悪魔の妖刀   作:背番号88

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27話

「な、長門君、本当に僕がこんなとこに来ちゃってもいいのかな……?」

 

「準決勝で甲斐谷陸を降し、決勝ではあの進清十郎を抜いておきながら、そんな低姿勢でどうする、セナ。少しくらい“自分が東京最強のランニングバック”だと胸を張ったらどうなんだ?」

 

「長門君~~っ! だ、大丈夫かな!? 僕、まだあんまり実感がないんだけど……」

 

「栗田先輩は本当に自信を持ってください。あなたはあの番場衛にだって一歩も引けを取らなかったラインマンなんですから」

 

 城のようにそびえる校舎は三つある。

 ひとつは教室数244を誇るメイン校舎で、それから図書館、美術室など文科系教室の校舎、最後のは体育館やジムなど体育系教室の校舎。

 そして、グラウンドは芝と土をボタンひとつで入替可能で、実に設備が充実している。これなら他校の選手を受け入れても十分に広い。

 

 気品と誇りを重んじ、紳士淑女を育む格調高き名門校、私立王城高等学校。

 

 そこへ、長門村正、小早川セナ、栗田良寛……泥門デビルバッツで、東京地区のベストイレブンに選ばれたメンバーは、この“オールスターの特別合同合宿”に訪れていた。

 

「ヤー! すごーい! でも、どうしてみんなここに集まることにしたの?」

 

「それは、秋季大会で最もベストメンバーを輩出し、地区大会を優勝したのが王城学園ですから」

 

 それから、泥門高校とは他校生ではあるが、瀧鈴奈と熊袋リコが付き添ってくれている。

 

『――テメェら関東大会までゆっくり休ませてもらえると思ってねぇだろうなァ!! 『デスゲーム』だ!!』

 

 他のメンバーはヒル魔先輩の主導で『デスゲーム』……泥門に不足している実戦を補うため、連日練習試合を行っている。今頃は夕陽ガッツと試合をしているだろう。

 ……というわけで、ここにヒル魔先輩も武蔵先輩もおらず、普通であれば、唯一の先輩である栗田先輩が引っ張ってもらいたいのだが、普段は温厚で、遠慮がちな性格の人だから気後れしてしまっている。

 なので、長門が先頭を歩いており……その泥門のライバルたちを歓迎するよう門前の階段で、待っていた人達。王城ホワイトナイツの中核を担う選手たちだ。

 

「――ようこそ、王城学園へ」

 

 長身に眼鏡をかけているのは、指揮官である高見伊知郎。

 

「よろしく、泥門」

 

 その隣に並ぶ双子塔のような長身の、このベストイレブンにも選出されている東京最強レシーバーのひとり桜庭春人がこちらに手を挙げ、爽やかに挨拶。

 

「ばっはっは、歓迎するぞ栗田、泥門!」

 

 後ろには同じくベストイレブンのラインマンである大田原誠がその大きな腕をこちらへ振っており、そして……

 

「………」

 

 一番奥には、腕を組んで真っ直ぐにこちらを見据えている東京地区の最優秀選手(MVP)にして高校最強の守護神・進清十郎とこの歴代最強の王城ホワイトナイツを築き上げた監督・庄司軍平氏が控えている。

 長門たちは、彼らの前で揃って、一礼。

 

「今日から三日間、よろしくお願いします!」

『お願いします!』

 

 号令をかけた長門は肩に提げたカバンから、師・酒奇溝六より預けられた物――徳利を取り出すと、この合同オールスターの監督も任されている師の昔馴染みの庄司監督へ差し出す。

 

「これを。溝六先生より、庄司監督へ土産に渡すようにと」

 

「まったく……あいつは高校生(みせいねん)に何を持たせているんだ」

 

 呆れつつも、若干苦笑に硬い頬を緩めてそれを受け取る。

 共に千石大の『二本刀』と名を馳せた古い付き合いだ。向こうの思惑も言伝なくとも察せる。

 『こいつらを頼む』と。

 

 自分たちは最強の対戦チームとの、人生の全てを注いで闘った最期の試合、一点差で儚く散った。

 その敗因となった身長を持ってる傑物を、あの溝六がどれだけ待望していたのか、どれほど手塩にかけたか、言われずとも知れよう。

 そんな戦友の大事な教え子――その中でも己の全てを叩き込んだ同ポジション(タイトエンド)の後継者を預けられたのだ。つまらない真似はできない。

 

 自分たちの現役時代はとうの昔に燃え尽きた。しかし、それは土となり、糧となる。そして、この基盤にして肥料たる土壌に、咲いたのだ――自分たちの無念を晴らしてみせると言ってくれた次代の選手たちという“大輪”が。

 

 

「よかろう。この三日間、私のチームの選手として扱う。ただし、そうであるからには一切の気の弛みは許さん! わかったな!」

 

『はい!』

 

 

 ~~~

 

 

 と、門を潜る前に、そっと手で肩を押さえられた。

 

「待ってくれ、長門。その荷物、預かろうじゃないか」

 

 正確には肩を、ではなく、肩に提げているカバンをだが。

 

「他校とはいえ先輩に対して、そんな真似はできません」

 

「なに、遠慮する必要はないよ。――それに、隠し事はなしだ」

 

 びくぅっと声をかけられたわけでもないのにセナと栗田先輩が跳ねる。顔芸が苦手な面子にああも反応されては、もう降参するしかない。

 

「……いや、俺としてもこれは不本意ですが、先輩命令でして」

 

「大丈夫だよ。この三日間は僕も先輩だからね。――さあ」

 

 ……この先にある関東大会でも屈指のライバルになるであろう王城ホワイトナイツの本拠地に潜り込める絶好の機会を、あの勝利に貪欲な悪魔の先輩がみすみす逃すはずがない。

 そう、今日の友は、明日になれば敵になることが決まっている。だったら、やれることはやるに決まっている。

 

 しかしだ。そんなこと、このヒル魔先輩自ら“最も自分に似ている選手”として名を挙げる高見伊知郎にはお見通しだったらしい。

 長門がヒル魔先輩に持たされたカバンには、様々なカメラやらマイクやらが入っており、これで“合同合宿の傍らで敵情視察もこなしてこい”と無茶ぶりなミッションも出されてたりする。

 

「僕は参加しないけれども、君達は、大事な親善試合があるんだ。()()()()に気を回す余裕なんかないだろ?」

 

「……はい、ですよね」

 

 理路整然と詰めながら静かに圧迫とした弁舌に長門は、高見伊知郎へその荷物が積み込まれたカバンを渡す。

 やはり、この人。ヒル魔先輩と同じタイプの人間で、口ではとてもかなう気がしない。

 

 

 ~~~

 

 

 ――ボールが投げられた。

 

 それを追うのは、二人。

 ひとりは、東京地区最強レシーバーのひとり、西部ワイルドガンマンズの鉄馬丈。

 そして、もうひとりは……

 

「カッ! 最強レシーバーだろうが、通させるかよ!」

 

 賊学カメレオンズのラインバッカー・葉柱ルイ。

 『フィールドのカメレオン』と異名の所以となったその長いリーチの腕を獲物に振るい、ボールを捕らえた――その相手の腕を狙う。

 キャッチしたレシーバーを強襲して、空中戦を泥仕合に落とし込む。まさに、『カメレオンの舌(ハント)

 だが、

 

「フシュウゥゥ――!」

「何イイイイイイ!!」

 

 伊達に『人間重機関車』などと呼ばれていない。

 関東でも屈指の、パワータイプのワイドレシーバーは、腕に巻き付いたカメレオンの舌でも揺るがず、強引に引き剥がす。

 泥門戦で、ボールを確保する一瞬、僅かとはいえ力を抜いたところをやられて、競り合いに負けた。それをこの男は忘れてなどいなかった。

 鉄腕の両手でがっちりと、確実に逃さない、もう二度とあんな敗北はしない――!

 

 

「糞っ!」

 

 親善試合に向けた合同練習。

 桜庭春人と並ぶ、この東京地区の最強レシーバー・鉄馬丈とのマッチアップだったが、まるで敵わない。三位決定戦でも西部とやり合ったが、この堅物の突進は止められなかった。

 もう触れただけで、無茶苦茶な夏合宿だとか鉄馬丈(こいつ)には最初から何の意味もなかったと思い知らされた。

 ……いいや、西部とやり合う前から俺達は負けていた。

 

『葉柱さん、ベスト4ですよ。()()じゃないですか』

 

 圧倒的な力の差があろうと、最後まで歯を食い縛って格上に挑む。

 泥門だって、格上だった西部に必死にしがみついた。だったら、俺達だって……やれるんだと証明しなくちゃいけない場面で、あいつらは諦めた。いや、満足しちまっていた。

 

 準決勝の王城戦。

 チームとしても個人としても負けている、文句なしのAクラスのチームに、“所詮はBクラスのチーム”と思い込んでいるあいつらは、途中で試合を投げた。

 ふざけるな!

 敢闘賞などない。頂点以外はすべてが敗者であるこのアメリカンフットボールで、生温い姿勢で通用するはずがない。

 

 だが……自分たちを圧倒した王城を降したあの神龍寺でさえ帝黒には勝てない。“どうせ、『全国大会決勝(クリスマスボウル)』に行こうが、関東(ひがし)関西(にし)には勝てない。だったら、“井の中の蛙(じぶんら)”は、その狭い地区大会での成績で満足する”……

 凡人なのだから身の程を弁えるべきなのだと。

 場違いな真似をして、みっともない恥を晒す前にここらで終わらせるのが賢いのだと。

 

『結局、葉柱さんだって、あの桜庭を止められ(勝て)なかったんじゃないですか』

 

 なんて言うセリフを、目を逸らしながら説かれた時、何も俺は言えなかった。

 『進? ゴミだね!! 今日こそその差ァ見してやる!!』なんて試合前に吼えた喝が、“弱い犬程よく吼える”と同じ、結局は自分を大きく見せたいがための強がりでしかなかったと、王城戦で俺の惨敗を見たチームの連中は、もう俺の言葉は何も響かなかった。

 もはや恐怖政治なんてものは意味がない。

 

 夢を見てんのは俺だけだった。

 俺は、あいつらに夢を見させるだけの力がなかった――

 

 

『やる気のねぇ奴らの未来なんつうつまらねぇもんまで背負ってるのかテメェは』

 

 

 ウルセェ! そんなこと自分でもわかってるに決まってんだろ。俺には何にもねぇ! この腕で守れるもんも、この手で掴めたもんもねぇ!

 ――でも、でもよ! それで闘う前から身ぃ引いてられるほど賢かねぇんだよ、畜生……!!

 

『ケケケ、なら、誰にバカにされようが、どんだけみっともなかろうが関係ねぇだろ。それとも、『ぼぼぼボクじゃとても“頂点”には太刀打ちできませええんん!』ってんなら、とっとと辞退して、戦わずに尻尾を巻いてやがれ糞ザコ』

 

 ……最初は辞退しようかと思ったが、気が変わった。負け犬を煽りに来た似た者同士と思っていたあの野郎、安い挑発だと思ったが、もう一度……いや、()()()()、俺の言葉を聞かすには、俺が“頂点”を破るしかねぇんだ――

 

 

 ~~~

 

 

 王城学園を借りての、オールスターチームの調整を主とした、特別合同合宿。

 けれど、キッカーの自分は、黙々とゴールへひたすらキックを決め続けるといういつもの反復練習をしていた。

 

「盤戸スパイダーズ……最強のキックチームとして、行けなかったが、それでも仲間の分まで俺のキックで思い知らせてやんだよ、あの裏切り者たち、赤羽と棘田たちによ……!!」

 

 大阪地区のオールスター……そんなのメンバー表を確認しなくたって、わかってる。

 関西の覇者にして、帝黒学園――そこにヘッドハントされて行った“あいつら”は、何せ前年度の東京地区のベストメンバーにMVPに選出されたのだから――

 

 

 ~~~

 

 

 ――高い!!

 

 キッドが投手に入って行うレシーブの練習、鉄馬丈と葉柱ルイが競り合う隣で、この王城学園のエースレシーバーである桜庭春人は、“海の魔物(クラーケン)”と一対一(マッチアップ)していた。

 

 東京地区秋季大会で誰ひとりとして阻まれたことのない最高峰を通過する弾道――『エベレストパス』。

 しかし、そのホットラインを『妖刀』の三次元に超広範の制空圏(ドーム)は断つ。

 

(長門……高さなら進よりも上……!)

 

 “最強のレシーバー”を目指しているが、それにはこの“最強の壁”を超えなくてはならないだろう。

 進と同じパーフェクトプレイヤーにして、努力する天才という手の付けられない怪物。そして、オールマイティー。キャッチもランもブロックもそれからパスさえこなす何でも屋のタイトエンドで、このキャッチ勝負の空中戦ではこちらを上回る高さで圧倒してくる。

 跳躍力、身長から腕の長さ(リーチ)にボディバランスと何もかもが自分よりも上だ。春季大会では相手にならず、敗北した。

 でも、今なら……! そう、まだ十本に1、2本の成功率だけど、本気の最高点はもっと上にある――

 

 ――高見さん!

 

 とこちらの練習に、パス出しの投手役として付き合ってくれる高見先輩に、桜庭は“それ”を要求するため瞳の奥で火が燃え盛る闘志の篭った視線を向けた……が、高見伊知郎はボールを持っていた手を下ろす。

 それから、間合いを外すように眼鏡の位置を直して、にこやかに賛辞を述べる。

 

「『エベレストパス』も阻んでくるとは流石だね。今や進と並んで『二本槍』なんて称されるだけのことはある。もしも決勝で君が出場していたら泥門が優勝していたかもしれない」

 

「それは、光栄です高見先輩」

 

 

 まったく、油断も隙も微塵にないなこの人……

 

 これに長門村正は、内心で嘆息する。

 王城は守備も堅いが、その頭脳のセキュリティは凄まじく固い。決勝でも隠されたその力。練習をしながら、王城戦で課題となるであろう桜庭春人の高さを身体で覚えよう、情報収集しようと望んだのだが、計算高い司令塔はそこまで付き合う気はないようだ。

 むしろ、怪我をして決勝を辞退していたこちらの調子を測られた感じさえある。練習中も、あの眼鏡の奥の目は冷静にこちらの一挙一動を見定めていたことに長門は気づいている。

 ……これは(もど)ったら、ヒル魔先輩に大目玉を食らうかもしれない。

 

 しかし、ここで得られる経験値がデカい。

 庄司軍平監督が指導する王城学園の密のある鍛錬に、各チームのエース級のメンバーが集った環境に揉まれるだけでも参加する価値はある。

 今も向こうでは、セナは甲斐谷陸と一緒に進清十郎との練習『四角(スクエア)ラン』の全力疾走の追いかけっこ(トレーニング)に励んでいるし、栗田先輩も、山本鬼兵や大田原誠といった真っ向から張り合える自身と同レベルのラインマンとぶつかり稽古の如く存分に力を発揮している。泥門にはない環境だ。

 

 そして、試合に向ける姿勢は、全員が全力。

 

 大阪地区との親善試合には、それぞれに様々な思惑がある。

 『全国大会決勝』を本気で目指す者は、試金石の前哨戦で、関東大会への切符を逃し、地区大会で夢果てた者は、“頂点”に挑むという最後の華を飾れる表舞台……

 そして、自分には――

 

「長門」

 

「筧か」

 

 桜庭との競り合いが一段落したところで声をかけてきたのは、筧駿。同じ巨深ポセイドンの水町健吾と一緒にこのオールスター合同練習に参加している帰国子女のラインバッカーは、“あいつ”との戦いを望んでここにきている。

 

「お前が言った“アイシールド21”……大和猛は、本当に帝黒学園にいるのか?」

 

「ああ。あいつはノートルダム大付属から帝黒学園に引き抜かれて、中等部の頃から日本にいる」

 

 準々決勝の巨深戦の後で、自分が大和猛(アイシールド21)の幼馴染であって、その近況についても教えた。

 “アメリカでいつかお互いにスタメン同士でやろう”と再戦を約束して別れた筧は、その右手をあやふやだったものを確かに掴むよう握り締めた、

 

「そうか……」

 

「大阪地区代表、というが実質、帝黒学園。今回の親善試合に出てくる」

 

 ブルッとその長身が身震いする。きっとそれは武者震いであろう。

 長門はそんな筧へより気を引き締め直すように言う。

 

「筧、お前も知っているだろうが、あいつの走りはそう簡単に止められないが、その前にそうそう捕まえられん」

 

 単純な脚の速さだけではない。究極のボディバランスに支えられた疾走は、フィールド全てに光輝く道筋(デイライト)が視えていることだろう。

 

「ああ、俺がアメリカで見たアイツのランは、完璧だった」

 

「巨深ポセイドンが見せた『ポセイドン』……後衛を増やしての広範囲の守備網も、その幅広いアイシールド21の走りに対応するためのものなんだろう?」

 

 長門の推理に、筧は頷く。

 そう、アイシールド21の疾走を阻止する策は、フェニックス中時代からずっと考えてきたものだ。中央が手薄になるリスクを背負ってでも、捕えるためにはそれだけ人数を増やさなければ間に合わないと。

 

「……だが、それだけでは止められない」

 

「何?」

 

「筧、お前の戦術が拙いと言っているわけじゃない。それでも“時代最強ランナー(アイシールド21)”の走りは、ただ捕まえるだけでは足りない。――完全に仕留められる状況に追い込まなければ、止まらん」

 

 そう……

 今でも脳裏に思い浮かべられるあのランは、“高波”など突き破ってしまうだけの破壊力があった。

 事実として、準々決勝の泥門戦で、“アイシールド21”に匹敵する破壊力ある長門村正の走りを巨深の『ポセイドン』は阻止することは叶わなかった。

 

「だから、もっと詰めてみないか?」

 

「え?」

 

「猛を止めたいのは俺も同じだ。俺にもあいつを止める術を考案している。今のところは机上の空論に過ぎなかったが……それを、筧の考えた『ポセイドン』に組み込めると思っている」

 

 そう、西部戦で披露した『ポセイドン(クラーケン)』の通り、長門もまた“アイシールド21”の対抗する術を模索していた。

 

「高波はただ船を沈めるだけでなく、押し流すように誘導もできる。立ち入った船を呑み込む魔の海域――名づけると、『バミューダトライアングル』ってところか」

 

 不敵に笑う長門。

 筧もそれにふっと笑みを零す。

 面白い。

 この男は、同じ高校(チーム)ではないが、間違いなく同士だった。

 

「いいぜ、長門。お前の作戦(アサインメント)を聞かせてみな」

 

 

 ~~~

 

 

 そして、三日後。

 

 

 ~~~

 

 

 関ヶ原フィールド。

 東軍と西軍がぶつかる日本最大の大戦が行われた戦場近くのここで、東西交流をお題目に掲げた大阪地区と東京地区との親善試合が行われる。

 

『さあ! 始まります注目の大阪対東京のオールスター戦! 今年の天下分け目を占う試合となるのか!? アメリカ取材に行っちまった熊袋さん代打で娘さんのリコちゃんがゲストで登場!』

『いいいいんですかそんなアバウトで!? 私なんかまだまだバイト記者なんですけどががががんばります!』

 

 なので、公式試合ではないのだが、このオールスター戦にはどういうわけかNASAエイリアンズとの日米戦のようにテレビ局が来ており、解説ポジションにはなんとお隣さんのリコが入っていた。

 

(ここまで大事になるとは……まあ、誰が画策したのかはわかるんだが)

 

 いくら帝黒学園のネームバリューがあろうとここまで派手になることはない。確実に裏で手を回し、扇動している輩がいる。一体あの先輩の影響力はどこまであるんだ?

 

『大阪地区の代表ですが、フルメンバーがあの日本高校アメフト界の“頂点”帝黒アレキサンダーズです。この親善試合、もしも東京地区のエース格が集ったベストイレブンで負けるようなら、『全国大会決勝』は危ういかもしれません』

 

『つまり――この総力戦で太刀打ちできなかったら、関東勢は危ういと?』

 

『はい。チームの連携等のこともありますので一概には言えませんが、帝黒の神格化を破るにはここで関西に関東の力を見せなければならないんです……!!!』

 

 そうだろう。

 第一回大会から去年の『全国大会決勝』まで全ての戦いを制覇し続けている、『全ての始まりにして全ての頂点』とも畏怖される日本最強の高校アメフトチーム。

 オールスターが集まっても敵わないようなら、個別のチームではなおさらダメだと思う考えは間違ったものではない。試合の展開次第では、この勝敗は『全国大会決勝』にまで響きかねないだろう。

 ――だが、ここで互角以上に渡り合えたのなら、高校アメフト界に漂う西高東低の評判をかき消すことができる。

 

 

「村正」

 

 フィールドに入場し、それぞれのベンチへ移動する際、やはり声をかけてきたのは、この男。

 

「一人堂々と敵陣真っ只中に挨拶に来るとは大した度胸だな、猛」

 

「え? 長門君も……」

 

 そこで、何故か隣のセナとそれから王城の面子が長門(こちら)を見て何か言いたげにしていたが、突っ込まれないので流す。

 

「せっかく会えたんだから挨拶をしておきたくてね」

 

「ふっ。だが、よくもまあ、この親善試合に大阪地区代表もとい帝黒学園は参加したもんだな。どうぞ研究してくださいと言っているものだろうに」

 

「別段、隠すことでもないからね。帝黒アレキサンダーズのプレーブックは総数1000以上。およそ考え得るアメフトの全てのプレーがあり、一度の試合で底を見せるほど浅くはないよ。それに帝黒学園側としても品定め(スカウト)をするには好都合だからね」

 

「なるほど。けど、捕らぬ狸の皮算用となるだろうよ」

 

「何にしても、外野のことは選手には関係ない。今日の試合は楽しみだよ」

 

「本番、じゃないけどな。だからって、手を抜いてやる気は微塵もないが」

 

「もちろんだ。このフィールドに立つ以上、全力で応じるのが礼儀だからね」

 

「ああ。如何なる状況であっても、お前との勝負に背を向けるわけにはいかない」

 

 両者の視線がぶつかり、事前に打ち合わせしたわけでもなく、同時に互いに手を差し出す。

 だが、これは健闘を祈る握手の為ではなく、

 

「「そして――」」

 

 その指を突きつけ、真っ向からこの好敵手(ライバル)へ宣戦布告するためだ。

 

 

「「――勝つのは俺だ……!!」」

 

 

 ~~~

 

 

 自信――

 言葉の端々に漲る力。友好的な台詞の本質は、微塵も自分が負ける気などない。

 長門君も、それから大和猛さんも、絶対の自信があって……そう、彼こそが、“本物のアイシールド21”――

 

「ごごごめんでスイマセン! なんか成り行きで思いっきりウソ名乗ちゃってていうか……!」

 

「セナ……」

 

 緊迫とした空気がだらんとするような低姿勢な謝罪に長門君ががっくりと肩を落としてしまう。でも、やっぱりここは謝っておかないと失礼だし。

 と、長門君から視線を横へ移し、こちらを見た大和さんはやや呆れつつもその手は称賛するよう拍手を送る。

 

「セナ君、だったね。君のことも知ってるよ。NASA戦の試合は見ていた。だから、君にも“最強ランナー”を名乗る資格は十分にあると思うよ。そもそもこっちは日本を制覇するまでは、“最強ランナーの称号(アイシールド21)”は封印しているからね」

 

 言われてからだけど気づく。

 大和猛さんの背番号は22で、そのヘルメットにアイシールドはない。そこにどんな理由があるのかはわからないけど、でもやはりこの人は強いということはひしひしと伝わってくる。

 すると、不意に考え込むように顎に手をやり、

 

「……ただ、そうだね。もしも俺から本気で奪いたい、自分だけの称号にする――“アイシールド21”を賭けて勝負がしたいのなら、君には、村正を賭けてもらおうかな」

 

「は?」

 

 思わぬ発言に戸惑う。

 

「当人を無視して、いきなり何を勝手な提案をしている」

 

「いきなり、って程の話でもないさ。村正には以前にもスカウトがあっただろう? さっきも話したけど、この親善試合は東京の選手に目星を付けるにはいい機会だからね」

 

「それでも引き抜きの話はその前に断っただろう。終わった話を今更蒸し返すな」

 

「ははは、ま、冗談だよ。対等に勝負するなら、そちらにも賭けるものがあるべきだし、その方が燃えるだろう?」

 

「そんなものがあろうがなかろうが、勝つ気満々なくせしてよくいう」

 

 そうして、二人は一瞬だけ睨み合い、結局握手は交わすことなく、大和さんはこちらから背を向けた。

 これ以上の言葉は、不要。あとは試合で語る。両者にはその意思疎通ができていた。

 

 ……ただ、あの提案。笑っていたけど、その目には鋭いものを覚えた。

 

 

 ~~~

 

 

「騎士の誇りにかけて勝利を誓う。

 

 そう我々は敵と闘いに来たのではない。

 

 倒しに来たんだ」

 

 

『――Glory on the Kingdom!』

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、いよいよキックオフです!!』

 

 

 秋季大会を制した王城ホワイトナイツの号令で、チームの拳を突き合わせる東京地区オールスターチーム。

 先攻は、こちら。

 大阪地区……帝黒学園のキックオフからゲームは、始まる。

 キッカー布袋が蹴り上げたボールは高々とフィールド上空に放物線を描いて、アイシールド21・小早川セナ――と逆サイドを張っていたもう一枚のランニングバック・甲斐谷陸が捕球。

 そこに目掛けて、全員一斉にスタートを切る。

 

「うおおおお速ぇええ!! 全員超スピード……!!」

 

 六軍まである帝黒学園の一軍選手はラインマンでさえ、皆40ヤード走で5秒の壁を切るエース級のスプリンター。

 機動力を活かす近代的なスピードフットボールこそが、“頂点”のチーム。

 

「ッシャァアア逃がさへんで自分らァアア!!」

「最初が肝心やアキレス! 問答無用で潰しに行くで!」

 

 対するボールキャリアーは、“暴れ馬(ロデオ)”。

 

「関東の力、見せてやるよ……っ!」

 

 小柄ながらも、その脚は帝黒選手でもそう追いつける者がいないであろう40ヤード走4秒5。加えて、120%の加速力で抜き去るチェンジ・オブ・ペース『ロデオドライブ』の疾走技術(テクニック)を兼ね備えた西部ワイルドガンマンズのエースランナーは、全国でも屈指のランを見せる。

 

 

 ――だが、帝黒には世界でも屈指の“時代最強のランナー”がいる。

 

 

 速い……っ! もうここまで……あれが、本当のアイシールド21!

 帝黒の中でも飛び抜けた速度で飛び出すのは、大和猛。対峙した直感で、アメリカンフットボーラーの本能が、その存在感を一目で格上と断ずる。

 長身で、力があり、そして、自分以上に速い……!

 これほどの圧を感じられたのは、これまでに一度――そう、今、目の前に入った一人だけだ。

 

(長門!)

 

 敵の時は圧倒されたけど、味方の時はこんなにも頼もしい……!

 弟分(セナ)が頼りにするのがわかる。この背中がリードブロックで盾となるだけで、その前方に光り輝く道筋が切り開かれていく。

 ならば、臆することなどない。

 超スピードで突っ込んでくる相手と対しながら、ブレーキを踏まずにアクセルをかける守護神を信じ、暴れ馬は疾駆する。

 その信頼を背に受けて、さらに迫力は増す――!

 

「すぅぅ――――」

 

 息吹。限界まで酸素を取り込み、かつ、過剰供給による過呼吸状態に陥ることなくそのすべてをこの激突への運動エネルギーへ作り替えていき――刃の如き護る為の殺意が鞘から抜き放たれる。

 

 

「―――」

 

 その本能的に怯む危機を真っ向から受けて……大和猛は、まるで花畑で戯れんとする少女のような無邪気な笑顔を浮かべた。

 リードブロッカーの長門村正を躱し、甲斐谷陸を捕らえんと急角度のフェイントを刻み込む。如何なるパワーがあろうとも、刹那の内に三方向の残像を走らすそのスピードで翻弄する。

 

(一瞬で回り込んで、抜いた大和を捕まえた……!?)

 

 だが、次の瞬間に、帝黒の主将・平良呉二(ヘラクレス)は目を見開く。

 二軍の連中が総がかりでかかっても捕まえることすら叶わなかった。歴代一軍選手の中でもぶっちぎりの大和が捕まったという予想を裏切る事態。

 

「そういえば、握手はしなかったが――本場(アメリカ)はハグが挨拶だったか?」

 

 凄まじい反応に、獲物を逃がさない眼力。アメリカでもこれほどに野生的な選手はいなかった。

 この日本で初めて躱し切ることができなかった――この日本でやっと本当のプレイスタイルを披露できる。

 そう、この最高の好敵手に――!

 

「いいや、これが俺達の挨拶だ、村正……!」

 

 パーティで踊る相手のいない淑女は、“壁の花”と譬えられる。

 大阪地区大会、誰一人として触れることさえできなかった自身は、まさしく“壁の花”だった。

 だが、その寂寥感も、今、晴らされた。

 

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 

 捕まろうが押し切る、破壊力ある帝王の行進。

 その壁を強引にブチ破って獲物を潰しにかからんとする気迫。

 それは幼き日の鬩ぎ合いよりはるかに強く――だが、それは長門も同じ。

 

「甘いな、猛」

 

 踏ん張りを効かして、重心移動の圧をかける。

 重量級の自転車のペダルを漕ぐ、その際に力を入れて踏み抜く爪先は、スパイク越しから地面を噛む。

 『足趾把持力』、すなわち、足の握力。

 実生活においてほとんど意識することのない足指を曲げる力は、鍛えれば走りや跳躍に、そしてバランスを向上させる。

 長門村正はそれが凄まじく鍛え抜かれている。そう、長門の脚は、速いというよりも、強い。

 

「うおおっ……!」

 

 無敵の突撃でもって押し切る、どころか逆にバランスを崩され押し倒されかかる。尻餅に倒されることだけは意地でもしないと上体を逸らして堪え切ったが、それでも半歩、後ろ足を引かされた。

 

「ちっ、倒せないか……」

 

 危ない。あわや倒されかかった。

 試合映像は何度も見てきたが、やはり実際にぶつかり合って得られる実感は比べ物にならない。

 こんなにも力強いなんて……

 

「村正……君は……――なんて最高なんだ!!!」

 

 阻止されたというのに、心からの笑みを浮かべる大和に、倒す気満々だったのに倒し切れずに不満げな長門は、この一番の障害を抑え込みながら、

 

「随分と余裕だな、猛。まだこっちのボールキャリアーは走っているというのに」

 

 そう、大和を長門がブロックした。ぶつかり合う二人ごと大きく躱すよう、ラグビーの走テクニック『スワープ』でもって弧を描いて、甲斐谷陸は抜き去っていった。

 

「甲斐谷の走りを甘く見るなよ。あの走りは半分だけで止まらず、キックオフリターンタッチダウンも狙えるぞ」

 

 東京最強ランニングバックの一角である“暴れ馬”が、鋭く切り込む。

 

「何ぃイイイ!!?」

 

 40ヤード走で4秒7の俊足のラインマン・安芸礼介(アキレス)を躱し、抜き去る甲斐谷陸。“頂点”に対し、『ロデオドライブ』を見舞いして、勢いづく――

 

 

「なに、問題ないよ。――後ろには、赤羽氏がいるからね」

 

 それでも、このライバルの余裕は崩れない。

 

「俺は、村正さえ抑えられれば十分に仕事は果たした」

 

 壁を切り開く『妖刀』さえなければ、その迷路は走破できない。

 

 

「!!」

 

 安芸礼介に続いて、平良呉二を避けた――ところで、その前にいた。

 

 なんだ、これは……!?

 大和猛の超速スピードとかそんなもんじゃない。ブロッカーを抜こうと曲がった時には、もう回り込まれていた。こちらより先に動き始めていた。

 

「フー、ここで行き止まりだ」

 

 『ロデオドライブ』を使う間もなく、甲斐谷はいとも簡単に止められてしまった。

 

 

 ~~~

 

 

 あの『ロデオドライブ』の甲斐谷陸でさえ、20ヤードを超えたか超えられなかったぐらいの距離しかキックオフリターンを稼げなかった。

 

 帝黒はただ抜かされていたのではない。袋の小路へ追いやるように動いていた。

 『ランフォース』だ。ブロッカーをコントロールし、“人間の迷路”を築くことで、相手の走行ルートを強制する。

 そして、これを指揮していたのが、あのリードブロックを知り尽くし、リードブロックを支配する背番号20番……長門も顔を知っている、前年度の東京地区大会であの進清十郎を抑えての最優秀選手(MVP)に選ばれた、『リードブロックの魔術師』赤羽隼人。

 元東京地区……盤戸スパイダーズの選手だ。

 

「いや~、大和がほんまに止められると思ってなかったから吃驚したわもう」

「あー、あかん! 油断した!!」

 

 一杯食わされたと声をあげているが、それはこちらの台詞だ。まんまと術中に嵌められたらしい。甲斐谷は悔し気に『くそっ』と地面を蹴って、それから、ベンチからも一人飛び出す。

 

 

「赤羽ァ!」

 

 

 キッカーの佐々木コータローは、そのいやでも脳裏に刻まれたプレイに触発され、感情的に飛び出した。

 試合の最中であるが、今、彼の脳を占めるのは一年以上前の過去。

 

『一緒にクリスマスボウル行くんじゃなかったのかよ! 棘田さァん!』

 

『帝黒にヘッドハントされたんだよ。盤戸なんかじゃ俺の投手(クォーターバック)力がもったいねぇってさ』

 

 共に頂点を目指していたはずだったのに、縁の下の力持ちという損な役回りばかりを押し付けられたキックチームだけを置いて、裏切った連中。

 残念ながらチームは、敗退してしまったが、それでもこうして一矢報いるチャンスが巡ってきた。

 

「………」

 

 赤羽はそのありったけの敵意の篭った佐々木の視線に、謝罪も、先輩たちのように侮蔑も何も言葉は返さない

 その無抵抗な態度が、佐々木コータローには、“眼中にない”と煽っているように映っ(おもえ)た。

 

「今日はスマートじゃねぇ、赤羽テメェと棘田先輩たちに見捨てたキックの力を見せてやる!!」

 

 ガリッと歯を噛む。慌ててセナらが暴走するのを止めようとするが、それでも吼えた。

 

「棘田? 誰やそいつ? 赤羽ならここにおるけど」

 

 が、それに他の帝黒学園のメンバーは首を捻るような反応。

 何を言っているんだコイツは? という視線が佐々木コータローへ向けられる。

 そこで、やっと赤羽は口を開いた。

 

「フー……そんな的外れな台詞が出てくるとは、何も知らないみたいだな、コータロー」

 

「何だと……!」

 

「帝黒学園を舐めない方が良い――棘田先輩らはここに来ていない。いや、来られない」

 

 は? と固まる元チームメイトへ、先輩たちの顛末を簡潔に語る。

 帝黒へ引き抜かれて行った盤戸のエース格は、赤羽(じぶん)を除いて、全員、脱落しているか、四軍で燻っていると。

 

 性格は傲慢だったが、棘田キリオ先輩は、横走り投げ『薔薇の鞭(ローズ・ウィップ)』という必殺パスが得意な超攻撃型の動く投手で、盤戸スパイダーズが誇る東京ぶっちぎりのエースクォーターバックだった。

 ……なのに、その昨年度の東京地区ベストイレブンのひとりが、四軍……? 一軍どころか、二軍・三軍ですら入れず、全六軍構成の下から三番手。

 

 この選手層の厚さ。

 『全国大会決勝(クリスマスボウル)』数十年の歴史全大会優勝を成し遂げ続ける、その兵力の源は、全国のチームから引き抜いたエースたち。

 まさに頂点の中の頂点。

 

「んな、バカな……!? そんな、ふざけたこと言って……!」

 

「物分かりの悪い君には、試合で思い知らせた方が良いようだ。

 ――今日のゲーム、キックの点は入れさせない」

 

「なぁっ……!?」

 

 そして、赤羽隼人は佐々木コータローから背を向けた。

 

 

「同じオールスターでも密度が違う、か」

 

 長門は深く息を吐く。

 “頂点”を制するのは険しい。だが、それは最初からわかっていたことだ。

 日本最強の帝黒アレキサンダーズは、大和猛だけではない。全員がオールスター。全国からエースが引き抜かれて集まり、その環境で毎日ずっと競争する中、実力で勝ち残ってきたのが、栄えある一軍。

 

「……まったく、一筋縄ではいかないようだが――今年の東京は、例年通りにいくかな?」

 

 

 ~~~

 

 

 帝黒アレキサンダーズには、ひとつの伝説がある。

 “敵に先制されたことは歴史上一度もない”という。

 

「SET!!」

 

 ゲームが始まる――その初っ端に帝黒は仕掛ける。

 

 『神速の早撃ち』のクォーターバック・キッド。

 その投球速度は0.2秒を切る凄まじい速さだが、こちらは全員超速のスピードフットボール。

 ラインマンでさえ、5秒の壁を切らなければ一軍入りが叶わない。

 そして、現代のフットボールは、スピードと連携こそがラインマンに大事な要素。

 

「ふんぬらばァア!!」

 

 東京のセンターは、栗田良寛。その体格とパワーはまともに押し合えば、敵わない。だが、スピードもなく、そして、この即興でチームを組んだオールスターに連携など、ない――

 

「同じオールスターでも、東と西とでは格が違う!」

 

 帝黒アレキサンダーズの壁の中でも特に息の合ったヘラクレスとアキレスの協撃。

 栗田の真正面にセットした安芸礼介は鈍足の栗田の突貫を躱し、ぶつかり合いを避けられて身体が泳いだ栗田の横から平良呉二が当たる。

 デカいやつが押し合いを制せるとは限らない。人間横からどつかれれば簡単にバランスを崩される。

 そして、フリーになった安芸礼介は快足を飛ばし、相手クォーターバックにサックを――

 

 

「――おっと、そいつぁ、通させねぇな」

 

 

 その前に、回り込まれる。

 帝黒ラインのベストタッグの奇襲が阻まれる。

 これに、驚く。何故ならば、相手は実力で選ばれたエースの寄せ集めであって、チームとしては浅い。こちらの連携に対応できるほど熟達していないはず……!

 

「こいつ……! 即席チームのくせに俺達の動きに合わせてきただと!?」

 

「即興じゃねぇ! たとえ敵同士でも、肌と肌をぶつけあって、全力で鎬を削った相手の呼吸っつうのはわかっちまうもんなのさ!」

 

 栗田をカバーするように動いたのは、柱谷ディアーズの山本鬼兵。

 背に負う味方を守護せんと前衛突破を阻止する。山本鬼兵のベンチプレスは75kg、対し、安芸礼介のベンチプレスは85kg。

 だが、そのいぶし銀の腕っぷしは単純な力の差を覆してくる。

 

「栗田ァ! 西の奴らに東の(ライン)魂って奴をみせてやろうじゃねぇか!」

 

「はい、鬼兵さん! おおおおお!」

 

 肩を並べる憧れの先達者からの鼓舞に純然たる重戦士は蒸気を噴いて燃え上がる。それは協調するかのように二人のパワーを跳ね上げた。

 

「あかん! 思ってた以上に重いわ!?」

 

 重量級でスピードのない、だがそれは裏返せば重心が据わっているという長所。

 横からどついた程度で、ビクともしない。ベンチプレス105kgの平良呉二は、ベンチプレス160kg、東京で最も力あるラインマン・栗田良寛を倒せず、圧される。

 栗田のパワー、その穴を埋める鬼兵のサポートで支える前線が崩れない。

 ――そして、前線が崩れなければ、パスが通る。

 

「こりゃあ、こっちも応えないとねぇ」

 

 ロングパス。西部ワイルドガンマンズの銃鉄のホットライン。それは絶対にレールから外れまいとする『人間重機関車』のスピードを完璧に計算した、完全にストライクなコースに飛ぶパスーー

 

 

 ~~~

 

 

 ――翔ぶ。

 鉄馬丈。確かに東京で最強のレシーバーのひとりだけあって素晴らしい選手だ。その鋼の如きボディは帝黒の選手との競り合いにも負けはしないだろう。

 だけど、残念かな、競り合いにはならない。

 君のそれはあくまで、跳躍だ。

 如何なるパワーも、触れなければ意味をなさない。

 地上では速さ、空中では高さ。勝負するには同じ世界に入った者でなければ。

 

 “機関車”は地面に敷かれたレールの上からかけ離れることはできない。つまり、それは空を歩く“鷹”の領域に踏み入れない。天と地ほどに、隔絶とした差がそこにはあった。

 

 

 ~~~

 

 

 

 やはり、勝負にならなかったか……

 

 長髪を広げた翼のように靡かせ、ボールを捕らえる。

 ――帝黒学園に、英雄は二人いる。

 

 ひとりは、ノートルダム大付属で時代最強のランナーの称号を得た大和猛。

 もうひとりは、走り幅跳び8m25cmと高校ぶっちぎりの日本記録保持者にして、史上最強の野手(フィールダー)・本庄勝のひとり息子、本庄鷹。

 全国で“頂点”の圧倒的なまでの跳躍力でもって、空中戦を制し、たった一日で帝黒アレキサンダーズの一軍入りするという偉業を果たした。

 

 鷹が目を光らすこのフィールド上で、空中戦(パス)は封鎖されているも同然。

 今のプレイも東京最頂レシーバー『エベレストパス』の桜庭春人より身長が及ばないのに、その桜庭春人よりも高く――そして、東京最強レシーバー『人間重機関車』の鉄馬丈との競り合いに見向きすることさえなくボールを奪う。

 

 

 ――だが、天賦の超人は西にだけでなく、東にもいる。

 

 

「鷹……!!」

 

 インターセプトというビックプレイに沸き立つ帝黒陣営の中でひとり、大和が叫ぶ。それはボール回しを要求するためのものではなく、すぐそこに迫る脅威に対する警告。

 しかし、遅かった。

 

 

「試合開始で寝惚けているのか? ――気ィ抜け過ぎだろう」

 

 走るのが上手い者ほど足音が小さい。

 それは地面を後ろに蹴る際に、踵から着地しそれから足の親指の付け根までの体重移動がスムーズ――その腰、脚の付け根、太股、膝、脹脛がひとつのバネとして、地面からの反発衝撃を無駄なく吸収している。踏み込みが足を地面にしっかりと踏み締めているのではなく、継続的に体が浮いているように蹴っているのだ。

 そして、その音を立てずに走り気配を覚り難くするそれは、王城ホワイトナイツ・ランニングバックの猫山圭介からこの王城学園での合宿で学び取った(ぬすんだ)『キャットラン』。

 無音疾駆で間合いを詰め、進清十郎と並んで『二本槍』と称された“(うで)”が、飛ぶ鳥を落とす勢いで伸ばされる。

 

「アメフトは球技であり、格闘技――野球とは違って、キャッチの対象はボールだけじゃない」

 

 球ではなく、(うで)を狙いに狩りに来るそれは、『リーチ&プル』。

 捕まる腕。そして、自身には抗いようのない腕力。そう、あの大和に本来のプレイスタイルを発揮させながらも押し返すほどのパワーを持った相手なのだから。この土俵に持ち込まれれば、敵わないのは必然だった。

 

「!!」

 

 鷹が捕らえたボールが、確保される間際に『妖刀』に弾かれる。そして、跳ね上がったボールを、今度こそ鉄馬丈は飛びついて確保した。

 

 

 ~~~

 

 

 ――鷹は特別だよ。

 キャッチの神様本庄選手二世! スタートラインから違うじゃんあいつ。天才って楽だよな~。羨ましいよホント。

 

 知っているのか?

 俺が物心ついた時から当然のように練習漬けだった毎日を。

 まあ、どうでもいいことだが。

 

 ――鷹には勝てなくてもしょうがねぇ。

 世界が違い過ぎる。

 

 そんな陰口を叩かれ続ければ、諦観する。どこを探したって勝負になる選手さえいない、と。

 

(ああ、そうだった……でも、東京には、初めて期待した強敵手がいた……!!)

 

 長門村正――

 ボールではなく腕だったが、横から割って入り、瞬間的にこちらと同じ高さ――孤高だった領域にまで到達された。本庄勝、うちの親以外を相手に闘って、キャッチをさせてもらえなかったのは初めてだ。

 

 帝黒アレキサンダーズに動揺が走る。

 大和のランを阻止し、自分(たか)のキャッチも阻止した、チームの両エースを殺したエースキラーの存在に。

 だが――自分は胸に沸き立つものを覚えていた。

 

「……確かに、気を抜いていたな」

 

 顔に手をやり、やや強めに揉み込む。昔、親の守備練習(ノック)で失敗した際に頬を抓られたのを自分でやるように。

 しかし、その顔には薄らとだが笑みが張り付いていた。

 

 そうして、こちらへやってきた――今日の試合を最も楽しみにしていた――大和へ、謝罪をする。

 

「今日の試合は大和に譲ろうと思ってたけど――その気はなくなった」

 

 

 ~~~

 

 

 やれやれ……

 あの勝負に対する欲求が希薄だった鷹に、戦士の顔が浮かんでいる。

 これまで手を抜いていたわけではなかったけど、スイッチが入ったようだ。

 まあ、仕方がない。あまり他所にうつつを抜かしてほしくはないが、村正との勝負する機会は巡ってくるだろうし、この親善試合、こちらも他に挨拶をしたい相手がいる。

 

 フェニックス中の筧駿に、日本最高の守護神(ラインバッカー)と名高い進清十郎、そして、東のアイシールド21・小早川セナ――

 

「俺だけでなく、鷹まで本気にさせたんだ。これからもっと全力で来い、村正!」




設定
長門村正がオールA(パワーは若干長門が上)
大和猛はほぼオールA(パスがBで、ランがS)
総合力は互角です

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