悪魔の妖刀   作:背番号88

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24話

「さぁ、後半! 追い上げよー!」

 

 ハーフタイムが終了し、後半が始まる。

 “負けているからこそ声をあげる”、そんな盛り上げ隊長としての使命を自負する泥門チアリーダーの鈴奈。

 これに応えるのは、今、このフィールドで最も熱い男。

 

「追い上げる……? ――違うよ、逆転するんだよ」

 

 強気な発言をする栗田さんは、バックに湯立つような(オーラ)を立ち昇らせていた。

 凄まじい迫力だ。黄金トリオの復活でオーラを纏ったのだろうか(ただの湯気)!?

 

 

 温厚な巨漢の男が、いざ鎬を削る戦場(フィールド)に立った途端、湯立つほど熱い壁に激変する――!

 長門を除いた今年からの付き合いの後輩達は知らないが、これこそが栗田良寛の本領。武蔵厳の帰還に本来の姿が息を吹き返したのだ。

 

 

『さあ! 後半は泥門の攻撃からスタート! あと一点で20点差になる19点差から巻き返すのにどんな奇策を出してくるのでしょうか!?』

 

 

「SET! …………HUT!」

 

 目一杯に溜めてからの号令。

 瞬間、西部の壁は“爆破”された。

 

「あづぁあああぁ!!?」

 

 重圧、膂力、そして、滾る熱量。

 前半より迫力が二倍超えの三倍増ししたセンター一人に、壁二人が吹き飛ばされる。

 

 強引にこじ開けられたそこへ指揮官よりボールを渡された切り込み隊長(ランニングバック)アイシールド21が密集地帯に体を入れ込む。

 

『糞チビ、後半のテメーはもう地獄だ。糞カタナはいない以上、二度とボールを奪られねぇって断言できてもらわねーと困っぞ』

 

 長門君は守備に専念する……それはつまり、いつも頼ってきた頼もしい最高の守護神(リードブロック)がいないということ。

 だけど、陸は言う。

 『本気のアメリカンフットボールプレイヤーは人の後ろに縮こまっているだけの奴じゃないぞ』と。

 ――だから、絶対にボールは奪われたりしない!

 

(……ふーん、セナのヤツ、長門村正がいなくなってから、自分の身じゃなくてボールの方を守るようになってる……)

 

 加速がついて中央守備網を抜き去る前に追いついた西部のセーフティ・甲斐谷陸がその侵攻を阻むも、泥門は確かに前へ進む。

 

『泥門、4ヤード前進!!』

 

 

 泥門の後半の攻撃から、相手の守備陣の動きを徹底的に予習復習して頭に叩き込み、即興で投手との意思疎通が可能な文系レシーバー・幸光学が参戦。ワイルドガンマンズの『ショットガン』に負けぬパス戦を仕掛けるかと思いきや、泥門が行使したのはその予想を外れるものだった。

 

「そうだ、栗田。攻めも守りも常に味方を背負って先陣切る、それがお前へ引き継いだ(バトンタッチした)(ライン)魂だ」

 

 柱谷ディアーズ戦で高校屈指の古強者(ベテラン)ラインマン鬼兵と真っ向勝負した作戦と同じ。

 作戦という作戦じゃない。

 ある意味究極の戦法(カード)、『爆破(ブラスト)』。

 

『泥門、5ヤード前進!!』

 

「すげぇ泥門! 中央からのごり押しが止まらねぇーー!!」

 

 一気に10ヤード以上突破して連続攻撃権を獲得するようなことはない。しかし着実にゴールラインまでの距離を縮めていく。

 

「いいから栗田を止めろォオ! そんな無理やりな正面突破、何度も何度も決めさせるなァ……!」

 

 西部の監督が激励を飛ばすが、『爆破』は何人にも勢いを止められない。

 

『4ヤード前進! 泥門、合計10ヤード以上進みましたのでさらに続けて連続攻撃権(ファーストダウン)獲得です!』

 

 そして、3回の攻撃――3アウトまでに10ヤード以上進めばずっと連続攻撃が許される。

 つまり、この東京地区の最重量にして最強クラスのラインマン栗田良寛さえ止められなければ無敵の動く要塞状態でじわじわ延々とこちらのターンで進んでいける。

 

 さらに、火が点いているのは、栗田良寛だけではない。

 

 

 ~~~

 

 

「おおおおおおっ!!」

 

『泥門、連続攻撃権獲得ラインまで残り僅か!!』

 

 『爆破』のごり押しに次ぐごり押しで、連続攻撃権獲得まであと一歩のところまできた。

 これを西部は阻止しなければまた3回攻撃を許してしまう。何としてでも栗田を止めようと、自然、中央に守備意識は集中される。

 ――その心理の流れを利用しない悪魔ではない。

 

「おォし、糞ライン共! ボール一つ分もねぇ距離だ! 気合いでねじ込め!!」

 

 泥門、ノータイムで開始。

 ラインマンたちは激しくぶつかり合う力勝負に真ん中を固める。

 鬩ぎ合う戦線へ、今度もまたアイシールド21は突貫し――飛翔する。

 

「セナ……『デビルバットダイブ』!?」

 

 身軽であるからこそ強みになる、アイシールド21の必殺技。

 ボール一個分を上からねじ込みに来た。これに西部のディフェンスラインの中核たる牛島が反応。

 

「チート意表突かれたがなァ……甘イィ!! ――『空中二本の角(デュアルホーン)』!!」

 

 『二本の角』が下から上へ抉り込むような『リップ』の二連打とすれば、それは長く太い豪腕から『スイム』を繰り出すような上から下に叩き落とすラリアット。鉄槌の如きそれが空を飛ばんとする小兵を迎え撃たんとする。

 

「おおぉ、これは牛島! 空中ラリアットで殴り落としに来たーー!!」

 

 かに思えたが、アイシールド21はラインを飛び越える寸前で失速。

 これは、目測を誤ったか? いいや違う計算通りだ。

 

 アイシールド21が着地したところで、西部はそこでやっとその腕にボールが抱えられていないことに気付く。

 

 目を凝らしても見誤る悪魔のトリックスターの渡したフリ(フェイク)

 そして、ランに集中して無警戒(ノーマーク)だったレシーバーが西部の守備網を抜けていた。

 

「何ィイイイィ!! ノーマークのモン太に超ロングパスだーー!!」

 

 バカな!! 残り一歩で連続攻撃権獲得って時に、そんな大博打……!

 連続攻撃権獲得の10mまでボール一個分だが、泥門の攻撃はこれで三回目だ。

 

 しかし、誰もがそれを非常識、条理に則らないプレー、“だからこそ行く”。

 超強力な奥の手(デビルバットダイブ)すら捨て駒にする、それが泥門デビルバッツの司令塔・ヒル魔妖一。

 

「!!」

「陸!?」

 

 これに、直前で勘づいた『暴れ馬』

 西部の空白に速選で駆け込む雪光をマークしていた最終防衛線(セーフティ)は、ひとりフィールドを駆け上がっているモン太を追う。

 

「ムッキャ!? なんつー速さだよ、もう追いついてきやがった……!!」

 

 泥門選手の中で甲斐谷陸のスピードに張り合えるのは、アイシールド21と長門村正。

 だが、囮に使ったアイシールド21はそこからフォローが間に合う距離にはおらず、オフェンスに参加を許可されていない長門はそもそもベンチにいる。

 

 ――空気を切る弾丸(パス)は当然の如く味方にすら限界点を要求する。

 

 この、弾道は……!?

 鋭く一点。相手の守備に掠らせても触れさせない、そして、パスターゲットのレシーバーは全力で追わなければ捕まえられないパス。

 甲斐谷陸が快足を飛ばして飛びついても、高速パスには追い付けず、必死に飛び込んでボールを逃さず捕ったモン太は、そのままゴールゾーンにダイブを決めた。

 

『タッチダァァウン!!』

 

 ここしかないというピンポイントに、まるでレーザーの如く。

 敵味方関係なく情け容赦が一切ない悪魔が放つスパルタパス、『デビルレーザー(バレット)』!

 

 

 ~~~

 

 

 キッカーという今までになかったカードの登場が全ての攻撃力を3倍にした。

 

 今までの泥門は重戦士たる栗田良寛のラッシュを最大限に奮える中央突破を避けていたが、その理由は長距離ヤードを稼げずじっくり進んでもいずれは止められてしまうからだ。

 だが、『60ヤードマグナム』なる武蔵厳という長距離砲(キッカー)を得た今、タッチダウンが狙えずともキックゴールを決められるようになり、50ヤードまで攻め入れれば点を得られる。

 そして、グーとチョキだけで闘ってきた司令官が、ついに全部の出せる手が揃った今、作戦の幅に制限は無くなった。

 たった一人の参入が足りなかった歯車にぴたりと嵌り、がちりと噛み合い、劇的な化学変化を起こしている。

 そう、今の泥門は正しく、欠点のないA級のチーム。

 

 そのせいか、泥門は劣勢下にありながら楽しそうで、西部(こちら)は久々に背筋を寒くさせるものを抱く。

 

「ケケケ、テメーにゃさっさと教えてやんなきゃと思ってな」

 

 ワイルドガンマンズのターンになり、攻撃陣と守備陣が入れ替わる際、キッドへヒル魔妖一が通告する。悪魔のような囁きで。

 

「ウチに全部の手が揃った以上、西部の全国大会決勝(クリスマスボウル)は消えたって話をだ」

 

 

 泥門デビルバッツ、ボーナスゲームでキッカーの武蔵が追加点を決める(ゴールポストにぶつかりギリギリ枠に入った)。

 これで、16対28。

 そして、『60ヤードマグナム』の大砲キックショーの山場に移る。

 

「もう一仕事、行くとするか」

 

 立ったまま利き足の右を胸の前に抱きしめて、入念にストレッチ。

 

 西部へ攻撃権が移されるがその前にキックオフがある。

 試合開始直後、甲斐谷陸の『ロデオドライブ』で半分まで持っていかれ、西部に有利な出だしを許してしまった。

 こちらの攻撃が3倍に跳ね上がったところで、また点を獲られてしまっては点差は一向に縮まらない。

 未だに傾いている戦況を打開するには、ここで大きく揺さぶる一発を見舞わなければならない。

 

「ムサシ! スマートに見せてもらおうじゃねぇか。テメーのその大砲みてぇな脚の真価をよ……!!」

 

 関東ナンバーワンキッカーと名高い、盤戸スパイダーズの佐々木コータローならば、正確無比なオンサイドキックでもって、相手に攻撃権を渡さずに一方的にやり込めることも可能だったろう。

 実際、泥門はかつてNASAエイリアンズ戦で相手キッカーのオンサイドキックで攻撃をやらせてもらえずに逆転を許してしまった。

 しかしだ、それには相当なキックゲームの練度・連携が不可欠で、武蔵のゴールを決めるのも少し危うい荒っぽいキックではその要求も無茶だ。

 ――だが、キックで試合を有利に運ぶのはそれだけじゃない。

 

 ドゴッッッ!!!!!! と天高々にボールが蹴り上げられた。

 

「高……――」

 

 敵も味方も観客らも絶句するほど凄まじい威力。

 

「でででけえぇえ!! どこまで伸びんだー!?」

 

 精度もだが、高さもキックオフには重要だ。

 落ちてくるまでの時間がかかるほど敵を囲みに行きやすい強力なキックになる。

 

「もっと伸びるぞ!」

「どうなってんだ……今までの泥門のキックはあんな短かったのに!」

「どこまで!? こんなキック、高校の試合で見たこと……」

 

 これまで、代役を務めてきたヒル魔妖一の短いキックの印象があっただけに、『60ヤードマグナム』の威力は仰天するほどインパクトが叩き込まれた。

 そして、対応が遅れた西部は落下するボールを確保できず、そこへ駆けつけるは、アイシールド21――

 

「マズい!!」

 

 甲斐谷陸も転々とバウンドしていくボールを全速で追う。

 二人の速さはほぼ互角。だったが、楕円形のアメフトボールは不規則に跳ね、幸運の女神は暴れ馬へと微笑む。

 甲斐谷陸は自分の前へと転がり込むように飛んできたボール、このチャンスを逃すまじと飛び込み、それに僅かに遅れてアイシールド21も飛びつく。

 

「陸が押さえたっ! 西部ボール!!」

 

 惜しい! やっぱり陸は速いし……上手い! でも……惜しい!

 

「助かった……」

 

「いや……」

 

 あわや泥門に攻撃権を奪われるところだった――だが、安心はまだ早い。

 腰を抜かしてベンチにへたり込む西部の監督の隣で、冷静に状況を把握していたキッドは示す。

 

「見てください、押さえた位置」

 

「! タイムアウトォォ!」

 

 ボールを抱えた甲斐谷陸が滑り込んだ、そのすぐそこは、芝生が色分けされた境界線……すなわち、ゴールライン目前。

 ほとんどスレスレ、たった自陣のゴールまで数cmしかない危険地域から西部は攻撃を開始しなければならない。

 この背水の陣に、西部の監督・ドク堀出は血相を変えて審判へ両手をT字にしてアピールした。

 

 

 ~~~

 

 

 どうする……?

 

 この瀬戸際の状況下で、西部ワイルドガンマンズの代名詞とも言える『ショットガン』の陣形を取れば、クォーターバックのキッドは自陣のゴールラインからプレイを始めることになる。

 もし捕まれば、即自殺点。

 アメリカンフットボールの教科書(マニュアル)を信じれば、こんな危険地帯での『ショットガン』はありえない。

 

 教科書通りに考えるのなら、ここは中央からの(ラン)に決まっている。

 だが、それは西部ワイルドガンマンズの得意戦法を捨てることになる。キッドと鉄馬の『神速の早撃ち』なら絶対大丈夫って考え方もできなくない。

 

「……監督、もう時間無いスよ」

 

 タイムアウトも無制限ではない。

 審判も時計を見ている。決断の刻はすぐそこまで迫っている。

 ここでチームを采配するのが監督の責務。

 

「よし……お前ら、ラ――」

 

 唾と一緒に、出かかった発言を呑み込む。

 

 

「ファイトー! ナガモーン!」

 

 

 相手チアの声援に反応して、そちらを見やれば、長身の選手がフィールドに出る。

 試合前のミーティングで口酸っぱくして忠告した泥門デビルバッツで最も危険な、長門村正。

 言ってはいけないのだろうが、怪我で一時的にベンチに下がった時は、安堵したというのが本音。

 

(怪我の具合は……? 守備はできるのか……??)

 

 判断がつかないが、存在だけで警戒を割かなければならない。

 

(ランで行くべきだが……彼奴には二度も陸を止められている……)

 

 それに中央には、止めるに止められない重戦士センター・栗田がいる。ランで突っ込ませたところでその壁を打ち破れるかどうか不安だ。

 

(――しかし、ウチのキッドと鉄馬のホットラインは止められていない!)

 

 決まった。

 セオリーを無視するが、ここは我が道を行くのが、アウトロー――西部ワイルドガンマンズだ。

 

 

 ~~~

 

 

 背水の陣で、西部ワイルドガンマンズが敷いたのは、定石から外れた陣形、しかし西部ワイルドガンマンズのスタイルである『ショットガン』

 

「……ヒル魔妖一、おたくも、『ショットガン』で行くかな」

 

「たりめーだ!」

 

 開始前、キッドからの問いかけに、間髪入れずに応じるヒル魔。

 ハイリスクハイリターンを好む攻撃的な嗜好、それに現実的な思考から泥門の司令官は、西部がここで『ショットガン』を取るのが正解――しかし、

 

「まァ、どっちにしろ関係ねーがな」

 

「なに?」

 

「テメーらが教科書通りに中央からランを突っ込ませれば、糞デブが潰す。そして、早撃ち『ショットガン』で来るんなら、糞カタナが鉄馬を潰す」

 

「―――」

 

 愉快気に笑うヒル魔。まるで盤上で詰みに入っているのを確信しているような表情、これに対し、キッドは少し表情を冷めさせる。

 

「……人間、あんまいい期待しすぎっと、ロクな事がないよ」

 

「ケケケ、期待しようがしまいが、ヤると言ったらヤる奴だ。――糞カタナは紛れもなく“天才”だからな」

 

 笑うに笑う。それが安い挑発だとキッドも理解はしている。

 しているが、これがヒル魔のお得意の口車に誘導されたのだとしても、完全には聞き逃せなかった。

 

 

 ~~~

 

 

 まったく、ヒル魔先輩はこうも勝手に煽ってくれる。

 

「まあ、やることには変わりがない」

 

 一年半ぶりにだが、それでも鈍らない破壊力で西部の攻撃パターンを削り取ってくれた。おかげでこちらも、より守備に専念できる。

 雑念がなくなったクリアな視界に映るのは、重厚なる『人間重機関車』。

 

「鉄馬丈」

 

「………」

 

 対峙する相手は、ひたすらに頑健。肉体だけでなく、その精神も。

 被弾を厭わず、その一切を跳ね除けてきた極めてタフなワイルドレシーバーにして、『神速の早撃ち』キッドから絶対の信頼を勝ち得ている男。

 しかし――

 

「あんたは強い。だから、こちらも容赦はできん」

 

 “鋼鉄の機関車(アイアンホース)”だろうが、俺が落とそうとしているのは、“日本一の戦艦(やまと)”だ。

 

 

「SET! HUT!」

 

 

 開始の号令と同時にスタートを切る。

 轟然と発進する機関車の内懐へ、『妖刀』の長足が居合の如く踏み込む。

 瞬きひとつ分の時間で、きっちり三歩で間合いを潰し切る。疾駆する鉄骨鉄筋のボディを前にして、道を譲る素振りは皆無。

 この、刹那にすべてをかけ、瞬時に決する――

 

 繰り出された指を立てて握る拳が、鉄馬の胸板を直撃。

 

 相手の加速が勢いづく前に、0秒でプレッシャーをかけるそれは巨深ポセイドンの筧の技『モビィディック・アンカー』のよう。碇を杭打つかのような衝撃が機関車の心臓を撃ち抜いた。出だしを確実に押さえる。僅かだが、時を奪ったかのように、機関車の疾走は止まる。

 ――そして、『妖刀』は止まらず。

 

 肉体に接したまま一撃目に立てていた指を折って握り込んで二撃目。

 

 震脚を入れずとも重量改造自転車で鍛えに鍛えた足腰のバネと重心移動の巧みさで瞬時に体重の乗った拳打(バンプ)を零距離で繰り出し、急停止させた機関車を揺らす。バランスを崩す。

 

「か、は――」

 

 重なる鈍い打撃音にまぎれて、かすかに零れるあえぎ。筋肉が弛緩したその隙間、それは鋼の肉体と精神の間に生じた亀裂。

 そこを容赦なく穿つように――

 

 より深く食い込んだ拳を起点(つっかえ)にし、弾みつけた三撃目。

 

 それは、狙いを澄まして瞬間の打撃に力を一点集中させる、神龍寺ナーガのラインマン・山伏が得意とする『粉砕(ジバー)ヒット』の如き肘打ちだった。長い腕を折り畳むように放ち胸郭へクリーンヒットさせたトドメの一発。

 

「が――!!?」

 

 これが、長門村正が、“絶対に膝を屈さないことを信条とする不屈のライバル”用に開発していた、必ず相手をぶち抜く、正しく必殺技。

 『三段打ち』。

 あえて握りを潰して、()()を利用し、威力を増す突き技(どつき)。それを腕の全関節で行う。

 要領は、デコピンとほぼ同じ。

 単純に振るうより、いったんつっかえた時の()()があった方が、パワーが数倍跳ね上がる。それも一発だと思っている突きの衝撃が、一度きりではないと意識していない分だけ不意打ちに揺さぶってくるのだから、心身ともに抗いようがなかった。

 

「鉄馬――!!?」

 

 この一振りで三連打は、“胸ごと抉り取られた”と錯覚するほどのダメージをぶちかました。撃ち抜いた右腕に確かな手応えを感じ取りながら、長門村正は残心するよう吐気し、その横を斬り捨てられたようにもつれ込んで鉄馬丈はグラウンドに倒れ伏す。

 

 常に線路から10cmのズレなく進撃する『人間重機関車』が、線路から外れるだけでも大騒ぎなのに、撃沈された。

 この不倒神話のホットラインが断絶された脱線事故に、誰よりも衝撃を受けたのは、キッド。命令絶対順守の幼馴染が崩れ落ちる様に、照準を見定めようとした瞳孔が揺れる。事前の作戦にて、最も成功率の高い鉄馬をターゲットにしていた早撃ち(パス)が中止せざるを得ない事態に、その頭脳の回転もこの時ばかりは止まってしまっていた。

 

 ――これを狙わない泥門ではない。

 

「いけェェ! 糞チビ!!」

 

 抜き放とうとした拳銃が弾詰まりし(ジャムっ)たように、固まる神速の射撃手。

 そこへ、クォーターバックに真っ直ぐ突撃するシューティングスター。

 その正体はアイシールド21。

 常にギリギリを見極めて、早撃ちで躱すキッドだが、その黄金の脚はゼロからの急加速が凄まじいチェンジ・オブ・ペース。一気にトップスピードに達してくる光速の『電撃突撃』に、キッドは致命的なほど反応が一手遅れてしまっていた。

 

「やらせるか、セナ!」

 

 しかしそれは甲斐谷陸に阻まれる。西部の全員が、鉄馬が倒されたことにけして小さくない衝撃を受ける中で一足早く回復した甲斐谷陸は、咄嗟にクォーターバックを守るパスプロテクションに入った。

 

「キッドさん!」

 

 この叱咤に今度こそは、ハッと意識が戻るキッド。

 ここで倒されるわけにはいかず、危険地帯(ゴールエリア)から脱しなければならない。必ずパスを成功させなければならず……だが、鉄馬丈撃破の動揺を突かれ、左サイドの刃牙と波多も泥門の黒木と瀧に『バンプ』をもらってしまってバランスがガタガタ、とてもパスを取れる状態ではなく。

 ――ひとり、レシーバーの中で駆け引きが最も巧みな(はざま)がマッチアップしたモン太を躱して、駆け出しているのを視界で捉えた。

 

 

 ~~~

 

 

 畜生ッ! ヘマしちまった……!

 栗田さん、ヒル魔さん、ムサシさんの三人が西部の攻撃を削った。

 長門が腕怪我してるっつうのに、鉄馬さんを止めて、セナもあと一歩のところまであのキッドさんに迫った。

 だというのに、俺がどつく(バンプ)を躱されちまうなんて……! 台無しもいいとこじゃねぇか!

 

 喧嘩慣れした黒木のようにパンチスピードは速くないし、長門や瀧のように手足(リーチ)が長いわけじゃねぇけどよ!

 畜生! 畜生……!! だったら――!!

 

(汚名挽回! 振り返るためのエネルギーも全部注ぎ込め……!)

 

 ああ、そうだ! 夏休みのアメリカ合宿、ビーチフットでキッドさんの(ボール)を受けたのを思い出せ! 見なくたって弾道はイメージできる! 風向きも全身で感じ取ってる! 絶対に諦めるな! キャッチ勝負だけは絶対に負けられない――!

 

 

 ~~~

 

 

 ――ゾア! と。

 なんだ、今の悪寒は。

 わからない、確実に通るはずのマークが外れた間へのパスが、モン太には届く間合いではないのを測り取っているのに――だが感じた。今、投げれば確実に()られる。

 

 思考速度、そして、投球速度のハンドスピードが早撃ちのキッドはパスを投げる寸前で、止めた。

 

 

 だが、そこでタイムリミットだった。

 

 

「「「「「どおおりゃあぁあ!!」」」」」

 

 ラインの壁が保つ時間は平均して、3~4秒。

 しかし、今の泥門、火が付いたのは栗田だけでなく、十文字らも力を爆発。3秒もかからずに壁を崩壊させ、その中で最も小兵が、風穴を潜り抜け、キッドの死角より突貫した。

 

「フゴーッ!!」

 

 師匠栗田の燃える闘志が伝播した小結大吉。豆タンクのサックがキッドを捉え、押し倒した。

 

 この東京秋季大会で誰にも止められなかった西部の攻撃が初めて失敗。

 そして、ゴールエリアで倒されたため、西部ワイルドガンマンズ、自殺点(セイフティー)

 二点が追加され、18対28。

 さらに、自殺点であるため、もう一回泥門の攻撃になる。

 

 

(ヒル魔さんならここに――!)

『泥門パス成功ーー!!』

 

 そして、泥門の攻撃、今度は雪光学の『速選ルート』が炸裂する。

 隙間を把握するやアドリブでコース変更をしてくる判断力に長けたレシーバーの加入に、果敢に突撃する西部のプレイスタイルを躊躇するようになり、リズムが崩れる。

 

「アハーハー!」

『泥門パス成功! 連続攻撃権獲得!』

 

 そこへ今度は長身で柳のように柔軟に相手の押しを躱してくる瀧へのショートパスも織り交ぜてくる。

 前回の攻撃でランによる中央突破を印象付けてからの連続パスに大きく前進した泥門は、最後に長距離砲キッカー武蔵――

 

「ひぃいい重っ!! でも、ムサシさんのキックの邪魔は……」

「指一本させやしねー!!」

 

『入ったァーーー! フィールドゴールキック!! 21対28! ついに7点差! 泥門、一タッチダウンで逆転できる得点差になったァァーー!!』

 

 

 そして、泥門デビルバッツ、この勢いづいた流れを攻撃だけに留めず、守備でもさらに仕掛ける。

 

 

 ~~~

 

 

 信じられない。

 あんな絶望的だった差を、こうも覆してくるなんて……

 

 しかし、西部もこのままではいかないだろう。

 前回で攻撃失敗し手痛い自殺点を被ってしまった次の回だけに、一層奮起して仕掛けてくるはずだ。

 それに対し、泥門……長門はどう対抗する気か。

 

「おい筧、あれって俺達の……!」

 

 その陣形に真っ先に勘付いた水町が声を挙げる。

 そう、最前列のディフェンスラインにいるはずの十文字が、後衛に下がっていた。

 

『おおっと泥門デビルバッツ! この陣形はまさか、巨深ポセイドンの『ポセイドン』かーー!?』

 

 新たに加わった十文字、それに黒木、瀧、そして、鉄馬丈のマークをモン太と交代した長門が横一列に並んでいる。

 解説の評した通り、巨深が切り札にしていた『ポセイドン』だ。

 ラインバッカーを4人も配置することで、相手の攻撃を広くパスもランも全部を防ぐ。

 

「これまでどこにも止められなかった西部の『ショットガン』を本気で止めるつもりなのか、泥門!」

 

 

 ~~~

 

 

(ちょっと、これはマズいねぇ……)

 

 前半が良すぎた。後半に来てこの追い上げられ方は、プレッシャーが洒落にならない。

 追い打ちに隠し玉を出してきたとなれば、チームの雰囲気は否応にも緊張感が増す。

 特に顕著なのがキッカーの佐保で、ヘルメットの留め金の位置も把握できず震えっ放しだ。

 

「大丈夫です、佐保さん」

 

 けれど、それを西部の次代エース、一年生ながら頼もしい陸が手を差し出し、フォローをする。自分の失手で相手を勢いづかせてしまっただけに声をかけづらかったので、助かった。

 走りのテクニックはもちろんだが、肝の座り方に心構えがルーキーなんて呼べない。先輩としてうかうかはしていられない。

 だが、

 

 

「十文字、黒木、それと瀧、もっと外側へ寄ってくれていいぞ」

 

 

 それは、あちらも同じか。

 巨深は4人が等間隔に並んでいたが、長門が抑える中央のゾーンは、広い。一人で二人分の守備範囲を担当していると言ってもいい。

 その分だけ他の面子を外側へ配置を固めさせているので、レシーバーへのパスが投げにくくなるも、それだけ穴は広がる。

 巨深ポセイドンに倣ったかと思われるその守備陣形は、確かに広範囲にこちらの『ショットガン』に対応できるかもしれないが、当然、欠点はあるものだ。

 十文字が後ろに下がった分、(ライン)の人数が減り、中央突破のチャンスが増す。そこへさらに穴を広げるように長門は指示を出している。

 

「鉄馬さんを押さえたくらいでいい気になるなよ」

 

 これを見て、面白くなさそうに眉を顰めるのは、陸。

 

「ええ、絶対負けません。アイシールド21にも、長門にも……!」

 

 しっかりしているようで、青臭い彼がムキになるのも仕方がない。

 トップクラスのラインマン・栗田が中核を担うので、弱点である前線の人数的不利を補えると見込んで、この博打(リスク)を容認したのだろうが、現時点で、西部のラン――つまり、陸の『ロデオドライブ』は、長門を抜け切ることは叶わないでいる。

 そして、すし詰めの中央を強引に突破するには、スピードよりも体格の方が必要になってくる要素。

 “だから、中央の走りを手薄にしたところで、問題はない”……と陸には泥門がそう挑発じみた意思表示をしているように思えてならないのだ。

 

(ちょっと熱くなり過ぎてるようだけど……。こんな単純な手をヒル魔氏が打ってくるとは思えない)

 

 この陣形は、少しの前進をされるのを覚悟している。一発奪取はあまり見込めず、本来であればリードしている時にこそ効果を最大限に発揮できるものだろう。トドメを刺す時に出す作戦だ。

 そう。

 『爆破』での中央突破と言い、時間をロスする作戦をするのは、追いついてきたとは言え、21対28で負けているこの状況ではかえって逆効果になる。

 

 ヒル魔がこの程度で西部を抑え込めると考えているわけがない。

 ならば、何かがあるはずで……しかし、それがわからない。

 

 

「SET! ――」

 

 

 攻撃開始の号令を上げた途端、中央を陣取る人物からの圧が高まった。

 ――否、威圧感がより一点に、自身に焦点をあてて絞られたのだ。

 

 こちらの……司令塔である投手(クォーターバック)の動きを監視している。

 一挙一動そのすべてを逃さず。

 これは、千石サムライズ戦で見せた、『クォーターバック・スパイ』だ。

 

 『将を射んとする者はまず馬を射よ』に倣えば、”馬”は落とした。

 相手へ最大限に衝撃を与える機と見込んで、ついに悪魔の指揮官は『妖刀(ジョーカー)』は抜いてきた。

 

 ようやく、気づく。

 こうも直接に対峙(マーク)されたのは初めてだが、わかった。

 この試合、ヒル魔妖一がその“懐刀”を差し向けたかったのは、陸でも鉄馬でもなく、自分(キッド)だったことを。

 

 

 ~~~

 

 

 その異名は、“ヒル魔()一の()”などから由来されているとも言われている。

 

 長門村正の中学時代、たった今この西部の攻撃力の大半を削り取った三人と勝負する日々は、自ずと鍛えられる。

 栗田の重圧を相手にしてきた四肢。

 武蔵の薫陶で、怠らず徹底的に詰んできた基礎。

 ヒル魔の奇策奇手に惑わされぬよう鍛えられた眼力。

 三人をひとりで相手にしてきた彼は、元々守備タイプだったその本能的な直感(センス)より研いでいくように冴えさせてきた。

 

 そして、これまで見させてきた。

 

 王城との練習試合、0対99で大敗を喫した、恥を晒すことになる記録ビデオを送り付け、後輩に研究させたときと同じように。

 

 ヒル魔妖一はその前半、無茶にも幾度となく『電撃突撃』を仕掛けさせ、キッドにパスを投げさせた。

 これまでの試合で抜いていたのとは違う、間近で、生の、『神速の早撃ち』を観察させた。

 それは、雪光学が相手ディフェンスの動きを研究するのと同等の効果をもたらしていた。

 

 そこにあるのは、ある種の執念と信頼。

 

 皮を切らせて肉を裂き。

 肉を切らせて骨を断つ。

 それでもダメならば、骨を拾わせ糧にさせる。

 

 一度も長門村正にはキッドへ『電撃突撃』を仕掛けさせなかったのはこのことを隠すため。

 布石はずっと前から打たれていた。

 

 そう、長門村正は、天才、それも一人の先生と三人の先輩により“怪物”に仕立てられた天才だった。

 

 

 ~~~

 

 

「――HUT!」

 

 まさしく一髪千鈞を引く。

 その時、それを目撃した人間は、弾丸を居合抜きで切り落とす様が幻視された。

 西部のキッドがパスを投げた――瞬間、跳び上がった泥門の長門がそのパスを弾き飛ばしたのだ。

 

 

「うおおおお、高ぇえええええ!!」

 

 

 巨深ポセイドンの『高波(ハイウェーブ)』に比べて、高さが足りない泥門だが、ひとりだけそれに比する身長の長門。

 その長門は、自分よりもアメリカンフットボール選手として究極の域にいる。純粋な敬意を覚えるほどに。

 

「やっぱすげぇな! 筧、あいつひとりで『ポセイドン』をやってるんじゃねーか?」

 

 “ひとりポセイドン”? いいや、あれは違う。そんなもんじゃない。

 筧の脳裏に過ったのは、留学中で見た、本場アメリカの選手。ノートルダム大の『アイシールド21』に並ぶアメリカトッププレイヤーで、アメリカ最()のラインバッカーと名高いタタンカ。

 『人間ドーム』などと称される、高身長、長い腕、ジャンプ力で全てのパスを叩き落とす制空圏。

 守備範囲が平面に広いだけでなく、三次元に高いのだ。

 

(長門村正……その瞬間的な守備範囲ならば、日本最速のラインバッカー・進清十郎をも上回っている!)

 

 水町の隣で先輩の小判鮫先輩が蒼褪めた顔で、同情気味に、

 

「あはははははは、長門君バイヤー……ヤバすぎ。あんなのパス投げるところがないじゃん」

 

 他の面子でパスコースを限定させるよう外側を固めてもらった上で、『人間ドーム』が『クォーターバック・スパイ』なんてマンマークにつかされるなど、クォーターバックには悪夢だろう。

 

 

 ~~~

 

 

 『神速の早撃ち』を切り落とす『神速の抜刀術』めいたディフェンス。

 

「ケケケ、糞カタナのヤツ、キッドよりも()()()()動きやがるとはいよいよ獣じみてきやがる」

 

 高さもさることながら、何より目を瞠ったのは、プレイを読んでいたこと。

 前半のキッドが入れたフェイント……あれに反応できたのは、自分(ヒル魔)を除けば、あの後輩だけだ。

 そして、今。

 0.2秒を上回るキッドの投擲速度を上回る長門の反応速度。『神速の早撃ち』を弾くなど、まさに『神速のインパルス』に匹敵する。

 前半をめいっぱいに費やして観察させた“武者小路紫苑”に限って言うなら、『百年に一度の天才』に迫る。あれはもう、集中力と反射速度が最高速度を超えている、火事場の馬鹿力めいたリミッターが外れてる状態だ。

 

 

 ~~~

 

 

 前半で、あの手この手と奇策を弄してきたヒル魔妖一とはまた違ったタイプで、すこぶる油断ならない相手。

 小細工とかじゃない。

 その性能(スペック)で強引に道理を捻じ伏せてくる。

 そう、確かにあれは紛れもなく、“天才”だ。

 

「~~~っ! GUN! GUN! いけー、キッド! 何としてでも点を獲るんだー!!」

 

 監督が発破をかけてくるが、固い生唾が邪魔でコールが喉元からなかなか出てこない。

 頭の回転が速いだけに否応に理解が早い。その制空圏の広さは把握し切れないが、その前をどこへ投げても切り落とされるイメージがある。彼の守備範囲は常人のそれを遥かに超えている。生半可な攻めは逆に危険だ。

 事実、連続でこちらのパスは防がれている。

 

 戦慄が、氷よりも冷たい液体となって血管を駆け巡る。鷲掴みにされたように収縮する心筋、この感覚が、あの時のことを思い出せる。

 

 ――人間分相応。

 

 デジタル射撃、全国大会……5位入賞。

 優秀な成績だが、1位優勝ではない、表彰台にも乗れない、自分よりも上に立つ人間の背中を見せられるそんな立ち位置。

 あの苦み走った感情が口内を占める。

 

 “勝たなきゃ、ダメだ――勝たないと全部が――”

 

 それと一緒に、過去に置いてきた残響(こえ)が去来した。

 

 

 ~~~

 

 

 これまでの試合……武蔵先輩(キッカー)がいない分、自分がしっかりしなければという意識が強かったが、今はその気負いがない。100%プレイに集中できる。

 雑念がなくなり、目の前の相手(キッド)だけではなく、他のパスターゲット(レシーバー)からそのマークにつく味方の位置や動きまでも把握できるほどに視野が広がっている。

 そして、『神速の早撃ち』の目にも映らぬパスモーションが、見えていた。

 

 周囲の声援も遠い、白黒(モノクロ)な景色で、挙動から予測した通りの弾道(コース)を通過するボール、その回転まで見極める。

 

 弾ける……――いや、捕れる。

 

 それは、こちらが想定したのよりも、狙いが甘い球だった。

 跳んで、左腕を伸ばす。五指同時にボールを掴み、瞬間、回転に逆らわず手首をボールに巻き込むように捻り挟む。

 

『な、なななななんと! 長門選手! キッドの『クイック&ファイア』を、片手(ワンハンド)キャッチでインターセプト!』

 

 弾丸のように鋭い錐揉み回転しながら飛ぶパスを、激しく回転するベーゴマを摘み取るのと同じ要領で獲る。

 単純な(キャッチ)力だけではない、手首が強靭かつ柔軟、そして、手先の器用さが求められる繊細な芸当を瞬発的にこなさなければならないスーパープレイを長門村正は成功させた。

 もはやこれは、巨神がその威容で圧倒する『ポセイドン』ではない、四方八方全方位に触手()を伸ばして獲物を搦め捕る海の悪魔『クラーケン』と称する方が相応しいか。

 

(チャンスだ――!)

 

 ボールを捕って、着地。

 片手キャッチというスーパープレイか、それともインターセプトというビックプレイか。それともその両方か。

 とにかく、そのインパクトに西部は反応が固まっていた。アナウンスが響いても、目を大きく見張らせて、すぐ動けないでいる。

 ――そこを走り抜ける。

 

「と、止めろー! 早くそいつを止めるんだ! ゴールを狙ってるぞーー!!」

 

 西部の監督が飛ばす声に、我に返る西部。しかし、遅い。

 

「うおおおお、止まらねぇえええ!! もう3人ぶち抜いたァあああ!!」

 

 泥門側も事態に追いついていない急な展開だが、独走状態に入る。

 フィールドを埋め尽くす光の走路(デイライト)が視えている。そこを目指しながら、カットステップとクロスステップオーバーを激しく切り込み、鋭くバックステップを刻み入れる。

 

「――スピードだけは負けられない……!」

 

 単独で道を阻む西部を抜き去っていたが、追い縋る影。

 『ロデオドライブ』の最高速を超える120%のスピードのタックル。

 これまでセナが抜け切れていない甲斐谷陸のタックルが腰を捉えた。

 

「甲斐谷陸、東京地区の秋季大会で俺を捉えたのは、お前が初めてだ。――だが、これからが本番だ!」

 

 アイシールド21ならば、これで止められただろう。

 だか、この程度では己は倒れない。捕まろうが、潰しに掛かろうが、強引に押し通る――!

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

 間近で聞いた甲斐谷陸が軽く脳震盪を起こしかけるほどの雄叫び。

 ボールを抱える左腕にビキビキと血管が浮かび上がり、肥大化する太股が馬力の程を示す。

 腰に甲斐谷陸を抱き着かせたまま、前進する――

 

(この……っ! 俺達には、一生かかっても手が届かない、アメリカンフットボールの原点の走り……!)

 

 猛烈な勢いに、腕を振り切られてしまいそうになる。必死に倒そうとしているがまるで屈さない。圧倒的な理不尽に、甲斐谷陸が折れかけた……その時だった。

 

 ――汽笛が鳴る。

 

「お゛お゛お゛おおおおおお!!!」

 

 っ!

 暴れ馬(ロデオ)を落ちるその間際に、鋼の機関車(アイアンホース)が間に合った。寡黙な鉄仮面の男が激情を露に、“キッドからボールを奪ってくれた長門村正(こちら)”に突撃。甲斐谷陸と鉄馬丈は二人がかりで、フィールドへ押し倒した。


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