悪魔の妖刀 作:背番号88
投げる栗田先輩。
セットするヒル魔先輩。
蹴る武蔵先輩。
このデビルバッツ創始者3人のキックプレーを、何度も叩き潰そうと挑んだのが、長門村正の中学時代で、極度の負けず嫌いがチームに入るきっかけになった、最初の目標だった。
二人を守ろうとする自分以上のパワーを持つ栗田先輩と押し合い、または躱し。
キックプレーと見せかけるフェイクを入れて自ら走ってくるヒル魔先輩のトリックプレーを見極め。
最後、眼前にまで迫ろうが決してブレない武蔵先輩が放つ生半なブロックでは吹っ飛ばされるキック――
『ん、何かしたか今』
『……明日、また勝負してください』
『ケーケケケケケケケ!! 今日も
『うす!』
このいつも練習の最後に勝負してきた実戦練習で一体どれだけ負かされてきたことだろうか。
『ひ、ヒル魔、練習終わってくたくたなのにそんな罰ゲームをさせちゃ大変だよ。ムサシも、もっと何か他に言うことはないの? ほら、僕たちの初めての後輩なんだからさ。よくやったとか、あとちょっとだったぞとか……』
『勝ったか負けたか、結果が全てだ。そんな甘っちょろいことを言ってんじぇねぇぞ糞デブ。だいたい、テメェがあっさり躱されたから糞ジジイのキックをブロックされたじゃねぇか! もっと死ぬ気でしがみついて糞カタナを止めやがれ』
『栗田、ヒル魔の言う通りだ。誰が相手だろうと真剣勝負を挑んできている奴に情けを掛けるな。……これまでやってきた誰よりも手強い後輩だろうと、三対一で負けたら先輩の面子がねぇだろ』
~~~
『明日の大会までに助っ人を手分けして集めるぞ!! いいか、1人ノルマ2人!! どんな手ェ使ってもいい!! とにかく運動部のヤツ引っ張ってこい!! 一番少なかったヤツァ罰ゲームなッ!』
デビルバッツは、アメリカンフットボールに最低必要な11人も満たない、人数不足に悩まされるチームだ。その辺の台所事情は中学の頃から変わっていない。
だから、選手3人に主務1人の泥門アメフト部は、明日の大会までに助っ人を8人(7人)集めないとならない。
「そういうわけで、武蔵先輩、大会の助っ人に来てくれませんか?」
長門村正が学校を飛び出してきたのは、個人経営の武蔵工務店。
そこで仕切っている老け顔だが、一つ年上の先輩に話を持ち掛けたのだが、
「断る。俺は、泥門校からすでに退学している。出場資格はない」
「いいや、武蔵先輩。退学ではなく休学扱いになってるみたいですよ」
「関係ない。俺は二度とボールを蹴る気はねぇ」
「それは困りますね。先輩たちとの真剣勝負ができなくなるのは」
「話は終わりだな。帰れ。仕事の邪魔だ」
最初、工務店を覗いた時は、社員の人から“厳ちゃんの後輩”と顔見知りということであれよあれよと中を通されて、武蔵先輩にご挨拶したときは、『泥門に来たのか……』と制服姿を見て、そうぼやかれた。
でも、結局、断られた。
これは先輩たち三人の問題であるのだから、元よりダメもとで声をかけたようなものだ。
だから、三人の頼もしい後輩として言えることは……
「そういえば、知ってますか武蔵先輩。アメフト部の部室……。試合で一勝ごとに増築することになってるみたいですよ」
ヒル魔先輩が校長先生に(強引に)取り付けた契約である。
3人(今は2人)でもしっちゃかめっちゃかに散らかって手狭で、広く増築されるのは嬉しい事だ。ポケットマネーで建設費を出す校長先生には申し訳なく思うが。
そして、その増築の工事をお願いするのは、どこであるかは先輩の仲を知れば簡単に推理できる。
「武蔵工務店が左団扇できるくらいお得意様になってみせますので。今後ともよろしくお願いします先輩」
「……ふっ。相変わらず生意気な後輩だ」
ほんの少し、その老けたしかめっ面が和らいだのを見たところで、用が済んだ自分はこれ以上仕事の邪魔をしないよう踵を返す。
その出ていく背中に、武蔵先輩が、土産にもならぬ言葉を押し付けてきた。
「なあ、キック、やらねーのか。お前なら、ヒル魔よりはマシなキックが出来んだろ」
「しませんよ。覚える気もない。俺でも『60ヤードマグナム』は真似できそうにないですんで」
丁重に送り返して、今度こそ長門村正は武蔵工務店を出ていく。
「…………ありゃハッタリだって知ってんだろ」
~~~
高校アメリカンフットボールの春大会。
クリスマスボウルが開催されるのは、秋大会であるが、これが高校デビュー戦になる大事な試合だ。
初戦は、恋ヶ浜キューピッド。
総部員数は20名。選手のモットーは、“LOVE&FIGHT!!”
プレイヤーよりもベンチに注目が集まるチームである。ズラッと選手たちの彼女である女子たちが並び、チアガールとして黄色い声援を送るのだ。噂によると、入部条件に彼女持ちであるかが重要項目にあるとかなんとか。
「やあ、どうもむさ苦しいデビルバッツさん。いやあ、こっちの声援は黄色くて申し訳ない! こいつらがど~~しても応援に来たいって聞かなくて!
……おや!? 女の子がひとりもいない! あれおっかしいな~!? 泥門高校は“男子校”だったかな。あ、まさか……応援してくれる娘が誰もいないのかな!?」
ベンチでは常にハートが飛び交い、羨ましいことこの上ない光景をこれでもかと見せつけてくる連中なので、
「絶ってー倒す!!」
「むしろ殺す!!」
「頑張りましょう栗田先輩!」
九割助っ人集団で急増のバラバラなチームがリア充ぶっ殺すと思いをひとつに一致団結した。
まあ……直にあちらさんもこちらに負けないくらいに燃え上がることになるだろう。
「そういやウチだってチアガがくるんだろ?」
「そうだチア!」
「ちゃんと手配してんの主務!?」
「い、いやその……そのうち来るって言うか。来るはずもなくって言うか……。あ、あれ~? おかしいな~?? なんて……――(長門君どうしよ! 僕、そんな話聞いてないし、チアガールの手配なんて出来ないよ!)」
助っ人たちから無茶ぶりせっつかれて新米主務(兼選手)の小早川が大いに慌てる。
「まあまあ、落ち着け小早川。今は弱小チームのデビルバッツにわざわざ応援に来てくれる女子は泥門校にいない」
「じゃあどうするの!? このままじゃ」
「でも、心配はいらない。泥門デビルバッツには先輩がいる」
そう、素晴らしく悪魔的な先輩が。
「あーー! ジャリプロの桜庭君だ」
「ホントに桜庭君と合コンできるの!?」
「おー、てめーらの応援でウチが勝ったらな」
(去年の練習試合の際に無理やり撮った)アイドルの写真を釣り餌に、堂々と相手チームの前で相手チアを
そして、ヒル魔先輩の交渉術が発揮された結果、一分も経たずに我らがデビルバッツのチアユニフォームを着込んだ女子たちがベンチにずらりと並び、声を揃えて、
『GO!! DEVILBATS!!』
「Yaーhaー!! 満足か糞ヤロー共!!」
盛り上がる泥門校ベンチ。
一方、“
「いいかてめーら。負けたら終わりのトーナメント。いい試合しようなんて思うなよ。“ぜってー倒す”。それだけだ」
試合が、始まる。
「――ぶっ!
――こ!
――ろす!! Yeah!」
麻黄中から変わらぬデビルバッツの必勝ならぬ必殺宣告が、試合開幕の狼煙を上げた。
~~~
試合序盤。
「ふんぬらば!!」
身長195cm、体重145kg、そして、ベンチプレス160kgの全国屈指のパワーを持つ巨漢ライン・栗田先輩が、恋ヶ浜ラインを圧倒。3人がかりで押し合おうが、まるで相手にならずに恋ヶ浜の軟弱ラインは栗田先輩を止められずに崩壊する。
でも、残念ながら栗田先輩の脚は、遅い。試合前日に計測した40ヤード(36m)ダッシュは、6秒5。率直に言って鈍重である。ラインマンもパワーよりもスピードの方を重視されるのが現代フットボールの傾向。鈍足なラインを足で攪乱してしまえばいいのだ。
3人がかりでも負ける力を押し合いに付き合うことはなく、それを回避して、栗田先輩以外が助っ人の素人連中から攻める。例えば、大外から回って、クォーターバックを仕留める。
「フゴーーッ!」
でも、その穴を埋める強力な助っ人が今日はいる。栗田先輩の横を抜けようとした相手選手が脇腹に強烈なブチかましを受けて吹っ飛んだ。
身長150cm、体重64kg、そして、ベンチプレス110kgで40ヤード走5秒2のミニマムボディの横綱力士。
最低一人誘わないと罰ゲームが決定しそうなので誘った同じ一組の小結だ。『フゴフゴッ(ふっ、熱い握手を交わした友の頼みならば、この小結、持てる全ての力を奮おう)』と快く了承してもらえて、大会に参加してもらえた。
なので、今回が初の、練習無しのぶっつけ本番なアメフトの試合になるわけだが、小兵ならではのスピードとパワーで大活躍だ。
「すごいよ小結君! また倒すなんて!」
「フ、フゴッ!」
パワフル語が通じる栗田先輩と相性が良さそうだし、このままアメフト部に本入部しそうである。
中心にどっしりと不沈艦の栗田先輩が押し込み、大外を豆タンクの小結が埋める。前衛ライン勝負では、デビルバッツが圧倒している。
一方で、後衛。
泥門デビルバッツのクォーターバック・ヒル魔先輩が投げるパスは鋭いし、ラインのわずかに空いた隙間を通せるなどコントロールも良い。
「わたわた!? ああっ――」
『パス
「こ・の・糞ザコ!!」
良いパスなのだが、レシーバーに高い要求をするスパルタパスだ。あれでもだいぶ加減している方なのだが、他の部の助っ人では、キャッチできずにお手玉して取りこぼしてしまう。パスは期待できず、その辺りでゴールまで攻めきれない。
小早川が誘ってきた陸上部の先輩・助っ人ランニングバック石丸先輩は、中々の俊足で、40ヤード走は、4秒9。恋ヶ浜ディフェンスをよく躱している。でも、パスは失敗するラン一本の戦法では、恋ヶ浜にも読まれるし、重点的に警戒されれば、大して距離を稼ぐことはできない。
そして……
「……で、試合を見ててなんとなくわかるだろうが、アメフトは野球のように攻守交代制のスポーツで、両チーム4回ずつ攻撃する。そして、攻撃側の目標である10ヤードを、四回目の
「うんうん」
「それで、失敗すればあのように攻守交代だ。攻守交替するケースは、4回の攻撃で10ヤード進めなかったとき以外にも、前半終了時、守備がボールを奪うインターセプト、点が入った後、キックをキャッチした時、キックのボールが外に出た時、キックが落ちて止まった時――とまあ色々あって、そうやって攻守交替しながら、お互いのゴールに向かって進んだり戻されたりするスポーツだ」
「陣地の綱引きみたいな感じなのかな長門君」
「その感覚で間違ってないぞ小早川」
そして、ベンチではカメラで試合を撮影する主務と、その横で新人主務の知識不足を補おうとアメフトについて講習する悪魔のコウモリのチームマスコット・デビルバット……のキグルミを防具の上から身を包んだ控え選手。
小早川セナと長門村正は、試合に出さずに温存されていた。
『進のヤツには、隠し玉を見せたくねぇ。対策練られちまうからな』
フィールドの向こうで泥門VS恋ヶ浜戦を観戦している男が、現在試合をしているキューピッドの選手よりもヒル魔先輩が警戒する相手。
王城ホワイトナイツの進清十郎。高校最速にして、最強のラインバッカー。“ヤツは強すぎる、人間じゃねぇ”が先輩の評。去年、創部早々に王城と練習試合を組んだそうだが、ボロ負けしたそうだ。アメフトの情報誌でもよく取り上げられているし、その実力は本物だ。おそらくは、次に当たる対戦校を知るために、わざわざこの弱小校同士の試合を偵察しにきたのだろうが、まったく油断がない。
なので、この王城からの視察がいなくならない限り、極力、ヒル魔先輩は隠し玉を投入しないだろう。
(栗田先輩と小結が上手く連携取れて前線は圧倒できてるし、足の速い陸上部の石丸先輩もいる。パスは無理でもヒル魔先輩ならうまくやりくりするだろうし、このまま何事もなければ、デビルバッツが勝てる)
~~~
「テンメー糞主務!! スパイクくらいちゃんと見分けやがれ!」
「ひーー、ごめんなさい!」
エースランナー・石丸先輩が激しく転倒。
右足を捻ってしまったようで、これ以上の試合参加は無理だろう。
それで、この負傷の原因はこの土のグランドで人工芝用のスパイクを履いていたからだと思われる。つまり、スパイクを配給した主務・小早川の失態だ。
スパイクを入れた段ボールに“土のグラウンドでの使用厳禁”と書かれていたのに見落としてしまっていた。
試合時間も残りわずかの土壇場で、エースランナーが退場。ボールも恋ヶ浜に渡り、しかも距離はキックが狙える射程範囲。
敗色濃厚でさっきまで押せ押せだった士気も、落ちている。
――仕方がない。この糞熱いキグルミとはおさらばだ。春だが、防具の上にキグルミの二重装備は熱さ我慢大会並みだったので、ちっとも名残惜しくもなく脱皮する。
当然、勝手に刀が鞘から抜けるのを見咎めるヒル魔先輩。
「おい、糞カタナ。何勝手に試合を出ようとしてるんだ」
「石丸先輩が出れなくなってしまった以上、現状、攻撃手段はランもパスも使えないでしょうヒル魔先輩」
「お前は、隠し玉だ。ギリギリまで試合に出るんじゃねぇ。糞マスコットとして、メスどもと踊っていやがれ」
「もうそのギリギリっすよ。あちらのクォーターバックはキックもできるみたいですし。今、点を入れられたらまずい。絶対に阻止しないといけないんじゃないんですか、ヒル魔先輩」
突然、マスコットのキグルミを脱いで、長身の選手がのっそりと現れるものだから当然目立った。フィールド向こうの王城の偵察……進清十郎も、こちらを視ている。遠目からでも、肉体から身体能力を分析するように目を眇めて。
「“俺が出てれば勝てた”なんて死ぬほど見っともない言い訳をしたくないんで、出してください」
でも、どの道、ここで負けてたら次には進めない。
「一年見ないうちに随分と生意気度が上がってるじゃねぇか、糞カタナ。――出るからには、絶対にキックを潰すんだろうなぁ?」
ヒル魔先輩が笑みを浮かべる。人間に契約を迫る悪魔の如きキラースマイルだ。
「やりますよ言ったからには。なんで、ヒル魔先輩、あちらの王城の偵察をできれば、どうにかしてください。目がすごく怖いんで」
「まあ、桜庭だけでも排除しとくか。簡易ミサイルで」
桜庭……それは、要警戒選手の進清十郎と一緒に偵察する王城の選手。ジャリプロだとかで顔が売れてるアイドルだ。
~~~
「おや、あれはジャリプロの桜庭君だ!」
『さ、桜庭君っ!?』
ヒル魔妖一の示唆に、泥門の応援をしていた恋ヶ浜のチア女子は一斉に、試合中のフィールドを横断して、カメラを構えて偵察中のジャリプロに突貫。その勢いはまさしくミサイルである。
「うわっ、やっば! ――進、すまん。あとビデオを頼む!」
熱烈なファンの強襲に、桜庭は背を向けて逃亡。
カメラを託された進は、カメラを手に、早速、注目する相手――今、キグルミから脱皮した泥門選手に焦点を合わせようとする。
(あの背番号88……。初めて見る相手だが、ヒル魔妖一が存在を隠し通してきたのだとすれば、非常に危険だと言わざるを得ない)
?
バキャ。
ビス。
パリーン。
「………」
操作しようとしたらカメラが、いきなり? 使用不能に。画面が真っ黒だ。とりあえず電源ボタンをめいいっぱいの力で押したら、煙を噴き始めた。
まさか、これはカメラが故障したのか!
ダメだ、
「桜庭ァ!!」
~~~
「お? なぜか進まで消えた!」
桜庭ファンを扇動して、桜庭を撤退させ、さらに何故か進まで走り去る。
幸運なことに、王城の偵察がいなくなった。思う存分にやれる!
試合が再開。
「よーし、この距離ならキック行くぞ。キックは入れば3対0。試合時間も残りわずかで、守り切ればうちの勝ちだ」
キッカーを兼ねる恋ヶ浜のクォーターバック・初條薫。キューピッドの
スナップされたボールを、ボールホルダーがプレースする。それを目掛けて、初條が十分な助走をつけて――
「よし、これで俺達の勝ち――」
トップクラスのパワーを持つ栗田、そして、パワーとスピードを兼ね備えた小結を警戒して、恋ヶ浜はそれぞれに複数当たるようラインの人数を割り当てていた。
だから、エースランナーと交代したばかりの控え選手には、キックの壁は一枚だけ。それが致命的なミスだと狡猾な悪魔は間抜けな天使を嘲笑う。
「ケケケケケ、あの糞カタナをひとりで止められんのなんざ、進クラスの化物しかいねーよ」
恋ヶ浜キューピッドのタックル湖天信濃。アメフト部2年生で、身長181cm、体重96kgと恋ヶ浜の中では最も身長が高い選手だったが、その相手は190cmとおよそ10cmも差があった。
「うおおおお!?」
その太刀のように長い腕が、湖天の頭上をまたぎ、反対の手で脇腹を押しのける。
腕で敵をまたぐ、長身でこそその威力を発揮する『
「斬り捨て御免!」
キックを防衛する壁を突破され、無防備にさらされる恋ヶ浜のキック。
「お゛お゛お゛お゛お゛――ッ!!!」
距離はまだあるが、その脚力は4秒7……先程退場した陸上部の石丸よりも快速。脚も長く、雄叫びを上げながら一気に目前まで接近するのでプレッシャーは半端なく――慌てて、初條はボールを蹴りに、
「――そんなキックじゃあ、武蔵先輩のより全然劣る」
パワーボディ、スピード、高身長。そのすべてが、キックを叩き潰すに最適だった。
ボールが一刀両断された幻像を初條に叩きつけるほどの迫力で、蹴られたボールはその手に大きく弾き飛ばされた。
恋ヶ浜が攻撃失敗して、泥門に攻撃権が移る。
「な、なんだよアイツは……。他の運動部から引っ張ってきた素人じゃねーのか!?」
動揺する恋ヶ浜の陣営。泥門の陣営も今のプレーに静まり返ったが、ふつふつと沸き起こる感情のままに叫びをあげる。
(あの糞カタナ……。俺達がいなくなってからも、才能に胡坐をかいてサボったりしてねーみたいだな。進と同じ、本物のバケモンだ)
ヒル魔も笑みを深めた。
前日にそのスペックは測っていたが、今、久方ぶりに実戦投入させた“試し斬り”で確信する。
『妖刀』はさらに研がれて、切れ味が増している、と。
「ヒル魔先輩、どうするんです?」
長門村正のポジションは、キッカー以外はどこでもできるが、基本はタイトエンドだ。ランもパスも両方止める防御の要のラインバッカーとは対照的な、パスもブロックも何でもこなし、作戦によって役目が変わる攻撃の軸になるポジション。『二本刀』酒奇溝六と同じだ。
タイトエンド次第で、作戦に幅が出て、パスもまともに通らなかった素人の寄せ集め集団がガラリと変化する。そして、作戦を企てるのは司令塔。
ヒル魔
「ここは一気に試合を決めに行く。王城の偵察もいなくなったしな。もう一枚のジョーカーを切る」
そういえば、先程、失態を犯した小早川を“死刑”しに、校舎裏に連れて行ったが……。
――その時、校門から砂塵を巻き上げるほどの快速を飛ばして疾駆する影が現れた。
泥門デビルバッツのユニフォームに身を包み、アイシールド付きのヘルメット。
それは、ロシアの名門レッカフ体育学院で基礎訓練の後、ノートルダム大にアメフト飛び級留学し、毎試合100点を取った男……という設定の光速ランニングバック。
「誰? アイシールドで顔わかんね」
「色付きアイシールドは禁止だよ」
「コイツ眼精疲労で……協会の許可書(偽造)あります」
「え、もしかしてやる気になってくれたの!? セナく……――ひばぼべべ!?!?」
「何セナくぁ?
仮面ヒーローの正体をあっさりばらそうとした栗田先輩を、スタンガン使って止めさせたヒル魔先輩。おかげで周りには気づかれなかったが。
……けどまあ、颯爽と登場した正体不明のアイシールドにコッソリ耳打ちする。
「(あー、小早川か?)」
「(う、うん。責任を取れってヒル魔さんに……)」
「(なるほど、了解した。ご愁傷様だ、小早川)」
主務としてアメフト部に入った小早川だったが、どうやらヒル魔先輩にその黄金の脚を見られたようで、光速のランニングバックとして捕まってしまった。
もう彼の望む平穏で安全な高校生活は、望み薄だ。
でも、こうしてフィールドに立った以上は、一人の選手として見る。
「(どうしよ長門君! 僕はその……力がないから。栗田さんや長門君みたく敵を捻じ伏せたりとかできないし……)」
……なるほど。
それまでやや泥門に分があるかだった試合展開に、長門村正という隠し玉を投入し、勝率がググッと上がった。警戒していた偵察の目もなくなり、だったら、そこでちょうどいいから新人(素人)の小早川の初の実戦体験をしてしまおう……というのが、ヒル魔先輩の考えだろう。
確かに、いきなり王城戦はキツいし、トラウマになりかねない。
「(それは無理だし、する必要はない。小早川が捻じ伏せるべきなのは、プレイヤーではなくフィールドだ。プレイヤーは俺達に任せればいい)」
~~~
センターラインの栗田がボールをスナップ、ヒル魔の手にボールが渡る。
――そこへ、石丸の代わりのランニングバックに入った長門がヒル魔とすれ違い、左へ走った。
「フゴッ!」
同時、その保護のため、栗田の隣にいた小結が左に走る。
(左スイープか!!)
小結をリードブロックに、長門がラン。
さっきのキックを防いだ時に見せつけられたあの身体能力は、ちょっとやそっとじゃ止められない。生半可なタックルではたとえ掴まえられても強引に振り切られる。
アメリカンフットボールの原点とも言える力強い疾走。
「潰せーーっ! 全員でかかれっ!」
『おぉおおおおぉぉ!』
当然、恋ヶ浜は、それを阻むために、後衛を総動員させて、小結と長門へ向かわせて――――気づく。
ボールが、ない!?
「しまっっ――」
――そう、アメフトって言うのは。
「ぶち抜けッ!!!」
――作戦が。
「おおおおお!!!」
――パワーを。
「抜けたッ!!!」
――爆発させる!!
ヒル魔の渡したフリ。長門の囮に釣られて、恋ヶ浜のディフェンスは自分から道を空け、それをさらに広げるように栗田が押し込む。
そして、長身で先程のプレイで否が応でも印象付けた長門の背後に隠れる背番号21のアイシールドのランニングバック。
「何ボサっとしてる!! 止めろっ!」
止められない。
パシリで鍛えた黄金の脚が魅せるのは、強引な加減速。天然のチェンジ・オブ・ペースに惑わされたディフェンスは指一本掠ることも叶わず。
ギリギリで一番奥を守っていた40ヤード走5秒1の初條が前を阻めるかどうかであったが、その背後から大外から走り込んできた囮役だった長門が押し潰した。
「そのままゴールまで行け、小早川。その『アイシールド21』を背負ってプレイする以上、俺が他のヤツにはそう易々と潰させん。今日は試合中に走る感覚を体験するつもりでやればいい」
非公式ながら高校最速の進清十郎をも上回る、
一度でも縦に抜かれたら、あのスピードに追い付ける者はこの高校アメフト界にはいない。
「タッチダーゥン!」
審判の笛が鳴り、試合終了。
「Ya―――ha―――!!!」
「初勝利~~~!! デビルバッツ初勝利~!」
泥門デビルバッツの勝利。初勝利に、ヒル魔先輩がド派手に花火を打ち上げ、栗田先輩が感激のあまり小結を高々と放り投げる。
「お疲れさん、アイシールド21」
「長門君……ありがとう、最後、道を空けてくれて」
「それが俺の仕事だからな。ただまあひとつ反省点があるとすれば、ボールの持ち方がメチャクチャだったぞ。ありゃ簡単に取られるから気を付けてくれ。鳴り物入りのヒーローが素人丸出しじゃ格好がつかないからな」
「え、そうなの?」
「ボールはリレー棒のように鷲掴みするんじゃなくて、先を指で挟んで脇にしまい込むんだ」
「こんな感じかな?」
「ああ、そうだ」
さっそく教えた通りにボールを持ち構える小早川。
素直なんだが、彼の要望は選手ではなく、主務だったはず……まあ、選手の意識を持ってくれるのはこちらに都合がいいのでツッコまないでおくが。
(次の王城戦。……