悪魔の妖刀   作:背番号88

22 / 55
22話

 ……おかしい。

 

 相手レシーバーへの『バンプ』

 先輩の俺らよりも徹底してしごかれて、『二本刀』の技術の全てを叩きこまれたというのに、利き腕ではない左腕を使った。

 他は右手で対面の相手のちょうど真正面心臓部をどついたというのに、どうしてそんな手を抜くような真似を……?

 ヒル魔の作戦か、それとも……――

 

「……いや、関係ねぇ」

 

 あれこれ推察したところで、意味がない。俺はあいつらと関わる権利を蹴っ飛ばしてここにいる。そんな彼方へ置き去りにした過去は取り返しがつかず、そして……(これ)も過去になる。

 だから、立ち止まってもどうしようもない。これ以上の懐古を伴ってしまう問答は切り上げた。

 さっさとあの糞親父の見舞いに行く。

 

 そうテレビから振り切っても、それでも腹の底には切り捨てられぬ蟠りが燻ってその足取りをいやに重くしていた。

 

 

 ~~~

 

 

 誰にも止められない攻撃が持ち味の西部ワイルドガンマンズ。

 と言われると“守備は弱い”というイメージがあるが、そうではない。言うなれば西部の守備は、“誰も止まらない”。

 

『今度は西部のディフェンス! 泥門のパスを潰しに、いきなりヒル魔に猛ラッシュだー!!』

 

 攻撃権が泥門に移っての、最初の攻撃。この序盤でいきなり、様子見などなく突っ込んでくる西部のディフェンス。

 

「ひぃ! あんな奥から陸まで突っ込んできた!」

 

 本来であれば、ディフェンスラインやラインバッカーを突破した相手オフェンスを阻止する“最後の砦”であるセーフティの甲斐谷陸でさえ、果敢に『電撃突撃』を敢行する思いきりが良すぎる西部の守備。

 

「これが西部だセナ! 斬られても斬る! 守備の時でも攻撃する!!」

 

 格下である恋ヶ浜キューピッドを相手に10失点を許しているが、それは多少の失点は覚悟で、常に一発奪取を狙いに来る結果。試合中盤で125点と獲り、百点差以上の大差をつけたのも、この姿勢によるものだ。

 

「ほぉ~、面白ぇ。見りゃ見るほど泥門とポリシーソックリじゃねぇか!」

 

「そうだよみんなー!」

 

 だが、超攻撃型は、こちらも同じ。

 オフェンスにこそ泥門デビルバッツは真価を発揮するチーム。

 

「99点取られてもー!」

『100点取りゃ勝つ!!』

 

 栗田先輩以外はアメフト始めて一年未満の泥門ラインだが、そう簡単に突破を許さない。軽トラを押してアメリカ大陸を横断したライン陣は、『電撃突撃』が切り込む隙間を開かせない。

 ガッチリと司令塔ヒル魔が潰されないように支える。

 そして、発射台を狙って飛びつけば、当然、その分だけ敵陣地に空白が生まれる。――レシーバーの出番だ。

 

「モン太!!」

「しゃああああ!」

 

 パスというよりもレーザービームとも称するべきヒル魔妖一のスパルタな弾丸直球(ブレットパス)。この指紋がかき消えてしまいかねないほどの高速回転する弾道を、モン太は体全体で捕えるようにキャッチ。

 

『泥門パス成功! さらに連続攻撃権を獲得ー!!』

 

 やられたらやり返すとばかりに強烈なパスプレイを決めてくる泥門デビルバッツ。

 

「仇は取ってやったぜ長門!!」

 

「別にやられたわけじゃないが、流石だモン太。それにラインもな」

 

 パスキャッチをしたモン太が目立つが、今のプレイの陰の功労者はやはり栗田先輩、小結、十文字、戸叶、黒木達ライン。壁がああも完璧に攻撃の起点であるクォーターバックを守ってくれれば通らないパスも通る。

 

 

 だが、相手西部のラインもこのままでとはいかない。

 

「やーっと、現れてくれやがった! この牛島の二本の角で殺る価値のある獲物がよォォ~!!」

 

 西部ワイルドガンマンズの主将にして、ディフェンスラインの要のバッファロー牛島。

 身長186cm、体重104kgの体格に、40ヤード走5秒5でベンチプレス120kgの身体能力。そして、太く逞しい豪腕は猛牛の角のよう。

 

「トーナメント表見りゃわかるがよォ、俺らがここまでぶっ倒してきた(ライン)ども、どいつもこいつもカスカスでよォ。アメリカ合宿で編み出した技使うまでもなくて退屈で死んじまいそうだったのよォォ!」

 

 “超攻撃至上主義”で、相手ラインを塞き止めるのではなく、打ち倒す。その貪欲な破壊本能を満たしてくれる強敵を欲した爆腕猛牛は喜びに吼える。

 そして――

 

「食らいやがれ、『二本の角(デュアルホーン)』!!」

 

 ボールがクォーターバックのヒル魔先輩に渡ると同時に、解き放たれた西部の猛牛が泥門ラインに襲い掛かる。

 

「か……!?」

 

 対面のディフェンスタックル十文字の脇腹に、牛島の腕が抉り込む。まるでプロレス技のウエスタンラリアット。さらに、動作は連動している。一撃で終わらす気がないのは明白。

 

「次が来るぞ、十文字!」

 

 だが、十文字達は対応できない。反対側の左腕、すなわち“二本目の角”が泥門ラインをかち上げた。

 

 壁崩しの重爆殺法『二本の角』

 右の豪腕で破壊対象の脇腹を痛撃、これに瞬間的な呼吸困難に陥った獲物は必然として動きを止める。そこへすかさず、隙を晒した相手ラインを左の爆腕をかち上げ式に直撃させる――

 

 太陽スフィンクスの超重量級の『ピラミッドライン』、NASAエイリアンズの強靭な肉体で跳ね返す『マッスルバリヤー』、千石サムライズの連携を駆使した最先端の戦略、柱谷ディアーズの弛まず積み上げてきた基礎、巨深ポセイドンズの比類なき高さ、とこれまで経験してきたのとはまた異なる、格闘戦の土俵に持ち込んでくる荒々しい西部ワイルドガンマンズのライン。

 アメリカンフットボールは突き詰めれば球技ですらない。拳を使った格闘技、喧嘩殺法の世界。

 

 暴れ牛の如く相手ライン撃殺を目的に編み出された、豪快な技でもって、ラインを突破した牛島。

 

「食らいやがれ、『妖刀』! 『二本の角』!!」

 

 振り上げられた豪腕。

 ヒル魔先輩からすでにボールはセナへ渡され、その走路を開くためのリードブロックに入っている。

 襲い掛かる障害から背に負う味方を守護するために、その障害を潰す。己の為でなく、勝利のために敵を降す。

 『護るための殺意』を滾らせて、『妖刀』は迎え撃つ。

 

「ぐっ――行け、アイシールド21!」

 

「!! 一度で『二本の角』を……!?」

 

 『二本の角』……以前、小結が仕掛けてきた『リップ』の連続技と発想が同じだったのが幸いして、一目で対応できた。

 セナに教えている『デビルスタンガン』の源流である空手の回し受けの技術で、牛島の豪腕を受け……止めて、一瞬の隙間を強引にこじ開けさせるとそこへ狙い澄まし、この瞬間に一点集中に込めた、肘からの打撃『粉砕(シバー)ヒット』を炸裂!

 

『激し過ぎる! 西部牛島の超攻撃を超攻撃で打ち破る泥門長門!』

 

 敵の第一陣を跳ね除ければ、泥門デビルバッツランニングバックのアイシールド21・セナが素早く切り込む。

 

「ハ! 喧嘩殺法か」

「はぁ! 望むところだぜ」

「はぁああ! 乗ってやろうじゃねぇか西部!」

 

 テメェらだけの専売特許じゃねぇ!! ステゴロは俺達の得意分野だ!!

 蹴散らされたかと思われた戸叶、十文字、黒木が負けん気で復活して即座に食らいつく。通常のブロックとは違う、不良時代で培った拳打(パンチ)の応酬でもって、西部のラインたちと乱闘を繰り広げ、そして、さらに走路(ルート)を大きくこじ開けた。

 

(行ける! これだけブロックしてくれれば、走れるルートは……!)

 

 ――アイシールドの視界に、光り輝く道が見える。

 

『おお! アイシールド21! 急ブレーキと爆走の往復ビンタで西部ディフェンスを次々躱していくー!』

 

 西部のランニングバック・甲斐谷陸の洗練されたステップワークとはまるで違う。

 練習量に飽かせた強引な加減速。天然のチェンジ・オブ・ペース。

 西部の後衛を翻弄し、置き去りにする。ただひとり、セーフティの甲斐谷陸が追いかけるも、出だしの距離が遠い。ヒル魔に『電撃突撃』を仕掛け、深く切り込んでいた。それでも脚を緩めない西部快速のルーキーエース。

 

(引き離……せない!)

(差が詰まらない……!!)

 

 走る二人の間合いは一定――両者、スピードの差は互角。

 だから、この追いかけっこ(デッドヒート)は、やはり最初のスタート位置で勝敗を別った。

 

 

 ~~~

 

 

『タッチダーゥン!!』

 

 試合開始わずか数分で2本目のタッチダウン。

 殴り合いなんて生易しい攻撃力ではない、マシンガンの撃ち合いのごとき試合展開。

 どちらかが弾切れを起こした時、一気にゲームは傾くだろう。

 

「……っ」

 

 右手を握りしめる。力は…………本調子というにはほど遠いか。

 震える拳を見つめていると、近寄る気配に気づく。大吉だ。

 

「フゴッ?」

 

「なに、相手のアタックに腕が少々痺れてな。だが、大吉との対戦経験のおかげで、反撃できた。お前の腕っぷしを体験してなければ危うかった」

 

「フゴフゴ」

 

 ウンウン頷く大吉。

 こちらも良い経験をさせてもらっているとパワフルに笑み返す。

 

「……この調子で、西部の攻撃を止めておきたいが」

 

 

 ~~~

 

 

『怒涛の攻撃波を繰り出す西部! 続けて連続攻撃権獲得です!』

 

 鉄馬対長門で勢いづいた西部のオフェンスは止まらない。

 どうやら前衛(ライン)勝負は両者互角。ならば、この試合の鍵を握るのは最強攻撃力の核をなす後衛陣だが……

 

「SET! HUT!」

 

『『ロデオドライブ』炸裂ー!! 15ヤード前進!!』

 

 ランナーの甲斐谷陸をアイシールド21は止められない。春の大会時よりも走りの技術は見違えるように磨かれてきているが、守備には相手の動きを読む動物的本能が要求される。経験の浅い選手にはそれがなく、『ロデオドライブ』の洗練された緩急に間合いを測り切れず対応が後手後手になって抜かされている。

 

「SET! HUT! HUT!」

 

『『ショットガン』止まりません!! 連続で連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!!』

 

 レシーバーの鉄馬丈を長門村正は止められない。『バンプ』と『バック走』、どちらも高水準の技能を駆使して阻もうとしているが、『人間重機関車』はそれを強引に押し通る。流石にああも張り付けられたらキッドもパスを投げ難そうにしているが、それでも投げれば必ず捕る。このキッド――鉄馬のホットラインという絶対的な支柱があるおかげで、他の選手も思い切りが出せて、そしてそれは『ショットガン』のプレイ向上に繋がっていく。

 

(しかし……)

 

 精神論を否定するわけではないが、ああも止められないのは少し腑に落ちない。

 ベンチプレス155kg、40ヤード走4秒5、そして、身長193cm、と脚の速さ以外で進を上回っているパーフェクトプレイヤー。性能上では一年生ながら長門村正の方が鉄馬丈よりも上なのだ。実際、春の大会では、進を相手に互角の勝負で渡り合った。その彼ならば鉄馬丈を相手でもビックプレイであるインターセプトだって狙えるだろうに。

 この泥門対西部戦を視察する王城ホワイトナイツ、高見伊知郎の疑問を感じ取ったか、険しく目を細めている進が口を開いた。

 

「長門村正は、ブレーキをかけている」

 

「何……?」

 

 これに桜庭が反応する。

 

「つまり、手加減してるってことか進?」

 

「違う」

 

 手を抜いているわけではない。なのに、全力で競り合うのを躊躇する……

 

(まさか――!)

 

 ヒル魔妖一の懐刀にして、泥門デビルバッツに所属する最大戦力の長門村正。一人でゲームの趨勢を変えるジョーカー。最強の手札を作り出す五枚目のエース。その真価は巨深戦で見せている。その攻撃の鬼がやけに大人しく、先の泥門攻撃時でもそうだったが、これまでボールに一度も触れていない――違う、触れようとしていない。

 

 まだ試合は序盤。

 ヒル魔妖一の戦術理論(せいかく)に出し惜しみというのはあまり考えられないが、結論を出すには早い。しかし、もしもそうだとすれば……泥門はあまりに厳しい展開。

 

「それに問題なのは、もうひとつ――ヒル魔対キッドもだ」

 

 泥門が積んだ『ショットガン』対策、『バンプ』は、徐々に西部のレシーバーたちも慣れてきて、心臓狙いを躱しつつある。

 そして、最初の印象付けとしては効果的だった『電撃突撃』――これを、ヒル魔妖一は連発して全てが不発になっている。

 

『なんと……! ヒル魔、懲りずにまたまたキッドに突っ込んだーー!?』

 

 キッドの『神速の早撃ち』は進にも阻止し得ない速度領域。意識外から攻められた一回目は良かったが、だからといって、それがそう易々と通用するはずがないのだ。奇襲は事前に悟られていれば愚策。なのに、やけっぱちになったようにヒル魔は守備の持ち場を離れて突貫する。それでがら空きとなった守備陣(ゾーン)へキッドは逃さずパスを投じる。長門村正が鉄馬丈のマンマークに張り付いてしまっている以上、これのカバーに入ることはできず、『ショットガン』は決まってしまう。ワンプレイごとに西部はゴールへと連続で前進し続けている。

 

『キッド君のパスが止まらないー!! ガン! ガン! 押し込んでく西部ワイルドガンマンズ!!』

 

 ヒル魔の特攻は収まらない。むしろ酷くなっている。キッドに『電撃突撃』を仕掛けさせる人数を増やしている。

 『神速の早撃ち』相手に無謀すぎる。

 突っ込んできて後衛守備の人数を減らしてしまえば、キッドは100%パスを通す。

 

 

「ヒル魔~~、そろそろもう……」

「いいからもっとバシバシ突っ込め! あの糞ゲジ眉毛ぶっ潰してやんだよ!!」

 

 

 これには流石に泥門陣営も司令塔の無謀な指揮に不安が隠し切れていない。

 

(あのヒル魔がどうしてこんなヤケを……何かで冷静さを失っているとしか考えられない)

 

 『策士策に溺れる』

 キッドの予想の0.2秒を上回る早撃ちに、ヒル魔の計算が狂わされているのか。コンピュータのような知能も一度計算外のことが起きるとあまりに脆く、修正が効かなくなってしまう。

 と、そこで、

 

「あれ? なんかベンチからまも姉さんがサイン送ってる」

 

 マネージャーの若菜がそれに気づく。視点をそちらに向ければ、確かに泥門ベンチからマネージャーの姉崎まもりが手話のようなハンドサインをヒル魔に向けて行っていた。

 

「随分長いね。作戦ってより何か話を伝えてるみたいな……」

 

 桜庭の感想――だが、それは正鵠を射ているように高見には思えた。

 

 

「わかった!!」

 

 

 思わず、席を立ってしまう。

 ヒル魔、なんて奴だ……! 最初の『電撃突撃』の失敗も織り込み済み。その後のキッドを煽っての早撃ちスピードアップさせたのも、それに驚いてみせたのも、全てが仕込み。

 この、早過ぎる早撃ちを逆手に取った罠を敷くための。

 

 

 ~~~

 

 

 

『今度は黒木が突撃ーー!!』

 

 泥門の守備、ラインバッカーに入っている黒木が『電撃突撃』を仕掛ける。

 そのせいで、中央の守備(ゾーン)が空いた。()()()誰もそのフォローに入れない。パスカットにしては位置が遠すぎるし、ただでさえ西部の超攻撃を押さえるのに他を庇える余裕などないのだ。

 

「追加点ゲットォ! タッチダウンを投げ込めキッドォ!」

 

 西部の監督が気の早い号砲を打ち鳴らす。

 だが、既にゴールエリアは目前、このパスが通れば西部ワイルドガンマンズの連続タッチダウンが決まる。

 だから何としてでも、泥門は『電撃突撃』を決めなければならなかったが、『クイック&ファイア』は速かった――

 

 

 ――()った!!

 

 

 黒木がマークしていたレシーバーの刃牙がフリーでゴールエリアへ駆け込む――その前を遮る大きな“壁”。

 それは、泥門のセンター・栗田良寛。

 

「なにィィィィィ!!? なんで、前衛の壁の、それも超鈍足の栗田が……!!?」

 

 そこは()()()()()()()のスペースだった。

 だが、縦にも横にも大きな巨漢の栗田に前につけられて、パスターゲットの刃牙の姿は見えなくなる。これを押してどかそうにも超重量の栗田はビクともしない。

 

 ――『入替(ゾーン)ブリッツ』

 千石サムライズが仕掛けてきた戦術と同じ。

 

 『電撃突撃(ブリッツ)』の弱点を逆手に取る。守備に穴が空いてしまうことで、そのポイントに相手のパスを誘導させる。

 

 そして、キッドはヒル魔がここまで打ってきた布石――煽りとプレッシャーでさらにスピードアップを仕向けられた“早撃ち”は、早過ぎた。この栗田の罠に気付くため時間は削られていた。

 

「やった栗田さん!」

「パスぶんどりキャッチー!!」

 

 体格の差、それに思わぬ『入替ブリッツ』を成功させた栗田は西部の刃牙相手にパスカットする絶好の位置取り(ポジション)を確保。

 前衛の壁一筋で、あまりボールに触れる機会のない栗田は、パスキャッチに緊張するも、この作戦のために練習を積んできた。だから絶対に捕る――

 

 

「…………あれぇ? パスのボールなんて飛んでない……よ……?」

 

 

 この瞬間、泥門でそれに気づけたのは二人。

 長門とヒル魔は、見た。

 キッドが『神速の早撃ち』で振り抜いた右腕、そこにボールはなく、左脇に抱え込まれているのを。

 

「栗田先輩、(うえ)じゃない! キッドは下だ――!!」

 

 ノーマークの刃牙へパスを投げたかに思われたが、キッドは寸前で『神速の早撃ち』を投げる振りへ切り替えた。

 そして、センター・栗田がバックして開いた前衛の壁の穴から自分で持って走り込む。

 

 長門は、遠い。鉄馬丈のマークについていて、そこから離れてしまっている。対応できるのはセーフティのヒル魔。

 しかし、キッドの方が一枚上だった。

 

(紙一重、だ。だが、その紙一重は分厚い――!)

 

 ヒル魔妖一は、決して超人的な身体能力に恵まれた選手ではない。

 鍛錬と、そして頭脳の運動神経で勝ち抜いてきた男だ。球場で、キッドの咄嗟の走りに反応し、対応できたのはヒル魔だけだったが、それでも遅すぎた

 

「間一髪、だったよ」

 

 そう、キッドは、パスの発射速度だけではなく、その思考判断もまた“神速の早撃ち”であった。

 

『タッチダーゥン!!』

 

 ヒル魔妖一の気取られずに仕込んだ必殺の策に直前で勘付き、そして、即座に対応。この才気煥発の頭脳の早撃ちは、西部に軍配が上がった。

 

 

 ~~~

 

 

 ボーナスのキックゲームも西部は決めて、6対14。

 

 泥門は、西部のオフェンスを止め切ることができない。だから、泥門は何としてでもオフェンスゲームを仕損じるわけにはいかない。

 現状でもキックの差で点差が付けられているが、超火力同士の殴り合いは一度でもチャンスを逃してしまえば一気に展開は傾いてしまう。

 しかし、デビルバッツの渾身の早撃ち潰しの策が失敗した後だけに、全体の立ち直りは難しかった。

 

「セナ、たった二週間の同級生だったあのころから、良くここまで成長したよ――だけど俺に勝つにはまだ早い!」

 

 西部のキックボールをキャッチしたアイシールド21。少しでも距離を稼ごうと西部守備陣に切り込んだセナだったが、その前には甲斐谷陸。

 

 スピードは互角の両者。

 セナは夏休みの『死の行軍(デスマーチ)』で習得した必殺の曲がり(カット)『デビルバットゴースト』で甲斐谷を抜き去ろうとした――が、遅かった。

 

(急に速くなった……??)

 

 一瞬、減速したかに見えたが、次の瞬間にはすぐ前に。

 そうだ。『ロデオドライブ』を使い、タックルでも緩急をつけた。最高速を上回る、120%のスピードで突撃してきた陸に、セナは条件反射的に全身を守る。

 だが、陸の眼は、無防備になったボールのみを狙い澄ましていた。

 

「やっべ、はじかれた!」

 

 タックルが決まり、セナの腕からボールは弾かれ、陸に奪われた。

 

 泥門と西部のランナー勝負。スピードは互角。だが、ボールにかける執念が甲斐谷陸の方が上回っていた。

 

 

 ~~~

 

 

「止ーめーーーてーーーーー!!」

 

 ランナー勝負を制し、勢いづいた暴れ馬はアイシールド21を止めただけでは止まらず。奪ったボールを抱えて、逆にゴールを狙いに来る。

 泥門はこれに対応が遅れた。そして、アイシールド21・セナが倒された以上、甲斐谷陸に追いつけたのは、ひとり。

 

「攻撃権を奪われたが、これ以上点差はつけさせん!」

 

 立ちはだかるは、泥門88番、長門村正。

 開幕で、快走飛ばす甲斐谷陸を仕留めた相手。

 三タテで敗れて、劣勢。これ以上西部を勢い付けさせるわけにはいかない。

 

 甲斐谷陸も、アイシールド21からボールを奪取し、泥門デビルバッツの攻撃の機会を早々に潰した時点で大きく貢献しているが、満足はしないし――ここで逃げる選択肢はない。

 1ヤードでも距離を稼ぐ。そして、プライドに賭けて、勝利する!

 

 

(――決まった!)

 

 衝突する間際、今度こそ『ロデオドライブ』の始動であるグースステップを差し込んだその時だった。

 長門村正の体勢が、左に片寄る。屈指の走りの技術から繰り出されるチェンジ・オブ・ペースの減速に惑わされて、勇み足を踏まされたか。

 すかさず、甲斐谷陸はその反対の右へ躱そうとする。

 

 ――だが、それは誘い。

 

 トッププレイヤーが自然にこなすランナー潰しのコツ。わざと軸を僅かにズラし、避ける方向を誘導するそれ。

 

 長門村正のランナー潰しは異次元の域に達している。

 

(なにっ!!?)

 

 完全に左へ行くと思ったのに、(こっち)へ舵を切ってくる『妖刀』。

 それは、重心の偽装(フェイク)。脇腹に存在する“ガマク”と呼ばれる筋肉を操作し、身体を一切動かす事なく、重心のみを操作する古流空手の妙技。時空を捻じ曲げてくる身体操法は、走者の勘を見事に欺く。

 

「――捉えた!」

「まだだ――!!」

 

 認めよう。いいや、認めている。

 長門村正(こいつ)は、甲斐谷陸(じぶん)よりも、上だ。この東京都大会で新人王を決めるのなら『暴れ馬(ロデオ)』ではなく、『妖刀』

 ――だから、これくらいのことはやってくると陸は()()()()()

 

(この走りは――っ!)

 

 長門の目前で、ランフォースを一刀両断されるはずだった甲斐谷陸が腰を捻って、より曲がる(カット)コースを伸ばし、大外に弧を描く。

 

 これが、『ロデオドライブ』、そのさらに一段上の進化系。

 究極の走テクニック――『ローピング・ロデオドライブ』!

 

 ローピング――投げ縄みたく円を描いて抜く走法は、ラグビーのテクニック『スワープ』。この直前のフェイントに『ロデオドライブ』を甲斐谷陸は組み込んだ。

 

 スピード、パワー、テクニック――この総合力では、負けを認める。

 だが、ただ一ヵ所、その一ヵ所で闘う。

 そう、触れもしないスピードには、どんなパワーも通じない。これが、俺の武器だ長門!

 

 相手に誘導された、だから、なんだ。だったら、その相手の予想以上に踏み込んでやる!

 

 

「――それでも、断ち切る!」

 

 何故なら、一対一(ワンオンワン)で、“時代最強の走者(アイシールド21)”を倒すことを宿願とする『妖刀』は、制空圏に踏み込んだその一切を許さぬことを己に課している。

 常人のそれを遥かに超える野生じみた反射神経。加えてその長身を倒すほど傾ける、無拍子の『縮地』は初動に限り、高校最速の守護神の一突きを超える神速。

 恵まれた体格を持ち、それを十全に躍動させる長門村正は、この大きな一歩で間合いを潰してきた。

 

「その走り、まだ完成度が、甘い!」

 

 陸自身も、できればお披露目は避けたかった『ローピング・ロデオドライブ』。隠し玉としての面もあったが、実戦で人間相手に試すのは初めての必殺技は練度がどうしても不足していた。回り込みながら間合いを広げる独特のステップワークの感覚を完全に掴めているとは言い難かったのだ。

 それでも、この雲の上の超人相手には、全力以上を出さなければ抜けないと判断したのだが……

 

「がっ……!?」

「ちっ……――」

 

 東国無双の一突きが、暴れ馬を貫く――!

 身を捩って逃げる甲斐谷陸へ右腕を伸ばし、『蜻蛉切(スピア)タックル』が決まった。

 

 

 しかし、西部ワイルドガンマンズのランニングバック・甲斐谷陸は、ボールを手放さなかった。ボールを貫かんとする右手から身を盾とするように体を張ってボールを守ったのだ。

 

 

 そして。

 

 長門村正は。

 

 無理やりに伸ばして、獲物を腕一本で捉えた右腕を抱えて、膝をついた。

 

 

 ~~~

 

 

「タイムアウトォォッ!」

 

 ヒル魔さんが、大声で審判に時計を止めさせた。

 場は騒然としている。

 陸を止めたはずの長門君が、立ち上がれないまま、脂汗を滲ませた見るからに険しい顔で、苦悶に喘いでいる。

 

『長門(君)!?』

 

 今のプレイで、そんな怪我するようなことはなかったはず。陸もこれは一体と驚いた表情で見ている。

 

 

『泥門デビルバッツ、選手交代《メンバーチェンジ》です』

 

 

 だが、これに混乱を治めようとする説明はなくて、審判の声が響く。それからそれを要求した溝六先生も大声で、

 

「村正! 交代だ!!」

 

 これに長門君も表に出ていた痛苦を噛み殺して、立ち上がり、

 

「ちょっ……と、待ってください! 攻撃権(ボール)は奪い返せなかったんだ。今抜けるのは」

「指示に従え、糞カタナ」

 

 でも、それをヒル魔さんが一蹴する。

 

「気合いを入れようが、既にバレちまった以上は、“魔除け(けんせい)”も半減だ」

 

「だからって、こんな形で退場だなんて……『ショットガン』も止められていないのに、ここで退くのは負けも同然――」

 

「同然? はっ! こんな形にしちまった時点で、テメェの負けだ糞カタナ」

 

「……っ」

 

 テーピングをガチガチに巻いた右腕が、痙攣するように震える。その様を見下しながら、ヒル魔さんは舌打ちし、

 

不幸な事故(アクシデント)はつきもんだ。――けど、それを言い訳にすんじゃねぇ! そういうもん全部ひっくるめたのが試合(ゲーム)だ! 勝負には関係ねぇんだよ」

 

 ヒル魔さんと鉄火場で火花散らすよう視線をぶつけて睨み合うも……正論に何も言い返せず、やがて視線を切り俯く長門君。

 項垂れながら肩は震える様は納得がいかないのがありありとわかりやすく、背からオーラすら立ち上っているのが見える。それでもヒル魔さんは譲らずその下げた頭頂部を――決して見下しはせずに――睨み続け、長門君も再び睨み返そうとはしなかった。

 

「………………すまんっ」

 

 泥門のチームメイト(ぼくたち)、そして、試合相手の(りくたち)西部にもそれぞれ頭を下げて、フィールドを離れた。

 

 

 ~~~

 

 

「ひ、ヒル魔、そんなキツい言い方……」

 

「こうでも言わねーとひっこまねぇだろ、あの糞カタナは」

 

 アイツの腕が故障しているのは知っている(隠そうとしたが無理やりに白状させた)。それで、糞アル中を入れて三人で話をして決めている。

 西部に勝つには、糞カタナが必要だ。

 ……だが、ここで、『妖刀』を折るわけにはいかない。クリスマスボウルに行くには、道半ばで果てるのは許されない。勝っても負けてもここであいつが壊れてしまうのは最悪のケースだ。

 

 だから、この前半はもう出さない。温存する。

 後半は状態次第だが、これっきりもう出られないほどのケガならそもそも初めから出していない。いったん鞘に納めたが、機が訪れれば抜き放つ。

 

 しかし――

 状況は、厳しい。

 

 先程の『入替ブリッツ』の失敗。

 用意した奇策は何も『入替ブリッツ』だけではない、成功する可能性が僅かでも17通りはある。

 だが、認める。認めなければならない。

 先程演技したように頭脳戦で敗れてもパニックに陥ることこそないが、『武者小路紫苑』には、この奇手(カード)の全ては通用しないであろうことを悟った。

 

 これで、奇策が通じないとわかった今、泥門はもう絶望的な正面決戦を挑むしかなくなった。

 そして……

 

 

 ~~~

 

 

「やっぱり、ね」

 

「キッドさん?」

 

 長門村正がベンチに下がる。

 おそらくは腕のケガ。ああも鉄馬さんを相手に張り合っていたのに信じられなかったが、キッドさんはこれまでのプレイで薄々と、確証まで得られなかったが半信半疑で勘づいていたよう。

 ヘルメットを脱いで代わりに被っていたテンガロハットを深めに押し沈め、

 

「残念だ。だけど、ここで手を抜いてやるわけにはいかないよ」

 

「……はい、わかってます」

 

 同情はある。それに西部(チーム)は勝っているも、甲斐谷陸(こじん)では負けたまま、それも本調子ではない相手に抜けなかったのは大変歯痒い悔しさがある。ここで退場して勝ち逃げするのを陸自身が認めたくはない。

 だが、こうなってしまった以上は、全力でやる。このチャンスを逃さない。

 何故なら、ここで手を抜くのは驕りだ。泥門をバカにしているのと同じこと。

 

 ……ただ、

 

「セナ……」

 

 この苦境。

 つい昔馴染みへ視線が行きそうになるのを、首を振って逸らす。

 何をしようとしたんだ俺は。慰めの言葉でもかけようとしたのか、それとも“情けないぞ”とでも偉そうに説教しようとしたのか――どちらにしてもふざけた真似だ。

 ああ、走り方を教える兄貴分だった俺が……ってプライドがまだ残ってる。しかし認めたくはないが、スピードでは自分と互角のところまで来ている。そう、今、この場でセナは敵なんだ。

 

「ああ、だから足を緩めないぞ、セナ」

 

 

 ~~~

 

 

「ムギャアァア!!」

 

 長門君がベンチに下がって、代わりにモン太が鉄馬さんのマークにつくが、『人間重機関車』の走破に撥ね飛ばされる。

 勝負になっていない。『バンプ』がまるで通用せず、止まらない。畜生……!! とモン太が地面を叩く。

 

(折角、長門君が陸を止めてくれたのに……!)

 

 攻撃権(ボール)を奪われて、それでも点を与えるのまでは許さないと長門君が怪我をしたその腕で『ロデオドライブ』を阻止した。だから何としてでも止めたいと思った。必死に皆で食らいついた。

 

 だけど、西部ワイルドガンマンズの『ショットガン』を止められなかった。

 

『タッチダーゥン!!』

 

 西部のキッカー・佐保天一が着実にボーナスゲームを決めて、6対21。

 相手の攻撃はますます勢い増し、点差はさらに離される……この状況、あの時と同じ。

 

 王城ホワイトナイツ戦、長門君が怪我をして退場した時と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。