悪魔の妖刀   作:背番号88

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26話

『東京最強の超攻撃型チーム合戦、ついに残り3分切ったァー!』

 

 

「時間が足りない……! 早く、早くこっちの攻撃ターンにしないと……!」

 

「落ち着け、セナ。まだ時間はある」

 

「俺らが追い付く時間足んなくなんじゃねーか!!」

 

「だから、まさにその為に時間を潰しに来ているんだ」

 

 攻撃権を奪った西部ワイルドガンマンズは、すぐにゲームを始めない。

 アメフトは、毎プレイ25秒以内に始めればいい。当然、リードしている側はギリギリまで時間を潰す。それもまた戦術だ。

 

「西部ワイルドガンマンズの攻撃はキッドがギリギリまで見極めて、確実にこちらに渡さないように仕掛けてくる。だから、キッドは俺が見張る。残り3分間、絶対にあちらの筋書き通りにはやらせん。この腕を折ってでもな」

 

 西部ボールで始まるゲーム。残り時間も少ない。しかし、ベンチから見ている武蔵の目に誰ひとり顔を俯けさせる者はおらず、泥門の士気は高い。

 

「鉄馬丈は、地区レベルの選手じゃない。この関東圏内でも確実に5本の指に入るレシーバーだ。胸を借りるつもりで我武者羅に当たっていけ。そして、今度はちゃんと捕ってこい」

 

「おう!」

 

 さっきは気負いすぎて取り乱したモン太も今は静かに目の前のことに集中できている。

 やはり、中核にあって、チームを支えるのは……

 

 

「長門のヤツ、ここまで大きくなっていたのか」

 

「おうよ武蔵。お前がいない間、一番二人とチームを支えてきたのはアイツだ」

 

 だろうな。

 栗田もヒル魔も助けられている。特にヒル魔は、己のパスをキャッチしてくれるクォータバックとしては欠かせない相手だ。だから、その恩恵が誰よりもわかっている。

 

 多くの人々の意見とは裏腹に、エースは生まれつきのものではない。

 エースは作られるものだ。努力と懸命の働きで作り出されるもの。

 この劣勢下でも“何とかしてくれる”と思わせる長門は、もう“次世代の(ルーキー)”エースなんて納まる存在じゃない。

 

 

《今日の西部の成績、一番成功率が高いプレイは、鉄馬君へのショートパスパターン、『ヒッチ』》

 

 マネージャー(主務業も兼業している)姉崎まもりよりハンドサインが送られ、指揮官のヒル魔妖一がそれを読み取る。

 

 “武者小路紫苑”は、天才だ。

 パス全種類の成功率くらい、間違いなく感覚的に把握している。だからこそ、予想できる。

 100%ではないものの、着実な時間稼ぎを行った時に選ぶ最高のパスパターンがどれなのか、それに山を張れば、そこにパスが来るはず。

 残り時間が減り、勝ちに入ったものほど、実は攻撃の幅が狭まっている。

 

 『爆破』中心のオフェンスに、『ポセイドン』のディフェンスという時間をロスする戦術で、時間を削ってきた。この勝負所まで。

 

 

 ~~~

 

 

 その目線と動き。

 キッドは、早撃ちながら制球もいい。過去にアメリカの射撃場で射撃を見せたが連続打ちでほぼすべて的の中心を撃ち抜いてみせた。

 だからそこに誤差はなく、狙い通りにボールは飛ぶ。

 

(ヒル魔先輩の読み通りなら、来るのは『ヒッチ』)

 

 左斜め後方へ切り返すパスルート。

 10cmのブレなく疾駆する鉄馬丈へ投げ込まれるとなれば、その捕獲位置までだいたい予想がつく。

 それほどまでにこの二人のコンビネーションは完璧だ。

 

「SET――」

 

 直前、長門村正はほんの僅か、極僅かに早く、エースレシーバー・鉄馬のいるサイドとは逆の方向へ身体を傾けた。

 『ロデオドライブ』を誘導したのと同じ、重心偽装(ガマク)。キッドは選手をギリギリまで引き付けてから投球する。『神速の早撃ち』で相手を躱し、レシーバーの上がる限界まで待つのだ。

 だから、見逃さない

 よりパスコースを誘導させる些細なフェイントも、あの男は必ず反応する。

 

「――HUT!!」

 

 瞬間、キッドは“銃”を抜く。“二丁拳銃”ではなく、初っ端からパスを投げる。

 奇を衒うことなく、速攻で仕掛けた。それも超早撃ちの下手投げで――しかし、そのパスは右へ、鉄馬丈がいる方へと投げ込まれた。長門村正もそれと同じ方向へ身体を反応させた。

 

 

「あぁ、知ってたよ。()()()()()()()

 

 

 パスは予想よりもさらに遠く、伸びた。

 

 『ヒッチ』、ではない……!

 この試合で、まだ一度も投げていないパスは、『クイックアウト』。

 方向転換するタイミングは『ヒッチ』と同じだが、左斜め後方へ切り返すのとは逆、右外へ逃げるパスルート。

 

「それでも……!」

 

 最初の選択は、間違っていない。

 最も信頼する鉄馬丈へとパスを投げ込んだことに間違いはない。

 だから、この選択を正しいものにする――

 

 

「うまい……! このパスの絶妙な位置……キッドは狙ってる!」

 

 観戦する王城ホワイトナイツのクォーターバック・高見伊知郎は思わず唸る。

 それは、長門の立ち位置から届く弾道じゃない。だが、それでも長門なら強引に飛びついてカットを狙いたくなる距離だ。

 キッドは既にあの『クラーケン』の超広範囲守備の間合いを測り切っていたのか。

 そして、鉄馬より脚の速く、力のある長門が倒れ込めば、鋼鉄の機関車を阻めるものなどいない――

 

 

 ――諦めるな!

 

 “諦め”が過った時点で、勝負が決まる。そう、溝六先生に教わった。そして、先生たちにはなかったこの身長(タッパ)なら、『二本刀』に掴めなかったものも掴めるはずだ

 低い弾道。だがこの身体は、()()()()()

 

「長門村正を舐めるなァ!!」

 

 全身を倒しその長身分間合いを強引に潰しにかかる突撃(チャージ)と、片腕を思い切り伸ばす一突き(タックル)

 

「あ゛ああああっ!!」

 

 ヂッ! とボールに指先で触れた。その指の力で、ボールの弾道を跳ね上げ(ズラし)た。

 

 

 かすった……!?

 

「バカな!! あんな距離から……絶対に……」

 

 観客らの予想を裏切るその身体能力と執念。

 超神速の銃弾を、『妖刀』の切っ先は当てた。

 だが、それでも捕まえることは叶わない。

 

「ここ、までか――後は、頼んだ……!!」

 

 

 ~~~

 

 

 既定の到達地点を強引に逸らされた。

 計算外の奇跡を起こすなど、やはり彼は“天才”か。

 だが、それでも、鉄馬なら獲れる!

 

 

 ――ゾワッ! とその時、また後半開始のプレイに覚えた悪寒を、感じた。

 

 

 ~~~

 

 

 超神速の下手投げからの低い弾道、それはパスカットが間に合わないはずのボールだった。

 だけど、必ず、長門はチャンスを作ると信じていた。

 

(鉄馬先輩、力で競り合ったら勝ち目なんかねぇ。だったら、鉄馬先輩に……今までの俺全部と身体でぶつかってくんだ……!)

 

 鉄馬先輩は、長門に掬い上げられたパスの弾道を確認してルートを修正しようと顎の下が見えるくらい顔を上に見上げる。

 けど、こっちは振り返らない。

 鉄馬先輩の方しか、向かねぇ……!

 

「モン太の野郎、ボールを捕りに振り返るためのエネルギーを全部飛ぶ足に注ぎやがった……!」

 

 ボールに背を向けたままの頭上(オーバーヘッド)キャッチを仕掛ける雷門太郎。

 これに、鉄馬丈は目を瞠る。

 高い、速い、だがこれはそれ以上にリスクがつきものだ。このままでは猛スピードのまま空中でクラッシュする。

 鋼鉄の機関車の前に自ら身を投げ出しに行く暴挙。だが、勝つには文字通りの全身全霊で挑まなければダメだ。

 

「クラッシュ上等ォォ!! キャッチ勝負なら負けられねぇんだァァァァ!!!」

 

 

 ボールに振り返らない代わりに、当たりながら頭上キャッチ。

 こちらも危険。しかし、跳ぶ。指令は絶対に果たす――!

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 初めて、この相手を線路に転がる小石のような邪魔な障害ではなく、明確にキャッチで競り合ってくる“敵”だと鉄馬丈は認識した。

 

 

(畜生やっぱしな。躊躇いもしねーで飛びやがった!)

 

 悔しいが、向こうがレシーバーとしての格は上だ。

 

「おおおおお捕ったァァ――――! 空中戦を制したのはやっぱ鉄馬だぁああああ!!」

 

 当然だ。

 これは雷門太郎には不利な勝負。身体(ガタイ)の強度や高さだけではない、あんな背中越しでは正確にボールの位置を把握できるわけがない――

 

「いや――とにかく、伸ばすんだよ、手をよ……!!」

 

 見えない後方へ、モン太は手を振り上げる。それは、鉄腕の鉄馬がボールを手中に確保(キャッチ)するために、手から力を抜く唯一の瞬間――そのタイミングでボールに当たった。

 

(偶然では、ない……!?)

 

 そんな動きではない。

 この“敵”には、後ろのボールが視えていた。

 

(狙……――否、クラッシュした最中で、不可能だ。そんな事は……!!)

 

 長門村正がボールを跳ね上げたのは、イレギュラー。

 そこに信頼があっても、軌道を予想できるものではないはず。

 

 鉄馬丈には理解の出来ない異常。

 だが、雷門太郎は、『オンサイドキック』の楕円形のアメフトボールの不規則なバウンドも瞬時に予測する“勘”がある。

 それはNASAエイリアンズの管制塔(エース)レシーバーの眼力よりも早く精確に捉える感性。

 

 10年間、ボールだけを追ってきた経験則。

 練習バカに生えた“背中(バック)の目”。中途で弾かれた弾道でも、即座に軌道修正されたものを脳裏に描け、ほぼ8割方視えていたのだ。

 

「う――お――おおおおおお!」

 

 雷門太郎は、“天才”、ではない。

 だが、その執念で格上の相手からもぎ取った。

 

 そして、『人間重機関車』はキャッチ未遂で両手からひっぺ剝がされ――

 

「今度はもう落とさねぇ! キャッチの最強だけは! 譲れねぇんだ!!」

 

 また一度、ボールは跳ね上がった。

 

 

「俺にできんのはここまでだ――後は頼む……!!」

 

 

 ~~~

 

 

 一度、掬い上げられ、二度、跳ね上げた。

 誰のものでもない、二人の決死のプレイで零れ球となったそのボールを拾い上げたのは、アイシールドのヘルメットを着けた背番号21――

 

 

 ~~~

 

 

『泥門デビルバァァッツ!! キッド&鉄馬のショットガンパスをまたも破ったっ! ボールを奪ってそのままカウンター攻撃だァァー!!』

 

 長門君とモン太が託してくれたこのボール。これが、この試合でおそらく最後で最大の逆転のチャンス。

 

「やってやる。怪我人野郎とキャッチバカサルが死ぬ気で作ったチャンスだ!! 死んでもスピード落とすんじゃねえぇ! セナ!!」

 

 西部は対応が遅れてる。今は後衛に入っていた十文字君たちがすぐに『掃討作戦(スイープ)』のように道を必死に身体を張って広げてくれる。

 

「―――!!」

 

 だけど、ひとり。

 ワイルドガンマンズの背番号29――陸が、前に回り込んだ。

 

「陸! あの野郎、よくやったァァ! ギリギリで勘づいてやがったァァ!!」

 

 『ロデオドライブ』で、一気に近づかれたら、もう逃げられない。

 その前に躱さないと……――

 

 陸のいる方向とは反対の、栗田さんたちのいる方に逃げれば、6ヤード……ううん、8ヤードは行けると思う。

 インターセプトして、奪い取った攻撃権を絶対に奪い返されるわけにはいかない。

 

 でも残り時間はもう僅かで――陸一人さえ抜ければ、タッチダウンを決められる……!

 

 

『『勝者になる人間は、決して途中で諦めないし、途中で諦める人間は、決して勝者にはなれない』――それが、“あいつ”から聞かされた、ノートルダム大のコーチの言葉だ』

 

 

 そう――勝者は、諦めない者だけがなれる。

 ここで、陸から逃げるような真似……“陸は避け切れないと諦めてる”のと同じなんじゃないのか?

 僕達は、全国大会決勝に行くために、()()に来ているんじゃないのか?

 

 とほんの一瞬、そんな考えが過った時、ほとんど無意識に進路は決まった。

 真っ直ぐに、最後の難関が立ち塞がる陸のいる方に突っ込んでいった。

 行ってから、軽く“何でこっちに突っ込んじゃったんだろ……”と臆したけど、脚は止まらない。

 

「――いいだろう、セナ。100戦目の決着だ!!」

 

 これまで、ずっと勝てなかった壁で、走り方を教えてくれた先生。

 陸は自分にとって大きな壁だ。だけど、自分はその陸に自ら挑みに向かった。

 ステップで逃げて躱したいのなら、最初から陸の方に行かなければいい。『ロデオドライブ』の一気に120%のスピードで急加速するタックルから逃げられはしないのは重々思い知らされているのに。

 

 

『『――勝つのは俺だ』、それが、絶対に膝を屈さないことを信条とするノートルダム大付属のエース、『アイシールド21』の口癖だ』

 

 

 長門君の話を聞いて、“本物のアイシールド21”なら、ここは絶対に引かないと思った。

 

 ――陸に、勝つんだ……!

 

 

『序盤、糞カタナの後ろについていって、プレーをよーく見ておけ。ヤツはランの手本にはちょうどいい』

 

 そして、思い出す。

 アメリカンフットボールのお手本にしてきた彼は、ただ足だけで敵を抜き去ってきたのかを。

 

 

 ~~~

 

 

 『身体はボールのためにある』

 倒されようともボールを守る、その意識が徹底されてきた。

 

 だが、その守りに入った走りでは勝ち目はない。

 

 長門村正は、いない。

 いつもアイシールド21の前で、相手を倒し、道を切り開いてきてくれた、護るための殺意を持った守護神はいない。

 

 だから、己の手で道を切り開かなければならない。

 

 フィールドは、戦場だ。

 これまで、小さな体格の、ほぼ常に庇護下にあった小早川セナが持ち得なかった物。

 それは、自分と仲間たちの為ならば、害なす敵は何人たりとも打ち砕いてやると言う、凶暴な戦士の意思――

 

「あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 今、それが、芽生えた。

 

 

 ~~~

 

 

 甲斐谷陸は、見た。

 最高速で突撃(タックル)を仕掛けたこちらに、向こう(セナ)もまた最高速で突っ込んで――ボールを抱きこんでいた腕をこちらに突き出してきた。

 

 ――セナが、俺を()()、した……!?

 

 教えた通りに、身体全体でボールを守るんじゃない。

 その腕っぷしで、自分(りく)を強引に破りに来た。

 

(勝つんだ、陸に! 勝つんだ……!!)

 

 苛めてくるガキ大将に逆らう術として、爆速ダッシュを教えたのに、そいつらの言いなりになってパシリ込みをずっとしてきた弟分。それが兄貴分の自分に牙を剥いた。

 その驚嘆せざるを得ない事態に、僅かばかり陸の思考は固まった。そして、条件反射で、こちらに迫る腕を、払う――

 

 瞬間、セナの姿が、消えた。

 

 腕の攻撃に意識を集中させてから、0.1秒で曲がり切る『デビルバットゴースト』!!

 

「っ!」

 

 内心で、己の甘さを叱咤する。

 何をしているんだ。こんな隙を晒して抜かれてしまうなんて、今のセナは――ビビりでも、パシリでもないと認めていたというのに……!

 

 陸はすぐ切り返し、セナを追う。

 最終防衛線(セーフティ)の自分が止めなければ、タッチダウンを決められてしまう。

 しかし、セナはもうあんなにも――遠くに――自分の前を走っていた。

 

 前半、ほぼ互角だった走り合い。

 この終盤に来て、自分の走りが落ちてきた実感はない。そんな最後の最後で息切れしてしまうヤワな鍛え方はしていない。だから、これは、向こうが一段ギアを上げたのだ。

 

(そうだ。これが――光速の世界――セナの全力疾走――)

 

 40ヤード走4秒2。

 『ロデオドライブ』で一瞬の120%のスピードに飛ばす自分よりも速い、その黄金の脚。

 そして、全身を捨てる。ボールの為に――その意識よりも、一歩先へ果敢に踏み込んだプレイ。

 ああ……認めざるを。得ない

 

 

『タッチ――ダァアゥウン!!』

 

 

 ……セナ、俺らの100戦目――――お前の、勝ちだ!

 

 

「うおおおああっ!!!」

 

 独走状態で到達したゴールエリアで、ひとりのアメリカンフットボール選手が、勝利の咆哮をあげた。

 

 

 ~~~

 

 

 残り時間を一分切って、35対36。

 

「「「「「泥門! ―――泥門! ―――泥門!!」」」」」」

「「「「「――ワイルド! ――ワイルド! ――ガンマーンズ!!」」」」」

 

 泥門と西部、両チームの喉が張り裂けんばかりの必死な応援合戦。

 一点差、そして、今、起死回生のタッチダウンを決めた泥門には二点を得られるボーナスゲームがある。

 ここで阻止するか、逆転するかで、試合は決まる。

 

「まんまと、やられちゃってよ……やっぱり良すぎるとロクな事がねぇ」

 

 キッドとヒル魔、二人の司令官が、背中を向けて相対する。

 

「言った通りになっちゃったかねぇ。最強の司令塔はヒル魔妖一って……」

 

「本気で思ってねぇセリフを今更口にすんじゃねぇ糞ゲジ眉毛。最強の司令塔なんざどうだっていい。試合で勝てりゃぁいいんだよ」

 

 この大一番に、西部ワイルドガンマンズは、キッドに、鉄馬丈に、甲斐谷陸に、バッファロー牛島……と攻撃陣・守備陣関係なく、総動員オールスターをフィールドに結集させる。

 当然だ。

 ここで2点決められてしまえば、敗北してしまうのだから。

 

「最後までプレイさせてもらう、と言ったんですから――参加させてもらいますよ、ヒル魔先輩」

 

「ケッ、言うまでもねぇ糞カタナ。一番有り余ってる体力をここで全部注ぎ込みやがれ」

 

 泥門も、途中から守備でしか出されてなかった長門村正を参戦させた。

 

 もう勝負は単純だ。

 ここでゴールを決めれば、泥門の勝ち。阻止できれば、西部の勝ち。

 

 

 泥門デビルバッツは、これが最後のチャンス。

 攻撃と守備にメンバーがそろっている西部とは違い、泥門はほぼ全員が両面。体力の消耗が違う。長期戦は不利で、延長戦ともなればそのパフォーマンスを最高に維持することはできないだろう。

 

 キッカーの武蔵がゴールを狙うように構え、ヒル魔の前にキックティーがセットされているが、泥門の選択肢(ねらい)は九割九分決まり切っていた。

 助走距離を取る武蔵の左右斜め後方には、アイシールド21と長門村正がついている。

 

「じゃあ……いくぞ」

 

 ――武蔵が、駆け出す。

 ――栗田から、ボールがスナップされ、ヒル魔がそれをセットする。

 ――セナと長門が同時に武蔵を追うように走り出す。

 

『ムサシ君、ボールを蹴らずにそのまま栗田君の元へ行きます!』

 

 武蔵はアメフトのフィールドを長らく離れていたが、大工仕事で鍛えこんだその肉体。ベンチプレスに換算すれば、その膂力は90kg。ラインとして通じるだけのパワーがある。

 この試合激しいぶつかり合いに消耗の度合いもまた激しい泥門の中でも、まだ体力が残っている。センター・栗田が押し合いを支えるも、圧され気味なラインを強烈に後押しする。

 その背後で――――仕掛ける。

 

『おおっと! アイシールド21と長門君が交差する! ヒル魔君がどっちにボールを託したかわからないぞォ!?』

 

 キック寸前でボールを引き戻したヒル魔。そこへX字に駆ける二人。

 『聖なる十字架(クリス・クロス)』、ヒル魔がその身を壁として渡す瞬間を隠し、どちらにボールがあるかはわからない。

 長門は大外を狙うよう左サイドへ――そして、アイシールド21は中央へ――

 

「止めろぉぉ! そいつに壁を飛び越えさせるなー!!」

 

 西部ワイルドガンマンズ走力の壁。

 バッファロー牛島が吼え、競走馬並みの心肺能力で無尽蔵のスタミナを持つ馬場山オグリと組んで栗田を抑える。甲斐谷陸も小柄ながら脚力で踏ん張り利かすよう背中を支え、押し出す。泥門の中央突破をさせない。

 

「ぐっ……!」

 

 もうほとんどガス欠な泥門も精魂振り絞って押し込もうとするが、それでも進ませてはくれない。

 ――それでも構わず、翔ぶ!

 

 

『出たァァ! アイシールド21の『デビルバットダイブ』!!』

 

 

 悪魔の蝙蝠が、飛翔する。

 黄金の脚の全力疾走、そして、身軽だからこそ飛び越える、アイシールド21――小早川セナの必殺技。

 軽いその身を活かせる跳躍で一気にゴールへ――

 

「今度こそォォ! 『空中二本の角(デュアルホーン)』!!」

 

 牛角の如き、太く長い豪腕。

 それが、空中を飛ぶ高速のランニングバックを叩き落とした――!!

 

 40ヤード走4秒2の黄金の脚を持つアイシールド21は、しかし全力疾走の後は、スピードが落ちてしまう。

 甲斐谷陸の『ロデオドライブ』を振り切るために脚力をほとんど使い果たした直後で、飛翔したが、『デビルバットダイブ』の勢いが足りなかったのだ。

 

「勝っ……――」

 

 が、その腕の中に、ボールはない。

 囮――つまり――ボールを託されたのは――

 

『アイシールド21はボールを持っていない!? ボールを持っているのは、長門君だァァ!』

 

 力ある破壊的なラン、密集地帯の押し合いに有利な体格を有する『妖刀』

 単独でも、壁をぶち破る怪物の腕に、ボールがあった。

 アイシールド21が駆け込んだ中央に西部の意識は集まっている。そこから離れるよう外側から回り込む長門――だが、この泥門で最も危険なプレイヤーを決してノーマークにするはずがない。

 

「鉄馬ッ!!」

 

 長門を追走するは、鉄馬丈。後衛のワイドレシーバーながら、その腕力は西部で主将・牛島に次ぐ二番手。そして、その肉体は鋼の如く鍛え抜かれて、とにかく硬い。

 長門と言えど、そう簡単には破られはせず――さらに、逸早くボールの在処を察知したキッドも立ちはだかる。二人がかりで止め、そして、他の西部の面子が集合するまでの時間を稼ぐ。

 ――だが、身体を張るその二人の前で、思い切り踏み込んだ長門は――跳んだ。

 

『な、なななんと!? 長門君が『デビルバットダイブ』かー!!?』

 

 その身体能力で、屈伸させたバネを解放。屈強な長身が空を舞う。

 

 ――いや、だが、おかしい!!

 

 目を瞠る跳躍力。おそらくこれが、彼が魅せる全力のジャンプで、その高さはこれまでのよりも段違いに高い。王城ホワイトナイツの『エレベストパス』の桜庭春人よりも上を行っているように見える。

 しかし、真上にベクトルが行き過ぎていて、前への飛距離がない。ゴールラインを飛び越えるには前進が足りない。これではあっさりと着地を捕まってしまう!?

 

 そして、どうして空中でボールを持った左手を振り被っている??

 

 まさか、そこから――!?

 

 銃撃で最も難しいとされるもののひとつに、ヘリからの狙撃がある。

 風が吹き荒ぶ空中で、不安定に揺れる足場から、狙った通りに地上の標的を射抜ける狙撃手はそれこそ神業の技量を持っていると評しても過言ではない。

 

 ハンドボールに、『ジャンピングスロー』なる空中戦があるが、それは豪快な技のようで、跳ぶ時の位置、高さ、角度、跳躍後の地面から足が離れた体勢、ボールコントロールの全てがかみ合わない繊細な技。

 キッドにも無理だ、そんな無茶苦茶なパスは――

 

 だがしかし、長門村正は誰よりも高く、誰にも触れさせない位置にボールを掲げながら、その体勢はブレない。

 究極のボディバランスを持ち、そして、『シャトルパス』の模倣が可能なほど上半身だけでも超長距離パスを投げられる。

 

『まさに、艦載機(ガンシップ)!! 地上に一方的に撃たれるそのパスは、『エアリアル・デビルレーザー(バレット)』!!!』

 

 『神速の早撃ち』が誰にも触れさせない最速のパスであるのなら、空中狙撃弾は誰にも触れられない最()のパス。

 

 だが、それを誰が捕る――??

 誰にも止められないパスが投げ込まれたとしても、それをキャッチできる相方がいなければ、点には結びつかない。不発に終わる。

 瀧、雪光、モン太とレシーバーも総動員して押し合いに参加させている。後衛のアイシールド21もダイブさせて、ボールを受け取れるような余裕はない。だから、そんなパスがくる以前に、パスに対して警戒を外していたのだ。

 今、泥門にパスを獲れるのは――

 

 

 ~~~

 

 

「――ケケケ、言っただろうが、“最強の司令塔”なんざ最後に勝てんならどうだっていいってな、“東京最強のクォーターバック(むしゃのこうじしえん)”」

 

 

 ~~~

 

 

 ボールを渡してから、押し合いに参加せず、アイシールド21の『デビルバットダイブ』が注目を集める最中、ひとり逆サイドからゴールラインに入ったそのパスターゲットは……

 

「ヒル魔、妖一……!!」

 

 西部ワイルドガンマンズで絶対のホットラインはキッドと鉄馬だが、泥門デビルバッツにもまた麻黄中時代から組んでいる最恐のタッグがある。

 『悪魔の妖刀』なる過激で超攻撃的な攻めを繰り出すそれは、年季も密度も、鉄馬とキッドにも負けない。

 上から下へ。超高所より大上段で放たれた稲妻の如き弾道――関東大会行きの切符(ボール)を悪魔の手は確かに掴み取った。

 

 

 ~~~

 

 

『泥門高校アメフト部、部員数僅か2名。昨年の秋大会一回戦負け――それから一年、少ないながらも夢を分かつ仲間たちが集まり彼らはフィールドへ戻ってきた。

 ひとつずつ、ひとつずつ這い上がり、傷つきながらも前へ進み――そして、今、ついに泥門デビルバッツ! 西部ワイルドガンマンズを下し、東京代表として関東大会へ進出する切符を掴みました――!』

 

 37対36。

 試合前の下馬評を覆して、東京地区大会準決勝は、泥門デビルバッツが制した。

 “大和のライバル”がいるチームが勝ち進んできた。

 

(長門村正、か……)

 

 会話もしたことのない相手だが、身長体重から好きな食べ物や些細なくせまで知っている。大和がそれはもうマニアなくらい何でも知っていて、ことあるごとに話してくれるからだ。

 彼の幼馴染で、そして、この日本で本当のプレイスタイルを引き出させられる最高の好敵手(ライバル)

 羨ましい、と思う。

 何せ、少年野球じゃ敵がいなくなって、この日本アメフト界の覇者の帝黒学園へ来たけれども、大和以外で相手になる選手がいなかった。

 

(ああ、だけど、大和と同じ天賦の超人なら、俺とも闘うことができる)

 

 あの片手キャッチでのインターセプト……。そして、最後のトライフォーポイントのセットプレイで見せたあの高さ。

 ()()()()はつまらなかったが、彼のプレイは興味が湧いた。初めて、彼とは競り合いとなればパスが捕れないかもしれないと思えた。大和のこともあるし、一度、会ってみたくなった。

 

(うちの親が提案している企画、最初はあまり気が乗らなかったけれど……乗ってみるのもいいかもしれない)

 

 

 ~~~

 

 

 逆転に次ぐ逆転の大激戦の末に、泥門デビルバッツは西部ワイルドガンマンズを降した。

 これで準決勝を制した泥門は、一番に三位までの(みっつある)関東大会進出を決めた。

 

 その後の試合で、王城ホワイトナイツも順当に賊学カメレオンズを下して、決勝へコマを進めた。

 それで、最後の関東大会行きの切符を手にしたのは、三位決定戦で勝利した西部ワイルドガンマンズ。

 

 そして、東京秋季大会。

 すでに両チームとも関東大会、『超人達の闘技場』行きを決めたが、因縁がある。

 が、その優勝争いには参戦できなかった。というか、させてもらえなかった。

 

 

『怪我が治っていないのに、試合で無茶しようものなら――呪います』

 

 

 怪我を(ほぼ)完治させたはずなのに、家を出た瞬間に、意識が暗転。

 目が覚めれば、真っ白な部屋。病室である。

 それで、今度は見舞いに付き添ってくれたお隣さんのリコからすでに終わった決勝戦の話を聞いて、それから、病院の岡婦長に“試合に出る気満々だったきかん坊な糞後輩の毛髪”が裏ルート(ほぼ犯人は予想がつく)で提供されたという噂を教えてもらった。

 もしもそれが本当なら、高校最強のラインバッカーの“槍”にも耐え切ってみせる自信があったのに、病院最恐の婦長の藁人形の杭打ちからの金縛り(のろい)にはまるで抵抗できなかったことになる。

 オカルトの類はあまり信じたくないが、今後、岡婦長のお世話にならないよう怪我をしないようにより気をつけていくことにした。

 

 それから、武蔵先輩のお見舞いできていた武蔵工務店の皆さんがどこから話を聞き付けたのか挨拶をしに来てくれて、準決勝前で大変だった玉八さんから赤ちゃんが元気な様子を見せてくれた。それでリコが赤ちゃんを抱っこしてテンパりパーマになりながら、皆さんから口々に関東大会行きを祝われて、最後に、フラッと病室に寄ってきた武蔵先輩のお父さんから、頭を下げられた。『あのバカ息子を、よろしく頼む』、と……

 

 

 そうして、病院は岡婦長の看護(のろい)の甲斐があってか即日退院できたが、それで泥門が王城に負けた結果が覆るわけがない。

 

 長門村正(じぶん)が欠場することになったが、それでも泥門は試合開始前から諦めてる顔をしているものはひとりもいなかった。

 特にセナはいつになく気合いが入っていた。『進さんと勝負をするときになったら』と前々から決めていたセナは、準決勝でぶつかった幼馴染の甲斐谷陸からかけられた『いつまでそんな“仮面”に頼ってるんだ。すでにセナは、本物アメリカンフットボールプレイヤーだ』という後押しもあって、試合前にこれまで正体を隠し通してきた姉崎まもり先輩に“アイシールド21”の秘密を打ち明けた。

 その後の(過)保護者な姉崎先輩との関係がどうなったのかは知らないが、それが、セナの走りに影響を与えたのか、さらにキレが増したランでもって、進清十郎に果敢に勝負を挑みに行った。

 試合の結果は負けた。メンバーが揃っていなかったとはいえ、西部との超攻撃的な殴り合いを制した泥門デビルバッツのオフェンスが十点に抑えられた。

 だけど、あの王城に今大会初失点を記録した。

 点の内訳は、武蔵先輩の50ヤードの長距離キックと、セナが全身でぶつかっていく『デビルライトハリケーン』からの、40ヤード走4秒2の光速の世界突入で、たった一度だけだが進清十郎を抜き去り、タッチダウン。

 それでも、王城ホワイトナイツの堅実な試合運びと、桜庭春人と高見伊知郎の『エレベストパス』を止め切ることはできずにタッチダウンを連続で許し、結果は、10対14で負けた。

 

 王城ホワイトナイツと泥門デビルバッツは白熱した試合を繰り広げて、お互いともに手札を隠し合ったまま決勝戦という名の“前哨戦”を終えたのだった。

 

 

 ~~~

 

 

「――優勝、王城ホワイトナイツ」

 

 選手全員がそれぞれのユニフォームで集まる、東京地区秋季大会の表彰式。

 関東アメフト協会理事長から王城の主将・大田原誠へ優勝旗が手渡される。

 

「続いて、ベストイレブンの発表をする」

 

 王城ホワイトナイツへチーム優勝を称える静かな拍手を送った後で、個人の表彰へ移る。

 ベストイレブン。

 ポジションごとに最強選手を表彰する、架空のオールスターだ(ちなみに選ばれるとスポンサーのジャリプロより、“軽さの常識を超えたスパイク・モデルSAKURABA”が贈られる)。

 

「攻撃部門、ライン一人目から、泥門デビルバッツ・栗田良寛!

               王城ホワイトナイツ・安護田良則!

               西部ワイルドガンマンズ・馬場山オグリ!

               巨深ポセイドン・水町健吾!

               柱谷ディアーズ・山本鬼兵!」

「タイトエンド部門、泥門デビルバッツ・長門村正!」

「レシーバー部門、西部ワイルドガンマンズ・鉄馬丈! 王城ホワイトナイツ・桜庭春人!」

「ランニングバック部門、泥門デビルバッツ・小早川セナ! 西部ワイルドガンマンズ・甲斐谷陸!」

「クォーターバック部門、西部ワイルドガンマンズ・キッド!」

「キッカー部門、盤戸スパイダーズ・佐々木コータロー!」

 

「守備部門、ライン一人目から、王城ホワイトナイツ・大田原誠!

               王城ホワイトナイツ・渡辺頼広!

               西部ワイルドガンマンズ・バッファロー牛島!

               王城ホワイトナイツ・上村直樹!」

「ラインバッカー部門、王城ホワイトナイツ・進清十郎!

           巨深ポセイドン・筧駿!

           賊学カメレオンズ・葉柱ルイ!」

「コーナーバック部門、王城ホワイトナイツ・艶島林太郎!

           王城ホワイトナイツ・井口広之!」

「セーフティ部門、王城ホワイトナイツ・釣目忠士!

         王城ホワイトナイツ・中脇爽太!」

 

 読み上げられていく錚々たる面子。

 これに栗田先輩やセナは大変恐縮しているが、あれだけの活躍をしておいて何を驚いているのか。

 しかし、モン太は選ばれなかった。だが、桜庭春人と鉄馬丈に次ぐ三番手のワイドレシーバーについているだろう。

 

(にしても、守備陣はほぼ白一色(王城守備陣)だな。……まあ、大阪(むこう)は両面とも()()()なんだろうが)

 

 そして――

 

 

「最後に、秋季東京大会最優秀選手賞MVPは――進清十郎!!」

 

 

 やはり、順当だ。

 高校最高のラインバッカー……この地区大会で相見えることは叶わなかったが、その称号に文句なし。同じ『二本刀』を師に持つ者として、尊敬できる選手で、目標とすべき壁。

 今度こそ、フル出場して決着をつけたい。

 

 

 ~~~

 

 

 ――と、これで、会長の話は終わらなかった。

 

 ジャリプロのマネージャーより贈呈されたMVP賞の20万円相当のノートパソコンを早速壊してしまった進清十郎が表彰台から降りた後、再び壇上に上がった会長は、そこで力を篭めてカッと目を見開いて、マイクを握る。

 

「……先日、関西アメフト協会会長より打診があった」

 

 表彰が終わり、これで式を解散する、かと思いきや、話が続く。

 会長の重みのある言葉に誰も声をあげることなく、ただただ静聴の姿勢を取る。

 

「これは、君達のチームとは関係のない、日本のアメリカンフットボールの発展のための取り組みだ。だから、協会の命令ではなく、君達に参加を強制することはしないと誓おう」

 

 前置きを入れて、それを発表する。

 

「たった今、選抜した東京地区オールスターと、大阪地区オールスターとの東西の交流を目的とした東京地区対大阪地区の親善試合を行いたいと思う!

 もし!

 西の帝国神話を打ち砕かんとする断固たる意志を持っているのであれば、是非ともフィールドに集ってほしい!!」


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