悪魔の妖刀   作:背番号88

16 / 55
16話

『長門村正です。麻黄中アメフト部に入部しにきました』

 

 長門村正は、経験的に知っていた。

 人並み以上に恵まれた体躯を持つ己と、鎬を削れる相手などそういないことを。好敵手と出会えたのは幸運で、そして、幸運はそう何度も起こることはなく、たった一度しか巡り合わなかった。

 だから、その部活(クラブ)に入ろうがきっと周りに合わせられないであろう己は、一人勝手にやっていくと思っていた。

 

 酒奇溝六の猛トレーニングが始まるまでは……!!

 

『次! 栗田!!』

『ふんぬらば!』

 

 己以上のパワーと体重を持つ巨漢の先輩。それとの押し合いは、当然、押し込まれる。

 

『何してやがる村正! 単純な押し合いで勝てねぇなら、パワーにそのスピードを掛け算して激突時の威力を数倍に押し上げろ! お前はまだテメェの身体を十全に使い切っていねぇぞ!』

 

 腕力だけでなく、脚力。全身を滾らせて、巨漢の先輩と押し合い……そして、休みを入れずに、

 

『次! 武蔵!! そして、この次は俺だ』

 

 またひとり、大工仕事で屈強な肉体を持つ無骨な先輩が、突撃する。先輩2人が交互にぶつかり、

 

『腕だけで押そうとすんな! ケツを前にガツーンと突き出せ!』

 

 最後は熟練の技を持つ自らが組み付いて、力以外の技を体に叩き込ませる。

 それからすぐ、ブロック練習の後のパスキャッチの練習。

 

『スクエアイン!!』

 

 麻黄中学デビルバッツは、4人しかいない。そして、そのうちパスキャッチのできるのは己ひとり。だから、この練習は常にマンツーマンで、容赦のない先輩の投げるスパルタパスの捕球に全速で走らされる。

 ……その中に、捕れなかったこともあった。

 

『今、“諦め”たな村正!』

 

 パスを逃し、足をふらつかせる己に、バケツの水をぶっかける。

 

『っ……申し訳、ありません!』

 

『お前の(たっぱ)なら届いたはずだ。ブロック練習でへばったか。だが試合ではさらに疲労した状態で敵と当たることになる。いいか、頭に叩き込んでおけ。遠すぎる、自分の脚でも追いつけない、なんて頭によぎっちまうのは、心の力が弱いからだ! 肉体が恵まれていようが、才能があろうが、メンタルのねぇヤツは最後の最後で負けちまうんだよ……!』

 

 周囲の規格に合わない己は、独力で、我流で、誰の後押しもなく上を目指すしかないと思っていた――

 

『はい。ありがとうございます……!!』

 

『よし、ヒル魔、もう一度最初から全ルートのパスを投げてやれ!』

 

 

 ~~~

 

 

『――ラスベガスだーー!!』

 

 『死の行軍(デス・マーチ)』2000km、泥門デビルバッツ全員が完走した。

 

「やった……。やった…みんなで……」

「おおおおん!」

 

 何度もリタイアしかけることはあった。

 だけど、脱落者はゼロ。何人かは出ると思っていたが、これはコイツらを舐めていた。

 

「パワーにスタミナ、一ヶ月前と比べ物になんねー程強くなってるはずだ」

 

 ライン連中も、最初はトラックを動かすにも一苦労だったが、最後まで自力でラスベガスまで押してみせた。確実に成長している。そのメンタルが特に。

 

「だがそれだけじゃ関東の強豪には100%勝てねぇ!」

 

 勝負に絶対はない。だが、たゆまぬ努力でその絶対に限りなく近づけることはできる。

 

「この拷問を最後までやり抜いた経験と精神力、それが実力差をひっくり返す。アメフトってのは心の勝負でもある。俺はそこに賭けてる。

 ――今はただ完走の美酒に酔いしれやがれ! よくぞ2000km走り抜いた! お前ら最高だ!!」

 

「せっかくの名演説だがほとんど聞いちゃいねーな」

 

 とヒル魔の言う通り、ほぼ全員が精も根も尽き果てて、路上でへばっている。ので、とっとと宿を取った部屋のベッドに運んで休ませた。

 

 

「……これでおさらばか。寂しくなるな」

 

 どんなに憎まれても構わねぇ。だが強くするためならなんだってやってやる。そう誓い、この一ヶ月心を鬼にしてしごいた。

 しかし、常に心に去来するものがあった。

 

『なんで1人で……他の連中はどうした!』

『全員、潰れた。でもよ、俺が1人でも粘ってりゃ、追っかけてくるに違ぇねえ……『溝六如きに負けてたまるか』ってよ!』

 

 だが、来なかった。誰ひとり。

 トラックを押していた前衛だけでなく、庄司が指揮していた後衛連中も全滅。

 そして、ひとりで仲間が戻ってきてくれると信じたバカは、自滅した。

 だから、ずっと誰かが落ちることを覚悟していた。でも、そいつを責める気はなかった。途中で無理だとリタイアしたヤツにはアメリカの日本人大使館の地図を渡すつもりでいた。

 

 こんな独りよがりな熱血を無理してまで押し付けて、失敗したのを経験していたから……

 そんな間違いであったと反省しながらも、結局最後までやり通したのは――

 

「それでも俺は、30年前……夢半ばに散るあんな思いをさせたくない。その一心で」

 

 膝の古傷が疼く。

 泥門は全員で達成してみせた。だが、それでこれが正しかったのだと言えるのか?

 

「――証明してみせます」

 

 遊びの街ラスベガス。それでショーの一環で使われる舞台のひとつである海賊船にまでふらついて、ひとり別れの儀式にと盃をあけていれば、ヤツが来た。

 

「勝つために与えたこの試練、『死の行軍』を成し遂げた泥門デビルバッツが、先生の30年の迷いを晴らしてみせます……!!」

 

 村正……。

 一目見た時からピンときた逸材で、誰よりも苛めてきた、この酒奇溝六が育てた最高の選手。

 

「だから、帰ってきてください日本に。俺達の勝利を間近で拝んでもらうためにも」

 

 

 借金2000万円は、トラックを売却して得た資金を元手に、ラスベガスでギャンブル。主にヒル魔の活躍によって、借金返済額の2000万以上に稼いでみせた。

 

 

 ~~~

 

 

 もう何度も負けてるんだ。

 長門と高さだけで競り合ったら勝ち目なんかねぇのは身に染みた。

 勝つには、長門に俺の全部を、体でぶつけてくっきゃねぇって事をよ……!

 

(ぶつかってくんだ長門に! 振り返っちゃダメだ! 長門の方しか向かねぇ……!!)

 

 ボールの位置を把握するために振り返るためのエネルギーをも全部飛ぶ足に注いだ。

 当然バック走でこちらをマークしていた長門もキャッチに飛ぶ。空中で衝突する。だが、

 

「クラッシュ上等ォォ!! キャッチ勝負なら負けらんねぇんだァァァァ!!!」

 

 当たりながら、キャッチする。自分にも相手にもリスクを背負ったこの危険な技に、やはり長門も躊躇なく飛んだ。

 悔しいが、まだまだコイツの総合力はどれもこれも自分より高水準だ。パワー、スピード、テクニックどれも負けてる。だから、キャッチの一点突破、それしか勝機はない。

 

 当然、長門の方を向いてるから、ボールは見てない。でも、()()()()

 数えきれないほど受けてきたヒル魔先輩のパス、頭と体に記憶した弾道と体感する風向きと風量で視認せずとも予想できる。

 

 雷門太郎の、10年間ボールだけを追ってきた経験則。練習バカに生えた背中(バック)の目。

 だから、存分にこのキャッチのパワーを、長門にぶつけられる!

 

「らあああああああ――!」

 

 相手選手にぶつかりながら、投げられたボールに背を向けたままの、頭上(オーバーヘッド)キャッチ。

 

 

(なんて奴だモン太……!)

 

 キャッチの腕の出し方は角度によって何種類もあるが、頭の後ろで捕るキャッチは断トツで難しい。

 しかもそれをこちらにクラッシュしながらやってのけた。

 

「よっしゃああああ! ついに長門から一本捕ったぞーーー!!」

 

 泥門ワイドレシーバー・雷門太郎、体当たり頭上キャッチ『デビルバックファイア』で、『デス・クライム』を達成。

 

 

 ~~~

 

 

 身長でも、腕力でも上を行く強敵(とも)

 そして、自分には力の差を覆す3人のような息の合った連携もない。だから、1人で3人分の働きをやってみせる。

 

 両腕の連続『リップ』でも通用しない。ならば、三位一体の打撃をぶちこむ。

 

 肩の筋肉を膨らませ首を引っ込める。

 遅れやすい腕っぷしは、かなり先に当てるつもりで。

 押し勝つのではなく、下から上へ、相手のバランスを崩すことを目的とする。

 

「フゴッ!」

 

 タイミングが肝心。

 今、相手がいるところに全力で突っ込んでも、到着するころには微妙にズレてしまう。

 だから、相手の動きを予測して、0.2秒先の未来に叩き込む……!!

 

 何度も果たし合って、親友のチャージのタイミングが頭で考えなくても体でわかる。

 そして、背の低い自分は、小さいからこそ誰よりも立ち合いに有利に働く。

 

「あの長門君が、止められ……!?」

「いやそれだけじゃねぇ! グラついてんぞ……!?」

 

 ……流石は、強敵。

 衝突に威力を3倍にする強撃でも倒し切れないか……!

 

「フゴッ!!」

 

 だが、ラインマンとして止めてみせたぞ。

 

 

 これは敵の懐に潜り込める小柄さあっての技。長身のプレイヤーでは易々とマネできるものじゃない。

 

「見事だ、大吉。己の肉体を、武器にしてみせたな」

 

 泥門ガード・小結大吉、頭、肩、腕を三点同時(ジャスト)クラッシュさせる『Δ(デルタ)ダイナマイト』で『デス・クライム』を達成。

 

 

 ~~~

 

 

 小早川セナも『デビルバット・ハリケーン』で、『デス・クライム』を達成している。

 『死の行軍』をやり遂げた彼らは、ヒル魔妖一が課した『デス・クライム』を達成できるだけの一芸を身に着けていた。

 もっとも、その後すぐに長門村正が一芸を打破してみせるも、それで地獄の合宿を経験した3人の精神力が挫かれることなく、さらなる向上を目指す。

 

「アハーハー! さあ、今度はこの僕がムッシュ長門に勝ってみせるよー!」

 

「いいぞ……来い。ブロックもキャッチも負かしてやる」

 

 そして、アメリカで加わった新戦力・瀧夏彦の加入。同じタイトエンドの長門村正と張り合うように毎日ぶつかっていく。身近な強敵(かべ)という刺激を受け、勝負の経験値を獲得していき、瀧夏彦は瀧夏彦なりの柔軟なプレイを磨いていく。

 

 

「やーー! 泥門デビルバッツの盛り上げ隊長に就任!」

 

 それから、彼の妹の瀧鈴奈が泥門生ではないけれど、観客を沸かせるためのチアガールとなった。早速、キャップ、メガホン、応援スティックを考案して、チームを活気づける。

 

 

作戦帳(プレーブック)! 秋大会までに全部叩き込むぞ!」

 

 『死の行軍』の最中でも行っていたが、戦術理解を深めるための勉強も怠らず。イラスト入りのカードを全員に配り、全プレイを覚える時間は少し足りないが、それでもイメージと結びつけるよう脳に刷り込んだ。

 

 

 ~~~

 

 

『正直、雪光先輩の運動能力では、どれだけ猛特訓を重ねても半年かからずに運動部助っ人に勝てるほどのプレイヤーにはなれないと思います。

 でも、『ヘル・タワー』でも話したことがあるっすけど、アメフトは頭も使うスポーツです』

 

 『デス・クライム』を受ける傍らで、長門君にきっとアメフト部で最もヘタな僕にも何か一芸を身につけられないか指南をお願いしていた。

 

『“見る”。相手ディフェンス全体の動き、相手選手が今どこにいてどこに向かうか、瞬時に見極める。これは、17年間、机にしがみついていた、その“鍛えられた頭”だからできるものです。そう、雪光先輩の武器は、(ここ)だ。

 相手の動きを見ただけで全体像を頭に浮かべられ、そこからさらに司令塔・ヒル魔先輩と瞬間の判断を同調(シンクロ)させられるくらい、判断力(あたま)を鍛えてください』

 

 太陽戦もNASA戦もずっと試合に出れなかったけど、それでも“見”続けた。

 パスルートを最初から決めず、瞬間瞬間の状況を見て、相手を出し抜く文化系レシーバーの武器『速選(オプション)ルート』ができるようになるために。

 

 相手ディフェンスの動きと全部のパスパターンを脳に焼き付ける。『死の行軍』の最中でも休みの時に、いろんなアメフトの試合データを、情報通の熊袋さんに集めてもらって見せてもらい、長門君の解説をしてもらいながら勉強した。

 どれだけ事前情報を“予習”をしても、実際の動きを前半まるまる使って“復習”しないと無理だろう。

 

 『死の行軍』、途中リタイアしかけるも自分の足で最後までやり通したその成果で、40ヤード走を6秒1から、5秒6に上げた。

 それでも標準的男子高校生は5秒5、運動部の助っ人・石丸さんの4秒9には及ばないし、フル出場できるスタミナはない。

 しかし、オフェンスのみ。それも後半だけに力を集中できれば、誰よりも全力で走れるだけのトレーニングは積んでこれたはずだ。

 

「よーし秋大会レギュラー入りのメンバーを発表だ!!」

 

 『死の行軍』で大半が終わった夏休みを終えてから、二学期最初の練習後、ヒル魔さんが部室に皆を集める。

 

「今から呼ぶヤツは全員、攻撃と守備の両面で使う。

 まずクォーターバック、ヒル魔妖一(オレ)。……キッカー兼任な。

 

 次! ライン5人。栗田、小結、十文字、黒木、戸叶。

 

 ランニングバックは、アイシールド21、石丸哲夫、それと基本タイトエンドの長門も作戦次第で走らせる。

 

 そして、レシーバー、雷門太郎! とこっちもタイトエンドに変えるが、瀧夏彦。

 

 

 

 ……で、最後に攻撃限定でワンポイントのレシーバーに、雪光学。以上だ」

 

 完全なレギュラー入りとはいかなかったけど、でもこれで、最後の秋大会、フィールドに出られるんだ、僕も! みんなと一緒に戦える――!

 

 

 ~~~

 

 

「……チームも、そして、俺個人も秋大会に向けてだいぶ仕上がってきた」

 

 『死の行軍』後に測った身体データ、ベンチプレス155kg、40ヤード走4秒5、そして、身長も3cm伸びて193cmになった。

 それで、携帯に送られた大和猛(アイツ)の情報は、ベンチプレス135kg、40ヤード走4秒3だ。脚の速さでは0.2秒負けているが、腕の力は20kg分勝っている。

 無論、数値上だけですべてを測れるものではなく、また全体のチーム力も、泥門は帝黒に劣るだろう。

 

(だから、まだこの程度で満足しない。実戦を糧にさらに成長する)

 

 そのための第一歩、秋大会の一回戦目の相手・千石サムライズ。

 月刊アメフト誌に記載されているのを見ると、走力A パスB ラインB 守備C。総合でAクラスのチーム。

 対し、泥門は、走力A パスB ラインC 守備D。総合でBクラスのチームと書かれている。といってもこれは、夏休み合宿前のNASA戦時での評価だろうが。

 部員数も62名と向こうが圧倒的に上で、大学がバックアップについている組織力は泥門にない強みだ。

 ……そして、こちらはキッカーが、まだ帰ってきていない。

 

「だが、関係ない。決戦の舞台、クリスマスボウルの東京スタジアムで皆に誓った以上、どこが相手だろうと、ただ勝つだけだ」

 

 “絶対クリスマスボウル!”を誓い先輩たち3人の名が書かれたテレビ……そこには今では寄せ書きのように泥門デビルバッツ全員の名前も加えられていた。

 

 

「村正君、頑張ってくださいね。私も応援してますから!」

 

「ありがとな、リコ」

 

 出立の朝。

 9月11日。全国高等学校アメリカンフットボール選手権が開幕。

 お隣さんに挨拶をすると、いざ……

 

「―――」

 

 バタッ、と重いものが地面に落ちる音。それまで前を向いていた長門村正が反応して振り向くと……見送っていた頑張り屋さんのお隣さんが倒れていた。

 

「リコ!?」

 

 

 ~~~

 

 

『えーー皆それぞれ思いの丈があるでしょう。勝利への渇望があるでしょう。だが全国大会決勝(クリスマスボウル)へ行けるのはただ一校のみなのです。

 誤解を恐れず真実を言おう。アメフトは君たちにスポーツマンシップなど求めてはいない。敗者に敢闘賞はなく、勝者のみが栄光を得る世界。

 君たちの使命はただひとつだ。――――勝て!!』

 

 

 全国高等学校アメリカンフットボール選手権が始まった。

 

「やっぱり、あの大凶のおみくじが当たってたんだ……」

 

 けど、長門君が、来ていない。

 先ほど連絡が入った。お隣の熊袋リコさんが倒れた。病院へ連れて行ったようで、急いで親が向かっているがそれまで離れられない。

 『死の行軍』で手伝ってもらったし、お世話になった熊袋さんの容体は心配だ。

 

「長門君もムサシみたいに……」

「まあ試合開始にゃ間に合わねーな」

 

 震える栗田さんを遮るように、ヒル魔さんが淡々と言う。

 

「ビクつくな糞デブ! 糞カタナ抜きの攻撃パターンもある! 常にフルメンバーなわけじゃねぇんだぞ! スタミナ温存でベンチで休む時もありゃケガで退場もありうる。その瞬間に負け決定か? そんなんでトーナメント勝ち上れるわけねーだろ!」

 

 確かに、そうだ。

 それでもタイトエンドが外れる。瀧君もまだ泥門に中途入学していないから正式なデビルバッツのメンバーとして試合出場はできない。泥門の攻撃パターンは相当削れる。

 ……それに栗田さんは、長門君が来れないのに何かを思い出したように震えてる。ヒル魔さんもどこかイラついてる気がする。

 

 それに僕も、初めて試合で負けた――長門君が試合に出れなくなってから、逆転された。そんなことを意識してしまうとズシリと脚が重くなる。

 そして、相手は王城ホワイトナイツと同じAクラスの強豪・千石サムライズ。

 

「ガハハ、格好良く撮れよ! この秋大会で春大会の時に優勝した王城をぶった斬る名門千石サムライズ監督・豊臣光秀に相応しい角度でな!!」

 

 “天下統一”と書かれた扇子を広げ、もう片手に並々と液体の入った盃をもつ江戸TVの取材を受けてる相手チームの監督。

 

「あの石頭……庄司監督とは千石大アメフト部の同期の桜よ」

 

 庄司監督と同じ……それって、『二本刀』の溝六先生とも……

 

「あやつは千石大主将の頃から熱血迷惑な男でな。厳しくすりゃええと言うもんじゃないという事をこの大会で証明しよう」

 

 まるで一回戦は勝って当然だとでも言うように、先の展望を高らかに語っている。

 

「そうさな、まずは監督もコーチもいない弱小チームを……」

 

「チッ、チッ、チッ!」

 

 あれ? いつの間にかモン太が泥門のベンチからいなくなっていて、瀧君や小結君とも一緒に千石サムライズの取材に割って入っていた。

 

「それが今はいるんだな! 名トレーナー・酒奇溝六先生よ!」

「アハーハー!」「フゴッ!」

 

 とカメラを誘導するようこちらの泥門ベンチへ手を振るモン太。

 そちらには溝六先生がいて、それに気づいた千石の監督が景気よく扇子で仰ぐのを止めてしまう。

 

「溝、六か……」

 

「……よお、豊臣。久しぶりだな」

 

 それで、言葉は止まってしまう。

 溝六先生は口を閉ざして静かなままだけど、向こうの監督は下唇を噛んで震えていて、喉元まで込み上がっている言葉を吐き出さないようにしてる感じで……そこに口を挟んだのが前に会ったことのある人だった。

 

「これはこれは、千石大のOB・酒奇溝六さんやないですか」

 

 サムライズのクォーターバック・浪武士。泥門高校にまで押しかけて、長門君を否定した……そう、溝六先生の教え子である長門君を。

 

「時代遅れのスパルタで千石大を壊したド阿呆が、今度は泥門で同じ過ちを繰り返したんか?」

 

 ……溝六先生は、何も言い返さない。

 その様子に、浪さんは鼻を鳴らして、侮蔑したように見下す視線で……それが我慢できなくて、僕は間に立ちはだかった。

 

「違う。押しつけなんかじゃない。みんな勝ちたくって自分で決めて参加したんです」

 

「そうだ!」

「おいテメー、俺らが言いなりの奴隷みてぇじゃねーか」

 

 モン太と黒木君も声を上げる。

 

「けど、『妖刀』がおらんやないか。あれがおらんと泥門なんて戦力半減や。なあ、スパルタに折れちまったんか? それとも、俺との勝負を尻尾巻いて逃げたか? どちらにしても『二本刀』が終わって新時代の千石サムライズには勝てんやろうがな」

 

 去っていく浪さん。

 そして、燃え上がる泥門。十文字君、黒木君、戸叶君が声を揃えて叫ぶ。

 

「「「あいつらぶっ潰すぞ!!」」」

 

「ウワァア頼もしい……」

 

 

 ~~~

 

 

「――長門君!」

 

 お隣さんが眠るベッドの傍らで時計を気にしつつ座って待っていると、息を切らして病室に飛び込んできたアフロな男、今日の試合の解説役を任されていた月刊アメフト編集部の記者・熊袋さんである。

 まず娘が安らかに寝息を立ててるのを確認してから、こちらにペコペコと頭を下げる。

 

「ごめん、ウチの(リコ)が……今日は大事な試合だって言うのに」

 

「ご心配なさらず。リコも容体は落ち着いたようです。医者が言うには2、3日で退院できるでしょうとのことで。……頑張り屋ですから、無理をしているのを我慢していたんですね」

 

 『死の行軍』の最中も、振り返ると顔を真っ赤に、頭をアフロにしてたから、その時から具合が良くなかったんだろう。

 だから、こうして誰かが来るまで看護するのは、負担をかけた者の責任として当然だ。

 

「それに今の泥門は、俺がいなくても強いですよ」

 

 

 熊袋さんと入れ替わるよう病室を出る。

 時間はもう、一回戦の試合が始まっているだろう。

 

「ヒル魔先輩には連絡しておいたが……急がないと後半にも間に合わない!」

 

 ヒル魔先輩の返信にも、賊学連中も同時刻に別のグラウンドで試合するから迎えにやるタクシーはない。自力で来い、とのことだ。

 

「よし、ここから走るか――」

 

「お前、何で今ここにいるんだ?」

 

 

 ~~~

 

 

『いよいよ始まります。全国高校アメフト選手権一回戦泥門デビルバッツVS千石サムライズ!』

 

 “チャンスだ”と長門村正不在の状況を十文字一輝、黒木浩二、戸叶庄三たちは、自分らの活躍の場だと捉えた。『死の行軍』で死ぬほど特訓した自分たちの力を証明するチャンスだと。

 すっかり不良がスポーツマンになっちまった。と物思いにふける三人だった。

 

 しかし、92番の筒井順、93番の高坂昌、94番の山田有也、95番の斎藤正利、96番の武藤俊一ら千石のラインマン。強豪Aクラスとされるチーム。そのラインの評価は、B。泥門のCよりも上。

 

「侵略する事火の如し!」

 

 36番のセーフティ・山本勘一の掛け声を受け、千石の壁が連動する。

 

「太陽の『ピラミッドライン』とやりあったそうだが、これが、現代のアメリカンフットボールだ泥門!」

 

 守備を入れ替える連携プレイ、『スタンツ』。真っ向からぶつかるはずだったのに、それを隣から横槍を入れられて躱される。そして、人間、横からどつかれれば弱い。

 

「新時代のラインマンに必要なのは、連携とスピード。超重量やパワーなんてものは終わったんだ」

 

 ラインマン全員の50ヤード走が、5秒0。ラインも含めフィールド上の全員が走れるチーム。それが走力Aと言われる千石サムライズ。

 そして、突破したラインは後衛にチャージして、相手の攻撃をサックして潰す。

 

「今度こそ! うおおおおお!!」

 

 奮起して突っ込む泥門のラインだが、穴を見て変幻自在に入れ替わる千石のブロックを阻めない。

 

「負けたら……全部が、終わり……」

 

 そして、ラインマン5人を中核で支えるべきセンター・栗田良寛が機能せず、ブロックは1秒も保たない。パスを投げる間もなく潰しに来る、そしてランにしても走るルートをこじ開ける(ライン)が完敗では絶対に勝てない。

 

『泥門攻撃失敗! 攻撃権交代!』

 

 

 ~~~

 

 

 “生き残り”を士道に掲げ、選ばれし(つわもの)共が勝利へと鋭く斬り込むオフェンス陣。

 

「――さあ、いっちょ敵陣に斬り込んでやろうやないか」

 

 背番号11。千石サムライズのエースクォーターバック・浪武士の得意な戦法は、投手自ら走る『キューピードロー』。

 スナップされたボールを持って、大外へ、疾き事風の如きランで回り込む。

 

「捉えた!」

 

 それを更なる速さで先回りする泥門守備の後衛・アイシールド21。だが、浪武士はおどけるように笑う。

 

「速いなあ自分。けど、俺は投手や。選択肢は抜くだけに限らん」

 

 爆速ダッシュで追い詰める――よりも早く、浪武士は走りながら投げた。

 その鋭いパスを千石の背番号80のワイドレシーバー・伊達宗一がキャッチして、パス成功。一気に10ヤード前進を許す。

 

(走りながら、投げる……長門君と練習で『ハーフバックパス』の練習をした事があるから、動きながらコントロールよく投げるってのがどんなにすごいのかわかる)

 

 走りながら制御、かつ走りの勢いも加算させるよう止まら(ブレーキせ)ずに投げる銃弾の如きパス。脚も速いが、(たま)も速い。

 

 エイリアンズのクォーターバック・ホーマーはそのマッスルボディでそう簡単に倒せない発射台だったけど、これは捕えられない発射台。

 

(それでも、こっちが速い。もっと速く飛びついて、投げる前に潰せれば……!)

 

 二回目の守備でもまた果敢に『電撃突撃』を仕掛けるアイシールド21。

 再び対峙した浪武士は腕を上げ、その投手の弱点である肩と腕を狙い、先よりも力を溜めた爆速ダッシュで突撃する。

 ――だが、そのアイシールド21の身体の前に、投げる体勢でボールを持たない方の左手が突き出されて、アイシールド21が伸ばした腕を手刀、『スティフアーム』で叩き落とし、躱して抜き去る。

 

(フェイント!?)

 

 そして、千石サムライズの10番、ランナーを相手ディフェンスからリードブロックするフルバック・石田成一にアイシールド21が浪武士に迫る走路を遮られた。

 『電撃突撃』は持ち場を離れて投手を潰しに行く、失敗すれば無防備になってしまうギャンブルなディフェンス。泥門セーフティ・アイシールド21がいなくなってしまえば、最終防衛線に残っているのはヒル魔妖一のみで、現状、浪武士のスピードに追いつけるのはアイシールド21だけだ。そのまま独走し、ゴールラインを超えた。

 

『タッチダーゥン!』

 

 どこから撃ってくるかわからない発射台。かといってパスに守備を集中すれば、そのまま『キューピードロー』で行く。

 

 そう、巧みなフェイントで相手を翻弄し、自らランでボールを運ぶ異端児・浪武士は、攻撃の手段でランとパスの2枚のカードがあり、それを相手は常に頭に入れなくてはならない。更に“投げるフリ”をしてくるので、単純な走り一辺倒の守備に集中できないのだ。

 

 昨年の東京地区でベストイレブンに入った盤戸スパイダーズのクォーターバック・棘田キリオ。彼の武器は、『薔薇の鞭(ローズ・ウィップ)』と呼ばれる横走り投げであり、そして、超攻撃型の動く投手。

 千石サムライズのクォーターバック・浪武士もそれと同じ。

 

「西部の『早撃ちのキッド』っちゅうのが今騒がしてるけど、現代のアメリカンフットボールの投手は自分が走れるヤツ。投げるのが速いだけでなく走っても速いヤツが新時代のクォータバックや!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。