されざるとも、私はもう壊されるのを見たくはない。

 

「このビデオを見て」

 

 テーブルの上に持ってきたノートパソコンを開き、対面のリコに見えるよう前に出して、動画を再生する。

 それは――彼によって徹底して秘匿されてきた――白秋ダイナソーズの試合記録を映したものだ。

 

「こんな……!」

 

 リコは口に手を当てて絶句する。

 

『ヤベぇえええ峨王が止まんねぇ! もうダメだ殺されるーーー!!』

 

 取材で聞き回ったけど、思っていた以上に凄惨だった。ラインが全滅した太陽スフィンクス戦……これはその何倍も酷い有様。

 仲間のラインを鎧袖一触とし、審判の笛が鳴った瞬間に制止する破壊の化身、その指先がすぐ眼前にある。これに、直後失禁して放心する投手は何を見たのか言うまでもない。

 思った通りにショックを受ける彼女。だけど、氷室はさらに衝撃的なことをリコへ告げなければならない。

 

「辛いだろうけど、単刀直入に言うわ。聴いてちょうだい。――峨王は、泥門戦で長門村正を狙うわ。確実に。彼は絶対に破壊するようにと言われている。

 だから、彼に伝えて。次の白秋戦、絶対に試合に出てはならないと――」

 

 

 瞬間、影がかかる。

 背後から接近した大男に陽が遮られて。

 

 

「――が、峨王!?」

 

 

 そして、“破壊”の力が、躊躇なく振り落とされた。

 

 

 ~~~

 

 

「………」

 

 拳の硬いところで、目の前の引き戸を叩く……寸前で僅かに躊躇う。

 神龍寺戦後の一日の休養期間に訪れた、神奈川県にある病院のとある病室。

 海が一望できる個人病室は、原油会社の社長が特別に用意したもの。大事な子息の身を最後まで守り抜いたことに敬意を表した。故に、勇敢な戦士である彼らにはこの病院で受けられる中でも最高の待遇を、と病院に運ばれたものの全員がそうなっているそうだ。

 だが、そんな扉一つに金の装飾をしているような豪華さに気遅れしたわけではない。

 単純に、小結大吉はここにいる漢になんて挨拶、どんな礼儀をすれば失礼ないのか悩んでいる。

 

「フゴッ」

 

 結局、小結はやや力控えめにノックし、戸を開ける。

 開け放たれる窓から爽やかな海風が入ってくる。窓脇のカーテンが風に煽られ揺れて、そして、ベッドの上からその大男は、ただぼうっと海の遥か彼方を見ていた。

 

「ほう、お前は泥門デビルバッツの……小結大吉」

 

 思わぬ珍客に意外そうな声をあげるベッドの上の大男。

 彼は今、ミイラ男のように全身に包帯を巻いている。これだけで関東大会一回戦二戦目の壮絶さを物語る。

 番場衛。

 太陽スフィンクスの『ピラミッドライン』の中核を担う選手で、日本トップクラスのラインマン。

 小結大吉にとって、信奉する師とは栗田良寛だが、試合した中で最も強かった壁は番場衛だ。彼も尊敬するパワフルな男であった。

 

「み、見舞い……!」

 

「そうか」

 

 小結の言葉は、基本単語。言葉足らずで意味が伝わりにくいだろうが、けれど力ある響きからそのニュアンスを瞬時に読み取れる。筋骨隆々のパワフルな益荒男限定で。

 

「試合、楽しみにしてた! ……残念!」

 

 “関東大会の二回戦で、太陽スフィンクスに当たると思っていて、そこで再びあなたに自分の全力をぶつけたかった。そうならなかったのが残念でならない”

 という感じの気持ちがいっぱいに込められてる。

 

「そうか。俺も楽しみにしていた。泥門には雪辱を果たしていなかったからな。しかし、お前達はあの神龍寺に勝ったというのに、俺達は白秋に負けた。まったく情けない限りだ」

 

「そんなことっ、ないっ! すごかったっ!」

 

 “そんなことはありません。あなたは偉大な男だ。情けないなどと卑下するような発言は止してください”

 とパワフルな男には饒舌な文句が訴えられているように聴こえている。

 

 けれども、番場は静かに首を左右に振る。

 

「いいや、俺達が負けた。アメリカンフットボールは敗者に栄光が与えられることはない世界。称賛に称えられるのは常に勝者のみ。白秋が太陽よりも強かったのは疑いようのない事実。……俺は、峨王の、全てを無視して蹂躙する絶対的な力に、負けた」

 

 小結は、拳を固く握りしめ、口を真一文字に引き結んで、こらえる。

 そんなことはない! と言いたかった。

 地区大会全試合で攻撃の起点となるクォーターバックを大怪我退場させてきた峨王力哉から、自分たちの投手を護り切ったのだから。ひとりひとりと薙ぎ払われて動けなくなり仲間(ライン)が減っていく中で、最後まで自身よりも圧倒的な峨王へ体を張り続け抗ったあの雄姿は誰にも馬鹿に出来るものではない。

 誇りにしていい。それほどに、峨王力哉(あいて)が強かった。

 だけど、当人自身が言うように、力の差で負けたことも、動かしようのない事実。敢闘賞など存在しない世界で過度な慰めなど、力を尽くした男への侮辱になる。

 だから、何も言えない。言ってはならないのだ。

 小結は、大和猛(ライバル)に負けてからの長門村正を知っている。良い勝負だった、と周りに言われようと、我が友は違うと否定する。その敗北を受け止め、噛みしめ、歯軋りする悔しさを常に抱いていることは、それからの鍛錬の様を見れば明らか。我が友は、本当に本気で全てを賭して好敵手(とも)にぶつかったのだ。外野が何と言おうとも、その気持ちは決して揺らぐことはない。そして、敗北から立ち上がるのには自分の足でなければ、誰かの手を借りるなどあってはならない。

 

「栗田にも、あの時の、秋大会での再戦の誓いを果たせず、すまなかったと伝えてくれ」

 

 番場はそう謝辞の言葉を述べる。

 それから、必死に言葉を呑み込む小結を見ながら、

 

「白秋ダイナソーズは、強い。峨王の力は本物だ」

 

 病室に置かれた月刊アメフトの表紙を飾るのは、峨王力哉と長門村正。

 去年は金剛阿含と進清十郎が金の卵、ゴールデンルーキーだと騒がれていたが、今年はこの二人が新時代の関東双璧だと謳われている。その中でも、金剛阿含と同じくその暴力的な力のみで蹂躙していく峨王は、一年生だが既に複数の大学が争奪戦に動いているという。

 特集記事の中でも、峨王を止められる選手は大学リーグに存在しない――彼こそがまさしく地上最強の男……!! と絶賛されていた。

 

「だが、泥門には峨王の力に対抗できる者が3人いる。栗田良寛、長門村正――そして、小結大吉、お前だ」

 

「フ、フゴッ!?」

 

「この前の太陽戦、最後に俺を倒したあの技は、峨王の力にも匹敵するものがあった」

 

 番場からの評価に狼狽える小結は、ブンブンと首を横に振る。

 そんなことはない。『デスゲーム』の太陽戦でも、たった一度しか成功できなかった。こんな未完成な技が果たして試合で発揮できるものか。

 そして、偶然にも助けられて一度だけ倒せた番場を圧倒する、師匠である栗田を凌ぐパワーを持った峨王に、己の力が通じるだろうか。

 

 番場は、小結の反応に目を細める。

 そうか……峨王の脅威が、頭から離れんか。確かに峨王は脅威だ。だが、僅かでも臆しているようならば、始まる前に勝ち目はない。

 

 少し、考える。

 チームへの益はない。ただ個人的に、小結大吉は見込みのある男だと認めている。

 

(……それに、力というものの極限を見てみたい。そういう意味で俺も峨王も同じ穴の狢かもしれん)

 

 チームでは滅私奉公を貫いてきた番場が、この時は一選手としての欲求に従うことにした。

 重々しく、番場は口を開いた。

 

「小結大吉。お前の実家は運送屋を営んでいるそうだな?」

 

「? フゴ」

 

「実は、ひとつ、頼みたいことがある」

 

 小結大吉の家は運送屋。『横綱運送』といい、父である社長を筆頭に、腕っぷし自慢のパワフルな男たちが揃っている。小結自身も今でも時々鍛錬代わりに手伝ったりしている。

 フゴッ!

 任せてください! どんな重たい荷物でも運んでみせますよ!

 という気持ちを込めて胸を叩いてみせる小結。

 

「俺達太陽スフィンクスは、関東大会に向けての総仕上げとして巨大な岩石をコロで引く『死者の行進』という特訓をした。グラウンドにラインが押してきたその岩石が大きな山(ピラミッド)となって積まれている」

 

 県立太陽高校の砂漠グラウンドに鎮座しているピラミッドはアメフト部を象徴する名物である。

 

「だが、グラウンドは他の運動部も利用する。既に敗退したアメフト部がいつまで居座るわけにはいかない。次代へ引き継ぐためにも遺産は片しておいた方が良い」

 

 そこで、このピラミッド解体を頼みたい。

 立つ鳥跡を濁さず、関東大会が終わったためアメフト部はグラウンドを他の運動部に空けなければならない。早急に撤去する必要がある。

 

「身体が万全ならば俺がするところであったが……白秋戦で、俺や笠松、屈強な前衛は全員病院送りにされている。泥門が試合を控えているのはわかっているが、ピラミッドの岩石は後衛の者らでは荷が重い」

 

「フゴッ」

 

 そういうことでしたか。わかりました。その依頼を引き受けましょう!

 という意気込みで頷く小結。

 了承してから番場は、ただし、と言葉を続ける。

 

「ピラミッドを運ぶ際に、ひとつ大事な注文がある」

 

 そういって番場は、小結にちょっと近づいてこいとベッド脇へ手招きする。それからテーピングを取り出し、それを小結の腕に巻いた。普通にグルグルと撒いて関節を固定するのではない。ちょうど8の字となるよう二つの輪を作って、その穴に脇を通し、もうひとつは手首に通す形に、何重にも巻きつける。

 

「これで、いい」

 

「フゴッ?」

 

 角度60度以上になると巻き付いたテーピングに引っ張られ、完全に腕が伸ばせない。腕が折り畳まれる窮屈な形に、ある程度の自由の余裕がある程度に緩く縛られてる。強制ギブスのようなミイラテーピングだ。

 はたしてこれにどんな意味が?

 小結のつぶらな瞳に、やや視線を逸らす角度に顔を背けた番場はコホンと咳払いし、

 

「太陽スフィンクスでは、ピラミッドを運ぶ時はこのミイラテーピングをするのが習わしなのだ」

 

「フゴゥ」

 

 そうなのか……とあっさりその話を信じる小結。

 この純粋な反応に、番場は少し恥ずかしく口ごもらせたが、神妙な調子で話を続けた。

 

「運び終えるまで、完全に腕を伸ばして、ミイラテーピングを破れば、それは王への不敬だ。次の試合で活躍できなくなるという呪いを受ける」

 

「フゴッ!?」

 

「……どうする? この依頼、やめるのならば今の内だが」

 

「……フゴッ! 横綱絶対運ぶ!」

 

 男に二言はありません! 『横綱運送』の倅として必ずや運びきってみせましょう!

 僅かに臆するが、パワフルな男はどんな時も前を向けと父に教え込まれた小結。

 

「やってくれるか。これをひとりで為すのはだが、大変な事だ。……しかし、もし成せたときは、その腕っぷしに、ピラミッドパワーが宿るだろう」

 

 ・

 ・

 ・

 

 『原尾には俺から話を通しておく』と番場が言うと、小結は早速今日から運ぶと砂漠グラウンドへ向かって行った。

 ……でも、当然のことながら、ミイラテーピング云々の設定は、番場のウソだ。小結の一助になると思って一芝居をうった。

 巨石運び。“運ぶ”ことは“押す”ことにも通じる。そして、普通に運べず、フォームが固定化された状態で、頭・肘・手の三点面で運ぶ――押す感覚を身につけさせる。

 本能タイプの小結には口で言うより、とにかく回数をこなし感覚を体に染みつかせた方が良い。

 あの技は、豆タンクの小結だからこそ向いている。栗田良寛や長門村正、太陽の重量級ラインにも匹敵する大柄な体躯には不向きだ。

 

「腕っぷしに黄金比の三角形(ピラミッドパワー)が宿る、か。あながちウソはいってないのかもしれんな」

 

 

 ~~~

 

 

 小結が、グラウンドに到着すると、そこには太陽スフィンクスの投手・原尾が待ち構えていた。彼の背後には、番場の話の通り、見事なピラミッドが鎮座している。

 

「ふ、フゴッ!」

 

 小結は原尾へ挨拶をするが、残念ながら彼の腕力ではパワフルな言語はヒアリングできない。

 しかし、番場達屈強な重戦士『ピラミッドライン』の面々に囲まれてきた王は、それとなく礼を尽くしていることくらいは通訳がなくても悟れる。

 

「話は聞いている。そなたは余所者の人間であるが、これも番場の頼み……最後まで忠臣としてその身を尽くしてくれた番場に、余が応えぬわけにはいかぬ。それに、余としても交わした再戦の約定を果たせなかった償いをしたい」

 

 グラウンドの出入りを許す。

 泊まり込みの準備もしよう。

 存分に我が友(ばんば)が課した試練(いらい)をこなすが良い。

 

 そうして、関東大会二回戦・白秋ダイナソーズとの試合まで、小柄な重戦士は大いなる△(ピラミッド)に挑む。

 

 

 ~~~

 

 

 神龍寺戦の次の日、自宅に大量の花束が送り届けられた。

 お隣さんのリコから、『じょじょじょじょじょ女性ファンからですか!? こんなにもたくさん!!?』と家の前で騒がれてしまったが、違うだろう。個人情報を世間にさらすような行為はしていない。

 あるとすれば、またヒル魔さんの似合わない悪戯か? はたまたこの先日、億万長者となってハイな溝六先生の成金な贈り物か? と最初は思ったが、それも外れた。

 送り主は、マルコ――次の二回戦でぶつかる白秋ダイナソーズの円子令司だ。

 

 絶対覇者・神龍寺ナーガに勝利したことを祝って……の振る舞いではない。あの渇きに飢えた男が、次に当たる敵にそんな甘っちょろい真似をするわけがない。

 先輩方に相談してみたところ、武蔵先輩が『どうもヤクザみてぇな男だな』と称した。工務店で仕事をしていた時にもいたらしい。ヤクザは、“娘が小学校に入る年にランドセルを送ってくる”、そんな周到過ぎる贈り物で恐怖を煽ってくるそうだ。

 リコからの話もあるし、向こうの狙いは長門自身。この個人的な贈り物はそのターゲット予告だと受け取れよう。

 

『次の二回戦、気を付けてください長門君』

 

 ヒル魔先輩でも入手できない情報統制されている白秋ダイナソーズの試合映像。

 それを見たリコは、『峨王力哉は、ルールに則って敵を潰す』と言った。実際、太陽戦でも峨王は審判の制止を無視するような真似はしなかった。

 愚鈍な野獣ではない。勝利だけを貪る冷静な怪物。だからこそ、恐ろしい。

 関東大会の試合の解説者を任され、中立な目線を保っていなければならないリコが、自分たち泥門にこの情報を伝えてくれたのは、それだけ心配したからだ。

 

 だが、長門村正は戦場へ赴く。

 ――そして、勝ちに行く。

 

 

「――うおおお長門!! 栗田さんを吹っ飛ばしたーー!!」

 

 

 猛烈なラッシュを仕掛けに行った栗田良寛を――次の瞬間に、跳ね返す長門村正。

 次の二回戦白秋ダイナソーズとの試合に向けて、対峨王力哉の特訓。力の差のある相手を降すための必殺技を磨く。

 

「すごいね、長門君。これなら、峨王君だって倒せるかも!」

 

「いえ、峨王力哉を仕留めるにはまだ足らない。ですが、栗田先輩のおかげでイメージは掴めてきました」

 

 完成に至るには、まだ練度が不足しているが試合には間に合う。

 

(峨王力哉を相手に壊れずに力で受けられるのは、泥門の中では俺と栗田先輩、そして、大吉。他が襲われれば危ない)

 

 だから、この3人で対処する。

 大吉は、仕事……と言っていたが、話を聞く限り、特別メニュー。番場衛が課したのは、おそらく大吉の技を完成させるためのものだというのは予想がつく。ヒル魔先輩も練習に参加せずそちらに集中するよう言ったそうだ。

 そして、だ。

 

「栗田先輩、俺ひとりでは峨王力哉を止め切れないかもしれない」

 

「ええ……! そそそれじゃあ、誰が止めるの……?」

 

 じーっと見る。皆も見ている。

 だが、肝心の当人がキョトンとしている。これに少し呆れて息を吐きながら長門。

 

「あなたですよ、栗田先輩。この関東のチーム、いいや日本全国の中でも最も峨王力哉と張り合えるのは、栗田先輩だと俺は思っています」

 

「ぼ、僕が!?」

 

 なぜそんなに驚くのかこちらが問いたいくらいだ。

 

「最も栗田先輩のパワーと張り合ってきた俺が保証しますよ」

 

「そうかな。でも、僕、この最近は長門君に押し負けることも多くなってきたし……」

 

 それは単純な腕力の差が縮まってきたのもあるが、栗田先輩がこちらに遠慮しているせいでもあるだろう。本来の力で真っ向からぶつかればまだまだ長門は敵わないはずなのだ。

 

(栗田先輩自身、全力をセーブしているなんて思ってないんだろうけど)

 

 アメリカンフットボールは球技であり、格闘技。

 ボクシングのパンチを食らって骨が折られたら『骨折られた! 汚い!』などと言えるのか?

 いいや、違う。敵の投手を潰しに行くことは当然の戦略。その点で言えば、白秋の峨王力哉はやるべきことをやっている。勝利こそ絶対が戦場の唯一のルール。負けた方が悪いのだ。

 

 『優しい巨漢』と称される栗田良寛。

 彼には、闘争心はあっても、敵を斃すという凶暴な戦士の意思が足りない。“味方を護る”という意識は高いが、“敵を斃す”という意識が欠如している。

 つまり、栗田先輩は、選手であるが、戦士ではない。

 神龍寺ナーガの山伏の『粉砕ヒット』にも食らいついた粘り腰は凄いが、しかしその姿勢は戦士ではない。

 

 潰す! 壊す! 己の力で!

 相手を破壊する者とそうでない者の差は大きい。峨王力哉は全てを蹂躙する獣だ。それと対するには、やはり“敵を壊す”という意思がなければ押し負けるだろう。

 

(……だけどなあ。栗田先輩は、三度までが限度の仏などよりも温厚なお人だからな。どうその意識……怒りというような激しい感情を引き出せるものか)

 

 付き合いも長いが、長門は栗田が怒ったところを見たことがない。

 あの金剛阿含に神龍寺学園の入学取り消されたときも、泣き崩れて皆に申し訳なく謝った。阿含に対して激怒してないのだ。

 それはそれで、栗田良寛を示す一面である。もしも殺意の波動を纏うとなったら、その生来の気質を台無しとしてしまうかもしれないことを長門は危惧している。

 だが、峨王力哉が相手ではそうは言っていられない。

 あの男は、自分の怪力を制御できないのではなく、制御する気がない壊し屋だ。一番厄介なタイプだ。

 

(ヒル魔先輩から聞かされている白秋戦での作戦内容からして、懸念材料はてんこ盛りだ)

 

 “悪魔の蝙蝠”で扇の要として支えるのは栗田先輩。彼がなす術もなく倒されるようでは、泥門は次の試合で蹂躙し尽される可能性もある。

 やるしかない。

 荒療治になるが、今の栗田先輩に不足する部分を鍛え抜くには、やはり“あそこ”だ。

 

「……栗田先輩、これから試合までの一週間、付き合ってほしいところがあります」

 

「え?」

 

「俺が中学時代に通っていた空手道場です」

 

 

 ~~~

 

 

「自慢の股間の天狗サイズも峨王に敵わず元エース……さらにサウナまで峨王より後から入って先にギブアップなんて……――おおおおおん! ダメだ俺はもうゾウリムシ以下だ死のう」

「ウォオオオ! 如月!? こっちのが死にそうだ!」

「大丈夫……僕少しでも峨王君の力に近づきたいんだ……」

「いやむしろ冥界に近づいてんだろそれ!!」

 

 練習後の汗を流すサウナ。

 こんな茹だるように熱いところに長時間篭っていたら熱中症の危険もあるが、チームの暴君がここで作戦会議(ミーティング)をするといえばそうなる。

 全員集合し、備え付けられたテレビから、次に当たる泥門デビルバッツの試合映像を視聴する。

 

「泥門デビルバッツ……この関東大会で最初から楽しみにしていた、最も闘いたかったチームだ」

 

 準決勝でぶつかることになる泥門デビルバッツは、この峨王のお眼鏡にかなった相手だ。

 その中でもまず映像に映し出されたのは、峨王とぶつかることになるだろう相手のライン。

 

「栗田良寛。力以外に頼らない、大会最高の純粋なる重戦士。一対一(サシ)で戦うのが楽しみだ」

 

 栗田良寛。身長195cmで、体重145kgと峨王に匹敵する体格で、そのパワーはベンチプレス160kgと峨王に次ぐ。一回戦でぶつかった太陽スフィンクスの番場衛も圧倒したという情報もある。

 

「峨王君の言う通り。栗田良寛、彼は美しい……」

 

 逝きかけていた如月が、栗田のプレイ映像に息を吹き返す。如月の美的感性は峨王が最高基準でややアレであるが、その分、力というのに目敏い。栗田良寛の美しさ(パワー)は本物である。

 

「けど、泥門つったら、やっぱりコイツでしょ。長門村正。神龍寺戦では天才金剛阿含をぶっ潰したし、間違いなく泥門で一番危険なプレイヤー」

 

 泥門の中で栗田良寛に次ぐパワーとアイシールド21を名乗る小早川セナに次ぐスピード。そして、帝黒学園のエース・大和猛と張り合った不屈のメンタル。またそのハンドテクニックは達人級に巧みな手捌きで、特に秀逸すべきハンドスピードは金剛阿含ですら見切りきれなかった。

 どれをとっても非の打ち所のない怪物だ。

 

「うわあ゛あ゛あああ……峨王やマルコたちが入る前に一度だけやった神龍寺との練習試合。俺達をムシケラのようにフルボッコにした百年に一人の天才をぶちのめすなんて強すぎる!!」

「ああ、是非とも受けたい走り(ちから)だ長門村正……!!」

「ああ、彼も輝いて見えるよ」

 

 ちょうど金剛阿含をそのパワーランで吹き飛ばした長門村正のプレイ映像に、天狗先輩が大袈裟に嘆く。

 何ちゅう破壊力だ。目を煌かせているのは、峨王と如月くらいしかいない。しかし、そうであるからこそ仮想敵として相応しい。

 

 帝黒学園の大和猛……本物のアイシールド21の仮想相手としては、そのライバルである長門村正はうってつけの相手だ。

 峨王が潰せるのならば、それはつまり“頂点の中の頂点(エース)”にも自分たちの闘い方は通用するという証明になる。

 だから、次の試合、この選手は白秋が掲げる最優先ターゲットである。

 

「この長門が退場すれば、泥門の攻撃は大人しくなるのは間違いない。やっぱり次の試合で潰すべきはここだ。……ただなぁ」

 

 マルコは気怠そうに頭を抱える。

 

「バイト記者の娘から、峨王の情報は伝わっちゃってるだろうねぇ。こちらの狙いも。相手が女の子だったから、ちょっと強引な真似は流儀に反するからするわけにはいかなかったし……」

 

 こちらの弱味をつかれた形だ。氷室先輩(マリア)も余計なことをしてくれたもんだ。

 しかし余計なことをしてくれたのはこちらも同じ。

 

『きゃあ!?』

 

 マルコからすれば、楽しい映画パーティを阻止して、ノートパソコンを回収できればいいのに、その場でスクラップにする峨王はやり過ぎだ。

 おかげで飛び散った破片が取材記者さんに掠って、顔に傷を作ってしまった。アレは失敗だった。

 

「長門村正は心配ない。つまらん途中棄権などするような精気の少ない屑とは違う。最高の獣だ。奴ならば俺を殺し得るかもしれんほどのな」

 

「心配してんのはそこじゃないっちゅう話だよ」

 

 端から女の被害や情報流出のことなどどうでもいい峨王がその辺りの配慮が足らないのはどうしようもない。

 ケガをさせてしまった件も、あちらはあまり大事にしたくないようなので変に訴える真似はしないでくれると誓ってくれたけれども、氷室先輩は気にしている。それがマルコの頭を悩ませる。

 まあ、仕方がない。

 彼女にはちゃんとお詫びをしよう。

 ――長門を峨王が潰すであろう泥門戦の後で。

 

「そういえば……月刊アメフトに書いてあったよ。泥門は……峨王君を止めるために二人がかり(ダブルチーム)で来るだろうって」

 

「そんなつまらん真似は、俺が許さん」

 

 如月からの情報に、峨王が不快に反応する。戦略的にいくら正しかろうが、一対一を望む峨王に、勝負に不純物を差し込む真似は許せる行いではない。

 そこに火に油を注ぐよう、マルコは自論を述べる。

 

「あのヒル魔がそんな単純な手で来るなら世話ないっちゅう話だよ。二人がかりどころじゃない。おそらくは三人。下手したらそう……もっとトリッキーな大人数でね。それに、大事なエースである長門にも“峨王とはやり合うな、来たら逃げろ”くらいは厳命してるかもねぇ」

 

「つまり――このヒル魔とか言う小賢しい男を壊せば、つまらん策無く、一対一(サシ)で栗田と力だけで闘え、長門と存分に殺し合えるわけだな」

 

「ああ、そうなるね」

 

 将を射んとする者はまず馬を射よ。

 峨王のパワーに張り合えるであろう栗田やパーフェクトプレイヤーの長門以外に、小細工を弄するであろうヒル魔妖一もマルコからすれば排除しておきたいくらいに厄介な相手だった。

 

 

「――ご満足?」

 

 作戦会議後、すぐ外で待っていた氷室先輩が冷たい一瞥と共にくれた第一声。

 

「物は言い様で、また峨王に選手を壊させるのね。そういう小狡いところが嫌いなのよ。貴男の」

 

 肩を竦める。

 すっかりと嫌われてしまった。

 しかし、優先すべきは勝つこと。

 現在、マルコは高校一年生だが、氷室先輩は高校三年生――夢を実現させる機会は今年しかない。

 

 最初、関東の井の中の蛙に用意された道は二つしかなった。

 

 現実を直視して関東制覇だけを考え出す悲観論者(ペシミスト)になるか。

 関東レベルじゃ不可能な打倒帝黒を考え無しに叫び続ける夢想家(ドリーマー)になるか。

 

 ――俺は、そのどちらとも拒んだ。

 全部を失うことになろうが、欲しいものを全部手に入れるために、第三の選択肢を自らの手で作り上げる。

 そう、この道以外では、雄の“渇き”は満たされない。

 

 

 ~~~

 

 

 “ゲームで勝つ”ことが全て。

 それ以外はどうでもいい。

 そのために少しでも勝ちに繋がるならなんだってやる。手駒での最善の策を、如何なる惨状を生み出すことになろうが躊躇せず実行する。

 

 

「ケケケ、どこが相手だろうが、泥門のポリシーは変わらねぇ! ――ヤる前にヤる。白秋の奴らをブチ殺しに行くぞテメェら!」

 

 

 ――それは、泥門(こちら)も同じ。

 

 

 ~~~

 

 

 アメフトにおける一つの真理、“力は絶対だ”。

 それを体現する白秋。抗うは泥門。この戦いの勝者が、関東の覇者を決める決勝へとコマを進めることができる。

 

 

『それでは、全国高等学校アメフト選手権関東大会Aブロック決勝。泥門デビルバッツ対白秋ダイナソーズの試合を始めます!!』

 

 

 泥門デビルバッツの指揮官・ヒル魔妖一は、コイントスで迷わず先攻を選択。

 それは、白秋ダイナソーズが開始早々に地区大会で実行してきた“投手潰し”を仕掛ける機会でもある。

 

 躊躇なく敵を壊せと指示を出すマルコ。

 その策を分かっててもポリシーを貫くヒル魔。

 恐ろしいのはさてどちらになるか。

 

 

「私の人生いつも3位狙い!!」

 

 背番号3。白秋ダイナソーズのキッカー・三ツ井三郎が蹴り上げたボールが向かう先は、泥門の中で三番目に脚が速いランナー――陸上部助っ人の石丸。

 石丸のボール運びを支援する形に泥門が動き、白秋がそれを攻める。

 結果、キックリターンで、35ヤード地点から泥門の攻撃が始まる。

 

 

 ~~~

 

 

「ヒル魔妖一……!!!」

 

 白秋、この一発目のプレイから度肝を抜かれる。

 正気の沙汰とは思えない。なんだ向こうの指揮官は自殺志願者か。

 

 

「泥門ラインがひとりしかいねぇ! 他の連中は?? どこに……」

 

 

 ヒル魔妖一とボールをスナップする栗田良寛。

 この二人だけを省いたかのように離れた地点に陣取る泥門。

 

 これは、奇策中の奇策。伝説のトリックフォーメーション――『孤高の(ロンリー)センター』!

 

 観客に解説者、観戦しに来ていた西部や王城の面々も言葉を失う。

 チアリーダーの鈴音も仰天。

 

「クリタンがあんなポツンて。ひとりぼっちであの峨王(ガオー)マンと戦うってこと??」

 

 攻撃の起点となるクォーターバックを守るべきラインの大半がその役目を放棄して、離れたところにセットする一見すると理解不能だが、NFLでも採用されているフォーメーション。

 あまりに無謀で無防備、それ故に相手の混乱を誘う。

 白秋の頭脳であるマルコは、早速博打をうってきたヒル魔の正気を疑う。いっそ脱帽したと言ってもいい。

 

「あ~あ、ったく。普通の発想なら峨王一人を止めるために密着マーク何人つけてくんのかな~? っちゅう話だよ」

 

 白秋としては、長門をラインに加えさせて、栗田とのダブルチームで峨王に対する防波堤とするものだと予想していた。

 “だからこそ”の真逆の手。ヒル魔の十八番だ。

 

 逆に皆を峨王から遠く引き離すことで触れさせもしない。

 『孤高のセンター』の欠点を、利点としているのだ。

 

「でも、こんなん……栗田が破られたら、他に誰もいねぇ! ヒル魔だけは瞬殺じゃねぇか!」

 

 当然だが、このギャンブルはハイリスク極まるもの。

 一枚の壁が抜かれれば、死。地区大会全チームの投手を蹂躙し尽くした恐竜の爪牙が、ヒル魔の腕に食らいつく――

 

 だが、それも抜かせなければいい。

 峨王の前には、この男がいる。

 ケケケ、と強気な発言に、哄笑漏らすヒル魔が背中に煽りかける。

 

「も~しもテメーが抜かれて俺らが峨王に折られたら“テメーのせいで”! こりゃ“全員の夢がパー”だな糞デブ!」

 

 まったく味方でも容赦がないなこの人。長門は呆れる。

 

 

「うんだよね。だけど、大丈夫だよヒル魔。僕が一対一の勝負で峨王君を止める……!!」

 

 

 しかし、今の栗田先輩は、もうプレッシャーに押し負けることはない。

 因縁深い神龍寺ナーガを超え、全身傷だらけとなっても、『百人組手(デススパー)』をやり遂げた。

 短期間で筋力自体は変わらずとも、精神面は成長しているはずなのだ。

 肝心の不足していた相手を破壊する格闘意識を会得したかはさておいて、その面構えは変わっている。顔にも刻み込まれた傷が見掛け倒しではないことを、真正面で対峙する峨王は一目で察知する。

 

 

「GYYYYAAAAA! ――フン、最高に面白いぞヒル魔妖一、栗田良寛……! お前達ほど攻撃に狂った精気滾る男共に会うのは初めてだ……!!」

 

 

 己を打倒すると宣言した、己が認めた強者(つわもの)に、獣は歓喜の雄叫びをあげる。

 

「ひいぃぃえええ……」

「あっちサイド、マジ行きたくねぇな」

 

 関東、いや日本で1、2を争うパワーを持つ両者に介入するような真似をして巻き込まれれば、ただでは済まない。

 

「誇り高き者への礼節だ全身全霊の力をもって「ケケケ、ゴチャゴチャくっちゃべんのが好きだなこの糞原始人」」

 

 かっこいいこと言ってたのにかぶせた!

 あの場面で挑発を仕掛ける度胸には、ついに長門も頭を抱える。

 あの先輩(ひと)は自分が第一ターゲットであることを承知していながらも、攻撃的な姿勢は緩めたりしない。峨王の言う通り、あれほど攻撃に狂った人間は長門も知らない。

 

「ああ、お前の言う通りだヒル魔妖一。始めるぞ闘いを。今すぐに……!!」

 

 HUTコールのカウントダウン。

 ボールがスナップされたと同時に、クライマックス。

 高校最強パワーの二人が、激突する――!!!

 

 

 ~~~

 

 

「次元の違う絶対的な力――美しい……!」

 

 白秋ダイナソーズ背番号70・峨王力哉。

 身長2m体重131kg。腕相撲は生涯無敗を誇り、ベンチブレスは200kg超えの210kgと高校最強のパワー。

 単純な力の差でみれば、栗田とは50kgの差がある。40ヤード走も5秒4で栗田よりも速く動ける。

 だが、力だけで勝負は決まるものではない。

 

(硬いっ!)

 

 空手の基本中の基本の型、『三戦(さんちん)立ち』

 足を八の字の形に立ち、やや膝を曲げて力を入れ、筋肉関節を締めて堅くする。完全になされればあらゆる打撃に耐えるとも言われる剛体法だ。この技法を栗田良寛はアメフトのブロックに応用している。

 

(『三戦立ち』の姿勢は重点的に下半身に力が篭る。その体重も合わさって重心の据わりは峨王以上の栗田先輩がすれば、苛烈な攻撃にも耐え抜く不沈艦――名付けて、『不沈立ち』だ)

 

 破壊を真っ向から受ける不壊。

 豪腕が押し込むが、粘り腰が耐える。

 

(時間を稼ぐんだ! 最後は倒されたっていいから……!)

 

 力では、敵わない。

 だけど、アメリカンフットボールで5秒もパス壁が維持できれば、投手はどんなパスでも投げられる。

 

 

「GYYYYAAAAAA!!」

 

 

 不壊の陣形『ツタンカーメン・マスク』を薙ぎ払う峨王の力。

 相手が強ければ強いほど、硬ければ硬いほど、喝采の咆哮を轟かせる。

 

『ああーここで栗田君、ついに転倒ー!!』

 

 悲鳴が上がる。

 太陽スフィンクスとの一回戦で起こった惨劇が蘇る――

 

 

「ケケケ、糞デブ。テメーの勝ちだ」

 

 悪魔は笑う。

 恐竜は、あと一歩、届かなかった。

 

 ヒル魔はすでにボールを投げていた。そして、ボールを投げた投手を峨王は攻撃しない。何故ならばパスを投げ終えた直後の選手にタックルをするのは反則だからだ。峨王は野蛮な獣であるが一線を守る冷静な思考もある。――間に合ったのだ。

 

 

 ~~~

 

 

『これは泥門……いきなりの超ロングパーース!!』

 

 パスが、高い。

 でも、背面捕りで思いっきり飛べば、ストライクのコースだ。

 

「よろしくね、モン太くん」

 

 だが、アメリカンフットボールは誰にも邪魔されずキャッチできる競技ではない。

 マッチアップする相手がいる。

 

 白秋ダイナソーズ背番号96、ディフェンスバック・如月ヒロミ。

 身長178cmで、体重は49kgと細身。ベンチプレス30kgとセナ以下の超虚弱体質でスピードも40ヤード走5秒3。ジャンプ力も並。数字だけを見ればモン太の方が勝っている。

 

 だが、野生の勘が警報ならしてる。

 どう見ても競り合えるガタイじゃねぇけど、こいつ、ただもんじゃねぇ……!

 

 真っ直ぐにこちらから視線をそらさないモン太に、如月ヒロミは微笑む。

 

 すごく素敵だ、モン太くん。

 今までマッチアップしてきた選手は皆、如月の青白い身体を見て、心の奥底で油断する。チームの皆だってマルコ君と峨王君以外は、腕力に憧れてアメフトを始めた如月を馬鹿にして笑ってた。

 だけど、彼にはそれがまったくない。

 細川一休と互角に渡り合ったモン太は、こちらを侮ったりしていない。己が認めた相手に認められる。それが嬉しい――そして、披露したくなる。

 この最強のレシーバーに、真っ向勝負で、『左腕(ちから)』の美しさを……!

 

 

「バチッと先制パンチ決めんぜ『デビルバックファイア』!」

 

 如月がバック走で張り付いているが――やはり、一休には劣る。速度も反応も。

 一休との対決でさらに磨かれた鋭敏な曲がり(カット)で、一気に振り切るモン太。そして、振り向かずに全脚力を跳躍に費やしたジャンプからキャッチ最難度の背面捕りを決めた!

 

 

「いいや、まだだよモン太くん。僕の闘いはここからなんだ」

 

 白秋ダイナソーズと試合した者は、『峨王が右腕なら、如月は左腕』と称する。

 峨王力哉の剛腕とは対極な、如月ヒロミの柔腕。飛び上がったモン太の背後から追いついた如月が、その細腕をモン太の両腕の隙間に差し入れる。そして、この肘を360度回せる柔軟な腕を絡み付かせる。

 この空中の腕力を体感した者はこう呼ぶ。

 

 ――『翼竜の鉤爪(プテラクロ―)』!

 

 

「僕の力が、君の腕を切り裂く。力は絶対なんだ……!」

 

 インターセプトができずとも、レシーバーのキャッチを失敗させれば相手は攻撃権を不意にする。

 それは如月ヒロミ(ディフェンス)の勝ちになる。

 空中戦を己が腕力で制さんとする如月の鉤爪が、腕を絡めて抉り取る――

 

 

「それがあんたの腕力(ちから)かよ――だったら、そいつを俺のキャッチ(ちから)でブチ破る!」

 

 剥がれ、ない!?

 腕に直接攻撃しているのに、ボールから離れない。まるで手のひらと真空吸着してるみたいにがっちりと。

 

 今、関東のワイドレシーバーは四強時代に入っている。

 バック走の達人・細川一休。

 エレベストパス・桜庭春人。

 アイアンホース・鉄馬丈。

 そして、キャッチの達人・雷門太郎。

 モン太は四強レシーバーの中でもキャッチ力は群を抜いている。たとえ腕がもげようが掴んだボールは手放さない!

 

「『プテラクロ―(リーチ&プル)』は、『千本(デス)ノック』で何度も長門にしてやられてんだよ!」

 

 腕を直接攻撃してくるプレイなど野球にはない。だが、モン太には、経験があった。

 何度となくこの技でボールを落とされたのと、鉄馬丈というパワータイプのレシーバーとの対決。

 故に、迷わない。

 正面から相手の腕力で跳ね除けることに己がキャッチ力を一心に費やす

 

 

「おおおおおおお!!」

「あああああああ!!」

 

 

 キャッチじゃ誰にも負けねぇんだ……!!

 キャッチにかける執念。それが翼竜の鉤爪を突き放す。

 

 それでもだ。

 如月の妨害に最後片腕を取られたモン太のバランスは崩れている。その着地後に大きな隙ができる。当然それを狙わない手はない。

 

 

「ブプー! 如月にやられてぐらぐらじゃん! 泥門からボールを奪うなんて楽勝っ!」

 

 背番号49。白秋ダイナソーズのラインバッカー・天狗花隆が、モン太が左手だけで持って無防備なボールへ手を伸ばす――

 

「クッソここを狙ってくっかよ! ――でもよ、守ってくれるって信じてんぜセナ」

 

 バチッ! と天狗の手が弾かれる。

 光速のアイシールド21・小早川セナは、一息に味方のピンチに間に合う。

 一気に迫ってくるチェンジ・オブ・ペース。そして、腕を使った盾『デビルスタンガン』で、相手のチャージをガード。

 

(長門君や阿含さんのと比べれば、遅いし怖くない……!)

 

 金剛阿含の手刀を防ぐ実戦経験が、セナの腕の扱いを上達させた。

 そう、神龍寺戦で最強とぶつかり合った経験が、二人を強く覚醒させていた。

 

「なげァああああ!!?」

 

 ロングパスが決まる。

 着地後のチャージもブロックした。

 

「もう!? うっそーーん!!」

 

 白秋の中で最も巧いマルコは、長門村正の方にマークについて離れた位置にいる。

 ノーマークで独走するモン太に追いつく選手は、いない。

 

 

『タ……タッチダーーーゥン!!!』

 

 

 ~~~

 

 

「また、アメリカンフットボール選手として成長したな、セナ!」

 

 自ら味方を守りに行くセナの姿勢に、甲斐谷陸はそう嬉しげにつぶやく。

 弟分の成長を喜ぶ? いいや、そうではない。そんな上から目線の兄貴風を吹かすのは、直接ぶつかった地区大会準決勝の泥門戦で卒業したのだ。

 陸が笑うのは、対等なライバルがより強く成長し、ますます倒し甲斐が増したからだ。

 

 

「一試合ごとに泥門の破壊力が増している……!」

 

 評価が更新される泥門の動きに進清十郎が唸る。

 泥門デビルバッツは、大半がアメフト歴一年目のルーキーチームだ。

 だからこそ成長性が抜群。強敵との実戦で得る経験値に急成長を遂げている。

 きっと彼らは頂点まで天井知らずに駆け上がっていくつもりだろう。

 やはり最強のライバルは、泥門……!

 

 

『先制点は泥門デビルバッツ!! 白秋ダイナソーズ、今大会初失点ー!!』

 

 

 ボーナスキックを武蔵が決めて、7-0。

 圧倒的なパワーを誇るダークホース・白秋ダイナソーズから先制点奪取に、優勝候補であった神龍寺ナーガに勝利したのがまぐれでもないことを証明した。

 実力。泥門デビルバッツは関東を制するだけの力がある。

 

「あ゛……あ゛あ……もう終わりだァァー!!」

 

 大袈裟に泣き崩れるのは、白秋ダイナソーズ三年生の天狗。

 

「ど畜生……! あの栗田ってヤツ、峨王のバカ力にも潰れねぇで食らいつきやがった!! 峨王たちが入って白秋メッチャ強くなって俺猛天才じゃねぇのウヘヘァアこれって思ってたのに、やっぱダメなんだアアアア!!」

 

 と嘆いているが、新戦力が加入はしても天狗自身の実力はずっと上の下、マルコがその実力を晒すのを避けるための隠れ蓑にしている影武者(元エース)である。

 それに、喚いているのは、彼のみ。

 力こそすべて。善意も悪意も灰にする絶対的な力こそ信奉する如月ヒロトは先制点を取られたくらいで動揺はしない。

 

「天狗先輩、心配しないで……力と力のぶつかり合い、アメフトの原点は――“力”!

 力こそ絶対。

 力こそ勝利。

 戦術も技術も才能も、そこに何もないかのようにすり潰される。そのあまりに美しい原理を、きっと峨王君が示してくれる……!」

 

 泥門デビルバッツ、確かに強い。

 だが、彼らには欠点がある。

 ひとりでも欠けてしまえば替えが助っ人しかいない少人数チームであること。

 

 峨王力哉を相手にして、ひとりも退場者が出なかったチームなど白秋ダイナソーズは知らない。

 

 

 ~~~

 

 

 点を取って騒ぐ泥門の陣地へ、踏み入る男。峨王。

 白秋、初めての失点に栗田という初めて壊せなかった相手。強者を求める男はこれに発奮しないわけがない。……と思いきや、峨王は、予想外にも静かに、淡々としていた。

 

「想像以上だ栗田。お前は強い。これほど歯応えのある相手はいなかった。これは間違いなく高校最強のパワー決戦となろう」

 

「い、いや~~」

「それほどでもすごいあるよ!」

 

「なんで兄さんが得意気なのよ」

 

 開幕に好スタートを切れた。士気が高まっている。

 そんな泥門に、峨王は渋い表情で、声を落とす。

 

「だが――お前には俺の敵にはなりえん理由がある。あまりに惜しい男だ」

 

 ”強者”であるが、”強敵”とするには資格不足――峨王自身、残念に思いながら、そう断じる。

 

「ハ?」

「はぁ!?」

「ハァアアアア!?」

「ハン!」

 

「新技四段活用!!」

 

 ライン4人(三兄弟+小結)がその発言に反発的に異を唱えた。

 

「栗田の底力舐めんじゃねぇぞ貧弱原始人」

「口喧嘩より力で来いよ栗田に」

「クリスマスボウルにかけた夢の差を見してやるよ栗田が」

 

「カッコイイこと言ってるけど何気に人任せ!」

「ヒル魔先輩に影響されたか?」

 

 強気な十文字、黒木、戸叶達に突っ込むセナに呆れる長門。

 

「フゴ(君達もわかってきたじゃないか師匠の力が……)」

「いつもいがみあってる4人が団結してるよ。感動的なシーンだなあ」

 

 騒ぐ泥門の一年生たち。これに峨王も沸々と面貌を不敵なものへと変えていく。

 

「ああ。よくぞ言ったお前達。理由など言葉より力で語るとしよう」

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、続いてはいよいよ……白秋ダイナソーズの攻撃です……!!』

 

 最強パワーの壊し屋が壊すのは攻撃の基点たる投手だけではない。

 防御に敷かれた壁をその桁違いな力で崩壊する。

 

「ボール持って走る方も楽でいいよ。こんだけ大穴開けてくれりゃ」

 

 白秋のクォーターバック・マルコは、パスを投げることなく、自らボールをもって中央突破。

 泥門陣営を進撃する峨王の後に続くように。

 

 

『白秋、10ヤード前進! 連続攻撃権獲得(ファーストダウン)!!』

 

 

 栗田は倒れない。

 

「ぐ……う……!」

 

 だが、峨王を倒せない。

 斃せない限り、峨王は止まらない。

 峨王が止まらない以上、白秋の前進を阻止できない。

 

 

『白秋! またもやファーストダウン!』

 

 

 これが人間と同じ力か!?

 ただ雑に腕に振るいつけられただけで、泥門のライン5人が撥ねられる。

 アメリカの道路で延々とトラックを押してきた彼らだが、峨王のプレッシャーはアクセルを踏み込んだフルスロットルのトラックにぶつけられたようなものだった。

 

 

『白秋! ファーストダーーゥン!!!』

 

 

 恐竜は前進し続ける。

 戦略も何もあったものではない。

 『北南(ノースサウス)ゲーム』――北から南へ、フィールドをただ一直線に力押ししていく、アメフトの攻撃の原点。理想の……実現し得ないはずのスタイル。

 

 止めるには、峨王を止めるしかない。

 

 

 ――さあ、泥門最強(ジョーカー)を出してこい!

 ラインを蹴散らす峨王が、長門とヒル魔を見る。爛々と双眸を滾らせて、催促する。

 

 このままではタッチダウンされる。そして、逆転される。

 タッチダウン6点の後のボーナスゲーム。普通はキックを選択して+1点を入れるものだが、もう一度タッチダウンを押し込んで、+2点のボーナスを狙うこともできる。

 ――成功率が低いこのプレイを峨王ならば100%に決められるだろう。

 

 つまり、一回タッチダウンする毎に泥門は7点でも、白秋は8点ずつ取っていく。

 そうなれば点差は、縮まらずに開けていく一方だ。

 

「……やはり、リスクを承知で博打に出るしかないようだ」

 

「糞カタナ。ヤるんなら、全力でヤれ」

 

 

 ~~~

 

 

(やっぱ、このまま大人しくしてないよなあ)

 

 長門村正。

 仮想・大和猛とマルコは称したが、実際、パワーでは長門の方が上だ。交流戦の試合映像を見て、スピードでは後れを取っていたみたいだが、それでも長門のパワーは圧倒していた。

 

「で・も・悪いけど、残念ながら峨王は高校最強だっちゅう話だよ」

 

 栗田良寛が峨王のチャージに除けられる。

 敵たり得なかった強者を一蹴して、壊し屋が臨むのは、明確なる強敵。

 

 スピード・テクニック・パワーの総合力で圧倒するパーフェクトプレイヤー・長門村正。

 他の追随を許さぬ群を抜いたパワーで何もかもを蹂躙するデストロイヤー・峨王力哉。

 

 進清十郎と金剛阿含。去年の二大看板を刷新した破壊力を有する二人のモンスタールーキー――今年度を飾る関東の怪童の血沸き肉躍る正面衝突が、今こそ実現する!

 

「さあ、突っ込んでくる峨王にどう出る? 泥門のジョーカー様」

 

 この瞬間を愉しみにしていた……!!

 まっしぐらに駆ける。

 駆け引きなど峨王の頭に存在しない。どんな動きにも躊躇なく全速で間を詰めてくる。その指先ひとつ触れれば選手を潰せるという、遠近狂った魔物。

 対峙する長門の左足が、下がる。

 後方への超速移動で、峨王の突進力から逃れるか。

 

「GYYYYAAAAAA!!!」

 

 いいや、そんな逃げ腰など断じて許さんと破壊の剛腕が伸びる。

 ――だが、長門村正は単純な力だけで倒せるほど甘い男ではない。

 

 

「試合には関係ない話だが――リコにその手を振るったそうだな」

 

 

 後ろ足を退かせたが、逃げではない。真っ向から、迎撃(こうげき)する。

 

『長門君!』

 

 攻めに出た彼の姿に、解説席にいた熊袋リコは思わず立ち上がった。

 彼女が思い描いてしまった惨劇の未来――それを『妖刀』は、抉り抜く。

 

「GYA――――!!!?」

 

 壊し屋の恐竜に、突き刺さった。

 衝突の間際に後ろ足を退いたのは、後ろに重心を置いた退歩。この後ろの足でつっかい棒をして、伸ばした腕に自ら峨王が突撃していくよう長門は合わせた。

 一歩引いた足と前に突き出した反対の腕を一直線にすることによって、向かってくる相手を返り討ちにするカウンター技。

 それはまさしく、“地面に固定された柱に自ら突っ込んだ”ようなものだった。

 相手の力が強ければ強いほど効果が増大する高度な格闘技巧。峨王は、自らの破壊の力を心臓のある左胸へぶち込まれる。

 そして、これで終わらない。峨王を串刺しにした動きはまだ連動する。

 

「壊される前に、俺が貴様を(こわ)す。それがこちらの解答だ白秋のブレーン」

 

 ギュルン! とプロテクターに陥没する拳を起点としてさらに抉り込む。

 身体の捻りと適切な体重移動でもって、超至近距離から心臓破り痛打(ハートブレイクショット)を捻じり穿つ。

 長門村正の、四肢胴体に螺旋の勁が廻るのが目に見えるほどに凄まじい、強烈かつ俊敏な動作から繰り出される、必殺を超えた確殺の一打。

 

 ――『零距離(0ヤード)マグナム』!

 

 熊殺しの剛弾(マグナム)を、接射でぶち込む。

 峨王力哉は、時間を撃ち抜かれたかのように勢いを止め――

 

 

「GYYY――――――YAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

 

 な……っ! 技は決まった。息の音は確実に止めた手応えだったはず……!?

 急所をぶち抜かれようが、壊し屋の恐竜は止まらなかった。肉体へのダメージなど無視するほどの破壊衝動か。白目を剥いたまま峨王が剛腕を、長門へ叩き込む。これを瞬時に左腕を盾にして受け――

 

 

「!!くっ……」      「……っは!!」

 

 

 地面を滑り、たたらを踏まされる長門。

 だが、倒れない。

 蹲るようにその場で前屈みになる峨王。

 だが、その手を地につけない。

 

 ――まだだ!

 まだ、俺は闘え(やれ)る。この“強敵”と、壊し(やり)合える!

 

 そんな二度目の正面衝突が起こる、直前。

 

 

「ケケケ、峨王さえ躱せりゃ、余裕ぶっこいてる糞睫毛を潰せるくらいわけねー!」

「うおっ!?」

 

 

 峨王を、止められた――そのことに思考を止めてしまったマルコに、長門がぶつかりに言った直後に飛び出していたヒル魔が、タックルを決める。

 

『白秋、1ヤード前進!』

 

 ボールキャリアーが地についた。プレイは停止。

 

「「………」」

 

 その場から動かず、睨み合う長門と峨王。

 両者とも、ルールを忘れて乱闘に移行するような、愚かな獣ではなく。ゆっくりと振り返って互いの視線を外し、されど互いの背中から立ち上る殺意の波動(オーラ)がその緊張感を途切れさせはしなかった。

 

 

 ~~~

 

 

「長門君!」

「峨王を止めやがるとはどんだけだよ長門!」

「流石長門。阿含に続いて峨王もぶちのめすのかオイ!」

 

「まあ、そううまくはいかなかったけどな」

 

 駆け寄ってくるチームメイトに、苦笑気味に手を挙げて応える長門。

 

 ――ズキン……。

 

 ……まずい。左膝の後十字靭帯にダメージを受けた。峨王の力を受けるために退歩したが、想定以上に反動が凄まじい。

 『零距離マグナム』は、栗田との練習では一日に六度までできた。

 回転式銃装(リボルバー)に篭められている剛弾は、六……つまり、峨王を長門が止めれるのは、最大でも残り五発。それ以上は、支障が出る可能性が高い。

 

 それでも、長門は顔には出さない。

 不敵であれ。

 相手に何発もできないと悟らせず、仲間に諸刃の剣だと気取らせるな。

 

 

「わかってんだろうな、糞カタナ。テメーが峨王に壊されるのが最悪のケースだってことを」

「承知していますよ、ヒル魔先輩」

 

 

 フィールドに構えるだけで呪いを放つ『妖刀』を演出する……!!

 

 

 ~~~

 

 

「息を……させろ」

 

 峨王の発言は、マルコを驚かせた。

 自ら回復させろと峨王が申し出る、つまりはしばらく自力で呼吸が困難になるほどに、確かなダメージを受けたということ。あまりに衝撃的で、それだけ向こうの破壊力を物語る。

 マルコは他のチームメイトへ視線を走らせ、大きく肩を揺らして呼吸を繰り返す峨王の姿を隠すように壁にさせて、あと騒ぎそうな天狗は如月へ任せた。

 プレイは25秒以内に始めなければならないが、ギリギリまで時間を費やす。

 

「技だの速さだの歯応えがないモノだとばかり思っていたが、俺の息の根を止めたとは認めねばならんようだ。それにあの殺意……! 期待以上だ長門村正!!」

 

 凹っ、と穿たれた左胸の跡を、己が心臓にも爪立てるほど強く峨王は鷲掴みにし、獰猛に笑う。

 

「だからこそ、面白い! 奴の殺意が更なる力を溢れさせてくれる……!!」

 

 心肺から酸素を絞り尽されたような酸欠状態に陥ったかのように、喘いでいた峨王だったが、深呼吸するたびに、更なる獣気を充溢させている。

 強敵との死闘――“アメフト歴一年(ルーキー)”である峨王力哉は、より大きく存在を膨張させていく。

 そして、峨王が起き上がったところで、マルコは最も訊きたいことを問うた。

 

「それで、長門は壊せ(やれ)るのか」

 

「無論だマルコ」

 

 手応えはあった。

 無我夢中、本能のままに腕を振るったが、捉えた感触は間違いない。

 

「長門村正、貴様の名はこの心臓に刻まれた。生涯、忘れることはないだろう。

 ――故に貴様にも、我が力をその骨肉に叩き込もう!!」

 

 

 ~~~

 

 

「っ」

 

 溝六は、不意に表情をしかめた。

 半ば反射的に、右膝を擦る。

 この時、溝六の胸に去来するは、過去。

 

 今日の試合会場である『江の島フットボールフィールド』……酒奇溝六と庄司軍平、千石大の『二本刀』と名を馳せた自分達の現役最後に試合した、夢潰えたこの地。

 

 こんな場所で、右膝の古傷が疼くなんて、不吉な予感がしてしまう。

 

(頼むからよ。あいつらの夢が潰えるようなことにはならないでくれ……!)

 

 願うよう天を仰ぐ溝六。

 その上向いた顔に、ポツポツと水滴が当たる。

 

 

 ~~~

 

 

 ――雨が、降ってきた。

 ポツポツと降り始め、それから徐々に勢い増して――あっという間に土砂降りとなった。

 

「いいねぇ……こりゃ」

 

 マルコは、笑う。歓迎する。

 雨は、フィールドをぬかるませる。踏み込みが滑る。キレが鈍る。

 ――より趨勢を力が左右する泥沼へ堕としてくれる。

 そして、アメフトは豪雨でも中止にならない。どんなにずぶ濡れに泥仕合になろうが、試合は止まらない。

 

 白秋(おれたち)に、天は微笑んでいる。

 

 

 ~~~

 

 

 小泉花梨の帝黒アレキサンダーズBlog

 

 『今話題の映画観に行きました』

 休養日に友達と最近話題の映画を観に行きました!

 もうメッチャ面白(おもろ)くて、最後の戦闘シーンなんてすごいド迫力で興奮しっぱなし! 観た後、友達とファミレスで感想を言い合ったりしたんやけど、私もいつかはあんなアニメ化大ヒットされる漫画を描けたらなあ、と思ってみたり……

 

 それから、ちょっとだけ想像したんですけど……

 大和君とライバルの長門君があの映画みたいにフュージョンしたら、凄まじいことになりそう!! でも、あの動きって結構難しそうやしできるかなあ。指先だけでなく、姿勢の角度にもこだわってるみたいやし……

 そもそもやってくれるかもわからんけど……

 

 

■コメント(7)

 

 

 投稿 Taka

>フュージョン? 聞いたことがないけど、アメフトの新しい戦術だったりするのか?

 

 投稿 Akaba

>フー……大和と長門。日本高校アメフト界で三指に入るプレイヤー同士のセッションだ。世界に革新を起こす戦術になるに違いない。

 

 投稿 Yamato

>俺と村正の革命的なコンビプレイだって! 俺も彼との連携は色々と考えてたりするんだけど、花梨も考えてくれてたなんてね。是非とも教えてほしい!

 

 投稿 Karin

>えぇえええええいいいやその!? スイマセン! 無理です! 教えられません!!

 

 投稿 Yamato

>大丈夫だよ花梨。どんなに難易度の高い動きを求められても、俺と村正なら絶対にやってみせる!

 

 投稿 Hercules

>そんな絶対予告はやめたって! あんまりそこんとこ突っ込まないでそっとしておいてやって!

 

 投稿 Achilles

>ふうん、花梨は映画を見に行くのが趣味なんか。な、なあメッチャおもろいB級映画があるんだけど、今度の休養日に俺と……




使うかわからない空手道場の設定。
空手をベースにした格闘術で、実は暗殺拳が源流だったりするという、最も有名な某格闘ゲームの主人公の道場を参照。
長門が通い詰めていた時期には、アメリカから本物の格闘技を体感しに来たハリウッドスター兼アメフトスターが一時期通っており、お互いに共通の趣味(アメフト)なところで意気投合。アメフトの個人練習ではやれない練習相手に付き合ったり空手以外にも拳法のクンフーを教えてたりなど長門の兄弟子的なポジションになっていたりする。
と一応考えてはあるが、多分、この設定を拾うのは世界編になってからになるかと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。