悪魔の妖刀   作:背番号88

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3話

 王城ホワイトナイツ。

 その監督・庄司軍平が提唱する哲学は、『0点に抑えれば1点でも勝てる』。強固な城塞にも譬えられるほど、鉄壁の守備で有名なチーム。神龍寺ナーガと並んで“関東の双璧”と呼ばれる強豪校だ。

 ただ今は、黄金世代が抜けてしまったとかで凋落しているとも評されているが……。

 

(泥門からすれば十分格上であることには変わりない)

 

 弱小校にはそうそう踏みしめる機会のない天然芝のグラウンド。それにジャリプロの桜庭がいるおかげでテレビまで来ている。

 やはりこれも王城と試合をするからだろう。王城は泥門をあらゆる面で凌駕していると言ってもいい。食事一つをとっても違う。向こうは業者に依頼して炭水化物とビタミンCを試合前にきっちり補給できるよう軽食メニューまで用意している。

 

「あんな豪勢じゃなくて……手製ですけど、それでも良ければ」

 

「おおお~! 姉崎さんのおにぎり! 幸せだ~! 全然こっちのが良い~!」

 

 ……いや、訂正。勝負できるものはある。

 チーム全員分の軽食を用意してきてくれたのは、姉崎まもり、小早川の幼馴染だそうだ。

 あの恋ヶ浜戦の後で小早川を巡ってひと悶着があったのだが、その時、あのヒル魔先輩と一対一で張り合えたのだから、大層驚かされた。裏の支配者としての地位を確立していた麻黄中時代ではそんな人は教師も含めてひとりもいなかったのだから。

 とはいえ、ヒル魔先輩の口車に乗せられて、チームのマネージャーをしているが。

 

「はい、長門君もどうぞ」

 

「ありがとうございます、姉崎先輩」

 

「ふふ、セナがいつもお世話になってるみたいだからね。特別に他の人よりも大きめに作っておいたから」

 

 そう言って、おにぎりを手渡ししてくれる姉崎先輩に頭を下げる。まったく美人でいいお姉さんがいたものである。金の草鞋を履いてでも巡り合いたい人だろうきっと。周囲の人気も納得できるというもの。

 

(――お、あれは……)

 

 観客席の一番上……試合全体を見渡すのに格好の位置を陣取る特徴的な和装制服の集団。神龍寺だ。その筆頭にいる、グラサンにドレッド頭が特徴な男が、『百年に一度の天才』と名高い金剛阿含……本当は神龍寺にいくつもりだった先輩たち三人が泥門に行くきっかけを作ったと聞いているが、ここに来たのはあくまでも王城、進清十郎の偵察。こちらは眼中にないどころか、先輩たちのことを覚えてすらいないだろう。

 

「いいかてめーら! 今日の試合はこの前とは訳が違う! あんなママゴトフットボールじゃねぇ、戦争だ!」

 

 試合前のエネルギー補給が済むと、マシンガンで地面を衝いたヒル魔先輩がチームに喝を入れる。

 去年の練習試合で徹底的にボロ負けして、進清十郎のタックルに助っ人2人が骨を折られるというトラウマを作られたデビルバッツは試合が始まる前から気弱になっているものが多い。

 

「安心しろ、ボールを持つのはアイシールド21、そして、進相手にリードブロックするのは糞カタナだ」

 

 ホッと安堵するチームメイト。参加してもらってる助っ人に無茶な怪我をさせたくないから良いけど、コイツら露骨である。おかげで小早川も腰が引けてる。

 でも、一矢報いたいという気持ちを持っており、二回戦まで進んだチームとしてこのままリタイアする気はないようだ。

 

「(ノートルダム大のヒーローになっちゃってるけど、正体はただのパシリで、初心者のインチキヒーロー……実力者の長門君と違ってそんな期待をかけられても……)」

 

「―――小早川、お前が何と言おうともその黄金の脚は本物だ。十分に誇っていい。正直、俺もあの進清十郎を相手するのに手いっぱいになる。だが、小早川が逃げる時間くらいは稼ごう。そうだ。この前と同じだ。『アイシールド21』はフィールドを捻じ伏せ、『妖刀(オレ)』はプレイヤーを斬り伏せる」

 

「っ!…うん……やれるだけやってみるよ、長門君」

 

 こつん、と拳を合わせる。

 総合力では劣る。でも、勝負ができるものがあるはずだ。それをぶつけていこう。

 

 

 ~~~

 

 

「騎士の誇りにかけて勝利を誓う。そう我々は敵と闘いに来たのではない。――倒しに来たんだ!」

 

 

 ~~~

 

 

「俺らは敵を倒しに来たんじゃねぇ。――殺しに来たんだ!」

 

 

 ~~~

 

 

『ぶっ、こ……ろす! Yeah!』

 

『Glory on the……Kingdom!』

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、いよいよキックオフです! 王城ホワイトナイツが果たして何点差付けるのか!?』

 

 解説までも王城贔屓。誰もが泥門に勝ち目がないと見る中で始まった試合。

 デビルバッツのメンバーたちがフィールドに散っていき、王城のキッカーが開幕のボールを蹴る。王城ホワイトナイツのメンバーが走り出す。ボールは緩やかに弧を描き、デビルバッツ側の陣深く飛ぶ。強豪校のレギュラーなだけあって、癖が少なく、それでいて風に流されないだけの球威を備えているキック。初戦の恋ヶ浜よりも確実に上。

 落下するボール目掛けて走るのは、背番号88、長門村正。これは泥門デビルバッツの中で、アメフトの特徴的な楕円形のボールを上手くキャッチができるのが経験者のヒル魔と彼しかいないからだ。パスではなく、キックのように激しく回転する球は、初心者の小早川セナはもちろん、経験者だがボールに触れる機会が少ないラインマンの栗田にも処理が難しい。

 

 捕った!

 両腕でしっかりと捕球した長門、それを後ろから小早川セナは見ていた。

 

『序盤、糞カタナの後ろについていって、プレーをよーく見ておけ。ヤツはランの手本にはちょうどいい』

 

 ヒル魔先輩に試合前に言われていたこと。

 セナが見つめる先で、長門村正は思い切りフィールドを蹴った。1ヤードでも前へ。リターナーがどこまで進めるかが、試合前半の流れを大きく左右する。

 すでに目の前にホワイトナイツのメンバーが押し寄せてきている。セナが思っていた以上に速い。栗田さんや小結君たちライン人が一斉に止めに入る。が、大半が助っ人のアメフト素人の集団、タイミングが合わず、押し合いはそう長く続かなかった。ブロックの一角が崩され、長門君が無防備に――!

 

(え――長門君の姿が、ブレた!?)

 

 3人のホワイトナイツの選手に囲まれたかと思いきや、ボールを持った長門君はすり抜ける幽霊のように突破してしまう。

 

『おおっと!? 簡単に抜かされてしまったぞ、ホワイトナイツ!!』

 

 簡単に……?

 ううん、違う。今、長門君は足を交差させてジグザクに曲がるフェイント……クロスオーバーステップを激しく刻み、そして、相手選手の動きを見切ってから1ステップ切るカットバックを踏んでいた。

 ホワイトナイツの選手がタックルするためにスピードに乗せて迫っていた。そのスピードのベクトルを読み取り、躱しやすい方向へとカットを切り返す。その際に肩が進む方向とは逆に思い切って肩を入れているので、タックルする選手は惑わされてしまう。

 重心移動が極まったラン。そして、この一連の動きがノンストップ、まったく減速せずに行われたのである。

 

 前にヒル魔さんは、高校生で40ヤード走4秒8を出せばどこに行ってもエースになれると教えてくれたけど、長門君は4秒7。

 それが最高速を保ったまま走り抜ける。抜かされたホワイトナイツの選手は追いすがることも叶わない。

 追うセナもゆっくり流してなんてできず、追いかける。

 

(これが、アメリカンフットボールの走り(ラン)……!)

 

 そのまま長門君は、細かくステップを刻みながら王城の守りをまたひとり切り抜けて、

 

「ばっはっは! これ以上は行かせん――」

 

 ただひたすらに突進し、目の前のもの全てを吹き飛ばす圧力は、まるで暴風雨のようにパワフル。王城ラインの中で最も大きな選手が長門君の前を阻む――

 

(沈んだ――!!)

 

 横にブレた幽霊が、今度は縦にブレた。

 加速時には最も直線スピードが出る高めの姿勢だったけど、今ディフェンスに当たる直前で体を沈め、的を小さく絞り込みながら曲がりやすくする。地上にいながら上下にも躱す。バネに富んだ身体能力でなければできない芸当だ。

 小山のような巨体に丸太のような腕を持つラインマンを潜り抜けて、躱してしまう。

 

 これでまたひとり――王城のライン陣は全て置き去りにされた。

 

 走りが速いが、それ以上に巧く、そして、強かった。

 パワーのあるラインの選手を抜き去ると、長門君はその太刀のように長い腕を使い始め、しがみつこうとする相手選手に手刀を叩き込んで潰したり、または袖を引っ張って引き倒したりしていく。

 そして、最終防衛ラインであるゴール前にまた3人の選手が阻まんとしたが、

 

「――アイシールド21」

 

 ふわり、と。

 まったく後方を見ず、前を向いたままの自然なバックパスで後ろにいたセナへボールを送る。それはボールの回転が止まっていると錯覚するほどゆるやかに回る柔らかなパス。ヒル魔さんが投げるスパルタに鋭いのとは全く逆のパス質。

 初心者でも取れる捕りやすいボールをセナが捕る。――そして、長門君は空いた両腕を捻りながら突き出して王城ディフェンスを二人いっぺんに圧し潰し、残る一人は、セナのスピードについていけずに……

 

『だ、誰もが予想し得なかったことが起きました……!ホワイトナイツがキックしたボールをそのままゴール……先取点は、泥門デビルバッツです!!』

 

 キックオフリターンタッチダウン。

 キックオフされたボールをそのままタッチダウンまで持っていくビッグプレイ。それを二人……ほぼ一人で、ここ一年でタッチダウンを許した相手は神龍寺ナーガのみの鉄壁の王城ディフェンスで成し得てしまった。

 

 

 ~~~

 

 

「おおおおおお、すげー! ホワイトナイツ相手にリードしちゃったよ俺ら!」

 

 歓声湧き上がる泥門陣営。

 

「え~~なにこれ~。試合始まってもう点が入ったの?」

「桜庭君チームやられちゃったの?」

「他の人がだらしないんだよ!」

 

 女性ファンが皆一様に王城陣営の怠慢に憤懣する観客席。

 

 

 そして、王城陣営は静まり返っていた。

 

「あの88番と21番……ビデオにいなかった選手だな」

 

「はい。彼が恋ヶ浜戦に投入されたのは、恋ヶ浜のキックゲームの時で、相手キックを阻止したみたいですね。それから、先程と同じようにアイシールドの21番とタッチダウンを決めました」

 

 冷静に試合結果から読み取れる情報を見直す高見伊知郎。庄司監督は他二人、その泥門と恋ヶ浜の試合を偵察に行った桜庭春人と進清十郎に意見を訊く。

 

「お前ら、どう思う? あの二人」

 

「どうって……いや、その。21番は結構速い人だな、と……そして、88番はまるで……」

 

 桜庭はそこで言い難そうに口を閉ざす。

 そして、進が淡々と今得た情報から事実のみを抽出するように語る。

 

「1プレーでは断定できませんが……おそらく、21番はタッチフットの選手です。最後に見せたあの曲がり方(カット)は一朝一夕で身につくものではない。素人ではありえません。だが、走りに怯えを感じます。必要以上に衝突を避けている傾向が見られました」

 

 敵を躱すことは、逃げる事でない。足が速いが、王城の脅威足りえない……そう、一人だけならば。

 

「そして、88番は……間違いなく熟練者。その肉体を十全に使いこなせるまでに鍛え上げ、コーチの下で技能を教え込まれた人物です。40ヤード走4秒7と思われるスピードに、ラン、パス、ブロックの達人的な技術(スキル)。これまで無名であるのが不思議なくらいですが、もしそれが、ヒル魔妖一が徹底して存在を秘匿してきた結果なのだとすれば……去年の金剛阿含と同じだけの脅威です」

 

 王城の黄金世代に終止符を打った金剛阿含と同等の評価。

 進は冗談を言わない、過大評価も過小評価もしない。それでも、あまりに信じがたい話であった。

 

 

 ~~~

 

 

 今のプレーは、進清十郎が控えに入り、また王城が泥門を弱小校だと侮っていてからこそ不意をつけてできたようなものだ。

 要するに相手の油断が泥門の味方をしてくれた。

 それも今ので度肝を抜いてしまったため、油断など彼らから跡形もなく吹っ飛んだようだが……進清十郎は依然とベンチにいる。

 どうやら、まだ様子見しているのだろう。

 あれが本物か偽者か(ラッキーパンチか)どうかを見極めんと。

 つまり、チャンスだ。今ここで一点でも引き離しておかないと王城には勝てない。

 

「よし集合! トライフォーポイントいくぞ!」

 

 タッチダウンすると6点入るだけでなく、さらに追加得点のチャンスが与えられる。これがトライフォーポイント。

 敵陣3ヤードから1回だけ攻撃をチャレンジし、キックで決めれれば1点、タッチダウンなら2点のボーナスが入る。

 普通なら、止められるリスクの大きいタッチダウン狙いではなく、キックで確実に1点を取るものだが……今の泥門にキッカーはいない。

 

「キックは俺が蹴るが……自慢じゃねーが俺のキックはぶっ飛ばすだけだ。入りやしねぇ。――そこでだ。アイシールド21!!」

 

 

「大田原! ゴチャゴチャ考えるな! バカは黙って突っ込め!!」

 

 キックでもランでも知ったことではない。

 どうせ考えられる頭はないのだから読み合いは不要。ぶっ飛ばすことだけを考える。

 大田原はラインマンに恵まれた体格と並外れたパワーだけではない、迷いを知らぬ精神力と、ジェット機のような瞬発力が武器なのだ。

 

 栗田からスナップされたボールをアイシールド21が受け取り、キックティーに立てる。それを確認したヒル魔が助走をつけて――蹴る直前にセットしたボールをまた抱え込んだ。

 フェイク! 泥門はキックではなく、ラン!

 アイシールド21はラインを盾とし、ゴールラインまで一気に……

 

「ぬん!」

「ヒイイイイ!」

 

 素人ライン二枚をぶち破った王城のセンターライン大田原がランナーを潰さんと迫る。全身鎧に身を包んだ重装歩兵が猛然と襲い掛かって来るような迫力に、アイシールド21は思わず腰が引けかけたが、その間に割って入る長門。

 

「貴様が相手か! 今度はさっきのように逃さんぞ!」

 

「――ああ、今度は真っ向勝負で押し通らせてもらおう」

 

 その発達した筋肉質で太い両腕を広げ、幅広くカバーする大田原。その広げたことで手薄になった中央ど真ん中に組み付いた。

 歩幅は小刻みに、姿勢は低く、そして、尻を突き出す。

 ケツを爆発させ、全身でぶちかますヒップ・エクスプロージョン。大田原の衝突の勢いを吹き飛ばした。

 そして――止められた大田原の身体が不自然に揺れるのをアイシールド21は見た。

 

「ぬな!?」

 

 二段ブースト機能が搭載されていたかのようにさらにブロックが強くなった。いや、実際にブロックを強くした。

 体重を一気に乗せ、鍛え抜かれた足腰で踏み込む。単純に体重を乗せるのとは違う。そして、強くなったのはごくわずかだが、ごくわずかであっても相手の重心をブレさせる程度の効果はあった。

 これもまた極まった重心移動の妙技。

 

『年寄りの力だって上手に使えば、若い奴らを転がすくらい造作もない』

 

 伊我保温泉にてゴッドハンドと称された門伝桝乃の“力を上手に使う”術を、長門村正は春休みに学習した。

 そうして大田原はバランスを崩して……純然たるパワーで倒された。

 

 すごい……! 長門君も大きいけどそれ以上に巨体の王城ラインマン。身長194cm、体重131kg。これはきっと栗田さんしか抑えられないと思っていた王城の壁をぶち破った。

 

「今だ行け――!」

 

 ブリッツを仕掛けに行った大田原が抜け、逆に王城の方は、中央、高校屈指のパワーを持つセンターライン栗田を抑えるものがいない。

 小結と共にガッポリと開けた道をそのままアイシールド21が爆走突破して、ゴールを決めた。

 

 

 ~~~

 

 

 ボーナスポイントを決めて、8-0。

 キックオフで攻守交替し、今度は王城が攻める。両面の大田原を除いて、オフェンスチームに総入れ替えしたホワイトナイツ。

 

『さあ、いよいよ登場です! ジャリプロと王城のエースの桜庭春人君! 今年度初プレーですが、どんなスーパーキャッチが見られるのでしょうか!』

 

 スター選手の登場に会場が沸き立つ。

 この序盤の劣勢も、女性ファンからすれば、桜庭の格好の見せ場に過ぎないものとみている。

 きっと凄いプレーですぐに、格好良く逆転してくれる。

 

 しかし、状況はそう楽観視できるものではない。

 

 このホワイトナイツのオフェンスを仕切る高見伊知郎。

 基本に忠実、ミスの少ないクォーターバック。長身からの正確なパスを武器とする王城の司令塔が見据える先は、泥門ディフェンスの中心、ラインバッカーのポジションにつく背番号88。

 スピードこそ高校最速に及ばないとしても十分にエース級の脚を持っており、あの細身でベンチプレス135kgの大田原を倒すほどのパワー……王城には最悪な想像がよぎる相手だ。

 

(そう、まるで……)

 

 いや、余計なことを考えている場合ではない。プレーに集中しろ。

 アメリカンフットボールはチーム戦。泥門は大半が他の部から呼んだ助っ人、あの88番を避けるようにパスを割り振れば、容易に崩せる相手だ。

 そうだ、まずは敵の守備陣形を見て、穴を……――

 

「なに……を……?」

 

 泥門ディフェンスは、ラインに人数を増やし、後衛も前の位置につく……ゴールラインディフェンスを取っていた。

 前に密集するので突撃(ラン)に強いが、後ろががら空きになるのでパスに弱い。これでは簡単にパスがレシーバーに通ってしまう。

 これはその文字通りゴールライン近くになったらしく陣形のはずだが、泥門はいきなり使ってきたのだ。定石じゃない。

 

「なるほどね……。守備をランに絞り、パスは投げる前に栗田君のラッシュと88番のブリッツで潰そうって狙いでしょう」

 

 ――そうは、いかない。

 

 さっきは倒されたが、大田原は王城の黄金世代を経験した高校アメフト界で屈指のラインマンだ。それに泥門のラインも、栗田以外は素人連中。総合力の押し合いとなれば、王城のラインが勝る。

 

「SET! HUT!」

 

 高見にボールが渡った直後、栗田と大田原が激しく衝突。巨漢のラインマン同士のぶつかり合いはひときわ大きな音を生じさせた。

 

(ぬぐっ! つ、強い!!)

(ダメだぁ、倒すので精一杯……)

 

 両者もつれ合ってグラウンドに倒れる。

 そして、その後ろから果敢に飛び出してくる。素人連中だと思っていた55番(小結)がかなりの力があり、栗田が開いた血路を広げるように突破口を作った。

 

(よし、桜庭がフリーになった!)

 

 そこを88番が駆け抜けるが、これならこちらのパスの方が速い、そう感じた直後。

 

 

「高見さん危ない!」

 

 

 誰よりも先にそのモーションを察知したであろう進清十郎が、ベンチから警告を発したが、遅い。

 

 不意に体が宙に浮いた。遅れてやってくる衝撃。背中一面に伝わる痛み。天地がひっくり返って、空の色が目に飛び込んでくる。タックルを食らったのだと理解するまでにしばらくかかった。それほど唐突なタックルだった。

 

(片、腕で……?)

 

 筋力任せの強引な加速と、長身の身体を倒し込むダイブ。一歩、最後の一歩だけ計算を上回る限界を超えた走りを見せ――さらにその長い腕を突き出した。

 足の遅い、反応が遅れた高見では、躱す術はない。そして、食らったのは腕一本だけなのに、ずしりと響く、重い一撃。

 そう、まるでこれは、王城のエース・進の代名詞とも言える必殺技、“槍”――『スピアタックル』だ。

 

 ボールを持った高見を倒して、こぼれ球を奪取した88番、長門村正は、そのまま自ら走る。

 

「何を呆けてる! 早く88番を止めろ!」

 

 ホワイトナイツのお株を奪う事態に、意識が空白になるも監督の激で動き出す。

 それでも長門の快速に追いつけたのは、王城オフェンスチームで最速のランニングバック・猫山だけで、腰にタックルを決めたが、止まらない。

 

「うおおおおっ!!」

 

 雄叫びを上げ、猫山をしがみつかせたまま走る。掴まえてもその力強いランに振り切られて、独走を許す。

 

『タッチダーゥン!!』

 

 

 ~~~

 

 

 二度目の泥門のトライフォーポイント。

 今度はランを囮にした、これまでの泥門になかったパスプレイ。

 渡すふりをしたアイシールド21にディフェンスを引き付けさせてから、クォーターバック・ヒル魔から投げ放たれた弾丸にも似た勢いで飛ぶボールを、88番が捕った。

 高身長と跳躍力の限界点を要求するかなりの高度のスパルタパスに、王城のディフェンスは手が届くことが叶わず、密集地帯でも崩れぬボディバランスで見事に着地を決める。

 鉄壁のホワイトナイツを相手に、空中戦を制し、ボーナス点が加算。

 これで、16-0。

 

 今のパスプレイで見せたあの高さ、神龍寺ナーガのコーナーバック・一休でも届かない、阻止し得ない攻撃だ。

 それに、開幕のキックオフリターンタッチダウンで、王城ディフェンスを相手に見せた走破。ヤツを止められるとすれば、それは神龍寺ナーガで唯一人。

 

「阿含……奴をどう――」

 

 王城ホワイトナイツを偵察に来た神龍寺ナーガ、金剛雲水は努めて冷静に、天才の弟・阿含へ問いかけようとして、息を呑んだ。

 会場に来て最初は、王城の桜庭の人気を揶揄していた阿含だったが、今はその軽口は閉ざされている。

 そして、88番を見据えているその目は、去年、一年だった進清十郎と闘った時と同じ、静かな殺意を秘めたもの。

 そうか……阿含も認めたのか。

 泥門の88番は進、そして己と同じ、怪物だと。

 そして、阿含の目は、怪物に指示する泥門のクォーターバックにも向けられた。

 

「ちっ、あのカス……」

 

『天才なんざ、テメェひとりじゃねぇ糞ドレッド。才能に胡坐をかいてりゃ、一年後に後ろから追い抜かれんぞ』

 

 

 ~~~

 

 

『エース桜庭く~ん! 負けないで~!』

 

 点差が離れて厳しくなる試合状況。これに加熱した女性ファンは、ますます応援に力が入り……力が入り過ぎた結果、観客の収拾がつかなくなり、審判団は試合を一時中断する。

 そんな中、泥門の背番号88……長門村正が、王城のベンチへと寄った。

 これまでの試合展開で王城を圧倒した相手選手の接近にざわめく王城陣営だったが、構わず真っ直ぐに、王城の監督、庄司軍平の前まで足を運ぶと、折り目正しく、深く一礼をした。

 

「挨拶が遅れました、庄司軍平監督。俺は、長門村正……酒奇溝六先生にアメリカンフットボールを教わりました」

 

「なに、溝六の……!」

 

「はい、溝六先生から庄司監督に会えば必ず伝えるよう、言伝を預かっています。――『こいつが俺のすべてを叩き込んだ、最強のタイトエンドだ』」

 

 そうか、共に千石大学のエース『二本刀』として名を馳せた盟友が育てた選手だったのか。

 

「それからもうひとつ……『史上最強のラインバッカー・進清十郎を倒し、日本最強のプレイヤーの看板を奪ってこい』と」

 

 その挑戦状も同然の伝言は、庄司監督の脇に控えていた王城のエースに向けられて言い放たれた。

 

 

「進」

 

「はい」

 

「アップしておけ。入念にな」

 

「はい」

 

 

 単身で王城に宣戦布告を叩きつけに行った長門を、泥門の選手たちは皆畏れ入るような眼差しを向け……ひとりヒル魔だけが例外に面白おかしく高笑いを上げる。

 

「なーに、王城に火を点けにいってんだ、糞カタナ。これで余裕ぶっこいていた王城が、化物(シン)を出してくるだろうが」

 

「言われずとも出るでしょう、もういい加減サービスタイムは打ち止めです。それに、進清十郎のいない王城ホワイトナイツに勝ったところで、クリスマスボウルを勝ち抜けませんよ、ヒル魔先輩」

 

「ケケケケケ、言ったからには勝つんだろうなぁ?」

 

「ええ、言ったからには勝ちに行きますよ、ヒル魔先輩。俺は、アイツと闘うために誰にも負けられない」

 

 

 ~~~

 

 

 観客たちが落ち着いて、二度目の王城の攻撃が始まる。

 大田原からスナップされたボールを受け取った高見は、迅速にパスターゲットを探す。先程のタックルが印象づいている。幼いころの怪我の影響で、速く走れない高見にあのタックルを躱すことはできないし、猫山のランプレイもあるが、デビルバッツはラン防衛に特化したゴールラインディフェンスを敷いている。

 だから、やるべきことは壁が保っている間、88番・長門村正が突破してくる前にパス成功させること。

 

「よし! 今度こそ桜庭!」

 

 今度は奮起した大田原が気迫で栗田の超重量の押し込みを阻み、人数を増やしたライン陣は突破させる隙間も作らせなかった。

 

 これなら、行ける――!

 

 泥門のラインバッカーについている88番が反応するが、この距離からならば桜庭が捕る。

 あの最後の一歩の加速力も計算に入れて、絶対にカットできない間合いを測ってパスを投げたのだ。

 

 ナイスパス! よし、上手くキャッチできたぞ!

 

 これでパス成功。ほっと一安心して、気が緩んだレシーバー・桜庭は、その背後より迫る影に気付くのが遅れた。

 

「隙ありだ」

 

 ボールをキャッチした桜庭の腕――その隙間に細く長い腕が通され、絡み付くように掴まえた。

 まるで鎖鎌を巻き付かせたような、ボールではなく、ボールを捕る腕を狙うそれは、『リーチ&プル』。

 

「やめてー!」

「桜庭君のキャッチの邪魔しないで!」

 

 観客席から悲鳴が上がるが、アイドルだろうが何だろうが、このフィールドに立つ以上は情け無用で、『妖刀』は斬り伏せる。

 

「ふんっ!!!」

 

 う、そだろ……。折角、キャッチしたのに……

 一度捕球したはずのボールが手元から弾かれた。

 そして、そのこぼれ球を、“必ず払い落とす”と確信し、駆け付けていた泥門のセーフティ・ヒル魔が地面につく前に拾う。

 インターセプト成功。

 

「Ya―――ha―――!!」

 

 すかさずボールを持って、ヒル魔が走る。

 慌てて戻るホワイトナイツ。幸いなことにヒル魔の脚はあまり速くない。これなら止められる!

 

「!?」

 

 くるりと王城ディフェンスを目前にして背を向けると、ボールをバックトス。

 ――それをしっかり両腕でキャッチしたのは、アイシールド21。

 

「寄せろッ! サイドラインに押し出せッ!!」

 

 88番のような腕を使った破壊的なランはできずとも、88番を上回るスピードの爆速は十分に王城には脅威だ。

 

「わわッ」

 

 どうにか、飛びついて肩を押し飛ばして、フィールドから押し出すことに成功した。

 しかし、もうゴールまで残り13ヤードのところまで迫られた。追加点目前。

 

 でも、ここまでだ。

 

「まさか泥門相手にこんな事態になるとはな……溝六め、まさかこれ程の選手を育てていたとは。これ以上、神龍寺の面前でもたつく訳にはいかん。――進、奴らの勢いを止めてこい」

 

「はい」

 

 ひとりの怪物に圧倒されるここまでの試合展開。

“進清十郎を敵に回す”対戦校の気持ちがよく分かった。王城にとっては味わいたくもない体験だった。

 だが、それでもこちらの怪物・進清十郎の方が上だ。

 

 

「……アイシールド21、打ち合わせ通り、ボール運びは任せたぞ」

 

「う、うん」


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