悪魔の妖刀   作:背番号88

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21話

 それは、不運な出来事だった。

 

 

「今日もお仕事がんばってねー、玉八君」

 

「おう! 嫁と子供(ふたり)の為にも一働きしてくるよ」

 

 建設の仕事場へ向かう男性、それを見送り女性。彼女はベビーカーに赤ちゃんを乗せていて、自分も買い物に出掛けようとしていた。

 

 その二人間近スレスレに、明らかにスピード制限を無視した二輪車(バイク)が突っ切った。

 

「――危ないっ!」

 

 咄嗟に彼女を庇う男性。抱き寄せられた女性は轢かれることはなく、バイクが走り抜けた際の突風に煽られたがそれでも体勢を倒させることなく男性はしっかりと支えてみせた。

 ホッとしたのもつかの間、女性が悲鳴を上げた。突然のバイクに驚いて、手を離してしまったベビーカーが、幌に風を受けて勢いよく走りだしてしまう。

 女性は慌てて手を伸ばしたが間に合わない。そして、ベビーカーは坂へ。その先にはビュンビュン車を飛ばす道路が。

 

 このままだと赤ちゃんが……!?

 

 だけど、その甲高い悲鳴を聴いた者がいた。

 

 

「っ!」

 

 坂を転げ走るベビーカーを追いかける。前傾姿勢の取りにくい下り坂、普通であればつい急ブレーキをかけるよう上半身が反り気味になる。いくら脚を早く動かそうとしても、止まろうとするときと同じ力が働いてしまう。

 重心を落とす。膝のバネを最大限に使う。自らも転げてしまう一歩前まで体を落とし、下り坂を駆け抜ける。

 膝を使い、重心を低く、加速――

 

(追いついたっ!)

 

 道路に飛び出す寸前で、半ば飛び込むようにベビーカーの前へと回り込む。腕にずしっと来る重量感。

 プラスチックと布でできたベビーカーなど、大した重さではない。

 実際の重さは大したことはなくても、猛スピードで走り続けてきたために強い力が働いている。ベビーカーに押されてバランスが揺らぐ。崩れるほどではない。ただ、これは試合の防具を着込んだアメフト選手ではなく、中に搭乗しているのは赤ん坊であって、無理に抑え込むわけにはいかない。試合のように撥ね飛ばしては大怪我をさせてしまう。ここは、柔らかく勢いを逃がし、かつしっかりと受け止めるよう微細な力配分に注意する。

 

(よし、止められ――)

 

 

 ――ガンッ!!

 

 

 ~~~

 

 

『GUN&GUN! That will do!!(撃って()って討ちまくれ! それだけだ!!)』

 

 

 ~~~

 

 

『さぁ! いよいよこの日がやって参りました! 全国高校アメフト選手権東京大会セミファイナル! 関東大会進出を賭けて互いに超攻撃型のチーム同士、今、壮絶な殴り合いが始まろうとしています!』

 

 圧倒的攻撃力で破竹の弾GUN進撃を続ける西部ワイルドガンマンズ。

 去年までほぼ無名の存在だったが、今年の春季大会で一躍名を轟かせた。

 その快進撃の原動力は、クォーターバック・キッド選手を核とした攻撃陣形『ショットガン』。パス重視のフォーメーションから繰り出される圧倒的なオフェンス力は、あの王城ホワイトナイツの堅牢なディフェンスでも止め切れず、負けはしたが決勝では互角以上に渡り合った。

 

 解説でも言われているが、泥門デビルバッツと同じ攻撃重視のチーム。しかし、その完成度は向こうが上だ。点取り合戦となれば、キッカーがいないこちらは不利になる。

 だから、日本最強のラインバッカー・進清十郎ですら手玉に取った、“神速の早撃ち”を阻止しなければ、今の泥門に勝ち目はない。

 

「ついに、準決勝か……!」

「最強西部!! 相手にとって不足はねー」

 

 文句なしの格上相手に怯むアイシールド21・セナ、そして、強敵と直に対峙して気合いを入れ直すモン太。

 トレーナーの溝六先生も全員に喝を入れるように、食い縛った歯を見せながら、

 

「不足はねぇどころか、有り余るくらいだ。つーか、わかってるたぁ思うが、今までの“高校レベルの強豪”とは次元の違う連中だ。初っ端から死ぬ気で行けよ……!!」

 

 勝敗を握るキーは、三つ。

 

 神速の投球術を始め、天才的な技能を備える、先輩評で都大会最強のクォーターバック・キッド。

 

 人間重機関車の、関東圏で四強に入るであろうワイドレシーバー・鉄馬丈。

 

 暴れ馬(ロデオ)の脚を持つ快速ランニングバック・甲斐谷陸。

 

 これに対して、当然泥門も西部対策は積んできて試合に臨んでいる。それがどれだけ趨勢をデビルバッツに持っていけるかが今日の勝敗に掛かっている。

 と、入念にストレッチをしていたら、西部の甲斐谷と睨み合っていた――先日の体育祭でついにアイシールド21の正体がバレた――セナが、

 

「あれ? 長門君、その腕どうしたの?」

 

「これは、太陽スフィンクスで有名なテーピングをあやかってしてみたんだ」

 

 ミイラの包帯のようにテーピングをグルグル巻きした両腕を見咎められて、予め考えておいた説明(セリフ)をすれば、この話題にラインマンの栗田先輩も乗ってきた。

 

「番場さんのミイラテーピングだね! 関節を安定させるにいいんだよね!」

 

「ええ、今日の西武戦は、“腕”に掛かっていますしね」

 

 パンと軽く持ち上げた腕を叩く。

 ――骨身に通った振動で僅かにピクンと跳ねるも、欠伸のように噛み殺せる程度。問題ない。大丈夫だ。

 

「そっかー、じゃあ俺達もしてみっかセナ!」

 

「残念だが、その時間はないみたいだモン太。今、ヒル魔先輩が先攻後攻を決めたようだからな」

 

 コイントスで、泥門対西部は、泥門キックオフで前半を始める。

 

 

 ~~~

 

 

『おらああああァァ!!』

 

 ヒル魔先輩のキックと同時に、一斉にボールを捕りに駆け出す両チーム。

 

(っ、キックが低いな)

 

 キックオフに重要なのは高さ。

 落ちてくるまで時間がかかるほど相手選手を囲みに行きやすくなる。

 だが、この弾道は低い。本職でないヒル魔先輩に求めるのは酷だが、あまりいいスタートは切れなかった。

 そして、あまり距離と時間を稼ぐことのできなかったキックボールをキャッチするのは、ワイルドガンマンズの次世代(ルーキー)エース・甲斐谷陸。

 

 

「見せてやるよ、セナ。(ラン)テクニック最上級技『ロデオドライブ』を――!!」

 

 

 泥門の中で、真っ先にボールキャリアーの下へ迫ったのは、光速の足を持つアイシールド21・セナ。

 

 体育祭の二人三脚で合わせて――アメフトの走り屋(ランニングバック)の自身と合わせられて走れた弟分(セナ)

 正体が割れたが、それでも教えた爆速ダッシュを別れてからも……パシリ込みでだが黄金の脚へと磨き上げたことがわかり――宣戦布告した。

 師匠でも、兄貴分でもなく、ライバルとして、プライドに賭けてセナに勝ちにいく、と。

 

 グラァ、とセナと対峙した瞬間に持ち上がった上体が前のめりに――一気に――倒れ込む。

 

(え……!? 今、止まって……!?)

 

 甲斐谷の停止からの急加速に追いつけずに、抜き去られるセナ。

 それで勢いをつけたように更に速度を上げて、後詰めに追いついたモン太たちをも次々抜いていく甲斐谷。

 まさに野生の暴れ馬を思わせる走法『ロデオドライブ』。荒々しくも美しく敵陣を、まるで無人の野を行くが如く駆ける。

 

(あの“ガチョウ歩き”――膝を曲げない大股ステップで、ロデオみたいに上体を揺らして、超人的なスピードで緩急をつけるチェンジ・オブ・ペース走法。この源流は、ラグビー選手の走行テクニックだろう)

 

 独学でここまで技術を昇華させた甲斐谷は、相手ランニングバックながら感嘆させられる。

 実戦には独特のステップに耐えうる脚力、ロデオムーブを可能とする体重移動する巧みさ、バランス感覚が高いレベルでまとまっている甲斐谷陸の暴脚。

 比類なきランのセンスと洗練された技術の融合が生む急加速と急停止(ストップアンドゴー)の乱調――究極のチェンジ・オブ・ペースだ。走りの技術は、あの進清十郎よりも上で、この都大会でも随一か。

 

「だが、抜かさん!」

 

 

 ~~~

 

 

 ――そう簡単に行かせないよな、長門村正!

 

 『ロデオドライブ』

 行きたい方向とは逆に重心移動して、素早く疾走する方向にステップを踏む――そのカットを切る瞬間に、グースステップを入れるラン。膝を曲げずにまっすぐ伸ばした脚を、腰の高さ、ほとんど地面と水平になるまで高く振り上げて動く、一見滑稽(おかし)なこのグーステップに、相手は減速したと思ってしまうが、動きを合わせて減速した瞬間に急激にスピードアップをして置き去りにするチェンジ・オブ・ペース。

 これにセナを始めとした泥門選手の大半を抜き去ったが、まだ最終防衛線(こいつ)がいる。

 

「止めろ、糞カタナ!」

 

 長門村正。

 同じ一年生だが、壁を超えた超人。

 キッドさんも認める天才で、脚の速さはアイシールド21……セナの方が疾いけれど、アメリカンフットボールプレイヤーの心技体の総合力では長門が格上。

 そして、公式戦で未だに一人にも抜かされていない。

 本場アメリカの『エイリアンズ』の黒豹(パンサー)を完封してみせたあの守備は映像越しにも鬼気迫るものを覚えた。ディフェンスなのに、攻撃的に迫る。こうして、現に対峙したけど、“ランナーは絶対に逃が(ぬか)さない”という殺気じみたものがひしひしと伝わってくる。

 ゴクリと息を呑む。

 姿を視認しただけで、地球の重力が数倍に増幅されたような錯覚を覚える威圧(プレッシャー)

 試合前のミーティングでも監督が、“この泥門デビルバッツで最も危険な選手との対決はなるべく回避しろ”とか注意していた。王城ホワイトナイツの進清十郎の時と同じだ。だが――俺は最強西部ワイルドガンマンズのランニングバックだ。一度も挑まずに尻尾を巻いておめおめと逃げるような真似はできない! このプライドが許さない!

 

 ボールはしっかりと確保する。黒豹から奪った高等技術『ストリッピング』を警戒。絶対に、奪らさせない。本能的にボールのために全身を捨てられる覚悟で、勝負を挑む――

 

 ――来たっ!?

 

 重心を落とし、足を滑らせ、上体を倒す、無拍子の最高速。

 空手の身体運用『縮地』を取り込んだというその突撃(チャージ)は目が慣れなければその挙動を察知し得ないほど巧み。

 初動で一息に畳み掛けてくるのに素早く『ロデオドライブ』を切って躱そうとするが、長門の制空圏に踏み込んだ時点で目前にまで間合いを潰された。躱す暇も与えず、身体を胸で受けてから両腕で挟み抱き捕まえられて、フィールドに倒された。

 

 

 ~~~

 

 

 西部ランニングバックの陸の爆走を長門君が止めた。

 でも、すごい。いきなりこんなフィールドの半分まで行くなんて……!

 

「キックオフリターンタッチダウンを狙ったけどそううまくはやらせないか、泥門」

 

「当然だ。しかし、一気に中央まで運ばれるとはな」

 

 長門君に倒された陸が起き上がると、駆け寄ってくる僕を見て、

 

「……よく使われるたとえ話だ。グラスにカクテルが半分残ってる時、『まだ半分ある』って思うタイプと『もう半分しかない』って思うタイプがいる」

 

 セナ、お前はどっちだ? と問う陸。

 …………でも、

 

「いや、そう言われても、カクテルとか飲んだことないし」

「正月のお屠蘇なら舐めたことあるぞ!」

 

「だから、そういう話じゃないってお前らはもう!」

 

 モン太もビシッと答えてくれたけど、陸はがっくりとする。これに長門君もやや呆れながら、

 

「まるで“たった半分で止まってやった”……みたいな言い草だ、甲斐谷陸」

 

「阻止されたのに、そこまでは言わない。だけど、これで西部の全てだとは思うなよ。今のは試合開始の挨拶代わりの前菜さ」

 

「随分と謙虚だな。走りの技術ならば屈指だというのに」

 

「それを阻止してくれてよく言う。けど、西部の攻撃のメインディッシュは、俺じゃない」

 

 長門君へ不敵に、また挑発気に言葉を連ねる陸。

 

「たとえ話が、“カクテル”に“前菜”に“メインディッシュ”……? ア、アハーハーなんかカッコイイじゃないか……!」

 

「兄さんが燃えてる……」

「またどうでもいいところでライバル視しだしたな」

 

 言い回しや並べた単語に妙にライバル視する瀧君は置いておいて。

 圧倒的な瞬発力で、緩急自在に守備陣を翻弄した陸でさえ、“前菜”と言い張る。人一倍にプライドが強いだけに、それだけ“主菜(エース)”に相当な信頼をしているのだ。

 

「つまり、『神速の早撃ち』は伊達ではないか。これは最大限に集中を上げないとな。わかっていたが、東京最強――いや、歴代最強の攻撃力であろう、西部ワイルドガンマンズの『ショットガン』、それから繰り出されるキッドの『クイック&ファイア』――」

 

 

 ~~~

 

 

『WILD WILD GUNMANS!』

 

「キィーーッド!!」

「今日は何百点取ってくれんだー!?」

 

 ドン、ドドドン! と応援団(チア)の空砲の轟に合わせ、熱気のボルテージが増していく観客。

 

「パス一筋! 飛び道具でGUN! GUN! 攻めんのが西部のスタイル! 全員が散弾銃(ショットガン)の弾だ!!」

 

 フィールドでは、前衛五人のラインマンの他に前線付近へ整列するようその左右に配置された後衛(バックス)――

 左には背番号6番タイトエンドの刃牙遼介、背番号22番ワイルドレシーバーの波多六髏、右には背番号34番スプリットエンドの(はざま)元次、そして、背番号15番、エースのワイルドレシーバーの鉄馬丈……この四人がマラソンのスタートみたく一番前にずらりと並ぶ。

 それから、背番号29番ランニングバックの甲斐谷陸を司令塔の右斜めにつけたこの陣形は、『ショットガン』。ボールをキャッチするレシーバーを四枚用意し、散弾銃の如く雨霰と発射するパス特化のフォーメーション。

 それを、中軸である背番号7番クォーターバックのキッドが『神速の早撃ち』なる絶技でもって威力を究極に高めるのだ。

 

「何百って。ほらもうねぇ……ちょっと、言ってんじゃないの、買い被り過ぎだって」

 

 “速い”とされるクォーターバックの、投球速度は0.5秒。対して、キッドは、0.2秒だとこれまでの試合から推定される。つまりは、およそヒル魔先輩の倍のスピードで投げている計算になるだろう。如何に強力なタックルと言えど、標的に届かなければ無意味。“最速”であるラインバッカー・進清十郎ですら止められない“神速”はまさに無敵のパスである証明に他ならない。また、止める術のない弾丸パスは、さらに驚異の正確性をもって敵陣の急所を貫く。

 

(今や『電撃突撃(ブリッツ)』を仕掛けるのを諦めざるを得ないほどの芸当を可能とするのは、ただ投球速度が速いだけではかなわない。ずば抜けた反射神経だけでなく的確な判断能力を持ち合わせてなければならない)

 

 キッド――その本名は、武者小路紫苑。

 ヒル魔先輩が掻き集めた情報によれば、オリンピックピストル射撃で金メダル三連覇した華族の末裔、武者小路一選手の一人息子で、そんなサラブレットである彼自身もビームピストル競技で優秀な成績を修めていた。

 幼少期から、合図されて瞬時に、誰よりも目標を撃ち抜くデジタル射撃ラピッド・ファイア・ピストルで、その脳は鍛えられている。言ってしまえば、頭の回転が滅茶苦茶速いのである。

 

(百年に一人の天才、『神速のインパルス』をもった金剛阿含のような天性の反応の閃きだけでなく、ヒル魔先輩の電子演算(コンピューター)に匹敵する神算鬼謀の思考処理まで兼ね備えたクォーターバック……それが、キッド)

 

 一見のらりくらりとしたやる気のない昼行燈だが、あれは“能ある鷹は爪を隠す”というべきだろう。強者特有のオーラを決して表に出さずに振る舞って、相手に自身の意図を悟らせない、油断せず油断ならない相手。瞳は諦観の色があるも、カマを吹っ掛けたヒル魔先輩から言わせれば、それも枯れた演技(ふり)で、その奥に秘めた本性は闘争心グツグツなのだそうだ。

 

 

「――一手目は、まぁじっくり観察させてもらうとすっか。うちの連中も生でテメーのパスは初体験だしなァ」

 

 

 ヒル魔先輩が十八番の口撃を仕掛ける。明らかに挑発気な煽りを受け、しかしキッドは眉一筋動かさない。泰然と構えを崩さない。

 ヒル魔先輩とキッドの視線がぶつかり合う。火花を散らすのではなく、押し合っていると表現した方が相応しいその腹の探り合い(やりとり)は、秒針が半周したほどでふっとキッドの方から引くように――または一線を引くように――目を逸らされた。

 

「怖い怖い、カマの掛け合いなら乗らないよ。心理戦になったら勝てないからねェ」

 

「ケケケ、セキュリティー、堅ぇ野郎だ」

 

 さて。

 四枚ものパスキャッチ要員すべてをマークするのは、王城が敷く鉄壁の守備ですら抑えきれなかった以上、泥門には無理だ。

 ――ならば、たったひとつの発射台である投手を潰す『電撃突撃』か?

 いいや、それこそありえない。評判通り、『神速の早撃ち』は、潰しに行っても倒す直前に一瞬でパスを投げる。エイリアンズのホーマーの時のようにはいかない。進清十郎の『スピアタックル』すら届かせないのだから、セナの全速特攻(ブリッツ)もおそらくは間に合わないだろう。

 

 

 ~~~

 

 

「――投げ捨てろキッドォ! パス失敗でいい! お前の早撃ちでボールだけでも投げ捨てろっ!!」

 

 試合開始早々、西部ワイルドガンマンズの監督・ドク堀出が血相を変えてベンチから叫んだ。

 泥門デビルバッツの守備、ヒル魔妖一がキッドの間近にまで迫る。

 一手目はじっくり様子見だとか宣言しておいて、この所業。舌の根がまったく乾かぬうちに自ら『電撃突撃』。それも右投げ(キッド)の死角になる左側から。しかも一番警戒されている――否が応でも目が離せない――『妖刀(じぶん)』を右寄りに配置させて視線誘導をさせてだ。

 完全に()りに来ている。

 

「ケケケ、死角からのこの距離ならテメーの0.2秒でも間に合いやしねぇ!」

 

 ハッタリがユニフォームを着てアメフトをしているような先輩だ。

 この程度の天邪鬼で驚くまい。

 “無敵を誇る早撃ち投手を相手に誰もが『電撃突撃』ありえないと思っている”――()()()()()()()

 どこまでも貪欲に相手の油断大敵を狙う、それがヒル魔妖一の戦術。

 

「!!」

 

 だが、完全に決まったと思われたその奇襲をも、『神速の早撃ち』は凌ぐ!

 

(――速いっ!)

 

 その腕の振りは、これまでの試合記録の映像からコマ切れしたよう。

 そう、予想された0.2秒を上回る早撃ちだった。

 

『西部、パス成功……!』

 

 

 ~~~

 

 

 石丸先輩のマークを振り切った甲斐谷がキッドから投じられたパスをキャッチし、西部は連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得する。

 

「テメェ! 準々決勝まで手を抜いてやがったな、このカマトト野郎!!」

 

「……たまたまだよ……買い被られ過ぎるとロクなことがねぇ」

 

 突撃から逃げるよう体勢を横に倒しながら投球したキッドへ、ヒル魔先輩が手を差し伸べる。無論、それは相手の健闘を称えるもんじゃない。

 ――バッと、キッドの目前に差し出された手の平にカードが出てきた。手品のような不意打ちドッキリ。

 そしてそれは泥門の作戦が暗号化されたカードの山札である。

 

「泥門の今日のプレイブックだ。――だが、テメーの早撃ちは0.2秒で計算して戦術組んできてんだ。全部計画変更じゃねぇかこの糞ゲジ眉毛!」

 

 出したカードの山札をあっさりと放り捨てる。ばら撒かれたプレイブックにヒル魔先輩は見向きもしない。そして、この“パフォーマンス”にも、キッドはその術中には嵌らない。極めて慎重。

 やれやれと軽く肩を竦め、

 

「そうやって何かと派手に印象付けて、深読み裏読みのハッタリ戦で振り回す。カードとか武器とかも、その怖い髪形もピアスもわざとでしょ。インパクトが強いほど揺さぶれるからねェ。やっとわかってきたよ、おたくの心理戦のやり口」

 

 初見殺しになるはずだった『電撃突撃』は、こちらの計算を上回る『神速の早撃ち』を前に失敗した。

 だが、印象付け(パフォーマンス)としては一定の効果があった。

 “死角からの急襲”にて、ヒル魔先輩の“やらないと思ったことでも躊躇なく仕掛けてくる”という性格を思い知った以上は、このゲーム中は注意を割り振らなければならない。

 

 大昔から格下の兵法は乱戦と決まっている。あれこれ仕掛けていくしかない。

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔妖一が公言した、『ショットガン潰し』は、十中八九、『バンプ』だろう。

 レシーバーをどついて、バランスを崩す荒業。

 これが決まると少し厳しい。的がなければ撃とうにも狙いようがないよう、パスターゲットがなくなれば、『ショットガン』は上手く機能しない。

 しかし、それも机上の空論。

 ……これまでであれば、レシーバーが全滅してしまうなどという考えはなかったが、

 

「鉄馬……」

 

 つい、家出してからもずっと付き合いの続く幼馴染(てつま)を呼ぶ。

 だけど、続く言葉は出ない。何か命令をするわけでもない。ただ……

 

「俺は仕事を遂行する」

 

 “何でもない”と打ち切ってしまう前に、無駄なことは一切喋らない鉄馬が口を開いた。

 

「立ち塞がる障害が何であろうと関係ない。必ず決められたルートを守り、必ず決められた場所でパスを取る」

 

 そういって、開始位置(ポジション)につく鉄馬。

 まったく。ああそうだ。そうだよな。

 

 心配はない。指示もいらない。普通に突っ込ませるだけでいい。何故ならば、鉄馬は最強のレシーバーだからだ。

 

 

 ~~~

 

 

「一点集中ー!!」

「昨日のゲームセンターを思い出してー!」

 

 とこの姉崎先輩の声援を拾い、甲斐谷陸がはぁ? とセナへ訊ねる。

 

「ゲームセンター……昨日?? 試合前日に何やってんだお前ら」

 

「いやいや、遊んでたわけじゃないんだけど……」

 

 セナの言う通り、遊んでいたわけじゃない。

 この西武戦に向けて、泥門は対『ショットガン』として、全員が『バンプ』のテクニックを覚えさせられた。

 パスルートに出る選手のタイミングを乱すために、プレイ開始直後にレシーバーにぶつかって邪魔をする力技。どついて崩す――単純だが『バンプ』にも色々と種類があるし、ルールがある。ケースバイケースで使い分けるのが普通で、審判に認められる有効打判定は腕のみ(肩の体当たり(ショルダータックル)は反則)と気をつけなければならない点もある。

 これを試合までに全部覚えるよりも実戦で使えるレベルで一つに絞って徹底的に仕上げる。

 まず、体育祭で手錠をつけられての騎馬戦にて、どついて相手のバランスを崩す術を実践させ、ゲームセンターのパンチングマシーンでもって溝六先生が教授した。

 

『一点突破だ。西部の連中の心臓を打ち抜け』

 

 パンチングマシーンに張り付けた人形に左胸の急所辺りをマジックで〇に書き記(マーク)して溝六先生は皆に示す。

 

『両腕でどつく必要はねぇ! 自分の利き腕の右手が敵の左胸の心臓サイドにちょうど当たるはずだ! ひたすら片側だけをブチ飛ばして、バランスガタガタにしてやれっ!!』

 

 『神速の早撃ち』はこれまで一人として発射阻止を許していない難題。

 ならば、そのパスキャッチ要員を潰せばいい……という、初歩的な数学の公式をするような結論で辿り着いたのがこのバンプ戦術だ。だが、現状、“また別の難題”が存在するがこれが攻略の糸口に最も近い。

 

「……わかってるな、糞カタナ」

 

「もちろん。この格付けで展開が決まりますね」

 

 鉄馬丈。

 40ヤード走5秒0、ベンチプレス115kg。そして、指示されたパスルート上を10cmのズレなく走破する正確性。また鉄馬丈は、太陽スフィンクスとの練習試合で、『バンプ』に特化した鎌車すら撥ね飛ばすほど頑健なボディの持ち主。『エイリアンズ』の管制塔レシーバー・ワットとは違う、パワータイプのレシーバーだ。

 まさしく、『人間重機関車』。

 武骨で重厚なイメージの異名に相応しいワイルドレシーバーは、汽車に乗客を乗せて目的地へと驀進するように、パスを運び、幾度となくフィールドにタッチダウンの汽笛を高らかに鳴らしてきた。

 

 西部のレシーバーの中で最も危険で、キッドと絶対的な信頼関係を築いている。

 王城戦でも、アクシデントで鉄馬丈が戦線を離れた途端に勢いが衰え、逆転を許した通り、このホットラインが西部の支柱だ。

 言葉にせずとも“命令絶対”を絵に変えたような頑固な無表情。

 鉄仮面にして鉄人。西部最強のパスオプション。

 これを完全に封じ込めれれば、ワイルドガンマンズも、特にキッドも動揺を禁じ得ないだろう。

 ――()()()()()()()

 

 これまで、相手チームのエースを潰してきたエースキラー・長門村正が、エースレシーバー・鉄馬丈のマークにつくのは自明の理であった。

 

「行けぇぇ鉄馬! 『妖刀』なんか蹴散らしてやれー!!」

 

 西武側の声援、しかし不言実行の仕事人はそれに応じず、前のみを向く。立ち塞がるのが誰であろうと、そのプレイに断じて変更はない。

 

 

『SET――HUT!!』

 

 

 センター・潮角道からクォーターバック・キッドへボールが回される。

 ――瞬時に、泥門、西部のレシーバーへ人体急所の心臓を狙ったバンプを炸裂。黒木が刃牙を、瀧が波多を、モン太が間をどつき、体勢を崩させる。

 

 同時、真正面に位置取りした長門が、()()から、斬鉄剣の如きバンプを鉄馬丈へ繰り出した。

 瞬きの一瞬を狙ったような速度で間合いを詰め、分厚い胸板を真っ直ぐに突く。

 足技、相手選手を躱すランテクニックはあまりない鉄馬丈はそれをまともに食らってしまう。

 

 ドガッ!! と重く響く打突音。プロテクターで削がれた衝撃がそのまま鳩尾を突き抜け、肺腑から空気を強制的に絞り出される。

 

「―――!」

 

 呼吸が止まる――だが、脚は止まらない。

 鋼鉄なのは肉体(ボディ)だけではない、鉄馬丈の精神(メンタル)は肉体を凌駕するほどに鉄壁であった。“必ず命令を果たす”という意志を、絶やすことなく燃料にくべて機関車は発進。

 窒息しようが、全速で掛ける鉄馬の走りに一秒の遅滞もない。もちろん、パスルートを寸分のズレなく通って、脱線することもない。

 

「っ」

 

 長門の静かに闘志を秘めた表情に刃毀れが生じる。だがすぐに、歯痒さを噛み締めた鉄仮面(ポーカーフェイス)で覆い隠した。

 『バンプ』は失敗した――だが、これで終わりではない。

 

「まだだっ!」

 

 出発を許したが、マークは外さない。長門は鉄馬にバック走で張り付く。相手の動向を監視することと負うことを同時にこなす、パスキャッチを妨害するコーナバックの必須技術な走り。長門村正は、40ヤード走5秒0――鉄馬丈と同じ速度――でこなす。

 

 5秒0の速度領域で睨み合う両者。このにらめっこ、双方ともに表情は表に出ない。だが、その鉄仮面から探るまでもない。

 鉄馬丈はパスルート全てを精確に覚えている。そして、長門村正もまたパスルートは全て体で覚えている。だから、わかる。このセットで指示された、定められた線路(ルート)がなんであるのか。

 雪光学の『速選(オプション)ルート』ような守備の裏をかく真似もしない鉄馬の真っ直ぐすぎる機械的な走行は、長門には予想しやすいものだった。

 

 

 ――それでも、キッドはパスを鉄馬へと投げ放った。

 

 

 ボールを捉えんと鉄馬が飛ぶ。長門も飛ぶ。ただし、長門はボールをキャッチするその腕を狙う。

 『リーチ&プル』

 右腕をからめて、相手からボールを弾く――

 

「くっ……!?」

 

 だが、鉄馬は離さない。着地姿勢が危なくなろうが、本能的に全身を捨てる覚悟で、両手でがっちりと捕まえたボール。それを強引に外そうとするも片腕だけでは、この鉄腕のキャッチ力を引き剥がすことはかなわなかった。

 

 

『――タッチダーゥン!!』

 

 『神速の早撃ち』、止まらず。

 『人間重機関車』、止まらず。

 西部ワイルドガンマンズ、最初のゲームで、先制点を決めた。


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