悪魔の妖刀   作:背番号88

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14話

 一輪車トレーニングというのがある。

 倒れないように、前後左右にどちらにどれだけ体重を移動しても重心を1ヵ所に合わせなければならない。これはバランスをとる体幹、腰回りの筋肉が鍛えられる。

 それにハンドルを握って踏ん張らずにペダルを漕ぐので、腰のツイスト運動を必要とする。“みぞおちから脚が生えている感覚”で足を動かすのだ。スキー選手の中には、雪がなくて滑走のできないオフシーズン中は一輪車でトレーニングをする者もいるという。

 そして、移動する際の姿勢も綺麗になるともいう。

 

(そう、セナの爆速ダッシュもだが、アメフトの選手の走り方は、脚の内側や後ろの筋肉を使って、前にドンと押し出す――足を()()感じだ。引っ張る力よりも押す力の方が強いのは決まっている)

 

 が……さて、

 

(もっともこれは一輪車ではなく、三輪の二人乗り用自転車……ただし、()()()()()()()から、一輪車と同じようになっている)

 

 ハンドル無しの自転車の時点でこれもう日本では走らせられない、これが終わったら元に戻すつもりではいるが、アメリカでないと無理だ。

 元々、総重量500kgの重量級改造車だったが、現在はヘルモード仕様。……でも、後ろは極楽である。

 

(これはますます転倒し難い……俺だけじゃないからな。絶対に倒れられん)

 

 これは一輪車ではなく、二人乗り自転車。

 前はハンドルという自転車に必要不可欠な要素が取り上げられてしまっているが、後ろはオプションが豪勢だ。

 ペダルは外されて、代わりに旅客機の机つきリクライニングシートのようなものが設置。ネット設備は完備(必要な電気は車輪を利用した人力発電)、日避けや雨傘になる屋根もついている。ちょっとしたネット喫茶だ。ただし立地は、己のバランス感覚にかかっている。転倒時のエアバックもつけた(後部座席限定)と言っていたが、お勧めしない物件だ。

 もはや後ろの自転車要素は、ブレーキをかけるためのハンドルしかない。

 ……これ賊学のバイク並みの改造費用がかかっているのではないだろうか? しかもその分だけ500kgプラスアルファが増量しているだろうし。

 

(先輩と先生は一体俺を何だと思っている……春休みに半分やってきたことを知っているから、“これじゃつまらんだろう”とこの特別仕様……)

 

 このメニューのコンセプトは、『進清十郎の『スピアタックル』をもらっても倒れない』、だ。

 

 そして、夏休みの期間40日以内にこのテキサスから、お金を稼ぐ当てがあるという西海岸ラスベガスまでの2000km、アメリカ横断のウルトラトレーニングは自分だけではない。ポジション別でそれぞれ違う。

 

「『ロングポスト』!」

「これ! 普通に走るよりキツさMAX……!」

 

「ジャニーランっていう毎日80kmとか走るマラソンもあるんだ。1日数十kmは無理じゃないハズ……」

 

 後衛レシーバーは、銃弾を避けながらパスルートをこなしながら走る。その後ろでクォーターバックは荷物を持ちながら反動で腕に負担のかかる銃器をぶっ放しながらルート指示を飛ばして追う。

 

「ファイトー! 応援してあげるから、私を兄さんのとこまで連れてってー!」

「ヒィィ! そんな引っ張らないで、瀧さ、鈴音、石蹴りしてるから……」

 

 ランニングバックは、エイリアンズ戦でパンサーに見せた必殺カットを完成及び向上させるために石蹴りしながら、車輪付き(スケート)少女を引っ張る。

 

「どしたどしたぁ!! そんなんじゃ10年かかってもラスベガス着かねぇぞ!!」

『ぬぐおおおおおお!』

 

 前衛のライン組5人は、食料水その他もろもろの荷物を載せている合宿中の居住区にもなる、マネージャーがハンドル握ってるデビルバット号(デコトラ)を押して進む。

 

(うーん。どれも甲乙つけがたい。そう、『死の行軍(デス・マーチ)』は他に余裕がないくらいにキツいメニューだ。……なのに、俺だけ“ハンドル握らない手が空いてて寂しいだろうからグリップでついでに握力を鍛えておけ”とか。まったく容赦のない依怙贔屓だ)

 

 ギチギチと両手で握力グリップを握りながら、ギア最大のペダルを踏む。

 道路は凸凹して荒れているがハンドルを必要とするような急な曲がりのない一直線に道路を行くし、ブレーキは二輪自転車の後ろに備えられているからいざというときは問題ない。

 ただ不安に思うのはやはり同乗者の存在である。

 

「秋大会東京地区のトーナメントの速報が入りましたよ、村正君! 泥門が一回戦に当たるのは、千石サムライズです!」

 

「そうか、リコ」

 

 荒ぶると髪がパーマに縮れるのが特徴なアメフト情報通のお隣さん・熊袋リコが、この二輪自転車後ろでノーパソを開いて情報収集している。

 きっと、春大会のダークホース・西部ワイルドガンマンズのアメリカでの合宿を取材に来たんだろうが、何故かこうして泥門デビルバッツの合宿に密着取材どころか限定マネージャーみたいに協力してくれている。主務のように情報収集してくれるのはありがたいのだが、いいのだろうか? ワイルドガンマンズを放っておいて。

 

「千石サムライズは、鋭い走りを武器とする優勝候補の一角です。特に目覚ましいのが浪選手率いる攻撃陣。かつて名門千石大のアメフト部を盛り立てた豊臣光秀監督が経験を活かした指導でチーム強化されたサムライズは、王城や西武と並ぶAクラスです。春大会では準決勝でワイルドガンマンズに敗れましたが、それでも王城との決勝で途中退場した鉄馬選手がフル出場する中での接戦でした。一回戦から厳しいところと当たりましたね、泥門デビルバッツ」

 

 なるほど。

 でも今はそんな一ヶ月後先のことよりも、現状。日本に帰れるかどうかを心配した方が良いだろう。

 そして、万が一にも倒れるつもりはないが、付き合うだけでも相当大変だ。

 

 トレーニングでズタズタにブチ切れた筋肉を休ませると、治る勢い余って前よりも筋繊維を増量する。この現象が、『超回復』。これが筋トレの仕組み。だからトレーニング後が、最低24時間は休んで『超回復』させないと筋トレは意味がない。

 と言っても秋大会まで40日。毎日休んでいてはラスベガスには到着できない。――だから、徹夜で2日分のトレーニングをこなすビルドアッププラン。

 『死の行軍(デス・マーチ)』は、徹夜して倍速でプログラムを仕上げる事なのだ。2倍筋肉削って、2倍『超回復』させる。

 2日徹夜して、1日休みの繰り返しが、『死の行軍』である。だから、同乗者リコもベッドで横に眠ることができない。一応、後ろに座席を倒せば寝られるようになっているが。一言断りを入れておく。

 

「リコ、今夜は寝かさないぞ」

 

「ええええええ!?!?!?」

 

 

 ~~~

 

「ア

 メ

 リ

 カ~~~~! タッチダーウン!!」

 

 泥門、アメリカ・テキサスのビーチでバカンス。

 砂に埋まったり、スイカ割りしたり、浮き輪で海を漂ったりと満喫。中にはガンショップで装備の充実を図る(日本に密輸する気満々)先輩もいる。

 

 そして、皆が思い思いに過ごしている中、

 

(宿なしでほぼ文なし。さあ、どうしようかアメリカ生活。大和の付き合いで英語はできるが、働くことはできんし)

 

 と頭を悩ましていた長門村正も久しぶりに対面した。

 

「おや、お前は……西部ワイルドガンマンズの甲斐谷陸」

 

「泥門デビルバッツの長門村正!」

 

 適当にビーチを散歩していたら、春大会決勝で会った甲斐谷陸、あの爆速ダッシュのコツを教えたセナの兄貴分で姉崎先輩とも幼馴染。そして、王城ホワイトナイツを追い詰めたダークホース・西部ワイルドガンマンズのルーキーエース。

 

「どうしてあんたがここに?」

 

「『月刊アメフト杯』でNASAエイリアンズに10点差つけられなかったからな。公約通りに国外追放……じゃなくて、まあ、合宿だ」

 

「へぇ、泥門も?」

 

「ということは、西部もアメリカに来ているのか?」

 

「ああ。それじゃあ、セナやまも姉もいるのか?」

 

「もちろん」

 

 嬉しそうに笑う甲斐谷陸。

 なるほど、西部もアメリカに合宿に来ている。きっとまともな予定を組んで。

 と軽い情報交換を兼ねた挨拶を互いに交わしたところで、

 

「『月刊アメフト杯』、NASAエイリアンズとのナイター試合みてたよ。やっぱり、アンタは強い。王城の進清十郎と同じ、雲の上の怪物だ」

 

「お世辞はよしてくれ甲斐谷。結局、試合では勝てなかったんだしな」

 

「けど、MVPがあるとすれば、きっと長門だ。体格の違う本場の強豪チームを圧倒し、あの黒人のランニングバックを一度も抜かさなかった。……俺と同じ世代でこれほど凄い()()がいるとはね」

 

 爪先で軽く突くように砂浜を蹴る甲斐谷。

 

「だけど、負けない。西部ワイルドガンマンズのランニングバックとして、エースキラー・長門村正を抜いてみせる」

 

 真っ直ぐ突き付けるのは、誇り高い目だ。一年生だそうだが、きっとこの甲斐谷陸の走りは、“重み”があるだろう。

 だが、長門村正は、負けない。負けられない。――西で待つ、己の最大のライバルと決着を付けるため。

 

「抜かさん。何人たりとも、な。俺には誓いがある」

 

 どんな走者も止める。それが、世代最強ランナー・アイシールド21への挑戦権。立ちはだかる難敵を一切合切斬り捨てて、決戦の舞台クリスマスボウルに臨む。

 と、そこで浜辺に鳴り響くアナウンス。

 

『これよりメインイベントの前哨戦! ビーチフラッグ大会を始める! 優勝賞金は500ドル(5万円)! 脚に自信がある奴は参加してくれ!!』

 

 お、と。

 賞金が出るのか。今の泥門の台所事情には一ドルでもあった方がいい。

 また隣人もニヤリと勝気な笑みを浮かべ、

 

「なあ、勝負しないか?」

 

「甲斐谷?」

 

「長門は、脚にも自信があるんだろ?」

 

 ビーチフラッグでスピード勝負。

 強豪でもエースクラスの脚を持つと自負しているが、話を持ち掛けるという事は、甲斐谷陸も相当自信はあるんだろう。

 西部でまだ公式試合に出されていない、この隠し玉ルーキーの脚を見定めるには、良い機会か。

 それにこちらも話を持ち出し易い。

 

「いいだろう。それで、勝負と言うからには、何か賭けでもあるのか」

 

「ああ。そうだな、俺が勝ったら」

 

 次に甲斐谷から飛び出した要求(ことば)に、長門村正は少し困った。

 

 

「アイシールド21を紹介してくれ」

 

 

 マスコミにも正体を明かしていない、鳴り物入りで突如日本高校アメフト界に現れた謎の仮面ヒーロー。

 

「何者か知らないけど……って、ノートルダム大だっけか? あの走りは、ランナーとして見過ごせない。奴とも会って話がしたいんだ」

 

 でも、それが甲斐谷の幼馴染(コバヤカワセナ)なのである。

 

 

 そして、始まったビーチフラッグ大会。

 砂浜に突き立った旗を誰が一番に捕るか、走力と反射神経、敏捷性(スピード)を競うスポーツ。

 顔を反対側に向けうつぶせにセットする距離から、およそ20m離れたところに旗がある。身体接触は禁止されていて、腕を使った妨害や激しい接触は失格になる。

 

(なるほど自信があるだけあって、脚が速い。流しているが他の参加者を寄せ付けない。目測だが、あの脚の筋肉の付き方からして、およそ40ヤード走4秒5といったところだろうな。セナと同等くらいか)

 

 悠々と決勝にコマを進める甲斐谷。長門もまた同じように軽く準備運動するかのように程々に飛ばして旗を取って最後の舞台に上がる。

 

 決勝に立つのは、4人。

 突き立った旗は、1本。

 

 そして、敵となるのは、甲斐谷陸1人。

 

 アメフトプレイヤーとしての総合力は勝っていようが、ランナーとしてのスピード一点では劣ると長門も認める。

 ――しかし、長門村正が倒そうとしているのは、さらにその上の走りを持つ完成されたランナーだ。

 

『スタート!』

 

 パァンッ!! と号砲が鳴ったと同時に、うつ伏せの姿勢から起き上がり、フラッグに向けて疾走。

 一気に他二人を置き去りにし、甲斐谷と並走。

 

 アメフトのグラウンドとは違う砂浜。砂に足を取られて動き難いだけでなく、地面からの反発も弱い。地面を蹴るよりも、脚を上げることが肝要、つまりは爆速ダッシュには向いていない土壌だ。足先だけの動きでは不十分で、上半身のフリの力が砂浜で速く走るコツだ。

 

(つまり、上体のパワーのある俺の方が有利なフィールドのわけだが、それでも互角とは)

 

「ふっ――」

 

 半分を過ぎて5mのところで、甲斐谷がさらに加速した。

 

「この野郎……!」

 

 逃さん! 最後の一歩、思いっきり身体を倒し、飛びつく。恵まれた体格を生かし、全身のバネを躍動させる最後の加速。

 僅かに出遅れてしまったが、それでも伸ばした腕の長さ(リーチ)は甲斐谷よりも上で――旗を掴んだのは、同着。

 

「悪いな。勝者は旗を()った方だ」

 

「なっ!」

 

 が、この一瞬、観客審判から裁定を覆い隠す砂塵が落ちるまでの刹那に、握った甲斐谷の手から捻じり取る。『黒豹』から獲物(ボール)を奪い取ったのと同じように。

 

 

「ふーん、今のがNASA戦で見せた『ストリッピング』か」

 

 甲斐谷陸を制してビーチフラッグ大会を優勝した。最後はちょっと卑怯な力業だったけど、向こうもアメフト選手、奪い合いに文句はないようだ。

 それよりも、このわずかな交錯からこちらの技を研究しようとしている。貪欲だ。

 

「そういや、長門の賭けの望みを聞いてなかったけど」

 

「宿を貸してほしい。いつまでとは言えないが、せめて今日、西部の合宿地に泊めてくれ」

 

「え? そりゃ一体……」

 

「実は泥門は裸一貫でアメリカに漂流されたようなもんでな。泊まるあてもない家なき子なんだよ」

 

「おいおい、無茶苦茶だな泥門」

 

 呆れた様子の甲斐谷。当然だ。

 

「わかった。監督に俺から話をつけにいく。絶対にとは言えないが、予定地は牧場だし、広さには余裕がある。多分、大丈夫だ」

 

「悪いな甲斐谷。無理を言って」

 

「いいさ。泥門にはセナとまも姉もいるんだし。幼馴染を外国で野宿させるわけにはいかない」

 

 流石はセナの兄貴分だ。頼りになる。

 

 

 そうして、西部が合宿地へ向かう予定の時刻が来た甲斐谷と一旦別れる。まず先に行って話をつけてから、こちらに連絡してくれる手筈。ベン牧場までの地図を教えてもらい、お互いの連絡先を交換した。

 

(これで、とりあえず屋根のあるところで過ごせそうだ。が、アメリカには合宿に来てるわけで、ただ衣食住確保できれば良いわけじゃない。……流石にヒル魔先輩はそこまでノープランじゃないだろうが)

 

 むしろこのアメリカ行きまで、計画通りな気がする。

 いくら売り言葉に買い言葉の応酬だったとしても、あのNASAエイリアンズに10点差をつけるのはほぼ無理だ。前半は10点差のリードがつけられたけど、後半、泥門はほとんどがガス欠していた。おそらく、パンサーが出てこなくても、10点差をつけるのは厳しかったに違いない。

 だとすれば、アメリカに何か目当てのモノがあるはずだろうが……

 

 

 ~~~

 

 

「長門! ちょうどよかった! こっちに来てくれ!」

 

 しかし、無計画な行き当たりばったりな連中が多いのが泥門である。

 『ビーチフットボール大会inテキサス』。

 前座ビーチフラッグの後に開催されたイベントで、優勝すれば、賞金1000ドル(10万円)と副賞に激ウマテキサス牛が丸ごと一頭送られる。

 牛はとにかく、賞金はありがたい。ので、このイベントを聞き付けたセナとモン太、それに姉崎先輩が参加を希望。

 でも、長門を入れても4人。ビーチフットは、5人制の競技で足りない。

 そこで……

 

「成せばなる俺らカウボーイ! 牛を救うのが仕事だ!」

「ま、よろしく頼むよ」

 

 『これは食われる家畜の顔じゃない。闘う漢の目をしている……! 決めたぞ! 優勝してコイツベン牧場でロデオの牛にする!』と副賞の牛に惚れこんだのは、西部ワイルドガンマンズの監督・ドク堀出。

 それから監督の趣味に付き合っていた西部ワイルドガンマンズのクォーターバック・キッドとお互いの利益が合致。

 デビルバッツとワイルドガンマンズの混成チーム・デビルガンマンズを結成したのだ。

 

「……じゃあ、1人余りますし、姉崎先輩はヒル魔先輩たちを探してきてもらえますか?」

 

「え、でもセナには危ないんじゃないかしら」

 

 保護者でちょっと厄介なお目付け役の姉崎先輩にそれとなく促すも、躊躇いがあるご様子。庇護対象のセナに怪我するようなことは避けたいんだろう。

 “セナを守らないと!”と出る気満々だ。これはいたらセナも走り難かろう。

 

「これは、ビーチフットっす。タッチフットと同じでタックルではなくタッチでOK、競技時間も10分。地面も砂浜ですしそうケガするようなスポーツじゃないですよ姉崎先輩」

 

「うーん、タックル無しだから安全だとは思うけど……」

 

「それに、英語を話せる姉崎先輩じゃないと人探しはお願いできないです。うちらもここから先の予定とか何も聞いてませんし、ちょっとヒル魔先輩を見つけてきてもらわないと」

 

 この過保護なお姉さんに弁を尽くし、どうにか首を縦に振らせることに成功した。

 

「……そうね、ヒル魔君を探さないと……じゃあ、よろしくお願いできるかしら長門君」

 

「ええ、セナはバッチリ守ります」

 

 ビシッと敬礼しておく。これくらい勢いがないとなかなか離れてくれなさそうだ。

 

「うん。セナ、危なくなったらみんなの後ろに隠れるのよ!」

 

「いやそんな……」

 

 セナはどうこたえるべきか困った様子。

 彼がアイシールド21だというのは姉崎先輩には内緒にしている。バレたら、ヒル魔先輩と戦争になりそうだからだ。姉崎先輩はヒル魔先輩の脅迫手帳には屈しないだろうし、きっと激烈になるに違いない。

 というわけだから、セナ自身も『まもり姉ちゃんに心配されないくらいになれたら、自分から正体を明かす』と決めており、それまでは彼女にだけは正体は知られないようにしなければならない。

 

「じゃあ、皆、ビーチフット頑張ってね!」

 

「はい! ビーチフットMAXで優勝してみせますまもりさん!」

 

 姉崎先輩の出場辞退に少し残念そうだったモン太も、この鶴の一声で気合いが満タンになった。

 

 

 ~~~

 

 

 ビーツフットボール大会inテキサスに出場するために呉越同舟とタッグを組んだ、日本の旅行者が飛び入り参加したワイワイチーム・デビルガンマンズ。

 そのデビルガンマンズと初戦で当たるのは、悩殺ステップの実力は本物・セクシークィーンズ……

 

「『オウッ! なんと美しい……』」

「『綺麗に割れた腹筋、長足!』」

「『抱かれたいくらい逞しい胸! 極限まで絞り込まれた全身の筋肉!』」

「『なんてパーフェクトな肢体! 俺達よりも綺麗な身体がこの世にあったなんて!』」

「『一目惚れしちゃったわん。ねェ、大会後、俺達と一晩どぉう?』」

 

 ……そのピチピチなレオタード衣装に身を包む30歳のおっさん共からお盛んな熱視線を貰う。

 英会話力がさほどないはずだが、このあからさまな雰囲気から察したセナとモン太がすごく同情するような視線をくれた。

 

「その、長門君……気にしないで」

「同情MAX。どんまい、長門」

 

「ははは……」

 

 乾いた笑いしか出なかった。

 

「よっし! こうなったら長門にメロメロになってる間に圧勝してやろうぜ! こっちには王城追い詰めたキッドさんもいるしな!」

 

「おいおいあんま買い被るなって。下馬評良すぎるとロクなことはねぇよ」

 

 こんな試合さっさと終わらせてやる。

 正直、視線にさらされたくないので遠い最後方にいたいが、一番ガタイが良い事で見込まれたセンター役を務める長門はスナップしないといけない。一番相手と近い最前線で。

 

「SET! HUT!」

 

 また下から放ったボールは、クォーターバックのキッドの手に収まって――消えた。

 神速の早撃ち。0.2秒。並のクォーターバックの倍以上の速さで投擲するその技術は、圧巻。

 

「やべ、ちっと早撃ちし過ぎた。こりゃ捕れねー」

「いや、捕りますよ。ウチのワイドレシーバーはキャッチの達人なんで」

 

 キッドはレシーバが上がる間もないと思ったが、モン太はこのクイックファイアのパスに飛びついていた。

 

「ムヒャー!」

 

 見事にジャンピングキャッチを決めて、タッチイン。

 幸先のいい開始早々に先制点。このまま一気に試合を決め……

 

「『おいアンタら! これはビーチフットだ! あまり過度な接触は反則だぞ! つかゲーム中でないのに抱き着くな! セクハラで訴えるぞ!』」

 

「『いやん! そんなつれないこと言わないで』」

「『あら、ごめんなさい。でも、ちょっとくらいのお触りはセーフでしょ。キャ!』」

 

 

 ~~~

 

 

 デビルガンマンズ初戦、長門君がセクシークィーンズの5人全員から反則スレスレの執拗なマークにあいながらも、他の4人が着実に点を積み重ねていき大差で勝利した。

 しかし、セナの目の前で、体育座りをする彼がその勝利の代償がどんなものかを物語る。

 

「………」

 

「な、長門君! なんかすごく真っ白に」

「灰になっちまったな長門……」

 

 対照的に、負けたはずの相手チームはなんか全員艶々していた。ボディタッチから何かをドレインしたかのように。それに絞り取られた長門君。

 かける言葉もないという状況はまさにこの事だった。

 

「うん、まあ彼に複数で徹底マークをつけておきたい気持ちもわかるけどねぇ」

 

「え゛? キッドさん、まさか……」

 

「違う違う! ほら強いでしょ、彼、選手として」

 

 慌てて訂正するキッドさん。

 確かに、長門君は泥門の中でも際立っている。『デス・クライム』の練習でも一度も抜けていないし、“10人でかからなきゃ練習相手にもならない”とすら言われる。お見舞いで桜庭さんも、長門君を進さんと同じ“努力する天才”なんだと言っていた。

 ヒル魔さんから“この何でも屋にも通じるだけの一芸を身につけろ”とまるで踏み台のように試練を課したけど、実際、これとんでもない“壁”だ。

 それに気づいたのが、エイリアンズ戦……パンサー君を止めた長門君の本気のプレー。あの攻防を見て、“練習相手”が、“強敵”に変わった。いや、そうだったと気付けた。身近にあり過ぎて、どれだけの高みにあるのか目を曇らせていただけだった。

 “俺を抜けないと進清十郎は抜けない”とまるで進さんに劣るような言い方をする長門君だけど、きっと劣ってない。僕たちと同じ一年生だけど、史上最強を名乗るに相応しいアメリカンフットボーラー。

 “勝ちたい”――でも、きっと今のまま練習を重ねても“壁”の頂を見ることは……

 

「二回戦目だぞ、ほら」

 

「……貝になりたい」

 

 な、長門君……

 

 

 ~~~

 

 

 続く二回戦目。

 今度の相手は()()()()プレイヤーだった。無闇に自分に張り付いて来ない、初戦で負った心傷に心休めたい長門にはありがたい相手だ。

 レシーバー・モン太からマークを外さず、こちらの弱点を突いた。

 5人の中でただ一人現役選手ではない、西部の監督・ドク堀出。そちらへと中心にせめて立てて……無理に追いかけすぎて西部の監督はぎっくり腰を患った。

 

「えーい鉄馬がいれば!」

「監督がもうベン牧場に行かせたでしょ。今頃はバスで皆と移動中っすよ。鉄馬は絶対に指令を守るんで……」

 

 が。

 

「そんな鉄馬が突然現れるような都合の良い……」

 

 ことがあった。

 テキサスの海岸線を猛然と走る機関車こと鉄馬丈が、キッドの『5時間ぐらいしたら起こしてやってくれ』という命令を忠実に守り、駆け付けたのである。

 

「交代! 選手交代!」

 

 こうして、レシーバーがモン太一枚だけでなく、鉄馬丈という強力すぎる一枚も加わり、

 

「鉄馬ァ!! スラーント!!」

「!」

 

 またセナも走る。横向きに倒した砂嵐の如き爆走を見せ、相手を圧倒。

 

 

 こうして、二回戦を勝ち抜いて、決勝。

 相手は今大会の優勝候補筆頭、大会連覇中の最強入れ墨(タトゥ)軍団・TOO TA TTOO。

 全員が日焼けした浅黒い肌の上に斑模様の刺青を入れている。

 そのチームリーダーと思しき金髪サングラスの男が、こちらに挨拶に……いや、長門個人へとサングラス越しの目を合わせた。

 

「『おい、お前がムラマサ・ナガトだな』」

 

「『……そうだが。あんたは?』」

 

「『サイモン。お前の話は“センセイ”からよく聞いている。Da! 一番弟子だってな』」

 

 “先生”?

 悪っぽい英語の中から気になる唯一日本語のワードを拾い、傷心中だった長門もピクリと漣が立つ。

 

「『だがそれは、Da! アメフトに限っての話。Da! ビーチフットじゃ負けねぇ』」

「『言っとくけど、Da! ビーチの伝説よ俺ら!』」

「『Da! 地元で伝説作っちゃってんよ!?』」

 

 他のメンバーも口々に言葉を吹っ掛けてきて、最後、サイモンが睨みつけながら、宣戦布告した。

 

「『腑抜けたプレイをしやがって、がっかりだ。アメフトができるからってビーチフットを舐めてるのか? だったら、俺があんたから一番弟子の座、センセイから継いだ『刀』の称号を奪ってやる』」

 

 

 ビーチフットは、アメフトと同じように前に大きく投げれるフォワードパスは1プレイに1回までだが、アメフトとは違い、ラグビーのように後方へパスしながら進む戦術が適している。

 タックルなどで相手を倒さずともタッチすれば止めたことになり、それを躱すには細かなパス回しで翻弄する方が賢い。アメフトのラインマンのようなパスをキャッチできない無資格者なんて決まりはない、全員がキャッチできるし、またパスも許される。

 

「えっ!?」

「えっえっ!?」

 

 砂浜のフィールドを跳ね回るボール。

 セナやモン太たちが相手選手をタッチして止めようとするよりも早く、味方へショートパスを繋ぐ。

 

『出たーー!! TOO TA TTOOの必殺プレー! 跳ねるようにショートパスを回す『ノミのダンス』!!』

 

 アメフトにも、『フリー・フリッカー』という一度、クォーターバックから他の選手に渡ったボールを再びクォーターバックに戻して、フォワードパスを投げる。まるでボールが蚤のように跳ねたり行き来したりするトリックプレーがある。

 でも、TOO TA TTOOはこれを連続で行使している。解説者が言うように、まさに『ノミのダンス』だ。

 

「ムキャー!!」

 

 チーム全員が投手であり受け手。

 鳥籠のように連携のとれたパスワークで一切こちらに触れさせずに、タッチイン。ボーナスゲームを含め三回連続でタッチインを許してしまい、あっという間に7点も差をつけられた。

 

「ひぃぃダメだ……。今までのチームとは違う」

「マジでビーチフットの強豪だ!」

「いかーん! このままじゃ……漢な牛が肉にされちまう!」

 

 ぴょんぴょんパスが回るアメフトではありえないプレイに戸惑うデビルガンマンズ。

 これでは、優勝賞金(+副賞)を逃してしまうし、負ける。

 

「そういう、ことか」

 

 この状況、体を動かすもプレイに上の空で、ほとんど立ち呆けたままフィールド上で観衆と成り果てていた長門は、クスリと笑みをこぼす。

 

 理解した。

 試合前の口上だけではない。TOO TA TTOOのプレイを見て。彼らの動きに滲むその癖を目敏く見つけ、ヒル魔先輩がこのアメリカに、それもこのタッチフットの大会に合わせてきた疑問もあって。

 長門村正は、理解した。

 そうか、見つけたのか、あのモノを――

 

「――無様を晒してやれんなこれ以上」

 

 笑みが、獰猛さが宿る。

 見ている。あの人が。ひょっとしたらいなくなったヒル魔先輩たちと一緒に。

 

「さてと……こっちも細かいパス回さないと勝てねぇぞこりゃ」

 

「……なら、俺も投手(キューピー)に入ります」

 

「お、と眠れる獅子が起きたかな」

 

「これまで試合(ゲーム)に身が入ってなくてすいません。ですが、もう目が覚めました。振り子で進みましょう」

 

「では、お手合わせ願おうか。楽しみにしてるよ」

 

 ボールスナップのポジションを変わった鉄馬丈よりボールを受け取ったキッドより0.2秒でボールが回る。

 

「『さっきまで、手を抜いて悪かったな。弟弟子』」

 

 不慣れな砂浜の足場。

 しかし、何万と踏んできたこの足捌き(ステップ)は悪条件でも揺らぐことはない。

 キッドのパスに遅まきながらも反応して飛びつこうとした相手選手をまず一人躱す。

 

「『なにっ!』」

「『ビビるな! タッチすればいいんだ!』」

 

 ブロックに入ろうとするサイモン。

 その前でパス体勢。サイモンはそれに反応して目前のパスコース、モン太と鉄馬らをその体を使って隠すように跳び上がる。

 構わず、大きく振りかぶって――その勢いのままボールを放して投げる。

 

 背面投げバックパス。返されたボールを受け取ったキッドはそれをバレーのレシーブパスでもするかのような速さで素早く横へ送り、セナへとボールを回す。

 一直線に空いたランコース。黄金の脚を持つセナは一直線で爆走し、タッチインを決める。

 

「『――見せてやるよ、一番弟子の力を』」

 

 そして、長門もフェイントにかかったサイモンに宣告した。圧倒的な勝利を。

 

 

「懐かしいな。小学生の頃、アイツとしていたころを思い出す」

 

 長門村正は、タッチフットの経験もある。麻黄中にて本格的にアメフトを始める前は、ライバルと2人で、よく相手チームを圧倒していた。

 

『こ……これは……!! 『ノミのダンス』? いや違うもっと速い!!』

 

 パスコースを遮ろうする相手選手だが、間に合わない。

 たった2人の選手のパス回しが、TOO TA TTOO5人全員のパス回しを上回っているのだ。

 

「『甘い。全員でパスを回してるつもりだろうが、起点が見え見えだ』」

「『何!?』」

 

 砂場で見せる高い跳躍。

 砂を跳び散らして、躍動する長門村正が、サイモンが投げ返そうとした『ノミのダンス』、その山なりのショートパスに反応し、捕まえた。インターセプト。

 

「『ちぃ! 柔軟なタッキーがいれば!』」

「『いうな! 勝手にセンセイの下から離れたヤツのことなんか!』」

 

 ボールを奪った長門は、着地とほぼ同時に――撃つ。

 

「こりゃ鏡を見てるようだ……一緒にプレイしてる間に盗まれたか」

 

「いや、まだまだ。肝心の速さが劣りますよ」

 

 キッドのクイックファイア。本家に劣るも並の投手よりも早いモーションで、ブロックが追い付く前に、鉄馬丈へパスが飛ぶ。

 それをキャッチして、横へトス。駆け込んだセナが捕って爆走を決める。

 

『タッチイーン!』

 

 その後、5人のプレイがガッチリと噛み合ったデビルガンマンズの猛攻は止まらず、またチームの中核を担うサイモンに徹底マークして張り付いた長門がTOO TA TTOOの攻撃を潰す。

 そして――

 

『試合終了! 15-10!! デビルガンマンズ優勝――!!』

 

 

 ~~~

 

 

 TOO TA TTOO……自分の弟弟子たちに一番弟子として格の違いを見せつけた長門は、早速、彼らに訊ねようとした。

 彼らの……そして、長門の師である酒奇溝六の――と、しかし、その必要はなくなる。

 

「あー!! 兄さんと一緒に写真に写ってた男発見!」

 

「ウイップ、なんだ嬢ちゃんは? うん? なんだ試合は負けちまったのか!?」

 

 試合グラウンドの近くで、酔い潰れてさっきまで爆睡していた中年……手ぬぐいにももひきと明らかに日本人。

 

「す、すまん! あまり身体を揺らすと……おぇ」

 

 が、なんか見知らぬ少女に絡まれていた。

 少女に無理やりに起こされて、ぶんぶんと体を揺すられる。呑んだくれの寝起きにこの対応は辛かろう。吐きそうだ。

 

「ねぇ、ちょっと兄さんが」

「『Da! 先生に手ェ出す奴はブッ殺す!! Da! 女子供でもだ!!』」

 

 その荒っぽい対応を見咎めて、割って入ったサイモンが少女の腕を捉えて捻る。

 

「『先生は俺らゴロツキにビーチフットを教えてくれた。先生が拾ってくれなきゃ今頃全員ヤクの売人だ!』」

「キャ!? いきなり何なのよあなた達! 邪魔しないでよ!」

 

 事情は分かったが、しかしこの状況は見過ごせない。少女も英語があまりわからないようで困惑している。その先生は四つん這いでえづいていて止められそうにないし、ここは長門が――と動くよりも速く、疾走する影。セナ。

 エイリアンズのホーマーに『電撃突撃(ブリッツ)』を決めたように、サイモンの腕に抱き着いて、少女を離させた。

 

「『テメェ!』」

「そ、そそそソーリ!? まままマイネームイズ、セナ・コバヤカワ!」

 

 思いっきりガクブルと来てるが、身を呈して庇う少女の前からは動かないセナ。そんな泥門高校入学初日でみたビビりな少年が女子を守れるくらいに勇敢に成長したことに、苦笑気味ながらも表情を綻ばせてしまう。

 

(姉崎先輩からも頼まれてるしな。早く助けに入らないと)

 

 ……と皆の意識が、酔い潰れから外れたその時だった。

 

 

「どぶろく先生~~!!」

 

 

 感激の涙を流しながら猛然と抱き着く巨漢・栗田先輩にぶち当たって、麻黄中学時代のトレーナーにして、アメリカンフットボールの先生・酒奇溝六は紙みたいに吹っ飛んだ。


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